side真月
目を開けたら暗闇が広がっていた。右にも左にも何も無いただの闇で、自分が立っているのか浮いているのかも分からない。
真月「何だ・・・此処は?」
自分の姿を確認する。相変わらず四、五歳くらいの小さな体で、寝る前と全く変わらない。
『・・・アァ・・』
後ろの方から何か聞こえた。よく聞き取れなかったが、人の声らしいのは確かだ。
『・・タアァ・・』
声が段々と近づいてくる。それにつれてその声が言っている言葉が聞き取れるようになってきた。
『・クタアァ・・』
真月「俺の名前を呼んでいる?」
何者かは分からないが、そいつが俺の名前を呼んでいるのは確かだ。正体を探るべく、俺は声の主の方へと振り返った。
そう、『振り返って』しまった。
『ベクタアァァァ・・・!』
其処に居たのは何千、何万もの亡者達だった。体のあちこちから血を流しながら、皆同じように俺へ怨嗟の声を投げかけ、俺の方へ手を伸ばしてくる。
『ヨクモ、ヨクモ殺シタナアァァァ・・・!』
俺の指示に逆らった。それだけの理由で俺が火炙りにした大臣が、焼け爛れた顔で俺を睨みつけている。
『ドウシテ、ドウシテ私達ヲ・・・』
いつだったか、俺に石を投げてきた子供がいた。お前のやっている事はただの虐殺だ、お前はただの人殺しだと、涙を流しながら罵倒してきた子供だ。
そいつは俺が攻め滅ぼした国の子供だった。家を焼かれ、友を殺されたその少年は、泣きながら俺を罵った。そいつを捕まえようとした時に、そいつの母親が出てきた。お許し下さい、まだ子供なんです、そう言って俺に許しを求めてきた。俺はその親子を何度も鞭で叩き、最後は馬で引き摺り回して殺した。
その親子がズタズタの身体で俺を見つめている。身体の至る所が裂け、そこから夥しい量の血を流しながら、俺に憎悪の視線を向けている。
『信ジテタノニ・・・如何シテ・・・?』
かつて俺が平和の象徴と呼ばれていた頃、ある国と和平を結んだ。その国と俺がいた国は長年争いあっていた。親父が病で倒れ、俺が国を治めていた時、俺はその国の王女と話したのだ。このままでは悲しみしか生まれない、一緒に平和な世界を作ろう。そう言って和平を結んだ。
しかしそのすぐ後に俺はその国に戦争を仕掛け、その国を蹂躙した。首を斬り飛ばす直前の王女の裏切られたような顔を、よく憶えている。
その王女も亡者達の中に居た。首の無い体が持っていた首が、涙を流しながら俺に訴えている。
他の奴らの顔も憶えている。皆、俺が殺してきた人々だ。
皆同じような顔をしながら、口々に俺へ罵声を浴びせてきた。お前のせいだ、お前が悪い、と。
真月「ち、違う!俺じゃ、俺じゃねぇ!」
亡者達が伸ばした手が俺を掴む。必死に振りほどこうとするが、恐ろしい程の力で掴まれていて身動きが取れない。
真月「やめろ!?放せ!?放してくれ!?」
俺を掴む力は弱まらない、むしろどんどん増えていく。
身体が少しづつ亡者達の方へと引き摺り込まれていく。すこしづつ、少しづつ俺の身体が闇の中へと沈んでいく。
『ドウシテオマエガ生キテルンダ!』
『オマエガ死ネバ良カッタノニ!』
そんな声が聞こえてくる。どの声も同じような言葉を俺に投げかけてくる。
真月「やめろ・・・、止めてくれ!?」
俺の言葉は亡者達には届かず、俺は完全に闇に引き摺り込まれた。
真月「・・・ああぁぁ!?」
自分の悲鳴で目を覚ました。どうやら夢だったらしい。体は汗だくで、まだ少し震えている。
真月「・・・チッ!何だよ今の夢は・・・」
最悪だ。人の家の居候になって早々なんてモン見ちまったんだ俺は。側にあった目覚まし時計を見た所、まだ午前の四時過ぎ、日の出る前だと分かった。
真月「まだこんな時間かよ・・・」
正直二度寝出来る精神状態じゃない。かといってこのまま何もしないというのも暇なので、庭に出ることにした。
箒「・・・む?なんだ零、随分と早いな」
庭には箒がいた。寝る前のパジャマではなく、動きやすい格好に着替えていた。
零「おはようさん、早いのはお互いさまだぜ箒。子供はまだ寝てる時間だろ?」
箒「お前も子供だろう。うちは基本朝は早い。道場の掃除とかがあるからな。遅いのは姉さんくらいだ。それよりも大丈夫か?顔色が悪いぞ」
真月「問題無ぇよ。ちょっと悪い夢を見ただけだ」
実際はちょっとどころでは無いのだが、箒に言っても仕方ないので黙っておく。
箒「そうか、それは災難だったな・・・。そうだ零、折角早く起きたのだ、少し運動しないか?」
真月「運動だぁ?何やんだよ、ラジオ体操でもやるってのか?」
箒「いや、違う。確かにラジオ体操はするが、私が言っている運動はもっと別のものだ」
真月「で?結局何やんだよ?」
箒「町内を一周する」
真月「・・・は?」
箒「町内を一周する」
箒のとんでもない発言に固まっていた俺の姿をよく聞き取れなかったと判断したらしく、箒はもう一度俺に先程のトンデモ発言を繰り返した。
真月「ふざけんな!そんなの五歳のガキが日が出る前からやる事じゃねえだろ!?」
箒「そうか?これくらいいつもやってるが」
俺のツッコミに首を傾げる箒。今分かった。束のやつをまともじゃないと今まで言ってたがこいつも大概だ。キチガイ科学者の姉と体力馬鹿の妹とか酷過ぎだろこの姉妹。
箒「分かった分かった。つまり零は体力の心配をしているのだな。安心しろ、ちゃんとペースを落として走ってやるから、お前も頑張ってついて来い」
俺の抗議が正しく伝わってないらしく、箒はやれやれといった表情でペースを落としてやると言ってきた。
真月「ハッ!冗談言うな、そんな事して貰わなくても、俺はお前と並んで走れるさ。なんなら追い抜いてやっても良いんだぜ?」
俺の挑発を聞いて、箒は少しむっとした表情になった。
箒「舐めるな、こう見えて体力には自信がある。差を付けられて泣くのはお前の方だぞ」
真月「言うじゃねぇか!」
箒「そっちこそ!」
まるで小さい子供の口喧嘩のようにお互い挑発し合いながら、俺達は同時に走りだした。
箒「ば、馬鹿な・・・!」
結果は俺の圧勝だった。確かに箒は常人離れした体力を持っていた。中盤までは俺がリードされるくらいだ。
だが!しかし!まるで!全然!このベクター様を倒すには程遠いんだよねぇ!!
真月「あらあら〜?箒ちゅわ〜ん?ちょっとイケてないんじゃないの〜?」
箒「ぐぬぬ・・・、次は負けんぞ!」
勝者となった俺の挑発に対して、箒は半泣きになりながらもリベンジを宣言した。
箒との勝負を終えたあと、箒の日課であるというラジオ体操をやった。その後、束以外の全員で朝食をとった。束は昨日俺と話した後も一人で何かやっていたらしく、まだ寝てるらしい。箒に聞いて見たところ、昼前までは起きてこないらしい。あいつだらしなさ過ぎるだろ。
柳韻「そうだ箒、今日からうちの道場に門下生が新しく二人増える。面倒を見てやってくれ」
食事中に箒にそう話す柳韻。そういえば、道場を開いているとは聞いていたが、何の道場だか聞いてなかったな。
箒「はあ、何故わざわざ私に?姉さんがいるでしょう?」
柳韻「あいつは人に教えるタイプの人間じゃない。それにその門下生二人はお前と同い年だ。私や束よりもお前に教わった方が良いだろう」
確かにそうだ。誰だって同い年のやつがいたならそいつに教えて貰いたいだろう。
箒「成る程。それでその二人の名前は?」
柳韻「一夏君と秋介君だ。どっちも千冬君の弟だ」
箒「千冬さんの弟ですか。 分かりました、その二人は私が面倒見ます」
真月「なあ、その千冬って誰だ?」
箒「うちの道場の門下生で姉さんの友人だ。私もその関係で何度か話をした事がある」
意外だ。束の奴、あんなキチガイな性格で友達居たのか。
そんな失礼な事を考えながら、俺は箒に質問した。
真月「そーいや箒、ここの道場って何やってんの?」
箒「あぁ、そういえばまだ話してなかったな。うちは剣道の道場を開いている。篠ノ之流という流派だ」
剣道か。確かに箒はやりそうな感じの外見をしている。なんというか、身に纏っているオーラがそんな感じなのだ。
それにしても、〜流って感じで流派の名前があるとカッコいいな。今度なんか付けてみるか、真月流演技術とか良さそうだ。
真月「その千冬って奴は強いのか?」
箒「強いぞ。というか、うちの門下生の中では最強だ」
・・・へぇ。道場やってるとこの娘である箒がこう言っているなら、その千冬って奴は実際に最強なのだろう。少し興味が湧いてきた。
箒「・・・そうだ!零、お前も剣道をやってみないか?」
真月「あぁ?なんで俺が剣道なんてやらなきゃいけないんだよ?」
箒「剣道をやってる人間の前で『なんて』とか言うな。別に大した理由は無い。お前が千冬さんの話を聞いて興味を持ったみたいだから誘ってみただけだ」
どうやら俺の考えている事を察したらしい。顔には出してないつもりだったが、どうやら中々に鋭いらしい。流石は束の妹といったところか、普通のガキとは根本的な部分の出来が違うらしい。
真月「確かに千冬って奴には興味が湧いた。けど別にそいつを見れればそれで良いんだが・・・」
箒「どうせなら間近で見た方が良いだろう。それに、私はお前が剣道をやれそうだから誘っているのだ。折角高い運動能力しているのだ、活用しなきゃ損だぞ?」
真月「ぶっちゃっけ面倒臭いんだが」
箒「安心しろ、暫くすればお前もハマる」
どうやら何が何でも俺に剣道をやらせたいらしい。このまま抗議してても終わりそうにないので、大人しく剣道をやる事にした。
真月「分かった分かった、降参降参。大人しく剣道をやってやる」
箒「ふふふ、お前ならそう言うと信じてたぞ零。父さん、零の分の竹刀と防具を用意しておいて下さい」
何が『信じてた』だ。ほぼほぼお前のせいだろうが。
その後、俺が使う道具一式が揃えられ、いよいよ逃げ場が無くなってしまい、俺は仕方なく箒についていき道場へと向かった。
箒「ここがうちの道場だ」
真月「へぇ、結構広いじゃねぇか」
道場の中ではもう稽古が始まっているらしく、そこかしこでバッシンバッシン音がする。
柳韻「おお、来たか二人共。もうじき千冬くん達もくるから待っていてくれ」
柳韻の言葉に従い待っていると、三人の男女がやって来た。一人は束と同じくらいの女で、キリッとした感じのやつだった。なんとなく目つきの鋭さが箒ににていて、箒が成長したらこんな感じになるんだろうなというイメージの女性だ。残る二人は俺らと同じくらいのガキで、一人は自信満々ですといったなんとなく癪にさわるガキで、もう一人は大人しそうなガキで、打撲痕や擦り傷などがちらほら見えている。
・・・何かいきなり良からぬ感じがするのは俺の気のせいか?
???「こんにちは柳韻さん」
柳韻「おお、来たか千冬くん。その子達が以前言っていた二人かね?」
千冬「はい。こっちが秋介で、こっちが一夏です」
秋介「よろしくお願いします!」
一夏「よ、よろしくお願いします・・・」
千冬が二人を前に出すと、二人とも柳韻に挨拶をした。成る程、癪にさわるガキが秋介で、大人しめなのが一夏か、覚えた。
千冬「二人にも私と同じ篠ノ之流を習って貰いたかったので連れて来ました。特に秋介は私に似て剣の才能が有るので、将来的にそちらの道も視野に入れる事が出来るようになって欲しいので」
そう言って千冬は秋介の頭を撫でる。
何だろう、今の言葉何かが引っかかる。
柳韻「成る程。それで一夏君のその怪我はどうした?随分と酷い怪我をしているが何か有ったのか?」
流石に柳韻さんも一夏の怪我については不審に思ったらしく、少し眉間に皺を寄せて千冬に尋ねた。
千冬「ああ、コレですか。気にしないで下さい、ちょっと鈍臭いのでよく転ぶんですよ」
・・・やっぱり何かおかしい。さっきの千冬の返答、一見普通に見えるが、『コレ』という言葉が一夏の事と怪我のどちらの意味にも取る事が出来る。それに柳韻が怪我について聞いた時、ほんの一瞬だけだが一夏が千冬と秋介に対して怯えるような表情を見せた。
こいつら、仲良しな姉弟って感じじゃ無さそうだな。俺がそう考えていると、道場の方にまた人が来た。
束「おはよ〜、ちーちゃんと父さーん」
そう言って束が欠伸をしながらこちらへ来た。そして柳韻さんに竹刀で叩かれた。
束「あいたぁ!?流石に竹刀は無しだよ父さん!?」
柳韻「大遅刻かましたお前が言う資格は無い!年下の箒や零より遅いとはどういう事だ!」
束「あいたたた!?ゴメンってば!?助けてちーちゃん!?」
千冬「自業自得だ馬鹿者。毎度のようにやられてるんだから、少しは懲りて真面目に生活しろ」
そうやって束がボコボコにされている時に、秋介が近づいてきた。
秋介「織斑秋介です。宜しくね」
そう言って秋介は笑顔で手を差し伸べてきたのだが、その笑顔が何故か信用出来ない。千冬の時にも感じたが、表面にだしていないだけで俺を見下しているように感じてしまうのだ。箒にもそれを察知できたのか、若干警戒しながら握手に応じる。一夏の方もこちらへ近づいてきて、おずおずと手をだした。
一夏「織斑一夏です。宜しくお願いします」
一夏の方はそんな感じの視線は感じなかったが、しきりに秋介の方を向いてびくびくしている。
取り敢えず、秋介は警戒すべきだな。
一夏と握手しながら、俺はそう考えていた。
次回予告
ギラグ「秋介や千冬を不審に思ったベクター。練習後に彼はとある光景を目撃する」
「全く、千冬姉さんや僕の身にもなってくれよ出来損ない」
ギラグ「織斑家の闇を見たベクターはどう動くのだろうか?」
次回、インフィニットバリアンズ
ep.6 織斑家の闇
ギラグ「なあナッシュ、こっちの世界ってさなぎちゃん居るのかな?」
ナッシュ「それを何故俺に聞く!?」