side簪
簪「……問題無し」
モニターを眺めながら、私はそう呟いた。機体のコンディションは良好、これなら問題無く戦えるだろう。今日は学年別タッグトーナメント初日、私と天音はその第一回戦から試合だ。
天音「そりゃあ良かった。今の簪なら大丈夫だと思うけれど、相手はあの新橋優香だからね。機体の調子が良いに越した事は無いさ」
簪「……?天音、誰それ?」
天音が口にした名前に首を傾げる。誰の事だろう。何処かで聞いたような気もするが、全く覚えが無い。
天音「……簪、君それ本気で言ってる?」
簪「うん、本気」
天音「……はあ、クラス対抗トーナメントで君と闘った人だよ」
簪「…………ああ!アイツか!!」
思い出した思い出した。あの時散々私を煽って、ギタギタにしてきた奴か。直後の事が印象強過ぎて忘れていた。
天音「いや、ギタギタにって点では簪も人の事を言えないと思うけど。マウントポジションとって顔面を殴りまくってたし」
簪「私の事は良いんだよ私の事は。アイツの言葉で私は大分傷付いたんだから、顔面殴打くらいは当然」
天音「簪もなんだかんだで性格悪いよね。零に似てきたのかな?」
簪「それは零の事を性格悪いって言っているのかな?ねえ天音、いくら友達でも流石にそれは許せないかなぁ?」
天音「零が性格悪いのは事実だよね!?……まあ、それは置いとくとして。実際の所どうなのさ簪?一度は負けた相手、それもあんな屈辱的な負け方。精神的にキツイものとか無いの?」
簪「一切無い。それにあれは順当に行けば勝ててた。私がアイツを恐れる理由は無い」
そう、外部からの邪魔さえ無ければ勝っていたんだ。また邪魔をされる事がない限りは、私に負けは無い。
天音「それは良かった。それじゃあ行こっか!あと十分くらいで試合が始まるし、そろそろ出ておいた方が良いでしょ?」
簪「ん、分かった」
待機状態の零式を持って、天音の後に続く。応援に来てくれたのか、ハッチにはねねと鈴と本音、そして零が居た。
鈴音「おっはよー!応援に来たわよ簪!」
ねね「あの、その……頑張って、ね?」
本音「かんちゃんならダイジョーブ!緊張せずに頑張ってね〜!」
簪「ん、頑張る。ありがとう、皆」
真月「ま、お前なら大丈夫だと思うがな。色々と複雑な事情が有ったとはいえ一度負けた相手だ。油断だけはするんじゃねぇぞ」
簪「分かってる。油断しないで、しっかり勝つ」
真月「そうか、なら俺が言う事は無い。頑張れよ、簪」
そう言って零は私の頭を撫でてくれた。嬉しくて表情が崩れそうになるのを必死で堪えて、暫くの間されるままになる。零に撫でて貰うのは好きだ。暖かくて、気持ちが良くて、兎に角幸せな気持ちになれる。
真月「それじゃあ俺達は客席に戻るから、また後でな」
簪「分かった。……ねぇ零、試合が終わったら、また撫でて貰って良い?」
真月「餓鬼かテメェは……はぁ、勝ったらやってやるよ」
簪「ん、約束だよ?」
真月「へいへい、分かってますよー。なんなら指切りげんまんしてやっても良いぜ?」
簪「む!」
へらへらと笑いながら零は言う。完全な子ども扱いに、ちょっとだけイラッとする。
簪「零、今私の事子ども扱いしたでしょ」
真月「いや、頭を撫でるのを催促する時点で立派なお子さまだろ。どこの世界に頭を撫でるのを催促する高校生が居るんだよ」
簪「ぐぬぬ……」
反論しようの無い正論に言葉が出ない。確かに自分でも少し子供っぽいと思っているが、撫でられるのが気持ち良いんだから仕方ないだろう。
真月「ま、別に良いんじゃねえの子供っぽくても。変に大人びてる奴よりもちょっと子供っぽい方がよっぽど可愛げがあって良いと思うぜ俺は」
簪「……えへへ」
零が可愛いって言ってくれた。嬉しさで少しにやけてしまう。うん、零が子供っぽくても良いって言ってくれるのなら、これからも存分に零に甘えよう。
鈴音「……あのさ、そろそろ出た方が良いんじゃない?試合開始までも一分切ったわよ?」
簪「……ちょっとくらい遅れたって良いよね?」
鈴音「駄目に決まってんでしょうが!ほらさっさと準備しなさい!零も頭を撫でるのをやめる!アンタがやめなきゃずっとあんな感じなんだから、あんまり甘やかしちゃ駄目でしょう!」
簪「……むぅ」
鈴に言われて渋々零から離れる。まだ満足出来ていないが仕方ない、続きは終わってからにしよう。
簪「……打鉄零式、起動」
零達から距離を取り、待機状態の零式を起動させる。紫のボディにオレンジのライン、零をイメージした色だ。最初は弐式と同じ色にしようと思ったけれど、零から名前を取ったので、零のイメージカラーにする事にした。
鈴音「おお!かっけぇ!」
真月「へぇ、これがお前の専用機か。ダニエル達に開発を任せてたからちょっと不安だったが、普通に良い感じの奴で良かったぜ」
ねね「か、かっこいい……」
簪「あ、あまり褒めないで。恥ずかしい……」
天音「簪早く!もう相手出てるよ!?」
簪「分かった、今行く!それじゃあ皆、言ってくるね」
鈴音「張り切って行きなさいよ!」
ねね「簪……ファイト!」
真月「ま、良い結果が残せるよう頑張りな」
簪「うん。……更識簪、出ます!」
三人の応援を聴きながら、天音と一緒にアリーナに出撃する。この出撃、ロボットアニメのワンシーンみたいで実は結構気に入ってる。
アリーナには新橋と、そのペアの女子がいた。ペアの女子は見覚えがある。確か新橋の取り巻きで、彼女と同じ代表候補生だった気がする。
優香「へえ、専用機完成したんだ。良かったじゃん、これで前よりはマシな試合になるわね。前みたいに途中で動作不良起こしたりしないでしょうね?」
ニヤニヤと笑いながら私を挑発する新橋。少し前の私だったら今ので少し冷静さを失っていたかもしれないが、今の私は違う。表情一つ変えずに、私は答えを返す。
簪「問題無い。前みたいな醜態を晒す事は無いから、安心して倒されて」
優香「ほぉ、言うようになったわね。前までのただ暗いだけだったアンタとは大違いね。一組のあのツンツン頭の男子と付き合ったからかしら?」
簪「うにゃ!?な、ななな何を言っているの!?私、まだ零とつ、つつつ付き合ってなんか……」
優香「えっ……アンタあんなにベタベタしててまだ付き合ってなかったの?私てっきりもうデキてるものかと……」
天音「あはは、簪がヘタレだからね。ああ、二人がくっつくのは一体いつになるのやら……」
簪「天音五月蝿い!?」
余計な事を話す天音を怒鳴って黙らせて、新橋達を睨み付ける。元はと言えばこいつが変な事を言ったのが悪い。
優香「はっ!良い目で見てくるじゃない。でも残念、専用機を手に入れた所で、私には勝てないわ。だって、私も専用機を手に入れたんだから」
そう言って新橋は自慢げに自分の機体を見せつけてくる。確かによく見れば、新橋の機体は学園の訓練機の打鉄ではなく、企業から渡された打鉄のようだ。
簪「…………ん?」
何処かで見た事のあるカラーリングだ。なんと言うか、少し前まであんな色をした機体を必死に組み立てていたような気が……いやまさか、私の気の所為だ、そうに決まっている。
優香「ふふん、どうやら驚いて声も出ないらしいわね。無理も無いわ、私も専用機が貰えるって聞いた時はそんなリアクションをしたもの。でも考えてみれば、私に専用機が与えられるのは当然よね、寧ろ遅いくらいよ。やっと私の才能を周囲が理解したって事だもの」
簪「……ねえ、その機体の名前は?」
優香「ふふ、気になるのかしら?良いわ、冥土の土産に教えてあげる!この機体の名は『打鉄弐式』!倉持技研が私の為に一から作成した私専用の機体よ!」
簪「倉持ェ…………」
予想通りだったよコンチクショウ。どうやら倉持は回収した私の打鉄弐式のボディーをそのまま新橋の専用機に流用したらしい。全く、機体の名前すらそのままとは、完全に私に喧嘩を売っているとしか思えない。この雑な仕事、まず篝火さんでは無いだろう。零の企業に入って正解だったと、今改めて感じた。
優香「ふふん、訓練機でも強い私が専用機を手に入れたらまさに無敵!流星の如く黄金に光り輝く最強ゲーマーにも引けを取らないわ!ほら、アンタの専用機の名前も教えなさいよ。私だけ教えるんじゃ不公平でしょ?」
そう言って手を叩きながら催促する新橋。その行為に少し腹が立つが、なんとなく言わなきゃ負けな気がするのでこちらも名乗っておく事にする。というかこいつエグゼイド知ってるのか。
簪「……打鉄零式」
優香「……何よ、ちょっとカッコイイじゃない。どうして零なんとか〜とかプロトなんとか〜ってカッコイイと感じるのかしら。数字の数的にはこっちの方が数字でかいっていうのに……こほん!まあ良いわ。どうせ勝つのは私なんだから、降参したいなら今の内よ?」
簪「却下」
優香「ま、そうよね。それじゃあ始めーー」
「ちょっと!何よさっきから生意気な態度ばかり!優香さんより弱い癖に調子に乗ってるんじゃないわよ!」
私の態度が癪に障ったのか、さっきまで空気だった新橋のパートナーが私に怒鳴ってきた。
優香「……ちょっと。折角始めようとしてたのに、水差さないでよ」
「す、すいません優香さん!ですがこいつらにはきっちり言っておかなきゃ気が済みません!いい!?優香さんはアンタ達とは違う、選ばれた存在なの!低俗な男なんかと一緒にいるアンタらなんか遠く及ばない存在なの!分かったらその生意気な態度をやめなさい!」
成る程、典型的な女尊男卑主義者だ。こういう奴はIS乗りの中じゃ珍しくないけれど、やはり見ていてあまり気分の良いものじゃない。何よりこいつはーー
簪「……ねえ、『低俗な男』って誰の事?」
「決まってるでしょ!あのグズでノロマな真月零の事よ!何をするにも鈍臭い癖に私達女に刃向かうあの愚かな屑野郎が!居るだけで気分が悪くなるのよ!」
うん、殺そう。
新橋の事はもう良いや。取り敢えず零を馬鹿にしたこいつだけは絶対に殺そう。
天音「はいはい落ち着いて簪。殺気がだだ漏れだよ?」
簪「私は至極冷静だよ天音?冷静にあいつを殺そうとしてるだけだよ?」
天音「その発想がすでに冷静じゃないっての……。あいつは私がギッタギタにしてやるから、簪は新橋を相手して。専用機持ちの彼女の相手が務まるのは君だけなんだから」
簪「……三分の二殺しにして」
天音「半殺しより重いんだ!?」
当然だ。零を馬鹿にしたんだ、全殺しじゃないだけ優しい方だろう。
「はっ!やれるもんならやって見なさいよ!代表候補生でもないアンタなんかに負けるわけ無いじゃない!」
天音「さあ、どうかな?勝負は時の運って言うだろう?自慢じゃないけど私、運は良い方なんだ」
優香「へえ、良いの?二人がかりじゃなくて。口と態度は悪いけど、あいつは結構強いわよ?早々にやられて二対一になったら、アンタも辛いんじゃない?」
簪「問題無い。天音はへらへらしてるけど、決める時はきっちり決めてくれる。それに口と態度が悪いのは貴女も同じでしょ?」
優香「ま、否定はしないわ。それじゃあ始めましょう!」
簪「ん、一気に決める」
薫子『おおっと!両チーム気合いは十分のようです!それでは解説兼審判の山ちゃん先生、合図をどうぞ!』
麻耶『だからその呼び方やめて下さいって言ってるじゃないですか!?……これよりAブロック一回戦、更識ペア対新橋ペアの試合を始めます!よ〜い、スタート!』
その掛け声と同時に試合開始のブザーが鳴り、お互いに一旦大きく距離を取る。
優香「先行は私が貰うわ!落ちなさい!」
最初に動いたのは新橋、薙刀を展開して私に斬りかかる。私が弐式に積んでいた武装、色々と思う所が有るがそれはそれ。同じく薙刀を展開して防ぐ。
優香「んなっ!?私の武装パクってんじゃないわよ!」
簪「パクってなんかない。私は元々薙刀を習ってる。得意な武器を使うのは当たり前」
優香「ちっ!ならこれはどうかしら!」
簪「……!」
同じ薙刀では押し負けると判断したのか、新橋は私から距離を置いて薙刀の間合いから離れた。そして武装を薙刀から大型の大剣に変更して、再度私に向かって斬りかかってきた。
優香「いくらアンタに薙刀の経験があっても、薙刀よりも重い物を全力でぶつけられたら防ぎきれないでしょ!」
簪「……っ!」
高重量を乗せた一撃を薙刀で受ける。薙刀から伝わる振動で身体が一瞬痺れて体勢が崩れかけるが、ブースターを稼働させて吹き飛ばされないように踏ん張る。
簪「……確かにコレは防ぎきれない。だから、防ぐのは諦める」
優香「……?何をーーってうぉわ!?」
わざと押し負け、大剣を受け流す。大剣を受け流されて体勢を崩した所を、すかさず薙刀で攻める。当たりどころがあまり良くなかった為其れ程ダメージは与えられなかったが、取り敢えず相手のペースに持ち込まれずに済んだので良しとする。
優香「やってくれたわね!」
簪「……柔よく剛を制す」
優香「なんかそれっぽい事言ってくるのが腹立つ!なら次はこれよ!」
そう言って新橋は再び武装を切り替えた。次に現れたのは大型のガトリングガン、大剣と同じように私が弐式を作っていた時には積んでいなかった武装だ。
優香「大人しく喰らいなさい!風通しの良い身体にしてあげるからさ!」
簪「断固拒否する!」
放たれる弾丸を薙刀で打ちはらい、瞬時加速を使って薙刀の間合いまで接近する。
簪「……せいっ!」
優香「きゃっ!?」
腕を斬りつけ、持っていたガトリングガンを弾き落とす。あのままガトリングガンをぶっ放され続けていたら天音が巻き込まれるかもしれなかったので、上手く弾き落とす事が出来て助かった。
優香「このっ……!さっきからちまちまと鬱陶しい攻撃ばっかしてきて!やりにくいったらありゃしないわ!」
簪「違う。貴女が単純なだけ」
優香「っあああぁぁぁぁ!!アンタのそういう所マジで嫌い!!」
簪「貴女なんかに好かれる気は毛頭無い。私はこんな試合さっさと終わらせて、零に撫でて貰う」
優香「……全く変わってないのねアンタ。少しでも変わったって期待してた私が馬鹿だったわ」
簪「……?」
さっきまでと違う絶対零度の視線で私を睨みつけながら、新橋は言葉を続ける。
優香「いや、気にする必要は無いわ。言わなきゃ分からないなら言っても変わらないだろうし。私的には、思いっきり叩き潰せる理由になるからね。……とっておきを見せてあげる、覚悟しなさい?」
簪「とっておき……」
優香「行くわよ!来なさい、『剛腕酸撃』!」
その掛け声と共に新橋の纏う弐式の右腕が光に包まれ、大きく変質していく。元の腕の三倍くらいの大きさまで右腕が巨大化した所で光が消え、大きく変質腕が姿を現した。
簪「こ、れは……!?」
その変質した右腕に、見覚えがあった。いや、その姿を私が忘れる筈が無い。だってこれはつい最近私が見た物だったから。
優香「さあ、一気に叩き潰すわよ!」
クラス代表対抗トーナメントを襲撃したナンバーズ、アシッドゴーレムの右腕が、そこにはあった。
side真月
鈴音「ちょ、アレこの前の!?何であいつがあんなもん使ってんのよ!?」
変質した新橋の右腕を見た鈴がそんな声を上げる。まあ驚くのも無理は無い。俺も声こそ上げはしなかったが、少し驚いたからな。
ミザエル「おいベクター、何故あのナンバーズをあの女が使っている?あれはあの時貴様が回収した筈だろう」
近くにいたミザエルが俺にそう問いかける。その近くには不安な顔をした本音が居て、ミザエルは本音の不安を和らげるように頭を撫でていた。
真月「そっちの名前で呼ぶなミザエル。前に簪の機体のコアを手に入れる為に倉持にナンバーズを渡したって言っただろ?アレはその時渡したヤツだ。どうやら倉持はコアを失ってただの抜け殻になった打鉄弐式の新しいコアに、アシッドゴーレムを使ったみたいだな。まさか貰って直ぐにコアとして使うとは、流石に予想出来なかったがな」
ミザエル「成る程な。だが良いのか?私達の目的は全てのナンバーズの回収だ。折角手に入れたナンバーズを渡したら、取り戻すのは難しいだろう?」
真月「所在が分かってるならいつでも奪えるだろ?」
ミザエル「……相変わらず屑だなお前」
真月「何を今更。さ、お喋りはお終いだ。簪の試合を見ようぜ?」
本音「……かんちゃんは大丈夫なの?」
真月「今の簪なら大丈夫さ。絶対簪が勝つ、俺はそう信じてるからな」
我ながら恥ずかしい台詞を口にしたなと思いながら、モニターに目を戻す。
真月(頑張れよ、簪)
モニターの奥で繰り広げられる戦いを見つめながら、俺は簪にエールを送った。
side簪
右腕による打撃、回避。再び右腕による打撃、これも回避する。この行動を、私はただひたすら繰り返していた。
優香「ほらほらどうしたの!避けるだけじゃ試合には勝てないわよ!」
簪「……っ!」
現在、私は攻める機会を見つける事が出来ずにただ回避に徹していた。理由は単純、あの右腕だ。
あの時学園を襲撃したナンバーズと同じ物だと思われるあの右腕は、私の記憶が正しければ強力な酸を発生させていた筈だ。迂闊に攻撃すれば酸で武器を駄目にしてしまうだけだ。
優香「攻めてこないならこっちから行くわよ!……必殺!アシッドフィストォ!!」
簪「……っ!!」
大きく振り下ろされる拳と共に大量の酸が飛び散って周囲を溶かしていく。拳自体は躱す事が出来たが、幾つかの酸が機体に命中したらしく、装甲が一部溶けていた。
優香「はーっはっは!どーよこの必殺技?凄いでしょ?カッコイイでしょ?これが私クオリティ!」
簪「っ、酸が本当に鬱陶しい……!」
優香「ふっふっふ、アンタのその嫌そうな顔最高ね。見てて気分がスカッとするわ。……お、そろそろ戻した方が良いわね」
新橋の右腕が光に包まれ、さっきまでの弐式の腕に戻る。どうやら右腕の展開をやめたらしい。
簪「……何の真似?」
優香「あの腕、強いしカッコイイけど、長く使い過ぎると酸で右腕の接続部が溶けるのよね。だから、適度に仕舞わないといけないって訳」
簪「……欠陥品過ぎない?」
思わずそう呟いてしまった。自分が使う物の対策もされていないとか、欠陥武装にも程がある。一体どれだけ馬鹿な人が作ったんだあの武装。
優香「強い武器には、何処かしら欠点があるものよ。それに、必殺技はそう何度も撃つものじゃないでしょう?」
簪「……必殺技なのに、倒せてないけど」
優香「いいえ?ちゃんと決まったわよ、私の必殺技」
簪「何……っ!?」
私の近くで微かに聞こえた、何かが焼けるような音。嫌な予感がしてその音の発生源に目を向けると、私の持っていた薙刀の刃が煙を上げながら溶けていた。
簪「最初から、私の武器を狙って……!」
優香「アレが直撃するとは思ってなかったからね、武器を潰しに行かせて貰ったわ。それ、もう使えないでしょ。どうする?大人しく降参するなら、これ以上攻撃する気は無いけど」
簪「……」
少し、彼女を甘く見ていた。母親の権力で代表候補生になっただけ、私が負ける筈が無い。そう、心の何処かで思っていたのだ。
簪(駄目だな、私。零に会う前の私と、何一つ変わってないや)
認識を改めないといけない。目の前にいる彼女は、間違い無く鈴や零達と同じ強者なんだ。油断なんて、していい筈が無い。
簪(出し惜しみなんて、出来ない!)
全力を出さないといけない。今の自分に出せる最大で、彼女と戦わないといけない。そうしなければ、私はーー
簪(弱い私の、ままだから!)
溶けかけの槍を捨て、新橋を真っ直ぐに見つめる。私の視線に新橋は一瞬目を丸くしたが、直ぐに好戦的な笑みを浮かべた。
優香「……へえ、まだやるんだ。その目を見た感じ、アンタにも何か奥の手があるのよね?」
簪「……貴女には、全力を出さないと勝てない。そう、思ったから」
拡張領域から、二つの物を取り出す。それは周りから見ればとても武装には見えないだろう。それでも私にとってこれは最強の武装であり、長い間を共に戦ってきた相棒だ。
優香「デュエルディスクと、カードデッキ……?そんな物を取り出して、一体何をする気?」
簪「それは、こうするの!」
デュエルディスクを腕に取り付け、取り出したデッキをセットする。
『デッキセット確認。デッキテーマ【六武衆】、スキャン完了。リアルソリッドビジョン展開完了。モード、【デュエルストラトス】起動準備OK』
優香「えっ、何よこれ!?マジで何をする気なのよアンタ!?」
デュエルディスクから聞こえる機械音声に、新橋が驚いたような声をあげる。
簪「見せてあげる。これが私の……変身!」
『デュエルストラトス、起動。デュエルスタート!』
デュエルディスクの機械音声と共に打鉄零式の全身が光に包まれ、形状を変化させる。
優香「…………!?」
光が消え、機体の変化が終了する。変化した零式はさっきまでよりも装甲が多く、かつて戦国の世を駆け抜けた武士達の身につけた甲冑に近い姿になっていた。
簪「……『打鉄零式・六武』。ここからが、私のステージだ!!」
side天音
簪『ここからが、私のステージだ!!』
天音「わーお、簪が何か凄い事になってる。アレ、いかにも簪が好きそうな演出だなぁ」
少し離れた所にいる簪の姿をぼんやりと眺めながら、私はそう呟いた。
「な、何でよ……」
天音「およ?まだやれる元気が残ってたんだ。てっきりもう戦意喪失してると思ってたよ」
私の向かい側にいる生徒が、息も絶え絶えに呟く。身に纏う打鉄はボロボロになり、シールドエネルギーも雀の涙程しかない。対する私は全くの無傷、ノーダメージだ。
「何で、何で一撃も当たらないのよ!?」
天音「さあ?君が弱いからじゃない?」
「ふざけるんじゃないわよ!私は代表候補生なのよ!?アンタみたいな奴に負ける筈が無いのよ!?アンタ、何かイカサマしてるんじゃないの!?」
天音「イカサマ?してないしてない。これはそうだね、私の中に眠る才能が覚醒したってヤツさ」
バクラ『良く言うぜ。実際に機体を動かしてるのは俺様だろうが』
天音(昔あるギャンブラーは言いました。『バレなきゃイカサマじゃない』ってね。それにしても便利だよね千年リングって。こんな事まで出来るんだ)
そう、彼女の言う通り私はイカサマをしている。千年リングの力でバクラの魂をISに入れて、そのバクラに戦わせているのだ。流石バクラ、大活躍だ。
天音「ふぁーあ、退屈過ぎて欠伸が出るよ。そろそろ終わらせて良い?えーと、モブ山モブ子さん?」
「んなっ!?ふざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込んで来たのを軽くいなしながら、簪の方を見る。
天音(こっちは大丈夫だからさ、頑張りなよ?簪もさ)
side簪
優香「なっ、ななななな!?何なのよソレ!?」
姿の変わった私の零式を見て、新橋が大声を上げて叫ぶ。
簪「見ての通り、変身した。今のこの子の名前は『打鉄零式・六武』。これが、私の奥の手」
優香「変身!?何よそれ超カッコイイじゃない!何でそんな事出来るのよ羨ましい!」
簪「カッコイイだけじゃない。最初に言っておく、この姿になった私は……かーなーり、強い!」
優香「鎧武なのかゼロノスなのかはっきりしなさいよアンタ!?」
そう言いながら大剣を展開して突っ込んで来た新橋に向けてこちらも日本刀を展開して迎え撃つ。変身した事によって機体の馬力が上がったのか、私の日本刀は徐々に大剣を押し返し始めていた。
優香「んなっ……!?どんだけ力強いのよアンタ!?ゴリラか!?サゴーゾかアンタ!?」
簪「別にコンボなんて使ってない。あと、流石にゴリラ呼ばわりはムカつく!!」
優香「うっそ、押し切られ……わぁ!?」
思い切り新橋を吹き飛ばし、壁に叩きつける。大したダメージは与えられていないだろうが、それでも大きく隙を作る事が出来た。
簪「最初はコレ、頼りにしてるよヤリザ!」
『フォームチェンジ、【ヤリザ】!』
デッキから取り出したヤリザのカードをスキャンし、モンスターゾーンに設置する。その瞬間私が持っていた日本刀が消滅し、細身の槍が現れる。更に六武の外見も変化し、甲冑がヤリザのイラストに近い形へと変わる。
優香「カードスキャンしてフォームチェンジとか何処の世界の破壊者よ!?アンタの機体無茶苦茶過ぎよ!?」
簪「無茶苦茶で結構!」
槍を構えて突進する。この形態はスピード重視の姿のためか、さっきまでとは段違いのスピードが出た。ヤリザのカード効果は直接攻撃可能という物。機体がスピード型になったのは、カード効果を現実に反映させようとした結果なのだろうか。
優香「速っ!?でも真っ直ぐ突っ込んで来るなら防ぎようはあるわ!『剛腕酸撃』!!」
新橋が右腕を変質させて防御態勢を取る。確かにあの腕は硬いし酸で武器が溶けるしで攻撃しにくい。
簪「でも、この機体なら!」
脚部のブースターを使って空中で軌道修正、正面からの突撃から側面からの蹴りに切り替える。
簪「やあっ!!」
優香「ちょ、なんでそっちに……がはっ!?」
硬く厄介な右腕ではなく、柔らかく無防備な横腹に蹴りが命中し新橋を大きく吹き飛ばす。途中で軌道修正をしたためスピードが落ちて威力が下がったが、それでも中々の手ごたえを蹴った足から感じる。
優香「げほっ、ごほっ!?……クソ、速過ぎて対応が追いつかない。これは不味い……!」
簪「一気に決める!お願いニサシ!」
『フォームチェンジ、【ニサシ】!』
槍が消滅し、代わりに二本の小太刀が出現する。それに合わせて、六武の姿もニサシに近い形に変化する。
優香「また姿が変わった……!はは、なんか楽しくなってきたわ!」
簪「うん、私も楽しくなってきた!」
真っ直ぐ突進し、二本の小太刀による連続攻撃を食らわせていく。ニサシのカード効果である二回攻撃は、二刀流による手数の多さで再現されているようだ。
優香「ぐっ……!まだまだ、まだ私は戦える!」
鈍重な右腕では対応が難しいと判断したのか、新橋は右腕を元の姿に変えて武装を展開する。展開されたのはIS用のチェーンソー……チェーンソー!?
簪「何でそんな物騒な物積んでるの!?」
優香「カッコイイからよ!安心しなさい、出力は抑えてあるから大怪我する事は無いわ!ちょっと嫌な金属音出すだけよ!」
簪「それでも十分嫌!?」
振り回されるチェーンソーを必死になって避ける。あんな物武器で受け止めたら刃こぼれ必至だ。大きく距離を取って、三枚目のカードを取り出す。
簪「こういう時は……これ!」
『フォームチェンジ、【ヤイチ】!』
手に持つ小太刀が弓に代わりに、六武の姿も変化する。私は素早く射撃の態勢を取り、チェーンソー目掛けて矢を放った。
優香「わっ!?」
矢はチェーンソーの動力部に直撃し、チェーンソーを沈黙させる。
優香「……アンタ、弓も使えたの?」
簪「弓だけじゃない。私はお姉ちゃんを超える為に色々な事をしてきた。剣道、弓道、柔道みたいな武術だけじゃない。茶道、書道、華道……他にも沢山の事をやってきた。そのどれもがお姉ちゃんには一歩及ばなかったけど、それがあったから今の私が居る。私を支えてくれた人が居たから、今私は貴女と戦っている。お姉ちゃんや零、皆が居てくれたから、私は強くなれたの!」
優香「……そう、そりゃ良かったわね。……来なさい、こっちはもう虫の息。ニチアサならヒーローが怪人に必殺技を撃つ頃よ。……全力で来なさい!!」
簪「……分かった。私の全力で、貴女を倒す。……来て、【大将軍 紫炎】!!」
『フォームチェンジ、【大将軍 紫炎】!』
紫の炎が六武を包み、周囲に火の粉が飛び散る。六武の装甲は炎の様に紅く染まり、構えて居た弓は紫の炎を纏った一本の日本刀へと姿を変える。これが、私の切り札。六人の勇猛な武将を従える、最強の武人の姿だ。
優香「……へえ、カッコイイじゃん。少し嫉妬するわね。私もフォームチェンジ出来るように改造しようかしら」
簪「そうしたら、一緒にライダーごっこがしたい。……これで、トドメ!!」
『ファイナルアタック!』
私の周囲に六つの炎が上がり、それぞれが武器へと姿を変える。ヤリザの槍、ニサシの小太刀、ヤイチの弓、イロウの大太刀、カモンの爆弾、ザンジの薙刀、それらが私の刀に一斉に集まり、刀の纏っていた炎を更に大きくする。
簪「私の必殺技、パート2……!」
刀を高く掲げ、一気に振り下ろす。
簪「【紫炎一閃】!!」
優香「……っ!」
『な……!?』
天音「うわっ、あっぶな!?」
業火が新橋、そしてその後方で戦っていた取り巻きを包み込み、焼き尽くす。……危うく巻き込みそうになった天音には、後で謝っておこう。
麻耶『打鉄弐式、打鉄、シールドエネルギーエンプティ。勝者、更識簪ペア!』
次回予告
ラウラ「今回の予告担当は私と零だ。しかし簪の試合は見事だったな。まるで日本のトクサツと言う物を見ているみたいだった」
真月「ま、本人もそれがやりたかったからあんなギミックにしたんだろうな。どうやらダニエルの奴もノリノリで変身能力を組み込んだみたいだし」
ラウラ「状況に合わせて戦法を変える事が出来る、それはとても強力な個性だ。手強い相手だな零」
真月「そうだな、まあ負けるつもりは無いが。それじゃ、次回予告を始めるぞ」
『貴方には昔コテンパンにされたし、リベンジさせてもらうわ。全力で凍らせてあげる!!』
ラウラ「次は私達の試合、相手は神代璃緒か。試合を動画で見たが、かなり強力な相手だな」
真月「だな。正直な話、正々堂々勝負したら勝てるか分からねえ」
ラウラ「正々堂々、か。つまり何かしらの策を講じて戦うのだな」
真月「ああ、アイツには一つだけ致命的な『弱点』があるからな。それを突かせてもらう」
ラウラ「そ、そうか。……失格になるような行動では無いよな?」
真月「ククク、見てのお楽しみだ」
『ヒャハハハ!良からぬ事の始まりだぁ!!』
真月「はっはー!スーパーベクタータイムの始まりだぁ!今までのストレス、全部メラグにぶつけてやるぜぇ!」
ラウラ「……ほんとに大丈夫なんだよな?」
次回、インフィニットバリアンズ
ep.48 二回戦!氷の王女と外道皇子
真月「次回、可愛いラウラが登場!絶対見てくれよな!」
ラウラ「おい待てどういう事だ!?」
おまけ ちょっとしたキャラ紹介
新橋優香
五組のクラス代表。日本代表候補生であり、簪のお下がりではあるが専用機を与えられた実力者。女性権利団体の幹部を母親に持つ。
性格は織斑千冬と同じ実力至上主義で、弱い人間にはとにかくキツく当たる。しかし千冬と違って強い人間に対しては敬意を持って接する為、彼女よりはマシと言える。
また、大の特撮好きで、彼女の武装に派手な物が多いのはその影響。
その性格上、実力が無い癖に偉そうに振る舞う女尊男卑主義の人間が大嫌いで、女性権利団体の幹部である母親も、その母親に育てられている自分の事も嫌悪している。
とある理由で簪を酷く嫌っており、彼女が強者であると分かっても態度を変える気は無い。
モブ山モブ子(仮称)
優香の取り巻き。一応日本の代表候補生だが、優香とは違い専用機は持っていない。
他数人いる優香の取り巻きの中で一番純粋に優香を慕っている為、女尊男卑の思想を持っていると分かってはいるが優香は彼女を邪険に出来ないでいる。他の取り巻きと違って特撮にもある程度理解がある為、性格さえ直してくれればと常日頃から優香は考えている。