インフィニット・バリアンズ   作:BF・顔芸の真ゲス

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ep.42 お昼ごはんとバイオハザード

side簪

 

 

 

簪「ふふふ……えへへへ……♪」

 

学校で授業を受けている間、私はずっと零が朝言ってくれた事で頭が一杯だった。零が頭を撫でてくれた。零が私の事をちゃんと見てくれた。零が私が居ないと寂しいって言ってくれた。零が私の料理を美味しいって褒めてくれた。零が、私と二人でお昼を食べたいって言ってくれた。

 

簪(零と、二人っきりでお昼……♪)

 

元々、私が零を誘うつもりだった。その為に早起きしてお弁当を作ったんだ。零には出来る限り私の料理を食べて欲しいから。私が作った料理を零が食べて、零が美味しいって言って笑う。それはよく漫画やテレビで見る夫婦みたいな光景で、部屋以外で私が零を独占出来る唯一の時間。今の私は、この時間だけしか零の笑顔を独占出来ない。

 

だから零から誘ってくれた時は、本当に嬉しかった。私との時間を、他の事より優先してくれたように感じたから。鈴より、会社の人達より、クラスの女の子達より、私を優先してくれた。それだけ零は私を想ってくれているんだ。お弁当、喜んでくれるかな?零の好きな食べ物がまだよくわからなかったから得意な物をひたすら詰め込んだけれど、それで零が喜んでくれるか少し心配。零は私の料理を美味しいって言ってくれていたけれど、もしお弁当の料理が気に入らなかったりしたらーー

 

零に、キラワレル?

 

簪「……あ、あぁぁ……!」

 

嫌だ、それだけは絶対に嫌だ!?今の私が居るのは零のおかげで、零が私に生きる意味をくれた!その零に嫌われたりしたら、私はどうやって生きていけばいいの!?零のいない生活なんて考えられない!?零、零、零!?私の零、私だけの零!私を嫌わないで!?私を捨てないで!?ずっと側にいて。その暖かい手で撫でて。その優しい笑顔を私に向けて。私を見て。私の言葉を聞いて。私の愛を受け止めて。私を愛して。愛して、愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてアイシテアイシテアイシテアイシテアイシテアイシテ私を私だけをわたしひとりをタダワタシダケヲ私をわたしをワタシヲわたしワタシヲわたしをワタシヲワタシヲ私をワタシヲ私をわたしをワタシヲワタシヲワタシワタシ私ワタシわたし私ワタシーー

 

天音「……ざし、……簪!」

 

簪「……あ」

 

自分を呼ぶ声で我に返る。心配そうに私を見つめる天音とねねと目が合い、自分が、かなり深く考え事をしていた事を知った。

 

ねね「大丈夫?凄く、恐い顔をしてたけど……?」

 

簪「……大丈夫。少し、零の事を考えてただけ」

 

天音(重症だなこれ……)

 

ねね「そうなんだ。でも、ちゃんと授業は受けなきゃ駄目だよ?簪ちゃん、今何時か分かる?」

 

簪「……?」

 

ねねは何を言っているのだろう。さっきが一限目だったんだから、今は大体十時くらいーー

 

簪「ーー十二時!?何でもうお昼に!?」

 

天音「やっぱり気付いて無かったんだ……。簪、かれこれ四時間はニヤニヤしてたよ」

 

簪「そんな……」

 

天音「あはは、後で簪に私のノート貸してあげるよ。これからはちゃんと授業受けなよ?」

 

簪「うん、ごめん二人共……」

 

ねね「気にしなくていいよ。ねえ簪ちゃん、お昼一緒に食べない?今日食堂のデザート半額なんだ!」

 

簪「あー、ごめんねね。今日は零と一緒に食べるって約束してるから……」

 

ねね「そうなの?だったら零君も一緒に……」

 

天音「はいはいストップだよねねちゃーん!」

 

ねね「……?」

 

天音(ここは空気を読んで、零と簪の二人っきりで食べさせてあげようよ)

 

ねね(ああ、そういう事なんだ。それじゃあ仕方ないね)

 

天音とねねが私を見ながら二人でこそこそと何かを話している。話の内容は私には良く分からないが、ニヤニヤしながら私を見てくるのは少し腹が立った。

 

ねね「分かった、じゃあ今日は良しにするよ。お昼、楽しんで来てね」

 

そう言ってねねは教室を出て行った。天音もそれに続いて教室を出て行ったけれど、去り際に私に向かってこう言ってきた。

 

天音「頑張りなよ簪。私もねねも、君の恋路を応援してるからさ」

 

簪「ふぇ!?」

 

親友に私のこの気持ちがバレていた事に強いショックと共に顔から火が出るくらいの恥ずかしさを感じる。まさか二人にバレていたなんて、お姉ちゃんにしかこの気持ちは言っていない筈なのに。一体、どうしてバレちゃったんだろう?

 

簪「……あ!早く行かないと!」

 

昼休みになってからもう十分になる。早く行かないと零が怒っちゃう。お弁当を忘れずに持って、私は教室から出て屋上に向かって走り出した。

 

 

 

side真月

 

 

 

俺、真月零はかつてない危機に晒されていた。前世でドン・サウザンドに吸収される直前に感じた死の恐怖、この世界で初めて死を覚悟したアシッドゴーレムとの戦い、どちらも命の危険という点では同じくらい恐ろしいものであるが、目の前に迫るコレよりはマシなものだと今の俺ならそう口に出来る。

 

簪「零、私は零の為に言っているんだよ?私は零と一緒にいれるだけで幸せなの。零だって同じでしょ?それとも零は私を選ばないで他の女を選ぶの?私を捨てるの?裏切るの?そんなの認めないよ?許さないよ?零は私とずっと一緒にいるべきなの。私だけを見て、私だけと話して、私だけに優しくして、私だけを愛してくれればいいの。ねえ聞いてる?ああごめん聞いてるに決まってるよね。だって零が私を無視する訳無いもんね。……本当に聞いて無かったの?へーそうなんだ、やっぱり零は私を大事に思って無いんだね?誰?ねえ誰?誰を消せば零は私を大事にしてくれるの?鈴?蘭?それとも他の女?ねえねえ誰なの?誰が零を誑かしてるの?教えてよ、零?ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」

 

目の前に迫るは光の消えた目で俺を見つめてブツブツと何事かを呟き続ける簪。そしてその手は何故か俺の口に箸で掴んだ唐揚げを押し付けている。

 

セシリア「はい、鈴さん。まだまだ沢山有りますから、慌てずゆっくり食べて下さいね?」

 

鈴音「嫌よ!?アタシこれ以上食べたく無い!?もう何回三途の川と現世を往復したと思ってるの!?」

 

セシリア「わたくしとしては料理の感想だけでも欲しいんです。なので鈴さんが感想を言うまでは食べさせるのをやめませんわ」

 

鈴音「嫌ああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

視界の端ではセシリアが築き上げた死体の山に現在進行形で仲間入りしようとしてる鈴が必死にセシリアから勧められるサンドイッチを拒んでいる。

 

簪「ねえ、今私から目を逸らしたでしょ?駄目だよ零、零は私の事だけを見てなくちゃ。それで誰?誰を見たの?ねえ教えてよ、誰が私から零を奪おうとしたの?何で教えてくれないの?何で他の女を庇うの?私より他の女の方が大事なの?そんな訳無いよね?零が一番大事にしてるのは私だよね?ねえちゃんと私の話を聞いてよ。私の事ちゃんと見てよ。ねえ誰を見たの?ねえねえ教えてよ?教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて」

 

真月(どうして、どうしてこうなった!?)

 

 

 

事は、今から大体三十分前に遡る。

 

屋上で簪が来るのを待っていた俺は、携帯を使って他のメンバーにも誘いをかけていた。

 

真月「これで良し、っと。お?来たみたいだな」

 

簪「零!ごめん、待った?」

 

真月「いや、俺もついさっき来た所だ」

 

息切れを起こしながら俺の所に来た簪に、俺はそう言った。というか、どんだけ急いで来たんだよ。別にそんなに急がなくても良いだろうに。

 

簪「そう……良かった。じゃあ早速お昼にしよう?私結構頑張ったんだよ?」

 

真月「タンマだ簪、まだ揃ってない」

 

簪「え?だってもう私も来たし……」

 

真月「だから、お前しか来てないんだって」

 

いまいち意思疎通が上手くいっていないのか、きょとんとしている簪に状況を理解して貰おうとしていたら、バタンという音と共に勢い良くドアが蹴破られた。

 

鈴音「いええぇぇぇい!!来たわよ零!!」

 

セシリア「テンション高いですわね……。あ、零さん、お呼ばれしたので参りましたわ」

 

真月「おう、良く来たな鈴にセシリア。ほれ、早くこっちに来いよ」

 

鈴音「ひゃっほおぉぉぉぉい!寄るぜ寄るぜえぇぇぇ!」

 

真月「……クスリでもキメたのかコイツ?」

 

セシリア「実習の時に山田先生にボコボコにされたのが結構ストレスになってたみたいですわ……」

 

ああ成る程、あんだけ綺麗に負けたらそらストレスも溜まるわ。

 

簪「……ねえ零、これはどういう事かな?かな?」

 

光の消えた目で笑いながら簪は俺にそう言ってきた。おい、何でいきなりスイッチ入ってんだよ、俺まだ何もしてないだろ。

 

真月「何って、昼飯を食べるんだろ?皆で」

 

簪「何で鈴とセシリアが居るの?零は『私と』お昼を食べるんだよね?何で他の女が居るの?」

 

真月「ああ、『お前とも』食べるぞ?だが、どうせなら皆で食べた方が美味しいだろ?」

 

簪「…………うん、そうだね」

 

まだ目の光は消えたままだが、一先ず納得はしてくれたようなので良しとする。簪の事は分かっていたつもりだったが、まだまだスイッチの入り方などは分からないな。

 

鈴音「……あー、成る程成る程。本社の方で会った時に薄々は勘付いてたけど、簪アンタ……」

 

鈴が何かを呟きながら俺と簪を交互に見比べる。何だよ、顔に何か付いてるのかよ。

 

鈴音(一々こんな事で機嫌悪くしちゃ駄目よ?こいつ、あり得ないくらい鈍感だから)

 

簪(……分かってる。零が私の思いになんて気付きもしない事なんて、分かってる。けど……気に入らない)

 

鈴音(……え?)

 

簪(零の事を私よりも理解してる鈴が妬ましい。零の隣は私の、私だけのものなのに、そこにいとも簡単に入り込める鈴が気に入らない。零を私から奪おうとする鈴が憎い。私は鈴と仲良くしたいのに、零の事を考えると鈴と仲良く出来そうにない。私は、零を鈴に取られたくない)

 

鈴音「……ぷっ、あはははははははは!!」

 

簪「……!?」

 

何やら二人でこそこそ話していたと思いきや、急に鈴が腹を抱えて笑い転げた。おい、何話してたんだよ内容が気になるじゃねえか。

 

鈴音「ははははは、ふふっ、ふふあははは!!成る程!道理で私とセシリアを見る目が厳しい訳だ!簪、アンタ、あっははははは!!」

 

簪「……何が可笑しいの?」

 

鈴音(いやだって、簪、アンタアタシとセシリアに嫉妬してるって事でしょ?いやあ、意外。アンタそんな感じに人に嫉妬するタイプなのね)

 

簪(……鈴は零が他の女と一緒にいて何とも思わないの?鈴も零の事が好きなんでしょ?)

 

鈴音(そりゃあ大好きよ?でもさ、恋愛って勝負と同じで要は勝った人が正義じゃん?最終的にアタシが零を手に入れれば良いだけなんだから、過程でどんだけ零がモテようが問題無いじゃない)

 

簪(……鈴は脳筋だね)

 

鈴音「はっはっは!そぉれがクイーンよ!」

 

またこそこそ話してたと思ったら急にデカイ声を出す鈴。おい、頼むから内容を伝えてくれよマジで気になってんだよ。

 

鈴音「さぁて!お昼ごはんにしましょうか!な、な、なんと!アタシも零にお弁当を作って来たわよ!」

 

真月「おお、お前もか。んで、中身はやっぱり……」

 

鈴音「そう!御察しの通り酢豚よ!アンタこれ好きだったでしょ?腕によりをかけて作ったから、いっぱい食べなさい!」

 

そう言って鈴は懐から弁当箱を取り出し、蓋を開けて俺に中身を見せてきた。箱の中には確かに、昔から食べてきた鈴の酢豚があった。

 

真月「いや好きっていうか、お前がこればっか食わせてきただけだろ。俺は酢豚以外も好きだぞ、餃子とか炒飯とか小籠包とか」

 

鈴音「ん?そうだったっけ?まあ食べなさいよ。冷めない内に食べた方が美味しいわよ」

 

真月「いや何でまだ温かいんだよ。さっき作ったのか?」

 

鈴音「いんや、朝作ったやつよこれは。まだあったかいのはさっきアタシが加熱したからよ。ほら、こんな感じに」

 

そう言うと鈴はISを腕だけ展開し、ボッと炎を出した。どうやらそれを応用して上手い事弁当を加熱したらしい。全く、とんだISの使い方だ。

 

真月「んな事にISを使うなよ……。おら寄越せ、お望み通り冷めない内に食ってやる」

 

そう言って俺は鈴から弁当箱を受け取ろうとしたが、何故か鈴は俺から弁当箱を遠ざけた。

 

真月「……?おい、こりゃ一体何の真似ーー」

 

鈴音「はい、あーん♪」

 

簪「…………っ!?」

 

まさかのあーんである。流石に俺も此処で子供扱いされるとは思わなかったので反応に困ったが、鈴の事だから意地でも俺に食べさせようとするだろうし、ここは大人しくあーんに応じてやる事にする。

 

真月「…………あーん」

 

簪「………!?あ、あぁぁ……!?」

 

口を開け、大人しく鈴に酢豚を食べさせて貰う。何か簪が凄い悲痛な表情を浮かべているような気がするが、きっと気の所為だろう。

 

鈴音「にっしっし!どうどう、久しぶりの酢豚の味は!美味しいでしょ〜?」

 

真月「……鈴、お前腕落ちてねえか?昔の酢豚の方が美味かったぞ」

 

鈴音「マジで!?どれどれ……ああ、確かに腕落ちてるわコレ。あーあ、カップ麺生活の代償ね」

 

セシリア「料理の腕が落ちるくらいカップ麺で生活してきたんですか……」

 

鈴音「ははは、また料理してかないとな〜。あ、簪、その唐揚げ頂戴」

 

簪「…………ぇ、あぁっ!?」

 

呆然としていた簪の弁当箱から唐揚げをさっと奪い取った鈴。昔からだが、本当に手癖が悪いなコイツ。

 

鈴音「ふむふむ、ベリーグッド!簪ィ〜アンタ料理上手いのね〜!こりゃあいいお嫁さんになるわ!」

 

簪「……最初は零に食べて貰いたかったのに」

 

鈴音「ごめんごめん、ほれ酢豚。そんでさぁ零〜、アンタ的にはどうなの?料理出来る子って」

 

簪「……!」

 

先程まで落ち込んでいた簪の身体がビクリと震え、耳を澄まして話を聞いている。ああ、こいつもやっぱり結婚とかには憧れるもんなんだな。

 

真月「別にどうもしねえよ。料理なら俺が出来るから、相手の女に料理の上手さなんて求めねえよ。つーか何だよいきなり、見合いでもすんのか?」

 

鈴音「残念ながら、見合い話は何件か来てるけど、ロクでもない奴しか居ないわ」

 

セシリア「あら、鈴さんにも見合いなんて来るんですね。かくいうわたくしも今まで何回も縁談を持ち込まれましたが、その全てが亡き両親の遺産にありつこうとするハイエナだったので、ズバッと断って居ますわ」

 

真月「……代表候補生ってそんな早い内から皆相手を見つけるもんなのか?」

 

鈴音「優秀な人だけじゃない?アタシはクイーンだから、一緒になればいい思い出来るとか考えたんでしょ」

 

セシリア「まあ、一概に悪い事だとは言えないと思いますわよ?この女尊男卑のご時世、まともな女性でも結婚するのが大変ですし、出会いのきっかけは大事ですわ」

 

つい先日まで自分もまともじゃない女性側だった事を棚に上げてるセシリアの発言は置いといて、鈴達から聞いた話について考える。成る程、そういう考え方もあるのか。にしても鈴は自分が利用価値のある人間という見方で見られているというのに、よくそれを他人事のように話せるな。

 

簪「私はそういうの今まで無かったし、これからも受ける気は無いよ。だって私には零がいるもん」

 

真月「お、おう……そりゃ嬉しいなあウン。にしてもお見合いとは懐かしいな、俺も昔はいいとこの可愛こちゃんとの縁談とか沢山あったなあ……」

 

前世の更に前世、皇子だった頃の事を思い出しながら俺は呟く。デカイ国の皇子だった俺には、他国の有力貴族や王族との見合い話がしょっちゅう持ち込まれた。その中にはあのメラグも居たが、本人は覚えていないようなのでその時の話をしたりはしていない。

 

簪「ふーん、可愛い女の子、かぁ……」

 

真月「…………あ」

 

簪の光の消えた目が更に暗く濁る。不味い、詳しくは分からないが、今の何処かで簪の地雷を踏んだ。

 

鈴音「セ、セシリア!確かアンタもお弁当を作ってたわよね!?アタシ一口食べたいなあ〜!?」

 

セシリア「そ、その言葉を待ってましたわ鈴さん!?わたくし、サンドイッチを沢山作ってきましたの!?」

 

簪「……そう」

 

鈴とセシリアが慌ててフォローをし、何とか簪のスイッチが完全に入るのを防ぐ。危なかった、後ちょっとでかなり面倒な事になっていた。

 

セシリア「はい、わたくし特製のサンドイッチですわ!数の心配は無用ですので、慌てずゆっくり食べて下さいね」

 

そう言ったセシリアが手に持っていた大きめの籠を開けると、大量のサンドイッチが姿を現す。まるで写真のサンドイッチそのもののような綺麗な完成度に、俺達は思わず感嘆の声を上げた。

 

真月「おおう、完成度高え。凄え美味そうだなコレ」

 

簪「……何か負けた気がする」

 

鈴音「お〜!すっごい美味そうじゃない!ねえセシリア、ホントにコレ食べてもいいの?」

 

セシリア「勿論ですわ!ささ、早く早く!」

 

鈴音「いえぇぇぇい!サンキューセシリア!」

 

そう叫んでセシリアからサンドイッチを一つ受け取ると、何故か鈴はそれを俺に手渡した。

 

真月「……何故俺に渡す?」

 

鈴音「そりゃ勿論決まってるでしょ!あーんよあーん!」

 

簪「…………」

 

真月「何言ってんのお前……」

 

かなり馬鹿な事を言ってるが、先程俺もされたばかりなので断るのも何となく悪い気がする。仕方ない、今回だけ鈴の要望に従ってやるか。

 

真月「おら、口開けろ」

 

鈴音「オッケー!あーん♪」

 

簪「…………」

 

大きく開かれた鈴の口にサンドイッチを突っ込む。比較的小さめのサンドイッチだったので、一口で鈴の口に詰め込む事が出来た。

 

鈴音「むぐむぐ…………きゅうぅ」

 

真月「鈴んんんんん!?」

 

サンドイッチを食べていた鈴の顔色が真っ白になり、急に倒れた。え、何が起きた!?

 

セシリア「あら鈴さん、食べてすぐ寝たら牛になってしまいますわよ?」

 

真月「いや寝たんじゃねえよ気絶したんだよ!?テメェサンドイッチに何入れやがった!?」

 

セシリア「何を入れたか、ですか?ええと、ハム、レタス、チーズにトマト、後は着色料をドバッと」

 

真月「着色料!?何でそんなもん入れてんだよ!?」

 

セシリア「いや、見本に可能な限り近付けようと……」

 

真月「見本を忠実に再現する前にまず手本通りに作れや馬鹿野郎!?」

 

セシリア「もう、レディを野郎呼ばわりするなんて酷いですわよ零さん!」

 

真月「んな巫山戯た事言ってる場合じゃ……ん?」

 

セシリアに突っ込みを入れようとした時、ふと外の方が騒がしい事に気がついた。

 

真月「何だ……?今日は目立ったイベントとかは無い筈なんだが……んなぁ!?」

 

不審に思った俺は屋上の手すりまで近寄り、そこから下を見下ろした。

 

そう、『見てしまった』

 

「あ、あぁぁぁぁぁ…………」

 

「お、おおぉぉぉぉ」

 

「ぶくぶくぶくぶくぶく……」

 

「かゆ……うま……」

 

「アアァァァァァ!!」

 

「嫌あああぁぁぁぁ!?」

 

「誰か、誰か助けてよ!?」

 

「嫌、嫌!?私まだ死にたくない!?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

そこには、地獄が広がっていた。

 

死体のように真っ白になってその場に倒れている生徒。絶叫する生徒。口から泡を吹きながら細かく痙攣している生徒。白目を剥きながら徘徊する生徒。半狂乱になりながら手近な生徒にサンドイッチを詰め込む生徒。逃げ惑う生徒。泣き叫ぶ生徒。命乞いをする生徒。虚ろな瞳でただただ謝罪を口にする生徒。生徒、生徒、生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒生徒ーー

 

真月「あああぁぁぁぁ!?」

 

眼下に広がる地獄絵図に恐怖し、絶叫を上げる。あの光景を現実だと認識するのを脳が拒絶している。何なんだ、あれは、あれは一体何なんだ!?

 

真月「何だよ、何なんだよアレ!?」

 

セシリア「あら、アレわたくしのサンドイッチですわね。作りすぎたので道中で皆さんにお配りしていたのですが、何か凄い事になっていますわね」

 

真月「やっぱテメェの仕業かセシリアァ!?どうすんだよコレ!?大惨事じゃねえか!?バイオハザード起こってんじゃねえか!?つーか何でサンドイッチでこんな大惨事が起きるんだよ!?何なんだよあのサンドイッチ!?」

 

セシリア「わたくしは真面目に作っただけなんですが、何でこんな事になったんでしょうね?」

 

真月「んなもん俺が知りたいわ!?兎に角何とかして事態を……んあ?」

 

事態を鎮静する為に屋上を出ようとした時、それまで微動だにしていなかった簪に服を掴まれた。

 

真月「何だよ簪、悪いけど今は……簪?」

 

簪「……あーんって、やった」

 

真月「……?何を言ってーー」

 

簪「鈴にあーんってやった。私にはしてくれないのに、鈴にだけやった。どうして?どうして鈴だけなの?どうして私にはやってくれないの?どうして私のお弁当を食べてくれないの?私頑張ったんだよ?いつもよりうんと早く起きて、いっぱいいっぱい工夫して、零が喜んでくれるように美味しく作ったんだよ?なのに何で?何で鈴だけなの?ズルい、鈴ばっかりズルいよ。私のも食べてよ。鈴の時みたいに感想をいってよ。鈴にやったみたいにあーんってしてよ。ねえ食べてよ。ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえのねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」

 

光の消えた目で俺をじっと見ながら、簪はそう呟く。やばいやばいやばい、こんな時に簪のスイッチが完全に入りやがった。

 

真月「おい簪、今はそんな事やってる場合じゃ……」

 

簪「……『そんな事』?零、私のこの思いを、『そんな事』って言ったの?」

 

真月「…………げ」

 

やばい、焦っていた所為で地雷踏んだ。これは、終わったかもしれないな、俺。

 

簪「ふふふ、ふふふふふ……♪そっかあ、零はそう思ってたんだぁ。残念だなぁ、零には、まだ私の気持ちがちゃんと伝わってなかったんだね。うん、分かった。零にはちゃんと教えてあげるよ、私がどれだけ頑張ってこのお弁当を作ったのか。ほら、先ずは食べて見てよ。唐揚げ、零も好きでしょ?」

 

そう言って唐揚げを押し付けて来る。今は本当にそれどころじゃ無いのだが、簪の濁りに濁った目が、『逃げたらただでは済まない』と伝えてきて、拒むに拒めない。

 

鈴音「う〜ん……はっ!死んだかと思った!?何か綺麗な花畑とデカイ川が見えた!?」

 

セシリア「あら鈴さん起きましたの?ですがタイミングが悪かったですわね。今こっちはあの世よりも酷い事になっていますわよ?」

 

鈴音「え?何の事……て何じゃこりゃあぁぁぁぁ!?外が大変な事になってんじゃない!?」

 

セシリア「零さんが言うには、どうやらわたくしのサンドイッチが原因らしいのですが、一体どう言う事なんでしょう?鈴さんは何か分かりますか?」

 

鈴音「どう言うも何も聞いた通りよ!アンタの料理は不味い通り越してテロいのよ!?」

 

セシリア「テロい……テロレベルに不味いという事でしょうか?それは逆に気になりますわね。鈴さん、もう一回食べてどんな味なのか詳しく教えて頂けませんか?」

 

鈴音「はあ!?絶対に嫌よ!?あの世から戻って来るの大変だったのよ!?」

 

セシリア「そこを何とか!ほら、一個だけ、一個だけでいいですから!」

 

鈴音「嫌よ!?あ、コラ押し付けんな!?もごごご!?」

 

そして再び鈴はサンドイッチを口に入れ、また床に沈む。助けてやりたいが、俺も死にたくないのであのサンドイッチは鈴に任せよう。大丈夫、鈴なら多分死なないさ。

 

簪「……ねえ、食べてよ。何で食べてくれないの?零って唐揚げ嫌いだったっけ?違うよね、前に食堂で食べてたもんね。なら何で食べてくれないの?私の作った料理は嫌?そんな訳無いよね、零は私の料理好きだもんね。そう自分で言ってたもんね。じゃあどうして?ああ!零は好きな物を最後に取っておくタイプなんだね?私もそうだよ!えへへ、一緒だね♪じゃあ他の食べ物にしよう!はい、卵焼きだよ!美味しそうでしょ?味付けに結構拘った自信作なんだ♪ほらほら、食べて食べて♪」

 

差し出された卵焼きを食べる。確かに凄い美味いんだろうが、食べさせてくれる簪の目が笑ってないのが怖くてあまり味がよく分からない。

 

真月「う、うん、美味いぞ簪」

 

簪「えへへ……良かったぁ♪朝早くに起きて作った甲斐があったよ。ほら、まだまだ有るから食べて♪」

 

濁った目のまま簪は嬉しそうに笑う。心から嬉しそうなのに、目の濁りの所為で恐怖しか感じない。

 

そうして、時折地雷を踏んでその度になんとかして機嫌を直して貰い、何とか俺はその昼休みを乗り切る事が出来た。

 

学園で起きたバイオハザードは駆けつけた山田先生によって一人残らず鎮圧され、その日は昼までで終わりという事になった。後で楯無から聞いた話だが、学園の教員達はこのバイオハザードを先日の襲撃事件と関連性があると判断したらしく、学園に内通者が居ると考えて調査を始めたらしい。なんて事の無い、何処にでも有るような昼食の風景だった筈なのに、何故か地獄絵図になってしまった。取り敢えず、今後一切セシリアには料理をさせないようにしよう。

 

 

 

sideラウラ

 

 

 

昼休みに起きたバイオテロによって転校初日から早帰りになってしまった私は、特に何をするでもなくただぶらぶらしていた。

 

96『しっかし物騒な話だよなぁ、まさかバイオテロなんてもんが起きるとは』

 

ラウラ(極秘ではあるが、少し前のクラス対抗トーナメントでも襲撃事件があったと聞く。どうやら、本国同様常に警戒を怠らない方が良いかもしれんな)

 

96『つーか前にも襲撃事件なんてもんが有ったのに何の対策もしてないとか、学園の教員部隊って無能ばっかなのかねえ。その辺どう思うよラウラ?』

 

ラウラ(見た所、真に優秀な教員は山田先生と天上院先生率いる明日香派だけのようだからな。教官は……まあ事が起こってからが仕事なのだろう)

 

96『なあ、やっぱあの女役立たずじゃね?』

 

ラウラ(言うな、アレでも私の元教官だ)

 

私は無意識に近寄り難いオーラを放っているらしく、結局今日は誰も話しかけては来なかった。その為、私は脳内に潜むクロを話し相手にする事で暇を潰していた。……別に悲しくなんて無いからな。

 

ティナ「……ねえ、ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」

 

ラウラ「……む?」

 

背後から掛けられた声に振り返ると、金髪の女生徒が私に向かってヘラヘラとした笑みを浮かべていた。こいつは見た事がある。確か二組のーー

 

ラウラ「ティナ・マッケンジー、だったか?合同実習で一緒だったな。私に何か用か?」

 

ティナ「あー、用って程のもんじゃ無いんだけどさ、本国の奴らにアンタの実力を測る為にアンタと戦えって指示されててさ。今から試合してくれない?」

 

成る程、確か彼女もアメリカの代表候補生だった筈だ。それならば、ドイツの代表候補生であり、軍人でもある私の実力を調べてくるよう命令されるのも納得出来る。だがな……

 

ラウラ「断る。何故私がそんな面倒な事をしなければならない。それに今日はもう下校するよう先生方から指示が出ている筈だ。私は転校初日から問題を起こす気は無いぞ」

 

ティナ「うっわ正論だよつまんないの。その点については大丈夫だから安心しなよ。ちゃんとアリーナの使用許可は取ってるからさ」

 

ラウラ「だから断ると言っているだろう。そんなにやりたいなら私では無く本国に直接言ってくれ」

 

そう言って私はまた散歩を再開する為に歩き出そうとした。しかしーー

 

ティナ「……成る程、流石出来損ない小隊の隊長ね。貴女の部下の姿が見えるような素晴らしい振る舞いよ」

 

ラウラ「……何だと?」

 

聞き捨てならない言葉に踏み出した足を止める。今、こいつは何て言った?

 

ティナ「あ、反応してくれた?」

 

ラウラ「……私を侮辱するのは別に構わない。だが、私の部下達を侮辱するのは許さん。私の部下は、出来損ないなどでは無い」

 

96『おうおう怒ってる怒ってる。そのままの勢いで俺の力も借りないか?』

 

ラウラ(黙っていろクロ、今はお前の軽口を聞いていられる程余裕は無い)

 

ティナ「ひゅー、怖い怖い。で、どうなの?勝負、受けてくれるの?」

 

ラウラ「……良いだろう。その勝負、受けてやる」

 

部下が馬鹿にされたのだ、面倒だなどとは言ってられないだろう。

 

ティナ「おーけーおーけー、じゃあ行こうか。……楽しく遊びましょ?」

 

ヘラヘラと笑いながらアリーナへと向かうティナを睨み付けながら、私はティナの後を追ってアリーナへ向かった。

 

 




次回予告

96『今回の次回予告担当は俺様だ!さあ、ちゃちゃっと予告を始めようじゃねえか!』
「さあて、テキトーに遊びましょうか!」
96『ラウラ対ティナ、か。気をつけろよラウラ、そいつからは強い闇を感じるぜ』
『ーー力が欲しいか?』
「五月蝿い黙れ座ってろ!ああもう!クロといい貴様といい、何故私の頭に住んでいる奴はチカラチカラと五月蝿いんだ!?」
96『おお、もう一人の同居人のVTさんじゃないか。戦闘時しか喋らないから忘れてたぜ』

次回、インフィニットバリアンズ
ep.43 放課後大乱闘
96『まあ、次回も見てくれや』


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