インフィニット・バリアンズ   作:BF・顔芸の真ゲス

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ep.41 二人の転校生

side真月

 

 

 

結局、俺達はそれから三日間五反田家で世話になった。蘭の奴は毎日夜中に帰って来て、死んだように眠る生活を送っていたが、本人も楽しそうにしているので良しとする。五反田家から帰った後は、休み明けまでひたすら簪と部屋でゴロゴロしていた。何故か簪が殆どの間俺から離れなかったが、実害は無かったので放置していた。

 

そして今日から学園生活が再スタートする。俺は荷物を準備して、食堂に行こうとしたんだがーー

 

簪「零、座って。朝食は私が作る」

 

真月「アホか、今から作るくらいなら食堂で食う方が早いだろうが」

 

簪「駄目、零には私の作ったご飯を食べて貰う」

 

真月「だから、食堂で食った方が早いってーー」

 

簪「……そんなに私の作ったご飯が食べたくないの?」

 

真月「うっ……」

 

簪から表情が消える。不味い、この状態の簪は色々と不安定だ。ここは大人しく言う事を聞くか。別に簪の料理が不味い訳じゃ無いしな。

 

真月「……分かった。少し時間がかかるが、待ってやるよ。お前の料理は美味いしな」

 

簪「ふふ……零、おだてても何も出ないよ♪」

 

顔を赤くして笑顔になる簪。良かった、何とか機嫌を良くして貰えたらしい。

 

真月(たく、何で朝からこんな疲れなきゃいけねえんだよ)

 

最近、俺の苦労人ポジが定着してきているのに溜息を吐きながら、俺は簪の料理が完成するのを待った。

 

だがこの時の俺は知らなかった。こんなモノは序の口で、さらなる面倒事が学園で待ち構えているという事を。

 

 

 

真月「おっはようございまーす!今日も元気に……あれ?どうしたんですか織斑君に天城君?」

 

教室に入って挨拶をした時、机に突っ伏している秋介と一夏を発見した。

 

秋介「五月蝿い……ハア、そっと、ハア、しといてくれ」

 

一夏「あ、ああぁ……」

 

真月「ああ、箒さんですね。御愁傷様です」

 

箒「言っておくが、別に私は強制してないぞ。二人が私に頼んできたのだからな」

 

一夏「そうだけどよぉ……少しは加減してくれよ……」

 

箒「私と同じペースで良いと言ったのはお前らだ」

 

秋介「僕は、ハア、まだやれるぞ。はは、寧ろペースを上げても良いくらいだね!」

 

箒「出来もしない事をほざくな馬鹿者。まともに顔を上げる事すら出来ないくらい疲弊しているだろうが」

 

秋介「ぐっ……!」

 

少し悔しそうな顔をする秋介、まあ神童と呼ばれてる自分が女子に負けるのは少し悔しだろうな。箒は女子とカテゴライズして良いのか迷うくらいの体力馬鹿だが。

 

一夏「ははっ、言い負かされてやんの……それで零、さっきから気になってたんだが、何で簪さんくっ付けて平然と喋ってんのお前?」

 

真月「……気にしないようにするのが一番かなって」

 

ずっと引っ付いて離れない簪から目を逸らしながら俺はそう言う。周りからの奇怪な物を見るような視線が割と刺さって辛い。

 

「え!?真月君と更識さんってそういう関係だったの!?」

 

「いや知らなかったのあんた?私は前からそういう関係だと思ってたらわよ?」

 

「私的にはあんなテンションの更識さんが一番の驚きだわ……」

 

ほら何か周りが俺達を見て噂してるよチクショウ。というかそういう関係って何だよ。曖昧な言い方しないではっきり言えよ。

 

簪「えへへへ……零ぃ……♪」

 

箒「その動きにくい状態で教室まで来たのか。新手の修行か何かか?」

 

真月「朝からずっとこんな調子で……もうオプションか何かだと思う事にして此処まで歩いて来ました」

 

秋介「それ何て公開処刑?かなり目立っただろ……」

 

真月「あはは……そろそろ離れてくれませんか簪さん?」

 

簪「嫌、もうちょっとだけ一緒に居る……!」

 

真月「そろそろ朝のホームルームが始まります。遅刻しちゃいますよ?」

 

簪「零と一緒に居られるなら遅刻くらい……!」

 

真月「いや駄目でしょ。ほら、離れて離れて」

 

簪「むう……」

 

簪が頰を膨らまして全く動こうとしない。此処で無理に引き剥がそうとすると朝みたいに何か変なスイッチが入りそうなので、自主的に離れて貰う事にする。

 

真月「……簪」

 

簪「……ぁ」

 

頭を撫でながら、真っ直ぐ簪の顔を見つめる。距離が近いからか簪が真っ赤になっているが、来にせず言葉を続ける。

 

真月「君と離れるのは僕も寂しい。でもね、僕の所為で君に迷惑がかかるのはもっと嫌なんだ。だから今は、大人しく僕の言う事を聞いてくれないか?」

 

簪「ふあぁ……」

 

一人称こそ「僕」のままだが、真面目に話す為に口調は警部の時のものになっている。何だか酷く『間抜けな真月』らしくない態度になってしまっているが、簪を大人しく帰す為なのだから仕方ない。

 

真月「大丈夫、またすぐに会えるさ。……そうだ。もし何も無ければ、昼休み一緒に食べないか?」

 

簪「も、勿論良いよ!こんな事も有ろうかと、弁当も用意してあるの!」

 

真月「はは、そうか。君の料理は美味しいからね、とても楽しみだよ。ほら簪、遅刻してしまうから戻るんだ。またお昼に会おう。弁当、楽しみにしてるよ」

 

簪「うん……!またね、零……!」

 

湯気が出てるんじゃないかというぐらい赤い顔で、簪は走り去っていった。ふう、何とか穏便に済ます事が出来たな。

 

「……はっ!何今の!?何が起きたの!?」

 

「意外な伏兵ね……!まさかあんなイケメンボイスが出せるとは……!」

 

「危なかった……!あのイケメンスマイルにもう少しで落とされる所だったわ……!」

 

「真月零……恐ろしい子……!?」

 

……何か周りの連中に散々な事を言われた気がする。何だ、俺が一体何をした。

 

秋介「……誰だよ今の」

 

箒「何故だ、酷く寒気が……!?」

 

一夏「うおぇ!?は、吐き気が……!?」

 

箒と一夏、テメェら後で覚えておけよ。

 

麻耶「はーい!朝のホームルームを……はえ?何で皆さん顔が赤いんです?」

 

簪と入れ違いになる形で山田先生が入って来て、朝のホームルームが始まる。

 

麻耶「ふふふ……驚かないで下さいね?な、な、なんと!ウチに転校生が来ました!しかも二人も!」

 

山田先生のその言葉にクラス中が騒つく。にしてもこの時期に転校生か。まず間違いなく普通の奴じゃねえな。

 

麻耶「それじゃあ早速転校生を紹介します!二人とも、入って来て下さい!」

 

山田先生の言葉と共に二人の人間が教室に入ってくる。一人は銀髪眼帯の小柄な少女。そしてもう一人はーー

 

真月(……何だと?)

 

二人目の転校生を見た瞬間、クラス中が固まった。何故ならその人物は、『男性』だったからだ。

 

麻耶「それでは自己紹介に入りましょう!デュノアさん、お願いします!」

 

デュノアと呼ばれた金髪の少年は山田先生の言葉に「はい」と微笑みながら頷くと、黒板に自分の名前を丁寧な日本語で書いて俺達の方を見た。

 

シャルル「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。此処に僕と同じ境遇の人達が居ると聞き、やって来ました。皆さんと仲良く出来るよう努力するので、宜しくお願いします」

 

真月(随分と女らしい顔をした男だな。……ああ、Ⅲの奴と同じタイプか)

 

ミザエル(IIIと同じ女顔か。奴と同じで、男の制服を着ていなければ女と間違えてしまいそうだ)

 

璃緒(ああ、III君と同じ感じの子なのね)

 

一夏(女か、結構な美少女だな。男装してるって事は、俺達目当てのスパイか?)

 

隼(……楯無からスパイ疑惑の有る奴が転校してくるとは聞いていたが、アレで男装のつもりなのか?デュノア社は一体何を考えている?)

 

秋介(んん?んんんん?男?でもどう見ても……)

 

『…………き』

 

シャルル「き?」

 

あ、これヤバイやつだ。そう考えて耳を塞ごうとしたその瞬間、物凄い爆音が教室中に響き渡った。

 

『きゃああああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

「男子!六人目の男子よ!」

 

「しかも男の娘系男子!今のウチのクラスの男子には居ない新タイプよ!」

 

「金髪イケメン!金髪イケメンキタコレ!」

 

「ヤバイ、ちょっと私ムラムラしてきた……!」

 

「落ち着け!気を鎮めるのよ!」

 

「恐ろしいのは……私自身の性欲さぁ!」

 

「フランスから来た貴公子……男子面子との無限のカップリング……心が躍るな……!」

 

シャルル(な、何でバレてないのさ!?完全に女子だよね!?女子の顔してるよね僕!?)

 

周囲から聞こえる黄色い悲鳴に鼓膜が甚大なダメージを受ける。後半の変態共の言葉なんて聞こえない、聞こえなかったんだ。

 

千冬「黙れ馬鹿共!他の教室の奴らの鼓膜まで破壊する気か貴様らは!」

 

ドアを蹴り飛ばして怒鳴り込んで来た脳筋女によって、教室の喧騒は漸く鎮静された。

 

千冬「全く……下の階まで声が届いていたぞ。小学生じゃあるまいし、転校生くらいではしゃぐんじゃない。ラウラ、次はお前の番だ」

 

ラウラ「……はい」

 

何だ、あの銀髪は脳筋女と知り合いなのか。という事はあの銀髪はドイツ軍人か。確か脳筋女は一時期ドイツで教官をしていたらしいからな。

 

ラウラ「ドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ軍に所属しており、階級は少佐。だがこの学園での私はただの一生徒に過ぎない。他の生徒に接するように接してくれて構わない。あと恥ずかしい事だが、ずっとドイツ軍にいたからか、一般常識が不足していてな。何かおかしな所があったら指摘してくれると助かる」

 

そう言って礼をした後、ラウラは自分の席に座った。あの脳筋女の教え子という事で警戒していたが、案外マトモそうな奴で少し驚いた。

 

千冬「良し、自己紹介は終わったな。さて、今日から本格的にISの操縦訓練に入る。各自ISスーツに着替えてアリーナに集合するように。スーツを忘れた馬鹿は学校指定の水着を着ろ。それも忘れた馬鹿は学校指定のジャージ、それさえも忘れた大馬鹿者は、まあ下着で良いだろう」

 

いや良くねえよ。仮に俺達男子がそうなったらパンツ一丁とかいう酷え絵面になるぞ。

 

千冬「良し、一限目は早速ISの操縦訓練だ。時計を良く見て行動し、遅れずに来い」

 

そう言って教師二人は教室から出て行き、ホームルームが終了した。クラスメイト達はチラチラとデュノアの方を見ながら、教室から出ていった。

 

デュノア「あー、君達が男性操縦者だよね?僕はーー」

 

一夏「喋る暇なんて無いぞ。早く移動しないと大変な目に遭うからな」

 

デュノア「へ?」

 

秋介「早く移動するぞ!僕はアレに巻き込まれるのは嫌だからな!」

 

デュノア「あ、うん!」

 

俺達の言う事の意味が良く分からず、困惑するデュノアの手を引き、教室を出る。

 

デュノア「それで織斑君、アレって一体何なの?」

 

秋介「それを説明してる時間は……ってもう来やがった!情報広まるの早過ぎだろ!?」

 

秋介が前方の廊下に広がる光景を見て悲鳴を上げる。まあ無理は無い、アレは俺も怖いからな。

 

「転校生の男子発見!」

 

「キエエアァァァァ男子、男子キターーーー!」

 

「者共出会え出会え!」

 

シャルル「な、何アレ!」

 

一夏「男に飢えた亡者共だ!捕まったら何されるか分からないぞ!」

 

ミザエル「毎度の事だが、本当に同じ人間なのかと疑うくらい恐ろしい形相をしているな。私 は逃げる、奴らの相手はお前達でしろ」

 

隼「右に同じだ。あんなのに捕まってたまるか!」

 

そう言ってミザエルと黒咲は窓から飛び降りた。そこしか逃げ場は無いが、ここは3階だぞ?よく躊躇いもなく飛び降りる事が出来るな。

 

シャルル「うえぇ!?飛び降りた!?ここ3階だよ!?」

 

一夏「クッソ!あいつら俺達を見捨てて逃げやがった!」

 

真月「後ろからも来てます!僕らも窓から行くしかないですよ!」

 

シャルル「待って待って待って!?それは流石に心の準備が……!?」

 

秋介「……一夏、シャルルを頼む」

 

一夏「何だと?」

 

秋介「僕があの亡者共を引きつける。その間にお前らはシャルルを連れて窓から飛び降りろ。僕は神童だ、それくらいの時間は稼いでやるさ」

 

真月「でも!それだと織斑君が犠牲に!」

 

秋介「良いんだ、僕は流石に窓から飛び降りたくない。転校生に初日から遅刻による罰則なんて受けさせたくない。此処は僕が犠牲になるさ」

 

真月「でも、でも!」

 

シャルル「……何これ?」

 

唐突に始まった茶番にデュノアが困惑したような声を出す。うん、俺もそう思うけど、面白そうだからつい乗っかってしまった。

 

秋介「そんな顔をするなへっぽこ。……忘れるな。お前らが走り続ける限り、その先に僕は居る!だから……」

 

そこまで言って、織斑は勢い良く亡者の集団に飛び込んで行く。

 

一夏・真月『オル、秋介ぇぇぇぇ!!』

 

ーー止まるんじゃねえぞ……

 

こうして、一人の男の犠牲によって、俺達は無事に更衣室に辿り着く事が出来た。

 

シャルル「……本当に何なのコレ?」

 

 

 

更衣室に入ると、既にミザエルと黒咲は着替え終わっていた。

 

ミザエル「む?案外早かったな」

 

隼「……ああ、織斑を生贄にしたのか」

 

一夏「人質なんて人聞きの悪い事言うなよ。あいつが自分からオル斑秋介になってくれたんだぜ?」

 

ミザエル「オル、何だそれは?……まあ良い。時間が無いから早く着替えろ。私達は先にアリーナに行っているぞ」

 

そう言って二人は更衣室を出て行く。よく見れば授業開始まで残り五分を切っていた。着替える時間を考えると、確かに結構不味い時間帯だ。

 

シャルル「さっきの人達、凄かったね。何であんなにテンションが高かったんだろう?」

 

真月「そりゃあ勿論、僕達が学園に五人しかいない男子だからですよ。ああ、今はもう六人でしたね」

 

シャルル「男子……あっああ!そうだったね!いやあそういう事だったのか、納得したよ」

 

一夏(案外簡単にボロを出すな。スパイの訓練とか受けていないのか?)

 

真月(……可哀想な奴だ。女顔の所為で男子だと認識されなさ過ぎて、自分が男子だという事を一瞬忘れてしまうなんて……)

 

怪しい奴では有るが、こいつも色々と苦労してきたのだろうと考えると、悪い奴では無いのだろうと思えてくる。

 

一夏「そら、早く着替えるぞ」

 

真月「はい!」

 

デュノア「へ?……ひゃああ!?な、何してるのさ!?」

 

俺と一夏が着替えの為に服を脱ぐと、何故かデュノアが真っ赤になって慌て始めた。

 

一夏「何って、着替えてるだけだろ。何顔赤くしてんだ、ホモかお前?」

 

シャルル「違うよ!?」

 

真月「デュノア君も着替えて下さいよ。授業に遅れちゃいらますよ!」

 

シャルル「ぼ、僕は大丈夫!一限目が実習って聞いてたから来る前に着替えといたから!」

 

一夏「ああ成る程、下に着とくって考え方もありか。これ結構着るのに時間がかかるからな。アレがスーツに引っかかって……」

 

シャルル「引っかかる!?何が!?」

 

一夏「……?そりゃ勿論股間のアレだろ」

 

シャルル「いや詳しく言わなくて良いから!?」

 

一夏「そうか、分かった。何か反応が女みたいだなお前」

 

シャルル(女なんだよ!?ああもう!何で男装してまで男の人の裸を見たり生々しい話を聞かなきゃいけないのさ!?)

 

真月「残り一分です!早く行きますよ二人共!」

 

一夏「おう、すぐ行く」

 

シャルル「う、うん!」

 

何故か終始顔が赤かったデュノアとそのデュノアに訝しげな視線を向ける一夏に声をかけ、俺はアリーナへと向かった。

 

 

 

千冬「五分遅刻だ馬鹿者!」

 

秋介「げふぇ!?」

 

ボロボロになってやって来た秋介が出席簿の餌食になってるのを見ながら、俺は他の生徒達を見ていた。今回は二組との合同授業らしく、一組のクラスメイトとは別に鈴やティナの姿が見えた。

 

千冬「……はあ、兎も角これで全員揃ったな。それでは今から授業を始める。先ずは……ふむ。鳳、オルコット、前に出ろ」

 

セシリア「はい……?」

 

鈴音「はいはい、分かりましたよ〜」

 

千冬「お前達には今から模擬戦をしてもらう」

 

鈴音「模擬戦?セシリアとアタシで?」

 

千冬「話を最後まで聞け。お前達の相手はもうすぐ来る」

 

そう言って脳筋女は上を指差した。俺達がそちらに目を向けると、遥か上空から緑色の物体が落ちて来るのが見えた」

 

麻耶「ほええああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?だ、誰か!?誰か止めてくださあぁぁぁぁぁぁぁい!?」

 

セシリア「山田先生!?」

 

鈴音「ちょっと!?何か洒落にならないスピードで落ちて来てるんだけど!?」

 

空中で更に加速しながら落ちて来る山田先生に全員が絶句して動けなくなる中、ただ一人、ラウラだけが素早く行動を開始した。

 

ラウラ「来い!シュバルツェア・レーゲン!!」

 

黒い機体を身に纏ったラウラが落下予測地点に素早く移動すると、落下して来る山田先生に右手を向けた。その次の瞬間、勢い良く落下して来た山田先生が、ラウラに激突するまさに直前で停止した。

 

麻耶「ほわわわわ……ほえ?止まった?」

 

ラウラ「山田先生、お怪我はありませんか?」

 

麻耶「あはは、何とか大丈夫です。ありがとうございますね、ラウラさん……」

 

ラウラ「いえ、怪我が無いなら何よりです」

 

そう言うとラウラは機体を解除し、生徒達の列に戻った。

 

千冬「……山田君、パニックになるのは仕方ないが落下中に瞬時加速を使うのはどうかと……」

 

麻耶「あはは……すいません先輩。久しぶりの操縦だったので、うっかり操作ミスしちゃいました」

 

セシリア「……織斑先生、まさかとは思いますけど、わたくし達の相手って……」

 

千冬「ああ、山田君だが?」

 

鈴音「いや馬鹿にしてんのアンタ!?今の惨状を見てなお山田先生にやらせる気!?」

 

千冬「安心しろ。今の貴様らならば二人掛かりでも山田君に傷一つつけられん」

 

その言葉にカチンときたのか、鈴が顔を真っ赤にし、拳を小刻みに震えさせる。やばい、あれは結構本気で怒っている。

 

鈴音「上等じゃない!パパッとぶっ倒して、アンタをギャフンと言わしてやる!行くわよセシリア!」

 

セシリア「は、はい!」

 

鈴がそう言って機体を展開して上空に上がり、セシリアも後を追う形で機体を展開して上空に上がった。

 

麻耶「ほえぇ……間近で見ると凄い迫力ですねぇ……。二人共凄い強そうな機体です……」

 

鈴音「悪いけど、さっさと終わらせるわよ。セシリア、アンタは要らないと思うけど、一応援護の用意だけしといて頂戴」

 

セシリア「了解しましたわ」

 

麻耶「あうぅ、すっかり舐められちゃってます……。でも私だって元日本代表候補生だったんです!ブランクがあっても簡単には負けませんよ!」

 

そう言って胸を張る山田先生だが、さっきの件のせいか全く大丈夫な気がしない。鈴とセシリアがやり過ぎない事を願うしかないなこれは。

 

千冬「両者準備は万端だな。それでは、始め!」

 

鈴音「どおりゃああぁぁぁぁ!!」

 

開始の合図と共に鈴が勢い良く山田先生に接近し、攻撃態勢に移り、セシリアは二人から離れた位置で狙撃の態勢に入った。対する山田先生は鈴の動きについていけてないのか、最初の位置から全く動けずにいた。

 

鈴音「ぶっ飛べ!アブソリュート……!」

 

麻耶「……鈴さん」

 

鈴音「あ……?ーーがっ!?」

 

鈴の攻撃が山田先生に直撃する瞬間、山田先生は最小限の動きで鈴の拳を弾き、無防備になった顎に強烈な蹴りを浴びせた。

 

麻耶「……技名を叫ぶのは攻撃方法をバラすようなものなので、先生はやめた方がいいと思いますよ?」

 

『…………っ!?』

 

真月「んなっ!?」

 

ミザエル「何だと!?」

 

隼「……!?」

 

千冬「……ふっ」

 

山田先生の普段のおっとりとした姿からあまりにもかけ離れた動きと雰囲気に俺を含む全生徒が驚愕に包まれる。ただ一人、山田先生と鈴達を闘わせた脳筋女だけが、この結果を予測していたように笑った。

 

セシリア「鈴さん!?援護しますわ!」

 

顎に強烈な一撃が入り行動が停止した鈴を助けるべく、セシリアが山田先生に向けて狙撃した。しかしーー

 

麻耶「……オルコットさん、狙撃をする際は常に味方の位置を確認するのが基本です。さもないとーー」

 

鈴音「ーーっ!ふぎゃ!?」

 

セシリア「ああっ!?」

 

麻耶「……こんな感じに、誤射しちゃいますよ?」

 

セシリアの狙撃に反応した山田先生はまだ意識が朦朧としていた鈴の顔を掴み、無理矢理引き寄せてセシリアの攻撃を防ぐ盾にし、そのまま鈴をセシリアに投げつけた。

 

鈴音「いったたた……セシリア!援護は嬉しいけど、もうちょっと考えて狙撃しなさいよ!」

 

セシリア「んなっ!元はと言えば考え無しに突っ込んで反撃を喰らった鈴さんが悪いんじゃないですか!」

 

鈴音「何ですって!」

 

誤射によって二人が喧嘩を始める。無論、それを見逃す山田先生では無かった。

 

麻耶「……敵の前で喧嘩とは、随分と余裕ですね?」

 

鈴音「やばっーーごふっ!?」

 

セシリア「ーーぁ」

 

喧嘩をしていた二人に素早く近寄り、山田先生は二人の腹を思い切り殴り飛ばした。物凄いスピードで二人の身体が吹き飛び、アリーナの遮断フィールドに激突する。

 

鈴音「がはっ、ごほっ!?」

 

セシリア「う、ううぅ……」

 

麻耶「今の代表候補生は連携の訓練をやらないんですか?ああいや、練度が低すぎてやる意味が無いだけですか」

 

鈴音「っ!舐めんじゃ、ねえぇぇぇぇ!?」

 

セシリア「鈴さん!?明らかな挑発です!乗らないで下さい!?」

 

挑発に激昂した鈴がセシリアの制止も聞かずに山田先生に向かって突っ込んで行く。不味いな、完全に頭に血が上ってやがる。

 

鈴音「爆ぜろおぉぉぉぉ!!」

 

鈴が起こす爆発を、山田先生はつまらないものを見るような目で易々と躱していく。もうこの場にいた誰もが、この闘いの行方を予見していた。

 

麻耶「挑発はある程度実力をつけた選手なら誰でも身に付けている技術です。この程度の挑発に乗っていては、ブリュンヒルデなんて夢のまた夢ですよ?」

 

鈴音「ーーかはっ」

 

挑発により単調になった攻撃を難なく躱し、山田先生は鈴の顎に再び強烈な一撃を浴びせ、鈴の意識を刈り取った。

 

麻耶「さて、残りはオルコットさんだけですね。……おや?」

 

意識を失った鈴を見た後、山田先生は遮断フィールド側にいたセシリアに目を向ける。そこにはセシリアの狙撃銃だけが落ちており、セシリア本人の姿は無かった。

 

麻耶「いない……、私が鈴さんの相手をしている間に移動しましたか。だとしたら……上ですね」

 

上を向いた山田先生につられて上を見ると、巨大な砲台にエネルギーをチャージしているセシリアの姿があった。

 

セシリア「せめて、一矢報います!エネルギーチャージ百パーセント!滅びのーーえ?」

 

充填されたエネルギーは山田先生に向けて放出される事無く、砲台の中で危険に輝いていた。そして砲台には、その場に存在しなかった筈の太刀が、突き刺さっていた。

 

麻耶「……はあ。セシリアさん、パートナーが脱落した後でそんな溜めの長い技を使うのは、考え無しの馬鹿のやる事ですよ?」

 

セシリア「……あ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

召喚した太刀を投げつけた本人、山田先生が溜息を吐きながらセシリアに言った直後、セシリアを中心に凄まじい爆発が起こり、傷だらけになったセシリアが落下してくる。

 

麻耶「……やっぱり、私が居た頃より代表候補生の質が落ちてますね。これで上の方なら、下の人達はどんな酷い事になっているのやら。……あ、終わりましたよ先輩!」

 

千冬「……山田君、君の戦闘前と戦闘時のキャラの切り替わりが、私は割と本気で怖いよ」

 

麻耶「……?あ、皆さん!見ててくれました私の活躍?凄かったでしょ!私もまだま現役ですよ!」

 

いつものようなほんわかした表情で胸を張っているが、先程までの戦闘のせいで恐怖しか湧いてこない。

 

『…………』

 

麻耶「ほえ!?何で皆黙ってるんですか!?先生頑張ったんですよ!?何か言って下さいよおぉぉ!?」

 

「まややんってあんなに強かったんだ……」

 

「あの鈴さんに圧勝するなんて……」

 

「あれで代表候補生ってどういう事よ……?」

 

千冬「まあ、各自思う事は有ると思うが、これで教師の実力というものは全員充分に分かったと思う。親しみを込めてあだ名を付けるのは構わないが、これからはちゃんと敬意も持って接するように」

 

脳筋女の言う通り、教師の中にも途轍もなくヤバイのがいる事は分かった。今思い出したが、山田先生は元デュエリストだったな。そりゃ化け物じみた強さだわ。山田先生でこの強さとなると、日本代表でもあった天上院先生はどれくらいヤバイのか、正直考えたくもない。

 

鈴音「いっつつ……完全に意識飛ばされてたわ。顎が超痛い。にしてもビックリだわ、まさか山田先生があんなに強かったなんて。アタシが戦った相手の中でトップクラスよアレ」

 

セシリア「わたくし的にはもう起き上がれる鈴さんにビックリですわよ……」

 

倒れていま鈴とセシリアがよろめきながらも立ち上がる。あんだけ強く顎をやられたのに立ち上がる鈴もそうだが、セシリアも大概頑丈だ。

 

鈴音「顎にキツイの貰ったくらいでそんなに長くは気絶しないわよ。あー負けた負けた!久しぶりに思いっきり負けたわ」

 

セシリア「……?鈴さんは今まで無敗だと聞いたのですが?」

 

鈴音「公式戦だけよ負け無しなのは。国家代表相手の練習試合なんかじゃバンバン負けてるわよアタシ」

 

セシリア「ああ、そうなんですの?」

 

千冬「ふむ、二人共起き上がったな?では今からISの稼働実習を始める。全員専用機持ちの所に均等に別れろ。専用機持ちは倉庫から訓練機を取って来い」

 

脳筋女がそう言うと、女子達が束になって俺達男子の所に群がった。

 

「織斑君!お願いします!」

 

「ミザエル君!指導お願い!」

 

「天城君!優しくして!」

 

「第一印象から決めてました!黒咲君、お願いします!」

 

「真月君!朝のイケメンボイスでお願い!」

 

「デュノア君!宜しくお願いしまーす!」

 

千冬「貴様らあぁぁぁぁ!!均等に別れろと言っただろうが馬鹿共が!もういい!出席番号順に各班に別れろ!」

 

ついにガチギレした脳筋女の一声で女子達はようやく大人しく別れた。この女は心底嫌いだが、これは少しだけ同情する。

 

相川「おお!私達の班は真月君なんだ。宜しくね!」

 

真月「はい、宜しくお願いしますね!それじゃあ訓練機を取ってきますけど、皆さん何か要望は有りますか?」

 

相川「うーん、特に無いかな。皆は?」

 

「無いよー!」

 

「右に同じー!」

 

「私達初心者だから、何使っても同じだしね」

 

真月「分かりました!じゃあ適当に持ってきますね!」

 

相川「おっけー!」

 

「ありがとね真月くーん!」

 

俺の班はこんな感じで皆協力的だったので、その後の作業もしっかりと進める事が出来た。ただ一つ問題を上げるとすれば、やっていた生徒の一人がミスをして機体が直立したまま降りてしまい次の人が乗れなかったので俺が抱き抱えて乗せたら、後の奴らが皆真似して全員抱き抱える事になったくらいだ。そこ以外は皆協力的だったので怒る程では無かったが、何故わざわざそんな面倒な事をしたのか俺には理解出来なかった。

 

 

 

千冬「……よし、全員ちゃんと出来たようだな。巫山戯ていた馬鹿がいたらPIC解除した状態のISを担がせたてグラウンドを走らせていたが、全員真面目に取り組んでいたならそれで良い。ではこれでIS稼働実習を終了する!次の座学に遅れないように時間を確認しながら行動するように!」

 

『はいっ!』

 

脳筋女の号令で一限目が終了し、生徒達はぞろぞろと更衣室に向かって歩いて行った。

 

真月(……そういや昼に簪とメシを食う約束をしてたな。折角だし、他の奴らも誘って皆で食うか)

 

この時の俺はまだ知らなかった。この思いつきから起こした行動で、自分がとてつもない危機に晒される事を。

 

 

 

おまけ 他の専用機持ちの指導風景

 

 

 

織斑秋介の場合

 

 

 

秋介「よし、良い調子だ鷹月さん!そのままゆっくり、ゆっくり足を前に出すんだ」

 

鷹月「ゆっくり、ゆっくり……出来た!上手く歩けたよ織斑君!」

 

秋介「おめでとう鷹月さん!」

 

鷹月「ありがとう織斑君!織斑君って口だけじゃなくてちゃんと人に教えられるんだね!凄いよ!」

 

秋介「ナチュラルに毒吐くのやめてくれないかな!?」

 

 

 

天城一夏の場合

 

 

 

一夏「よし、武器の展開もバッチリだな、箒」

 

箒「ふむ。入試の時に使ったきりだったが、やはりこの太刀は少し軽いな。私としては、もう少し重い方が良いんだがな」

 

一夏「仕方ねえよ。IS用の武器は重いから、誰でも持てるようにPICによる補助がかかってるからな。軽く感じるのは当たり前だ」

 

箒「何とかしてPICを解除出来ないか?」

 

一夏「他の奴らの迷惑になるからやめなさい」

 

 

 

海馬ミザエルの場合

 

 

 

ミザエル「…………」

 

本音「じ〜」

 

ミザエル「………………」

 

本音「じ〜〜」

 

ミザエル「……………………何だ本音?」

 

本音「ミザや〜ん、抱っこして〜♪」

 

ミザエル「自分で登れえぇぇぇぇ!?」

 

 

 

黒咲隼の場合

 

 

 

隼「……」

 

『…………』

 

隼「……どうした、早くやれ」

 

「あ、あの黒咲君?ちょっとだけで良いから笑ってくれないかな?怒られてるみたいでちょっと恐い……」

 

隼「………………ニコォ」

 

『ひいぃぃぃぃ!?』

 

隼「 失礼だな貴様ら!?」

 

 

 

神代璃緒の場合

 

 

 

璃緒「……普通に皆さん出来てるわね。これなら私要らないんじゃないかしら?」

 

「そんな事無いよ!」

 

「そうよ!私達が上手く出来たのは、神代さんが最初に詳しく説明してくれたおかげよ!」

 

璃緒「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。なら、もう少し詳しくレクチャーしていこうかしら」

 

『はい!お願いします!』

 

 

 

シャルル・デュノアの場合

 

 

 

「ねえねえデュノア君!好きな女の子のタイプは?」

 

「彼女とかいるの?」

 

「付き合うならどの男子!?」

 

シャルル(拝啓お母さん、転校初日から僕の心は折れてしまいそうです……)

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒの場合

 

 

 

ラウラ「良いぞ鏡、その調子だ」

 

鏡「うん……ありがとうねラウラさん」

 

ラウラ「気にするな、同じ学園に通う者を助けるのは、生徒として当然の事だろう?」

 

鏡「……自己紹介で軍人って言ってたからちょっと怖かったけど、ラウラさんってもしかして優しい人?」

 

ラウラ「私は、怖がられていたのか……?」

 

鏡「ああごめんごめん!?別に傷付けるつもりじゃ無かったの!?」

 

ブラック『あっひゃっひゃっひゃ!怖がられてやんの!うひゃひゃひゃひゃ!!』

 

ラウラ「五月蝿い黙れ喋るなーー!?」

 

鏡「ラウラさん大丈夫!?」

 

 

 

セシリア・オルコットの場合

 

 

 

セシリア「足の角度は後三十度右に、腕の高さは後三ミリジャスト下にして下さい」

 

「細かすぎるよ!?」

 

 

 

鳳鈴音の場合

 

 

 

鈴音「こう、ズバッとやってズギューンってやって、ズバババーンって感じよ!」

 

「どんな感じ!?これ歩行の練習だよね!?」

 

 

 

ティナ・マッケンジーの場合

 

 

 

ティナ「あ〜だるい。何か皆普通に出来るみたいだし、私アドバイスしないで寝てて良いわよね〜?」

 

『駄目に決まってんでしょ!?』




次回予告

麻耶「今回は私、山田麻耶と!」
明日香「私でやって行くわ」
麻耶「うう、先生としてかっこいい所を見せようと張り切っただけなのに、怖がられちゃいました……」
明日香「あはは、まあ麻耶は試合になると途端に凶暴になるから、慣れないうちは恐いでしょうね」
麻耶「私、頑張ったのに……」
明日香「まあまあ、そんなに落ち込まないの。ほら、次回予告を始めましょう?」
「これが……サンドイッチ、だと……!?」
麻耶「皆でお昼ですか!良いですね〜!青春って感じがしますよね!」
明日香「作られてるのがおぞましい何かでなければ、私もそう思えたわね……」
「ちょっと私と勝負しない、ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」
明日香「あら、ティナが試合するなんて珍しいわね。普段は面倒臭がって鈴に任せてるのに」
麻耶「転校初日……試合……大惨事……うっ頭が。うぅ、ようやく治したんだから、壊さないで下さいね……?」

次回、インフィニットバリアンズ
ep.42 お昼ごはんとバイオハザード

麻耶「次回も見て下さいね!」
明日香「待ってるわよ!」


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