side簪
簪「ああぁぁぁぁ!!」
鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい!!さっきから私を襲うトラップが鬱陶しい!!あの爆発に耐えた後ずっと二人を探しているのに、人影すら見つからず、見つかるのは私を狙うトラップばかり。真面目に戦う気が無いとしか思えない。
簪「私なんて直接手を下す価値すら無いって言うの……!巫山戯ないでよ!!」
私は力を手に入れたんだ、今までの私とは違うんだ。それなのにまだ私を認めてくれないの?まだお姉ちゃんにとって私は弱い存在なの?
簪「認めさせてやる……!」
絶対に認めさせてやるんだ。私はもう守られるだけの弱者なんかじゃ無いって事を。お姉ちゃんを殺して、それを皆に証明してやるんだ。そうすれば、そうすれば今度は私が■を守る事がーー
簪「……ぁ?」
誰を、守るんだっけ?
何だろう、凄く大切な人だった気がするのに、思い出せない。私は、その人を守る為に力を手に入れた筈なのにーー
簪「ーーっ!」
頭が、痛い。私の中から何かが抜けて行くような感覚がする。やめて、それを私から取らないで。その記憶が無くなったら、私は何の為にーー
簪「私は、私は……!!」
楯無「……どうやら、大分不味い状況みたいね」
簪「ーーあ?」
頭痛に耐えながら声の方へ振り向くと、さっきまで私が探していた人がいた。
簪「だれ、だっけ……?っ!頭が……!」
楯無「……そこまで侵食が進んでるのね。あんなに殺したがってた人の名前を、忘れてしまうくらい。待っててね、すぐにそのナンバーズから解放してあげるから」
簪「か、いほう……?」
解放?私からこの力を取り上げるって事?そんなの許さない。漸く手に入れた力なんだ。これが無くなったら私にはもう何も無くなってしまう。
楯無「行くわよ、簪ちゃん!!」
簪「……させない、この力は渡さない!!」
目の前の人が誰なのかは分からないが、私の力を狙う以上は敵だ、絶対に殺してやる。腕に取り付けられた刃を振りかざし、私は目の前の敵に突撃しようとした。
隼「トラップカード発動!『デモンズ・チェーン』!」
簪「……!?」
私が敵に突撃する瞬間、聞き覚えのある声と共に地面から鎖が現れ、私を縛り付けた。
簪「なに……これ……!?」
身体が動かない。どんなに身体を激しく動かしても、私の身体がぴくりとも動かなかった。
隼「無駄だ。その鎖は貴様の攻撃と効果、ついでに表示形式も完全に封じる。貴様は、その鎖から逃れる事は出来ない。楯無、動きは封じた。後は任せた」
楯無「…………ええ、有難う黒咲君」
森から現れたもう一人に目の前の人はそう返すと、私に向かって槍を構えた。構えられた槍に水が集まって、大きな塊へと変わって行く。あれを、私は知っている。何度も何度も見た、あの技はーー
楯無「貫け、ミストルテインの槍!!」
次の瞬間、私の身体を水が勢い良く貫き、私は意識を手放した。
side楯無
意識を失った簪ちゃんを見ながら、私はその場に立ち尽くしていた。
隼「……やったようだな。それにしても凄い威力だな。今のがお前の奥の手か?」
楯無「ええ。ミストルテインの槍、防御に回すナノマシンを全て攻撃に回して使う諸刃の剣。国家代表戦でも中々使わない、私の必殺技よ」
尤も、実際の所は使えないのだが。これは発射までに結構な時間がかかる上に一時的に防御力が著しく下がる。自分と同格かそれ以上の相手がゴロゴロいる国家代表戦では全くと言っていい程使えないのだ。
隼「そうか。それで、そんな物を食らってこいつは大丈夫かのか?デモンズチェーンで効果を無効にしていたから、ナンバーズウォールは使えなかった筈だが」
楯無「大丈夫、だと思うわ。出力は極力抑えていたし、絶対防御は発動していたみたいだし」
そう言いながら、私は気を失っている簪ちゃんに近寄り、頭を撫でながら語りかける。
楯無「……御免ね、簪ちゃん。貴女はあの時私が言った事を、ずっと気にしていたのよね。あれは別に貴女を傷つける為に言った訳では無いの。ただ、貴女を危険な事に巻き込みたく無かったの。だからーー」
隼「……っ!?下がれ楯無!?」
楯無「……え?」
黒咲君の叫びを聞いて、咄嗟に後ろに跳ぶ。そしてもう一度簪ちゃんに目を向けると、意識を失っていた筈の簪ちゃんの身体がぴくりと動いていた。
簪「……ああ、貴女はお姉ちゃん、だったね。うん、思い出した」
楯無「簪ちゃん、正気に戻ったの!?」
隼「いや、違う!不味い、これは……!!」
簪「……お姉ちゃんはさっき言ったよね。私を危険な事に巻き込みたく無いからあんな事を言ったって。でもねお姉ちゃん、そんな事、私とっくの昔から知ってたんだよ?」
楯無「……そう、なの?」
さっきまでとは違う落ち着いた、いつもの表情に、いつもの話し方。その筈なのに、こんなにもそれが恐ろしいのは何故だろう。
簪「あの後もずっと一緒に暮らしていたんだから、嫌でも分かるよ。でもね……」
楯無「……でも、何なの?」
隼「やめろ楯無!?これ以上こいつを刺激するな!?」
黒咲君が私を止める声が聞こえるが、私はあえてそれを無視する事にした。今の簪ちゃんは本心を剥き出しにされていると黒咲君は言っていた。ならば今から簪ちゃんが、話す言葉は嘘偽りの無い真実の筈。今まで簪ちゃんから目を逸らし続けて来た私は、それを聞く義務が有る筈だ。
簪「……そうやって子供扱いされるのが、一番腹が立つんだよ!!」
楯無「……っ!?」
隼「チッ!?下がれぇぇぇ!?」
黒咲君の叫びが聞こえると同時に簪ちゃんの身体から黒い瘴気が噴き出し、鎖を吹き飛ばした。鎖の破片があたりに飛び散り、私の身体に幾つかの擦り傷を作る。
楯無「なに!?一体何が起きているの!?」
隼「クソッ!?刺激し過ぎだ馬鹿が!?」
簪ちゃんを取り巻く瘴気は益々勢いを増し、簪ちゃんが纏っていた機体の形を歪めていく。あれはまるでーー
楯無「セカンドシフト、なの……?」
隼「ヤバいぞ、ナンバーズがカオス化する!?」
楯無「カオス化って何!?」
隼「ナンバーズのランクアップ体の事だ!気をつけろ、カオス化する以上さっきまでとは訳が違う!出来るだけ姉であるお前に任せるつもりだったが、俺も加勢する!」
楯無「わ、分かったわ黒咲君!」
デュエルディスクを構えながらそう叫ぶ黒咲君に返事をしながら簪ちゃんの方に向き直ると、さっきまでと全く違う姿になった機体を纏った簪ちゃんが立っていた。黒いマントに大きな鎌を持ったその姿は、大昔の処刑人を彷彿とさせる姿だ。
簪「……CNo.65 裁断魔王 ジャッジ・デビル、かぁ。ふ、ふふふ、あははははははははは!!凄い、凄いよ!力がさっきまでとは比べ物にならないくらい湧いてくる!!どうお姉ちゃん?私強くなったよ!さっきよりもずっと強くなったんだよ!」
楯無「簪ちゃんもうやめて!?貴女もうボロボロじゃない!?これ以上やると軽い怪我じゃ済まないわよ!?」
簪「だから何?軽い怪我じゃ済まないのはお姉ちゃんも同じでしょ?それに、私はさっきよりも強くなったんだから危ないのはお姉ちゃん達の方だよ?」
楯無「……っ!」
隼「無駄だ楯無。完全に力に呑まれている、今のあいつに俺達の言葉は届かない。覚悟を決めろ!」
黒咲君の言葉で悪い方に向かいかけだった思考を一旦リセットし、切り替える。今一番気にすべきはあのカオスナンバーズだ。さっきのナンバーズの進化系だという事は恐らく効果無効は有るだろう。それ以外の効果の存在も想定しながら戦うのが現状私達が取るべき最善の手段だ。
隼「合図は俺が出す。俺があいつの視界を奪って効果無効を防ぐから、お前はもう一度さっきのやつをぶち込め!」
楯無「分かったわ!」
例えナンバーズが進化したとしても、私がやるべき事は変わらない。まだ正気に戻らないというのならば、正気に戻るまで何度でも繰り返してやる。
簪「作戦会議は終わった?なら、第二ラウンドを始めようよ!」
隼「良いだろう、行くぞ楯無!」
楯無「了解よ!」
隼「装備魔法発動!『盗人の煙玉』!これを貴様に装備する事で、貴様の周囲に煙を発生させる!」
黒咲君がカードを発動させるのと同時に私は後ろに跳躍して距離を取り、ミストルテインの槍の発射準備に入る。
簪「……ふふふ、もう一度アレを撃つのお姉ちゃん?私は別に構わないけど、アレは結構負担がかかるんじゃ無かったっけ?」
楯無「それが何よ!貴女を助ける為だったら、何度だって撃ってやるわ!」
隼「視界は塞いだ、決めろ楯無!!」
楯無「ええ、やってるわ!貫け、ミストルテインの槍!」
圧縮された水が簪ちゃん目掛けて勢い良く発射され、激しい轟音と共に簪ちゃんに着弾すると誰もが思った、その瞬間ーー
楯無「……え?」
隼「な……に……!?」
簪「……あは♪」
水が簪ちゃんに着弾する直前になって飛散し、力無く地面に染み渡る。さっきもこうなったから分かる。これはーー
楯無「単一能力の無効化……!?」
隼「馬鹿な!?視界は完全に塞いだ筈だ!?視界に入った機体の効果を無効にするんじゃ無かったのか!?」
簪「あははははは!言ったでしょ、強くなったって!ジャッジ・デビルの効果はこの機体以外のこの場にいる機体全てに作用するの!いくら私の視界を塞いだって無駄だよ二人共!」
楯無「そんな……!?」
隼「フィールド全体に影響する効果か……チッ!これでは俺のレイドラプターズも使えない……!」
万策尽きた、これ以上は手の内ようが無い。それでも何とか現状を打開する手段を必死に考えながら、私は簪ちゃんへと向かって行く。無効化されているのは単一能力だけ、武器による物理攻撃自体は無効化されていない。これでどうにか隙をーー
簪「今、単一能力を使わない近接戦闘で時間を稼いで、打開策を考えようって思ってたでしょ?甘い、考えが甘いんだよお姉ちゃん!」
楯無「ーーっ!?身体が……!?」
突撃しようと私が槍を構えた瞬間、急激に身体が重くなった。どうやら機体に何かトラブルが発生したらしく、通常の三分のニくらいまでエネルギー出力が低下していた。
簪「ジャッジ・デビルのもう一つの効果、オーバーレイユニットを一つ消費する事で相手の攻撃力、守備力を1000減少させる。動きが鈍くなったお姉ちゃんなんて、私の敵じゃ無いよ!」
楯無「っ!きゃあ!?」
隼「楯無!?」
機体の変調により身動きが取れない私の隙を突き、簪ちゃんは私が持っていた槍を大鎌で弾き飛ばし、無防備になった腹を蹴り飛ばしてきた。鈍い痛みが身体に襲いかかり、意識を朦朧とさせる。
簪「ついでにさっきから鬱陶しかった貴方にもそろそろ退場してもらう!」
隼「しまった……!?ーーがはっ!?」
蹴り飛ばされた私に意識が向いていた黒咲君に瞬時に接近し、大鎌の腹で思い切り殴り飛ばした。殴り飛ばされた黒咲君は近くの木に勢い良く激突し、動く事も困難そうだ。
簪「あはは、もう終わり?弱いね、二人共」
隼「ぐっ……!」
楯無「簪ちゃん……!」
動けない私の元にゆっくりと歩み寄り、簪ちゃんは私の首に大鎌を当てた。
簪「ふふふ、邪魔が入って時間が掛かったけどそれももう終わり。さよならだね、お姉ちゃん♪」
楯無「……っ!」
隼「楯無……!」
絶対絶命、打つ手無しだ。単一能力が使えないので水を操作出来ず、武装は遠くに弾き飛ばされてしまった。私には今まさに振り下ろされようとしている大鎌を防ぐ手段はもう一つも無い。
最悪だ。最愛の妹を救う事すら出来ず、あまつさえ妹に人を殺す体験をさせてしまうなんて。これも、危険な事に首を突っ込んで欲しくないからと私の背中を追いかけ続ける妹から目を逸らし続けた私への報いなのだろうか。
楯無「……?」
ふと、自分の手の辺りに土ではないものの感触を感じた。目を向けて見るとそれは一枚のカードだった。
楯無(この…カードは……)
そのカードの名前とテキストを見て、私は自分に残された最期の仕事を見つけた。
楯無「トラップ…発動……!『強制脱出装置』……!」
簪「……!……良いカード拾ったね、お姉ちゃん」
隼「良いぞ、そのカードで逃げろ…楯無……!」
楯無「このカードの効果で、私は……黒咲君を此処から脱出させる!」
簪「……へえ」
隼「……!?な、にを言ってるんだ……楯無ぃ!?」
楯無「御免ね黒咲君……これは、私が招いた事だから。私は生徒会長だから、黒咲君を守る義務があるの。それに、私は黒咲君に、生きていて欲しいから……」
確かに、このカードを使えば私はこの場から逃げ、一先ずの安全を確保出来るだろう。だがそれでは、残された黒咲君の命が危険に晒される。私の招いた事態で、誰かを犠牲になんてしちゃいけない。犠牲になるのは、私一人で十分だ。
隼「巫山戯るな!!俺に、また仲間を失う悲しみを背負えというのか!?死なせない、絶対に死なせないぞ!?待ってろ……!絶対に助けてやる、だからやめろ!!」
怒ったような、それでいてどこか泣きそうな表情で、黒咲君は叫ぶ。それは普段の彼からは想像も出来ないくらい激しく、必死な叫びで、そう思って貰えるくらい打ち解けられた事が、私は素直に嬉しかった。
楯無「ありがとう、その言葉だけで十分嬉しいわ。……さようなら、黒咲君」
隼「待て、やめろ!?俺はもう誰も失いたくーー」
そこまで言った所で黒咲君の身体が光に包まれ、学園の方に飛ばされて行った。後に残ったのは鎌を構えた簪ちゃんと、満身創痍の私だけだった。
簪「……もう良い?」
楯無「……ええ、もう十分よ」
思えば、暗部という危険な組織に居るいつ何処で野垂れ死ぬか分からないような私が、我を忘れているとはいえ最愛の妹の手によって死ねるなんて、とても幸せな事なのかもしれない。そう考えたら恐怖が薄れて来た。目を閉じて、じっと鎌が振り下ろされるその時を待つ。
簪「じゃあ、行くね。さよなら、お姉ちゃん!」
簪ちゃんが鎌を大きく振り上げ、私の首目掛けて一直線に振り下ろした。振り下ろされた鎌が私の首に到達し、私の首と胴体を分断しようとした、まさにその瞬間ーー
激しい金属音と共に、簪ちゃんの持っていた大鎌が宙を舞った。
楯無「……え?」
簪「……あ……え?何で、此処に……?」
真月「……何とか間に合ったみたいだな。さて、幕を降ろすとしようか!」
そう言って、大鎌を弾き飛ばした真月君は不敵に笑った。
side真月
真月(ふう、危機一髪だったな)
どうやら中々に危ない場面で助けに入れたようだ。後一歩遅ければ楯無の首が飛んでいたと考えると寒気がする。
真月(それにしても、よりによって取り憑いたナンバーズはお前かよ……)
ジャッジ・デビル、俺が人間だった頃のナンバーズであり、俺の罪の証だ。俺がドン・サウザンドによって狂わされ、狂気の皇子となったその日から流し続けて来た夥しい量の血が呪いとなって、今も俺の周りを漂い、怨嗟の声を上げている。
簪「れ、い……?何で、此処に……?」
真月「……お前を止めに来たのさ、簪」
簪「何で……?邪魔しないでよ、お姉ちゃんを殺さなきゃ、私強くなれないんだよ?強くなれなきゃ、私はまた零の足手纏いになっちゃう。だから零、そこを退いて?」
不味いな、此処までナンバーズに侵食されているとナンバーズを切り離すのが面倒だ。おまけに簪本人もナンバーズを手放す気が無いときた。何とか簪とナンバーズとの繋がりを断つ事が出来れば良いんだが……
真月「悪いが退く気は無いね。退いて欲しけりゃ力尽くで何とかするんだな」
簪「……そう、零も私の邪魔をするんだね。もう良いよ、零から先に倒してあげる!」
真月「ハッ!やれるもんならやってみな!!」
握りしめた剣を振るい、簪の腕を狙い鎌を弾き落とす。流石に狙いが露骨過ぎたのか簡単に躱されたが、おかげで簪の体勢を崩す事が出来た。
真月「オラァッ!!」
簪「きゃあっ!?」
攻撃の回避に成功して気が緩んだ簪を蹴り飛ばす。俺を殺そうとしているから仕方ないのだが、やはり簪を蹴り飛ばすのは精神的にキツイ。
簪「……痛い、痛いよ零。どうして邪魔するの?どうして痛い事をするの?私は零の為に頑張ってるんだよ?なのに何で?ねえ何で?」
真月「いや今のは先にお前がやってきたんだから正当防衛だろうが!?つーかお前さっきから情緒不安定過ぎるだろ!?言動が何か怖いんだよ!?」
ヤバい、簪がマジでヤバい。何かナンバーズに侵食され過ぎて言動がおかしくなってる。これナンバーズ回収しても治らないんじゃないかと不安になってきた。
簪「……そう、やっぱりそうなんだね。零も私の事をちゃんと見てくれないんだね。零だけは、皆と違うって信じてたのに……!零も、私を裏切るんだね……!」
光が消えた目でブツブツと呟きながら、俺を睨みつける簪にかつてない恐怖を感じる。これナンバーズにあてられてるだけだよな?素でこれとかじゃ無いよな!?
真月「いやいやいやいや!?ちょっと待て!?一旦落ち着こう!?一旦話し合おうじゃないか!俺達の間には何か決定的なすれ違いが発生している!先ずは落ち着いてそれが何かを突き止めよう!?」
簪「あははは!やっぱりそうなんだぁ♪零は私を裏切ったんだ!悲しいなあ、悲しいなあ、悲しいなあ!ふふふ、よし、殺そう!殺して、殺して、殺し尽くして!私がどんなに悲しいかを零に教えてあげるよ!」
真月「人の話を聞けえぇぇぇぇぇ!?」
駄目だ、全く話を聞く気が無い。というか殺したら教えるもへったくれも無いだろう。ここまで会話が通じないとなると、もう実力行使で行くしかーー
真月(……待てよ)
攻撃は、しない方が良いんじゃないか?簪にこれ以上攻撃したって、拒絶とみなされて余計暴走するだけだ。攻撃すればする程、簪は色々と拗らせて面倒な事になる。それならば、攻撃せずに守りに徹して語りかければなんとかなるかもしれない。
真月(……よし、やるか!)
そうと決まれば善は急げだ。手に持っていた剣を消失させて、両手を広げる。簪は一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに険しい表情になって俺を睨み付けた。
簪「……何の真似?」
真月「見てわからないか?俺はお前に手を出さない。だから俺にお前の思いを全てをぶつけてこい!」
楯無「真月君!?何やってるの!?」
簪「……巫山戯てるの?」
真月「いいや大真面目さ!俺は、お前を絶対に傷付けたりしない!だからお前は思いっきり来い!お前の怒りも、悲しみも!全部俺が受け止めてやる!」
我ながらかなりらしくない台詞だ。他の七皇がこの場にいたら笑われてるな。それでも、簪を救う為だ。格好くらいつけてやる。俺はヒーローになんてなれないし、なる資格も無い。だけどこの今、瞬間だけは、俺はヒーローになってやる。あいつを救う為に、命を賭けてやる。
簪「……っ!?う、ううう……!」
俺の言葉を聞いた簪が突然頭を抑え苦しみ始めた。どうやら心の奥底に追いやられていた簪の心がナンバーズに抵抗を始めたらしい。良し、もう一押しだ。このまま簪の心を引き摺り出して、無理矢理にでもナンバーズから切り離してやる。
真月「どうした!俺を殺すんだろ?かかって来いよ!その攻撃を全部受け止めて、俺はお前をナンバーズから解放する!」
簪「っあああ……ああぁぁぁぁ!?」
頭を抑えながら簪は鎌を振り回し、俺に襲いかかった。
真月「チッ……!」
首などの致命傷に繋がる場所への攻撃は防ぎ、それ以外は大人しく喰らっていく。暴走している為狙いが滅茶苦茶で読みにくいが、その分深く攻撃が入らないので耐えられない程の痛みは無い。
簪「家に私の居場所は無かった!屋敷の人達は私の事を出来損ないだって笑ってた!お母さんは私が生まれてすぐに死んじゃったからどんな人だったか分からない!お父さんは私よりもお姉ちゃんに期待しているから、私なんて相手にもしてくれない!お姉ちゃんは、私の事を無能だって言った!」
涙を流す簪の心からの叫びに心が痛む。天音から聞いていたから簪の境遇については知っていたが、本人の口から聞かされると、中々にくるものがある。
簪「家の外にだって、私を受け入れてくれる場所は無かった!皆私とお姉ちゃんを比べて、出来ない私を嗤ってた!お姉ちゃんより出来ないから、そんな理由で虐められた事なんて数えられないくらいある!本音も、ねねも、天音も!どこか私と距離を置いてた!結局、私の事をちゃんと見てくれる人なんか一人も居なかったんだ!」
真月「ぐっ……!」
攻撃が激しさを増していく。簪の激情にナンバーズが強く反応し、その負の感情を増幅させているのが分かる。その中に、ナンバーズ自身の俺への憎悪が含まれている事も。だからこそ気に入らない、お前が憎んでいるのは俺だ。確かに俺は許されない事をしただろう、だがその復讐に何の関係も無い簪を利用しているのが心底腹が立つ。
簪「どれだけ頑張っても、誰も私を認めてくれない!愛してくれない!私には、何も無かった!唯一手に入れた代表候補生って肩書きも……もう無くなっちゃった!それなのに、私からこの力まで奪うの……?私から、何もかも奪うっていうの!?」
真月「……!」
涙を流す簪の縋るような声に、一瞬決意が揺らぐ。それでも、俺は簪からナンバーズを取り上げなければいけない。これがどれだけ危険な物かをしっているからこそ、実際にナンバーズによって人生を狂わされた人間だからこそ、俺と同じ道を歩ませてはいけない。
簪「もう私には、これしか無いの!代表候補生でも無い、天才でも無い私は、これが無いと何も無くなっちゃうの!だからやめてよ!?私は、空っぽになんかなりたくないの!?」
真月「ふざっけんじゃねえぇぇぇぇ!!」
簪「……っ!?」
楯無「真月君……!?」
だからこそ、俺は怒らなきゃいけない。自分を無価値だと言う簪に、そんな事は無いと叱りつけなきゃいけない。
真月「さっきから黙って聞いてりゃ何だテメェ!自分を認めてくれる人が居ないだぁ?愛してくれる人が居ないだぁ!?んなもんテメェが目を背けてちゃんと見てないだけだろうが!」
簪「……ぁ」
真月「俺はテメェに初めて会った次の日の放課後楯無の所に行った!そこにはコルクボード一面にテメェの写真がビッシリと貼ってあった。中には盗撮したであろう物まであった。俺はそこで楯無に頼まれた!テメェの事守ってくれってなぁ!そこまでする奴が、テメェの事を愛して無い訳無えだろうが!」
簪「……っあ、あぁぁ!」
真月「天音達だってそうだ!ついさっき、天音からテメェの昔の話を聞いたよ!あいつはあいつなりにテメェの事を思ってた!ねねや本音だってきっとそうだ!俺だってテメェの事は楯無の言葉関係無しに気にしてる!お前は、一人なんかじゃ無いんだよ!」
簪「……っ!でもっ、でも!?私にはお姉ちゃん程の才能は無いし、もう代表候補生でも無いんだよ!?そんな私がこのナンバーズまで失ったら、誰も私を見てなんかくれないよ!?」
真月「俺が一番腹立ってんのはそこだ!テメェは俺達がテメェが代表候補生だから付き合ってたと本気で思ってんのか!そんな訳無えだろうが!」
簪「……っ!?」
真月「この際ハッキリ言ってやる!簪ィ!俺はテメェが大好きだ!!」
簪「……へっ!?」
楯無「ファッ!?」
二人が驚いた顔をしているが、俺はそれに構わず続ける。簪に、自分が一人じゃ無いって事を知ってもらう為に。
真月「俺だけじゃねぇ、天音も、ねねも、本音も!テメェの事が大好きだと思ってる!『代表候補生の更識簪』でもない、『専用機持ちの更識簪』でも『暗部の家の更識簪』でも無い!ただの『更識簪』が、俺達は大好きなんだ!」
簪「……っ!?あ、ぁぁぁぁ……!」
楯無(ラブの方じゃ無くてライクの方の好きだコレ!?)
真月「だから戻って来い簪!俺はテメェに笑顔でいて欲しい!いつもみたいに笑って欲しい!テメェの笑顔が、俺は大好きなんだ!」
楯無(普通なら口にするのが超恥ずかしい事を平気な顔して言ってるぅぅぅ!?)
簪「れ、い……!私、わたし……!」
真月「泣くな簪、泣いてる顔なんてテメェには似合わねえよ。だから笑ってくれ、俺はお前を一人になんてしない。お前は俺が、守ってやる」
簪「っ!ううう、ぅぅぅぅ……!」
楯無(だぁかぁらぁ!?何でそんな事を平気な顔をして言えるのよォォォォ!?)
ーー真月、お前を一人になんてしねぇ。
ーーお前は俺が、守ってやる。
かつてどこぞの馬鹿に言われた言葉を、今度は俺が簪に伝える。俺を救った言葉が、今度は簪の心を救ってくれるように。その思いを込めて、簪に手を差し伸べる。
簪「零……!っ、あア、あアあアァァァァァ!?」
差し伸べられた手に手を近づけるのを拒むように、ジャッジ・デビルが黒い瘴気を出して簪を包み込む。
楯無「簪ちゃん!?」
真月「テメェもだジャッジ・デビル!テメェの復讐に、簪は関係無え!テメェの怒りも、憎しみも、全部俺が背負ってやる!だから、簪から出て行きやがれぇぇぇぇ!!」
手を伸ばし、闇に腕を突っ込む。激しい負の感情が身体に流れ込み、心臓を鷲掴みにされているような痛みが全身に走る。それでも、腕を放す訳にはいかない。絶対に、簪を助けるんだ。
真月「ぐっ、がっ!?おおぉぉぉぉあぁぁぁぁ!!」
闇に漂う簪の身体を掴み、無理矢理闇の中から引き摺り出す。宿主を失ったジャッジ・デビルは激しくのたうち回ると、霧状になって一斉に俺に向かって来て、俺の身体に入って来た。
真月「っ!?がァァァァァ!?」
闇が身体の中を暴れ回り、全身が焼け付くように痛む。歯を食いしばって必死に耐え、身体の中のナンバーズを無理矢理抑え込む。
真月「いい加減に、大人しくしやがれ!!」
バリアンの力を使って、ジャッジ・デビルを完全に抑制する事が出来た。どうやら、ドン・サウザンドを身体の中に宿していた経験が生きたみたいだ。右手の中に現れたジャッジ・デビルのカードをカードケースにしまい、助け出した簪を抱き寄せる。
真月「……無事か、簪?」
簪「れ、い……?ごめ、ん。わたし……!」
真月「良いんだ。お前は悪くない、だから今は寝てろ」
簪「……うん」
いつもみたいな笑顔で笑って、簪は気を失った。色々と溜まっていた物を吐き出して、限界だったんだろう。
楯無「真月君大丈夫!?」
真月「問題無えよ。テメェの方こそ大丈夫か?」
楯無「私の方も大丈夫よ。それよりも、簪ちゃんを医務室に運びましょう。ナンバーズを使ってたから、大分手荒な事をしちゃったから」
真月「おう、分かった」
そう言って俺は気を失っている簪を背負って、楯無と共に学園の方に歩き出した。
No.65、回収完了。
次回予告
秋介「今回の予告担当は僕と」
一夏「俺だ」
秋介「全く、久々の予告担当だってのに、なんでよりにもよってテメェとなんだよ……」
一夏「まあ、別に良いだろ。それより、そろそろ次回予告を始めるぞ」
「さて、犯人当てをしようかバクラ」
一夏「どうやら天音は推理タイムに入るみたいだな」
秋介「自分の精神内でもう一人の自分相手に推理を披露するって、それ病気なんじゃ……」
ドン『我も参加するぞ!』
秋介「誰だ今の!?」
「お姉ちゃん、今までごめんね」
「私こそごめん簪ちゃん!」
一夏「漸く姉妹の仲直りタイムだ。此処まで長かったな」
秋介「…………良かった」
一夏「お?お?今何て?ワンモアプリーズ!」
秋介「何も言ってねぇよ黙ってろ!?」
次回、インフィニットバリアンズ
ep.38 激戦の後
秋介「また、見てくれよな」
一夏「見てくれよなー」