side真月
あの報道のショックをまだ引きずっているのか、俺達は最近調子が悪い。具体的に言うと、店の仕事でミスを乱発したのだ。弾も蘭も、勿論俺も、今までしなかった些細なミスをよくするようになったが、厳さんはいつものように怒鳴ったりはしなかった。俺達に休憩をさせ、一人で料理をする厳さんの背中は、なぜかとても小さく見えた。
そんな事が続いたある日の昼、授業時間にも関わらず、弾が学校から帰って来た。
真月「どうした弾?早帰りだったのか?」
弾「………いや。謹慎処分受けた」
真月「はあ?何やったのお前?」
弾「秋介を………、あの糞野郎をブン殴ってやった」
真月「………何してんのお前?」
訳を聞いてみると、あの屑が帰国してきていて、一夏の件について散々に言ったらしい。それにガチギレした弾が屑に殴りかかり、殴られた屑も反撃して、教室内で大乱闘を繰り広げたというのが今回の件の全容で、先に殴りかかった弾の方が処罰を受けたらしい。
真月「…お前、馬鹿なのか?」
弾「そんな言い方無いだろ!彼奴は一夏が居なくなった事を少しも哀しんでいない!ストレス発散の道具が無くなったって残念がってるだけだったんだ!」
真月「お前の怒りは尤もだ。けどよ、それでお前が損しちゃ意味ねぇだろ?屑を一発殴って謹慎とか勿体無いだろうが」
弾「分かってるけどよ……。それでも俺は彼奴が許せ無かったんだ」
真月「そうかい。ま、過ぎた事は仕方ない。おら、とっとと手伝え。そろそろ客が来るぞ」
弾「お、おう。………何つーか、お前、強いよな」
真月「別に強くはねぇよ。単に人の死ぬ場面に多く立ち会っただけだ。凄くなんてねぇ」
弾「いつも思ってるけど、お前一体何者だよ……」
真月「俺にも分からねぇ。おら、そんな事よりとっとと支度して働け。もうちょいで客が来る時間帯だ」
弾「お、おう………」
そうして俺達は仕事を開始した。
鈴音「あー!アイツマジムカつく!」
放課後になってから、いつものように鈴が店に寄って来ていきなり愚痴り始めた。コイツも弾と同じクラスなので、今日起きた事件の一部始終を見ていたのだろう。
真月「ウチは定食屋だ。愚痴りたいなら居酒屋かバーにでも言ってこい」
鈴音「私まだ未成年よ!?」
真月「知ってるよ。グチグチ五月蝿いからどっか他のトコ行けって言ってんだよ」
鈴音「アンタ本当私に対して辛辣よね!?」
真月「別にお前に厳しくしてる訳じゃねぇよ。お前が五月蝿いから言ってるだけだ」
鈴音「冷めてるわねアンタ………。一夏が行方不明になって心配じゃないの?」
弾「そりゃ心配に決まってんだろ。でも俺達が心配してアイツが帰ってくる訳じゃないだろ?なら心配するだけ体力の無駄だ。それに、多分アイツは生きてるしな」
弾「何でそんな事が分かるんだ?」
真月「勘だけど何か?」
鈴音「いつも思うんだけど、アンタの言い方本気でイラッとくるわね」
真月「その『イラッとくる』って言うの止めろ。嫌な奴思い出す」
弾「よくそういう事言う知り合いでも居たのか?」
真月「クッソムカつく奴が居たんだよ。俺のやる事なす事全てにケチつけてきたウザい奴がな」
鈴音「……それってアンタがやってた事が問題だったんじゃないの?」
真月「まあそうだな。……お、材料切れた。おい弾、買い出し行ってくるから後任せた!」
そう言って俺は店を離れて買い出しに行った。
弾「オイちょっと待て!?はあ、全くアイツは………」
鈴音「ホント、アンタって苦労人よね弾」
後ろからそんな声が聞こえて来た。俺が手がかかる奴みたいに言うのやめろ。
side弾
零の奴が買い出しに行った後、俺は鈴と話していた。
弾「なあ、零が昔何してたかとか聞いた事あるか?」
鈴音「はあ?何よいきなり」
弾「いやさ、俺達って結構長い間アイツとつるんでただろ?それなのに俺達アイツの事そんなに知らないからさ」
鈴音「そういやそうね。家族は居ないってのは前に聞いたけど、アイツの昔の事は全く知らないわね」
弾「だろ?だからアイツの事を少しづつ知っていこうかなと思ってさ。なあ、アイツから何か聞いたりしなかったか?」
鈴音「無いわね。さっき言った家族についてしか、アイツは私に話して無いわよ」
弾「そうか……。鈴でもそんくらいって事は、じいちゃんも似たようなもんかな……」
鈴音「アイツが帰ってきたら聞いてみるで良いんじゃない?下手に調べて怒らせても不味いし」
弾「それが一番かねぇ……」
そんな事を話していると、客が入ってきた。
弾「いらっしゃい!好きな席に座ってくれ!」
???「……分かった」
そいつは何と言うか奇妙な奴だった。女子と見間違えるくらい長い金髪で、何処かの民族衣装の様な服を着ている。顔は美形の部類に入るんだろうが、ドラマ等に出てくる殺し屋のような鋭い目つきが近づき難い印象を与えてくる。そんなそいつは適当な席に座り、メニューをパラパラと読んだ後、俺にこう言った。
???「この五反田スペシャルとか言うのを頼む」
弾「あ、はい。じいちゃん!五反田スペシャル一つ!」
厳「おう!ちょっと待ってろ!」
注文をした後、そいつはカードケースのような物を取り出し、中のカードを弄り出した。
そんな客を見て、鈴の奴が俺の方に顔を近づけてきた。
鈴音「ねぇ弾、あんな奴この街に居たっけ?」
弾「あんな奴は失礼だろ……。少なくとも、この街の住人じゃないな。観光者とかじゃないか?」
鈴音「この街で人が集まりそうなのはブリュンヒルデの家くらいでしょ。それにそこだったとしても来るのは大体女だし。男がブリュンヒルデ見るためにわざわざこんなとこ来ないわよ」
弾「まあそうだな。だったら何だろうな?」
鈴音「知らないわよ。料理持ってくついでにさらっと聞いてみれば?」
弾「そうするわ」
厳「五反田スペシャル出来たぞ!とっとと取りに来い!」
弾「おう!分かった!」
じいちゃんが作った料理をそいつの所まで運ぶと、そいつは俺の方には目もくれないでその料理を食べ始めた。別にこっちを向く必要は無いが、少し感じ悪い。
???「…………美味いな」
黙々と料理を口に運びながら、そいつは呟いた。その後、凄い勢いで料理を食べ、完食したそいつは俺に言った。
???「ここに真月零と言う奴が居ると聞いたんだが、本当か?」
弾「あ、ああ。零ならウチで働いているぜ。お前、零の知り合いなのか?」
その質問には答えなかったが、俺の言葉を聞いたそいつの反応から、知り合いなのだろうと推測する。
鈴音「へえ、アイツこの街以外にも知り合い居たんだ」
弾「らしいな。零の知り合いか聞いた時にもの凄い嫌そうな顔してたのが少し気になったけど」
鈴音「アイツに恨みを持った人なんじゃない?アイツ敵作りやすい人間だし」
弾「それだとウチで喧嘩騒ぎが起きてしまうんですがねぇ……?」
そんな感じで鈴と話していると、零が帰って来た。
真月「ただいま戻りましたよっと。あ?客が来てんのか。悪いな、仕事を押し付けちまって」
弾「別に良いんだけどさ、この人お前の知り合いらしいんだけど、知ってるか?」
真月「知り合い?んなモン居ない筈……!?」
そいつの顔を見た瞬間、いつもヘラヘラしていた零の表情が崩れた。
真月「よりによってお前かよ……ミザエル」
side真月
いずれは他の七皇と会うとは思っていた。そいつらに会ったら、まずは謝って、気の済むまで殴らせてやろうと考えていた。
だが一番初めに会う七皇がコイツだなんて酷過ぎるにも程があるだろう。
コイツはナッシュとメラグの次に俺が嫌いな奴だ。偉そうな顔して人の指示を全く聞かねぇし、少しからかっただけですぐ手を出す。更に言うなら極度の
そんな奴が今、俺の目の前に居る。鋭い目つきは相変わらずで、俺を睨みつけているのも変わらない。正真正銘、俺の知るミザエルで間違い無いだろう。
真月「久しぶりだなあミザエル、会えて嬉しいぜ。何か食うか?食わせてやるよ、顔面に叩きつけてな」
ミザエル「久しぶりだなベクター。尤も、私は貴様の顔なんぞ見たくもなかったがな。それと食事は先程とったから必要無い。貴様の作った飯を食うくらいなら死んだ方がマシだ」
真月「言ってくれるじゃねぇか……!」
ミザエル「事実を言ったまでだ」
俺達が睨み合っていると、鈴が間に入ってきた。
鈴音「はいストップ!どういう仲かはよく知らないけど、喧嘩なら外でやりなさい!」
真月「だ、そうだが、どうするミザエル?」
ミザエル「望むところだ、と言いたい所だが今回はやめておく。元々貴様に用が有ったからな。」
真月「お前が俺に?一体何の用が有るってんだよ?」
そうは聞いたが俺はアイツの言う『用』が何なのか大体分かっていた。コイツが俺に用が有るなんてそれ以外には考えつかないからだ。
ミザエル「ベクター、ナッシュが呼んでいる。一緒に来て貰うぞ」
真月「……やっぱそうか」
予想は正しかった。コイツ自身が俺に用が有って俺に会いに来るなんてあり得ない。ならばミザエルは誰かの指示に従って俺に会いに来た事になる。そしてミザエルに指示出来るのなんてナッシュくらいしか居ない。
真月「ちなみに、来ないって言ったらどうする?」
ミザエル「貴様に拒否権が有ると思っているのか?まあ、仮にそうなった場合は実力行使あるのみだが」
拒否権は無いらしい。別に拒否する気は無いのだが、コイツに大人しく従うのは何か癪だったからそう言った。
鈴音「ちょっと!いきなり何言ってんのよアンタ!?此処にはベクターなんて人居ないし、アンタの言ってる事完全に脅迫じゃない!?」
弾「おい、待て鈴!?」
ミザエルの言葉が気に入らなかったのか、鈴がミザエルに突っかかっていく。対するミザエルは自分に向かって来た鈴を冷ややかな目で見つめている。
ミザエル「……成る程、またお得意の『友情ごっこ』か。新しく生まれ変わっても、貴様の腐った性根は変わらないようだな」
真月「……言ってくれるじゃねぇか。まあ俺の方も変わった自覚なんざ持ってないから反論出来ねえがな」
ミザエル「ほう、変わってないと思っていたが、自分の駄目な所を認められるくらいには成長していたか」
真月「さっきから随分と辛辣だなテメェ!?」
ミザエル「貴様に優しくする必要が何処にある?それで、結局どうする?大人しく従うか?それとも抵抗して怪我をするか?」
真月「それ選択肢有って無いようなもんだろ。……分かった、大人しく従うさ」
鈴音「ちょ、零!?」
弾「お前何言ってんだ!?」
真月「悪いな二人共、此処でお別れだ。多分もう会わないと思うが、お前らといた時間はなかなかに楽しかったぜ」
鈴音「待ちなさいよ零!?そんな死ににいくみたいな言い方やめなさいよ!?」
弾「お前が居なくなったら店どうすんだ!?俺まだ半人前なんだぞ!?」
真月「ジジイはしぶといからな、お前が一人前になるまではくたばらねぇよ。なあジジイ?」
いつの間にか厳さんが厨房から出て来て俺を見ていた。
厳「……行くのか?」
真月「止めてくれるなよ?好きな時に辞めていいって契約の筈だぜ?」
厳「止めやしねぇよ。ほれ、今月の給料だ。少し多めにしてある。これが俺からの餞別だ」
真月「……そりゃどうも」
厳「腹が減ったらいつでも来い。此処はいつだってお前の帰る場所だ」
真月「………………行くぞミザエル」
ミザエル「…………良いのか?」
真月「…………………行くぞ!」
ミザエル「……分かった」
後ろを振り返らずに、前へ進む。後ろから聞こえる声は無視して、ただ前へと進んでいく。
弾「おい待てよ零!?」
鈴音「待ちなさいよ!私まだアンタに言えてない事が有るんだから!?」
後ろから聞こえる声に何度も振り返りそうになるのを堪えて、ミザエルの後に続く。
ミザエル「………………先程の言葉を訂正する」
真月「…………何だよ?」
ミザエル「あの人間達と貴様との間に有ったのは『友情ごっこ』などでは無く、本物の友情だった。それを見極めもせずに貴様を侮辱した事を謝罪する」
そう言ってミザエルは俺に頭を下げた。
真月「あらあらあら〜?ミザちゃんが俺に頭を下げるなんて、珍しい事もあるもんだなぁ〜?」
そう言って思いっきり笑い、今後見る事の無いだろうミザエルの謝罪シーンを目に焼き付けようとしたが、何故か視界が歪んで上手く見れなかった。
真月「…………あ?何だよコレ……?」
ミザエル「貴様も変わったようだな。誰かとの別れで涙を流すなど、かつての貴様からは考えられん」
真月「はあ?何……言ってんだよ……?俺が、泣いているだと?冗談……よせよ」
ミザエル「冗談ではない。確かに貴様は今泣いている。友との別れに涙を流している」
真月「巫山戯んな……!俺が、泣く訳ねぇだろ……!」
ミザエル「良い加減に認めろ。貴様は変わったのだ。かつての貴様とは比べ物にならないくらいな」
真月「……そうか。俺は、変われたのか?」
それから暫くの間、俺の涙は止まらなかった。
次回予告
Ⅲ「五反田家、そして鳳鈴音との別れに涙を流すベクター。そんな彼を、ミザエルはある場所へと連れていく」
「あ?何処だよココ?」
Ⅲ「全く知らない場所に連れてこられ戸惑うベクター。そんな彼を待っていたのは、かつての仲間達との再会だった」
次回、インフィニットバリアンズ
ep.11 集結!バリアン七皇
Ⅲ「ところで凌牙、お菓子をつくってみたのですがお一つどうですか?」
ナッシュ「俺を殺す気か!?」