side一夏
「おい!織斑千冬が試合に出てるぞ!」
「どうなってる!?」
そんな声が聞こえてきた。
ああ、そうか。自分は見捨てられたんだな。
千冬姉の試合の応援に連れていかれた俺は、何者かに襲われ、そして気付けば見知らぬ倉庫にいた。俺を攫った犯人によると、俺を人質に千冬姉を負けさせようとしたらしい。弟思いの千冬姉なら絶対に取引に応じると言っていた。
だが俺にはそれが成功しないだろうという事が分かっていた。千冬姉が大事にしている弟は秋介だけで、俺は『家族』としてすら見られていないから。
千冬姉も秋介も、俺よりずっと優れていた。二人よりも劣っていた俺は二人に追いつけるように必死に努力した。それでも追いつけず、俺はいつまでも『出来損ない』のままだった。
そんな俺の事が気に食わなかったのか、俺は秋介によく苛められた。それは俺達が大きくなるにつれてどんどんと激しくなって、学校に通うようになってからはクラスの殆どの人間がそれに加担していた。
それでも俺がこうして生きてこれたのは、俺の味方になってくれた人達が居たからだろう。口と性格は悪いがなんだかんだ言って俺を助けてくれる零、知能を捨てて体力に極振りした箒、面倒見の良い五反田家の皆、苛められていた俺を励ましてくれた鈴・・・。誰か一人でも欠けていたら今の俺は居なかった。
だからこそ、これから死ぬのがとても悔しかった。彼奴らに何一つ恩返し出来なかった事が、家族に見放された事よりも悲しかった。
「おいどうする!?クライアントは攫うだけって言ってたけど、相手が取引に応じなかった場合については言って無かったぞ!?」
「そんな事より逃げる準備をしろ!ドイツ軍が此処を嗅ぎつけるのも時間の問題だぞ!?」
一夏「・・・殺してくれ」
「何だと!?」
一夏「千冬姉が取引に応じなかったって事は、俺はもう死んでも良いって言ってるようなもんだ。このまま生きていても俺には居場所が無い。それなら死んだ方がマシだ」
俺の言葉を聞いて、誘拐犯達は可哀想な物を見る目で俺を見た。
「坊主・・・、お前には誰か頼れる人は居ないのか?家族じゃ無くても良い、友人とかそういう人が」
意外だった。用済みになった俺を殺そうとしない事もそうだが、家族に見放された俺を気にかけてくれる事が、何より不思議だった。
一夏「友人はいるさ。でも、これ以上彼奴らに迷惑かけられない。というかアンタ等、本当に犯罪者か?用済みの人質殺さないとか普通あり得ないんだが」
「俺達だって望んでこういう仕事やってる訳じゃない。今の世の中、男ってだけでクビにされたり、働けなかったりする。俺達だってそうだ。生きていく為に、俺達はこういう仕事をするしか無かったんだ」
そうやって辛そうに言う誘拐犯達を見て、俺は今の世界が腐っている事を改めて実感した。
一夏「アンタ等も苦労してるんだな」
「坊主の現状よりはマシだ」
絶対絶命の状況に置かれている筈なのに、俺は誘拐犯達と仲良く話している。それが少し可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになる。
「ちょっと!まだ終わらないの!?」
そう言って倉庫の外から女が入ってきた。腕に待機状態のISを付けたその女は、俺の方を見て苛々したように誘拐犯達に言った。
「織斑千冬が棄権しなかったんだから、ソイツはもう用済みでしょ!?とっとと殺しなさいよ!」
「しかし・・・、誘拐が目的で、依頼は達成したんだから、何も殺さなくても・・・」
「五月蝿いわね!傭兵の癖にクライアントの私に逆らう気⁉︎」
「アンタの依頼はコイツの誘拐だろう!?それにコイツにはもう居場所が無い!放っておいてもいずれ死ぬ!わざわざ殺す必要は無い!」
「男の、それも『出来損ない』なんて汚物、生かしておく価値なんて無いわよ!!」
そう言って誘拐犯の一人から拳銃を奪い取ると、女は俺の方を向いてニヤリと笑った。
「残念ながら貴方の家族は『出来損ない』の命なんてどうでもいいらしいわね。恨むなら、そう生まれてきた自分の不運を恨みなさい」
拳銃が俺に向けられると同時に、俺は目を閉じた。
・・・ごめん皆、俺此処までみたいだ。
………〜♪
女が引き金を引く直前、不意に何処からか口笛が聞こえた。
「ちょっと!?誰よ口笛なんて吹いてるのは!?」
「お、俺達じゃ無いぞ!?」
女達がそう言い争っている間も、口笛は途絶えず、少しづつ俺達の方に向かってくる。
「誰か来るぞ!?」
口笛が俺達のいる倉庫の前で止まり、やがて一人の男が姿を現した。
「な、何よアンタ!?」
そう言って拳銃を向ける女に、男はこう返した。
???「人の心に澱む影を照らす眩い光……。人は俺を、ナンバーズハンターと呼ぶ」
そう言った男の姿は奇妙だった。白いコートの背中に機械の翼らしきものが取り付けられており、目の周りに青いマーカーらしきもので模様を描いている。
「いや意味分からないわよ!アンタ頭おかしいんじゃないの!?」
???「誘拐をするような奴よりはマトモだと俺は思うのだが?」
「何ですって!?」
男の挑発にキレた女がISを展開した。確かラファールとか言う第二世代のISだった気がする。
「男の癖に生意気な事言ってんじゃ無いわよ!」
そう言って女は男の方に襲いかかろうとしたその瞬間、途轍もなく眩い光が男を包み込んだ。
「何よコレ!?」
「何が起きたんだ!?」
光が収まった瞬間、俺の目の前に巨大な龍が現れた。その龍は体から光を放っており、その龍の眼の奥には、壮大な銀河が広がっていた。
「な、何だコレは!?」
「ISなのか!?」
「あり得ないわよ!男がISを動かせるわけがないんだから!?コレはアイツが見せている映像、ハッタリよ!」
???『これがハッタリ?とんだロマンチストだな』
先程まで居た男の声が、龍から聞こえてきた。
???『こいつは正真正銘ISだ。まあ、少し特殊な物だがな』
男の言葉を聞いてその龍を見ると、確かに機械的な姿をしている。そう言えば、開発初期のISは操縦者の姿を完全に覆うフルスキン型だったと何処かで聞いた気がする。
「嘘よ!?薄汚い男なんかに、神聖なISが動かせる訳が無いじゃない!?」
???『信じるも信じないもお前次第だ。さあ、懺悔の用意は出来ているか!』
「ふ、ふん!いくらISに乗れても、時代遅れのフルスキン型のISなんかに、私が負ける訳が無いじゃない!」
そう言って、女はアサルトライフルを展開して、男へと攻撃する。
「死になさい!」
しかし、男に向けて発射された銃弾は男に当たる直前で停止し、光の粒子へと変わり男のISに吸収される。
「そんな!?」
???『これで終わりか?なら次は俺のターンだ!』
男がそう言った次の瞬間、男のISが消え、女が壁に叩きつけられた。
「がっ!?」
女のISが解除され、女はその場に崩れ落ちた。
一夏「凄え・・・!」
女が完全に沈黙したのを確認すると、男はISを解除して誘拐犯達に向き直った。
???「さて、これでお前達の頼みの綱のISは俺が倒したが、まだやるか?お前達が何もしないなら、此方からは手を出さないが」
「いや、降参だ。俺達は退散する。そこの坊主はアンタが好きにすると良い」
「良かったな坊主、強く生きろよ?」
そう言い残して誘拐犯達は去っていき、後には気絶した女と目の前の男と俺の三人が残された。
???「大丈夫か?」
そう言って男は俺に手を差し伸べてきた。
一夏「・・・何で俺を助けたんだ?」
差し伸べられた手には触れずに、俺は男に問いかけた。
???「何だと?」
一夏「俺は才能が無い『出来損ない』だ。だから周りから疎まれて、実の家族にも捨てられた。そんな俺を、何故助けてくれたんだ?」
男は一瞬考えたそぶりを見せた後、笑顔で俺に言った。
???「俺の友ならこう言うだろう。人を助けることに理由が必要なのか、とな。お前を助けるのに何か理由が必要なのか?」
一夏「俺にはもう家族も、帰る家も存在しない!生きている意味なんて俺にはもう無いんだ!!」
そう言って男の手を振り払おうとした俺の手を掴み、男は俺にこう言った。
???「・・・なら、俺の弟にならないか?」
一夏「・・・は?」
???「帰る家が無いと言うなら、俺の家をお前の帰る家にしてやる。生きる意味は、それから時間をかけて見つけていけば良いだろう」
一夏「何で・・・そこまでしてくれるんだ?」
???「お前の事が放って置けないからだ。それに、ある人間からお前を助けるように言われているからな」
分からなかった。家族に捨てられた俺を自分の弟にすると言っている男の事も、俺を助けるように頼んだ人の事も。
それでも俺は嬉しかった。涙が出そうだった。俺の事を家族にしてくれるというその言葉で、今までの努力が報われたような気がしたから。
一夏「本当に・・・良いのか?俺なんかが、アンタの家族になって?」
???「悪い理由が何処に有る?安心しろ、お前を一人にはしない。それに俺にはもう一人弟がいる。最初は慣れないかもしれないが、すぐに仲良くなれるだろう」
一夏「そうか・・・ありがとう」
???「礼ならお前を助けるように頼んだ奴に言え。俺は『天城カイト』、お前の名前は?」
一夏「一夏・・・、一夏だ!」
カイト「そうか、一夏と言うのか。一夏、今日からお前は俺の弟だ。すぐにハルトとも会わせてやる。これから宜しく頼む」
一夏「ああ!宜しくな、カイト兄さん!」
この日、『織斑』一夏は消え、『天城』一夏が生まれた。
次回予告
カイト「一夏の行方不明によるショックからまだ立ち直れていないベクター達。そんな彼らの下に、ある男が現れる」
「久しいなベクター。私は貴様となど会いたくもなかったがな」
カイト「男の来訪に激しく動揺するベクター。この時を境に、ベクターの運命は大きく変わっていく」
次回、インフィニットバリアンズ
ep.10 ドラゴン使い襲来
カイト「新しい弟ができたよハルトオォォォォォォ!!」
ナッシュ「うるせえぇぇぇぇぇ!?」
ハルト「いい雰囲気をブチ壊しにする兄さんは嫌いだ・・・」