東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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53話 神殺の修羅な一日(下)

 

 あの憎き切裂き魔に再度挑戦して敗北したのは数日前の出来事。

 強化された植物のツルを避けながらも切り裂いていき、私の切り札たる極太い光線すらも小型のナイフ一本でいなされて、私の妖力が尽きたところで勝敗が決した。仰向けに倒れて息を切らしていた私に、切裂き魔は軽い柔軟体操をした程度の疲労度で覗き込んできた。要するに『まったくもって相手にもならなかった』ということである。

 

『ゆうかりん大丈夫?』

 

『……その呼び方止めなさい』

 

 私は最後の抵抗として、ありったけの殺意を切裂き魔にぶつけた。

 当の切裂き魔は困惑したような表情しか浮かべなかったが。相変わらず、この半妖の底が知れない。

 

『うーん、そんなに嫌われてるのかぁ』

 

『嫌われていないとでも?』

 

『はは、こりゃ手厳しい。それじゃあ、お近づきの証としてこれを贈呈しようかな』

 

 虚空から切裂き魔が取り出したのは一冊の本。

 訝しげに受け取ってパラパラとめくってみたところ――よくわからない単語ばかりの本だった。本のつくりからして外の世界の書物だと推測できる。

 

『なによ、これ。でーと? 女子力?』

 

『デートってのは男女が日時を定めて会うことなんだけど……ゆかりんは紫苑とデートするつもりらしいよ? いつになるかはわからないけどね』

 

『!?』

 

 さすがに色恋沙汰に疎い私でも今の言葉の意味は分かる。

 紫と紫苑がデート。つまりは、そういうことなのだろう。

 

『その本はあげるよ。――ゆうかりんも紫苑とデートしたいでしょ?』 

 

『……礼は言わないわ』

 

 この男が何を考えているのかは知らないが、その本は貰うことにした。不本意ではあったが。

 切裂き魔は含みのある笑顔で去っていった後、妖力がある程度回復した私は家に本を持ち帰り、一晩丸ごと熟読したのであった。

 

 

 

 

 

 あの男の本で成功している、というのは気に食わない。非常に気に食わない。

 しかし――本で予習したおかげで、今の紫苑は私に『女』としての魅力を感じていることは明らかだった。この戦闘には邪魔臭いものだとしか認識していなかった己の胸が、まさか人生の大切な瞬間に役立つとは思いもしなかった。この時ばかりは自分の発育の良かった身体に感謝である。

 紫が選んだ単物を着た紫苑の腕に抱きつきながらそう思った。

 

 しかし――紫苑の和服姿は目の毒だ。

 まともに直視できないせいで紫苑の腕に顔を埋めている状態よ。

 

「次どこ行く?」

 

「……花屋に行かない?」

 

「この季節に花が売ってんの?」

 

「貴方の家に花壇を作りたいのよ。買うのは種や苗ね」

 

「俺の家に作ること前提かよ……まぁ、俺ん家に花ねぇ。ガーデニングをするのも悪くはないか」

 

 紫苑が乗り気になったところで、私行きつけの花屋に移動する。

 さすがにこの季節に花は少なく、その代わりとして苗や種が商品として陳列していた。

 

「何の種なのか皆目見当もつかねぇ……」

 

「私もです」

 

「こういう植物関連は壊神と帝王の得意分野だったから、アイツ等なら詳しいんだろうけどさ。俺は壊神の作った野菜とかを料理する担当だったし。帝王は完全に趣味で放育ててたな」

 

 壊神、とは『私レベルの戦闘狂』だったはず。それに加えて植物を育てる趣味も持っているのか。

 是非とも戦ってみたり、花について語り合ってみたいわね。

 

「育てやすい花ならロベリアやペチュニア、マーガレットあたりかしら?」

 

「花とか育てたことないんだけど……それは俺でも大丈夫なのか?」

 

「この時期に苗が手に入る初心者でも育てられる花よ。私も時々来るわけだし、道具さえ揃っていれば枯れることはないんじゃないかしら?」

 

「へぇ……」

 

 道具辺りも私が貸せる。

 紫苑は興味深そうに私が言った花の種や苗などを観察する。あの切裂き魔の情報によると、紫苑は勧められたものは初見で合う・合わないを見定めるので、今の状況から鑑みて『合う』と思っているのだろう。

とても嬉しいことだ。

 

「ここで家が爆破されることもないだろうし、花を育てるってのもアリかもしれんな。前々から小さな花壇を家に作りたいと思ってたんだよね。幻想郷で願いが叶うとは思わなかったが」

 

「一度は私の畑に来てみなさい。夏なら満開の向日葵が見ることができるわよ」

 

「そういえば紫が言ってたな。幽香ん所は畑一面の向日葵がどうのこうのって。春すら来てないのに夏が楽しみになったぜ」

 

 子供っぽく笑う紫苑。

 切裂き魔と話しているときも同じような表情をするが、紫苑は心底楽しそうに笑うことが多い。

 喜怒哀楽が分かりやすい、と言うべきか。戦闘ならまた違ってくるが、とにかく周囲の人間すら笑顔にするような感じだ。

 

 

 

 人を寄せ付ける魅力かしら?

 私は持ち合わせてないからなんとも言えないけど、そういう人柄に私も惹かれたのかもしれない。

 

 

 

 私は買った花の種を紫苑に渡した。

 

「大切に育ててね」

 

「善処する」

 

 ……本当に1500年前から変わらない。

 弟子入りした後も色んな場所に振り回されてついていったけど、基本的に一人が好きだった私が『紫苑たちと居ることが楽しかった』と心の底から思えたのだ。幻想郷でもそうだったはずなのに、彼が現れてからまた環境ががらりと変わってしまった。いい意味で。

 その頃から……私は……。

 

 そこまで考えて私は小さく笑った。

 

 

 

 

 私も案外、乙女なのね。

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 夢のような気分。

 覚めないでほしい夢だったはずなのに、それが現実となった。

 

 

 私が死んだ身であるとしても。

 

 

 紫苑にぃは目の前にいる。

 

 

 私が夢で見たような、触ろうとすると消えてしまう幻影ではなく、目の前の彼は触ることもできるし匂いを嗅ぐこともできる。先ほどから浮いたまま紫苑にぃの腰に抱き付いているけれど、嫌な顔一つせず時々気遣ってもくれる。

 このような素晴らしい日が来るとは、少し前なら思いもしなかった。

 『デート』というものを紹介してくれた九頭竜さんには感謝しなくては。

 

「なんか腹減ったな」

 

「そう?」

 

「人間は飯食わないと生きていけないの。この前八雲一家で行った定食屋以外のところ行こうか。他の飯屋に行ってみたい」

 

 紫は紫苑にぃとご飯食べに行ったのか。羨ましい。

 博麗の巫女――博麗霊夢が『毎日紫苑さんの家で夕食を頂いているけど、飽きない上に絶品』と言っていた気がする。妖忌がいた頃の白玉楼でも紫苑にぃはご飯を作ってくれたが、あの時も美味しかった。

 また食べたいわ。今度お邪魔しよう。

 

 私たちは近くにあったうどん屋に入る。

 昼をちょっと過ぎた時間帯だったので、人はそこまでいなかった。

 

 店主は私たち――正確に言うならば幽香さんと私を見て怯えた表情をした。

 紫から前に聞いたような気がするけど、彼女の友好関係度は最悪と言われていたような。今の紫苑にぃの腕に絡みついている姿からは想像もつかないけど、彼女は無類の戦闘好きと聞いた。西行妖と戦っていた時の紫苑にぃみたいな感じだろうか?

 その前に、なんで彼は私の顔を見て怯えたのかしら?

 

「おっちゃん、うどん4人前お願い」

 

「あ、あぁ。うどん4人前入りまーす!」

 

 私たちは4人掛けの席につき、適当な雑談を始めた。

 

「この後はどうします?」

 

「晩飯用の買い物がしたい。今日はアホの要望でハンバーグ作らないといけないから、霊夢たちが持ってきてくれる食材だけじゃ足りん」

 

「……あの切裂き魔って完全に穀潰じゃない」

 

「って思うじゃん? 実はアイツここで稼ぎ場所見つけて家賃払ってんだぜ?」

 

 紫と幽香は目を丸くした。

 私は彼が何をしているのか知っているので、彼女等のように驚くことはなかった。

 

 

 

「というか呉服屋で見た高そうな青い着物あっただろ? あれアイツの作品だ」

 

「「は?」」

 

 

 

 信じられないと言いたげで、実際に私もそうだった。

 確か青い着物は売れ筋商品だと店主の娘さんが話しており、呉服屋で扱っている中でも一番高い商品だったはず。それの制作者が身近にいたとは思いもしないだろう。私は彼がその服を白玉楼で作るのを見ていたので知っていたけれども。

 紫苑にぃは言わずもがな、妖夢も何気に器用だし、剣に携わる人って手先が器用なのかしら?

 

「未来は裁縫関連が得意だから、今度服でも作ってもらえば? ブランド品顔負けの大作を片手間に作るような奴だから、快くOKしてくれるさ」

 

「なんというか……想像もつきませんね」

 

「俺も昔同じようなこと言ったぜ。『紫苑の料理も三ツ星シェフ泣かしたじゃん』って正論返されて何も言えなかったけど」

 

 そんな感じで会話をしていると、それぞれの前にうどんが運ばれてくる。

 

 

 

 

 

 ――私のだけ、物凄く大きな皿で。

 

 

 

 

 

「ちょ!? 何その大きさ!?」

 

 少なく見積もっても10杯分のうどんが入っている容器の大きさに、紫苑にぃと幽香さんは目を見開く。

 一方、私のことを昔から知っている紫は呆れ気味に説明した。

 

「師匠、幽々子の食事量は異常なので、人里で営業している店からは『桃色の悪魔』として畏れられています。加えて、白玉楼におけるエンゲル係数は――80%越えます」

 

「は、はち……!? おま、一般家庭のエンゲル係数は20%弱だぞ!? あの屋敷の維持で残りの20%なら……幽々は対食品用の掃除機か!?」

 

「妖夢が月末に毎回頭を抱えておりますよ」

 

「妖夢ぇ……」

 

「だって……紫苑にぃがちゃんと食べないと大きくなれないって……」

 

「師匠ぇ……」

 

 千年前は一日一食しかご飯を食べてなかった私だが、紫苑にぃが『育ち盛りなんだから、たくさん食べないと大きくなれないぞ!』って美味しいご飯をたくさん作ってくれて以来、朝昼晩欠かさずご飯を食べるようになった。

 妖忌も『もう勘弁して下さい』と土下座をしてくるくらい食べるようになったけど……そのころには食べることが楽しくなっていて、妖夢が来た時には通常量では満足できなくなっていたのだ。

 

 

 紫苑にぃ、たくさん食べろって言ったもん……。

 

 

「ま、まぁ、飯食おうぜ」

 

「そ、そうね……」

 

 うどん屋の後は紫苑にぃが夕食を作るための食材を買いに行った。

 ひき肉を買うときや香辛料を選んでいるとき、紫苑にぃは必ず私の方を見て言った。

 

「幽々、食べに来るときは事前に連絡しとけよ」

 

 そうしないと食材が足りない可能性があるからな……と、遠い目をしながら私に何度も言ってきた。

……やっぱり食べ過ぎかしら?

 帰ったら妖夢と相談してみよう。

 

 

   ♦♦♦

 

 

「あ、紫苑お帰り――うわっ!?」

 

「クソ切裂き魔ぁ! お前よりにもよって紫と幽香と幽々のデート時間一緒に設定しやがったなぁ!? こちとら胃がクライマックスだったわ! 殺す気か!?」

 

「それはこっちの台詞! いきなり『戦士』使ってくるとか卑怯じゃないか! ……え、3人同時にデートしたの!? 僕が確かにデートしたら?って唆したけど、時間設定はしてないよ!」

 

「お前に卑怯って言われる筋合いはないわっ! お前のハンバーグ、一口サイズにしてやるからな!」

 

「それだけは勘弁してええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 夕食には美味しそうにハンバーグを食べる少女たちと、ワンコインサイズのハンバーグを涙を流しながら噛み締める切裂き魔の姿があったそうだ――

 

 

 




紫苑「さて、次の回から騒がしくなるぜ」
霊夢「これまでも騒がしかったわよ?」
紫苑「あんなの騒がしいの部類に入らねぇよ……」
霊夢「Σ(゜Д゜)」

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