紫が盛大にキャラ崩壊します。
「――って感じで手配してるから、出来次第そっちに送るよ~」
「ありがとうございます、暗闇様」
「いいっていいって。ボクと紫ちゃんの仲じゃん」
幻想と現実の入り混じる世界。
幻想入りするには存在を保っており、現実に溶け込むには異質な者達に残された楽園にして地獄。こうやってカフェテラスでコーヒーを飲んでいる今でも、視界に映る遠くのビルから爆発音が聞こえる。
これもここの日常なのだろう。カフェの客は気にした様子がない。
私――八雲紫も気にせずに前の人物へ集中する。
目前の彼女……彼? とりあえず目の前の
なんせ古今東西の神話の原点にして頂点。妖怪の起源とも呼ぶべき方なのだから。
だから彼女に名前はない。呼称がないのも不便なのは確かなので、私を含む彼女を知る者は畏怖と畏敬を込めて『暗闇』と呼ぶ。
ここに呼ばれたのも彼女からの誘い。
絶対的な存在といえども、暗闇様は現世への不干渉を貫いている。これも気まぐれで変わるのだろうが、彼女の誘いに強制力はなく、私はこれに応じなくてもいいのだ。
しかし、彼女には多大な恩がある。加えて彼女からの呼びかけ自体が珍しい。何かしらの思惑があるのは明白。
「メールでいいかな? ボクが渡したスマホは持ってるかい?」
「えぇ、これのことですよね」
彼女にスキマから取り出した薄い黒い箱状の物を見せる。
現世のスマホとは異なり、電波がなくとも他者との連絡が取れるとかなんとか。他にもSNSアプリ『Yamitter』などの機能もあるが、私は使っていない。
それに彼女は満足げに頷く。
続けてハッと顔をこわばらせる。
「あ、忘れてた! ちょっと手を貸して!」
「え? えっと……こうですか?」
「そうそう、そんな感じで――よし、ありがと~」
コーヒーカップの位置を移動して、私と彼女のピースサインをスマホのカメラ機能で写す。
そして何やらデバイスを呟きながら操作する。
「こうやってハートマークで加工して……『ゆかりんとカフェなう』っと……」
さっそくSNSに投稿しているのだろう。
これを世間一般では女子力が高いというらしい。
俗物的なのは会った時からなのは知っている。
出会い頭に蹴鞠を『めっちゃ楽しいわコレ』と極めていた辺り、どの生命よりも時代というか現世を謳歌している。面白いことが大好きな方なのだ。
時代の流れを楽しむのは永久なる命を持つ物の特権だろう。かつて聞いたことなのだが、蓬莱の薬ですら彼女にとっては不完全なものだと。
「けど『弾幕ごっこ』ってルールは斬新だね。当代の博麗の巫女は随分と面白い人物のようだ。ボクとしては彼女みたいな発想を持つ人物を待ってた!って言いたいけどね。幻想郷の手助けをした甲斐があったってもんだよ」
「その節はお世話になりました……」
「相変わらず堅苦しいなぁって感想は置いといて、どうやら幻想郷もある程度安定してきた感じ?」
コーヒーにミルクを注ぎながら笑う彼女に、私は「そうですね」と頭を下げながら答えた。
藍と私などのごく少数しか知らない事実だが、今の幻想郷が誕生した7割は目前の少女のお陰だと言っても過言ではない。幻想郷建設の場所から『博麗大結界』の術式システムの提供、スペルカードのもととなる素材も彼女の手伝いがなければ、幻想郷誕生すら難しかった。
陰の立役者は頬杖をつきながらティーカップを掲げる。
ニヤリと笑う姿は、私の思考を読んでいるかのようだ。どっかの悟り幼女でもないのに……なんて考える輩もいるだろうが、彼女ならそのくらいのことをしてもおかしくない。
「それにしても『人間と妖怪の共存』ねぇ。紫ちゃんはどうしてそんな面倒なことを計画したの? というか会った時から幻想郷作るって決めてたよね? 所詮、人間なんて君達から見れば下等生物と一緒じゃないか。どして?」
「……貴女なら知っているのでは?」
「君の口から直接聞きたいのさ。ボクが『暗闇』だからって、言葉を直接相手に伝えることを放棄しちゃだめだよ。コミュニケーションは大切! これ基本!」
わざと大きく手を広げて演説じみた発言をする銀髪の少女。
彼女なりの流儀かなんかなのだろうか。そうじゃなくても、暗闇様にとってコミュニケーションは『面白い』の部類なのだろう。
「……約束、それを果たすために」
「ふむふむ、約束ね。誰としたの?」
『誰としたのか?』
そのような質問であったにも関わらず、私は遥か昔――私が幻想郷を作ろうとした由縁の物語を語っていた。10世紀以上前の出来事を、まるで当時のように鮮明に思い出し、溢れ出すように口から彼――黒髪の少年との思い出が紡がれる。
紡ぐ度に心臓の辺りがぽっかりとした空間ができるような苦しみを感じる。それでも私の口は動きを止めることはなかった。
どのくらい話しただろうか。
最愛の師が消えたところまでを話した時、ずっと黙って聞いていた暗闇様が冷たくなったミルクコーヒーに口をつける。
「いやぁ……一途だねぇ。ボクもいろんな人間やら妖怪をごまんと見てきたけどさ、種族も違うのに1500年も相手のことを想う妖怪ってのは久しぶりに見たよ。種族が違うから尚更なのかな? 悪く言えば
正気じゃないという感想に私は反論することはなかった。彼女の言っていることは真っ当なことであり、自分でも馬鹿げているのは自覚している。
彼女は含みのある笑みを浮かべながら私を眺める。
「死しても彼のことを想う……的な? いくら君でもタイムスリップした君の想い人を見つけるのは難しいんじゃないの?」
「……そう、ですね。幽香も諦めているようですし」
「君の身の話を聞いた限りだと想い人は人間だ。さすがに現在進行形で死んだ人間を今の時間に呼び起こすのは許可できないかな? 面白そうではあるけど」
私の能力は〔境界を操る程度の能力〕。やろうと思えば過去や未来に赴くことも可能な能力で、彼女は今『死んでいる人間を現在に誘うな』という忠告だろう。
面白いこと優先で事を成す彼女にしては珍しい発言だと思ったけれど、渋々私は了承した。彼女との亀裂など生みたくない上、私はまだ彼がどの世界の人間なのか知らない。もしかしたら並行世界の可能性も出てきたし、こうなると私程度じゃ見つけられないのだから。
重くなった空気を換えるのは目前の人物。
どんなに思い空気だろうと、暗闇という自然現象ならば平気で変えてしまう。
「そんな頑張ってた恋する紫ちゃんにプレゼント! ……と言う程でもないけど、君に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、暗闇様の頼みならば出来うる範囲ならば微力を尽くしますが……」
「そこまで不安にならなくてもいいよ? 何、簡単さ。この
彼女の頼みならば断われるはずもなく、ましてや『幻想郷への移住』という簡単な願い。
ここの住人は血気盛んで凶悪な人外が多く犇いていることを懸念したが、彼女が簡単だと言っているのだから大丈夫なのだろう。
私は頷き、その移住する者の情報を求めた。
何も知らぬのに引き入れることはしない。
「その者が幻想郷の存続を揺るがしかねない行動を起こすのならば……それ相応の対応をさせて頂きますが、それでよろしいでしょうか?」
「いいよー。煮るなり焼くなり殺すなり追い出すなり、君の裁量に全部お任せしよう。まぁ――」
私は暗闇様から裏返しに渡された数枚の資料と写真らしきものを受け取り、同時に首を傾げる。
渡した彼女は悪戯っ子のような表情をしていて、この後どういう反応をするかを今か今かと待ち望んでいるようだった。
少し警戒しながら写真をゆっくりと裏返す。
「――『やれるもんならやってみな』って言いたいけど」
その写真を見て世界が止まったかと思った。
「――ぇ?」
写真には二人の人物が写っていた。一人は目前の銀髪の少女で、もう一人の人物の背後にしがみついて楽しそうに笑っている。もう一人は困った表情を浮かべている。
外見は平凡な日本人の特徴と一緒。艶やかな黒髪に中肉中背の体格。まったくと言っていいほど力を感じない平凡な男で、本当にこの街に住む者なのかを疑うほどだった。こういう人間なら人里にいても不思議ではない。
普通ならそう思う。
誰だってそう思う。
しかし、私は一瞬で分かってしまった。少し成長していようとも、私が見間違えるはずがない。
写真を持つ手が震える。呼吸が止まったことすら気づかない。
「この人なんだけど、幻想郷に送ってもいいかな? まぁ、詳しくはその資料に一通りまとめてあるんだけど、とりあえずボクの口から彼を説明した方がいいよね。コミュニケーションって大切だし、あるとは思わないけど君が彼を知っているのだとしても、ねぇ?」
彼女が私の反応にどのような顔をしているのか定かではない。
それどころじゃない。視界がにじんでくる。
「彼の名前は――夜刀神紫苑。独立治安維持部隊【
私が泣き崩れるのに時間はかからなかった。
♦♦♦
「らああああああああんっっっ!! 服何着ていけばいいぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!!??」
私は
汚い我が主の部屋が服で散乱して更に汚くなった状況を見て、無意識に大きな溜め息をついた。足の踏み場もない部屋の片隅で、鏡を前に服を片手にして泣き叫ぶ紫様。ぶっちゃけ千年以上仕えてきたけれど、ここまで荒れる紫様を初めて見た。
我が主の様子がおかしくなったのは数か月前からだった。
時間なんて気にせず一日12時間も惰眠を貪る彼女が、現代の暦を部屋に飾って毎日毎日一定の時間に印をつけていくのだ。どうせ三日も経たずに飽きるだろうと思いきや、二重丸の日にちがつけられた暦に近づくにつれて、おかしさが増していくのだ。
これには霊夢や魔理沙も「とうとう壊れたか」と言っていたが、私もそう思っていた。
霊夢が面と向かって「アンタ変なもんでも食べた?」と言われても上機嫌だったのだから。
後々に私に教えて頂いたのだが、どうやら亡くなっていたと思われていた紫様の師匠が幻想郷に移住するとか何とか。その師匠と呼ばれる黒髪の少年の話は、紫様の式になってから耳が腐るほど聞いたので、彼女がおかしくなるのも頷けた。
今も尚、鏡の前で似たような服を手に持ちながら混乱している我が主。
というか紫様は外出用の服は和服タイプかワンピースタイプしか持っていないのでは?
もしかして二択で永遠と迷っている?
「どどどどどど、どうすればいいっ!?」
「紫様、落ち着いてください」
二択でここまで悩むのも珍しい。幻想郷か師匠かを二択で選ばせたら悩みすぎて自殺するのではないかと思うくらい悩んでいた。あながち本当になりそうだから恐ろしい。
どうにか決めさせることはできたが、二択を選ぶまでに三時間もかかったのだから我ながら呆れる。
恋は盲目というわけか。
そして迎えに行く前日はひどかった。
夕食を食べながら紫様は、
「日にちは明日で間違いないのよね? 時間は○○時の×××××で合ってるわよね? あれ、菓子折りはちゃんと用意したかしら? 化粧ってした方がいいわよね? あぁ、でも化粧とかそういうの師匠は好きじゃなかったような……。あれ、この傘曲がってない? 服はちゃんとクリーニングに出したわよね? んで、昨日取りに行ったわよね? スキマちゃんと開くかしら? あぁ~、老けてるとか言われたらどうしよう!? お菓子って三百円までよね!?」
「………」
私は無言を貫き通すしかなかった。
紫苑「作者がゲームしてて投稿遅れた」
霊夢「訴訟。ところで紫苑さんの肩書き長くない?」
紫苑「ん? そうは思わなかったなけど」
霊夢「いや、絶対長いでしょ……」
紫苑「その職ついてた時は、略して漢字二文字で呼ばれてたし」
霊夢「何て呼ばれてたの?」
紫苑「社畜」
霊夢「………」
紫苑「一日40時間になんねーかなって毎日思ってた」