東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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41話 異形の軍勢

 

 

暇は僕の敵である。

紫苑のように暇を楽しむのも一つの手だとは思うが、『暇』なんぞに一度きりの人生の大切な時間をくれてやるには惜しくないか? いや、惜しい。反語。幻想郷があの街より混沌としている訳じゃないのは知ってたし、あそこまで騒がしいと疲れるのだが、それでも暇というのは退屈で嫌いだ。

『というかお前人じゃねーだろ』というツッコミは無視する。

 

そんな僕は宛もなく人里をフラフラしながら歩いていた。

周囲の人からは服装が現代チックなために、珍しいものでも見るような視線を時々受けるが、そんなことは一切お構いなしに人里の人が賑わう道を突き進む。

紫苑が目からハイライトを消しながら元部下の仕事を消化しているので、邪魔しちゃ悪いかなと外に出たから目的があるわじゃない。決して紫苑に仕事に巻き込まれそうな雰囲気だったから逃げたわけじゃないのさ、うん。

 

金もなく宛もなく。

鼻歌混じりにスキップしながら、どうせなら自分に向いてる仕事でも探してみようかと足を動かしていると、見知った顔が視線の先にいた。

 

銀髪の少女が水色と青色の中間に位置するような髪をした女性と雑談をしていた。片方は異変の時に遊んだみょんだろうけど……隣のインテリ風の女の人は誰かな?

暇潰しに僕は近づいてみる。

 

「こんにーちはー」

 

「あ、未来さん!」

 

僕が声を掛けると、みょん――魂魄妖夢は花のように表情を咲かせる。

みょんが何歳なのかは聞いたことがないので知らないけど、外見相応の年頃の女の子らしい嬉しそうな笑みだった。彼女の微笑みの前では西行妖の美しい桜でさえ霞んで見えてしまうだろう。

……何というか、声かけただけで満開の笑みを浮かべられたことなんて初めてだから、どう反応すればいいのか分からないや。何となく読める心の中も『やった!』とか『嬉しい』って感情が大半を占めている。

こんなに喜ばれるようなことしたっけ?

 

苦笑いを浮かべる僕に、青い髪の女性が尋ねてくる。

もしかしなくても半妖。既視感がないから見たことのないタイプの半妖だろうね。

 

「どちら様かな? あぁ、私は上白沢慧音という」

 

「自己紹介ありがとね。僕は九頭竜未来。最近だけど幻想郷に来た半妖さ」

 

「君が例の……」

 

その言葉の意味を聞いてみると、妖夢と先程まで僕の話をしていたようだ。

僕の話題で盛り上がるなんて、何と暇なことか。人のことは言えないけどさ。

 

「紫苑殿が私と藍殿と妹紅と会話していたときに『懐かしい』と言っていたのを思い出してね。もしかして彼の言っていた半妖とは君のことだと思ったのだが」

 

「藍しゃまは知ってるけど……妹紅って誰?」

 

「私の友人で――あまり大声では口に出せないけど、迷いの竹林の案内人をしている不老不死なんだ」

 

「……あー、なるほどね」

 

ゆかりんの式神やってる藍しゃまと、けーねの友人の妹紅――もこたんの話に納得する。

紫苑は藍しゃまを傲慢で冷徹な吸血鬼の王、もこたんを狂った女嫌いの破壊神、けーねを僕に置き換えたわけか。胡散臭い詐欺師がいないのは……まぁ、仕方ないね。詐欺師の同類なんて聞いたことないし。

けど紫苑、それけーね達に失礼過ぎない? さすがに僕達に彼女等を当て嵌めるのは可哀想だよ?

 

あの神殺に呆れてながら、僕は会話を繋ぐためにみょんに話題を振る。

けーねは僕の言葉を聞いて「もこたん……今度言ってみようかな」と呟いていた。

 

「みょんと幽々っちは最近元気?」

 

「あ、はい。幽々子様が冥界の管理を大急ぎで片付けているので、宴会を開催するにはもう少し時間がかかるかと……」

 

「そっかー。元気ならいいや」

 

みょんが元気なのは実際に会って確認したし、幽々っちが元気なのを聞いただけで満足。

春雪異変以降、幽々っちとみょんの姿を見なかったから紫苑が気にしてたんだよね。

後で紫苑に伝えてやろう。

 

「しかし……忙しさのせいなのか食費が」

 

「うん、見れば分かる」

 

だから目を逸らすみょんの後ろに食材の山があるのか。

一人の少女が持てるような量とはとても思えず、これを食う幽々っちが想像できない。将来紫苑が食費で頭を悩ませる姿は簡単に想像できそうなのにさ。それはそれで嘲笑ってやりたいが。

けど一人で持つには大変そうだ。虚空に入れてあげようかな?

 

 

 

 

 

なんて雑談をしていると――突然。

そう、あまりにも突然すぎて自然に流してしまうのではないかと思うくらいには突然。

みょんとけーねを映していた視界が不意に暗くなった。電気を消したように闇が空間を支配し、今度は青い明かりが頭上から僕達を照らす。

 

「「……え?」」

 

突如の怪奇現象に二人は疑問符を頭上に浮かべて上を向く。

僕も同じ行動をとった。

二人と僕の決定的な違いは、これから何が起こるのかをおぼろげながら想像出来るところだろう。濃密に辺りを覆う妖力の流れに、僕の頭上を仰ぐ行動は苦笑いを混ぜた表情も含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには――蒼く光る三日月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルームーンよりも鮮やかに写る蒼い月。

それが何の前触れもなく幻想郷に現れたのだった。

目を細めてその現れた月を観察してみると、徐々に――そう、本当に目を凝らさないと分からないくらいの微妙な速度で月が満ちようとしていた。三日月が早い速度で上弦の月になりつつあると言った方が分かりやすいかな? しかし満月になるには少々時間がかかるだろう。

 

加えて懐かしくも濃く力強い妖力の流れを感じた。一つ二つなら考慮するに値しないのだが、それが群れ(・・)となって近づいてくるのであれば話は別だ。

妖怪の大移動とかならば別に無視していいだろう。

けれども、蒼い三日月という怪奇現象の前では、そんな生易しい現象じゃないことはこの場にいる者全員が理解できた。

 

「うーん……ほのぼのタイムは終わりな。異変去ってまた異変? 面白そうな展開だけど――これは厳しいかもしれないぞ……」

 

「未来さん!? これは一体……?」

 

「さぁ? 幻想郷名物の異変じゃない? 恐らく妖力を持った何か(・・)が人里に近づいてきてるね。十や二十じゃないよ、少なくとも千や二千はくだらない」

 

けーねが顔を真っ青にしており、みょんも驚愕の色を見せる。

幻想郷では日常茶飯、という雰囲気じゃない。

ここで立ち止まって議論しても意味がないと思い至り、現場に向かうために妖力がする方へ三人は走った。人々が行き交う人里の大通りを、棒立ちの人々の間をすり抜けるように走りながら僕は考察する。

 

これは間違いなく異変。というか『異変』という言葉で済まして良いのかすら怪しい。

妖力の群れに近づくにつれて最初に予測していた数が誤りであったことを思い知らされた。軽く五千は越えてるよコレ。

果たして主犯は誰なのか。心当たりはあるけれど、もし本当ならば『ありえない』の一言に尽きる。現段階の博麗の巫女には絶対に手に負えない相手であり――僕や紫苑ですら手を焼きかねない妖怪が黒幕なのだから。

 

人里と外との境界線である入り口は人で溢れかえっていた。こんな緊急事態に野次馬根性を発揮するとは恐れ入った。よほど死にたいらしい。

けーねは人里の人間に瞬時に囲まれ、その間に僕とみょんは人混みの間をすり抜けて外を眺めた。

本来ならば草木が生い茂る田舎の平原が映るのだが、みょんは目を見開いて絶句した。

 

「なん……ですか……あれ」

 

「あー……やっぱりか」

 

みょん程じゃないけど僕も言葉が少なくなった。

無理もないだろう。あんな壮観な光景を見れば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に展開するは人ではない何か(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

神話で堕しめられた神々を示す異形の化け物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが隊列を崩さず接近し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数千の規模で人里へと接近していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七つの頭を持つ大蛇、サソリの尾を持つ竜、下半身がサソリの半人半獣、巨大な獅子……そんな化物集団が、清々しいほどに乱れぬ隊列で接近してくるのだ。

人里に住まう者達は絶望的な声を上げ、それを気に止めず化物集団の足音が重なるくらいに心地良い足踏みが大地にこだます。

唯一その正体を知ってる僕は乾いた笑いしかでなかった。

 

 

 

主を失っても――その誇りは失わないのか。

 

 

 

あれは何なのか。

そのような声が広がる中、僕は思わず声に出た。

 

「あぁ……本当に懐かしい」

 

「未来さん?」

 

僕の言葉に銀髪の剣士が怪訝な表情をするのも無理はない。

「懐かしい」という単語の裏側は『この魑魅魍魎の化け物の正体を知っている』ことに他ならないからだ。大地を揺らす振動が僕の耳には心地よく聞こえ、敵対心をギラギラと撒き散らす数多の瞳に歓喜すら覚えてしまう。

無意識に僕は獰猛な笑みを浮かべているが、当の本人は気づかない。

 

僕は語り聞かせるように昔話を謳う。

そんな場合じゃない? まだ時間はあるさ。

なかったら僕が斬り込んでいる。

 

「――かつて、僕の住んでいた街に〔創造する程度の能力〕を持った奴がいた。『無』から『有』を造り出す……錬金術の法則を完全に無視した、本当にチートみたいな能力だ」

 

「創造する、ですか?」

 

「うん、だから錬金術師には本当に嫌われてたね。アイツは。だって――〔創造する程度の能力〕は命ですら(・・・・)生成してしまうのだから」

 

「!?」

 

ある特定の生物しか造れないとは言っていたが、それでも生命の創造なんて禁術も甚だしい。

それを己の能力を糧にして造り出すことができるのだ。

あまりにも不等価交換過ぎて、能力の持ち主であるアイツでさえも使用を極力控えるくらいだった。

 

絶句する銀髪の剣士にさらに語りかける。

 

「ソイツ自体が万の同胞を束ねる王様だったから、あんまり目にすることはなかったよ。でも、僕や紫苑は何回か目にしたことがある。〔創造する程度の能力〕で何千もの神話生物を生成し、王らしく数の暴力で蹂躙する姿を」

 

「つまり……その人が幻想郷に来ていて、人里を襲おうとしているってことでしょうか?」

 

「うーん、それはどうかな?」

 

みょんの推測に僕は頷くのは難しかった。

短絡的に考えれば〔創造する程度の能力〕を持っている奴が、この異変の主犯だと誰もが思うだろうし、僕だって同じことを考えるだろう。

 

しかし僕は知っている。

ソイツの性格や思考パターンを。

なんの理由もなく無意味に略奪や襲撃を行うような野蛮な発想は論外。寧ろ吐き気すら覚えると言い捨てた生粋の貴族思想の妖怪の性格を。

だからアイツが異変を望んで起こしているとは考えられなかった。

 

というか、それ以前の問題がある。

 

「未来殿、この異変の主犯を知っているのか!? できれば私に教えてくれないだろうか? 早く博麗の巫女に伝えて、この異変を解決してもらわなくては……!」

 

でなければ決して少なくない被害が出る。

半妖の教師は人里から死人が出ることを懸念しているのだろう。僕だって無闇に被害を大きくして楽しむような嗜好は持ち合わせていない。解決できるのであれば口を開いただろうよ。

 

この異変の主犯を知っている。

嫌と言うほど知ってる。

だから――首を横に振った。

 

「……けーね、博麗の巫女は呼ばないでほしいな。この化け物共の相手は僕一人で請け負うよ」

 

「し、しかし――」

 

「でなければ死ぬよ、博麗の巫女が。あの平和ボケした心優しい女の子じゃ、あの軍勢に単騎で突っ込んでも屍が一つ増えるだけさ」

 

命懸けの行動に希望的観測など無意味。

けーねの言葉を僕は無慈悲に切り捨てた。

 

「というか僕が知りたいぐらいだよ。どうやったら蒼い月を消して、目の前にある軍勢を穏便に止めるようなことをできるのかを」

 

「未来さんは知ってるんじゃないんですか?」

 

 

 

 

 

「主犯はね? でも――ソイツは一年前に死んだはずなんだよなぁ」

 

 

 

 

 

大体の予想はついてるし、多分だけど耐えれば(・・・・)時間が解決してくれるはず。

でも数千の神話生物の軍勢を一人で止めるとなると……ちょっと厳しいかもしれない。

 

驚愕の嗚咽を漏らすけーねを横目に、僕は人里から出て化け物の軍勢に向かって走り出す。後ろから制止の声が聞こえるが、振り返ることなく大地を駆けた。

一定の距離まで人里から離れた僕は、虚空に片手を突っ込んで一振りの両手剣を取り出した。西洋のクレイモアと言えば伝わるか。身長と同じくらいの両刃の剣を一振りし、腰を落として構える。

 

この数の相手をするのは久しぶりだ。

現代で神話生物を何千も揃える奴なんて一人しかいなかったからね。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、始めようか――」

 

 

 

 

 

帝王には教えたんだけどなー。

 

――無数の雑魚が、究極の一に勝てる道理など存在しないことを。

 

 

 

 

 




妖夢「かなりヤバイ状況じゃないですか?」
未来「最初は軍勢の数が数万の設定だからね。これでも楽になったほうだよ」
妖夢「と言いますと?」
未来「〔創造する程度の能力〕の元ネタになる神話の神様が出した化物が大型ばかりで修正したとか」
妖夢「あれが数万とか絶望しかありませんからね……」

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