27話 舞い降りる凶刃
side 霊夢
今日の妖怪退治が終わり、紫苑さんの家に行ってみたところ、いつもの魔理沙とアリス、加えて幽香とフランと咲夜が家の前で立ち往生していた。妹紅は珍しくいない。
「珍しい組み合わせね」
「お兄様がプリン食べに来てって誘ってくれたの!」
「私はフラン様の付き添いです」
フランは嬉しそうに羽?をパタパタさせる。
幽香は……なんか紫苑さんの家に無断で入っていても違和感がない。師弟関係だからかしら? というか彼女は紫苑さんと会ってから丸くなった気がする。
時々、彼に関係することで別方向に暴走することはあるけど。
「紫苑は留守なんだぜ」
「いつもなら、この時間には居るはずよね?」
アリスが不安そうにしているが、なぜか私も嫌な予感がした。
まるで……現在進行形で大変なことが起こっているような。胸の辺りがキリキリと痛む感覚。そこまで考えて私は首を横に振った。
あの紫苑さんが危機的な状況に陥ってるなんて、それこそ常識的に考えてあり得ない。幻想郷に常識は通用しないが……そんなことが起こったら、それこそ異変だ。
「ひとまず紫苑さんが帰ってくるまで、私の神社でお茶でも飲む?」
「寒いから有り難いわ」
幽香の言う通り、4月中旬なのに春が来る気配がない。
慧音曰く『こういうことは珍しいが、前例がないわけではない』と言っていたので、そのうち暖かくなるだろう。
私たちは神社までの長い階段を昇る。
雪が階段に積もっており、雪掻きをしないといけないが面倒なので放置している。春には溶けると思っていたので、この寒さは本当に厄介なのだ。
「今日の夕食はなんだろうな……」
「お兄様の料理なら何でも美味しいよ?」
「ですね」
そんな雑談をしながら登ったところで――幽香が眉を潜めた。
「……血の臭い?」
「霊夢は動物でも狩っていたのか?」
「そんな魔理沙みたいな野蛮なことするはずないでしょ」
なら、彼女の言っている臭いは何なのか。
新手の妖怪だろうかと神社の境内を慎重に歩き、いつもの賽銭箱のところまで来て――その血の臭いの正体が分かった。分かってしまった。
そこには2人の人物がいた。
1人はふーど?(紫苑さんの着ていたものに似ていた)を深く被っていて、顔がよく見えない。男性とも女性とも考えられるような体形で、性別がパッと見判断できない。
その男は振り向いて言葉を発する。
「――ありゃ。人が来ちゃったか」
声でも性別が分からないわ。
言葉の内容とは裏腹に、その声色は見つかって困っていると言うよりも、この状況を楽しんでいる節すら見えた。
けれど、今はそんな問題じゃない。
もう1人の方だ。
もう一人は描写の必要はないだろう。
紫苑さんだった。
――腹部に剣で刺され、大量の血を流して横たわっている姿で。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?????」
♦♦♦
side アリス
「あ、ごめんごめん。驚いた?」
霊夢が錯乱しながら泣き叫ぶ様子とは逆に、フードの人物は呑気に訪ねてきた。フードの人物は紫苑さんの腹部に刺さっている鈍く光る鋼の剣を乱暴に引き抜き、大量の血が飛び散る。フードにも血が付着していて、不気味さだけが目立つ。
あまり人体構造に詳しくない私でも、人間には致死量の血が流れていることは分かる。地面の雪に広範囲で紅が染まっていた。
私は――思考が追いついていなかった。
「紫苑様!」
「あれ?」
いつの間にか、紅魔館のメイドが紫苑さんの体をこちら側に移動させていた。あまりにもの早さに、フードの人物も目を見開いていた。
が、それも数秒のことだった。
何かに思い至ったような声色でフードの人物は納得する。
「……なるほどね、時間操作系の能力か。珍しいと言えば珍しいけど、さほど驚異ではないかな」
「――っ!?」
「アリス! ボケッとしてないで手伝え!」
魔理沙の叱咤に意識が戻される。
そして視界には腹部を赤く濡らした死にそうな紫苑さん。
私は彼の腹部に手を当てて、治療系の魔法を限界まで流し込む。魔理沙も苦手ではあるが、できる限りの魔法を注ぐ。
生きていてここまで全力で魔力を使ったことはないだろうと思うくらい、私は一心不乱に治癒魔法を使用した。
死なせたくない。
失いたくない。
なのに。
「……どう……して……! 傷が塞がらない……の……!?」
全くの効力がない。
どれだけ魔力を注ごうとも、まるで傷口が強制的に開いているように元に戻ってしまう。
加えて、紫苑さんの能力〔十の化身を操る程度の能力〕には、肉体を自己再生させる化身があったはずだ。それなのに血が流れるばかりで、紫苑さんの目に光がないのはおかしい。
少しずつ確実に紫苑さんの命の灯火が消えていってることが、どうしようもなく怖かった。
「あ、もしかして紫苑の傷を治そうとしてる? 残念だけど僕の能力上、紫苑の傷は魔法程度じゃ治らないよ」
涙で前が霞んでいるが、私はフードの人物を睨んだ。
フードの人物はケラケラ笑いながら、剣に付着した血を払う。
「魔理沙! 咲夜! 糸で紫苑さんの傷を塞ぐわ!」
「わ、分かったのぜ!」
「私はパチュリー様を連れて参ります!」
咲夜は魔法研究の第一人者である七色の魔女を呼びに行こうとして――博麗神社の範囲を出ようとした辺りで弾かれるように飛ばされた。バチッと雷が流れるような音と共に、飛ばされた昨夜がこちらまで戻ってくる。
「なぜ!?」
「結界……とかいうやつさ。なんか
フードの人物の説明は腹立たしいが、パチュリーに応援が呼べないのなら止血してでも時間を稼ぐしか方法がない。
私は糸で紫苑さんの傷を塞ごうと試みる。
「――ねぇ、紫苑を刺したのは」
「……貴方?」
「見れば分かるでしょ。他に誰がいるのさ」
ゾクッと心臓を捕まれる感覚。
吐き気を覚えるほどの――2つの妖力の塊が渦巻いた。
それは、四季のフラワーマスターと、小さな吸血鬼から溢れだしていた。4つのギラギラと輝く瞳が獲物を捉える。
「……吸血鬼、邪魔しないでね」
「お姉さんこそ」
「あはは、もしかしなくても怒ってる?」
「「殺す」」
幻想郷でも1.2位を争う凶悪な妖怪が、フードの人物の質問を無視して襲いかかった。
♦♦♦
side 幽香
今まで何千の妖怪を殺してきただろうか。
もはや覚えていないぐらいには殺め続けたはずだ。それはただ『強くなる』ための手段であり、今の私にはもう必要のないことだった。
待ち望んだ目的は果たされたのだから。
だから戦う必要もないと思っていた。
彼の側にいられるのならば、それ以上はナニも望まなかった。
しかし――これほど相手を憎いと思ったのは初めてだ。
相手は半妖。けれど妖力が尋常じゃないほと大きい。
少なくとも私と同じかそれ以上に異形の者を殺害してきたのは確か。
恐らく紫以上の妖力を漂わせる相手に、私と隣に居る小さな吸血鬼は身構えた。魔法使い共は紫苑の傷をどうにかして塞ごうとしている。
正直、ありがたい。
よそ見せずに相手をぶっ殺せる。
「僕は君たちと闘う理由はないんだけどなぁ」
「黙れ」
私はフードの人物――たぶん男の首を薙ぐ。
相手をなぶり殺すなんていう気持ちなど一切なく、とにかくこの男をこの世から永久的に消し去るために、傘を真横に振った。男の生命活動を停止させるならば、嗜虐思考など微塵も浮かばなかった。
けれども捉えたと思ったけれど、男が持っていた剣に弾かれる。ありふれた、特別なものなど付与されていない鋼の剣。
渾身の一撃を半妖に受け止められた。
「残念だねー」
「――貴方もネ?」
男の背後にいた小さな吸血鬼が剣を破壊しようと目に似た模様を顕現させた。確か紫から聞いていたが、〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕だったはず。
それならば、この男の剣だって――
「あぁ、そっか。君が例の……」
口元をニヤリと歪めた男は――その目を
顕現された模様を『形あるかのように』真っ二つに切り裂く。
それには能力の所有者である金髪の吸血鬼ですら想定外だったようで、深紅の瞳を丸くした。
「えっ!?」
「僕は僕に斬れないものを許さないからねぇ」
その剣を握っている腕は銀色に光っている。
さっきまでは普通の肌色だったはず。妖怪としての能力か、持ち合わせている能力なのか、どちらにせよ能力で斬ったのだけは理解した。
吸血鬼は破壊できないと悟り、炎の剣を出現させて男に接近戦を挑んだ。
私も傘で男に切りかかる。
私と吸血鬼は初めての連携とは思えないほどの猛攻を男に浴びせる。
なのに、男は全てを避けて受け流して弾く。私達の動きを予測しているかのように、男に掠り傷一つすらつけられない。
「僕から言わせれば、戦闘を仕掛けてくること自体が愚行だと思うけど。……紫苑の弟子と劣化壊神風情程度に負けるほど、僕は弱くないんだけどなー」
「紫苑を侮辱するな……!」
「ふーん。それなら――」
男は剣を構えた。
居合いに近いその構えに、剣が銀色に輝き始めた。螺旋状にまとわりつくその妖力は、紫苑の持っていた妖刀を連想させた。半分は人間のはずなのに、外の世界の大妖怪と同等の妖力を宿す。
男はフードからギラリと飢えた瞳で私と吸血鬼を睨む。
そして鋭い声色で一言。
「――防げるものなら防いでみな」
刹那、私と吸血鬼を襲う斬撃の嵐。
かつて紫苑にも戦闘訓練でされたものに似ているが、男の斬撃はそんな優しいものではなかった。男は指すら動いてないのに四方八方から
予測しようにも斬撃が絶え間なく飛んでくるので、その思考すら浮かばない。
それでも手加減されたのだろう。
私と吸血鬼は皮膚に無数の切り傷を受け、服も無残に切り裂かれている。それでも致命的までとはいかない。
しかし――私は諦めない。
諦められるはずがない。
相手も油断せずに剣を居合い状態にしている。
「これで分かったでしょ?」
「それでも……!」
「お兄様……!」
「霊符『夢想封印』!」
赤い弾幕が男を襲い、男は驚きながらも弾幕を切り裂いた。
後ろを振り向くと博霊の巫女がいた。目元を真っ赤にしながらもスペルカードを男に向けている。両足は少し震えているが、目に宿る意思は強い。
「私は! 紫苑さんを傷つけた貴方を許さない!!」
「霊夢……」
「………………………………あぁ」
男はなにかに気づいたように――構えを解く。居合い状態を解除して、鋼の剣は黒い粒子状となって消えた。
その様子を見て私と吸血鬼、博霊の巫女は怪訝な顔をする。
「そっかそっか。ようやく理解した。君たちは紫苑が刺されたことに怒ってたのか」
「……紫苑さんと何があったのかは知らないけど、彼は幻想郷の住人で、私が守るべき人よ」
「君に守られるほど紫苑は貧弱ではない……って言葉は無粋かもね。まぁ、悪いのはこっちだし謝ろう。ごめん」
「「「え?」」」
いきなり男は謝ったかと思うと、ゆったりとした足取りで私たちの方……正確には紫苑と魔法使い共の方向へ足を運ぶ。私は阻止しようと動こうとするが、先程のダメージが予想以上に大きかったせいで倒れてしまう。
白黒と博霊の巫女が間に立ち塞がるけれど、男は口調を一切変えずに告げる。
「……どいてほしいんだけど?」
「紫苑に何するつもりだぜ!?」
「そのままだと――紫苑は死ぬよ?」
マイペースに残酷な言葉をぶつける男は、呆気にとられた2人を放置し、男は人形遣いに近づく。その人形遣いは紫苑を庇うように覆い被さった。
男は懐から小瓶を取り出して、座って治療している人形遣いに渡す。
「ほら、これ使って」
「……何のつもりかしら?」
「『フェニックスの涙』って奴でね、あらゆる傷を瞬時に治す秘薬さ。これなら僕の能力で治りにくい傷も回復する。傷口にかけてみなよ」
人形遣いは一瞬迷ったが、自分の治療では彼の傷は治らないと悟っていたのか、その男から小瓶を受け取って紫苑にかけた。
淡い空色の液体が傷口に付着した刹那、赤い光が迸って紫苑の傷は遠くから見ても分かるくらいに治っていき、顔色も良くなった。服が破れていなければ腹部を刺されたなど気づかなかっただろう。
そう時間が経たずに、呻き声と共に紫苑は目を覚ます。
「……んぁ……?」
「紫苑さん!?」
「うぉっと……」
人形遣いが起きた紫苑に抱きつく。
ちょっとイラっとした。
「ごめんなさい……!」
「何がどうなって――」
「紫苑さん、この人は誰なの?」
博霊の巫女はフードの男を指差す。
紫苑は困ったような笑みを浮かべる。腹部を刺した男に対する反応ではなく、私は思わず怪訝な顔をした。
「あぁ、コイツは――」
「僕の名前は
「俺のセリフ取るなよ、
紫苑はジト目で男を睨む。
その男――九頭竜は笑って紫苑に答えた。
「久しぶりだね――
紫苑「とうとうアホ共が一人。切裂き魔の登場でーす」
未来「いえーい」
フラン「あいつ嫌い」
未来「(´;ω;`)」
紫苑「ざまぁw」