東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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11話 吸血鬼の言伝

side レミリア

 

私の〔運命を操る程度の能力〕は自他に適用される。

しかし、目の前にいる男――夜刀神紫苑という人間には一切効果がなかった。水面に滴を垂らしたように揺らめいており、朧気ながらに形にすらならない感覚。

 

この男は最初からおかしかったのだ。

霊力すら微塵も感じない人間のはずなのに、フランが暴走した時の豹変ぶり、挙句の果てには欠損している部位の異常なまでの回復。幻想郷の賢者の師という肩書を持ち、私を圧倒した博麗の巫女に『絶対勝てない』と言わしめた外来人。

 

そして私たちに放った言葉――否、宣戦布告。

 

 

 

 

 

『――ただ歳重ねてるだけの蚊蜻蛉(・・・)風情が。周りの状況すら把握できない愚か共の集まりが。せいぜい無知のまま、孤高気取って悔いを残して死んで逝け』

 

 

 

 

 

私はギリッっと柄にもなく歯ぎしりを立てた。

 

「――言語を介する猿が、よほど死にたいらしいな?」

 

「えー、その言葉も同じかよ」

 

目の前の男は殺気をぶつけても動じることはなく、ただただつまらなさそうに欠伸をする。右腕を失っている万全の状態ではないのにも関わらず、私の威嚇を意にも介さない、

紅魔館を敵に回すことを『だから何?』と言っているかのように。

 

一陣の風が舞う。私が吸血鬼の反射速度に相応しい速さで黒髪の男まで移動したのだ。普通の人間ならば目で捉えることすらできないであろうが、その行動にすら表情を崩さない人間に腹が立つ。

私は紅い槍を召喚し、目の前にいる男の首元に突き付けた。

 

「お、実力行使か? ヴラドのじーさんの時もガチな殺し合いに勃発したし……別に構いいぜ」

 

「片腕がないのに随分と余裕だな。我ら紅魔館を敵に回して――生きて帰れるなと思うなよ?」

 

美鈴が後ろで拳を構え、パチェが魔法陣を展開し、咲夜は悲しみの表情でナイフを浮かせ、フランは戸惑ったように私と男を交互に見る。

二人は乗り気ではないのだろうが、それを差し引いても私達三人に外来人如きが一矢報いることすらできないと思った。

夜刀神紫苑は瞳だけ動かして周囲を確認し、肩をすくめた。

 

「ふむ。確かにこれほどの実力者相手に無傷で帰れるとは思えないな。平和ボケした外来人程度じゃ、最高でも最悪でも死ぬかもしれない」

 

その言葉に私は不敵な笑みを浮かべ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――けどな、俺はタダでは死なんぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬きした次の瞬間には――私の首元に輝く金色の剣が皮一枚で置かれていた。

研ぎ澄ました鋼の剣……ではなく、パチェの魔術に近い呪詛で編まれた黄金の剣に、私の頭が熱くなるくらいの警報を告げていた。全細胞が悲鳴を上げ、恐怖で体が硬直する。

この剣はヤバい、と。

 

「ヴラドのじーさんにも言ったけどさ、能力の関係上俺にとって吸血鬼って敵じゃないんだわ。一時期ヴァンパイアハンターとか呼ばれてたし、究極の一だろうが無限の多だろうが、対吸血鬼戦において俺は負けたことがないんだよ」

 

「な……!?」

 

「ここは幻想郷だしスペルカードで決着つけるのが礼儀なんだろうけど……手だしてきたのはそっちが先だしな。俺()を敵に回す奴等は一族郎党動植物に至るまで全て皆殺しだぜ?」

 

夜刀神は心底楽しそうに嗤った。

その言葉からは――外の世界で男は何人もの()を殺してきたことが伺える。

ここで――私は自分の過ちに気づく。

 

何が普通の人間だ!?

前提条件から間違っていた。ヴラド・ツェペシュ――吸血鬼の王たる至高の大妖怪が、種族至高主義のおじいさまが、私達でどうにかなるような他種族の猿を寄越すはずがない。

加えて彼は『帝王の友』なのだ。

 

私が自分の判断ミスに絶望していると、

 

 

 

「――もうやめてっ、お兄様!」

 

 

 

横から炎の斬撃が飛んできて、夜刀神紫苑は後方にステップをして回避する。黄金の剣が首元から離れ、ふらつきそうな体を何とか威厳を以て保つ。

放ってきたのは炎の剣を構えたフランだった。

足を震わせながらも、フランは黄金の剣を持つ男に剣を向ける。

 

「お姉さまは……私が守るわっ!」

 

「……フラン」

 

力強い言葉が私の心に刺さった。

小さな体は確かに地面を踏み締め、私が守らないといけないと思っていた妹は強大な敵と対峙している。衝撃を受けていると、さらに後ろに控えていた美鈴・パチェ・咲夜も私を守るように前に出る。

 

「紫苑さん、お嬢様には指一本ふれさせませんよ?」

 

「私の知人を傷つけようなら」

 

「例え紫苑様相手でも容赦しません」

 

「――ははっ、それが答えかな?」

 

おじいさまの友人は余裕を崩さずに嗤う。

この人間は強い。ヴァンパイアハンターと称する愚かな人間たちを幾度も八つ裂きにしてきた私だが、それらの人間の力を合わせてもこの男の足元にも及ばないだろう。

夜刀神は黄金の剣を高々と掲げた。

その神秘的かつ神々しき姿に全員が冷や汗をかき――

 

 

 

 

 

そして――夜刀神は黄金の剣を地面に放り投げた。

 

 

 

 

 

 

淡い光となって剣は跡形もなく消え、男は大きな欠伸をする。

 

「「「「「……え?」」」」」

 

「飽きた。めんどい」

 

夜刀神紫苑は面倒くさそうに頭を掻き、私とフランを交互に見る。

フランには『よくやった』と苦笑に近い微笑みを浮かべて。

 

「同じことばっかで飽きるんだよ、毎度毎度」

 

「……何のつもり?」

 

「お前はさっき『余計なお世話だった』と言ったよな? ならさ――どうしてフランのことを認めようとしない? どうして『あなたが大切だから』という言葉をフランにかけてやらない? どうして周りに助けを求めようとしない?」

 

「………」

 

「吸血鬼関連の問題って、いつもいつも『誇り』だの『プライド』だのが原因なんだよな。一瞬でもいいから自分に素直になればいいのにさ、周り巻き込んで結局はしょーもないことで終わる。人間よりも多く歳を重ね、多くの知識を持っているだろう吸血鬼が、どうして簡単なことに気付かないのか今でもわからんわ」

 

「………」

 

「確かじーさんは『フランが自分の能力を制御して、いつか外に自ら出てもらいたい』って理由で地下室に隠してたって話だったはずだが……違うか?」

 

「……そうよ」

 

正確にはフランが自分で引きこもったのだが、それを止めなかったのだから地下室に追いやったのも同義だ。

私の肯定に夜刀神は呆れ首を横に振る

 

「俺から言わせてもらえば時間かければいいってもんじゃねーぞ? ご丁寧にじーさんの救いの手も拒んで喧嘩別れしやがって。〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕って危ないけどさ、人と接しなければ制御のしようのない能力だろ」

 

それぞれ武器を構えているはずの私たちを気にすることもなく近づき、炎の剣を構えていたフランの頭を優しくなでた。フランは驚きながらも、夜刀神にされるがままになっている。

むしろ嬉しそう。

 

「こんな俺ですらフランの狂気を完全じゃないけど取り除けたんだぞ。姉であるお前ならもっと簡単にやれたはずなのにな」

 

「………」

 

私は人間の言葉に反論することが出来なかった。

結局はこの男の言うように……簡単なことだったのだ。数百年前におじいさまの手助けを得られれば、もっと早くフランは狂気から解放されたはずなのに。スカーレット一族としてのプライドが、それを邪魔した。

今のフランの姿を見て思う。

――私はなんて愚かだったのだろうか。

 

男はフランに笑いかけると、私たちに背を向けた。

もう用はなくなった、とでも言いたげに。

 

「俺はそろそろ家に帰りますか。で? そちらの方々は俺と殺りあうか? それなら吝かじゃないけど相手になる」

 

「……いえ、紫苑様がお嬢様を傷つけようとしないならば」

 

「ふーん。それじゃあ、もう紅魔館に来ることは二度とないけど、達者で暮らせよー」

 

「え!? どうして!?」

 

突如の『永遠の別れ』宣言。

フランは目頭に涙を浮かべる。

 

「どうしてって……そこの紅魔館の主に喧嘩売ったからね。――あ、伝言言い忘れてた」

 

私の部屋の扉に手をかけたところで、一番大切なことじゃねーかよ、と夜刀神は振り向いた。

そして、彼はこめかみを右手の人差し指でコツコツ叩きながら、思い出そうと呻く。

 

「一字一句口頭で伝えるから、よーく聞いとけよスカーレット姉」

 

「え? ちょ、いきな――」

 

私の静止もむなしく、おじいさまの知人は語り始めた。

 

 

 

『久しぶりだな、レミリアよ。この伝言が伝わっているということは、神殺がおぬしらに会えたことなのだろうよ。そして――儂はもうこの世には居らぬのだろうな』

 

 

「……え?」

 

 

 

『驚くのも無理はなかろうが、ちぃとばかし伝言を頼んでいるこの人間と無謀なことをしての、寿命の大半を持っていかれたのだ。かかかっ、やはり冥府神を相手には儂ほどの吸血鬼でも荷が重すぎたわい。まぁ、楽しかったがの』

 

 

 

『本来ならば直接言うのが正しいのだろうが、もはや叶わぬことだろうて。だから、儂の生涯の宿敵であり――人生最高の友に言伝を頼んだ』

 

 

 

『レミリア――すまなかった』

 

 

 

『後悔先に立たず、とは正にこのことかと身を以て痛感したわ。儂は自身のプライドゆえ、お主に謝ることすらできんかった。フランドールのことも救うことが出来んかった』

 

 

 

『今なら嫌と言うほど理解できるのだが、儂は〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕がどのような能力など知らんかった。すべては無知ゆえ、儂はフランドールや主の苦しみを理解してやれんかった。主にだけ、苦しみを背負わせてしまった』

 

 

 

『今さら許してくれとは言わぬ。ただ――謝罪の言葉を伝えたかったのだ。例え言伝だったとしても』

 

 

 

『こやつは他者から侮られやすいような言動をするゆえ、恐らく主も奴を邪険に扱うだろうよ。かつての儂と同じようにな。これは想像だが……もう神殺と衝突した後かもしれぬな。どうだ? 儂の宿敵は強かろう?』

 

 

 

『敵に回すとどうしようもなく厄介な人間じゃが――味方であれば頼もしい男だ。他種族ではあるが、儂は奴を認めておる。だから神殺にお主のことを任せようと思った。いらぬ気づかいかもしれんが、主の大きな器で死にゆく儂の最後のお節介を受け入れてはくれぬだろうか?』

 

 

 

『最後の儂の言葉じゃ』

 

 

 

『レミリア・スカーレット。フランドール・スカーレット』

 

 

 

『お主らは――血がつながらなくとも儂の愛しき孫じゃ』

 

 

 

『ありがとう――そして――さらばじゃ』

 

 

頬に熱いものが流れた。

それは止めどなく流れ、私の視界を大きく歪ませていく。

他の皆は声をかけてこない。

 

「……昔からヴラドを知ってるお前には信じられんかも知れねぇが、アイツはお前とフランを任せたと頭を下げたんだぞ? 自分の否を認める奴だったが、少なくとも俺はあの吸血鬼が頭を下げたとこなんて今まで見たことなかったわ」

 

「おじいさまが……?」

 

おじいさまが頭を下げた――

私は夜刀神の発言は想像を絶する妄言の類いかと一瞬思ったが、声色から冗談を言っているようには思えなかった。

 

「全く……最後の最後まで迷惑かけるじーさんだったよ。悪い気はしなかったけどな。不思議と」

 

夜刀神の顔は見えないが、生意気に、楽しそうに語る印象を持っていた私にとっては、ひどく優しげで悲しい声だった。

気のせいかもしれないが、私にはそう聞こえる。

 

「……夜刀神紫苑」

 

「フルネームで呼ぶの面倒じゃない?」

 

「……貴方にとって、ヴラド公はどんな存在だった?」

 

私は知りたかった。

帝王が他種族である人間にとってどのような吸血鬼であったのか。至高の王はどのように映ったのか。

涙声で問う私に少しの沈黙の後、目の前の男は語った。

 

「さっき俺が言ったことを憶えてるか? 俺は対吸血鬼戦で負けたことがないって。あれ嘘。大嘘」

 

「………」

 

「ヴラドのじーさんと何度も遊んだ(ころしあった)けど、良くて辛勝、悪くて敗北の繰り返しだったな。さすが最高の吸血鬼だって身を持って教えられたよ」

 

「……さすが、おじいさまね」

 

「だろ? ……いや、んなの当然か。なんたって――」

 

次に紡いだ、消え入りそうな言葉。

小さくとも聞こえた言葉。

 

その言葉を残して――夜刀神は紅魔館を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アイツはヴラド・ツェペシュ。嫉妬したくなるほど格好良い至高の吸血鬼だぜ?

 

 

 

 




紫苑「次で紅魔編終了。皆さんお疲れっしたー」
全員「「「「「お疲れっしたー」」」」」
紫苑「紅魔の皆さんも出番これで終わりだねっ」
レミィ「はぁ!?」
美鈴「マジですか!?」
紫苑「冗談だって……だから泣くなよ……」

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