アイちゃんリアルへ行く   作:シュペルロ・ギアルキ

9 / 15
第7話 アイちゃん買い物に行く・後編

 衣類を購入したあと、さらに店をめぐり必要な家具、寝具、家電などの大物を購入した二人は再びアーマード・バスに乗ってショッピングモールへと向かった。

 

「…そういえばアイの居た世界にもバスってあったの?」

 

 異世界の人間が現代に転移!? なんていうお話では定番である「馬車が馬無しで走っている!?」というようなリアクションがそういえばなかったなとふと思い出した悟がなんとなくイビルアイに問いかけてみる。

 

「んっ? ああ、あったぞ。と言っても魔導王が作るまではなかったがな」

 

「また魔導王か…」

 

 ちなみに動力がアンデッドなのは公然の秘密であり言わぬがフラワーというやつである。

 

「見た目はここまで物々しくなかったがな」

 

「まあ、この辺も一部の地区は物騒だからな…」

 

 線路のように完全に決まったルートを走れる鉄道と比べ、路上を走るバスは地雷や有刺鉄線、電流柵などの固定式の防衛装置で守るにも限界があるため治安の悪い地域を通る路線のバスは武装が施されているのが普通である。

 もっとも今二人が乗っている路線のバスは装甲に電流が流れる仕掛けがある程度の軽装備なバスだが。

 

 そんな話をしている間にショッピングモールへの到着を告げるアナウンスが車内を流れる。

 二人がショッピングモールに到着した時刻は13時を過ぎており、悟は少々空腹を覚えていたためまずはフードコートで食事を摂ることとなった。

 

「思ったより時間がかかったからさっさと済ませようか」

 

 そんな感じで二人はあまり混雑していない店舗を選び注文をする。悟は合成玉子丼を頼み、リアルの食文化がよくわからなかったイビルアイもじゃあ同じものをと注文する。

 テンションの低そうな店員が丼を取り出し、保温器から規定量の合成粉末成形米を盛り付け、その上に卵と醤油風味の味付けと卵色の着色を施した合成蛋白ゼリーをベチャッとよそえば完成なのですぐに提供される。

 

「ありがとございあしたー」

 

 店員のやる気のない挨拶に送られ2つの丼を持って席につく悟と向かい合うように座るイビルアイ。

 

「ずいぶん早く出来るんだな…」

 

「ファストフードだからね」

 

「ふうん、早飯(ファストフード)か…」

 

 気のない感じでひとさじすくい取り口に運ぶイビルアイだったが…。

 

「う、うぷっ…。な、なんだこれ…」

 

 ズルズルとした不快な舌触りに混じるボソボソとした粒、口に含んだ瞬間鼻に抜ける薬品臭、舌にズシンとくる合成化学調味料の味、喉を焼いていくガラガラとした塩味。

 長いこと生きてきたイビルアイとしても初体験の味である。

 

「う…うぇ…」

 

 流石に吐き出しはしなかったが一口だけで気が滅入ってしまった。

 

「アーコロジー外の食事なんてみんなこんなもんだよ。…まあ、これは普通に外れな味だけど」

 

 気にした風もなく丼をかき込む悟だが、若干眉間に皺が寄っている。ピークはやや過ぎたとは言え昼時に人が並んでいなかったことに理由はあったようである。

 

「まあ諦めて食べような」

 

 そう言って無表情に食事を続ける悟。諦めきっているのだ。

 イビルアイもうぐうぐと言いながらもなんとか完食し立ち上がる。

 

「もうなんだか、しばらく食事は取らなくて良い気がする…」

 

「あー…、なんかごめん」

 

 保護者が子供に食べさせず1人で食べているのはおかしいと思ってイビルアイにも食べさせたのだが…。

 

「もういい。気を取り直して買い物をしよう」

 

「ああ。とりあえず一周してどんな店があるか見て回ろうか。それでほしいものを吟味して二周目で買う感じで」

 

「わかった。任せるよ」

 

 イビルアイに手を差し出す悟。その手をおずおずと掴みながらイビルアイがぼやく。

 

「なんだか少し気恥ずかしいな…」

 

「あ~…。でもはぐれたら厄介だし…。アイは携帯端末…、いや、連絡取るための手段持ってないしさ」

 

「いや、《メッセージ/伝言》を使えばはぐれたときの連絡くらい出来るが…」

 

「そんな魔法みたいに都合のいいものが…」

 

『あるぞ』

 

 突如頭のなかに響くイビルアイの声。

 

『あるのか…』

 

 そして、なぜか魔法を受けた瞬間に理解出来るメッセージの使い方。

 また検証するべきことが増えてしまった気がする。

 

『たしかにこれならはぐれても大丈夫だな…』

 

 そういってイビルアイの手を握る手から力を抜くがイビルアイの手は離れない。

 

「?」

 

「…まあ、はぐれないに越したことはないだろう?」

 

「…それもそうだ」

 

 悟はイビルアイの手を再び握り、二人はショッピングモールの中を歩き始めた。

 

「しかし、広い店だな…。これは幾つもの店が合同で出資してこの建物を建てたのか?」

 

 幾つものテナントが立ち並ぶ通路を物珍しげに見渡しながらイビルアイが尋ねる。

 

「えっ? どうだっけ…? ショッピングモールを建てた企業があってそれにいろんな店が出店しているような形だったっけ…?」

 

 悟もそれほど詳しくないので上手く答えられない。

 とは言え別にイビルアイも本当に答えを知りたくて聞いたわけでもないのでかまわないのだが。

 ほかにも興味深いものを見つけると悟へと質問が飛ぶ。

 

「アレは何だ?」

 

「ゲームコーナーだよ。えっとゲームって…どう説明したら良いのか」

 

「いや、なんとなく知っているから良い。ふーん、あれがげぇむか…」

 

「やっていく?」

 

「いや、いい。それより買い物をしよう」

 

 そんな感じにあっちにフラフラこっちにフラフラと一周し、そろそろ本格的に買い物をしようか、という時に…。

 

 ――――ズドンッ!!

 

「キャー!」「うわっ!?」「えっ、なに!?」

 

『ジリリリリリリリリ……』

 

 突如響き渡る爆発音。照明が落ち、非常灯に照らされる中人々が上げる困惑の悲鳴と、それを切り裂くように鳴り響く非常ベルの音。

 

 イビルアイは突然の事態に身構え、警戒態勢を取るがその時うっかり悟の手に力を込めてしまい悟が少々うめき声を上げたが気付かない。

 

「何が起こったんだ? 何者かの攻撃か?」

 

「ちょっと、イビルアイ…痛い…」

 

「あっ! すまない」

 

 ようやく悟の手を握りしめていたことに気づいて慌てて手を離す。

 握られていた手の痛みを逃がすようにひらひらと振りながら。

 

「ガス漏れ事故でもあったのか…。あぁ、テロかもしれない」

 

「テロ?」

 

「こないだもそんなニュースあったからな」

 

 たしか、ユグドラシルが終了しイビルアイが来た日の翌日、そんなニュースを見た記憶がある。

 

「ええと、実行犯と警察官一名が殉職、だったっけ…?」

 

 まあいいや、自分とは関係のない世界の出来事だ、などと思っていたが…。

 

「…とにかくさっさと帰ろうか」

 

「えっ?」

 

「これがテロだったら爆弾が一発とは限らない。人が集まったところで二発目、三発目が爆発する可能性がある」

 

 悟はぷにっと萌え考案の『誰でも楽々PK術』の内容を思い出しながら話す。

 

「詳しいな…?」

 

「まあちょっとね」

 

 ゲームの中では極悪集団を率いて大暴れしていたのだ。テロ行為もお手の物である。

 あたりを見渡し、柱に掲げられていた館内案内図へと近づく。

 

「…うーん。テロリストがなるべく多く人を殺したいならこことここが危ないかな…?」

 

 追加で爆弾が仕掛けられていそうな場所をリストアップしていく。

 

「こうしてみるとなんだかこのショッピングモールは狩場みたいだな…」

 

 爆弾を仕掛けやすそうな場所が多すぎる。今二人がいる通路は広い場所なので大丈夫だとは思うが。

 

「これはむしろ下手に動かないほうが良いかもしれないな…。あぁ、でも延焼したら…。ガスマスクはしておいたほうが良いかな?」

 

 そんなことをブツブツと真剣に考える悟。

 そこにおずおずとイビルアイが尋ねる。

 

「なあ、怪我人が出ているかもしれないなら救助には行かなくて良いのか?」

 

 冒険者は助け合いが基本だし、外で困っている者を見かけたら声をかけたりもする。

 もちろんそれは無償の奉仕などではない。報酬は要求するし、そのような救助行為が自分たちの名声を高めより高位の冒険者へと登るための礎となるからだ。

 得にならないと判断したときの冒険者は極めて冷たい。

 だが、『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』と言った悟はどうなのだろうか?

 

「無理だよ。テロなら多分、そろそろ二発目が救助に集まった人間を狙って爆発する」

 

「え?」

 

 その直後――。

 

 ――――ズズンッ!!

 

「うわぁぁっ!」「きゃー!!」「また爆発したぞー!!」

 

 二度目の爆発音。更に上る悲鳴。周囲の混乱もますます大きくなり、走り出す者も出てくる。

 

「こうなると不味いな…。出口が一部封鎖されていて逃げる人を集めるとかもあるかも…。どう脱出するのが安全だ…?」

 

 イビルアイが爆発を見抜いた悟に驚いたような目を向けるが、悟は気にした風もなく考え込む。

 とりあえず今の悟には誰かを助けるために動こうという意思はないようだ。

 そしてイビルアイにも、自分の正体が露見するリスクを冒してそこまでする理由はない。

 

「なあ、サトル。私は《テレポート/転移》を使えるぞ。サトルの部屋も転移先に登録してある」

 

「マジか」

 

 何でもありだな…。と小さく呟く悟。

 

「それで帰れるならそれで帰ろう。向こうに人の死角になりそうな場所があるから魔法を使うならそこで」

 

 コソコソと移動する二人。停電で監視カメラは停止しているのでそれに映る心配もない。

 

「さて、では行くぞ…。《テレポート》」

 

「おぉっ?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 そして次の瞬間、一瞬にして悟の身体は自宅へと戻っていた。

 

「なにこれすごい…」

 

 土足のまま転移したので靴を脱ぎながらイビルアイが自慢げに答える。

 

「そうだろう。テレポートが使えるような魔法詠唱者(マジックキャスター)は魔導国では私と魔導王くらいのものだからな」

 

「うん、すごいな…」

 

 呆然と呟きながら悟もまた靴を脱ぐ。

 ゲームの中では当たり前のように使っていた転移魔法だが、リアルになると本当に便利だ。

 

「でもショッピングモールで買い物はできなかったな」

 

「あぁ、そうだな…。今からもう一度、別のショッピングモールに行く?」

 

 帰宅時間が大幅に短縮されたためもう一度出かける時間くらいはあった。

 

「んー、そうだな…」

 

 イビルアイは悩む。正直なところショッピングモールを見て回って買いたいと思ったものは結構あった。

 

「次に休みがあるのはまた7日後だからそれまでは買い物に行けないし」

 

「む…そうか…。そうだな。まだ時間があるなら…」

 

 結局そう結論付け、二人は再び、今度は近所にある先程行ったものより若干小規模なショッピングモールへと出かけることにした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ただいま…っと」

 

 日も落ちたころ二人は今度は玄関から、軋むドアを開けて帰宅した。

 

「ちょっと疲れたな…」

 

 営業で外を歩き回る仕事の悟だが、女の子お二人で買い物という事態には慣れておらず少々疲れ気味だった。

 ガスマスクを外しながら首を回しコキコキと音を立てる。

 

「そうか。じゃあ風呂は先に入るといい。私は後で入るから」

 

 気を使ったのか、疲労無効のイビルアイがガスマスクを外しながら風呂を勧める。

 早く身体を洗ってさっぱりしたほうが気分もいいだろうと。

 

「じゃあそうさせてもらうかな」

 

 その厚意にそう答え、悟は風呂場へ向かおうとするが、そのまえに携帯端末が着信を告げる。

 

「あー、電話だ。アイ、先に入っていいよ」

 

「…わかった」

 

 イビルアイが風呂場に向かうのを見届けながら電話を繋げる。

 

「はい、もしもし」

 

『お世話になっております。私クレジットカード会社のサービス担当のものですが。こちらはスズキサトル様のお電話でよろしかったでしょうか?』

 

「はい、鈴木は私です。なにか?」

 

『はい、実はスズキ様のクレジットカードにデータ盗難の可能性がありまして確認のお電話をさせていただきました。現在クレジットカードはお手元にございますでしょうか?』

 

「ええ!? なんで!?」

 

『はい、実は昨日から今日にかけましてお客様が普段ご利用しないような店での多額の使用が確認されました。それで念のために購入内容についてお電話をさせていただきました』

 

 心当たりはありすぎる。

 

「あー、大丈夫です。全部俺が買ったものだと思います。ちょっと人と付き合い始めまして…」

 

『左様でございましたか…。ですが…その…プライベートに踏み込むようですが大丈夫ですか…? その…こんな金額を…?』

 

 貢がされているんじゃないかと心配しているのだろう。

 

「…大丈夫です。ちゃんと分かってますから」

 

『それでしたらよろしいのですが…。では、お騒がせしました。この後のご愛顧をよろしくお願いします』

 

「はい、ご苦労様です」

 

『では失礼します』

 

 通信が切れ、やれやれとため息を吐きリビングの椅子に座り込む悟。

 風呂を終え湯気を上げるイビルアイが呼びに来るまで悟はそのままの姿勢でぼんやりとしていた。

 

「どうしたサトル?」

 

「ん、ああいや、大したことじゃないよ」

 

 声をかけられ悟も気を取り直しイビルアイを振り返る。

 イビルアイは可愛らしくデフォルメしたコウモリがプリントされたゆったりとしたパジャマに身を包み、ほんのり頬を上気させ悟を見下ろしていた。

 フンスと鼻から息を吐き、口角を僅かに釣り上げクイッと顎を上げるイビルアイ。なかなかのドヤ顔である。

 

「そのパジャマ可愛いね、似合ってるよ」

 

「あまり心がこもっていないがありがとうと言っておこう」

 

 そんな雑なやり取りをしつつ悟は椅子から立ち上がる。

 

「それじゃ俺も風呂入ってくるから」

 

「ああ、いってらっしゃい。そうだ、先に荷物を開けていていいか?」

 

「どうぞー」

 

 悟がスチームシャワーを浴び身体を手早く清め部屋に戻ると…。

 

「随分…散らかしたな…」

 

 無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)にしまわれていた荷物は全て取り出されており、そのいくつかは梱包も解かれている。というか、まあ…。

 

「服はせめて収納を出してから開けたほうがいいんじゃないか?」

 

 楽しそうに服を並べていたイビルアイが眉をしかめる。

 

「いいじゃないか別に…。順番なんて…」

 

 そういいつつイビルアイも内心では悟の言葉のほうが一理あると思っている感じの顔なので悟もそれ以上は突っついてやらないことにした。

 悟は溜息をつくとイビルアイの隣に座り込み収納具が入ったダンボールの開梱を始める。

 

「俺が先にこっち開けるから、アイはしまえるものはこっちに貸してくれ。片付けるから」

 

「わかった。あ、下着はいいぞ自分でやる」

 

「わかってるよそれくらい!」

 

 そんな感じで二人の初デートは成功裏に終了した。




今後作中で明かされるわけじゃない割とどうでも良い捏造設定的な。

魔導国国営バス「DKB1型バス」
開発コード「デスナイト・バス」
魔導国の主要な道を繋ぐ大型バス。中型の2型と小型の3型も開発(難航)中。
アンデッドの見た目が受けないんなら見えないところで使えば良いんじゃね!?というアインズの思いつきで考案されたアンデッド有効活用法の一つ。
エンジンルームにはデスナイトが入っていて運転席に座る人物がアクセルを踏むと内部でデスナイトに伝わり車輪と繋がるペダルを漕ぎ始めるというアンデッド駆動システムで動く超エコロジーバス。
エンジンルーム前方には視認スリットが空いており、デスナイトが目の前に衝突しそうなものを見つけると自動でブレーキをする衝突回避システムも装備している。
なお低速のときは静かに走るがフルスロットルだとデスナイトが雄叫びを上げ始めるのでうるさい。
国営の自動車教習所で免許を取得可能。
ちなみに人間の運転手を使うことを話した際守護者たちから「至高のお方が直々に創造したものに人間ごときが指図するなど不敬の極み!」と大反対が起こったため、結局量産型にはパンドラズアクターが創造したデスナイトが使われている。
そのためプロトタイプのほうが量産型より若干性能が高い。


少々忙しいので次の更新はクリスマスになるかもしれません。
その場合クリスマス番外編の予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。