アイちゃんリアルへ行く   作:シュペルロ・ギアルキ

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第6話 アイちゃん買い物に行く・前編

『PiPiPiPiPiPiPiPi――』

 

「うーん…。朝…」

 

 いつものように鳴り響くアラームを止めると悟は重い頭を支えながら身を起こした。

 身体のあちこちがギシギシと音を立てているような気がするのはここ数日ベッドではなく木の床の上に毛布を敷いただけの寝床で寝ているせいかもしれない。

 布団の偉大さを首周りや腰回りで感じ、今日のお出かけで絶対に布団だけは買うと心に誓いながら悟はダン・ボル・バコの中から外に出る。

 ダン・ボル・バコを設置した寝室を通る時ちらりとベッドの上を見ると既にイビルアイは起き出したあとのようで空っぽになっていた。

 

「おはよーう…」

 

 あくび混じりに挨拶をする悟。

 

「おはようサトル…。だらしないな」

 

「んー、うん…。顔を洗ってくるよ」

 

 半分目を閉じたまま洗面所に向かい顔を洗い、ついでに寝癖を直し歯も磨く。

 身だしなみを整え終えた頃にはいくらか目も覚め、とりあえず今日の予定についてイビルアイと確認をしようと考えながらキッチンへと向かった。

 

「おはようアイ」

 

「うっ、うむ。おはよう…」

 

 挨拶されて一瞬イビルアイがビクッとしたが悟は特に気付かず悟は話を切り出そうとする。

 

「ところで今日の予定なんだけど」

 

「うん? ああ、それなら座って話さないか? 朝食を用意しているし」

 

「わかった、そうしよう」

 

 食事にあっさり釣られた悟は並べておいて、と言われて渡された皿を手にリビングへ向かう。

 ちゃぶ台の上に二人で料理を並べ差し向かいで座る。

 

「じゃあいただきます」

 

「ああ、どうぞ」

 

 パンに果物、昨晩の残りのスープにお茶という朝食を平らげながらちらりとイビルアイを窺う。

 彼女は悟が食べる様子を満足そうに見るだけで食事を取っていない。

 なんというか、小さい子供が食べてないのに自分だけ食べているというのは妙に罪悪感を覚えて居心地が悪い。

 

「なあ、アイも食べないか?」

 

「ん? 私は別に食べなくてもいいって言っただろう。アンデッドだし」

 

「でも食べられなくはないんだろ? 一緒に食卓を囲んでいるのに一人だけで食べるのもなんか…。食べているのを見られていると気になるし…」

 

「そういうものか…。食事は皆でとったほうが美味しいとかそういうやつか?」

 

 正直なところ悟は『食事は皆で食べたほうが美味しい』などと言う性格ではないが、それでも目の前でじっと見つめられながら食べるくらいなら一緒に食べるほうがマシと思う程度にはストレスである。

 

「…うん。多分そんな感じ」

 

「うーん、でも食材がな…。理由は分からないが食べ物を生み出すマジックアイテムの使用可能回数が減っていてな…」

 

「減ってる? 使用可能回数が?」

 

 ユグドラシルではそんなことが起こったりはしなかったが、などと考えかけて悟は思わず自分に失笑する。

 ゲームのようなアイテムではあるが、ゲームの話ではないということをいつになれば自分は了解できるんだろうか。

 

「それはアイの世界では普通に起こることなの?」

 

「いや、私も聞いたことが無い。世界から飛ばされたときに何かあったのかもしれないが…」

 

 うーん、と考え込むが答えは出ない。

 

「とりあえず、どれくらい使用回数が減ったの? 半分くらい?」

 

「1日に3回使えるはずが2回しか使えない。他のものもいくつか試したがどれも使用回数や作れるものの量が2/3ほどになっていた」

 

「ふむ…」

 

「ああ、それに魔法を使うときの魔力の消費も増えているようなんだ。もしかしたらこの世界では魔法を使うためのコストが多くなってしまうのかもしれない」

 

「世界の違いか…。それじゃ検証とかも出来ないなぁ…」

 

「ああ。だが、多少解決する方法もある。取扱説明書によると非常用弁当箱(エマージェンシー・ランチボックス)は加工してあるものほど量が少なくなってしまうという特性があるらしいから、パンを直接取り出したりするのではなく小麦粉の状態で取り出せばもっと多く出せる。まあ、そうするならもっと調理器具が欲しいところだが…。それでも二人分に足りるかは難しいから、あとはりあるで食材を入手すれば…」

 

 冒険者非常キット付属の説明書を取り出してイビルアイは仕様について読み上げる。

 

「む…、食材か…。この辺りではあまり良いものは買えないけど…」

 

 この近所のスーパーマーケットで売っているのは悟がいつも買っていた有機物循環システムから作られた液状食料や固形食料、有機物合成システムで作られた合成フードパウダーを押し固めて成型する合成食材が主で、良いものでも精々クローン培養で作られたバイオ食材の2級品といったところだ。

 

「そうなのか…。確かにこの辺りは食料の生産ができそうな土地じゃないしな…」

 

 このあたりだけでなく地球全土がそうなのだがこの世界の全容を未だ理解できていないイビルアイに知る由もない。

 

「まあそんな感じだし、とりあえず今日は1人で食べてくれ」

 

「ああ、わかった。でも明日帰りにでも食料品店に寄っていこうか」

 

「……そうしたいならそれで良いが…」

 

 イビルアイがやや呆れるように呟く。

 そんなに1人で食べるのが嫌なのかと。

 

「とりあえず今日の予定なんだけどまずは一番にアイの服を買いに行こうと思うんだ。コート以外にも必要だからな」

 

「ああ、そうだな」

 

 イビルアイの今の服装は元の世界ではマントの下に着ていたあちこちにスリットの開いたワンピースである。

 冒険者として活動していた頃はハッタリもあったが日常を過ごすには少々外観年齢にそぐわないセクシーさである。

 

「それと、ちょっとした確認だけど無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)を持っていくことに問題はないよね?」

 

「ん? それは問題ないが、どうしたんだ?」

 

「よし、じゃあ荷物を気にせずに買い物できるな。 配送頼むと高いんだ…」

 

 苦い顔をする悟。自家用車を持てないような層には大きな買い物をする際、結構な悩みの種である。

 

「ああ、なるほど」

 

「ちょっと歩き回ることになるけどショッピングモールじゃなくアウトレット商品のお店に行こう。配送料を考えなくていいならそっちのほうが安くなるし」

 

「そこは任せる。私はこの周辺の店のことなんて知らないしな」

 

「うん、任せておいて」

 

 悟も実際大して詳しくないのだが、昨日のうちにインターネットで検索しマップを数パターン脳内にダウンロードして備えているので抜かりはない。

 

「午前中は服を買ったあとは家具とか家電なんかの大物を買って、午後からはいろんな店が集まっているショッピングモールを見に行って小物なんかを揃えようか。食器とかは安くて良い物とかはともかくただの安物ならショッピングモールで買えるし…」

 

「わかった」

 

 必要そうなものを指折り考えながら悟がプランを出すが、まだこの世界のことを把握できていないイビルアイにはそれが正しいと信じるしか出来ない。

 

「さて、朝食も済んだし。それじゃあ、食器を片付けて準備ができたら行こうか」

 

 ごちそうさまでした、と言いつつ食器を持って立ち上がる悟に続いてイビルアイも立ち上がりキッチンへと食器を運ぶ。

 二人で手早く食器を片付け、外出のための身支度を整える。

 

「なんかこのがすますくって視界が狭くて鬱陶しいな…」

 

「我慢してくれ。マスク無しで子供を連れ歩くなんて虐待にしか見えないんだから」

 

「わかっている…」

 

 甲高い悲鳴のような軋みを上げる扉を開け部屋から外へ出る二人。イビルアイは転移初日以来の外出だ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 すっと手を差し出す悟。

 

「あ、ああ」

 

 おずおずと手を伸ばしその手を小さな手で掴むイビルアイ。

 イビルアイの冷え切った指先から悟の体温がじんわりと伝わってくる。

 

(なんだかな…。こういう天然に人誑しなところもモモン様に似ているのか…)

 

 そんなことを考えながら悟に手を引かれイビルアイは初めてのリアルの街へ歩み出した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 近所のバス停から乗ったアーマード・バスに揺られて十数分。

 二人は最初の目的地の某地域密着型服飾店にやってきた。

 

「すごいな…。これ全部が売り物なのか?」

 

 ずらりと並べられた大量の服にイビルアイが感嘆の声を上げる。

 前の世界では古着屋で古着を買うのでもない限り服というのは自分たちで作るかオーダーして仕立てて貰う物だ。

 長く生きてきたイビルアイでもこれほど大量の完成済みの、しかも新品の服など見たことがなかった。

 

「そうだよ。まあこのへんはアーコロジー内では売れない程度のものが流れてきてるだけでそんなに良いものじゃないんだけど」

 

「とてもそうは見えん」

 

 近場の服を手に取り布地を触れば生地の凄まじい整いっぷりに思わず目を見張る。

 

「子供服は向こうの方みたいだよ」

 

「あ、ああ…」

 

 悟に先導され少女向けの服を扱った一角へと向かう。

 

「……これ、全部買っても良いのか…?」

 

「いや、駄目だから! そんな金ないから!」

 

「……どれを選んでも良いんだよな?」

 

「…ああ、うん。それなら…」

 

 大量の可愛らしい服に囲まれて自分でもとっくに枯れ果てたと思っていたイビルアイの女の子な感性がウズウズと刺激される。

 

 そして悟は、女の子が持つおしゃれへの欲求を甘く見ていたことを痛感することとなる。

 

「これ、私に似合うかな? どう思うサトル?」

 

「えー、うん。可愛いんじゃないかな」

 

「あ、でもこっちのも良いな…。どうだサトル?」

 

「どっちでも…。あっ、いや、最初のやつのほうが良いかな?」

 

「なるほど…。たしかに。こっちは少しシンプルすぎかな」

 

 こんな感じのやり取りがそろそろ2時間である。

 

「なあ、アイ。そろそろ次の店に行きたいんだけど…」

 

「んー。そうだな…。もう少し…」

 

 このやり取りもそろそろ8回目である。

 

「本当にさー…。他の買い物もあるから」

 

「仕方ないな…。じゃあこれとこれとこれでいいか…」

 

 といって選んだのは悟の記憶が正しければ概ね1時間半は前にキープしておいたものである。

 だがあえてツッコミはしない。悟だって女の子というものがどういう生き物かという程度の知識は多少は持っている。

 イビルアイが選んだ服を持って黙ってレジに向かう。

 

「お会計は…」

 

「か、カードで…」

 

 下着、外出着、部屋着などそれぞれ数セット購入した金額に思わず顔がゆがむ悟。

 昨日のコートと合わせたら限度額の4分の1を超えている事に気づき背中に冷や汗が流れる。

 

「あ、そうだ。服を着て帰ってもいいですか?」

 

「はいどうぞ。試着室は使って下さい」

 

 会計を終えた服が詰まった袋を持って試着室へ向かう。

 

「ふふふっ。どれを着るかなぁ」

 

「なるべく早く決めてくれよ…」

 

「わかっている」

 

 そんな感じのやり取りをして入っていったのが既に15分前。

 イビルアイはまだ悩んでいた。

 

「うーん、やっぱりパンツよりスカートのほうがいいか…」

 

「なあアイ…」

 

 カーテン越しの悟の呼び声にかなりの苛立ちがまじり始めているのに気づき流石に時間をかけすぎたかと反省する。

 

「分かった、もうすぐに出るよ」

 

 そう言って少し焦ったのが悪かったのか、パンツと一緒にショーツまでずり下げてしまうイビルアイ。

 

「おっと」

 

 下がったショーツを上げようと少し体を捻ってショーツに手を伸ばすと腿まで下げていたパンツが足を引っ張ってバランスを崩し…。

 

「わ…わわっ!?」

 

 慌てて足を広げ体勢を立て直そうとするが普段あまりパンツを履かなかったこともありこの状況でのバランスのとり方をイビルアイは身体で理解できていなかった。

 腿まで下ろされたパンツに足を取られヨロヨロと数歩よろめきそのままグラリと身体が倒れ…。

 

「うわぁっ!」

 

「おわっ!? アイっ!?」

 

 ごろろんと転んだ先は試着室のカーテンの隙間。そこから外に飛び出してしまう。

 イビルアイの悲鳴に気づいた悟がとっさに手を伸ばし抱きとめたおかげで床に頭をぶつけるようなことはなかったが。

 

「大丈夫? アイ? …あ」

 

「ああ、だいじょう…ぶ…」

 

 悟の視線はイビルアイがバランスを崩した原因を探してつつつっと下がっていき、パンツもショーツも下ろされてしまって無防備になっている部分にたどり着く。そしてそれに遅れること数秒。イビルアイも自分の状態と悟の視線の先に気づき…。

 

「うわああ!! あぶっ!?」

 

「ぶふっ!?」

 

 顔を真っ赤にして慌てて立ち上がり試着室に逃げ込もうとするイビルアイだったがまたパンツが引っかかって転んでしまい今度はお尻から丸出しに。

 幸いなのは、周りには悟以外の人影はおらず、目撃者が他に居ないことか。

 

「あー…。もう、気をつけなよ…」

 

 とりあえず目を逸らしながらイビルアイを抱き起こしてやり、試着室に戻してやる悟。

 

「うぅぅ…」

 

 試着室の中でしばらくモゾモゾとしていたイビルアイだがやがてカーテンを開けて外に出てきた。

 肩を落とし小さくなったイビルアイはもう着替える気力がなかったのかパンツルックである。

 

「あー…。それじゃあ行こうか」

 

「うん…」

 

 イビルアイはコートと帽子を被り悟に差し出されたガスマスクとゴーグルをうつむいたまま身に着けるとすっと悟の手をつかむ。

 悟はそれを優しく握り返してやり店員の「ありがとうございましたー」という明るい声に見送られながら次の店に向かうべく外へ歩き出した。

 

 ちょっと凹んだ様子のイビルアイにどう声をかければいいか考えあぐねていた悟だったが。

 

「あ、忘れるところだった」

 

 店の裏手の方へ回り込むと人の眼がないのを確認し購入した服を無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中に放り込んでいく。

 両手に余るほどの買い物袋が瞬く間に吸い込まれていくのを見て悟の顔に笑みが浮かぶ。

 

「こりゃ便利だなぁ…」

 

 悟は少々子供っぽくはしゃぎながらすべての荷物をしまい終えると再びイビルアイに手を差し出す。

 

「じゃあ今度こそ行こうか」

 

 なんというか、空気が読めているのかいないのか…。

 

「ああ、行こう」

 

 少し肩の力の抜けたイビルアイも悟に手を伸ばし、二人は今度こそ次の目的地へと歩き出した。




後編に続く!

今後作中で明かされるわけじゃない割とどうでも良い捏造設定的な。
魔法コストの増加について。
八欲王が五行相克を使って世界の法則を書き換えて~なんて感じの話があるので違う世界では魔法はそのままでは使えないと思われます。
が、全く使えないのもアイちゃんのマジックキャスターとしての特性を捨てることになって勿体無いし…ということでコストアップという形に。
その程度のペナルティで済んでいるのも元々ユグドラシルは地球で作られたゲームであるしゴニョゴニョゴニョ的な設定もあるけど長いので省略。

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