アイちゃんリアルへ行く   作:シュペルロ・ギアルキ

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時季ネタ番外編。
多分一緒に暮らすようになって1年くらい経った頃の二人の関係。


第?話 アイちゃんとハロウィン

 悟は暗闇の中で目を覚ますと僅かに身じろぎをする。

 なぜ自然に目が覚めたのかは分からないが、まだ起こされていない以上起床時間までは時間があるはずだ。睡眠不要のイビルアイがスケジュール管理してくれるおかげで二度寝でうっかり寝過ごしかけるようなアクシデントはもう起こらない。

 布団の中を探りすぐ近くに寄り添っていたものを腕に収めると、ギュッと抱きしめ寝直しモードに入る。

 それには本来は体温がないのだが、一晩中くっついて寝ていたため悟の体温が移っておりほのかに温かい。

 

「んん? 起きたのか?」

 

 悟の動きに反応してイビルアイが声をかける。

 彼女は睡眠を必要としないが、布団の中で横になって目を閉じてじっとしていたりするのは嫌いではない。人間として生きていた頃の残滓は数百年たってもなかなか風化していなかった。

 あるいは、自分を人として扱ってくれる人々に恵まれたおかげか…。

 

「ん~…。もうちょっと…」

 

 脳と身体の睡眠欲求に従い抱きしめる腕に更に力を込めながら身体を擦り寄せる悟。

 そのまますぐに寝息を立て始める悟にイビルアイは穏やかな笑みを浮かべる。昨夜は彼の身体が大きく力強く思えたが、こうして甘えるように丸まって眠る様子を見るとまるで子供のようだ。

 ――無理もないかもしれない。彼も私が家族と命を失ったのと同じような年頃に両親を失ったのだという。何かに甘えたいという欲求が残っていてもおかしくはない。…自分のように。

 

「ふふふ…」

 

 顔を見下ろしながらそっと髪に触れると、彼はくすぐったそうにまた微かに身じろぎをした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「サトル、サトル。そろそろ起きないか…?」

 

 優しく己を揺り動かす感覚に再び覚醒する悟。

 手が無意識に温もりを求めて動くが、空振りに終わる。

 

「ん、んん~~……?」

 

 ゆっくり目を開けると既に部屋着の上にエプロンという普段着を身に着けたイビルアイが枕元にかがみ込んで悟を見下ろしていた。

 黒、とかどうでもいいことを考えながら身を起こしながらあくび混じりに口を開く。

 

「あ~。今日は休みだなー…。」

 

 そうでなければ昨夜ももっと早くに休んでいただろうし、朝もこんな時間まで眠っていられなかった。

 

「ああ、でもそろそろ起きろ。朝食の用意もできているぞ」

 

「うん、すぐ行く」

 

 イビルアイがダン・ボル・バコから出ていくのを見送りながら布団から抜け出し、枕元に用意されている服を身につける。

 ダン・ボル・バコの中は気温を一定に保つ魔法もかけられており、よほど極端な環境に設置されない限りたとえ真冬でも布団から出るのが辛くなるような寒さにはならないのがありがたい。

 

「さて…」

 

 服を着終えた悟もダン・ボル・バコから出て、寒い寝室とリビングを抜けてキッチンへ向かう。

 

「おはようサトル」

 

「おはようアイ」

 

 挨拶を交わしながらテーブルの席に着く。

 テーブルの上にはスイ・ハ・ンジャーで焼いたパン、塩漬けにした肉片が混じったスクランブルエッグ、地球には存在しないらしい小さな赤くて丸い果物が3つ、そして湯気を立てる紅茶。ごきげんな朝食だ。

 

「いただきます」

 

「どうぞめしあがれ」

 

 悟が食事をする様子をニコニコと見つめてくるイビルアイ。少し気恥ずかしくなった悟はなんとなく口を開く。

 

「今日はどうしよう? アイは何かしたいことある?」

 

「今日は出かけたいな。色々面白そうなイベントも有るようだし」

 

「イベント?」

 

「ああ、今日はハロウィンという日なんだろう? 仮装しているとお菓子を貰えるという」

 

 そういえばユグドラシルでもそんなイベントがあった。

 ユグドラシルでは人間種限定の街に異形種プレイヤーだけが拾得できるイベントアイテムが設置され人間種と異形種で奪い合い、人間種プレイヤーが守りきった数によって人間種にボーナスアイテムが支給され、異形種プレイヤーが強奪に成功した数によって異形種にボーナスアイテムが支給されるというような戦争イベントだったが。

 

「そうだけど、そういうのはやってる場所が限られるんじゃないかな?」

 

 少なくとも個人宅でハロウィンだからとお菓子を無差別に子供に配るような風習は日本には根付いていない。

 

「大丈夫だ、ちゃんとイベントを開催している場所をてれびで調べておいた」

 

 イビルアイが近くでハロウィンイベントを催している場所についてメモ書きされた紙を取り出す。

 

「用意周到だな…」

 

「まあな」

 

 折角の休日で一緒にお出かけ出来るんだからたくさん楽しめるように下調べをするのは当たり前だ! とイビルアイは内心思ったが声には出さなかった。ちょっと恥ずかしいし。

 

「じゃあその辺に行くとして、仮装する衣装は準備してあるの?」

 

「私が以前着ていた服でいいだろう? ニホンだと馴染みないデザインだしな」

 

「確かに。具体的に何の仮装なのかと聞かれたらわからないけど。少なくとも普通の服じゃないし」

 

「……向こうじゃ普通の服なんだが……」

 

 ダウト。向こうでもおかしな格好である。

 

「ああ、そうだ。せっかくだから俺も仮装していこうかな。大したものがあるわけじゃないけど」

 

 ちょうど食事も終えた悟が席を立つ。じゃあ私は食器の片付けをしておくというイビルアイにごちそうさまを告げ寝室へ向かい収納を漁る。

 記憶に違わない場所にしまい込まれていたソレを取り出す。

 

「懐かしいな…。たしか3回目のオフ会のときに持っていったんだっけ?」

 

 近頃はアインズ・ウール・ゴウン時代の記憶を思い出しても胸がうずくことが少なくなったと思う。

 時間が経ったせいなのか、新しい絆を手に入れたせいなのか…。

 またジクジクと胸がうずくのを感じ自嘲気味に頭を振り、着替え始める。痛みを忘れたいのか、それとも痛みを失いたくないのか、自分でもわからない。

 

「サトルー。私の方は準備が…うわっ!? スケルトン!?」

 

「違うぞイビルアイ。私は――オーバーロード(死の超越者)だ」

 

 ゴム製のガイコツマスクとホネホネTシャツとホネホネ手袋を身に着け、フード付きのコートを羽織っただけの粗末ななんちゃって超越者だが。

 それでも重々しい口調に大仰な動作でロールプレイをしてみるとユグドラシルに戻ったような気分がして妙にしっくりとした気分だった。

 

「ああ…。なんだか…様になっているな?」

 

(なんかこう、本当に仕草の一部とかアインズ・ウール・ゴウン魔導王に似てるんだよなー…。声はモモン様にそっくりだけど…)

 

「じゃあ、そろそろ行こうか?」

 

 悟が声をかけると二人は外出のために仮面やガイコツマスクを外しガスマスクとゴーグルに変える。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「うむ、まずはこのショッピングモールのイベントだ」

 

「はいはい」

 

 二人は手を繋ぐと笑い合いながら玄関の扉を開け最初の目的地に向かって歩き出した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「次で最後だっけ?」

 

 効率の良い巡り方をしたとは言え10軒近くの施設を巡った悟はややゲンナリした声を上げた。

 

「ああ、いろいろあって楽しかったな!」

 

 一方イビルアイは元気いっぱいである。アンデッドは疲労しない。

 最後にやってきたのはアーコロジーのすぐ近くに存在するこの地方では最大級の規模を誇る巨大複合施設だ。

 あまりにもでかすぎて全部のテナントを回ると1日掛かると言われているほどである。

 正直悟もイビルアイもめったに利用していない。

 

「イベント会場は向こうだな!」

 

「ああ、行こうか」

 

 周りにはチラホラと既に仮装している人が居るのを見て二人も仮面とマスクを付け手を繋いで歩き出す。はぐれてもメッセージを使えばすぐ連絡が取れるのだが、そもそもはぐれないに越したことはない。

 そんな感じでタラタラと歩いているとやがて怪物がうじゃうじゃとひしめくイベントホールに到着した。

 

「うわぁ」

 

 辺りはかなり本格的なコスチュームから、紙製のお面をつけただけの人たちまで多種多様な異形種で溢れていた。

 色々居るなぁ、などとキョロキョロしているとイビルアイに手を引かれる。

 

「受付はあっちだって」

 

「うん…」

 

 ぼんやりあたりを眺めながら列に並ぶ悟。

 そして自分たちの順番まであと数人というところで正気に返った。

 

「え? 参加受付? 何に参加するのこれ?」

 

「なにって、仮装コンテストだけど?」

 

「聞いてないよ!」

 

 今までは精々仮装をして店を訪れるとお菓子とか割引券とか商品券が貰えるといったものだった。

 何かイベントにアクティブに参加するとか聞いていない。

 

「いいから。賞品が豪華なんだ」

 

 イビルアイが指差すポスターを見れば多種多様な賞品が掲示されている。

 食料品、衣料品、ペット用品、家具、家電などなど。特別大賞にはなんとリゾートホテルへの宿泊券が。

 

「まあ確かに豪華だなぁ…」

 

 やる気はあまり上がらなかったが、それでも出たくないという気持ちは小さくなった。

 そして受付の順番が回ってくる。

 

「えーと、個人部門、カップル部門、ファミリー部門、団体部門があるのか…」

 

「カップルカップル」

 

 イビルアイが悟の脇腹をつつきながら何やら言っているのを無視してファミリー部門にノミネートする。

 

「……」

 

 脇腹をつつくイビルアイの力が強くなったが気にしない。

 受付を終え、F-33番の番号札を貰いその場を離れる。

 コンテスト開始まではまだ大分時間があった。

 

「さて、まだ時間があるけどどうしようか…?」

 

 イビルアイは手を繋ぐのを止めて悟のコートを掴んでいる。多分何らかの抗議のつもりなのだろう。

 

「……」

 

 黙ったままスッとイビルアイが一点を指差す。そこにはキラキラした可愛らしい雰囲気の女の子向けの店舗が。

 

「わかった。あんまり高いものじゃなければいいよ」

 

そこ(悟の財布)は弁えているとも」

 

「……それはありがとう…」

 

 自分で振ったとはいえさり気なく甲斐性なしと言われ少し凹んだ悟を連れて実は全然不機嫌でもなかったイビルアイは足取り軽くお店へと向かい、二人で楽しくショッピングを満喫した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 仮装していると5%引きして貰えるというキャンペーンもあり、可愛いアクセサリーを買って貰いご満悦のイビルアイと、さらに色々な店を連れ回されまたお疲れ気味になった悟はようやく開始時間になった仮装コンテスト会場に戻ってきた。

 

 ファミリー部門ということで周りにはイビルアイよりさらに幼い子供を連れた参加者たちが沢山いる。

 実際のところ、こういう審査では幼さというものが大きなアドバンテージになるのをイビルアイはわかっていた。

 だからそれをより武器にしやすいカップル部門に出ようという企みもあったのだが、悟が嫌がる理由もわかるので諦める。

 12歳ほどというイビルアイの容姿は0歳からの参加者が揃っているこのファミリー部門では大したアドバンテージにはならない。

 

(と、思うだろうが…。私には秘策があるんだ!)

 

 ニィ、と仮面の下で笑うイビルアイに、それなりに長く濃い時間を共に過ごした悟が何か感じ取って少し狼狽えたところでついに二人の順番が回ってきた。

 

「次は33番、鈴木さんファミリーでーす!」

 

 その声を受けテテテテテ、と擬音がしそうな感じで可愛らしく駆け出すイビルアイ。悟もその不意打ちのスピードに慌てて小走りでついていく。

 イビルアイはステージの中央、マイクの前に立つと仮面をすっとずらして素顔を晒すとペコリと頭を下げた。

 

「ミナさん! トリックオアトリート! ハジめマシテ! スズキ・アイです!」

 

 はつらつと元気よく、そしてどこか片言な日本語で喋りだすイビルアイ。

 これがイビルアイの秘策である。外国人風の容姿とたどたどしい喋り方で審査員の萌えポイントを突こうというのだ。

 

「今日ノアイはヴァンパイアでス! サトルはスケルトンでス! イタズラしチャイまスヨ! だカラ、お菓子チョーダイ!」

 

 ちなみに、実際イビルアイはまだ翻訳を使わず普通に日本語を話すとこんな感じであり、演技しているわけではない。

 テンション以外は。

 

 今までのファミリー参加者の子どもたちが大体親に『やらされている』という感じのローテンションでの挨拶だったのに対し、媚を理解したうえ、心底楽しんで参加しているアトモスフィアを醸し出すイビルアイの挨拶には観客たちも好意的な反応だった。

 ついでにいえば、保護者であろうガイコツ男が後ろで逆に戸惑うようにオロオロしているギャップもまた面白さを演出していた。

 

「それデは、ヨロシクおネガいシマース!」

 

 楽しそうに色々と可愛げのあることを喋ったイビルアイは最後にそう言ってブンブン手を振り舞台袖に下がる。そしてそれに慌てて付いていく悟。

 舞台袖に引っ込む寸前、彼が照れたようにペコペコ頭を下げる様子に会場は温かい笑いに包まれた。

 

 

 

「何にもしてないのに疲れた…」

 

「だらしないな」

 

 出番を終えホール周辺の喫食スペースで一息つく二人。

 店員が注文を取りに来たので悟はコーヒーを、イビルアイは「コレ!」と元気よくメニューを指してクリームパフェを注文した。

 

「いやー、しかしあんな話し方で話すとは思わなかったよ」

 

「まあ、そもそも魔法を使っていないマイクで拡声したら翻訳されないからな。ニホン語でしゃべらないと」

 

「あ、そうか…」

 

 しばらくして二人のテーブルに注文のパフェとコーヒーが運ばれてくる。

 「いただきます」と言って食べ始めるイビルアイ。

 一口口に含めば「んん~~っ」などと声を上げながら幸せそうに顔を綻ばせる。

 

「それ美味しい? 少し俺も食べていい?」

 

 ちょっと気になる悟。

 

「ああ、いいぞ。ほら、あーん」

 

 スプーンでホイップクリームとアイスクリーム、そして載せられていたバイオバナナの輪切りをすくい取り悟の口元へ。

 

「あー…ん。…うん甘い…。…美味しいな」

 

「もっと食べるか?」

 

 対面に座っていたイビルアイが椅子を動かし悟と隣り合うように座り直す。

 

「いいの? じゃあもうちょっとだけ…」

 

 そんな感じに仲良くパフェを分け合い、更にしばらくダラダラとおしゃべりを続け時間を潰す。

 

 そしてしばらく時は流れ、コンテストの結果発表のときがやってきた。

 しかして結果は…。

 

「…………。続いてファミリー部門第3位は、33番鈴木さんファミリーです!」

 

「お、やったなアイ!」

 

「ああ、3位か…。そんなもんかな?」

 

 嬉しそうな悟と少し残念そうなイビルアイ。

 しかし再びステージに上り、賞品の目録を渡されると喜びに破顔し、マイクに向かってまた「アリガトー!」なんて大きな声で言って観客席に手を振る。

 大きな拍手を受け悟はちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ただいまー」

 

「ふぅ、ただいま…と」

 

 玄関の扉を軽やかに開いて軽い足取りで家に上がるイビルアイと、一日中遊び歩いて少々疲れ気味の足取りで家に上がる悟。

 楽しかったが、疲れたものは疲れたのだ。

 

「ふー、やれやれ…」

 

 軽く伸びをしながら肩を回す悟に荷物を(といっても全部無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中に入れてあるのだが)部屋に置いたイビルアイが声をかける。

 

「さて、まずはお風呂で身体を洗ってさっぱりしよう」

 

「そうだね。さっさと体を洗ってくつろげる格好になりたい」

 

 かなりの時間汚染大気の中を歩き回り身体の汚れが気になっていた悟も同意し、さっさとスチームバスを浴び身体を清める二人。

 

 さっぱりすると部屋着に着替えリビングのソファーに並んで腰掛け寛ぎ始める。

 

「今日は楽しかったなー…」

 

「ああ、そうだな…」

 

 外で夕食を食べてきたため満腹状態でもある悟はもうあくび混じりだ。

 

「疲れたか?」

 

「んー、ちょっとね。まあ、しばらくはゆっくりしよう」

 

 イビルアイの肩に手を回す悟。イビルアイも抵抗すること無く悟に身を寄せ肩に頭を預ける。

 

「楽しかったな」

 

「うん、楽しかった」

 

 二人はそうしてしばらくの間ゆったりとした時間を寄り添って過ごした。




シュガールート。
あと暖かみ。

ちなみに冒頭で悟が抱きしめてるのは多分枕かなんかです。無生物ですから体温無いですよ枕。そうでしょう?
力強さ? ええ、昨夜には模様替えでもしたのかもしれませんね。夜遅くまで。高いところの荷物を動かすのは身体の大きい悟の役目ですね。
当SSは健全です。

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