おそらく出会って半年~1年くらいの頃の二人の関係
某所で行われた「12時からオーバーロードメイド祭り!(2時開催!)」参加作品
悟は今日も甲高い悲鳴のような音を上げる扉を開いて帰宅する。
金具が歪んでしまっているせいでどれほど油を差しても消えることのないこの音に、そろそろ部品の交換をして改善するべきだろうかと真剣に考える。
しかしそれも僅かな間だけだ。
「おかえり! サトル!」
悟の帰宅に反応しキッチンに続く扉から美しい少女が顔を出し、悟に笑顔を向けて挨拶を放った。
悟は考える。扉の軋みも彼女に対する帰宅の合図になっているのならそれはそれで良いのではないだろうかと。
――悟は彼女が人間よりはるかに優れた聴覚を持っており、玄関の外にいる段階から悟の帰宅を感知していることをいまいち感覚として理解できていない。
「うん。ただいま、アイ」
玄関に電子錠で鍵を掛けゴーグルとガスマスクを外しながら悟も挨拶を返すと、イビルアイの笑顔が更に輝いたものになり、一旦キッチンに引っ込む。
悟はその間、玄関に置かれた棚の上に手に持っていたゴーグルとガスマスクを置きネクタイを緩めながら上着を脱ぐ。
一人暮らしの頃は部屋に入ってから脱いでいたのだが同居人が「部屋に汚れを持ち込むな!」と主張し、玄関で脱ぐルールになったのだ。
上着をハンガーに掛け――これも同居人が服をそこらに放り出すなと悟を窘めて以降の習慣だ――脱いだ靴を揃えていると後ろからパタパタとスリッパの足音が近づいてきた。
「ほら、タオル」
後ろから差し出された熱い蒸しタオルで顔を拭う。この後すぐに入浴するのだから無駄だろう、と最初は思ったのだが、いざ始めると汚れとともに身体の疲れがタオルに吸収されていくようでなんとも気持ちよく、今では帰宅時これをしないということは考えられないくらいの習慣になってしまった。
「あぁ~~」
ちょっとおっさん臭い声を上げつつ顔を拭き、軽く首筋や手も拭ってから後ろを振り返りイビルアイに汚れたタオルを返す。
「ありがとうア…イ…?」
お礼の言葉が尻すぼみになり、驚きに悟の目が見開かれるのを見てイビルアイの顔に得意そうな笑顔が浮かぶ。
「――なにその格好…?」
頭部には可愛らしいフリル付きのカチューシャが鎮座し、ディアンドルのように胸元が大きく開いて下のブラウスが露出した黒いミニワンピースにフリルの付いた小さなエプロン。
ワンピースの下に着込んだペチコートとニーソックスが絶妙の絶対領域を作り出しているこれは…。
「ふふん、ではご主人様、入浴になさいますか? お食事にします? それとも…私?」
なんてドヤ顔で着ている服を見せつけるように胸を張るイビルアイはなぜか、メイド服を着用していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
とりあえず先に身体を洗ってこいと風呂場に押し込まれ(じゃあさっきの選択肢は一体何だったんだと思わなくもなかったが)汚染大気によって身体に付着した汚れをスチームバスで洗い落とした悟は、風呂場から出ると部屋着に着替えキッチンへと向かう。
キッチンに入れば、それほど大きくない二人用のテーブルに並べられた数々の料理が湯気を上げ、美味しそうな匂いを周囲に漂わせ悟の空腹をこれ以上無いほど刺激した。
しかし、やはりそれ以上に気になるのはなんかすごいドヤ顔で胸を張りメイド服を見せつけるように仁王立ちするイビルアイだ。
なんというか、その姿勢はメイドの態度なんだろうかと思うが彼女の態度がなんかでかいのはもう結構前からなのであまり気にしても仕方ないだろう。
「あー、アイ? その服は…」
「無駄話は後にして、温かいうちに食事になさってくださいご主人様」
取ってつけたようなメイドロールプレイでピシャリと言われる。
なんとなく釈然としないものを感じつつも悟はそれに従ってテーブルに着き、いただきますと手を合わせて食事を始める。
イビルアイもまたテーブルの対面に座り同じように――飲食不要の吸血鬼である彼女には本来食事は必要ないため悟と比べかなり少量だが――食事を始める。
「美味しい。このスープとか特に」
「そうか、良かった。おかわりもあるぞ」
料理を褒めるとまたイビルアイが輝くような笑顔になり、悟の胸に暖かいものが満ちる。
かつては食事に潤いを求めるなどナンセンスだと断じていた悟だが、毎日イビルアイが作ってくれる温かい食事を食べるようになってそんな考えは綺麗サッパリ消滅した。
うまい食事は人生の喜びだ。間違いない。
今ではそう確信している。
そのくらいまで褒めるとイビルアイは顔を赤くしてもじもじしながら目を逸らして「言いすぎだ、こんなもの魔神と戦って旅をしていたころちょっと覚えただけで…そんな大したものじゃない」とか謙遜するのだが、アーコロジーの外で手に入るような粗末な合成食材でこんなに美味しい料理が作れるのは十分すぎるほど大したことがあると悟は思う。
そこも聞けば旅の途中はろくな食材もない中でちゃんと食べられるものを作ろうと試行錯誤することがよく有ったとのことだった。
こんな小さいのに(悟より遥かに年上なのだが)様々な苦労があったのだろう。
「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
「お粗末さま。私は食器を洗うから先にリビングに行っていてくれ」
「わかった、ありがとう」
片付けをイビルアイに任せリビングに足を運び、小さな二人掛けソファーに身を預ける。
「はぁ~」
それほど高級なソファーではないが、それでも柔らかなクッションの上に身を投げだすと心身の疲れが癒されていくのを感じる。
しばらくはそうやってぐったりしていたがやがて身を起こしソファーの前に置かれた小さなテーブルに目を向けると…。
「――んなぁっ!」
目ン玉が飛び出すほど驚いた。
そのテーブルの上には『女の子と同居するにあたって所持していることは不適切だけど処分するには思い入れもあって惜しいので見つからないように隠しておいた幾つもの書籍』が並べられていたのだ。
(まさかっ! ペロロンチーノ考案の『ねーちゃんにも見つからないエログッズ隠蔽術』が破られたのか!?)
驚愕に震えながらもとりあえずテーブルに並べられた書籍類を精査し、若干の安堵とともに浮かしかけていた腰を再びソファーに落とす。
(よかった…。まだこれは囮に置いておいたそこまでやばくないコミック類だ…。と言うかホワイトブリムさんが描いたメイド漫画だよ…。アイはこれに影響を受けたのか?)
イビルアイの謎のコーディネイトに合点がいった悟は疲れたように頭をソファーの背もたれに預け目元を覆った。
(俺がメイド服好きとか勘違いしたのか? まあ嫌いじゃないけど、ホワイトブリムさんほどじゃないんだよなー)
まあアイのメイド服姿はすごく可愛かったけど…などと独りごちつつくつろいでいると洗い物を終えたイビルアイが非常にウキウキとした様子でリビングに入ってくる。
いつものようにソファーに腰掛けるのではなく悟の横に立ちまたドヤ顔で胸を張る。
「その服装は、この漫画見て用意したの?」
「ああ! サトルはこういうのが好きなのかと思ってな!」
似合う? と言ってその場でポーズを取るようにくるりと回るイビルアイ。ひるがえったペチコートから覗く生足がちらちらと非常に不味い。
モモンガさ~んこっちへおいで~とペロロンチーノとホワイトブリムが肩を組み、笑顔のエモーション全開で手招きしている幻影を《ツインブーステッドペネトレートマジック・グラスプ・ハート/魔法二重位階上昇抵抗難度強化・心臓掌握》で即死させ追い払う。青少年のなんかは守られた。
「すごく似合ってるよ。けどそんな服持ってたっけ?」
疑問に思う。イビルアイはそれほど多くの服を持っているわけではなかったはずだ。そもそも『お洒落をする』などというものはこの世界でもイビルアイがかつて暮らしていた世界でも贅沢行為だ。
意外とケチくさいイビルアイが悟に黙って服を買うとも思えない。
「もちろん、自分で作ったんだ。カチューシャはハンカチだし、エプロンはテーブルクロスを畳んでそれっぽくして…」
ちまちまと種明かしをするイビルアイの工夫に、は~…、と感嘆のため息をつくしか出来ない悟。よく考えている。
「結構見れたものだろ? もしサトルが望むなら、もっとしっかりこういう服を用意してもいいが…」
悟の隣にちょこんと腰掛け、上目遣いで悟を窺うイビルアイ。可愛い。
「あー、うん…。いや、実はその本は俺の友達が描いたものでその誼で持っていただけなんだ。俺がそういうメイド好きってわけじゃなくて。もちろん嫌いってわけじゃないんだけどさ。その漫画を描いてる人ほど情熱的に好きなわけじゃ…」
ちょっと早口になりながら言い訳を並べる。イビルアイのメイド姿は実際ドキドキするほど可愛いのだが、このままの姿で居られるとなんというか、精神的に何か危険な事態が起こりかねない。
課金アイテムを使って復活したペロロンチーノとホワイトブリムが小粋なステップを踏みながら、モモンガさ~んいい加減認めちゃいなよ~俺達の仲間になろうよ~と手招きする幻影に《ツインブーステッドペネトレートマジック・トゥルー・デス/魔法二重位階上昇抵抗難度強化・真なる死》を与えて追い払う。青少年のなんかは守られた。
言い訳を受けたイビルアイは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ口元に拳を当てながら、なにやらちょっと覚悟を感じさせるような口調で恐る恐る口を開く。
「じゃ、じゃあやっぱり…こういうののほうが好きなのか?」
そう言ってそっと持ち上げた手には異様に肌色の多い幼気な美少女メイドが描かれた大きなプラスティックの箱『イケない《自主規制》メイド《自主規制》歳 ~ご主人様♥それ以上《自主規制》私♥《自主規制》ちゃいます♥~ 初回生産限定版』が掴まれていた。
「ぶあっはぁー!?」
盛大に吹き出す悟の視線から自らの身体を隠すように抱きしめながらも恥ずかしそうな声でイビルアイが囁く。その瞳には怯えだけではなくちょっとした決意のようなものも滲ませていたり。
「さ、サトルがこういうことをさせて欲しいなら…。どうしても我慢できないって言うなら私だって、サトルには世話になってるし感謝もしてるし…。い、嫌とは…嫌とは言わない…ぞ…?」
どんどん尻すぼみになり最後の方は真っ赤になった顔を手のひらで隠しながらゴニョゴニョとほとんど口の中だけで喋ってるような状態になっていたが、そもそもゾンビのように湧き出して自分を毒の沼地に引きずり込み仲間に加えようと襲いかかるペロロンチーノとホワイトブリムの幻影と精神世界で戦う悟には最初の方からもう聞こえていない。
「ごかっ! 誤解だアイ! それも俺が好きなのじゃなくて! その、友達が! 俺にっ!」
「友達が…? サトルの友達ってみんな
メイド漫画とエロゲーに目を向けながらイビルアイが何かヤバイものを見たような目で悟を見る。
「類は友達になるって言うし…」
「違う! まともな友達だって居たよ! それは、その本当にその二人が例外みたいなもんで!!」
大声で否定する悟。例外なのかは実際疑わしいが。
「…本当に私にこういうことしたいわけじゃないのか? その…男というのは溜め込むといけないと聞くし…。どうしても無理なら無理しなくていいんだぞ?」
「してない! 俺はアイにそこまでしたいとは思ってない!」
「そ、そうか…。それなら良かった…」
ほぅ、と安堵のため息を吐き己の身を抱いていた腕を下ろすイビルアイ。その本当に恐ろしいものから解放されたというような態度に悟は妙な罪悪感を覚えながらも内心声が枯れるまで旧友をひどく汚い言葉で罵っていた。
シュガールート
あと潤い
実際こういう話をダラダラ書き続けるのは好き