アイちゃんリアルへ行く   作:シュペルロ・ギアルキ

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スリケンの間の文章は重要でないので読み飛ばし可。


第1話 アイちゃんリアルへ行く

 ――死闘が終結する。

 

 遺跡の最奥にて待ち構えていた謎の魔神の胸にイビルアイが持つ水晶の短剣が突き立ち、魔神が上げる断末魔の絶叫が広間に響く。

 

『グオォォォォォォッ!!!』

 

 ずるり、とイビルアイの手から力が抜け、魔神とともにイビルアイもまた地面に崩れ落ちる。イビルアイにはもはや体力も魔力もほとんど残されていなかった。

 だが、ぎりぎり間に合ったという安堵感が満ちる。辛うじて魔神は倒したが彼女の仲間たちも大きなダメージを受け、ほとんど戦闘の続行が出来ない状態だったのだ。

 しかし、安堵するには早すぎたことを直後に気付く。

 

「イビルアイ! 魔神の様子がおかしい! 離れて!」

 

 皆の傷を癒やしていたラキュースの絶叫を受け、ふらつく体を起こし、崩れかけた魔神の身体が不可思議に発光するのを確認する。

 

「なっ!?」

 

『オノレ…我ガ…最後ノ魔力デ…!!』

 

 最後に魔神が何かを仕掛けようとしていると悟り、慌てて離れようとするが、足に力が入らず再び崩れ落ちる。魔神の魔力が最後の収束を果たすのを感じる。もう逃げることも止めることも間に合わない。

 

「イビルアイ!」

 

「手を伸ばせ!」

 

「こっちへ!」

 

「急いで!」

 

 仲間たちが叫ぶ。

 だが、もはやどうにもならない。

 

「バカッ! こっちに来るんじゃない!」

 

 ただ、最後まで自分を助けようと必死で手を伸ばす仲間たちの存在がイビルアイの冷え切った胸に暖かな満足感を与えてくれていた。

 しかし、ふと…。

 

(モモン様にはもう会えないんだな…。せめて最後に一目会いたかった。最後に会ったのは何時だったか…)

 

 そんな心残りも…。

 

『異次元ノ狭間デ永遠ニサマヨイ続ケルガ良イ…! 《アナザー・ディメンション/次元追放》!』

 

 全てが光りに包まれる中、彼女たちはこの探索の始まりを思い起こしていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「あれが例の遺跡ね…」

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国における最高峰のアダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは眼下の荒れ地に広がる奇妙に細長く、曲がりくねった建造物を見下ろしながら先行して情報収集を行っていた白金級冒険者チームに確認を取った。

 

「しかしまぁ、なんだありゃ? 随分おかしな遺跡だな?」

 

 隣で遺跡を眺めていたガガーランが嘆息するように呟く。

 実際見れば見るほどおかしな遺跡だ。

 入り口から細長い通路が伸び、途中で分岐して小部屋に繋がっていたり袋小路を作っていたり、遠くの方には最奥であろう大広間まであるのが外から見て取れるのだ。

 これはまるで…。

 

「まるで埋まっていた洞窟を地上に引っ張り出したみたいね…」

 

「あぁ、そんな感じだな」

 

 山を掘って作られた石造りの遺跡が山から全て掘り出されてしまったような姿だ。

 そんなことがありえるはずがないのに。

 

「これが外から見て作ったマップです。壁の外から聞き耳を立てたレンジャーの話では内部に動いている生き物は居ないそうです」

 

 壁に遮音の魔法が掛けられていなければ、ですが。と付け足した冒険者チームのリーダーを務めているリザードマンが提供する情報に相槌を打ちながらラキュースは内心でこの世界が随分と様変わりしたことについてぼんやりと考えていた。

 

 リ・エスティーゼ王国がアインズ・ウール・ゴウン魔導国に併合されて数年。

 リザードマンのような人外もまたアインズ・ウール・ゴウンの名のもと平等に統治される国家。

 恐れていた圧政もなく、むしろ欲望の赴くままに際限のない搾取を行い続けていた貴族たちが粛清されたことと魔導国が持つ強大な生産力と軍事力により王国の民は以前より遥かに向上した生活を送れるようになっていた。

 これらはラナー新女王がアインズ・ウール・ゴウン魔導王との粘り強い交渉の末に手に入れた成果であるとラキュースは聞いており、ラナーの友人であるラキュースは友を誇りこそすれ王国の現状に対する不満はないに等しい。

 

 変わったものは民や民の暮らしだけではない。

 ラキュースの職業である冒険者も変わった。

 国家や政治と距離をおいたモンスター退治専門の傭兵といった立場から、国家のバックアップを受けながら未知を既知へと変えるべく世界を旅する文字通り冒険し、切り拓く者へと。

 現状は新しい冒険者の育成に力を振り分けられているため既に完成されたアダマンタイト級である蒼の薔薇への支援は最小限とされているが、それでも驚くほど上質なマジックアイテムやポーションが支給されアインズ・ウール・ゴウン魔導国の懐の大きさを色んな意味で思い知らされた。主に財政面とか。

 

 実際は蒼の薔薇の構成員の1人に対して思うところのあるアインズの思惑により最低限以下の支援しかしていないのだが、その心中は蒼の薔薇の誰にも伝わっていない。

 

 今日も冒険者たちは、未知を既知へと変えるべく冒険を進め、とある白金級冒険者チームが未発見の集落と接触。友好関係の構築にも成功しまた一歩未知を既知へと変えていた。

 そして、その集落の近郊にある謎の遺跡の情報を手に入れ調査に向かったのだが、そのあまりに異様な姿と遺跡に踏み込んで帰ってきたものが居ないという伝承に白金級冒険者チームの実力では手に負えない可能性があると判断。

 アダマンタイト級冒険者チームである蒼の薔薇がダンジョン攻略隊として派遣されることとなったのだ。

 

 先行していた冒険者達から一通りの説明を受けたあと、気になった点をイビルアイが尋ねる。

 

「通路の壁を破壊して内部に入ることは出来ないのか? わざわざ馬鹿正直に入口から入ることもあるまい」

 

「えぇ、我々もそれは試しましたよ」

 

 リザードマンのリーダーが(ラキュースはまだリザードマンの表情を上手く読めないので多分だが)苦笑しつつ肩をすくめる。

 

「陛下から賜った筋力増強の力を込められたミスリルハンマーで半日ブン殴ったんですが傷一つ付けられませんでした」

 

 リザードマンというのは想像以上に根気が強いらしい。

 青の薔薇のメンバー全員がうわぁよくやるなこいつどんだけ暇なんだ、というような顔をしたが、リザードマンにも人間の表情は読み辛いようで伝わらなかった。

 忍者二人は実際にうわぁ、と言っていたが蒼の薔薇のパーティメンバーの耳には入るがリザードマンの耳には入らない絶妙の音量だったためそれも気付かれていない。なおこのような話術も実は忍者特有の高等技術である。無駄遣いだ。

 

「それじゃあ俺達がやっても無駄だな多分…」

 

 うわぁ、という顔のままガガーランが呟く。リザードマンの生まれ持った身体能力と武器に込められた魔法の力があるとはいえ、所詮は白金級。武器の質や武技まで含めればガガーランの破壊力が勝るだろうが、それでも半日かけて達成できなかった通路の壁の破壊がなるとは思えなかった。

 

 他にも幾つかの疑問点や突破法を提案してみたが、どれも既に試しており、失敗に終わったとのことだった。

 

「結局正面から攻略するしかないみたいね」

 

「ま、ダンジョン攻略ってのはそうでなくっちゃな!」

 

「そうそう、ズルしようなんて無粋」

 

「どっかの誰かにはロマンってものが足りてない」

 

「お前らだってノリノリでえげつない意見あげてたじゃないか…」

 

「過ぎたことを言ってもしょうがない」

 

「過去をほじくり返すような女は嫌われる」

 

 怒鳴り声をあげ始めたイビルアイを無視してラキュースはリザードマンのリーダーに告げる。

 

「それでは遺跡攻略を始めます。あなた達には私達のバックアップをお願いします」

 

「もちろんよろこんで!」

 

 

 

 探索は順調に進んだ。

 外から作られたマップは正確であり、蒼の薔薇の戦闘力は強大であり、二人の忍者の斥候能力も確かであったからだ。

 時折出現するモンスターも難度60程度であり、白金級冒険者ならいざしらずアダマンタイトたる蒼の薔薇にとっては油断せずチームワークを持って処理すれば恐ろしくない相手であった。

 

「動いてるモンスターはいないって聞いていたんだがなぁ…」

 

「壁に防音が施されていたんだろう。そうそうなんでも上手くいくものでもない」

 

「こんな遺跡で何を食べて生きているのかしら…?」

 

「霞?」

 

「共食い?」

 

「斥候は集中しろ集中!」

 

「してるしてる」

 

「心配いらない」

 

 小部屋を一つずつ調べ罠を解除しモンスターを全滅させ退路を確保しつつ、時折残されているチェストなども調べ、遺跡のマップを完全に埋めていく。

 

「初めて見る硬貨ね…。すごい重さ…。交易金貨の2倍はあるかしら?」

 

「刻まれてる装飾も見事なもんだぜ。こりゃ金貨4,5枚の価値はあるんじゃないか?」

 

「これは…まさか…ユグドラシルの?」

 

「イビルアイ、どうしたの?」

 

「何か知ってる?」

 

「いや、少し記憶が薄れていて確信が持てない…。でも、もしそうだったらここはかなりやばい遺跡かもしれない。八欲王や十三英雄時代の遺物が眠っているかも」

 

「…本当ならかなり不味いわね…。最奥の広間の直前まで確保したら一旦帰還して事情を説明して増援を呼ぶ?」

 

「…いや、大丈夫だ。私の知識と、ここのモンスターの強さから考えれば、私たちに攻略できない遺跡じゃないはず」

 

「そう…。信じていいのね?」

 

「あぁ、私たちなら必ず攻略できる」

 

「よっしゃ、うちのちびの太鼓判も貰ったことだし、気合入れていくぜ!」

 

 そして探索は進み、最奥部の広間の扉へとたどり着き彼女たちは『魔神』を目覚めさせてしまった。

 

『グオオオアァァァァッ!!』

 

「くそっ! 何だこいつ! やたら強いぞ!」

 

「ガガーラン! 立ち止まらないで!」

 

「こっちを見ろ! 魔神め!」

 

「動きを止める」

 

「合点承知、不動金縛りの術!」

 

 イビルアイの予測通り、この遺跡はユグドラシル由来のものであった。

 

『燃エ尽キヨッ! 《フレイムバースト/炎の爆裂》!』

 

「あつっ!」

 

「ぐうっ!」

 

「ティア! ティナ!」

 

 イビルアイが持っているユグドラシルの知識の通りならばダンジョンには「げーむばらんす」による攻略適正レベルというものが存在し、そこに出現するモンスターをたやすく倒せる適正レベル以上のレベルを持つパーティであれば攻略は容易いものとなるのが普通だ。

 

 しかしイビルアイの予測は一部外れていた。

 

「二人を頼む! 《超級連続攻撃》!」

 

『グオォォォッ! ナメルナァッ!』

 

「ぐあぁっ!?」

 

 ユグドラシルユーザーに糞製作と呼ばれ親しまれ憎まれているユグドラシル製作の作ったダンジョンが全てそんな適正バランスダンジョンだけのはずがないということをイビルアイは知らなかったのだ。

 

「このっ! 《サンドフィールド・ワン/砂の領域・対個》!」

 

『グゥッ!? 何ガッ?』

 

「隙ありぃ!! 超技・暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォォォ!!!」

 

『グワアアアァァォォォッ!!!』

 

「やったか!?」

 

 この遺跡はとある初級者レベルフィールドの片隅にひっそりと隠されていた、ユグドラシルにおいても未発見の「ちょっと慣れてきた初級者の足元を掬ってやるために適正レベルより少し強いボスが出る嫌がらせダンジョン」だったのだ。

 

『グガアァァッ! マダダアァッ! 《ナパーム/焼夷》!』

 

「くあぁっ!」

 

「きゃうっ!」

 

 適正レベルは30だが出現するモンスターはレベル20程度の雑魚ばかり。順調に進んだ最後に登場するのは適正レベル40の手に負えるかどうかギリギリのボス。

 

「く、負けるかぁっ! 《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》!」

 

『グワアァァッ! 近寄ルナッ! 《フレイムバースト/炎の爆裂》!』

 

「がああぁぁっっ!! ぐぅぅっ…とどめ…だぁっ!!」

 

『グオォォォォォォッ!!!』

 

 そのボスの特性も嫌らしく運良く倒せたとしても最後の断末魔に自分の周囲半径数mの対象に対し『別の世界(ワールド)へと強制転移させる魔法』を使ってくるのだ。

 

「イビルアイ! 魔神の様子がおかしい! 離れて!」

 

「なっ!?」

 

『オノレ…我ガ…最後ノ魔力デ…!!』

 

 文字通り世界(ワールド)を股にかけて冒険するようになる中級者くらいならまだしも、初級者程度では世界(ワールド)移動のコストは地味に痛い。

 

「イビルアイ!」

 

「手を伸ばせ!」

 

「こっちへ!」

 

「急いで!」

 

「バカッ! こっちに来るんじゃない!」

 

 ただ、その地味に痛いコストを払わせるだけという本当にただ地味に苛つくだけの地味な嫌がらせがまさに糞製作の糞製作たる所以といったところであった。

 

『異次元ノ狭間デ永遠ニサマヨイ続ケルガ良イ…! 《アナザー・ディメンション/次元追放》!』

 

 そして…ユグドラシルではない、世界を股にかける手段などないこの世界において、『()()』から強制的に追い出されてしまったら、もはや元の世界に戻る手段はない。地味な嫌がらせなどでは済まない。

 

「イビルアァァァイッ!」

 

 魔神が放った断末魔の光が収まった時、蒼の薔薇の小さな極大級魔法詠唱者の姿は跡形も残っていなかった。

 

「そ…そんな…イビルアイ…」

 

「マジ…かよ…?」

 

「跡形もない…」

 

「うそ…」

 

 

 蒼の薔薇―遺跡探索依頼成功。

 未帰還者―1名。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 鈴木悟はバイザーの下で涙を流す。

 失われてしまう思い出の地への未練を溶かして…。

 

「そうだ、楽しかったんだ……」

 

 そして、日付が変わり一つの世界は終わりを告げ悟の意識は強制排出され…。

 

 ドスンッ!!

 

「ぐへぇっ!?」

 

 なんの諸行無常もない突然の腹部への衝撃に脳内ナノマシーンはエマージェンシーを発動しダイブシステムを緊急停止させる。

 手順を全て無視して意識が肉体に戻った反動で末端神経がオーバーロードを起こしピリピリとした痛みが走るのに顔をしかめながらセキュリティヘルメットをむしり取りつつやけに重い膝の上に目を向けると…。

 

「は…?」

 

「あ…」

 

 悟の膝の上で身を起こす、赤い布をまといおかしな仮面を被った子供とご対面した。

 悟が困惑に硬直する中、仮面の子供はわなわなと震え…。

 

「モモン様ぁ!!」

 

 と叫び悟の胸に飛び込み縋るように抱きついてきた。

 

(えええっ!? なになに! なんか柔らかいし温か…くはないななんか妙に冷たいし…良い匂いとかもしないし!)

 

「ええっと、たしかにモモンガですけど!? というかどなた!? どうやって部屋に入ってきたんだよ!?」

 

 混乱しつつも聞き取れたモモンという言葉を悟の耳は聞き慣れたモモンガと変換して脳に伝え、悟は辛うじて返答に成功する。

 本当に成功だったのかは定かではない。

 仮面の子供は悟の胸に顔を埋め嗚咽し始めたのだから。

 

「良かった…モモン様…。もう会えないのかと…。私はもう駄目なんだと…。会えて…会えて…モモン様ぁ…」

 

(えぇぇ…ほんと誰この子…? 俺をモモンガって呼ぶことはユグドラシルの知り合いだとは思うけど…。フレンドにこんな子居たかな…? いや、リアルの顔知らない人もいるけど…)

 

 謎の子供の嗚咽が響く室内で悟は、明日は4時起きだから早く寝なきゃ…。などと考えつつ疲れたように椅子の背もたれに頭を落とした。




このSSではリアルに残った「鈴木悟」と異世界に行った「モモンガ」は分岐し別々に存在しているという設定で書いています。
なのできちんとモモンガは異世界のナザリックで実体化しNPCたちを率いて魔導国を作り上げています。
六大神や八欲王といった異世界へ行った他のユグドラシルプレイヤーたちも同様です。

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