とある一方通行な3兄弟と吸血鬼の民間警備会社   作:怠惰ご都合

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本当の本当にお久しぶりです。去年の10月を最後にパタリと活動していなかった作者です。そして実は、3月の活動報告以降あまり執筆しておらず、急いで投稿しようと慌ててたりもします。
・・・・・さぁというわけで、今回も夏世の話の続きです。


会いたかった人と、そうでない人

 結局、朝まで探し回ることになったが、二人を見つけることは叶わなかった。これ以上探しても見つかるかわからない。再びイニシエーターを恨んでる人たちに追いかけられることになるかもしれない。だから、そうならないように一度学生寮に戻ろう。そう思って歩いていると、見知った人に話しかけられた。

 

 「なぁ、ちょっといいか?」

 

 「・・・・・・」

 

 確か上条さんだったか。寮は同じだし何度か会ったことはあるが、私自身が基本的に外を出歩かないこともあって接点はそんなにない。ただ、レイさんとライさんはクラスが同じらしく、よくつるんでると二人から聞いたことがある。

 

 「えっと、夏世だっけ?こんなとこでどうしたんだ?その様子からして学生寮から出てきた訳じゃなさそうだし、どっかに行ってたのか?」

 

 「まぁ・・・・・そんなところです」

 

 「・・・そっか。いやでも夜中は物騒だし、警備員(アンチスキル)に補導されたりしたら色々と面倒だぞ?」

 

 「わかりました。忠告として心に留めておきます」

 

 正直、そんなことよりも今は一刻も早く戻りたかった。お二人がいないとはいえ、今、私の帰る場所はあそこしかないから。再び足を動かそうとするが、やはり呼び止められる。

 

 「・・・・・・・なぁあの姉弟がここ最近学校に来てないんだけど何か知らないかな。あの二人、今まで皆勤賞だったのに、急に来なくなったのが心配だって小萌先生が慌てててさ」

 

 どうやら学校に来てないことを心配しているようだった。しかし、それはお二人がいなくなった理由について何も知らない事を意味している。

 

 「他の知り合いにも聞いたんだけど、学校以外でも最近あいつらを見かけなくてさ、もうすぐ大覇星祭があるっていうのに、あの二人がいないと俺たちも他に頼れるのがいなくてな。俺や里見だけじゃなくて、他の奴らも心配してんだ。だから頼む!何か知ってるなら教えてくれないか!?」

 

 純粋に心配してくれている、それ自体は私としても嬉しいことだし、手伝ってもらいたい。でも・・・・・

 

 「・・・・その」

 

 「お願いだ!」

 

 「・・・・わかりました」

 

 上条さんの表情が明るくなる。

 

 「実はお二人は今、風紀委員(ジャッジメント)の極秘任務で学園都市を離れているんです。詳しいことは私にも教えてくれませんでしたが、必ず帰ってくると約束してくれました。ですから任務については、そこまで心配しなくてもいいと思いますよ。なにしろ、あの二人ですから」

 

 「・・・・そうか、そうだったのか」

 

 「はい」

 

 「あいつら、約束は守るタイプだからな」

 

 「・・・・・・えぇ」

 

 「悪かったな、変に問い詰めちゃって」

 

 「・・・・いえ、元はと言えば事前に説明していないお二人が悪いんですから気にしないで下さい。私の方こそ、とっくに知ってるものだと思い込んでました。すいません」

 

 「いやいや教えてくれて助かったよ。ありがとう!」

 

 上条さん笑顔で離れていきました。その背中が見えなくなったのを確認した私も、静かに歩きます。エレベーターに乗り、いつもの階に降りて、いつも通りの距離を歩いて、いつも通り扉を開けて中に入る。バタンと扉を閉める。電気をつけなくても窓から差し込む光が眩しい。ただ、いつもと違い今日はやけに眩しい。眩し過ぎて反射した光の影響で目から涙が溢れて止まらない。

 

 「何が極秘任務・・・・ですか。何が・・・・心配しなくてもいい、ですか」

 

 そんなこと、あるはずないのに。勿論、さっき上条さんに伝えたのは嘘だ。もし二人の知り合いに聞かれた時、余計な心配をかけないようにと、固法さんたちと一緒に決めたでっち上げでしかない。最初、固法さんたちは事実を伏せることに反対していた。知り合いにも話して協力してもらうべきだと何度も言われた。でも、私はそれを断った。くだらない意地を張っていると解ってはいたけど、それを認めるのが嫌だった。・・・・・・自分たちだけで、可能なら自分一人でお二人を見つけたかった。

 

 「理由なんて・・・・・・私が一番・・・・知りたいくらいなのに」

 

 普段は狭いと感じたこの空間を、やたら広く感じてしまう。それはお二人の部屋でも同じで、どこに行っても心細いままの自分が、ひどく幼稚に思えて仕方ない。

 

 結局、涙は止まらないままで、私は座り込んでしまった。膝を抱えて座り込む私は、いつかの里見さんと一緒した時みたいだった。でも、今は自分一人だけ。一度でも一人だと考えてしまうと余計に涙が溢れてくる。一日中歩き回って疲れたのか、瞼が重くなっていく。自分一人だけでは無理なのかと考えていると、それすらも面倒に感じて、私の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・はぁ/ダル」

 

 右手の力を抜く。同時に今まで掴んでいたソレ(・・)がドサッという音を立てて床に崩れ落ち、足元に赤黒い液体が広がっていく。周囲でも、似たような状態のソレ(・・)らが放置されているが、止めるものは誰もいない。

 

 「・・・・はいご苦労様ー」

 

 本心から言ってないのが判るくらい適当な声が、パチパチという音と共に聞こえてくる。振り向くと白衣を着た男が、欠伸をしながら椅子から立ち上がった。

 

 「じゃあ、次行こっか」

 

 こっちを気遣うなんてこと、この男がしてくれるはずもない。傍から見れば調整と称して、「呪われた子どもたち」を引き連れ回してるようにしか見えない。今の今まで息していた相手が、倒れたとはいえ、これで最後な訳では無い。既に何度も同じ事をやってきたために日付などは気にもならなくなった。

 

 「・・・うわ/まだやるの?」

 

 「なに言ってるの?だってまだ予定してた数の半分もいってないんだよ?」

 

 既に周ったビルは片手では足りず、指示されるままに仕留めてきたから疲れもあり、歩き過ぎて現在地もわからない状態にも関わらず続行と言われたら、反抗的になるのも仕方ないというものだろう。足元に倒れているのは、能力者やスキルアウト、獣種などの魔族、プロモーター、「呪われた子どもたち」、一般人、種族や人種を問わず誰しもが倒れたまま、ピクリとも動かない。

 

 「・・・嘘/これで?」

 

 「ほら早くおいでよ、まだ足りないでしょ?お代わりなら沢山用意してあるから!」

 

 白衣の男はさっさと出口に向かってしまう。

 

 「ここに来てる時点で、こんなこと言う資格ないけどさ/アンタ、自分のやってることに罪悪感とかないわけ?」

 

 「ないよ」

 

 男は歩みを止めて、あっさりと言い切った。

 

 「だって今までに相手させてきたのは、大なり小なり人に言えないことをしてきた奴らだよ?仮にバレたとしても、俺たちはあまり罪を問われることは無い筈さ。だから心苦しいなんてこれっぽっちも思ってないよ」

 

 男はそう言うが、実際にそれを見た訳では無いから聞かずにはいられなかった。

 

 「だからって/何も・・・」

 

 「呪われた子どもたち」まで対象にする必要はない、そう言おうとしたのに、

 

 「例え強制されて、嫌だと言えない状況下にあったとしても、従ったのなら、行動したのならそれはもう本人の意志と変わらない。だから対象に含めた。それに今後、善悪の区別が出来るようになったとして、その時に慣れてしまっていたら?心が壊れてしまったら?他を巻き込んでしまったら?・・・・もっと酷いことが起きていたんじゃないかな?」

 

 男は、その問いすら知っていたかのように答えた。

 

 「第一、今更なんでそんなことより気にするの?そんな繊細だったの?ひょっとして、面倒になったからじゃないよね?」

 

 「・・・・/・・・・チッ」

 

 「・・・・・はぁ。君たち、相変わらずなんだね」

 

 男は懐かしいものを見るような、呆れるような、複雑な視線を向けてくる。

 

 「相変わらずってどういうこと?/さっぱり意味がわからないんだけど」

 

 いつか見たような光景が目に浮かぶ。言われたことに対し嫌だとゴネる自分と、お菓子を食べながら無視するもう一人の自分。そしてそんな二人にげんなりしている白衣の男。現在、目の前にいる男と一緒だが、少しばかり若いように見える。一体、何年前の・・・・・いや()の記憶なんだろう。

 

 「・・・・・なんでもないよ、忘れて」

 

 「変なの/何だいつも通りか」

 

 「・・・・・辛辣だなぁ」

 

 「ここまでやって良かったの?/後々ややこしいことにならない?」

 

 いくら許可されていたとはいえ、無抵抗、非武装の相手を一方的に蹴散らしたことに、若干の疑問が浮かんでしまう。

 

 「寧ろ願ったり叶ったりだよ!これを餌に大物を相手してみるのもいいかもね。副菜をいくつも喰い散らかすより、主菜を一気に平らげる方が君たちも満足するだろう?そうだね、攻魔官とか吸血鬼とかはどうだい?」

 

 「・・・・・生憎と少食でして/動いた分しかお腹減らないからお断り」

 

 「随分とコスパいいんだね」

 

 「だってそれ、対峙するの自分だからね/アンタは気楽でいいわよね、安全なところから指示出すだけなんだもの」

 

 「この世には適材適所っていう、それはそれは大変素晴らしい言葉があってだね」

 

 「早くしないと置いてくよ/ボサッとしてんじゃないわよ」

 

 「・・・・・・・はいはい」

 

 男の口振りから、どうやらまだまだ終わらないらしい。さっさと終わらせて楽したいものだ。

 

 (置いて・・・いかないで)

 

 ふと、聞き慣れた声を耳にした。なんだろう、どこかで聞いたような・・・・・そうでないような。聞けば安心するその声が、どこか懐かしいものを思い出させるが、体験した覚えはない。振り向くとそこには不思議な光景があった。あれは・・・・疲れたのか壁を背にして座り込む自分と、呆れて見下ろすもう一人の自分、そしていつまでも泣き続ける見知った筈の誰か。

 

 「どうかした、急ぐんじゃなかったの?」

 

 男の声が、せっかく浮かんだ懐かしい光景を掻き消していく。

 

 「・・・・別に/なんでもない」

 

 まぁ、特に引っかかるものでもないし・・・・・・・・後回しでいいか。男に連れられるまま、次の建物を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、窓の外は既に暗くなっていた。どうやらずっと眠っていたらしい。きゅうぅ、と体が空腹を知らせている。一人で食事を摂るのは心細いが、お腹が空いたまま行動しようとしてもまともに頭が働かないから、そんな時は無理やりにでも食べた方がいいとライさんに散々言われてきた。

 

 「・・・・・」

 

 静かな状況が、余計に不安を掻き立てる。

 

 「・・・・・・」

 

 特に味がしない食事を摂り、嫌な予想を追い払おうとペースを早くする。

 

 「・・・・・ぅ」

 

 どうやら自分が思っていた以上に疲れているらしいこの体は、食事を済ませると今度は再び、眠気が襲ってきた。こんな状態で外に出ても、ロクな事にならないのは簡単に想像できる。とはいえ、すぐに寝るわけにはいかない。今のうちに捜索した範囲を整理しなければ。以前、慣れないだろうからと固法さんに貰った学園都市の地図を広げる。今日探したところにチェックをつける。その地図の隣から、かつてのプロモーター、伊熊将監と一緒に行動していた際に使っていた銃を入れたケースを取り出す。二人と共に生活するようになってからは、使うことを控えていた。というよりも、二人に約束させられたのだ。あの二人は私が銃を持つことを・・・・・否、イニシエーターとして戦うこと自体を良く思っていない。イニシエーターだけを戦わせて、自分たちは安全なところから傍観するのを嫌っているようだった。いくらそれが役割だと説明しても、抑制剤があるからと告げても二人は頷いてくれなかった。よく知る人を思い出すからと、それなら自分たちが代わるからと、だから自分は今までの分も含めて、少しばかり楽になっていいのだと・・・・・尋ねるたびに言われた。

 結果として二人の言葉は正しかった。あの時そのまま諦めていたら知りようがなかった世界を、今までに体験出来なかった幸せを、楽しめなかった生活を送ることが出来たのだから。でもそれは・・・・・二人が隣にいればの話だ。二人がいない今も、その約束を素直に守れるほど自分は賢くない。だから約束を破ってしまうのも仕方のない事なのだと、自分に言い聞かせる。地図を仕舞い、ケースの中を確認し入れてあった銃の整備を終え、他にも使えそうな物をいくつか詰めてその口を閉じる。準備を終えると直ぐに、再び眠気がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うっすらと霧がかかったような視界にただ広いだけの空間。現実味のない状況にも関わらず安心している自分。途端、これは夢なのだとすぐに理解できる。確か“明晰夢”というのだっただろうか。言葉では知っていても体験するのは初めてだった。聞いたところによると、ルールも結果も決まってないが故に、自分の想像を全て実現できるのだとか。

 なら、自分の望むものは決まっている。あの姉弟を、少し前みたいに3人で笑っていられたあの日常をもう一度を望む。

 ほら、ここ数日の出来事が嘘かのようにあの二人が目の前で待ってくれている。

 少し離れたところで、今までに何度も見た優しい表情で手を振っているライさんが、恥ずかしそうにしながらも笑って手を差し伸べてくれるレイさんが、待っている。後は自分がその手を掴むだけ。たったそれだけで再びあの生活が戻ってくるのだから悩む 必要なんて、どこにもない。

 そして、3人で過ごしている光景を、かつて自分の在り方を肯定してくれたプロモーター、伊熊将監に見てもらえば全て満足な結果となる。口は悪いが、なんだかんだで理解のある人だから、こんな結果も認めてくれるだろう。

 

 「・・・・何を腑抜けたこと言ってやがんだ夏世」

 

 ほら、思った通りじゃないですか。やっぱり将監さんは、いい人なんですよ・・・・口は悪いですけど。あと急に背後に立たないでくださいよ驚いたじゃないですか。

 

 「・・・・・解ってねぇな。ホントにこんな陳腐なので満足なのかよ」

 

 ・・・・相変わらず冗談がキツいですね将監さんは。見てくださいよこの光景を。将監さんの他にも私たちを理解してくれる人がいるんです。こんなに嬉しい事が他にありますか。

 

 「冗談な訳ねぇだろうが。冗談だったらもっと笑えるやつを言うに決まってんだろ。いいからとっとと目を覚ましやがれ。いい加減、あまりの退屈さに欠伸が出て止まりやしねぇ」

 

 私は常に正気です!将監さんこそいい加減にして下さい!さっきから聞いていれば人の幸せを“陳腐“だとか“退屈“だとか。何が気に入らないって言うんですか、はっきり言って下さいよ!

 

 そう言い返して振り向くと、眼の前には幾度となく見てきた巨剣が突きつけられていた。

 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、それは出来なかった。かつて伊熊将監という男が好んで使っていた巨剣が半ば程から切っ先にかけて折れており、折れた先からは赤い液体が滴っていた。

 

 将監・・・・さん?

 

 「これでも気付かないってんなら、流石に蹴りの一つでもくれてやるつもりだが?」

 

 気付かない訳がない。思い出せないハズがない。だって、もう既に伊熊将監という男は・・・・。

 

 「やっと理解できたかよ。ったく、いつまでたってもトロいじゃねぇか。偶には進歩ってモンを教えてくれよ」

 

 将監さんの口元を覆っているドクロスカーフが静かに揺れる。

見上げるとそこには今までに何度も見てきた獰猛な笑みではなくて、数える程しか目にしたことのない、静かな笑顔だった。

 

 「もう一度、あの二人を見てみやがれ」

 

 将監さんに言われるがまま、ちらりと姉弟(ふたり)の方を見る。そこにいつもの姉弟(ふたり)はいなかった。そこにいたのは、見たこともない二人の少年少女だった。年齢は自分と同じくらいだろうか。さっきよりも距離が離れていて正確には姿がわからない。けれど、その声ははっきりと聞こえていた。

 

 「痛い、痛いよ先生」

 

 「もう嫌なのに・・・どうして続けさせるの」

 

 聞こえてくる声はそれだけに留まらず、聞こえるどれもが、そんな言葉となって周囲に木霊する。

 

 「待ってるだけでいいならそれで構いやしねぇ。望むだけで手に入るならそれに越した事はねぇ。でも、欲しいものは何がなんでも自分から掴んでいかなけりゃ面白くねぇだろうが。そもそもの話、そうでなけりゃ今まで背中を預けてた俺自身が満足できねぇ」

 

 再度、将監さんに向き直ると、その背後には暗い空間が見えてくる。その奥には、いつもあの姉弟(ふたり)と共に過ごしていた部屋が広がっていた。

 

 将監さん・・・・・どうしてあの時、私の合流を待っていてくれなかったんですか。なんで、私も一緒させてくれなかったんですか。

 

 ここで起きる全てが自分にとって都合のいい夢だと解かっているのに、それでも答えて欲しかった。将監さん自身の言葉ではないと知っていても、聞かないわけにはいかなかった。

 あの時、私がもっと早く罠に気付けていれば、慌ててグレネードを撃たなければ・・・・なんて、今更言ったところでそれは変えようのない事実なのだから、叱って欲しかった。

 

 「お前がトロいなんて、そんなことはこの俺が誰よりも知ってんだよ。・・・・ただ、あの時は色々な事が重なっちまっただけで誰も悪くねぇ。あそこでお前に待機してもらったのだって、俺が他の奴らと群れる事になったのだって、あの仮面野郎がいたのだって、結局は偶然で誰も責められる必要なんてありゃしねぇんだよ」

 

 けれども、将監さんは私を叱らなかった。巨剣を仕舞い、その代わりに、将監さんの無骨な手が私の頭の上に静かに置かれた。

 

 「初めてだな、こんなことすんの」

 

 力任せに、乱暴に撫でられているハズなのに、どこか安心できるのは、何故だろうか。

 こっそり顔を見ようとすると、将監さんはぐいっとそれを押さえつける。

 

 「・・・・・見んじゃねぇよ照れくせぇな」

 

 将監さんの顔はやはり赤くなっていた。この人にも照れる行動なんてあったのか。そこそこ長かった付き合いなのに、意外と知らない自分たちに驚きを隠せない。

 

 「だから、見んじゃねぇっ!」

 

 再び雑に頭を撫でられる。その力加減はもはや撫でるというよりも、振り回すと表現した方がいいかもしれない。

 

 「・・・・・漸く腹ぁ決めたみてぇだな。相変わらずのんびりしやがって」

 

 はい、決めましたよ将監さん。もう私は望むだけ望んで待ってるなんてつまらない事はしません。自分から掴みに行きますよ。

 

 「・・・・・・・ったく、こんな時(最期)まで世話かけんじゃねぇってんだ。ガラにもなく声かけちまっただろうが」

 

 もう、目の前に将監さんの姿はなかった。無骨な手も黒い巨剣も消えていた。ただ、伊熊将監という粗野なプロモーターが常に口元を覆っていたドクロスカーフだけが足下に落ちていた。それを拾い上げ、薄暗い部屋に足を進める。

 もう背後から泣き声は聞こえなくなったていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこはやはり薄暗い部屋。自分以外に誰がいるわけでもなく、静かなままだった。でも、もう悲しむ必要なんてないと将監さんが教えてくれた。欲しい物は自ら手に入れると、かつて組んでいた時のように動くのだと、思い出させてくれた。なら、もう迷わなくていい。ケースを手に取り、実は将監さんのドクロスカーフを参考に、今までこっそり作っていたスカーフを棚から取り出し首に巻いて、最後に手に馴染むショットガンといくつかの予備弾薬、その他にも閃光弾や発煙筒などを装備して部屋を出る。

 外は暗く、明かりとなる月も雲に隠されて視界もあまり良くないが、これでも私はイニシエーターで、モデル因子はイルカ。例え暗闇で見えなくても音が反響していればある程度の方向は把握できる。流石にヒトとイルカとでは聞き取れる周波数が異なるからそのまま再現するのは可能だが、それでも『呪われた子どもたち』と呼ばれるこの存在が、イニシエーターとしての役割を持つこの体が、ヒトと異なる力を多少でも実現可能にさせてくれるのだから複雑な気持ちだ。

 昨日まではあんなにザワザワしていた心が、今では不思議と落ち着いている。ここ数日間で何度も行き来した道だから、迷う心配なんて考えなくていい。幸いなことにいくつもの街灯があるから闇を恐れる必要もない。ただ気がかりなのは警備員(アンチスキル)や攻魔官と鉢合わせないかという一点である。持ち歩いている物、完全下校時刻を大幅に過ぎているという自覚、プロモーターと離れ、独断行動しているイニシエーター、補導される要素しか見当たらないのである。

 以前は事情もあって最初から細い路地を探したが、今回は訳あって人の少ない場所、例えば最近になって封鎖された施設や取り壊し予定となった建物など、人気の少ない開けた場所をメインに当たってみるつもりでいる。

 時間帯を考えれば当然だが、やはり人気はない。夏休みも終わったというのに、外の気温は高くまとわりつくような暑さは未に健在であった。何より足元やあちこちに建てられているビルといったコンクリートがより暑さを感じさせているのは、気の所為ではないだろう。

 

 「・・・・っ!」

 

 ただ歩いてるだけで汗が止まらなくなっているが、これでも日中と比べればマシな方と言えるだろう。

 第七学区にある学生寮を出て東方向へ進み続け結構な時間を歩いたと感じ始めた頃、遠目に研究施設っぽい建物がちらほら見えてきた。となればあの方向が今回の目的地である第二三学区だろう。結構なペースで動いていたとは自覚していたが、まさかもう第一八学区に入っていたとは思いしなかった。ちなみに今更ではあるが、このややこしい土地について説明をしておこうと思う。

 地図でいう北側は“民警エリア”、中央は“超能力者開発エリア”、南側は“魔族特区エリア”と便宜上は分けられているが外周区には等間隔でモノリスがあったり、学力にもよるが基本的にはあちこちの学校に職業・種族・能力関係無しに分けられるなど、実はそこまでの拘束力はなかったりする。学生寮などはその最たる例で学校の教師でさえ、どこの学区に誰がいるのか把握できていないのではないか、と思うくらい点在しているのである。

 こんな振り分け方をした方とは仲良くできそうにない、などと考えながら足を動かしているとフェンスに遮られた。閉鎖されたとはいえ、一応は能力開発などの研究施設だった事は確かなようである。

 

 「・・・・・まぁ、関係ありませんけど」

 

 とっくに封鎖されているとはいえ、一応警備システムが生きてないか確認するために足元に落ちていた石を一つ投げ入れ、反応が無いことを確認すると慣れた動作でフェンスを超えて静かに侵入する。無いとは思うが、基本的に人に見つかるのは避けたい。ライトは使わずに、音の反響を利用して進んでいく。建物については完全に勘に頼るしかないというのが悔しいが、それでも人が動いていれば多少の物音はするだろうからそれを頼るしかない。

 まずは距離的に1番近い建物に近づき耳を澄ませる。当然だが音はしない。危険だが落ちていた空き缶を放り、反響音に意識を集中させる。

 

 「反応は・・・・ないですね」

 

 続けて似たような建物に今度は金属片を投げ入れる。正直投げ入れる物は何でも構わない。音に反応した“何か”を見つけるのが目的なのだから拘るだけ時間の無駄である。緊張している生き物は例え僅かな音であっても反応せずにはいられないものだ。ソレが衣擦れであれ、息遣いであれ何かしらの反応はあるだろう。後はそれを反響音から聞き取るだけである。

 

 「また、なし・・・・・・ですか」

 

 まだ建物はいくつもある。たった2箇所当たって何もなかった位で凹んでなんていられない。それに、予想がハズレたとしても、この学区以外にだって似たような施設はいくらでもあるのだから、次はそこへ向かえばいいだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も似たような状況で建物を入り口から覗いては反響音に耳を澄ませるということを繰り返すこと2〜3時間くらいはは経っただろうか。まだ回ってない建物も残り半分以下になり、慣れた手付きで石を投げ入れ反響音に耳を澄ませていると、僅かにだが反応があった。正確には石を投げ入れようとしたタイミングで、外を目指して走ってくる魔族と鉢合わせた。

 

 「・・・・・えっと」

 

 「ひぃっ!?な、なんだお前!アイツらの仲間かっ!?」

 

 「いえ私は・・・・」

 

 「違うならそこをどいてくれっ!は、早くしないとアイツらが!?」

 

 目の前まで走ってきた魔族の男は、慌てた様子で何度も背後を確認している。

 

 「と、とにかく違うんだな!?・・・・・・良かった。すまねぇがアンタ、他所の学区まで一緒に動いちゃくれねぇか?」

 

 私は違うと判断したのだろう、安堵した彼は共に行動して欲しいと提案してきた。正直言えば魔族の彼が逃げ出す程の“何かしら”があるここを調べたいところだ。なんだったら早く勝手に去って欲しいのだが、それだとこんな時間に色々と危うい立ち場の私が出歩いているのが、警備員(アンチスキル)とかにバレてしまうかもしれない。となれば、後々の面倒を考えたら今はこの男と共に行動するのがいいだろう。こんな時間に逃げてくるくらいだから、この男にも公には言えない事情があるハズ。なら、無事に保護するのを条件に、お互いのことは何も知らなかったということで黙っていてもらうのがいいだろう。未だ、風紀委員(ジャッジメント)本部にはお二人の事は報告していないと固法さんが言っていた。仮に補導されようものなら、私からお二人の監督不行きから身元偽造まで調べられてしまうだろう。そうなればお二人には勿論、一七七支部の皆さんにまで迷惑をかけてしまう。それだけはどうしても避けなければ。

 

 「わかりました、学区の外まで一緒します。それで構いませんね?」

 

 「あ、ああっ!ここから出られるならアンタに従う!だからよろしく頼む!」

 

 男を先に外に出し、後ろを歩く。だが、階段を降りてすぐに、ドサッという音と共に男は倒れた。

 

 「っ!?」

 

 急いで駆け寄るも既に息はなかった。顔からは血の気が引いており、周囲には見慣れたソレがゆっくりと広がっている。

 突然、背後から人の気配を感じた。足音はしないのに、何も聞こえないのに何故か感じたソレに、振り向かずにはいられなかった。

 

 「・・・・レイさん・・・ライさん?」

 

 ふと、探していた二人を見つけたような気がした。初めて見る少女は、その体躯に似合わない大人びた雰囲気を纏っていた。ほんの一瞬、うっすらとあの姉弟(ふたり)の姿が見えたのに、それも直ぐに消えてしまった。

 

 「・・・・・誰?/迷子?」

 

 しかしその表情は、何も映していなかった。寧ろ、今にも消え入りそうで見ているこっちが不安になってしまう、そんな印象だった。唯一解る特徴は、目が赤くなっていることから彼女がイニシエーターであるということだけ。

 

 「あ〜らら、見つかっちゃった」

 

 赤目の少女の後ろから、白衣の男が薄気味悪い笑みを貼り付けて現れた。思わずギュッと、グリップを握る手に力が入る。

 

 「お〜お〜怖い怖い。初対面なんだから、いきなりズドンは勘弁してくれよ。君、あの二人と仲良しなんだろう?なら俺とも仲良しって事でいいじゃないか・・・・ねぇ、千寿夏世さん?」

 

 こんな胡散臭い男を前にして、力を抜ける筈もない。男の言う通り、確かに私たちは初対面。だけど、それなら何故この男が私の名前を知っている?私がお二人と共に過ごしていることを当然のように受け入れた?私の知るお二人がこの男に連絡するはずがない。なら、どこかで見ていたからじゃないのか。一度でも考えてしまったら止められない。なおさら手に力が入ってしまう。

 

 「・・・・あなた誰ですか?生憎ですが、私はあなたのような胡散臭い男知りませんけど」

 

 「そんなに胡散臭いかなぁ?これでも人受けのいい顔してると思うんだけどさ、ねぇホロウ?」

 

 「そんな訳ないでしょ、どの口が言ってんの?/鏡見てきた方がいいと思うわよ、あと話かけないで」

 

 「この子、あなたのイニシエーター・・・・なんですよね?なんでこんなにキツく当たられてるんですか?。一体どんな恨まれることしてきたんです」

 

 「すぐそこに気付く辺り・・・・・やっぱり君、あの二人に似てるよね。レイもライも相変わらずなようで安心したよ」

 

 お二人を知ってる・・・・・ということはやっぱりこの男が、お二人の能力開発を行った『木原』で間違いない。結果的に警戒していたのは正解だった。言われたまま銃口を下ろしていたら、今頃目の前のイニシエーターにどうされていたかわからない。私もイニシエーターではあるが、基本的には後衛の担当だ。戦うのに慣れていない訳ではないが、それでも不向きなのは自覚している。この男に従っていればきっと今頃、さっきの魔族みたいに倒れていたことだろう。

 

 「まぁまぁ、そう緊張しないで楽しくお話しようよ。ほら、そんな物騒なのは早く仕舞って、笑顔だよ?」

 

 「・・・・仮に銃を下ろしたとして、彼女が襲ってこないとも限りませんし、そもそもの話、アナタの言葉を鵜呑みにする気にはなれません」

 

 向こうから話しかけてきた時点で、この男がお二人の所在を知っているのは事実。仮に知らなかったなら、こんなに笑ってないでとっくに聞いてくるハズ。

 

 「いいぞもっと言え/いっそ当分の間立ち直れなくなるほど凹ませてもらえ」

 

 「ホロウ、キミは一体どこでそんな言葉を覚えて来たのさ。先生は悲しいよ、キミが人を気にもかけてくれないくらいドライになってしまって」

 

 「・・・・言ってなよ、子供は大人の行動を見て育つんだよ/遠回しに言って、日頃の行いだと思う」

 

 「もう少し優しく言ってくれないと、そろそろ立ち直れなくなりそうなんだけど」

 

 私は一体何を見させられているのでしょうか。この張り詰めた空気に全くと言っていいほど合わない会話。とはいえ混ざるなんて出来ないし、そもそも目的以外の事をするなんて以ての外だ。だが、イニシエーターに見張られていては動こうにも動けない。

 

 「・・・・で、どうすんの/連れてくの?置いてくの?」

 

 「うーん、正直迷ってんだよね。何を言っても信じてもらえないんじゃお手上げとしか言いようがないんだから。ホロウはどう思う?」

 

 「人に聞くんじゃなくて、自分でも決めなよ。第一、聞かれたところで最初から決定権なんてないんだし/質問に質問で返されるとか不快だわ。そんなんだから、いつまで経っても未熟だの成長しないだの言われんのよ」

 

 「・・・・じゃあ、取り敢えずついてきてよ。別に途中で引き返しても追わないし、口封じなんてしないって誓うから」

 

 なんかもう、この人が可哀想に思えてきました。何を言っても冷たく突き放され、どんな行動しようと反対されて。ホロウと呼ばれる彼女の性格が故なんでしょうか。それとも本当に日頃の行いなんでしょうか。もうどっちを疑えばいいのか私にはわかりません。こんなにされているのに、この男は未だに笑顔を貼り付けたままです。

 

 「・・・・・・わかりました」

 

 とにかく今は、一刻も早くお二人について知りたい。その一心から、私は銃を下ろして彼らの後を追いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「我ながら、今更だとは思うんですが・・・・私、騙されてませんよね?」

 

 いつ取り押さえられるかと身構えているのだが、そんなことにはなっていない。それどころか、『木原』の男とホロウと呼ばれる彼女は並んで私の前を歩いている。

 

 「まっさかぁ。最初からそのつもりなら、今頃はとっくに機械に繋いでるよ!それに、いつでも逃げられるでしょ?別に取り囲まれてる訳でもないんだし、それくらいイニシエーターのキミなら余裕なハズだよ」

 

 確かにそれもそうだが、どうにもこの男の言葉が素直に信じられないのは私だけなのか。

 

 「ハッ、どうだか?最初は優しく接しといて後でヒドい目に遭うかもよ/コイツの言うこと全て信じるなんて病院紹介するレベルよ。話半分でも生ぬるい、多くても3割くらいにしておくことを奨めるね」

 

 ・・・・・私だけじゃないらしい。なんか、段々当たりがキツくなってきてる気がする。メンタル鍛えてない人なら寝込むんじゃないかと、初対面の私でも心配になるくらい。

 

 「いやいや、そこは2割くらいに言っといてくれよ!その様子じゃまだまだなってないねホロウ。もっと尖ってくれないと、この『木原』を凹ませることなんて出来ないぞ!」

 

 「・・・・・・/・・・・ッ!」

 

 それでいても尚、一向に気にしないこの男は一体なんなのか。なんかもう、逆に心配になる程にタフ過ぎている。

 

 「あれあれ、どうしたんだいホロウ?まさかもうギブアップかい?まったく、相変わらず幼いねぇ。んーよしよし!」

 

 「・・・・・喋んな耳障りなんだよ。さっさと閉じないとその口開けなくするぞ/ホントに逃げ出すなら今のうちだよ。こんなやつ、気にするだけ時間の無駄なんだから」

 

 「・・・・・」

 

 ホントにどうしたらいいんでしょう。逃げたいけど知りたい。色んな意味で危険だけど、手がかりが見つかるのは確実だし。でもこのままついていったら自分の常識が歪んでしまいそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで、本来とは違った意味で重苦しい雰囲気になってしまったが、どうにか目的地まで案内してもらった。

 

 「他にも連れてきたい子がいたら、いつでも何人でも歓迎するからね!」

 

 「どういう思考回路を辿ればそんなこと言えるのさ/普通に考えて自分の知り合い危険に曝す訳ないでしょ」

 

 信じられますか、目的地に到着してもこの感じなんですよ?普通なら、もっとずっしりとした空気になりますよね!?・・・・勿論声には出せませんが、そう思ったのは事実です。なんていうか、想像してたより何倍も“緩い”人ですね。お二人の表情から察するに、もっと性格的に合わないんだと思っていました。いえ、今の状態でも合わないですけど。

 

 「足元暗いから気をつけてねー」

 

 階段を降りていくつもの角を曲がる、それを繰り返して十分くらい経った頃でしょうか。前を歩く二人の足が止まりました。

 『木原』が何桁かのパスワードを打ち込むとピーという機械音と共に扉が開きました。

 

 「信じられないでしょ、未だにパスワード使ってるんだよ?それも時間で変わるなんて便利な機能はないから、数字さえ知っていれば誰だって入り込み放題!もうセキュリティがガバいのなんの!」

 

 「じゃあさっさと変えなよ/時代遅れって自覚してんでしょ」

 

 「・・・・セキュリティ面を整えるのってね、手間がかかるんだよ・・・・・主に金銭的に」

 

 二人の後に続いて部屋に入るとそこは、いかにもなんの“研究施設”でした。大きなモニターや使う用途のわからない台。棚には謎の瓶があって、床にはこびりついた錆。そして大きな縦型の水槽には・・・・・・・・・探していた二人。

 

 「ッ!?」

 

 その光景に思わず目を見張ってしまった。二つの水槽は同様の液体に満たされており、中ではレイさんとライさんがそれぞれ浮かんでいた。

 

 「よーこそ、「偶然」を司る『木原』、どうしょうもない一族の末端、この俺“木原偶発”の研究所へ!」

 

 聞こえたその声は、さっきまでと何も変わっていない(・・・・・・・)。にも関わらず、呼吸が苦しくなるほど締め付けられている気がするのは何故だろう。急いでショットガンを構え、向き直る。

 

 「まま、そうツンケンしないでお茶でもどう?甘いお菓子も用意してあるよ」

 

 「・・・・結構です」

 

 「ざんねーん。ホロウは?」

 

 「要らない/論外」

 

 銃口を突きつけられているのに、依然として飄々としていられるなんて、やっぱりこの男は信じられない。今だって「用意してある」と確かにそう言っていた。それは、最初から私がついてくると解っていたからだ。一体いつから・・・・・・

 

 「最初から」

 

 「ッ!?」

 

 「リフとメイがね、君たちが一緒にいるのを目撃したっていう報告してくれた時から。不思議とね、解るんだ・・・・・・“偶然”が。今のだってそうだよ?“偶然”キミが何を考えてるのか解ったから、直ぐに答えちゃった」

 

 「いい趣味してるよね/ホント、厄介極まりない」

 

 「目的は、なんなんですか」

 

 「だーから、ホントに危害を加える気はないんだって!今のは単なる自己紹介で、結果的に驚かすことになっちゃったけど、これはホントに“偶然”だよ。だって不公平じゃん、キミはあの二人から俺の事を聞かされてて知ってるっていうのに、俺はキミの事をなーんにも知らない。だからこれを機会に知って貰おうと思って」

 

 一度でも疑ってしまったら、この男の言葉全てが怪しく聞こえてしまう。全てを信じる訳ではないが、それでも聞かずにはいられなかった。 

 

 「長くなりそうだから着替えてくる/できることなら自由にさせてほしい」

 

 「・・・・今の時点で十分自由じゃん」

 

 ホロウさんが出ていって、この男と対面することになってしまった。

 

 「で、話があるなら今のうちだよ?」

 

 「・・・レイさんとライさんは、無事なんですか?」

 

 「安心して、二人は健康そのものだよ」

 

 「なら、もう開放してくだ・・・・・・・」

 

 「うーん、それは無理だよ。だって、まだ研究が終わってないんだから」

 

 「・・・・いつまで、二人を縛り付けるつもりなんですか?」

 

 この男の表情は一向に変わらない。それどころかより一層明るくなってきている気がする。

 

 「縛り付けるだなんて、それは勘違いだよ。そもそも今回はあの子たちに何かしらの考えがあって、自分たちの意志でここに来たんだよ。まぁ実験については俺から交換条件として誘ったんだ。俺の実験に手伝ってもらうのと、彼らの知りたいことについて教えるって取り引きしたんだ。・・・・・もちろん、キミには秘密」

 

 「・・・・さっきのホロウっていう子はどうしたんですか?」

 

 質問を変えても男の様子は変わらない。質問で揺さぶるのは逆効果になりそう・・・・というか、このままだとこっちが飲まれるかもしれない。

 

 「“偶然”路地裏で倒れてるのを見つけてね、リフとメイに運んでもらったよ。あのまま放置してたら、一部の人達にもっとヒドい目に遭わされてたかもしれないからね。だって嫌じゃん?ボロボロになってた子がいるのに、自分が見て見ぬふりしたせいで、後々八つ当たりされる為だけに生かされるなんて、そんなのもう後味悪いなんてレベルじゃないよ」

 

 「じゃあ、救ってもらった礼に手伝うってあの子から言い出したんですか?」

 

 「そうだよ。でもまぁ、今だって本調子じゃないから、安定するまでの間だけね。その代わり、リフとメイは休暇ってわけ。流石にイニシエーター3人と一緒に行動なんて、目立ち過ぎるからね。基本的に、誰だって自分から進んで動きに制限をかけたがる人なんていないでしょ?」

 

 「それは・・・・そうです、けど」

 

 ふと思った。

 何か、引っかかる。

 この人の言葉そのものに違和感を感じる。

 あの姉弟(ふたり)が無事なのかとい現状についてはすぐに言い切るのに、私たちを見かけたとかホロウを救ったとか過去の出来事については饒舌なのが、特に引っかかる。はっきり言うなら『言葉数』だろうか。基本的に人は、自分の得意なことについては饒舌になると、以前誰かが言っていた。ましてや、この男は『木原』。それは同時に“学園都市”という最先端科学の本拠地、その暗部(裏側)にも通じている研究者である事を意味している。

 彼は言っていた。自分(木原偶発)が『偶然』を司る「木原」であると。そして、あの姉弟(ふたり)は能力とは別に、憑依することが可能だと言っていた。もちろん私自身、一度は体験してその結果助けてもらったから、それは疑っていない。しかし、そもそも『憑依できるということ』自体が可能になったのは“偶然”だと言っていた。

 『呪われた子どもたち(イニシエーター)』という立ち場である自分だから科学という言葉に強くない。だけど・・・・だからこそ思った。科学に偶然があり得るのか(、、、、、、、、、、、、)と。能力という注目する対象によって過程が異なるものの、最初から決められた式に則って開発するという構図自体は、どれも同じハズなのだ。なら・・・・偶然なんて言葉でキレイに纏まらないのではないだろうか。

 

 「・・・・・なら」

 

 今ならまだ留まれる。引き返せる。この人の言葉を鵜呑みにして、いい子(・・・)にしてお二人を待つことだってできるだろう。・・・・・でも、それだと納得出来ない。イニシエーターの自分がではなく、あの姉弟(ふたり)と過ごしてきた自分がでもなく、なにより・・・・・欲しいものは自分で掴み取ると己に誓った自分が満足しない。

 だから、躊躇わない。

 

 「それなら、レイさんとライさんが私の前からいなくなったのと、ホロウ(あの子)が私の前に現れたのも偶然(・・)なんですか?」

 

 

 




そうか、夏世の視点で進めていくとこんな展開になっていくのか・・・・・なんて今までの姉弟との違いに作者自身が1番驚いてたりします。そしてやっと決まった『木原』の名前。決めたはいいけど名前が安直で不安になってたりします。胡散臭いのは据え置きです。

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