とある一方通行な3兄弟と吸血鬼の民間警備会社 作:怠惰ご都合
蓮太郎たちが到着すると施設の電灯は点いていた。
本土側で送電網を通じて電源を入れたらしい。
『里見くん、急いで』
蓮太郎と延珠は並んで施設内を疾走する。
目的の部屋は地下の二階にあった。蓮太郎は地図と木更の誘導に従い中央電室まで息を急き切らせてたどり着く。
ドーム状の中は広く、各所にパソコンなどがセットされている。正面には角度のついた巨大なELパネルが展開されている。
蓮太郎は中央のコントロールパネルに体当たりするように飛びつくと、外部接続端子を引き延ばし、携帯電話に繋ぐ。途端に二十桁のパスワードを求められ焦るが、電話越しに聞こえる木更の声にわずかな淀みもない。
苦もなくパスワードが通ると、緑色のバーが伸びて行き、リンクが完了した。
『・・・・地下に埋設された無人変電所からの電力供給に異常なし、送電網にも異常は見られない。液体ヘリウム保存デュワー瓶も異常なし。いけるわ。発射シークエンスはすべてこっちで行います』
『これより線形超電磁投射装置の起動を開始します。超伝導フライトホイール電力貯蔵システムのインターロック部にいる職員は至急避難してください。シークエンス、フェイズ1に移行。これよりエネルギーの充填を開始します』
パネル右端にサークル状のインジケーターが表示され、充填率が表示される。
コンパネに格納されていた操縦桿のようなものがにゅっといきなり屹立したかと思うと、見えざる手でぐっと手前に引いたり、押したりといった動作がなされる。
蓮太郎は唾を飲んだ。木更の電話越しにいる人間たちの熱気を肌で感じて、今更ながらにこれが嘘でも冗談でもなく、今現在起きつつある東京エリア破滅の瀬戸際なのだと悟った。
天の梯子基部がほぼ地面に水平な距離を保つと、左右のレール下部に取り付けられた
『モードをオンラインに切り替え、衛星と情報をリンク。『CYCLOPS』システム起動。主モニタに目標を映しだします』
ほどなくして三面パネルの正面が切り替わり、そこにズームされた画像に映っているものを見て蓮太郎は思わず目を逸らしそうになった。
一体何万種類の生き物の遺伝子をその身に取り込んだのか。
黒茶けたひび割れた肌は疱瘡にかかったようにイボだらけになり、そこから突起状の物体が生えている。計八本の逆トゲの生えた鎌状の異業の物体が首、頭、右目と場所を選ばず体を突き破って伸びている。
頭部は異常なまでに肥大しており、クチバシ状の湾曲した物体が口元ににゅっと突きだしている。残った左目は悲しいほどに小さい。
「れ、蓮太郎、あれが?」
「ステージⅤ、またの名をゾディアックガストレア・スコーピオン。十年前、世界を滅茶苦茶にした奴らのうちの一体だ・・・・」
スコーピオンは不意に立ち止まると、全身に生えた触手をピンと垂直に立て、天空にその巨大なクチバシを向けた。
「ヒュオオオオオオオオオオォォ!!!」
日本中の待機が怪物の絶叫に揺さぶれたかのような大音響。ビリビリと地鳴りのような振動が施設全体を揺すり上げ、ブワっと全身から脂汗が噴きだした。
「里見くん、落ち着いて聞いて。チャンバー部にバラ二ウム徹甲弾が装填されてないの」
「ど、どういうことだよ?」
「そのレールガンには打ちだす弾丸となるものがないの!つまりそのままじゃ・・・・使・・・・ない。だ・・・分で・・・・保、して」
先程まで聞こえていた木更の声が聞きとれなくなるほど遠くなる。
左右を見渡してからふとコンパネに飛びつき画面を凝視する。顔からさっと血の気が引く音がした。先程から絶えず無線でデータをやり取りしていたインジケーターが、ピタリと止まっている。データの送受信が停止しているのだ。
「木更さん!木更さん嫌だ!やめろやめてくれ!俺じゃ駄目なんだ。俺を一人にしないでくれ!」
ブツンと音を立てて、通話が途絶える。蓮太郎は信じられないような瞳で携帯電話を眺めた
途端に寒気が蓮太郎を包み込む。だが最悪の事態はこれだけでは終わらない。
突如けたたましいアラート音が鳴り響き、顔を上げると、左パネルに移ったステータス画面が怒り狂ったように真っ赤になっている。
『電力貯蔵システムの冷却材流出を確認。速やかに実験を中止してください。繰り返します。電力・・・』
その上に合成音が被る。
『射撃管制装置『UNTAC』が起動しません。再起動をかけるか中止してください』『レールガン発射角度、水平点より+1度。エネルギー充填率八八%』
一度だけなら撃てるが外したら後がない。
「蓮太郎、どうするのだ?」
「俺の右手を弾丸に使う。超バラ二ウムなら問題ない」
蓮太郎は右腕を外してチャンバー部に繋がるユニバーサルボルトにセットして閉鎖ボタンを押す。チャンバー部に右腕が送り込まれ、ロックされる。
『射撃管制装置依然応答なし。手動トリガーコントロールシステムを起こします。エネルギー充填率一〇〇%』
コンパネからもう一本、操縦桿のような物が起き上がる。スティックには拳銃の引き金のようなものがついているだけだった。
蓮太郎には出来なかった。
目標が大きくとも、手動では確率がコンマ数%もないのだ。
スティックを握る手の汗を服で拭う。
自分の喉から手負いの獣の様な荒い吐息が聞こえ、歯を食いしばる。
なのに、指先が固まってしまったかのように動かない。
蓮太郎はついにスティックにしがみついたまま、膝から崩れ落ちた。
「駄目だ・・・・やれない。俺には・・・・」
蓮太郎が諦めかけていた時、蓮太郎は自分の手に小さな手が重ねられることに気付いた。
驚いて隣を見ると、延珠がいつになく優しい表情で蓮太郎を見つめていた。
「蓮太郎、妾がいる」
口の中はカラカラだった。目頭が熱くなり、顔を伏せ、延珠を抱き寄せ壊れんばかりに手に力を込める。
「これを外したら、俺たちは終わりだ」
「当たるに決まってる」
「無茶苦茶言うな、無理に決まってるだろ!第一、試運転も経ないまま十年も眠っていた兵器なんて信じられない。一歩間違えれば弾丸が東京エリアにそれて未曾有の大災厄をもたらすかもしれない」
「蓮太郎ならできる」
「お前はいつだって無責任に言う・・・・」
「妾は一度だって無責任になど言っていない。いつも思ってる。蓮太郎だけが世界を救える。他の誰でもないッ、蓮太郎だけだ。それとも『彼ら』に譲るのか?」
蓮太郎はハッとして口元を押さえる。
目を閉じ、一度大きく深呼吸して気分を落ち着ける。
「延珠・・・・お前を、絶対に失いたくない」
延珠は硬く強張っていた体から力を抜き、心底安心しきったように目蓋を閉じ蓮太郎の首に手を回した。
「・・・・うん、大丈夫だ。妾も愛している」
その時、蓮太郎の思考は停止した。
「・・・・・愛だと?」
「えっ、今のは『プロポーズ』なのだろう?」
「あ・・・・・・・あ、アホか!ライクに決まってんだろ。家族的な解釈をしろ!大体、お前十歳児だろうが!十歳のガキが愛を語るんじゃねぇよ」
「じゃあ蓮太郎は木更にラブなのだな?」
「うッ!・・・・・それを言うなよな」
延珠はVサインを作る。
「二年だ。妾は二年以内に木更より妾を好きにしてみせる!」
蓮太郎は苦笑する。
「お前が十二で俺が十八歳か。俺の年齢が高くなってる分、余計犯罪っぽいんだが?」
「それ以上は待てんぞ」
「はいはいわかったわかった。期待してるよ」
延珠はうっすらと微笑んで、ゆっくりと密着した体を離した。
「・・・・・もう、怖くはないか?」
蓮太郎は自分の掌を見て不思議な感慨に襲われた。震えが止まっている。蓮太郎は目蓋を閉じる。
「・・・ああ、ありがとう。手を貸してくれ。終わりにするぞ」
蓮太郎は再び
さっきから不思議と気分がいい。外れる気がしない。
「延珠」
「ああ」
二人はゆっくりとトリガーを絞った。
体が軽くなったような浮遊感とたとえようもない心地よさ。時間の感覚が失われる。
やがて、祝福するかのように光がすべてを包み込んでいった。
ガストレアはしばらく出ません。
次回で「ブラック・ブレット」編第一章を終われたらいいなと思います