コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 ピチョン、と雫が降る軽い音が聞こえる。

 昼にあっても、陽の届かない鍾乳洞はキン、とした冷たさを保っておりマントとスーツ越しにも冷たさが伝わってくる。

 

 あの後。

 何とかブリタニアの追っ手を振り切ったルルーシュは、この鍾乳洞の中に身を潜めていた。

 時間が立てば、ここも危険だろうがブリタニア側も余裕が無いだろうから、少なくとも数時間は安全だとルルーシュは考えている。

 …もっとも、仮に危険だったとしても動こうとはルルーシュは思っていなかったが。

 

 ピチャ

 

 軽い水を思わせる音が聞こえる。

 しかし、今度は雫の滴る音ではない。

 発信源は、ルルーシュの腕の中。

 全身を赤く染めて、息の絶えた少女、――C.C.から滴る血の音だった。

 

 軽い。

 C.C.を横抱きに抱えながら、ルルーシュは何故かそんなことを思った。

 完全に意識のない人は重く感じるという話をどこかで聞いたことがあったからだろうか。

 今腕の中にいる少女は、意識どころか命さえも喪っている。なら、重く感じてもいいはずだ。

 だが、軽い。

 それは、流れて失った血の量が多すぎたためだろうか。

 あるいは。

 その身体を構成する肉が刮ぎ落とされたからだろうか。

 

 横にさせるには丁度良い大きさの岩を見つけ、ルルーシュはその上にC.C.を静かに下ろした。

 普段から白い肌の彼女だが、血を失いさらに白さを増した今の彼女が静謐に横たわる様は、端から見る分にはまるで童話に出てくる眠り姫のようだ。

 これが普段はピザ箱に囲まれて、だらしなくベッドに横たわっているというのだから、女というのは分からないと、ルルーシュは思う。

 思ってから、そんな自分の思考にルルーシュは舌打ちした。

 他にも色々考えなくてはならないというのに、先程から思考が働くたびに、こんなどうでも良いことばかり考えている。

 どうやら、自分が思っている以上に動揺しているらしいとルルーシュは自己の状態を分析する。

 軽く項垂れたまま、ちらりと目の前のC.C.に視線をやる。

 横にして間もないというのに、C.C.が横たえられた岩は血で赤く染まっていた。そのことから、彼女がどんな状態なのか伺いしれる。

 その彼女の首筋にそっとルルーシュは手を伸ばした。

 首筋についた生乾きの血が、手袋をとったルルーシュの手について滑らせる。

 それに構わず、首筋に指先を当て続けて数秒。手に返る振動がないことを確認したルルーシュは静かに手を離した。

(死んでいる、確かに……)

 目の前の少女の死を確かに確認したルルーシュは、それでもC.C.から目を離そうとしなかった。

 死体。命を終えたもの。二度と目覚めぬ、物言わぬ存在。

 今ルルーシュの目の前にあるのは、正しくそれだ。

 もう、この少女が不遜な色の瞳を開き、偉そうな口を開くことは二度とない。

 しかし、C.C.はその本来ないはずの二度目を一度成している。

 だが、一度死に再び目の前に現れた経験を経た後でもルルーシュには到底信じられはしなかった。 

 ギアスという異能どころではない。

 死者の蘇生など、自然の理に、それこそ世界に反逆する事象だ。

 実はあの時死んでいなくて、自分が勘違いしただけで生きていたと言われた方が、まだルルーシュは納得できる。

 よしんば、仮に本当に生き返れたとして。

 今回も生き返れるのか、とルルーシュは思う。

 前の時は額を撃ち抜かれただけだった。―それを「だけ」と言っていいものか悩むところだが―損傷も死因も一つだけだった。

 だが、今回は違う。

 咽喉、肺、肚、頭、心臓。致命に至る傷だけでも、これだけある。他も挙げていけばキリが無い。

 失血死、ショック死。他にも考えられる死因はある。

 これだけの死に連なるものがあるのに、それでも生き返れるのか、ギアスのように制限はないのか。

 もし、これで生き返れたら、この女は―――。

「――――――」

 そこで思考を止める。何となく今頭に思い浮かんだことを言葉(カタチ)にすることに躊躇いを覚えた。

 小さく首を振って、再びC.C.の血に塗れた顔を覗き見る。

 呼吸は依然止まったままだ。

 そのままC.C.の顔を見ていたルルーシュだったが、ふとポケットから白い布を取り出すと、腰を上げた。

 生き返るにしろ、死んだままでいるにしろ、少女の顔を血で汚したままにしておくことを偲んだのだ。

 近くに出来ている水を貯めた窪みに布を浸す。冷気を孕んだ水は刺すような冷たさを手に伝えてきた。

 その冷たさに少し思案気な顔をした後、ルルーシュはおもむろにその冷水を両手で掬いとると思い切り顔につけた。

 戦場の興奮と。少女の死と。その他諸々のことでオーバーヒート気味な頭を冷やすために。

 冷たい。

 ひんやりと言うには少し冷たい水が、今は心地よかった。

 チョロチョロ、と耳を澄ませば水の流れる音が聞こえてくることから雪解け水も含んでいるのかもしれないとルルーシュは思った。

 その時だ。ルルーシュの耳に、ある種待ち望んだものが聞こえてきたのは。

「――ぁ、は……っ」

 ずっと停まっていた肺が酸素を求め、不器用な呼吸を刻んだ。

 それを聞いたルルーシュは、慌てて水に浸したままだった布を掴み、C.C.の元へ駆け寄る。

 そこにいたのは、もう死者ではなかった。

 横たえられたC.C.は、僅かではあるが白い肌に赤みが戻り、確かに胸を上下させている。

 その光景を信じられない面持ちで、しばし茫然としていたルルーシュだったが、苦しげにしているC.C.の様子にハッと正気を取り戻す。

 蘇生は完了したが、肉体の修復はまだなのだろう。

 雑音混じりの呼吸を繰り返すC.C.に、ルルーシュは少しだけ俊巡した後、彼女の身体を締め付ける拘束服を脱がし始めた。

 拘束服を脱がし、下に着ているアンダーウェアも剥ぎ取る。

 応急措置しか出来ないが、何もしないよりはマシだろうと、ルルーシュは肺の部分の―つまりは胸元の―傷をよく見ようと水で濡らした布で血を拭っていく。

「ん……」

 小さくC.C.の咽喉が震えるが、ルルーシュは構わない。

 血糊を拭き取り、顕になった胸元にできた傷口を注視する。

 傷口は小さかった。少なくともナイトメアが持つ大口径に撃たれたような傷には見えない。

 他の傷もそうだった。あれほど血を流していたというのに、その殆どの傷がうっすらと線が引かれた程度のものでしかない。

 それでも大きめの傷を処置しようとしたルルーシュだが、患部をよく見えるように血を拭きとるころには、かすり傷程度の傷になっていることに、行為の無意味さを理解し、血で汚れた拘束服の代わりに自身のマントをかけてやる。

 一呼吸ごとに、表情から苦痛の色が消えていくC.C.の顔を綺麗にしながら、ルルーシュの表情は逆に少しずつ険しいものになっていく。

 

 C.C.。ルルーシュにギアスを与えたルルーシュの共犯者。

 秘密を共有する対等な立場と言えば、聞こえはいいが実際はそうではない。

 ゼロのこと。ギアスのこと。そして、ナナリーのこと。

 手の内を晒しているのはルルーシュの方だけで、ルルーシュはC.C.の本名さえ知らない。

 正体も。目的も。いつ、裏切るかも分からないそんな存在が、一つ屋根の下、ルルーシュの懐と言える場所にいるのだ。

 時限爆弾を抱えているような気分だった。

 カチリ、カチリと耳障りな音をたてているのに、何処でどんな風に爆発するか分からないから、迂闊に投げ出すことも出来ない厄介極まりない爆弾。

 さらに、今度は解体処理もできないときた。

 

 痛くなってきた頭を抱える。

 今回知り得た事実は、最悪の場合、C.C.を確実にどうにか出来る手段がないと言っているようなものだった。

 だからと言って、ただ魔女が気まぐれを起こさないように顔色を窺っていることなどルルーシュには出来ない。

 口封じが出来ないまでも、何かしら、代わりの対応策を考えなくてはならないとルルーシュは思った。

 そのためには、出来る限り彼女の生体情報を得る必要がある。

 しかし――――。

「…………」

 手に持った血塗れの布を握りしめ、ルルーシュは押し黙る。

 C.C.の身体の特性を知るためのものとして、この血液は貴重な情報源だ。

 傷口の状態も、撮影しておけば再生の速度などを知るための役に立つだろう。

 だが、動けない。

 およそ、普段のルルーシュからは考えられないことだが、今、ルルーシュの行動を止めているのは、驚いたことに理性ではなく感情だった。

 

 自分でもどうしてそう思うか分からない。

 だが、ルルーシュには、C.C.が……、この魔女が自分を裏切ることはないだろうと、そう思ってしまうのだ。

 馬鹿なことを思っていると、ルルーシュも分かっている。

 およそ、昨日の自分でも明日の自分でも、今のルルーシュを見たら失笑するだろう。

 今、自分が抱いているものは、予測でも確信でもない。ただの願望、もしくはそう思い込みたいだけという逃避に近い何かだ。

 そう分かっている。分かったうえでそう思ってしまう。

 それは、きっと見てしまったからだ。

 彼女がルルーシュに向ける瞳の色を。

 そして、聞いてしまったからだ。

 

「ん?」

 不意にC.C.の口唇が、微かに動くのを見てルルーシュは眉を寄せる。

 何かをうわ言のように呟いているのだが小さく、そして、掠れているため聞き取れない。

 耳をC.C.の口元に持っていく。小さな彼女の息づかいがルルーシュの耳を優しく擽る。

 そして――。

「――――…」

「――――っ」

 それは名前だった。

 とても聞き覚えのある、耳慣れた名前。

 しかし、まるで知らない人の名前のように、ルルーシュには聞こえた。

(どうして……)

 そう思う。

 どうして、そんな風にその名を呼ぶのか。

 どうして、そんなに大事そうにその名を告げるのか。

 分からない。

 お前は何者だ?

 お前は俺の何を知っている?

 お前は俺の何を見ている?

 お前は俺の――、

 俺はお前の、どういった存在なんだ?

 

 その答えは。

 未だ遠い明日にあって、ルルーシュには届かなかった。

 

 だけど、聞いてしまったから。

 確かな熱を込めて、その名を呼ぶ彼女の声を――。

 

 

 

  ――――――ルルーシュ

 

 

 

 血塗れの布が、冷たい水の底に沈んでいった。




 名前イベ、……うん、名前呼びイベント。

 苦しくて、辛かったのでついついルルーシュの名前を呟いてしまった乙女ちっくC.C.により、本名イベはカット。知っているのは『ルルーシュ』だけです。

 とりあえず、ルルデレ。
 次、Cデレデレ。

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