コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 颯爽登場!


Re:06

 目の前に『罪』がいた。

 

 

 スロットルを全開にまで押し込み、機体を加速する。

 時折、視界に入る障害物を刹那に薙ぎ払う。

 高められた集中力は、巻き上がり小雨のように機体に叩きつけられる石の一つ一つが起こす音すら拾えそうだった。

 土に沈みそうになる機体を巧みな調整で保ち続ける。

 捲り流れた土が機体に与える抵抗感は、土というより水のソレだ。

 

 まるで波に乗っているみたいだ、とスザクは思った。

 

 

 偶然か。必然か。

 

 ソレが起こったのは、ナリタ連山に拠点を置く日本解放戦線と、そこを攻めるコーネリア率いるブリタニア軍の戦いが始まってしばらくのことだった。

 数で勝るブリタニア軍と地の利を持つ解放戦線の戦いは始めこそ膠着状態だったが、将を始め部下にも一流の腕前を持つブリタニア軍が徐々にだが優勢になり出した。

 対する解放戦線も、先の戦争で敗戦はしたもののれっきとした軍人を有する、それなりの組織ではあるのだがこの場にいるのは角の立たない、言ってしまえば並としかいえない者達ばかり。もちろん、一流と呼べる存在が組織にいないわけではないが、不幸にも今この戦場に彼等はいなかった。

 紙に水が染み込むように、徐々に徐々に前線を押し込み、解放戦線の敗北が濃厚になり始めた時だった。

 

 山が壊れた。

 

 比喩でも何でもない。文字通り山が壊れ、崩れたのだ。

 山肌が剥がれ、流れる。岩を砕き、木々を折り、虫も獣も、山が長い時間をかけて育んだ一切のものを呑み込み猛威が駆け巡る。

 それは解放戦線にも、ブリタニア軍にも例外なく無慈悲に襲い掛かった。

 例え、歴戦の猛者を有するブリタニア軍であろうとも、長く堪え忍んできた解放戦線であろうとも、地に足をつける者である以上、その自然の脅威の前には無力に等しい。

 敵も味方も関係なく、その戦場で戦っていた者達の多くが戦いとは関係ないことで命を散らした。

 もう、こうなっては戦いどころではない。 

 一刻も早く救助に向かいたいスザクだったが、命令がないと出撃できない。

 もし、自分一人だけであったら一も二もなく飛び出していただろうが、今勝手をすればロイドやセシルといった特派の人達にも迷惑がかかってしまう。

 せめて、いつ命令が下ってもすぐ出撃できるようにとスザクはコックピットの中で待機することにした。

 まだかまだか、と逸る気持ちについ操縦桿を握る手に力が入る。

 そうこうしているうちに、スザクの耳に一つの報せが入った。

 それは待ち望んでいた出撃命令ではなかった。

 

 

 軟らかな土の波間を順調にスザクは滑走していた。

 猛スピードで進む機体は、刹那の判断を間違えれば命に関わる。

 今も目の前に障害が横たわっているのだが、スザクに動じた様子は見えない。

 瞬時に、的確に軟らかな土の中にある固い部分を見極め、ハーケンを打ち出す。

 ハーケンが地面に刺さり、その反動で機体が宙を舞う。

 出撃時に両足に装着したサンドボードの噴射力が中空を舞う機体を四方八方に行かせようと唸りを上げる。

 下手をすれば、機体がバラバラになりかねないその事態もスザクには大した問題にならない。

 片足の噴射を強め、機体を独楽のように回転させて安定させる。

 土の川と川を両断する流木を飛び越え、スザクは自分ごと遠心力に振り回される機体を難なく着地させることに成功する。

 さながらそれは、氷の上を踊るアーティストのようだった。

 

 

 黒の騎士団が現れた。

 そして、土砂崩れで半壊したブリタニア軍を襲撃している。

 その報せを聞いて、スザクは憤慨した。

 今、この瞬間にも命を落とそうとしている人達がたくさんいるのに、何のつもりか、と。

 苦しみ、助けを求める者達に手を差し伸べるどころか、その命を踏みにじることが正義を謳う者達がすべきことなのか、と。

 ゼロからすれば、筋違いも甚だしいだろう。

 これはゼロが敵を倒すために講じた策なのだから、それなのに助けに入るなどお門違いも良いところだ。

 しかし、事情を知らないスザクからしてみれば黒の騎士団の行動こそ的外れに思えてならず、滲み出る怒りとやるせなさに噛み締めた奥歯をギリッと鳴らすのだった。

 

 この黒の騎士団の突如とした襲撃に、司令部であるG-1ベースも混乱をきたしていた。

 突然の災害と第三勢力の介入。

 二つの予想外に、司令部本部はパニックの極みにあった。

 しかし、このイレギュラーをきちんと予想していた人物がいた。

 そう。司令官のコーネリアだ。

 このような事態に備えて、彼女は部隊の三割を予備兵力として温存していた。

 これを投入すれば、瓦解しかけた部隊を立て直し、黒の騎士団をはね除けることも可能だろう。

 ただ、彼女にとっても予想外だったのは。

 そのイレギュラーの規模が大きすぎたことだった。

 壊され、乱れた地形。越えても越えても行く手を遮る障害物。まるで罠のように起こる二次災害。

 それらによって、予備兵力の投入は遅々として進まない。

 これらを越えるには、現行世代のナイトメアの突破力では足りない。頭一つ、それらを飛び抜けた機体でなければ。

 そう、第七世代ナイトメアフレームでなければ。

 そして、奇しくもそれは、今スザクの手元にあった。

 白き騎士に出撃命令が下りたのは、それから少ししてのことだった。

 

 

 本来、ナイトメアに乗ることが出来ないスザク達、名誉ブリタニア人だが、実は何度か騎乗の経験がある。

 廃棄寸前のボロボロな機体に乗せられ、生粋のブリタニア軍人と戦わせられるのだ。

 建前上は、新しい機体の慣らしだとか、模擬演習だとか色々言っているが何てことはない。ただのナンバーズいびりとストレス発散だ。

 当然スザクも、この下らない茶番に参加した経験がある。

 そして、初めてナイトメアに乗ったとき、こう思った。

 

 ――ああ、遅い、と。

 

 機体がボロボロだということを差っ引いても、スザクには機体の反応速度がとても遅く感じられた。

 まるで、水の中に落とされたみたいに動かない『身体』に当時のスザクは少なからず苛立ちを覚えたものだった。

 だから、ランスロットに出会った時、スザクは驚き、―歓喜した。

 

 特別派遣嚮導技術部開発、嚮導兵器Z-01ランスロット

 

 稀代の天才か。

 はたまた、狂気の落とし子か。

 ロイド・アスプルンドが設計し、造り上げたそれはスザクという異端を難なく受け入れてみせた。

 スザクの世界に追随し、スザクが望むイメージを見事に描いてみせた。

 果たして、幸運に恵まれたのはスザクか。

 それとも、自分を限界まで使いこなせる担い手に出会えたランスロットの方か。

 人馬一体という言葉が日本にはある。

 人と馬。

 異なる意志を持つ二つの命が、まるで一つの生き物のように在ることを指す。

 ナイトメアフレームを、騎士の馬と言うのなら。

 スザクとランスロットは、まさにそれだった。

 

 終わりが見えた。

 視線の先、山林と岩壁の向こうに目指す場所がある。

 しかし、迂回していたら間に合わない。

 だから、スザクは決断する。

 高速で山林に向かっていくランスロットが、その手の銃身を掲げる。

 人によっては無謀とも言える選択。

 事実、失敗すればスザクの命はない。

 しかし、スザクには確信があった。

「やれる――」

 僕と。

「このランスロットなら――!」

 銃声という爆音が大気に響いた。

 そして。

 

 

 そして――――。

 

 

 

 目の前に『罪』がいた。

 

 

 

「――え?」

 何が起こったのか、スザクには分からなかった。

 まるで夢から覚めたみたいに、異なる物語を無理矢理くっつけたみたいに目の前の光景がいきなり変わった。

 何があったのか、とスザクは直前の記憶を思い出してみるも上手くいかない。

 撤退しようとするゼロを追い詰めたところまでは覚えている。

 その後は――?

 

 カチリ

 

 どこかで秒針が刻む音が聞こえる。

「あ……」

 『罪』が振り返った。

 その無機質な瞳がスザクを見下ろしてくる。

 スザクはその瞳が嫌いだった。……いや、怯えていた。

 

 カチリ カチリ

 

 自分を見ているのに、見ていない。

 自分に望む理想を押し付け、それが見出だせない自分の価値を認めない、なのに自分の全てを見透かしてくるような、その瞳。

 

 カチリ カチリ カチリ

 

 何度その瞳に思っただろう。何度その瞳に問いたかっただろう。

 俺に理想を押し付けるな。俺は人形じゃない。俺はここにいる。俺を見てくれ。

 だけど、その瞳と目を合わせるだけで何も言えなくなってしまう。

 そんな自分が嫌で、そんな自分を誤魔化したくて、身体を鍛えることで、自分は強いんだと自分に言い聞かせた。

 そうやって、上手く誤魔化していた。

 あの兄妹に会うまでは――――

 

 カチリ カチリ カチリ カチリ

 

 『罪』がスザクを見下ろしていた。

 あの時と変わらない瞳で、スザクの内側を全て見透かそうとしてくる。

 その瞳にスザクの心臓は壊れそうなくらいに鼓動を打っている。

 見られている、全て。

 目を背け、見ないようにしている過去まで……。

 

 カチリ カチリ カチリ カチリ カチリ

 

「違う…っ、僕は、…()はそんなつもりじゃ……!」

 スザクの叫びが白い空間に溶ける。

 『罪』は何も言わない。変わらずスザクを見下ろすだけだ。

 その瞳の圧迫感から逃れるように、後ろめたさをかき消すようにスザクは捲し立てる。

「そうだ…っ、仕方がなかったんだ! だって、アンタは、父さんは……っ!」

 続けようとした言葉が出てこない。

 ついに誤魔化しきれなくなったスザクの心が、口を、舌を引き攣らせた。

 過呼吸になったみたいに喋れなくなったスザクを黙って見下ろしていた『罪』。

 その『罪』が口を開いた。

 

 カチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリカチリ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂が、――――――――発狂した。

 

 

 雷と紛う轟音が周囲に響く。

 木々が薙ぎ払われ、地面が抉られる。

 衝撃が風となり、全ての物を煽り舞わせる。

 まるで嵐の中にいるみたいだ、とルルーシュは思った。

 再び起こる爆音。次いで衝撃が荒れ狂う。

 その衝撃に堪えるようにルルーシュは足に力を入れるが、ルルーシュの側にいた存在はそうはいかなかった。

 煽られ堪えられず、ルルーシュの方へもたれ掛かってきた。

「おい……!」

「何ともない、それより早く……、ッ!」

 逃げろ、と言おうとしたC.C.だが言葉が続かない。

 ルルーシュの盾になるように立っていた彼女の身体に、衝撃で飛んできた石の破片が突き刺さる。

 白い彼女の拘束服は、疎らに朱に染まっている。

 所々は、服が裂け彼女の肌を晒しているのだが、その肌すら服と共に裂け、抉られている。

 さすがに心配になり、声をかけるもC.C.は「問題ない」「いいから逃げろ」としか言わない。

 だが、どこに逃げろと言うのか。

 この壮絶な光景をもたらしているのはルルーシュの目の前にいる白兜だ。

 窮地に立たされたルルーシュを救うために、C.C.が何かしたらしいのだが、こんなことになるとは彼女も思わなかったのか。

 いや、彼女は最初に危なくなるかもしれないから、先に逃げていろと言った。

 その言葉を聞かず、むしろこの得体の知れない少女が何をするか怪しんでここに留まったのはルルーシュだ。

 ともかく。

 こうなっては動くほうが逆に危険だった。

 白兜は当たり構わず銃弾を撒き散らしている。

 これでは何処にいても、危険に変わりはない。

 いや、足元にいる分、あの銃撃の直撃を受ける可能性が低いから、むしろ安全と言えよう。

 あの銃撃をまともに喰らえば、二人まとめて消し炭にされてしまうだろうから。

 危なくとも、ここで嵐が過ぎるのを待つのが一番安全だった。

 近くで衝撃が響き、身体を震わす。

 思わず、――本当に思わずルルーシュは咄嗟にマントを翻し、血に濡れたC.C.をその中に覆い隠した。

 息も絶え絶えな少女は、反抗する気力もないのだろう。

 大人しくルルーシュの腕の中に収まっている。

 舞い散る砂埃と共に石礫が仮面を叩く。

 苦悶の表情を仮面の下に浮かべ、早く終われと思うルルーシュ。

 そのルルーシュの耳に、先程から起こっているものとは違う音が聞こえてきた。

 ホイールの摩擦音。ランドスピナーの駆動音だ。

 それが近づいてくるナイトメアだと理解した瞬間、ルルーシュの明晰な頭脳が即座に近づいてくるナイトメアの正体を看破し、状況の不味さを理解する。

 向かってきているのは、ブリタニアの予備兵力だった。

 儘ならない状況ながら、スザクが開いた道を辿り何とかここまでやって来たのだ。

 それでも、突破できたのは二、三機程度。

 だが、自機を壊され、味方も腕の中の瀕死の少女しかいない状況のルルーシュには、その数機の援軍は命取りになりえた。

 視界の端にナイトメアの影が見えた。このままここに留まることは出来ない。

(危険だが……)

 ルルーシュはこの状況からの離脱を図ることを決意する。

 見定めた突破口は、白兜の背後。

 当たり構わず銃を乱射しているが、その範囲は前方に多く集中している。

 白兜の背後を突破し、その先の森の中に逃げ込めば逃げられる確率は高いとルルーシュは判断する。

 問題は……

「おい、動けるか?」

「私の、ことは…、気にするな、ゴホッ、……邪魔なら、捨てていけ……っ」

 血が混じった咳をしながらそう言うC.C.に、ルルーシュは知らず彼女を抱く腕の力を強くする。

 別に彼女に絆された訳ではない。もし、本当に捨てる必要があるなら、捨てるだろう。

 だが、こうもあからさまに言われると、逆に意地を張るのがルルーシュだ。

 捨てられることが前提な発言が、まるで自分を庇った少女を見捨てなければ逃げられないと決めつけられているみたいに聞こえ、ルルーシュのプライドを刺激する。

 もちろん、C.C.にそんな意図はない。

 ともすれば、ルルーシュよりルルーシュの性質を理解しているかもしれないC.C.は、この状況ではどう言ってもルルーシュが自分を見捨てないことを理解している。

 だから、余計な発言を省き、少しでも足手まといにならないように身体に意識を集中させ、回復に努めようとしていた。

 増援はもうすぐそこまで来ている。

 だが、今動けば、すぐに捕捉されて蜂の巣にされてしまう。

 ルルーシュは白兜の影に隠れ、逸る気持ちを抑えながら機会を待った。

 

 そして、その瞬間がくる。

 白兜の放った銃撃が、地面を穿ち砂塵を巻き起こす。

 増援のナイトメアとの間に穿たれたそれは、ルルーシュ達を隠すカーテンとなった。

 瞬間、ルルーシュ達は駆け出した。

 まるで、豪雨の中を走るかのように一心不乱に駆ける。

 C.C.も、苦しそうに荒い息を吐いてるも、それでもルルーシュに支えられながら、懸命に足を動かしている。

 見つかるかもしれないという焦燥。

 撃たれるかもしれないという恐怖。

 それらと闘いながら、ルルーシュ達は走り――、

「よし、ここまで来れば……!」

 森の中へと飛び込む。

 生い茂る草木と、自然の天蓋が二人の姿を隠す。

 森に入り、暫し進んだところで一息つこうと肩を抱いていたC.C.に声をかけようとする。

 その時――。

「っ!?」

 ざわり、と背筋を撫でる冷たい悪寒に思わず振り返る。

 その目に映ったのは、森の入り口、こちらに向かって銃を構えているナイトメア。

(捕捉されていた……!?)

 しまった、と思うも気づくのが遅かった。

 相手の銃は、まさに火を噴く寸前。

 何をするにも、もう手遅れなタイミング。

 次の瞬間には、ルルーシュの身体は虫食いのように穴だらけな姿に変えられるだろう。

「ルルーシュ!!」

 それを絶対に良しとしない存在が傍らにいなければ。

 

 どん、と強い衝撃に身体を押される。

 衝撃で地面に倒されたルルーシュの瞳に映るのは、一人の魔女。

 ルルーシュを庇うように両手を広げたC.C.。

 その彼女に――、鉛の驟雨が降り注いだ。

 

 

 黒い仮面に。

 血の化粧が施された。

  

 




 即効退場…………

 スザク君、登場でした。しかし、即オチ。

 何が悪かったって? 機体の名前じゃない?

 ヒトヅマンスロットじゃ駄目だって。べディさんにしなさい。

 次は洞窟イベです。ルルCになるかな? ……なるといいな。

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