一話四~五千くらいにしようと思ってるのに、気付いたら一万字越えてた…
甲高い音が廃墟に響く。
数機で編隊されたナイトメアフレーム、サザーランドのランドスピナーが地を削るようにして進む音だ。
構造物内を動き回るには大きすぎる巨体が一糸乱れぬ動きで押し寄せる様は、見る人に爽快感をもたらすだろう。
しかし、今ここにいる人達に沸き上がる感情はそれではない。
「う、うわあああぁぁ!」
恐怖だ。
暗闇に動く人影を、サザーランドのファクトスフィアが捉える。
そこに映る人達の様子は様々だ。
へたりこみ、サザーランドを見上げる者。
未だに背を向け、逃げ続ける者。
そして、手を上げて降伏の意を示す者。
そんな人達に対して、彼らが示す行動は唯一つ。
「――――――」
悲鳴が銃声に掻き消される。
カメラの先、銃撃のリズムに合わせて踊る人影の姿が一つ、また一つと減っていく。
やがて、全ての人影が動かなくなった時、そこに残ったのは血と硝煙の臭いだけだった。
「ふん、イレブン風情が。つけ上がるからだ」
編隊のトップにいたブリタニア軍人の男が、コックピットの中で鼻を鳴らしながら、そう吐き捨てる。
漏れ残しがないか、ファクトスフィアを再起動しセンサーを注視する。
慣れた手つきではあるが、その動作は荒々しい。
それが、彼、―彼らの苛立ちを表していた。
さして、難しい任務ではなかったのだ。
この地区に巣食うテロリストグループの殲滅というもの。
そこに、一つだけ不確定要素が加わる。
それだけのことだった。
しかし、それが問題だったのだ。
ゼロという名の不確定要素が。
始めは、ただの蹂躙戦だった。
レジスタンスとは名ばかりの、素人同然のテロリスト集団と不穏分子の排除は問題なく行われた。
様子が変わったのは、それが始まって少ししてからだった。
集団戦での心得もない、ただ闇雲に攻撃を仕掛けてきていたテロリストの動きが変わったのだ。
誘い、待ち伏せ、予測し、対応する。
統率された動きと、ブリタニア側のナイトメアの反応が次々と消えていく事実から、ゼロが現れたのだと彼らは理解した。
それは、予定通りであったため司令官であるコーネリアは即座に部隊を一度退かせたが、それまでに決して少なくない数の戦力が削られた。
作戦に支障は出ない程度ではあるが、傷を負わされたのだ。
天下のコーネリア・リ・ブリタニアが率いる部隊が。
ナンバーズの薄汚いテロリストごときに。
「くそっ、何がゼロだ…っ!」
その事実が、彼を憤らせる。
一時膠着した戦局は、しかし、その後、救難信号を出したナイトメアフレームを罠と看破したコーネリアにより、再びブリタニア側に傾く。
容赦なく、躊躇いなくナイトメアを破壊したブリタニア軍にレジスタンス側は戦意喪失。
三々五々に逃げ出したレジスタンスを、ブリタニア軍は容赦なく殲滅していった。
もはや、勝敗は決した。
いかに頭が優秀だろうと、手足がこれではいかんともしがたい。
ブリタニア側の勝利は揺るがないだろう。
しかし、ブリタニア軍人達の憤りは収まらない。
むしろ、こんなにあっさりと蹴散らせる程度の連中に後れを取ったという事実が彼等をさらに憤慨させる。
「どこにいる、ゼロ……!」
このままでは気が済まない。
興奮したブリタニア軍人は、どこかに潜んでいるだろうゼロを探し始める。
逃がさない。見つけだして目にものを見せてやる。
屈辱にまみれた男は、敵を殲滅後、即帰投という命令を忘れて、廃墟内にサザーランドを走らせる。
しかし、どれだけ探してもセンサーもカメラ越しの風景にも反応は見られない。
「くそ……!」
ようやく僅かに冷静さが戻った男が諦め、命令に従い帰投しようとした。
その時だった。
「―――?」
暗闇で何かが動いたような気がした。
帰投しようとサザーランドを反転させようとしていた男は、それを止めてファクトスフィアを全開にしながらカメラに集中する。
僅かな変化も見逃さないと言わんばかりにカメラを睨み付ける男。
その男の目に光が映った。
「あ?」
強い光ではなかったのに、それは男の目に焼き付いて離れない。
光、――いや。
(緋い、――鳥?)
それが、男の最後の思考。
最後の自我になった。
「ふん、呆気ない」
部下達からの報告と、自分達が優勢だと一目でわかる戦局図を眺めていたコーネリアは、つまらなさそうにそう言い捨てた。
『見事な采配でしたな』
「つまらん世辞はいい。当然の帰結だ」
通信機越しに聞こえてきた部下のダールトンにそう返し、再び戦局図に目を落とす。
敵を示すシグナルは、全て消えていた。
「残るはゼロだけ、か」
敵方の動きから、ゼロの出現は手に取るように分かった。
今回の作戦自体、ゼロを挑発し誘き寄せることが目的だったので、出現そのものにはコーネリアは驚いたりしなかった。
しかし、現れたときには些か驚かされていた。
質も量も悪い、僅かな手勢を上手く使い、ブリタニア側に損害を与えたのだから。
成程、言うだけのことはある。
素直にコーネリアは感心した。同時に甘い、とも。
エリア11にいた、弛んだ軍人達を相手に自信をつけたのか。
ゼロは、コーネリア達を真っ向から潰しにかかってきた。
やれる、と勘違いしたのだろう。
大きな勘違いだ、とコーネリアはその時そう思った。
はたして、結果はご覧の通り。
多少戦術に覚えのある頭がいようと、腕も覚悟も足りないゴロツキ紛いのテロリストが、幾多の戦場で腕を鳴らした本物の軍人に敵うべくもなかった。
「所詮は、この程度か…」
大層な演出でブリタニアに宣戦布告をしたが、蓋を開ければこの通り。
そこらの三流テロリストと変わらない、自らの実力を履き違えた凡骨でしかなかったか、と。
そうコーネリアは、未だに姿を見せないゼロのことを評価した。
もう逃げたか、あるいは逃げられずこそこそと隠れているか。
後者だ、とコーネリアは判断している。
何故なら、コーネリアはゼロの隠れている場所に当たりをつけていたからだ。
『姫様、遅れていた部隊が戻りました』
「ご苦労。だが、姫様はよせ、ギルフォード。ここは戦場だ」
『申し訳ありません、コーネリア総督』
画面越しに慇懃な態度で頭を下げる自らの騎士に、一瞬だけ表情を和らげたコーネリアは、次の瞬間には武人としての顔付きに戻っていた。
自らの乗るナイトメアを操作し、戻ってきた部下達のナイトメアを一つ一つ厳しい目付きで睥睨する。
ゼロの隠れている場所について。
コーネリアは、ゼロがこちらの動きを正確に把握していたことに焦点を置いていた。
こちらの指示を、作戦を理解しているかのような動き。
恐らく、情報が抜かれている。そう判断した。
だが、どうやって?
自身の麾下に裏切者がいる可能性は無いに等しい。
欲の皮の突っ張った三流軍人ならともかく、今ここにいるのはコーネリアが選りすぐった軍人のみだからだ。
なら、考えられる手段はそう多くない。
その中で最も可能性が高いのは――。
「総員、直ちにナイトメアを停止し、コックピットブロックを――」
『姫様!』
「騒々しいぞ、何事だ! それと姫様と呼ぶなと…」
『ゼロです!』
「なに?」
『ゼロが部隊正面の廃ビルから――』
現れました。
その報告にコーネリアは瞠目する。
自身の予想が外れたこともそうだが、この状況下で正面から姿を現すなんて予想もしなかったからだ。
その内心の動揺を押し隠し、コーネリアはナイトメアのカメラアイを操作し、正面ビル周辺の映像を拡大する。
そして、その拡大された映像の中、確かにいた。
漆黒の衣装。怜悧な黒塗りの仮面。
夜の暗闇においては溶けて消えそうな黒き反逆者は、光り差す白日の下、その黒を浮き彫りにさせて静かに佇んでいた。
「確かにゼロのようだな」
その姿を確認し、そう呟いたコーネリアはランドスピナーのスロットルを押し込み、自機を部隊の前、ゼロの正面に移動させる。
それに追随するように、ギルフォードとダールトンも主君の隣を固めるように機体を移動させた。
「今一度確認しておく、貴様がゼロで間違いないな?」
スピーカー越しのコーネリアの声が周囲に響く。
その凛とした声に返る言葉はない。
沈黙を守るゼロにコーネリアは、ふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、いい。貴様がどうして我々の前に現れたのか、それもどうでもよい」
結果は変わらん。そう言い締めたコーネリアのナイトメアの腕がゆっくりと動き出す。
「貴様はやりすぎた。もはや命乞いも弁明も聞かん。我が弟と多くの同胞を手に掛けた罪、その命で贖うが良い」
ガコン、という音を出してコーネリアのナイトメアが持つ銃がゼロに照準を合わせる。
これで終わり。
後は指を一本動かすだけで、銃口の先の男はただの肉塊に変わる。
しかし、この期に及んでも微動だにしないゼロに、さすがのコーネリアも眉を顰める。
罠か? とコーネリアは考える。
だが、状況は完全に詰み。この状況を覆せるような大掛かりな罠を張れるような時間も人材もなかったはず。
(…いや、関係ない)
降って湧いた疑念を、頭を振って振り払う。
よしんば、罠があったとしても関係ない。
脆弱な罠など食い破ってしまえば良いだけの話だ。
「一つだけ選択させてやろう。仮面を被ったまま死ぬか、それとも――」
「神聖ブリタニア帝国第2皇女、コーネリア・リ・ブリタニア」
スピーカーで増幅されたコーネリアの声を断ち切るように黒い仮面から言葉が紡がれた。
敬愛する主の言葉を遮り、あまつさえ敬称も付けずに呼ばれたことに、コーネリアの部下達が色めき立つ。
「貴方に問いたい」
「命乞いも弁明も聞かんと言ったはずだ」
ゼロの問いかけを切って捨てるコーネリア。
しかし、ゼロは気にすることなく次の言葉を紡ぐ。
「貴方は、――撃たれる覚悟があるか?」
「何だと?」
その奇抜なゼロの問いかけにコーネリアの目が険しく細まる。
両隣に控えるダールトンとギルフォードもコックピットの中で、その問いかけの意味が解らずに疑問に満ちた顔付きをしていた。
「『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ』 私は常々そう考えている。コーネリアよ、お前はここに住む日本人達を殺したが、それは撃たれる覚悟があってのことか?」
「はっ、何を言い出すのかと思えば……」
くだらん。
そう思いながら、コーネリアは鼻でゼロの発言を笑う。
コーネリアは皇女だ。
しかし、自身は武人であり戦士であると考えている。
それ故、戦場に於ける命の重さもよく理解している。
どれだけ大事にしていようと。
どれだけ疎ましく思おうと。
どんな命も死ぬ時は死ぬ。戦場で死神が振るう鎌は等しく平等だ。
それはコーネリアも同じ。死の覚悟を持って戦場に躍り出る。
だが。
「それは弱者の理論だ」
それはあくまで生死の覚悟の問題。
戦場に出ておいて、いつ撃たれるかなどと考えていてどうする。
撃たれる覚悟など必要ない。
撃たせない。
それだけだ。
撃とうとするなら撃つ。殺そうとするなら殺す。
相手の意志も覚悟も、それを上回る力を持ってねじ伏せる。
唯それだけだ。
「強者であり続ける、それだけだ」
弱ければ撃たれ、強ければ撃たれない。
なら、強くあればいい。
それが――。
「我らが神聖ブリタニア帝国であり、我々の国是だ」
人は平等ではない。
強き者こそ正しい。
故に強者であれ。
それがブリタニアという国の強さだった。
「貴様こそ、撃たれる覚悟はあるのだろうな?」
ゼロに向かって突きつけられた銃口が鈍色の輝きを見せる。
「無論だ。その覚悟をして引き金を引いた」
「そうか、……ならば、ここで撃たれるがいい!」
咆哮。
裂帛の気勢がゼロに叩きつけられる。しかし、それでもゼロに動じた様子は見られない。
それがコーネリアを苛立たせた。
明らかに追い詰められているのに、まるで大したことではないと言わんばかりの態度と、こちらを煙に巻くかのような言動。その一つ一つがコーネリアの癪に障った。
「もういい、時間の無駄だ。貴様が何を企んでいようがこれで終わりだ」
これ以上相手をする気の失せたコーネリアが、遂にその引き金を引こうとする。
罠の可能性を考え、部下達に注意を喚起し不測の事態に備える。
「それは大きな誤解だ、コーネリア。私はこの場においては何も企んではいない。その銃口が火を噴けば私の命など簡単に消え去るだろう」
コーネリアはもはや取り合わなかった。
ただその一挙手一投足に注意しながら、目の前の男を物言わぬ存在にしようとして――。
「ただし―」
ドウジニキサマノイモウトモシヌ
その言葉に全ての動きを止めた。
「な…に?」
何を言われたのか理解できなかった。
頭が真っ白になり、思考が上手くまとまらない。
今、この男は何と言った?
死ぬ? 誰が?
妹? それは、つまり――。
「もう一度言った方が良いのか? 私が死ねば、コーネリア、貴様の妹ユーフェミア・リ・ブリタニアも死ぬと言ったのだ」
その瞬間、コーネリアは目の前が真っ赤になった。
「貴様ァァァ! ユフィに、ユフィに何をしたッ!!」
激情のまま、コーネリアが吠える。
その怒りに、しかし、ゼロは答えない。
ただ沈黙を通す。
「答えろッ! 貴様はユフィを――ッ」
『姫様!』
『コーネリア殿下! 落ち着いて下さい!』
「黙れ! コイツは、ユフィを、ユフィに……っ!」
怒りのあまり、言葉が上手く出てこない。
ひどい剣幕のコーネリアに、しかし、二人の忠臣は怯むことなく言葉をかけ続ける。
『落ち着いて下さい、もしユーフェミア様の身に何かあれば、とうに姫様の耳に入っておられましょう』
『ユーフェミア様には姫様が万全の備えをつけたでありませんか。テロリスト一匹にどうこうできるはずがありません』
「ギルフォード……ダールトン……」
部下二人の必死な呼び掛けに、コーネリアの頭も徐々に冷えていく。
「そう、だな」
深く息を吸い、吐き出す。
熱くなった血が冷えて思考が再び回り出した。
「すまんな、二人とも」
苦言を呈してくれた部下二人に小さく礼を返す。
お気になさらずと告げた二人に、ふっとコーネリアの口元が緩む。
頭は冷えた。冷静になった。
しかし、滾った怒りが霧散したわけではない。
今にも沸き立ちそうな怒りをそのままに、コーネリアはその原因の男を鋭く睨み付けた。
「おのれ、卑劣な真似を……っ」
ハッタリ。
最後の悪あがきに吐いた下らない嘘。
覚悟があると言っておきながら、醜く足掻くその様にコーネリアは不快感を顕にする。
同時にそんな程度の低い嘘に嵌まった自分自身にも。
冷静に考えれば、すぐに分かることだったのに、ゼロの口からユーフェミアの名が出ただけで我を忘れてしまった自分自身が恥ずかしい。
ギルフォード達の言う通りだ、とコーネリアは思った。
この情勢の悪いエリアに付いてきた妹には、出来る限りの護りをしてある。
本当は政庁内で大人しくしていて欲しかったが、下手に束縛すると何を仕出かすかわからないことは、長年の、そして昨日の行動でよく分かっている。
なので、ユーフェミアには適当な公務を与えており、今はその公務に励んでいるだろう。
そして、その公務を行うにあたり、コーネリアは過剰とも言えるセキュリティを敷いていた。
護衛の選別はもちろん、偽情報をばらまき、カモフラージュのための囮も用意してある。さらには、目的地に護衛の一部を先行させ、周辺警戒と安全の確保をさせるという手の込みようだ。
真っ当な軍事組織ならともかく。
そこらのテロリストごときが手を出せるレベルではなかった。
(そうとも、何も問題ない。今頃、あの子は美術館で――)
「今頃は、美術館の視察をしている頃か? コーネリア」
その言葉を聞いて、今度こそコーネリアの思考は完全に止まった。
「美術館の後は、公共施設の見学と慰労。その後、租界内のグランドホテルの周年記念パーティーに参加。…夜には政庁に戻って共に夕食とは、麗しい姉妹仲だ」
完全に言葉を失くしているコーネリアに、ゼロは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「護衛の名前は、ヘンリー、リチャード、マイケル、オットー、キャシー、ヘルマン。カモフラージュの偽装車は3台。偽情報では、フクオカの学会に参加、ということになっているらしいな」
「な…ぜ……」
震えるコーネリアの唇から、絞り出るようにそう呟きが漏れる。
心臓が鷲掴みにされたようにギュッと締まり、ドクドクと早鐘を打つ。
何故知っている?
コーネリアの頭は、その疑問で埋め尽くされる。
情報は完全に遮断した。事前に情報が漏れることはなかったはず。
だというのに。
だというのに、なぜこの男は――。
(いや、惑わされるな)
先程の失敗からか、コーネリアは乱れそうになった思考を何とか抑えることに成功する。
ゼロが正確に情報を得ていることには驚愕を禁じ得ない。
しかし、それだけだ。
知っている、だが、どうにか出来るかということになれば話は別だ。
むしろ、得た情報を晒すことで此方が何かしたと思うように思考を誘導することこそが、ゼロの狙いかも知れない。
(そうだ、ただのハッタリだ。たかだか、口の回るテロリスト一匹にユフィの命を狙うことなど…)
そう間違いなくハッタリだ。苦し紛れについた嘘だ。
ここでこの男を殺しても、ユフィには何の危害も及ばない。
感情も理性も、撃っても何も問題ない。だから、撃つべきだと主張している。
なのに。
「く……っ」
コーネリアの指はまるで凍ったように動かない。
撃てと思うのに身体がまるで言うことを聞かない。
その原因はコーネリアにも分かっていた。
もし。
本当だったら?
もし、ここでゼロを撃った後、ユーフェミアが死んだとしたら?
ここでゼロを葬った後、見るものがユーフェミアの死体だったら?
可能性としては、無いに等しいことは分かっている。
しかし、僅かばかりあるかもしれない『もしも』がコーネリアに引き金を引くことを躊躇わせていた。
(そうだ、コイツはクロヴィスを殺している)
そう、ゼロはブリタニア軍人と親衛隊に護られていたクロヴィスにどうやってか接触し、その後殺害している。
その事実が、コーネリアに『もしも』をより起こりうる可能性として印象付けさせていた。
『姫様…?』
いつまで経っても引き金を引かないコーネリアの様子を訝しんだギルフォードが声をかけてくる。
他の部下達にも、どよめきが広がっていた。
まずい、とコーネリアは感じる。
ここでこれ以上時間をかけてゼロに手こずっているかのように思われれば、例え勝利したとしても今後の士気に関わってくる。
だから早急に始末するべきだ。
そう。分かっている。
なのに、彼女の指先は固まって動いてくれない。
「くそ、卑劣な! ユフィを人質に取るなど……!」
焦りと苛立ちから、コーネリアはゼロに非難の言葉を浴びせる。
「人質? 誤解だ、私は何かを要求するつもりはない」
「では、何だと言うのだ!」
てっきりユーフェミアを人質に、この場を逃れるつもりでいると考えていたがそうではないらしい。何を考えているか分からないゼロにコーネリアは声を荒らげて問う。
「言ったはずだ。コーネリア」
冷たく光るナイフのように、仮面が告げる。
「
その言葉に、コーネリアは愕然とする。
まさか、この男は。
今まさに撃ち殺されようとするこの状況下で。
この私を試しているというのか!?
撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ。
この言葉の本当の意味を、その指し示す現実を。
貴様は本当に理解した上で引き金を引いているのかと。
その冷たい仮面の下の素顔が、無言で問うてきていた。
「っ、…だが、無関係なユフィを巻き込むことなど――」
「その言葉、そのまま返そう。ここにはレジスタンスに関係のない人々も数多くいた。なのに、何故殺した?」
「テロリストが潜伏していると知っていて通報しなかったのならテロリストと変わらん! 放っておけば新たなテロの温床になりかねん!」
「その言葉も、そのまま返そう。このような虐殺を行う者の妹だ。いずれ同じことをすると考えても、不思議ではあるまい」
ならば禍根は断つべきだ。
そう告げるゼロにコーネリアは押し黙る。
(何なんだ……?)
いつの間にか、自分の呼吸が乱れ荒い息を吐いていることにコーネリアは気付いた。
手袋に包まれた手はじっとりと汗ばんでいる。
(何だと言うのだ……!)
立場は明らかにこちらが上。
追い詰められているのは相手の方で、生殺与奪は自分の手にある。
だというのになぜ。
(こちらが追い詰められている気分になる!?)
いや、そもそも。
このゼロは本物なのか。
コーネリアの頭にそんな疑念が浮かぶ。
先程まで戦っていた、自分が頭の中で評価を下したゼロと目の前のゼロの人物像が一致しない。
無言で佇むゼロの纏う雰囲気が、その存在感が圧倒的に違いすぎる!
危険だ。
コーネリアはそう直感する。
この男は、ゼロは間違いなく我らを―、神聖ブリタニア帝国を脅かす存在になりうる。
今ここで、確実に息の根を止めなくては。
だというのに、自分は――。
「撃てないのか?」
その言葉にコーネリアは唇を噛む。
「ならば、それが貴様の限界だ。コーネリア・リ・ブリタニア」
そこでようやくゼロが動いた。マントに隠れていた細い右腕をゆっくりと掲げてゆく。
「その浅はかさ――」
何をしようとしているのか警戒するコーネリアの部下達の前でゼロは天を指すかのように右手を空に向かって伸ばす。
「己が命で、贖うが良い」
パチン、と。
掲げられた右手の指が軽い音を立てた。
そして、次の瞬間。
爆音が辺りに響いた。
一瞬、何が起こったのか誰にも分からなかった。
「何が……」
そう呟いた瞬間、自分達の頭上を覆った影に全てを理解する。
ゼロが出てきた廃墟ビル。
コーネリアの部隊が集結している正面のビルが。
根元から折れ、コーネリア達に向かって倒れてきていた。
ぞわっ、と全身の毛が粟立つ。
迫り来る死の予感に、コーネリアは慌てて指示を飛ばす。
「総員、全力でこの場から離だ―、うあっ!」
自身の乗るナイトメアを突然衝撃が襲った。
見れば、ナイトメアの一機が自分のナイトメアに組み付いていた。
自分の部隊のナイトメアが。
『姫様!』
『貴様、何をやって、ぐぅ!』
駆け寄ろうとしていたギルフォードとダールトンのナイトメアだが、同じく横合いから飛び出してきた味方のナイトメアに邪魔をされる。
何が起こっているのか、分からなかったが今は考えている余裕もない。
何とか絡み付いているナイトメアを引き剥がそうとするが体勢が悪く引き剥がせない。
『おのれ、貴様! ゼロの仲間か!?』
『姫様、お逃げ――』
怒号や必死な声が飛び交う。
そして、その声ごと巨大な質量が全てを押し潰した。
爆音。そして、それに続く大きな地響きによってパラパラと天井から埃と細かい破片が降ってくる。
しかし、それらを気にすることなくC.C.は地下水道の壁に静かにもたれ掛かっていた。
両腕を後ろに回して腰の所で手を組むような体勢で、何かを待つように閉じられていたC.C.の瞳がゆっくりと開かれる。
同時に響いてくるカツン、カツンという靴音。
それを聞いたC.C.は、壁から身体を離すと立ち塞がるように、迎えるように通路の真ん中に立った。
やがて、暗闇から人の姿が現れる。
漆黒の衣裳と仮面。
ゼロ、――ルルーシュだ。
「来ていたのか?」
C.C.の存在に気付いたルルーシュが、仮面の下からそう声をかけてくる。
「一応、な。何かあれば助けに、と思ったが」
いらない心配だったか。軽く笑みを浮かべながらC.C.はそう言う。
「当然だ。だが、結果は散々だ」
そう言うとルルーシュは再び歩き出し、C.C.の横を抜けていく。
その姿をC.C.は何とも言えない表情で見つめる。
本来ならルルーシュはここでコーネリアに追い詰められ、C.C.の助けを借りて逃げおおせたのだ。
だが、今回のルルーシュはC.C.の手を借りることなく逃げることに成功している。しかも、コーネリアに一矢報いる形で。
なら、このルルーシュは――?
「―――ぁ」
声をかけようとしたC.C.の口が、しかし、何も発することなく閉じられる。
様々な思いと葛藤がC.C.の心の中でせめぎ合う。
それでも、何か声をかけようとしたC.C.が口を開くよりも早く、ルルーシュが言葉を口にする。
「やはり、必要だな」
「――え?」
「俺の、軍隊が」
そう言って歩いていくルルーシュを、話すタイミングを逸したC.C.はただ見送る。
そのまま、再び暗闇に溶けそうになるルルーシュだったが、不意に立ち止まると肩越しにC.C.を振り返った。
「何をしている、行くぞ」
「――――っ」
小さく胸が震えた。
そのぶっきらぼうだけど、何だかんだと此方を気にかける仕草と口調がそっくりで――。
その姿に言いたいことがあったけど、言葉は出てこず。
結局何も言わないまま、C.C.はルルーシュと一緒に闇に溶けていった。
嘘だ。悪い夢だ。
呆然と目の前の光景を見つめながら、男はそう思った。
男には家族がいた。
妻と息子。そして、生まれたばかりの娘。
日々の苦しい暮らしの中で、三人も養わなくてはならなかったが男は苦痛に感じなかった。
むしろ、彼女達がいるからこそ男はこの苦しい現実に耐えていけた。
ボロボロな家屋だろうと。ブリタニア人に理不尽な扱いを受けようと。
家族がいるだけで男は幸せだった。
そんな男に、一つ不安なことが出来た。
最近周りが妙に慌ただしいのだ。
慌ただしいのは自分達の住むゲットーに潜むレジスタンスだった。
彼らは男にとって悩みの種だった。
彼らの気持ちは理解出来る。止めるつもりはない。
だが、自分達に飛び火がくるのは遠慮したい。
彼らとブリタニア軍との小競り合いで、男とその家族は何度か住む場所を追われている。
その経験からここも危ないと判断した男は、遠方への出稼ぎのついでに新しい住居を探してくるつもりだった。
気をつけて、と微笑みながら妻が。
お土産よろしく、と息子が。
差し出した指に手を絡めて娘が。
そんな家族に行ってきますと告げて男は遠くに旅立った。
難航するかと思われた新居探しはあっさりと事が運んだ。
出稼ぎで知り合った人物が紹介してくれたのだ。
建物の感じは今のと変わらないが、周辺に過激なレジスタンスグループはないというのが決め手になった。
お土産を買い、喜ばしい報告を持って男は帰っていった。
迎えてくれたのは。
物言わなくなった家族だった。
「なんで……?」
がくりと男は膝から崩れ落ちた。
ボロボロだった住居は、銃撃と爆撃で粉々になっていた。
そして、その近くで。
道に投げ捨てられるように、男の家族がそこにいた。
貧しい生活のなかでも白さを忘れなかった妻のワンピースは真っ赤な物に変わっていた。
父ちゃん、と手を振りながら駆けてきた息子の手足は、足が一本だけになっていた。
生まれたばかりの娘は、実の娘でなければ目を背けたくなるような姿だった。
「あ、あああ、ああ……っ」
項垂れた男の指が土を食む。
何が悪かったというのだろう。
何をしたというのだろう。
自分達は、ただ静かに暮らしていただけだったというのに。
アイツらは。
ブリタニア人は。
それすらも、小さな幸せすらも奪わないと気が済まないというのか――――!
「こぉねりあぁぁぁ……!」
地面を削る男の指の爪が剥がれ、血が流れる。
しかし、男は痛みを忘れたかのように何度も爪の剥がれた手で地面を掻き毟る。
許さない。絶対に。
お前にも同じ思いをさせてやる。
俺が、必ず。
俺が。オレが。オレガ、おれがオれガおれガおレがオレが俺ガオレが――――――――――
「コォォォネリィアアアアアァァァァァ!!!!」
夜が迫る空に、男の咆哮が響く。
夕闇の空は、まるで血のように朱かった。
口先一つでダウンさ
仮面の人はやはりミステリアスでないといけませんね。
鉄血の新仮面とか何ガリさんなのか、ほんと分からないガリ。
作中のゼロとコーネリアの言い合いは論点がズレているようになってるのは仕様です。
純粋に引き金を引く覚悟を聞いているルルーシュに、立場こみで「パンがなければ~」的な発言をするコーネリア。
生まれながらの強者で、守られながら強くなった故の『強者の歪み』みたいなものです。
もうちょっと上手く書きたかったのですが、作者の文章力が貧困なせいで分かり難かったらスミマセン。
次はナリタ!
果たして、名前呼びイベントは発生するのか!?