コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 前回、沢山の感想と評価をして頂き、ありがとうございました!
 本気でもう忘れられていると思っていたので、あまりの感想の多さに別の作者さんのアカウントを乗っ取ったのかとビビりました。
 本当にありがとうございます。そして、こんなに沢山感想を貰ったのに、似たような感謝の言葉しか返せなかった作者の語彙力のなさを許して下さい(涙)


PLAY:24

 漏れ出る息が掠れる程に心肺機能を酷使した呼吸が、闇の中から聞こえてくる。

 時に止まり、時に動き、しかして、ひっそりと。闇の中の、更に闇。見えぬ影を踏むかのように、 人影が一つ、東京の夜をひた走る。

 

(やった、やった、やった、やった…………ッ!)

 

 ぶるり、と身体が震える。逸る動悸は、走っているからだけではないだろう。

 声すら忍ばせる程に慎重な動きとは裏腹に、彼女の心の中は歓喜と喝采に溢れ返っていた。

 

 

 

 千草、と日本人の男性から呼ばれていた女性が、本来の名前を思い出したのは、トウキョウ租界がそう呼ばれていた最後の夜の事だった。

 おそらく、自分が記憶を失う事になった直接の原因のその特徴的な髪色を見たのが、引き金だったのだろう。

 その日、彼女は、全てを思い出した。

 自分がブリタニア軍人である事。とある事件を契機に落ち目となった純血派と呼ばれる組織に属していた事。名誉の回復と共に戦果と栄誉を得る為、勇み足を踏み、失敗した事。

 自分が、ヴィレッタ・ヌゥである事を。

 そうして、自分を取り戻して。

 奇しくも、敵の最大戦力の、その中核に近付く事に成功したヴィレッタが、このチャンスを前にして、何をしたかというと―――、何もしなかった。

 彼女の名誉の為に言うなら、別に日和った訳ではない。彼女なりに何かをしようとして、結局、何も出来なかったのだ。

 確かに、彼女は敵の中核に位置する場所にいた。絶好の機会でもあった。だが、それだけだった。チャンスはあっても、巡ってきたタイミングは最悪でしかなかった。

 武器はなかった。味方もなかった。周りは敵だらけ。トウキョウの自軍は敗走中。そして、自分は信頼が地に落ちた純血派の軍人。仮に通信手段を入手して、内外で協調して動いて貰おうにも、言葉と力に信頼が足りない。

 無い無いだらけである。その状態で、鍛えているとはいえ、たかが女の身一つで、どうやってチャンスを物にしろと言うのか。

 不可能である。出来るとしたら、精々が自分を信頼しきっている敵の副司令の命を奪うなり、致命傷を負わすなりして、小火騒ぎのような混乱を起こして逃げる事くらいだろう。

 しかし、ヴィレッタはそれをしなかった。()()()それすらも許されなかった。

 何故なら、彼女はゼロの正体を知らない。一目たりとも、その仮面の中身を見てはいなかった。

 

 

「―――――は、……は、……ッ」

 建物の陰に身を潜め、興奮と緊張、走り続けて乱れた呼吸を整える。

 喘ぐように肩を上下させて、時折、大きく酸素を取り込もうと深めの呼吸を挟む。酷使された肺は、酸素を取り込む度に、じくりと痛み、走り続けた足は、もう、ふくらはぎが張り始めていた。

 その姿は、どこから見ても、軍人には見えない。軍務から離れて久しいヴィレッタの身体は、彼女が思うよりも、かつての自分を忘れ去っていた。

「―――――ッ!」

 その事実が、腹立たしかった。怒りのままに、ビルの壁面に拳を叩きつければ、弱り切った皮が捲れ、血が滲む。怒りの発散すら儘ならない体たらくが、更に怒りに拍車をかけた。

 それでも、そこらの女性のように癇癪を起こして、喚く事はしなかった。

 身体は鈍っても、心までそうであるつもりはない。

 少なくとも、心は昔のまま。何も忘れてはいない。

 だからこそ。

(屈辱に耐え、イレブンの恋人の振りをしてこられたのだ……ッ!)

 歪な笑みを闇に浮かべ、ヴィレッタは自らの行動を自賛した。

 

 

 ヴィレッタは、あの日、行動を起こさなかった。起こさず、記憶が戻った事を悟られないように留まった。……留まらざるを得なかった。

 それは、今現在、軍での自身の扱いが、どうなっているか分からなかったからだ。

 作戦行動中の行方不明として処理されているなら良い。だが、ヴィレッタは軍から離れての独自調査中に記憶を失っている。その為、意図不明の音信不通から脱走兵として扱われている可能性があった。

 もし、そうなら最悪である。腐っても規律にうるさい軍隊だ。誤解が解けなければ、銃殺刑もあり得る。

 加えて、仮に誤解が解けたとして。命を失わずに済んだとしても、あまり明るい未来は期待出来ないだろう。ナンバーズの捕虜になったという汚名は免れず、オレンジ疑惑があった純血派の所属となれば、内通者として疑われる可能性も十分にある。なくても、出世の道は間違いなく断たれる。

 成果が必要だった。

 それも、唯の成果ではない。失態を帳消しにして余りあるくらいの、ゼロの正体(特大の成果)が。

 だから、彼女は決意した。

 それが、どれ程の屈辱であろうとも、己の野心の為に。

 計らずも得られた扇要という黒の騎士団の幹部に近しい人物という立ち位置を最大限利用すると。

 その為に、ヴィレッタ・ヌゥを殺し、存在しない偽りの人間、……千草であり続ける事を。

 

 それからの日々は、羞恥と屈辱の連続だった。全てが、とまでは言わないが、少なくともこれから先の人生で染々と思い返したい記憶ではない。

 男に擦り寄り、甘い言葉を繰り、情報を引き出す。

 覚悟しての事とはいえ、まるで娼婦のような己の振る舞いに、嫌悪を抱かずにはいられなかった。

 その度に、この先にある栄光を夢想し、ひたすらイレブンの恋人を演じながら、ゼロの正体を探り続けていたヴィレッタだったが、これが中々上手くいかなかった。

 当初、ヴィレッタはここまで時間が掛かるとは思っていなかった。

 彼女の主なターゲットである扇が千草に熱を上げているのは誰の目にも明らかである。そんな扇であれば、ヴィレッタが千草として、少しばかり甘い言葉を吐いて迫れば、すぐにでもゼロの正体について溢すだろうとタカを括っていたからだ。

 だが、ヴィレッタの予想に反して、扇の口は固かった。

 あるいは、少し前までの扇であれば、ヴィレッタの目論み通り、すぐにゼロの正体を引き出せたかもしれない。

 しかし、あの夜、恋人を心配するあまり、作戦に身が入らなくなっていた自身の言動をゼロに諌められて以来、扇は公人としての振る舞いと意識を少しずつ身に付けるようになっていった。

 ひょっとしたら、そこには、自身の問題に恋人を巻き込みたくないという扇なりの思いやりもあったのかもしれないが、自分の言動一つで、多くの人間が命を落とすかもしれない、そんな立場に自分がいる事を強く自覚した扇は、どれだけ恋人に傾倒しようとゼロの正体は元より、黒の騎士団に関する情報を口にするような事は一切しなかった。

 ヴィレッタにとっては、良い迷惑である。

 唯のお人好しのままでいてくれれば、どれほど楽だったか。

 泣き言を言いたくはないが、恥を忍び、屈辱を噛み殺して行った色仕掛けの数々が空振りに終わる度、ヴィレッタは色々と複雑な虚しさを感じずにはいられなかった。

 けれど、それでも投げ出さず、諦めなかった甲斐はあった。

 自身の立場を再認識したとはいえ、元は一般人の扇である。

 外に対しては頑なな口も、内側、――仲間内であれば、その限りではない。仲間だけだと思えば、安心から気も緩み、自然と口の滑りも良くなろう。

 ヴィレッタは、その隙を突いた。直接的な方法は効果が薄いと判断した彼女は、こっそりと盗聴器の類いを入手し、間接的な方法で情報の取得に努めた。

 足が付かないように完全に黒の騎士団の流通から外れた場所で入手した盗聴器は精度が低く、また、騎士団の活動中は身体チェックから盗聴器が発見されてしまう恐れがある為、完全にプライベートな時間しか狙う事が出来ず、それ故、めぼしい情報は中々得られなかった。

 しかし、今日、確かな情報を得られた。

 ノイズ混じり、というより、音混じりと言った方が正しいと思える程、酷いノイズの嵐の中から耳に零れてきた三つの単語。

 たったの三つ。だが、ヴィレッタには、それで十分だった。

 

 『ゼロ』。『学生』。そして、―――更に微かに人の名前。

 

 確信が、ヴィレッタの身体を突き動かした。

 

 

 苦々しい記憶を思い返していたヴィレッタの顔が、記憶の終わりを迎えると、先程までのように興奮と歓喜に満ちたものへと変わる。

(学生……、ゼロは学生……! そして、あの名前………ッ!)

 自信と確信が胸中に溢れる。やはり、自分の推測は正しかったのだと。

 故に、ヴィレッタはその情報の真偽を確かめなかった。自分が持っていた情報と、苦労して手に入れた情報が、きちんと線で繋がったと思えたからだ。

 

 間違いない、ゼロはアイツだ。

 

 朧気に浮かぶ人影。靄に埋もれかけたシンジュクでの一幕を思い出したヴィレッタは、抑え切れない感情に何度目になるかの身体の震えを覚えた。

 とはいえ、それもしょうがない事ではある。

 ゼロ。それは、今や、ブリタニアにとって死神よりも死神の名だ。

 何せ、ブリタニアは世界の三分の一近くを占める超大国。そのブリタニアの心胆を寒からしめているとなれば、それは即ち世界を半数に届こうという数で震え上がらせているということ。そう考えれば、確かにゼロの存在は死神よりも死神らしいと言えよう。

 それの正体を突き止めたとなれば、値千金の価値はある。実際、この情報を上手く使えば、ブリタニアはこの窮地を脱するどころか、混乱に乗じて更に版図を広げる事も可能に違いない、とヴィレッタは考える。

 そうなれば、報奨は思いのままだ。失態の帳消しは勿論、念願の爵位とて、かなりの位を授かる事が出来る筈。

 それだけではない。軍での地位だって、きっと望める。将軍や、それこそ、神聖ブリタニア帝国における騎士の最高位、ナイト・オブ・ラウンズすら――――。

「ッ」

 足が止まる。己の輝かしい未来を想像していたヴィレッタは、緩んだ己の表情を引き締めると、物影に身体を押し込んだ。

 荒れる息を無理矢理整え、注意深く物陰から顔を出せば、視線の先に黒の制服を着た男が数人集まっているのが見えた。

 会話は、勿論、聞こえない。ただ、固まっていた男達が、何事かを話し合い、頷きの後、散っていく様から、ただ事でない事は理解出来た。

(……私がいなくなった事がバレたか………?)

 偽装工作も何もせずに、衝動のままに飛び出してしまった事が悔やまれる。……が、それも今更な事である。

 思考を切り替えつつ、周囲の状況を窺う。しばらく、様子を見るが、黒の騎士団の団員が集まってくる気配は感じられなかった。

 つまり、まだ、居場所までは突き止められていない。ならば、逃げ切れる可能性は十分にある。

 今、ヴィレッタがいるのは外縁部の辺りになる。公共機関その他を使っては逃走ルートが割り出されると思ったヴィレッタは、新開発地区から徒歩でゲットーへ出るルートを選んだ。

 かつてなら、そこかしこにイレブンがうようよしていたゲットーだったが、東京が解放され、無駄に広大だった貴族区画が日本人居住区として整備し直されるにつれ、徐々にその数を減らしつつある。

 となれば、警備も手薄な筈。だから、ゲットーに降りれば、多少、強引な手段で移動方法を確保したとしても逃げ切れる。そう、ヴィレッタは踏んだ。

 その狙いは、ここまでは上手くいったと言える。

 ここに来て、追手が掛かった可能性があるが、ゲットーはもう目と鼻の先だ。

 逃げ切れる、いや、何としても逃げ切る。

 そう決意を新たに、物陰から飛び出そうしたヴィレッタだったが、飛び出す直前、その動きを止めた。

 何かに気付いたように、そろりとポケットに手を突っ込む。そうして取り出したのは、携帯だった。

 今は電源を切っている為、ウンともスンとも言わないそれは、関係が親密になってすぐの頃、扇から手渡されたものだ。

 ――ふと、考えが過る。

 扇から渡されたコレに、発信器の類いが仕込まれてはいないかと。

 扇の性格を考えれば、可能性は低い。

 だが、彼の上役はゼロだ。用心深いあの男が、副司令が敵軍の女と親密になってる事を知って、何の手も打っていないとは考えにくい。それこそ、扇に黙って発信器を仕込むくらいはするだろう。

 なら、これ以上、コレを持ち歩くのは危険だ。

 そう判断したヴィレッタは、手に持った携帯を破壊しようと腕を大きく振りかぶり―――、ぴたり、と動きを止めた。

 表情が変わる。躊躇いの色が覗く表情は何やら苦しげで、振りかぶったまま、腕を下ろせない。

 如何なる理由からか、指先が震える。それを誤魔化すように力を込めれば、より手の中の携帯の存在感が大きくなった。

「ッ、何を………ッ」

 躊躇う必要はない。

 これを捨てない意味はない。持ち続ける理由など皆無だ。

 先程の想像通り、発信器が仕込まれている可能性は大いにある。今すぐに手放さないと、全てが無駄になるかもしれないのだ。

 連絡手段など幾らでも調達する手段はある。登録されている番号も、扇のみ。失ったところで、困るものではない。ないのだ。

 なのに――――。

「こんな……! こんな………、もの………」

 冷静な思考とは裏腹に、ヴィレッタの顔が歪んでいく。力を込め過ぎた指先は白く、震えは全身に伝播していく。

 ふと、誰かの顔が思い浮かんだ。

 唯の情報源でしかない男の顔。利用しているだけの男の、その表情。

 いつも、優柔不断で、すぐに動揺して、遠慮して、きっぱりと物を言う事が出来なくて。

 でも、だからこそ、自分を主張せず、相手を立てて、損な役回りを引き受ける事も躊躇わない。

 優しい、と言うよりは損な性格の、文字通りのお人好し。

 そんな人間を、ヴィレッタはその男以外に知らない。そんな面倒な性格の人間を、ヴィレッタは初めて見た。

 だから。だからこそ………。

「…………違うッ!」

 理性とは別のところで、感情に後押しされた思考が働こうとするのを無理矢理押し止める。

 強く目を瞑り、頭を振れば、結っていなかった銀の髪が、激しい首の動きに合わせて宙を舞い、今の心境を表すかのように、ぐしゃりと乱れた。

 胸が、苦しかった。じくじくと刻む心臓の鼓動が痛かった。

 先程までとは違う、胸の苦しみ。

 その痛みと苦しみを自覚する度に、振り上げた腕から力が抜けていく。

 

 ―――本当は。

 

 きっと分かっている。胸の苦しみ、痛み、身体の震え、歪む表情のその意味を。

 考えないようにしている。つまり、それは考えれば理解出来るという訳で。

 本当は理解しているのだ。この胸に、確かな感情が芽生えた事を。

 理解している事を、ヴィレッタは理解していた。

 

 だからこそ。

 

「―――――ッ」

 目が見開かれる。

 抜けかけた腕に、再度、力が込められ、手の中の携帯がみしりと鳴った。

 そう。

 だからこそ、理解しては駄目なのだ。認めてはいけないのだ。

 だって、それはヴィレッタ・ヌゥを殺す。

 認めてしまえば、今までの全てが崩れる。価値観も、信念も、積み上げてきたもの、歩んできた人生そのものが否定される。

 だから、駄目だった。

 ずっと、自分が心より渇望していたものよりも大切なものがある。望んでいた人生よりも幸福なものがある。

 それに気付いたとして、その為に今までの全てを捨て去れる程、ヴィレッタ・ヌゥという女は強くはなかった。

 ならば、捨て去るべきは。

 

 振り上げられた腕が、遂に下ろされる。

 声が漏れないよう喉は引き絞られ、乱れた髪の合間から覗く瞳は揺らぐ事を堪えるように険しく、叩き付ける地面を見据える。

 そこに、誰かの姿を幻視した。

 ヴィレッタは、もう構わなかった。

 

 故に。

 

 彼女が今一度、振り下ろそうとした手を止める事になったのは。

 

 

「どうかしましたか? こんな所で」

 

 

 この場には不釣り合い過ぎる程に甘い、死神の声が聞こえたからだった。

 

 

「ッ!?」

 突然、思考に割って入ってきた声を聞いたヴィレッタの行動は早かった。

 感情に振り回されていた思考を一気に冷やし、乱雑に携帯を仕舞い直すのと同時、懐に手を忍ばせる。

 錆び付いてしまった肉体であっても、機敏さを忘れない身体に染み付いた軍人の性。

 先程までの動揺はどこへやら。一瞬にして、軍人としての顔に戻ったヴィレッタは、警戒を顕に懐の物体に手を掛けた。

 盗聴器とは別に、こっそりと入手していた小型の銃。

 例に漏れず、バレない事を第一に動いた為、質の良い物は得られなかったが、それでも銃は銃だ。人の一人や二人、殺める分には事足りる。

 その引き金に指を掛ける。何かあれば、いつでも抜き放てるよう神経を尖らせながら、ヴィレッタは声がした方向、自分がこれから向かおうとしていた道の先を睨んだ。

 すると、まるでヴィレッタの準備が整うのを待っていたかのようなタイミングで、暗闇からまた声が聞こえてきた。

「こんな時間に女性が一人でいるのは危ないですよ?」

 敵意も殺意もなく、善意しか感じられない柔和な声がコンクリートを叩く靴音に交じりながら響く。

「それとも、何か困り事でも? なら、お力になりますが」

 同時に人の影が闇から這い出てくる。いや、この場合、その言い方は正しくないかもしれない。

 何しろ、夜の闇からひっそりと現れたその姿は、その演出とは不釣り合いな程、不気味とも脅威とも縁遠い姿だったからだ。

 日本人よりも漆黒の髪。女性のように細い身体とその身を包む学生服。

 夜闇の僅かな明かりに浮かんだ紫紺の瞳は優しげな光を湛え、表情は此方を安心させるように柔らかい。

 明らかにブリタニア人の学生。紛う事なき一般人の容貌は、どこから見ても危険には見えない。

 普通なら、その姿を見れば、唯のお節介な一般人が声を掛けてきたものと思い、警戒を解いていた事だろう。

 だが、ヴィレッタは違った。

 人好きする笑みを浮かべて、ゆっくりと此方に向かってくる男の挙動に注意を払いながら、相手を牽制するように口を開いた。

「ルルーシュ………、ランペルージ」

 ぴたり、と男、―――ルルーシュの足が止まる。

 それを見て、ヴィレッタの口元が笑みの形に歪む。

 何も知らない風を装いながら近付いてきたゼロに、その本当の名前を告げる事でヴィレッタは相手の警戒を誘った。

 知らないとでも思ったか。ゼロの正体だけではない、その中身についても調べは付いているぞ。

 暗にそう告げる事によって、此方の優位性を示すのと同時に相手に此方の出方を伺うよう仕向け、場の主導権を握ろうとしたのだ。

 しかし。

「ランペルージ、か………」

 警戒して足を止めたと思ったヴィレッタの予想に反して、ルルーシュの反応はつまらなそうに、そう呟くものだった。

「成程。一度は俺に辿り着いたお前だ。これだけ時間があれば、もう少し調べが付いてるものと思ったが……、所詮はこの程度だったか」

 使えるのであれば手駒にしようかとも考えていたが、これでは足手まといにしかなるまい。

 そう結論付けたルルーシュの口から、ふぅ、とこれ見よがしに溜め息が零れた。

「なら、もう見るべきものはない」

 正体を知っていると暗に告げているにも関わらず、警戒する素振りの一つも見えない。

 それどころか、完全に興味を失ったと言わんばかりの言葉と目が、ヴィレッタの感情を逆撫でした。

「貴様………」

 舐められている。明らかに。

 道端の小石程度にしか自分を見ていないゼロの目付きに、ヴィレッタが低く唸る。

 思わず懐から銃を抜き放ちたくなる衝動に駆られるが、ここ数ヵ月で鍛えられた忍耐力が何とかそれを抑え込む。

「随分と余裕だな? それとも、状況が分かっていないのか?」

 内心の苛立ちを押し隠し、あくまでも自分が優位にあるように振る舞う。

 正直に言えば、こんな悠長な事をしていないで懐の銃を頼りに一気に突破してしまいたかった。

 何しろ、目の前のこのゼロは、どんな手品かは分からないが相手の心身を喪失させ、記憶を欠落させる術を持っているのだ。

 本当なら、こうして向かい合っているのも危険かもしれない。リスクを考えれば、相手をせずに一気に突破するのが最も賢い選択だろう。

 だけど、同時に、だからこそ強引に突破を図れなかった。

 ゼロの能力について、ヴィレッタが知っているのはその発動効果だけ。発動条件は何も分かっていない。

 目線か。キーワードか。手振りか。立ち位置か。距離か。

 何をトリガーに発動するか分からない以上、ゼロの一挙手一投足に注意を払っていなければ対応出来なくなる恐れがあるし、下手に動いた結果、発動条件を満たしてしまったなんて事になっては目も当てられない。

 だから、何とかしてこの場の主導権を握り、明確な隙を作りたいのだが。

「状況も何も、部下の情婦一人連れ戻す事の何に慌てろと言うんだ?」

 相手は、嘘と仮面で世界を騙し通した男。

 言の葉で刃を交えるには、悪すぎる相手だった。

「それとも、お前はこう言いたいのか? 私はお前の正体を知っている。私はお前を破滅させる事が出来るんだぞ、と」

 あっさりと告げられたその言葉に、ぐっ、とヴィレッタの喉が鳴った。

 主導権を握る為に、ヴィレッタがちらつかせていたカード。

 それを事も無げに告げられ、ヴィレッタは手品のタネを見透かされたような居心地の悪さを覚えて押し黙った。

「何だ、図星か」

 閉じた口の分、睨み付ける力が増した目を面白そうに見ながら、くつくつとルルーシュが笑う。

「おめでたい奴だ。尻尾の見えている鼠を何時までも放置していた時点で、その情報がどの程度の価値しかないのか、自然と分かるだろうに」

「何………?」

 何やら、聞き捨てならない事を言われた気がした。

「どういう意味だ?」

 今まで慎重に慎重を重ねて、隠してきたゼロの素性。

 それがバレても構わない、と言うかのような言い種にヴィレッタは眉を顰めた。

「知る必要があるのか?」

 にべもなく疑問が切り捨てられる。

 そして、次の瞬間。

()()()()()()()()()()()()()()()

 空気が変わった。

「ッ!?」

 ヴィレッタが飛び退く。

 言葉が刃となって喉元に突き付けられたようなイメージに襲われ、ヴィレッタは本能に従って咄嗟に距離を取ると、懐から銃を引き抜いて、構えた。

「ほう? 大事そうに何を懐に入れているかと思えば。どうやら、そこまで腑抜けてはいなかったらしい」

 抜き出された銃を前に、臆しもしない。逆に感心したような表情で自分に狙いを定める銃をルルーシュは眺める。

「だが、やはり、しょせんはこの程度か」

 言うが早いか、ヴィレッタの背後でじゃり、と音が鳴る。

 物音に反応して、ヴィレッタは僅かに後ろに視線をやり、――舌打ちをした。

 記憶に張り付いた、忌々しいライトグリーン。暗闇の中でも、不遜な輝きを忘れない金色の瞳。

 ゼロの愛人と揶揄される程にゼロに近しいこの女の存在を、完全に失念していた自身の迂闊さをヴィレッタは呪いたくなった。

 しかし、今更、後悔したところで遅い。

 前門の魔王に、後門の魔女。

 油断は決してしていなかったのに、気付けばどんどん追い詰められつつある状況に、ヴィレッタの背中に嫌な汗が流れた。

(どうする………?)

 数の利を取られてしまっては、もう主導権がどうこうと言ってはいられない。というより、この男を相手にその考え自体、愚考でしかないと遅まきながら気付く。

 なら、取るべき選択肢は………。

「危険を承知で強引に突破を図ろうと考えてるなら、やめておけ」

 ヴィレッタの思考を読んだかのようなタイミングで声が掛けられる。 

「無駄だ」

 決めつけるような一声が、癪に障る。

 障るが、……無視した。むしろ、チャンスだとほくそ笑む。

 ゼロは慢心している。勝手にヴィレッタを下に見て、自分が勝つと驕っている。

 それは油断だ。隙であり、急所だ。

 ならば、その急所。容赦なく―――。

(突かせて貰う!)

 心の中で啖呵を切り、それを引き金にヴィレッタは動いた。

 カチャリ、と手にすっぽりと収まる程の小さな銃が音を立てる。狙うは眼前に立ちはだかる仮面を脱いだ男の胸。

 そこに狙いを定めたヴィレッタは、引き金に指を掛けて―――、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来なら、撃つべき用途にある銃を、唯一であろう武器を自ら手放すという愚挙、それを以て一瞬の虚を作り出すべく、ヴィレッタは牽制を兼ねて後ろの女に銃を投げつけた。

 そのまま、身体を反転。足に力を込め、次の瞬間生まれるであろう虚を最大限利用すべく、ヴィレッタは駆け出す。

 予想外の行動に相手の思考が停止しているだろうこの一瞬でゼロに肉薄すべく、鈍った足を総動員して全力で。

 同時に、空を切るように腕を振るう。すると、袖に仕込んでおいた果物ナイフが、するりと手に滑り落ちた。

 折り畳みの刃を反転させ、銀の刃が顔を出す。殺傷力は先程の銃よりも、更に心許ないが銃だけが唯一の武器と侮っているなら、その小さな輝きはそれだけで相手の虚を広げる一助となろう。

 事実、それが正しいというかのように、数歩先まで迫ったゼロは何の動きも見せていない。

 固まったかのように、ポケットに片手を突っ込み、変わらず見下したようにヴィレッタを見下ろすばかりだった。

 勝った、とヴィレッタは思う。

 ここまで迫れば、もうゼロは何も出来ない。ゼロが何かするよりも早く、ヴィレッタのナイフがゼロを捉えるだろう。

 

 

 二人目がいる時点で、()()()()()()()()()()()()という、当たり前の疑念にヴィレッタが思い至っていれば、だったが。

 

 

「!!」

 背中に、悪寒が走った。

 それに嫌な予感を覚えたヴィレッタは咄嗟に足を止める。

 すると、一瞬後に自分の顔があったであろう場所を、頬を掠めるように何かが飛んでいった。

 ちり、とした感覚が頬に残る。投擲武器、と気付いたヴィレッタが第三者の存在に今更ながら気付き、凶器が飛んできた方法に視線と注意を向ける。

 だが、遅かった。

 ヴィレッタの視界に入ったのは白いエプロンドレスと翻る黒のフレアスカートのみ。

 この場にあまりにそぐわないその服装に感想を抱く余裕すらない。反射的に掲げた腕に重い衝撃が走り、堪らずヴィレッタは吹き飛ばされてしまう。

 固いコンクリートの上をボールが跳ねるように転がる。それでも、最後に何とか体勢を立て直せた辺り、腐ってもというべきか。

 でも、それまでだった。

 衝撃を殺し、体勢を立て直し、敵の追撃を警戒するヴィレッタ。

 その肩に。

 

 ―――ポン、と。

 

 気安く、手が置かれた。

 

 それに、ヴィレッタは振り返った。―――振り返ってしまった。

 振り返るヴィレッタのその視界。その全てを塗り潰すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 緋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………え?」

 ぽつん、と呟きが漏れた。

「ここは…………?」

 唐突に夢から覚めたような気分で、ヴィレッタは周囲を窺う。

 薄暗い路地裏。遠くに鉄筋だけの建物。更に、あちこちに資材を覆うブルーシートや大型重機の姿があるという事は、おそらく新開発地区の何処かなのだろう。

 だが。

「何故、私はこんな所にいる―――?」

 そも、どうして自分がこんな所に突っ立っているのかが分からない。

 本当に眠りから覚めた時のように思考が働かず、ヴィレッタは此処に至るまでの自分の行動を思い起こそうと、頭を抱えて首を振った。

 確か、自分は自身の名誉と功績の為に、ゼロの正体を突き止めようと副司令たる扇の恋人のフリをしていた筈。己の行いに恥辱を覚えながらも、耐えて堪えて頑張ってきた。それは間違いない。

 そして、今夜、その扇の元を飛び出したのだ。興奮を覚えつつ、緊張と疲労を背負って必死にここまでやって来た事をヴィレッタは思い出した。

 思い出して、………愕然とした。

 ここまでの記憶については、問題ない。扇の所にいた理由もその間の記憶も確かにある。

 新開発地区についてからの記憶が全くないのは、少々疑問に残るが、今はどうでもいい。

 問題なのは。

()()()()()()()()()()()()()………!?」

 あそこから逃げ出すのは、ゼロの正体を知ってからだった。なのに、何故、自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――?

 ふらり、と崩れ落ちそうになり、冷たいコンクリートの壁面に背中をつける。

 自身の行動をつまびらかにしたヴィレッタは、とても酷い顔をしていた。

 ショックと混乱と、後悔と苛立ちと疑問がごちゃごちゃと頭を駆け巡り、遂には訳が分からなくなって、爪を立てて頭を掻き毟る。

 自分で自分が信じられなかった。

 ここまで、軍人にあるまじき行為に耐えてきたのは何の為か。何があろうと投げ出さなかったのは、どうしてか。

 その意味も理由も、自分が一番よく分かっている。

 なのに、その自分が自分を裏切ったのだ。自分が耐え忍んできたその全てを、自分の手でぶち壊したのだ。

 正気の沙汰とは思えなかった。どう考えても、ヴィレッタ・ヌゥの思考、行動から大きく逸脱している。

「どうして、私は………」

 泣きそうな声で、自らの行動を自問する。どうして、全てを無に帰してまで、自分は扇の元を離れようとしたのか、と。

 その答えは、ヴィレッタの中にない。

 だが、それでも、自分が自分らしからぬ行動を取った理由について、意味を求めるとしたら、考えられるのは………。

「千草!!」

 突如として聞こえてきた声に、肩が震えた。

 ノロノロと顔をそちらに向ければ、肩を大きく上下して必死な様相で自分を見る男の姿があった。

「扇…………」

「千草……、良かった」

 安堵したように胸を撫で下ろし、扇が笑みを見せる。

「急にいなくなったから………、その……、心配した」

 言葉を選ぶように、いや、言葉を避けるように口数少なく、扇がヴィレッタの方へ歩み寄っていく。

 まるで、迷子の猫を捕まえようとするかのように、慎重に。

「さ、帰ろう? ……どうして、君がこんな所に一人で来たのかは知らないが、大丈夫。何があろうと君は俺が守る」

 事情も聞かず、恐がるように話をまとめ、扇は笑顔と共に手を差し出した。

 その手を、ぼんやりとヴィレッタは見つめる。

 もし。

 そう。もし、今までの自分からは想像出来ないような行動を自分が取ったとして、その場合、考えられるのは。考えられるとしたら。

「だから………」

 それは、自分を変えようとする誰かがいるからだろう。

「―――――!」

 瞬間、覚醒した。感情が沸騰し、混乱する思考を押し退けて、身体を動かした。

「近付くなッ!!」

 いつの間にか、手にしていた銃を扇に向かって構えた。

「お前の……ッ、お前が………ッ」

 言葉が上手く出てこない。興奮に銃を持つ手は震え、その表情は今にも泣き出しそうだった。

「千草? 一体、どうし―――」

「近付くなと言っているッ!!」

 拒絶の言葉と共に弾痕が足下に刻まれ、扇は思わず足を止めてしまう。

「お前のせいなんだ……ッ、全部、お前がいたから……ッ、だから、私は、こんな………ッ」

 苦しげに、呻くように、言葉に出来ない想いを絞り出すように吐き出していく。

 それが余りにも辛そうで。扇もまた悲しげに顔を歪めながら、知らず足を一歩踏み出した。

「千草………」

「違うッ!」

 扇の言葉と行動に反応して、再び、地面に弾痕が生まれる。

「私はヴィレッタ・ヌゥだ! ヴィレッタ・ヌゥなんだ! それ以外にない! なりたくもない!」

「だとしても!」

 髪を振り乱し、そう叫ぶヴィレッタの声に被せるように、扇も声を張り上げる。

「だとしても。君が千草でなかったとしても……。それでも、俺は、きっと君が――――」

「言うな!」

 三発目。今度は、扇の顔を掠めるように銃弾が夜の闇に消えていった。

「出会わなければ良かったんだ…………」

 か細い、糸のように小さな声がヴィレッタの唇の隙間から零れた。

「そうすれば、こんな苦しみも、こんな自分を知る事もなかった」

 小さな、小さな声が夜に落ちる。今の今まで火が付いたように盛っていた姿が、まるで雪のように儚く、溶けて消えそうな程に弱々しく見えた。

 その姿に、手を伸ばす。

 そして、声を掛けようと口を開きかけて―――、何と呼べば良いか分からず、何も言えないまま、扇は口を閉ざした。

「扇!」

「おい、大丈夫か!?」

 沈黙を破るように大声が二人のいる場に響いた。それを合図に二人は我に返る。

 先に行動に出たのはヴィレッタだった。弾かれたように扇に背を向け、路地裏の闇に消えていこうとする。

「待っ―――」

 それに気付き、扇が制止の声を上げようとする。するが、先程と同じ、何と呼べば良いか迷い、結果、彼の言葉は途中で切れてしまう。

 

 その躊躇いが、二人を別った。

 

 声は届かず、伸ばし掛けた手は空だけを掴み、視線は遂に愛しい人の姿を見失ってしまう。

 呆然と立ち尽くす扇。そこに遅れて、彼の仲間達が到着した。

「おい、無事か!?」

「銃声が聞こえたが、撃たれてないよな!?」

「それで、逃げたっていう女は? 何処に行ったんだよ!?」

 矢継ぎ早に質問を繰り出す扇グループの面々。だが、それに一言も答える事なく、扇は黙って目の前を見つめていた。

 その様子に、何かあったのかと訝しげな表情を見せながらも、仲間達は揃って黙り込む。すると、何かに気付いた扇が、数歩、前に足を進めると地面から何かを拾い上げた。

 それは、携帯だった。表面に傷が入ってしまっているそれは、彼が彼女に贈ったものだ。

 落としたのか、捨てたのか。扇には分からない。

 何も分からないまま、扇はただ大事そうに傷付いた携帯を撫でた。

 

 

 その光景を、ビルの屋上より見つめる人影があった。

 一人は女。三人の一番後ろに控え、目を伏せたまま、折り目正しく指示を待っている。

 もう一人も女。此方も眼下の様子に興味を示さず、けれど、何やら難しそうな顔をしながら、その場に佇んでいた。

 そして、最後の一人。ルルーシュはビルの縁に立ち、一連の騒動を興味なさそうに、しかして、観察するように眺めていた。

「……ご苦労だった」

 眼下の騒動が収束したのを見たルルーシュが、振り返らないまま、後ろに声を掛ける。

 それに答えるように、一番後ろにて控えていた女、――咲夜子は一つ礼をすると、音もなく夜の中に消えていった。

 溶けるように消えていく咲夜子の気配。それが完全に消えたのを確認すると、ルルーシュは斜め後ろにいるC.C.を振り返った。

「どうだ?」

「………強くなっている」

 問い掛けるルルーシュに、苦々しくC.C.が答える。

「集合無意識の時よりも、皇帝の時よりも、更に、だ」

「そうか。やはりな」

 ルルーシュの側に立ち、未だに緋色に染まる瞳を見上げるC.C.の言葉に特に驚きもせず、納得する。

 少し前、サイタマゲットーでゼロを誘き出そうとしていたコーネリアを出し抜く為に、一時的に表に出て来た時、ルルーシュはナイトメアに乗ったブリタニア軍人にカメラ越しでギアスを掛けた事があった。

 本来であれば、ルルーシュのギアスにそれは不可能である。ロロやマオのような空間発動型と違い、ルルーシュのギアスはあくまで光情報に属し、直接相手の眼に叩き込まなければ掛ける事が出来ない。

 しかし、その時のルルーシュには、何故か確信があった。確かめた訳でもないのに、自分のギアスは今はこう使えるという知識めいた直感があり、そして、その通りにギアスは発動した。

「発動条件の変化……、いや、増大か? ギアスそのものが強くなった影響か、それとも、コードが関係しているのか……」

「さっきの女には、『前回』と同じようにシンジュクでギアスを掛けていたんだろう? それで、今回、またギアスが掛けられたという事は回数制限も解除されたのか?」

 C.C.の問い掛けに、暫し、ルルーシュは瞳の感覚を探るように手をやって考え込み、――いや、と首を振った。

()()からして、おそらく回数は一度きりのままだ。今回、ヴィレッタにギアスが掛けられたのは、多分だが、かつての俺のギアスを、より強力になった俺のギアスが上書きする形になったからだろう」

 かつて、皇帝に捕らえられた時、記憶改竄のギアスが暴走状態にあったルルーシュのギアスを抑え込んだように、以前のルルーシュのギアス―実際にはそこまで力を落とした、だが―を抑え込んで、今回のギアスが発動したのだろうとルルーシュは語る。

「得られた情報としては、こんなところか……。出来れば、もう少し情報が欲しいところだが」

「危険すぎる」

 更なる情報の獲得をと考えるルルーシュに、C.C.が難色を示した。

「唯でさえ、コードとギアスの両立なんて訳の分からない状態になっているんだ。何が切っ掛けでどうなるか分からない以上、下手な使用は避けた方が良い」

 そう言って、より深くルルーシュのギアスを探るべく、C.C.は瞳を閉じる。

 今のところ、暴走の気配はなかった。感じ取れる気配、力の脈動は以前よりも強くなっているが、状態については、酷く安定している。

 だからこそ、不気味だった。

 ギアスとは、暴れ馬のようなものだ。力が増せば、増した分、馬は暴れ、手綱を握る事が難しくなってくる。

 なのに、安定している。達成人に至る程に高められたギアスが、暴走の予兆すらなく、ルルーシュの中に根付いているのだ。まるで、コードのように。

 それが、C.C.には怖かった。

「せめて、あのコンタクトが使えれば、話は変わったんだが………」

 ぽつり、と呟き、C.C.は力なく肩を落とす。

「使えそうにないか?」

 尋ねるルルーシュに、こっくりと頷きが返る。

「もう役に立たんだろう。達成人から、更に一歩出ようとする程のギアスを完全に遮断出来る程の効果はアレにはない」

「そうか。予想出来ていた事ではあるが……」

 痛いな、とルルーシュが唸る。

「…………すまない」

「渡された時に言われていた事だ。謝られる事ではない」

「そうじゃない」

 てっきり、コンタクトの事を言っているものだと思っていたルルーシュに、C.C.は気落ちした表情で、ふるふると首を横に振った。

「私が、もう少しマリアンヌ達(アイツ等)の研究に興味を示していれば、もっと色々と分かったかも―――」

「冗談にしては、面白くないな」

 ぽつぽつと悔いるC.C.の言を、ルルーシュは即座に切り捨てた。

「俺のコレは、『明日』を望む中から生まれたものだ。昨日に閉じこもろうとしたアイツ等の研究で何か分かってたまるか」

「だが…………」

 無意味と吐き捨てるルルーシュに、C.C.は弱々しく食い下がる。

 度々、思っていた事だった。今のルルーシュに、自分がしてやれる事は、あまりに少ない、と。

 例えば、これがスザクやカレンなら、その圧倒的な武力でルルーシュの助けになれるだろう。咲夜子は隠密として影から、ジェレミアは一派閥をまとめあげた統率力で表から支えになれるし、ロイドやセシル、ニーナにもその頭脳と技術力がある。

 そんな中で、C.C.だけが出来るというものはなかった。

 だから、せめてコードやギアスに関しては役に立とうと考えていたのだが、結果はコレである。

 果たして、自分がいる意味はあるのか。そんな焦燥が少なからずC.C.の胸に燻っていた。

「珍しく殊勝なのは結構だが、卑屈に考え過ぎだ」

 そんな魔女の考えを見抜いたのか、悩みを笑い飛ばすかのように、あっさりとルルーシュは言う。

「そもそも、役に立った事があったか? 契約や願いについて聞いてもはぐらかし、ギアスやその関係者についても黙りを決め込み、いよいよとなって、漸くその口を開く。マオの時も、V.V.の時も、皇帝の時もそうだったと思ったが?」

「それは、…………そう、だった、かも、だが…………」

 歯切れ悪く、言葉尻を濁すC.C.に苦笑する。

「だが、それでも、お前が俺の助けになってくれたのは確かだ」

 たった一人で世界と向き合い、嘘と仮面に塗れながら強大な敵に立ち向かっていく自分の姿をきちんと見てくれている誰かがいた。

 血で血を洗う修羅の道で、多くを喪い、多くから拒絶される中、最初から最後まで自分の道行きに付き合ってくれる誰かがいた。

 それが、どれだけの力になったか。おそらく、魔女は知るまい。

 あの日。あの時。あの場所で。お前がいてくれたから、という言葉にどれ程の感謝が込められていたのか。目の前で、キョトンとするこの少女は気付いてはいないだろう。

 

 ………まあ、だからといって、態々口にする程、この魔王も素直な性格はしていないが。

 

「とにかく、だ」

 何となく居心地の悪さを感じたルルーシュが、強引に話を締めくくろうとする。

「あまり下らない考えに頭を使うな。お前が自分の使い道に悩もうが、それくらい、俺が考えてやる。だから、お前は今まで通り俺の側にいろ」

 からかうようにそう言えば、むぅ、と面白くなさそうにC.C.は唸り、更にそんな反応をしてしまった事が悔しいのか、照れ隠しのようにそっぽを向いた。

 どうやら、完全に調子が戻ったらしい。

 そっぽを向いた魔女に気付かれぬよう、柔らかな笑みを口元に浮かべる。調子は戻ったが、機嫌を損ねてしまったので、追加でピザを焼く羽目になるかもしれない。

 やる事が増えてしまったな、とあまり困ったようには見えない感じで、ルルーシュが嘆いた時だった。

 二人の間に割って入るように、再び、携帯が鳴ったのは。

 忙しい夜だ、と思いながら、ルルーシュは携帯を取り出す。だが、ディスプレイに表示された名前を見た瞬間、弛緩していた空気が一気に引き締まった。

 それに気付いたのか。そっぽを向いていたC.C.が何事かとルルーシュの方に向き直った。

「………はい」

 通話ボタンを押す。すると、しわがれた老人の声が待ちに待った用件を伝えて来た。

「そうですか。では、予定通りに。……いえ、準備は整っています。会議は神楽耶様が戻ってからで構いません。すみませんが、残りの六家の方に連絡をお願い出来ますか?」

 それから、二言三言必要な事を伝え、では、という言葉を最後に通話を終える。

「桐原からか? 何があった?」

「別に驚くような用ではない。ただ、舞台が整ったという連絡だ」

 要領を得ない返答に首を傾げるC.C.をよそに、ルルーシュは真剣な、しかし、何処か愉しそうな表情であらぬ方に顔を向ける。

「『今回』、初めての顔合わせか」

 視線の先、海を隔てたとある場所にいる人物の顔を思い描き、ルルーシュは、ふっ、と笑う。

「では、手合わせといきましょうか。……兄上」

 

 

 

 

 

 

 

 日本政府に、ブリタニアから停戦交渉の申し入れがあったという情報が世界中を駆け巡るのは、この僅か数時間後の事だった。




 ヴィレッタは犠牲になったのだ。ルルCがイチャつくための犠牲にな!
 そして、すまんな、扇よ。でも、すれ違い、勘違いはギアスの人間関係の基本だし、是非もないよネ!

 そうして、漸く本題。この章の山場、停戦交渉。ここに至る為に一年近く費やしてしまったよ……。
 そんな訳で、次回。優雅の仮面を被ったどっかの兄と変な仮面を被ったどっかの弟がテーブルを挟んでほのぼのと談笑します。

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