コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 何時もよりも更に遅くなってしまいました。スミマセン。
 遅くなった理由は……、多分、本文を読んで頂ければ分かるかと…………。


PLAY:22

 広い格納庫に、火花が雨と降り注ぐ。

 鋼の金臭さとオイルの油臭さ、微かな汗の臭いが代わる代わる鼻を掠めていく。

 鉄と鉄がぶつかる音が甲高く響き、怒鳴り声での会話があちこちで投げ交わされて、それに耳朶が震えた。

 正に男の仕事場、と言うような場所ではあるが、この場所の中心的人物は、意外にも褐色の肌の女性である。

 今も、塗装がされていない鋼色をしたナイトメアの前に陣取り、長い煙管を振りながら、白衣を纏った男達と何やら難しい話をしていた。

「では、これで進めます」

「よろしくねぇ」

 間延びした返答に頷き、男達が散り始める。どうやら、話は終わったらしい。

 自分達の仕事をこなす為、散り散りに何処かへ向かう男達に目も向けず、その場に一人取り残されたラクシャータは、鎧を着た武者のようなナイトメアを見上げると、目を細め、煙管に口を付ける。

 慣れた煙の香りが鼻腔を満たし、味が舌の上を転がる。それを十分に堪能した後、ラクシャータは、ふわりと紫煙を吐き出した。

「ご苦労」

 そんなラクシャータに新たに声を掛ける人影が一つ。

 自分以上に忙しい、最近は椅子に根が生えたのではと思うくらい、自分の執務室から出ることのない人物の声にラクシャータは驚きと共に振り返るも、すぐに楽しそうに表情を緩めると、近付いてくる仮面の男に笑い掛けた。

「珍しいわねぇ、ゼロ。多忙なアンタが、こんなところに顔を出すなんて」

 仮面にマント、黒い服と季節感を無視した完全装備のゼロを見るのはラクシャータは久しぶりである。

 顔を晒してからは、幹部会議も報告書を提出する時も、正体を知っている者しかいない時は、素顔でいるのが殆どなので、今は逆に、この無機質な仮面姿の方がラクシャータには新鮮に感じられた。

「何か、急ぎの用ぅ?」

 問い掛けに仮面が僅かに揺れる。格納庫の照明に反射した光が横方向に角度を変えるのを見るに、否定の意志表示だろう。

「ただの陣中見舞いと近況の確認に来ただけだ」

「進捗状況なら報告書で分かるでしょぉ? 毎回、早くしろって催促してるのに、まさか目を通していない訳ぇ?」

「勿論、内容は把握している。だが、実際に見ないと分からない事もある」

 そう言って、隣に立ったゼロが仮面を持ち上げ、先程のラクシャータと同じように未完成のナイトメアを見上げた。

 その姿を見ながら、ふぅん、とラクシャータは相槌を返す。

 相変わらず、いまいち何を考えているか分からないが、そのあたり、ラクシャータはあまり気にしないし、もう良い加減慣れたものだった。

 視線を戻す。造り掛けの機体の上でゼロが来ている事に気付いて、完全に固まってしまっている作業員達に手を振って、休憩の意思を示すと、ラクシャータは煙管をくわえ直す。自分からは特に話す事もない為、ぷかり、ぷかり、と紫煙を燻らせ、ゼロが何か言うのをのんびりと待った。

「………紅蓮の改修は目処が立ったようだな」

 黒の騎士団の最高戦力にして、ラクシャータが手掛けた最高傑作、紅蓮弐式。

 一時は見る影もない程に大破損傷したその機体も、今は右腕と塗装以外の修理を概ね完了させ、ゼロの前に鎮座していた。

「苦労したわよぉ? 何せ、造り直した方が早いってくらいにボロボロだったんだから」

 煙管の根元を噛み、両手を広げて大袈裟に肩を竦める。

 少々芝居掛かった仕草だったが、これくらいは大目に見て貰いたい。頭は吹き飛び、虎の子の右腕は全損。胴体部分にも吹き飛んだ右腕の爪が深く刺さり、輻射波動の反動と熱にフレームは歪み、機体表面も溶けかけのアイスと似たり寄ったりな姿だったのだ。

 これを見たときは、流石にラクシャータも言葉を失った。

 致し方なかったとはいえ、我が子のように大事な機体に目の前の司令官はこんなにも無茶を強いてくれたのだ。これくらいの皮肉の一つや二つ、言ってもバチは当たるまい。

「まぁ、お陰で良いデータが取れて、面白い改修案も思い付いた訳だから良いんだけどぉ?」

 結果論ではあるが。

 無理をしてくれたお陰で、より正確に改良点、改善点を洗い出せたし、耐久テストと思えば、これ程詳細なデータはない。

 純粋に技術者として見れば、悪い事ばかりでもなかった。

 だから、ラクシャータもゼロに対しては、ちくりと皮肉を言うだけに留めていた。

 ゼロに対しては………。

「ほう? その割には随分とこっぴどくやり込められたとカレンが溢していたが?」

「当ぅ然。それとこれとは話が別よぉ。私はナイトメアを造ってるんであって、棺桶を造っている訳じゃないの」

 それはそれとして、パイロットたる紅毛の少女にはしっかりと灸を据えているラクシャータである。無茶の必要性は認めるが、無茶をする事を許した訳ではない。壊れても良いとは思っても、壊しても良いとは彼女は思っていないのだ。

「そうか」

 それにルルーシュは一言だけ返して、話を打ち切った。

 単純に機体を壊された事だけでカレンを責めたのなら、眉の一つも顰めるが恐らくそれだけではないだろう事は既に理解している。

 それが分かっているから、ルルーシュはこれ以上不毛な会話をしようとはせず、話を変える意味も兼ねて、次の話題を口にした。

「戦場には、いつ頃戻せそうだ?」

 現在、日本とブリタニアの戦争は情勢の変化から、睨み合いと散発的な戦闘という小康状態に移行している。

 とりわけ、紅蓮が必要な状況には見えないが、ルルーシュには違うらしい。

 出来れば早めに、と口にするルルーシュだったが、ラクシャータの反応は芳しくなかった。

「悪いけど、まだ当分先になるわぁ。飛翔滑走翼も徹甲砲撃右腕部も試験運用が終わっていないしぃ、紅蓮自体もスペックアップしてるから慣熟訓練も必要になるでしょぉ?」

 機体の組み上げまでは、もうそれ程時間を要しはしないが、まだ追加兵装の運用テストが残っており、機体自体にも手を入れた上に運用方法も変わってくるのでラクシャータとしては慣らしに時間も欲しかった。

 カレンであれば、長く時間を必要とはしないだろうが、それでも近日中に、とはいかないだろう。

 そう説明するラクシャータに、ゼロは、ふむ、と頷くと黒い手袋に包まれた手を仮面の下、顎のあたりに持ってきて思案の姿勢を見せた。

 ある程度予測はしていたのだろう。苦言もなく、その様子からは焦りも感じられない為、単にもたらされた情報を基に戦略の修正でもしているのだろうと察したラクシャータは、詫びの代わりに更なる新情報を提示した。

「ああ、それとぉ、アンタから提案されたガウェインの強化プランだけどぉ、何とかなりそうよぉ?」

 それに、僅かに俯いていたゼロの顎が上がる。

「それは朗報だ」

 返ってきた言葉は一言だけ。であるが、その声から少しだけ固さが抜けている事に気付いたラクシャータが、ええ、と微笑む。

「ハドロンブラスターとブレイズルミナスホーンは既存の兵器の延長だから悩みはしなかったけど、残りはアイデア性が大きかったからねぇ。実用化出来るか怪しかったけど、ドルイドシステムを応用すれば、絶対守護領域の演算問題は解決出来そうだし、コールブランドも、まぁ、おんなじねぇ」

 ただぁ、と微笑みから一転、難しい顔になるラクシャータ。

「特性上、どうしてもパイロットの能力ありきになるわねぇ。……いくら、アンタでも火器管制と戦場指揮に加えて、この二つの演算もとなると脳が焼き切れるんじゃないのぉ?」

「問題ない。予測シミュレートの結果から見ても、十分に運用は可能だ」

 疑いの目を向けてくるラクシャータに、ゼロはこともなげに言い切ってみせる。

 事実、今のルルーシュは、戦場にひしめく全てのナイトメアの機動予測を瞬時に叩き出し近未来を推し測る超速演算を可能としている。今更、少し演算する事が増えたところで苦にもならないだろう。

「でもぉ、そうなると、今以上に操縦はあの子任せになるわねぇ。……そういえば、そっちはそのままで良い訳ぇ?」

 そっちと言うのは、今しがた口にした魔女の事である。

 ガウェインの操縦担当として、ゼロと相乗りしている彼女だが、厳密には彼女は戦闘要員ではない。元より、大国に挑むには常に人手不足、戦力不足の黒の騎士団。魔女がガウェインに乗り込む事になったのも、適性云々ではなく、単に彼女以外に手隙がいなかっただけに他ならなかった。

 なので、このままで良いのかとラクシャータは問い掛けた。

 成り行きで乗ったC.C.の腕前は意外にも悪くはなかったが、今後、更に激化していくであろう戦闘状況を考えれば、この機会にきちんと乗り手を選び直す必要もあるかもしれないと思ったからだ。

「今なら、人材に困る事もないし、より適任が見つかるかもよぉ?」

「必要あるまい。心配しなくても、アレは己に与えられた役割はきちんとこなす。そうである以上、私に不満はない。それに―――」

 ラクシャータの指摘通り、C.C.の腕前はとりわけずば抜けているという訳ではない。

 だが、彼女は技量に劣ろうとも神根島でジークフリートを、ダモクレス戦では圧倒的性能を誇る紅蓮聖天八極式からルルーシュを逃がす事に成功している。何だかんだ言いながら、ここ一番で活躍してくれている以上、C.C.のパイロットとしての技量にケチを付ける気はルルーシュにはなかった。

 それに。

「こと命を預けるという一点において、私にとってアレ以上の適任は他にいない」

 素直に認めるのは、少々癪ではあるが。

 勝率やら打算やらを抜きにすれば、そのあたり、魔王の魔女への信頼はあの親友を上回るらしい。

 そんな自分の感情が何となく腹立たしいのか、仮面の下で少々不機嫌そうな表情をしていたルルーシュの耳に、へぇ? と言う驚いたような、感心したようなそんな声が聞こえてきた。

「アンタがそんな事言うなんてねぇ。ちょっと意外だったわ」

「事実を言ったまでだ。他意はない」

 仮面のまま、むすりとした人間味のある声が返ってくる。そのアンバランスさがやけに面白くて、ラクシャータは堪らず吹き出してしまった。

 ジロリ、と仮面の下で瞳が動く。今、何かを言ったところで裏目にしか出ないと分かっているのだろう。不機嫌さと苛立ちを混ぜて冷やしたような視線が仮面の下から、とうとう腹を抱えて笑い出した科学者に注がれた。

 それに気付き、ラクシャータが何とか笑いを抑えようとしながら、ごめんごめん、と片手を上げて謝罪する。

「いや、でも、そうよねぇ……」

 笑いを微笑に変えて、何事かを呟きながら、ゼロの無機質な仮面に顔を向ける。

 この仮面と立ち居振舞い、そして奇跡に忘れそうになるが、中身は間違いなく少年なのだとしみじみ思う。

「カレンじゃないけどぉ、何となくアンタがどういう人間か分かった気がするわぁ」

 全てを見通し、世界すら手玉に取っているのではと思う程に底が見えない男でも、こうして見れば親しみも湧く。

 そんなラクシャータの視線が居心地悪いのか、黒い仮面が、ついと明後日の方向に向けられるのに、もう一度だけ笑うと、とにかく、と言って話題を戻した。

「ガウェインについては、今言った通りよぉ。ただぁ、後半のシステムについては手探りになるから、完成までは紅蓮以上に時間が必要ねぇ。そんな訳だから、私としては、紅蓮の完成を優先させたいんだどぉ?」

「構わない。寧ろ、此方から頼もうと思っていたところだ。紅蓮を戦場に出せるようになれば、ブリタニアを大きく牽制出来る。そうなれば、今後の見通しも良くなる」

 何やら意味深な言葉が紡がれたが、ラクシャータは聞き返さない。興味がない訳ではないが、説明されたからと言って、ゼロの深謀を完全に理解出来るとは思わなかったからだ。

「……時間か」

 そこで、格納庫の入口の方が騒がしくなる。

 小休止を終えた作業員達が戻ってきたのだろう。ゼロの方もこれ以上、時間を浪費出来ないのか、足の先が入口の方に向けられた。

「では、よろしく頼む。何かあれば適宜報告しろ。ある程度なら便宜を図る」

「了~解。ま、カレンも焦れてきてるだろうしねぇ。変に爆発しないうちに、ちゃちゃと仕上げておくわぁ」

 軽口を叩き、ひらり、と手を振る。

 了承を沈黙で返し、激務に戻ろうとするゼロから未完成の紅蓮に視線を移したラクシャータは、最後の一服とばかりに煙管に口付けて深く煙を吸い込んだ。

 瞳を閉じて、たっぷりと煙を堪能する。

「変に爆発、ね……」

 ふわり、と霞のように吐き出された煙と共に、先程の自分の言が零れる。

 何となしに紡がれた軽口だったが、その言葉通りに変に爆発したところがあったのをラクシャータは思い出した。

「そっちは、中々苦労してそうねぇ? プリン伯爵………」

 ざまあみろ、と皮肉に表情を歪めて、ラクシャータは頭に浮かんだ人物に吹きかけるように、残りの煙を吐き出した。

 

 

 

 息が荒い。早鐘に変わった心臓は煩くて、動悸もずっと収まらず、ズキズキと痛い。

 まだ戦ってすらいないのに、この状態。あまり覚えていないが初陣の時ですら、こんな風にはならなかっただろう。

 ごくり、と喉が鳴った。レバーを握ったまま石のように固まった手を無理矢理動かし、流れて止まらない汗を拭う。

『スザク君、大丈夫?』

「………………はい」

 耳に付けたインカムから聞こえてきた自らを案じる声にかろうじて、そう返す。何年も喋っていないかのように舌がひきつったが、それでも声になった事に安堵する。

 だが、それでも絞り出すような声では安心感に欠ける。事実、通信の向こうにいるセシルの顔から不安が消える事はなかった。

『スザク君…………』

「大丈夫です、本当に。それより状況を教えて下さい」

 何も聞きたくない、と言うかのように話を強引に打ち切る。ひたすらに余裕が感じられないスザクの態度に、セシルは更に何かを言い募ろうと口を開きかけて、――閉じる。

 今、スザクが立っているのは紛れもなく戦場。そこに立つのを防げなかった時点で、これ以上通信で押し問答を繰り広げても、スザクの集中の妨げになる。

 それが分かっているから、セシルはこれ以上何も言わない、――言えなかった。

『……敵レジスタンスは、もう間もなくで到達するわ。彼等の目的はトウキョウの黒の騎士団を中枢とする日本勢力との合流。……数は多くないけど、気を付けて』

「イエス、マイロード」

 お決まりの返答をし、スザクはファクトスフィアを起動する。

 黒の騎士団。日本政府との合流。

 当たり前の事ではあるが、あの夜を迎えてからずっと、そう考える輩が後を絶たないでいる。

 北から南から。東で西で。

 コーネリアのテロ殲滅をしつこく生き延びたレジスタンス。日本の復活を機に立ち上がった者。

 他にもブリタニアは憎いが、テロリズムは良しとしなかった者達が、皇神楽耶という錦の旗の下でなら、と決意を固め駆けつけようとしたりと、理由は様々にあれど、エリアの至るところで多くの日本人が、今はまだ首都だけが国土の故郷を目指していた。

 とはいえ、数こそ脅威であるが、一つ一つの規模は大したものでもない。

 その全てがゼロと合流すれば厄介になるかもしれないが、合流する前なら、ただの雑兵に過ぎない。

 平時のスザクなら、目を瞑っていたって勝てる相手である。

 そう。いつもの、――今までのスザクだったならば……。

 

「ッ、――来た」

 ファクトスフィアのセンサーが範囲内に移動する熱源反応を捉える。

 連動して光学カメラが動き、ランスロットが陣取る間道の先から此方に迫り来るナイトメアの一団を確認する。

 数は、――八。

 キョウト等の後援がないレジスタンスの平均ナイトメア所有数が一台前後であることから考えるに、おそらく突破の可能性を上げる為、此処に来る途中で他の集団と合流したのだろう。

 それを裏付けるかのように、ナイトメアの後方を追随する車輌の数が多い。

 何処かで調達したであろう軍用車輌に、民間の大型バスもある。

 おそらく、あのバスの中にレジスタンスの仲間やその家族、民間人が乗っているのだろう。

 本当に、誰も彼もが目指しているのだ。

 漸く取り戻した自分達の故郷を。

「………………」

 苦虫を噛み潰したようにスザクの表情が歪む。

 その苦味の意味をスザクは考えない。

 考えてしまえば、きっと自分は迷う。迷えば、絡め取られてしまう。

 そう思うからこそ、スザクは余計な事は考えまいと頭を振ると、目の前の事に集中した。

「……此方は、ブリタニア軍」

 外部スピーカーをオンにし、対象の集団に呼び掛ける。

 そのまま、停止せずに問答無用で仕掛けてくるかもと警戒していたスザクだったが、意外にもレジスタンスの集団は進みを止める。

 それでも、警戒はしているのだろう。

 横一列に並んだ八台のナイトメアの持つ銃口が全て向けられてくるが、構わずにスザクは警告と投降を呼び掛けた。

「許可なきナイトメアの使用、並びに武装は禁じられている! 直ちにナイトメアを停止し、武装を解除せよ! これに応じなければ、実力を以て――――」

 言えたのは、そこまでだった。

 これ以上聞く気はない、とばかりに全ての銃口が火を噴いた。

 同時に、両端に構えていたナイトメアが二機ずつ、――四機で陣形を組んでランスロットに向かっていく。

 銃撃の支援を受け、何度も機体を交差させながら、迫ってくる。

 ブリタニア軍の見様見真似か。援護を受けながらの撹乱から素早く近接に移行する戦い方は、ナイトメアによる基本戦術の一つである。

 しかし、当然ながら本職に比べればお粗末に過ぎる。ランドスピナーの勢いを殺し切れず、切り返しの度に停止寸前まで速度を落としていては、撹乱も何もあったものではない。

 ある程度、熟練した軍人なら切り返しの瞬間に、銃撃なりハーケンなりを射ち込んで、それで片が付く。

 だが…………。

「く、…………ッ」

 そんなお粗末な戦術に、何故か苦悶の声を漏らすスザク。

 何度もあった攻撃のチャンスを見逃し、ひたすらにブレイズルミナスを展開して守りに入っている。

 対して、隙を見逃された敵ナイトメアは、お陰でランスロットの側面に回る事に成功。二機が銃撃を開始し、残りの二機はそのまま横からランスロットに突っ込んでいく。

 近接武器は用意出来なかったのか。一機は徒手で、一機は銃を逆手に持って、ランスロットに襲い掛かった。

 しかし、動作に隙の多い鈍重な攻撃ではランスロットを捉えられない。

 振り下ろされる攻撃の軌道を見切ったスザクは、極少の動きで銃床による攻撃を回避。地面を叩いた反動で敵の手を離れ、宙をくるくると舞う銃を蹴り飛ばして粉砕すると、背後を突いて殴り掛かってきた敵の意表を突くように真下にスラッシュハーケンを射ち込み、その推進力で空中にある機体を更に持ち上げて、回避した。

 落下してくると思いきや、更に上に跳躍され、突き出した拳を空振りさせた敵ナイトメアが、バランスを崩して地面に転がる。

 数の差を物ともしない。

 八機からなる猛攻を、あっさりと防ぐランスロットにコックピット内でレジスタンス達は唖然となる。

 銃火が止み、皆が思わず動きを止める中、ランスロットはフロートを起動すると、一気に宙を駆け下りた。

 地面を砕き、砂塵を巻き上がらせ、ランスロットが敵機の真ん前に降り立つ。

 まるで瞬間移動でもしたかのような速度で肉薄された敵は驚き、慌てて銃を構えようとするが、――遅い。

 鮮やかな赤光が、滑るように敵ナイトメアの喉元に突きつけられた。

「……重ねて警告する。速やかにナイトメアを停止し、武装を解除せよ。これに従わない場合は、実力を以て行使する」

 MVSを突き付け、再度の警告を発する。

 言葉の上では威圧的に、口調も冷徹と思わせる程に淡々としていたが、その実、祈るような気持ちでスザクは呼び掛けていた。

 これで終わってくれ。

 ここで退いてくれ。

 そう切に願うスザクの姿は、敵を圧倒しているにも関わらずボロボロで、追い詰めている人間より追い詰められている人間と言った方が似合う有り様だった。

 沈黙が時間と共に流れていく。

 敵以上に時間が流れていくのを遅く感じながら、敵が投降ないし撤退してくれる事を願っていたスザクだったが、彼等はスザクの願いを叶えはしなかった。

 高速で回転するスピナーが地面を削る。

 反射的にそちらを振り向けば、先程のように銃を振りかぶりながら向かってくるナイトメアの姿があった。

 機体を操作し、跳躍して飛び退く。着地した瞬間、移動後の隙を狙っていた別の敵機が攻撃を仕掛けてくるが、スザクは難なく回避する。

 ぶん、ぶん、と音だけは大層なものを響かせながら、子供が棒を振り回すように銃を鈍器にして何度も殴り掛かってくる。

 当然、そんな攻撃はランスロットには当たらない。初撃を躱されたナイトメアも追い付き、二機がかりで襲い掛かってくるが、結果は同じ。だが、それでもランスロットに張り付き、自棄を起こしたように攻撃を続ける敵にスザクは何か嫌なものを感じた。

 果たして、それは、数瞬後、現実のものとなる。

 まるで味方を目隠しにするように。

 まるで味方ごとランスロットを撃ち抜こうとするように。

 銃弾が雨となって、ばら蒔かれた。

「な…………ッ」

 突飛な出来事に、思考が一瞬真っ白になる。

 だが、鍛え抜かれたスザクの戦士としての感覚は止まる事なく、身体を動かし、ランスロットを動かした。

 生命の危機にあっても、攻撃する事を止めない敵ナイトメアを片手のみでいなし、ルミナスを展開して、二機ごと銃弾の雨から自分を守る。

 そうして、看破する。敵の意図を。

 一見すれば、自暴自棄に陥った様に見えるが、そうではない。

 彼等は、捨て身なのだ。

 きちんとランスロットの脅威を理解し、その力量を正確に感じ取ったからこそ、()()のナイトメアは、自分の生命を捨ててでもランスロットの足止めに徹しているのだ。

 恐らく、この弾丸の先、この寄せ集めの集団のリーダー格が乗るナイトメアを先頭とする車輌やバスに乗った仲間や家族がここを突破出来る時間を稼ぐ為に。

 生命を捨ててでも、大切な人達を自分達の故郷に届ける為に…………。

「クソッ!」

 らしくない悪態を吐く。言い様のない暗い感覚が込み上げてくるのを感じ、誤魔化すようにスザクは荒々しく機体を操作する。

 スロットルをフルに押し込み、巻き上がる砂塵で張り付いていたナイトメアのカメラを封じ、超加速でブレイズルミナスを展開しながら銃撃を行っているナイトメアの側まで寄ると、ランスロットは加速の勢いを最大限に活かして跳躍、囲みを一気に突破していく。

 ぎこちなさの欠片もない機敏な動きに、ランスロットを足止めしようとしていたレジスタンス達は反応出来ない。

 そんな彼等を置き去りにし、ランスロットは一度の跳躍で離れていこうとする集団にあっさりと追い付くと、その先頭に躍り出る。そのまま、淀みない動作で腰に備え付けてあったヴァリスを引き抜き、リーダー格のナイトメアを行動不能にしようと、引き金を引こうとして――――……

 

 ―――どうでもよかったんだろう?

 

 ビクリッ、と全身を震わせながら動きを止めた。

 何か触ってはいけないものを触っていた事に、今更気付いたかのような反応で、スザクは操作レバーから弾かれたように手を離した。

 その様子は、傍目にも分かる程、取り乱し、動揺している。

 混乱しているのか、戦闘中だという事も忘れて、頭痛を堪えるように片手を頭に持っていき、何度も頭を振る。

 誰が見ても、誰にとっても致命的な隙。

 そんなチャンスを捨て身なレジスタンスが見逃す筈もなかった。

 重たい衝撃が、ランスロットごとスザクの身体を揺さぶる。

 追い付いてきた敵のナイトメアが、ランスロットにぶつかっていったのだ。

 ダメージは大した事ない。しかし、ぶつかられた衝撃でよろめき、ランスロットは集団の正面から弾き出されてしまう。

「しまった…………!」

 道が開けた集団が行動を再開する。ランスロットの防衛ラインを突破して、東京に向かおうとする。

「まだ――――ッ!」

 間に合う。先導しているナイトメアを行動不能にすれば、足並みは乱れる。

 そう考え、スザクは今度はハーケンを放とうと片手を敵に向けるも―――……

 

 ―――そんなに重たかったか?

 

 ()()()()

 攻撃しようとする意志を拒絶するように、スザクの身体は指一つ動かせなくなる。

 その隙に、追い付いてきた他のナイトメアが集団とランスロットの間に割り込み、攻撃を遮る盾となった。

 再び、銃火が咲き乱れる。

 先程と同様に、ブレイズルミナスを展開して防ぐランスロットだったが、そこから動く事が出来ない。――正確には動こうとする意志が鈍い。

 何とかしなくてはならないとは思っている。しかし、立て続けに襲った()()がスザクに二の足を踏ませていた。

 目標が遠ざかっていく。

 捨て身でランスロットを足止めしていたナイトメア達も殿を務める形で、銃撃でランスロットを縫いとめながら、徐々に後退していく。

 このままでは、突破される。

 焦りを滲ませ、しかし、裏腹に鈍い動きでランスロットがヴァリスを構える。

 そして、自分に言い聞かせる。

 大丈夫だと。殺す訳ではないと。

 攻撃するのはあくまで止める為。殺すつもりもないし、傷付けるつもりもない。ナイトメアを少し壊せば、それで済む。ヴァリスを撃つのに抵抗があるなら、ハーケンでも構わない。それも嫌ならMVSでも、徒手でも何でも良い。

 強く、強く、言い聞かせる。

 ただ、攻撃するだけだと。いつものようにやれば良いと。生命を奪わずに戦いを止めるのは自分の得意とするところだろうと。

 そう、強く言い聞かせ、スザクはヴァリスを撃とうとする。

 でも、その度に――――……

 

 ―――お前は何かを変えようなんて、本当は思っていない。

 

「――――――ッ!」

 抉られた傷口が酷く痛んだ。

 スザクの理性を押し付け、魂に刻まれた傷が戦おうとするスザクを否定する。

「ッ、………止まれッ!」

 絞り出すように、苦しげに、声を張り上げる。

 身体を震わせ、息を震わせ、痛いくらいになる心臓の音を聞きながら、それでも必死になって指先に力を込める。

 

 ―――己の罪一つ、満足に向き合えない。

 

「止まれ……………ッ」

 

 ―――過去から目を背け、生きる事に怯え、他人の夢に縋る事で答えを得たつもりになっている。

 

「止まれって、…………ッ」

 

 ―――私を止めると言ったな? ならば、まずは、この世界(地獄)を生き抜く覚悟をしてみせろ。生きてみせろ、枢木スザク。

 

「―――――――ぅ」

 

 ―――それすら出来ない今のお前は、この私以上に―――

 

「ぅ、ぅぁぁぁあああああああああああッ!!!」

 

 

 

 ―――空っぽ(ゼロ)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピー、と甲高い電子音がコックピット内に鳴り響く。

 僅かなりとも力が込められた指先は、ついぞ動く事はなかった。

 標的は全て遠ざかり、対象を見失ったレーダーマップは光点の一つも灯さず、真っ暗な画面が己の顔を映している。

 それに気付いて、スザクは思わず顔を伏せた。

 撃てなかったのか。撃たなかったのか。

 成せなかったのか。成さなかったのか。

 どちらが良しで、どちらが悪しか。

 己の表情に浮かぶ感情からそれが分かるのが恐かった。

 

 

 

 

 長く、重苦しい溜め息がアヴァロンの艦橋に何度も広がっては消えていく。

 その最たる主であるセシルは、不味いと思いつつも口から絶えず吐き出される溜め息を抑える事が出来ずにいた。

「スザク君……、不調が続いてますね」

 常識人である彼女には、気苦労の絶えない状況なのだろう。

 作戦終了における諸々の業務をこなす彼女の顔は、スザクに負けず劣らず生気に欠けていた。

「んー、ここまで長引くとなると一過性のものと考えるのは、流石に厳しいかな」

 一時的なショックから来る精神的不調であれば良かったが、ここまで尾を引くとなればそうではないのだろう。

 唸るロイドの声も、いつもはない真剣味を僅かに帯びていた。

「……決して戦えなくなった訳じゃないんです。シミュレーターの成績も以前と同程度の数値を叩き出していますし」

 ここ最近のスザクの戦闘データを表示しながら、セシルが改めて状況を見直すように説明していく。

「ブリタニア人を相手に模擬戦をした時も問題なく戦えています。一応、実験的に日本製のナイトメアとの訓練も行いましたが、中身が違うと分かっていれば問題ありませんでした。ですが――」

「相手が日本人になると、どうやっても戦えなくなる。――いや、攻撃する事が出来なくなる、と」

 これまでの戦闘記録を眺めていたロイドが、より正確な表現に改めるのに、こくりとセシルが頷く。

「ま、仕方ないかもしれないけどね。あんな事があっちゃ」

 カチャリ、と眼鏡を指先で押し上げ、ロイドがつまらなさそうに呟く。

「……日本人の気持ちを考えれば、スザク君が銃を向けられなくなるのも、確かに分からなくはないんですけど……」

 八年前、開戦を間近に控えた当時、スザクは日本の首相である自らの父、枢木ゲンブをその手に掛けた。

 決して、私欲に溺れての行動ではない。浅ましくあった訳でもない。

 浅ましくはなかったが、――彼の心は幼かった。

 戦争に利益を見出だす父親を否定し、大切な人や多くの人達が傷付き、血を流す事を疎んだ彼の行いは、確かに戦争を早期に終わらせた。

 そして、日本人から戦う機会を奪い、満足に抗う事もさせずに、ブリタニアの家畜として生きる道を強いた。

 日本人からしたら、何とも理不尽な話である。

 戦おうと思っていたのに。敗けると分かっていても、死ぬと分かっていても、せめて誇りだけはと願った戦士達は、いざ、戦場へと思い至った瞬間に、王手を掛けられたのだ。その絶望は、満足に戦えず散っていた者達の無念は、果たしてどれ程のものだったか。

 まして、それが小さな子供の、それも同胞の手によって引き起こされたと分かれば、日本人はどう思うか。

 それを想像すれば、只でさえ、己の過ち故に死にたいと願っていたスザクだ。引き金を引けなくなっても、何ら不思議ではなかった。

「ちなみに、軍医はなんて?」

「……完全に心の問題である以上、とにかく時間と静養が一番の良薬だと」

「時間ねぇ。それで解決してくれるなら良いんだけど」

 懐疑的なロイドであるが、セシルから咎める声は上がらない。

 こうなった直接の原因は、先日のゼロとの一連のやり取りにあるのだろうが、根本の原因は八年前の出来事に由来している。

 それを考えれば、時間が解決してくれるという事にロイドが疑問に感じるのも無理はないと思えた。

「とはいえ、他に良案もないしねぇ。此処は専門家の意見を素直に聞くべきかな?」

「良いんですか?」

 てっきり、渋ると思っていたセシルは、あっさりと承諾したロイドに疑問と驚きを以て尋ねた。

「そりゃ、ランスロットの開発が遅れるのは嫌だけどさ。仕方ないでしょ? 無理させて余計拗らせたら、それこそ面倒だし」

「ロイドさん」

 やれやれ、と首を振るロイドにセシルが嬉しそうな表情をする。

 少し前までは、ランスロットが全て。パイロットも全部パーツという風にしか考えていなかったロイドの口から、スザクの身を案じる言葉が出てきた事にセシルは嬉しくなった。

「漸く見つけたデヴァイサーだからね。大事に扱わないと」

「ロイドさん?」

 しかし、それも一瞬。

 やはり、ズレていたロイドの言葉に緩んでいたセシルの表情がピタリと固まった。

 前言撤回。

 スザクの前で迂闊な事を言わせない為にも、少し教えて差し上げなくてはならない。

 そう理解したセシルは、何故かみしり、と鳴くインカムを置くと久し振りの良い笑顔でロイドに向き直った。

 

 

 

 日本の空に、男の情けない謝罪が木霊するのは、このすぐ後の事だった。

 

 

 

 エリア11。東京近郊の海に浮かぶ式根島。

 そこに敷かれた対日本、対ゼロの本陣、その司令所の一室で、シュナイゼルはのんびりとティータイムを楽しんでいた。

「――以上となります」

 斜め後ろに控え、各地の近況と嘆願、その他の仔細を報告するカノンの乱れのない声に耳を傾けながら、鮮やかな紅の色と香りを楽しんでいたシュナイゼルは、カチャリ、と美しい所作でカップを置くと、お茶菓子として置かれたフロランタンを一つ、摘まみ上げた。

「ふむ。しかし、やはりと言うべきか。どうにも後手に回らざるを得ないね」

 出来を眺めるように、摘まみ上げたフロランタンをくるくると返す。

 現在、先の戦いでブリタニアを出し抜き、類い希なる才覚を発揮したゼロを牽制、殲滅の任からエリア11に腰を落ち着けているシュナイゼルであるが、悪化する情勢から各地への対応、指揮も任されていた。

 何をしても、どうやっても、流れを抑えられない現状に頭を抱えた本国政府が、有象無象の総督や指揮官の現場指揮に任せるくらいなら、とシュナイゼルに丸投げした判断は、情けないながら英断であったと言える。

 しかし、いくらシュナイゼルであっても、この一連の騒動を収束するのは容易ではなかった。

 何しろ、敵はシュナイゼルと同格の才を有するルルーシュ。

 奇しくも、共に日本、エリア11に自らを置き、世界を動かすという意味では同等であるが、ルルーシュとシュナイゼルでは情報の鮮度が大きく異なってくる。

 この一連の騒動を引き起こし、常に流れの先にて物事を動かすルルーシュと、事が起こってから辺境のエリアにて対応せざるを得ないシュナイゼルでは、情報伝達能力に大きな差が出てしまう。

 才能は同等でも、いや、それ故に二手も三手も遅れてしまう現状では、さしものシュナイゼルであっても後手に回らざるを得なかった。

「それにしても…………」

 サクリ、と小気味の良い音を立てて、フロランタンがシュナイゼルの口に溶ける。キャラメルとアーモンドの甘さが口に残った紅茶の苦味と混ざり合い、絶妙の加減となって口の中に広がった。

「まさか、マリーやコゥまでもが、こうまで手こずるとはね」

 自らの騎士団を率い、テロ鎮圧に躍起になっているマリーベルや、エリア11の騒動で総督を解任されたコーネリアが、各エリアの暴動や総督府の暴走の対処に回っているが、中々、状況は好転しない。彼女達であれば、もう少し手際良く各地の混乱を収束出来ると思っていただけに、この展開は予想外と言わずとも、意外と言わざるを得なかった。

「いくら、彼女達であっても、彼を相手にするのは荷が重いと言う事かな?」

 マリーベルとコーネリアの実力はシュナイゼルも良く知っている。にも関わらず、事は自分の予想より下方に動いている。

 過大評価し過ぎたのか、あるいは、彼女達の動きを妨げる何かがあるのか。

 後者だと、シュナイゼルは当たりを付けていた。

「ですが、俄には信じられません」

 そこで、シュナイゼルの後ろで直立体勢で控えていたカノンがシュナイゼルの思考に口を挟んできた。

「殿下の考えを否定する訳ではありませんが、この一連の騒動がゼロの手によるものなら、彼は本国の内情すら事細かに把握しているという事になります。流石に――」

「そうだね。その点に関しては、私も素直に驚いているよ」

 反ブリタニアの気運が高いエリアならともかく、ブリタニア本国は仮にも敵の本丸。そこの情報すら精緻に把握しているとあらば、ゼロの情報収集能力は脅威の一言に尽きた。

「そういえば、前にギルフォード卿が、今のゼロは以前までのゼロとは別人である可能性があると」

「確かにそう考えてしまうのも無理はないけど、おそらくその可能性はないよ」

 あまりに今までとは一線を画するゼロの脅威に、別人の可能性を示唆するカノンだったが、シュナイゼルはその可能性を切り捨てる。

 思考。思想。行動。言動。傾向。癖。

 脅威度こそ跳ね上がっているが、それらは紛れもなく今までのゼロと合致する。

 どちらかと言うと。

 今のゼロは、別人というより、()()()()()()()()()()()()()と言う方が正しいとシュナイゼルは考えていた。

 もっとも、ここまで急激に変化した理由までは、彼にも分からなかったが。

「しかし、あれだね」

 サク。

 フロランタンの残りを口に放り込み、強くなった口の中の甘みが、自然と紅茶に手を伸ばさせる。

「各地で、皆が苦労しているのに、こうしてのんびりとしていると、流石に申し訳ない気持ちになってくるね」

 口ではそう言うものの、その表情は変わらずの微笑である為、本気で言っているのか判断に困る。

 そんな困った主君に、これみよがしに溜め息を吐いて見せると、カノンは、そんなに言うなら、と話を切り出した。

「早々にトウキョウ租界を取り戻して、各地の応援に行かれては如何です?」

 現在、エリア11は他の場所に比べれば、比較的平穏を保っている。

 首都奪還の勢いのままにエリア11全土を取り返してくるかもという予想に反し、ゼロは東京の独立を策を講じる事で保つと、特に大きな動きを見せず、強行策を封じられたブリタニア側も事を荒立てるのは得策ではないと判断し、牽制と小競り合いに留めているのが理由だ。

 しかし。

「策と言っても、所詮は小細工。殿下ならいくらでもやりようがあるのでは?」

 それは、相手がシュナイゼルではない場合に限る話である。

 ゼロとは違う方向で人心掌握能力に長けるシュナイゼルなら、世間体を都合良くコントロールし、首都奪還の手筈を整える事など造作もないとカノンは踏んでいる。

 だから、今、こうしてシュナイゼルがのんびりと構えているのは、打つ手がない訳ではなく、余裕の態度であるか、もしくは、待ち望んでいた自分と同等の打ち手がこれから何をしてくるか見たいが為に、わざと攻勢の手を緩めているのでは、と考えていた。

「それが出来るならね」

 だが、微笑みと共に振り返った主の言葉に、カノンは自らの考えが間違っていると悟る。

「まさか、手が出せない理由があると?」

 信じられない気持ちである。

 まさか、この主君が二の足を踏むような日が訪れようなど、カノンは想像すらした事もなかった。

「確かにね。君の言う通り、トウキョウ租界を奪還するだけなら造作もないよ。ただ、それだけでは意味がない」

 今のブリタニアの現状は、黒の騎士団にトウキョウ租界を奪われた事に端を発しているが、トウキョウ租界を取り戻せば、全てが片付く訳ではない。

 何しろ、もう既に前例が出来てしまった。たとえ、これからトウキョウ租界を奪い返したとしても、ゼロが生きている限り、人々の希望は消えない。

 また、やってくれる。

 そう思う限り人々の心から、反逆の灯が消える事はないだろう。

 完全に灯を消すには、ゼロを抹殺し、それを世間に公表しなくてはならない。

 だが、トウキョウ租界を奪い返すのではなく、ゼロを討つとなると、話が違ってくる。

 何故なら、今の日本政府の力は脆弱であり、ゼロがいて何とか維持する事が出来ている。だから、ゼロが死ぬという事は、再び日本がその名を失い、滅びる事と同義と言えた。

 決死の想いと無数の生命の犠牲の果てに、漸く取り戻した自らの故郷。それが再び失うのを、エリア11に住む日本人が指をくわえて見ているだろうか?

 答えは、否、である。

 もし、ブリタニアがゼロを葬ろうと躍起になれば、日本人は自らの故郷をまた奪われない為に、決死の覚悟でそれを阻むだろう。それこそ、八年前のあの時、戦えなかった無念を晴らすかのように、エリア11全土を巻き込んだ大規模なクーデターとなる。

 そうなれば、ゼロを葬るのは容易ではなくなる。

 更に付け加えるなら、ブリタニア側が先に手を出した結果、エリア11全土が混乱に叩き込まれれば、此処に住まうブリタニア人がどういう行動を取るかもあやしくなる。

 日本政府の出方次第だが、ゼロであれば、本国に不信を抱いた彼等を反ブリタニア勢力に仕立て上げる事は十分に可能であろう。

「そうなると、一か月、……いや、二か月かな?」

 考え得る最悪の展開を想像し、今のゼロの実力を予想したシュナイゼルがそう呟く。

 おそらく、二か月。

 コーネリアやマリーベル、ラウンズを含めた全ブリタニア勢力で掛かっても、ゼロであれば、二か月は確実に自分と日本の名を残す事が出来るとシュナイゼルは予想する。

 そして、二か月もエリア11に全戦力を結集して、他を手薄にしてしまえば、各戦線は食い破られ、全てのエリアは転覆してしまう。自分がゼロなら、まず間違いなくそうする。

 つまり、戦力不足。

 今のシュナイゼルには、いや、ブリタニアにはゼロにチェックを掛けるだけの余力が、もはや存在していなかった。

「な、なら! なら、殿下が何時までも此処にいる理由はないのでは?」

 シュナイゼルの説明を聞いたカノンが、震える声で反論する。

 ゼロを仕留められない事は分かった。だが、攻勢に出れない、出る必要がないのなら、シュナイゼルが此処にいる必要もない。

 牽制だけなら、別の誰かでも十分にこなせる。その誰かに一度、ゼロへの牽制を任せ、シュナイゼルは各地の混乱を収める。そうして、余力が生まれてからエリア11、ゼロの攻略に乗り出せば良いのでは、とカノンは訴えた。

 しかし、その訴えに対するシュナイゼルの返答は、少しばかり困ったような表情で首を横に振るというものだった。

「ゼロの狙いが先の通りなら、守り切れる可能性が低いトウキョウ租界に態々戦力を集中するのは得策ではない。だというのに、ゼロは今日まで各地のレジスタンスを取り込み、戦力の拡大を図っている。どうしてか分かるかい?」

「それは……、いざ、我々が攻勢に出た時に少しでもトウキョウ租界を守れるよう、備えているからでは?」

 トウキョウ租界を失う事は痛手ではないにしろ、あっさりと奪い返されれば、ゼロの実力に疑問を持つ者も出てくる筈。

 それを防ぐ為には、ある程度、防衛戦を行う必要があり、その為の戦力を集めているのでは、とカノンは考えた。

「であるなら、戦略的にはおかしい。備えるというなら、そもそも拠点がトウキョウだけでは足りない。もし、そうなら、既に何らかの軍事行動があって然るべきだ」

 ブリタニアから生き残るのではなく、守り切るとなると大きく違ってくる。

 もし、ゼロがカノンの考える通り、防衛戦を行うつもりなら、ブリタニアの混乱に乗じて、エリア11のブリタニア基地を落とすなり、他の主要都市を奪い返すなり、首都防衛の充実を図ろうとしている筈である。

 しかし、ゼロは戦力を集めるだけ集めて、大きな動きは見せていない。つまり、それはゼロの目的は別にある事を示していた。

「他に……? この状況で他に何か画策していると?」

 別に目的があると説明しても、カノンはいまいちピンと来ないらしい。

 仕方ない事ではあるが、ゼロと自分の思考に付いて来れないカノンに、シュナイゼルは困った子供にするように、ふぅ、と溜め息を溢した。

「分からないかい? つまり、彼は狙っているんだよ、ここと、……ここを、ね」

 そうして、緩く動いたシュナイゼルの指が示したのは、地図上、ハワイ島と、――――()()()()()()()だった。

 それに、カノンは瞠目した。

 ハワイ諸島は、広い太平洋を挟んでブリタニア本国と東亜方面のエリアを繋ぐ大事な中継点である。

 もし、此処が落とされれば、アジア方面のエリアは本国から寸断され、更にはブリタニアと勢力を割る中華の動きにも対応出来なくなる恐れがあった。

「いや、ですが……! ハワイは分かりますが、本国を攻めたとしても、何の意味も…………!」

「意味はあるんだよ。残念ながらね」

 今、ブリタニア臣民には心に余裕がない。

 圧倒的優位を誇っていた情勢が、坂道を転がり落ちるように劣勢になり、先日には本国でも大規模な暴動が発生した。

 きっと、誰も彼もが心に不安を抱いて、毎日を過ごしている事だろう。

 その状況下で、もし、本国が敵に攻め入られでもしたら。

 数分。数秒でも構わない。

 敵の首魁、ゼロがブリタニア本国の土を踏むなんて事実が生まれてしまったら。

 ブリタニアはパニックになる。混乱は頂点を極め、恐怖が蔓延する事になる。

 そうなってしまえば、シュナイゼルであっても収めるのは難しい。

 故に、シュナイゼルはエリア11から動く事は出来ない。

 自分がいなくなれば、ゼロが攻勢に出るのは避けられず、また、ゼロを止められるのは自分しかいないと分かっていたからだ。

「で、ですが、それでも……! いえ、殿下であれば、本国に入れば、ゼロの本国攻めを阻止出来る――――」

「本当にそう思うかい? 相手は敵本国ですら、好きに引っ掻き回せる相手だよ?」

 そう言われ、カノンは押し黙る。

 相手は本国内部の事情に精通し、既に一度、ブリタニアでクーデターを誘発させている。

 なら、ゼロが攻勢に出た際、何らかの方法でシュナイゼルの動きを封じて来る可能性は大いにあった。

 上手いやり方だ、とシュナイゼルは思う。

 ゼロは、可能性というものを実に上手く使いこなしている。

 本来であれば、一笑に付すような可能性をシュナイゼルですら捨て切れないのだ。見事と言う他なかった。

「で、では、我々は……、ブリタニアにはこの流れを止める事は出来ないと? 為す術もなく、国が傾いていくのを見ている事しか出来ないと?」

 最悪の展開を予想してしまったのだろう。普段のカノンからは想像出来ないくらいに動揺が激しかった。

 とはいえ、無理もない。

 零れ落ちる砂時計の砂は如何として止まらず、それを止める術を持つシュナイゼルは身動きが取れない。

 このままでは、ブリタニアが滅びる。そう考えて取り乱さない方が可笑しかった。

 だが、状況の不利を説明し、カノンを震え上がらせた当人はというと、何時もの笑みで、いや、と首を横に振った。

「一見、八方塞がりに思えるけどね。この状況を何とかする方法は実はあるんだよ」

 

 

 ――――()()()()()




 シュナ「強制的に成長したんだ。私を倒せる年齢まで!」
 ルル(一年後)「やあ」

 鋭い読者の方なら、そろそろルルーシュが何を目的に各地で騒ぎを起こしていたのか分かるかもですが、どうかご内密に。
 と何かあるっぽく言ってますが、目的自体はありきたりなものなので、どうか期待値は上げずにお願いします。

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