過去最長です。無駄に長くて申し訳ないです。
代わりに『燃え』要素は、ふんだんに注ぎ込んだつもりです。
そんな訳で、特区編ラストエピソード。
読んだ後に、晴れた日の夜明けを見たような気持ちに、少しでもなってもらえれば幸いです。
チャキ、と水平に制動刀を構える。
ジークフリートの一挙一動を注視しながら、藤堂は戦いの前のゼロの言葉を思い出していた。
―――お前に望む事は、一つだけだ。
そう前置きして告げた、藤堂への命令は単純で、……とても、難解だった。
―――どんな方法、どんな手段を使っても構わない。僅かで良い。奴の装甲に穴を開けろ。
(簡単に言ってくれる)
苦笑が口元に浮かぶ。
いくら、ブレイズルミナスや電磁装甲の出力が落ちているとはいえ、装甲の硬さは、未だ、彼等の攻撃を受け付けない。
にも関わらず、具体策の一つも示さないまま、ゼロは藤堂にそう命じたのだ。
信頼されているのか、もしくは、投げやりになったのか。
そう考えて、否、と藤堂は思った。
おそらく、ゼロは確信しているのだ。
藤堂には、あの装甲を破るだけの力があり、それが出来る人物だと。
そう確信したから、あれしか言わなかったのだ。
それは信頼とは違うだろう。しかし、打算とも違うように思えた。
あやふやで、言葉にし辛いが、敢えて言うなら、可能性に賭けた、というべきか。
そこまで考えて、藤堂は思考を断ち切った。
何であれ、それに、応、と答えた以上、やるしかない。
そして、その思いはここに来て、より一層強くなった。
「藤堂さん……」
背に庇った部下が声を掛けてきた。
一瞬前まで死を覚悟していた部下の声は、何時もよりも幼く聞こえた。
ジークフリートへの意識を切らないまま、チラリ、と周囲を見れば、スラッシュハーケンの一撃を回避し切れず、機体を半壊にされた他の者達の姿もあった。
「……よく、戦った」
部下がこんなになるまで戦ったのだ。
なら、自分が不様を晒す訳にはいかない。
「後は、私に任せろ」
黒い機体が動く。
ひび割れ始めた要塞の扉を開かんと、一人駆け出した。
勝負は、一瞬だった。
初めから、トップギアでランドスピナーを駆動させた藤堂の月下が地を這うようにジークフリートに迫る。
対するジェレミアの反応も速かった。
必殺の意を携えた藤堂から命の危険を感じ取ったのか、見過ごせない敵と判断し、動いた。
スラッシュハーケンが放たれる。
先程、四聖剣に放たなかった最後の一つが、真っ正面から藤堂を捉え、射ち出された。
高速で飛来する通常のナイトメア並の大きさの大型スラッシュハーケン。
当たれば、必死確実なその攻撃を、藤堂は横に避けるのではなく、下に潜り込む事で躱す。
深く。深く。
地を舐める、という表現の方が合う程に機体を沈め、スラッシュハーケンを掻い潜る。
そして、機体を沈めた反動を利用して、藤堂は機体を一気に加速させ、間合いを詰めた。
刹那にして、紙一重の攻防。
それに勝った藤堂が、そのまま、攻撃手段を失ったジェレミアの無防備な機体に、自身が持つ最大の威力の技を繰り出そうと制動刀を構え直した。
しかし、まだである。
まだ、勝負は決してはいなかった。
それは騎士の忠心が為せる技か。
ジェレミアは放ったスラッシュハーケンを巧みに操作し、その軌道を変えたのだ。
大きく弧を描き、スラッシュハーケンが藤堂の背後に襲い掛かる。
「藤堂さん!」
それに気付いた朝比奈が、警告の声を上げる。
だが、遅い。
今、気付いても、藤堂が機体を操作するよりも早く、スラッシュハーケンが直撃するだろう。
絶死のタイミング。
誰もが、藤堂の機体が破壊される瞬間を想像した。
ならば、それは武の境地か。
見ていた訳ではない。知っていた訳でもない。
己の身体だけでなく、心の鍛練も積んできた武士としての直感が、襲い来る死の気配を感じ取った。
月下が跳ぶ。
後方宙返りをするように、背後からのスラッシュハーケンを避け、トンネルの天井に着地する。
そこから、再び、攻撃を繰り出そうとする藤堂だったが、今の攻防の間に、放たれていた三つのスラッシュハーケンが機体に戻っていた。
今、攻撃を放てば、あれの迎撃に合う。
今度は空中にいる為、先程のようには躱せないだろう。
瞬時にそう判断した藤堂は、左腕を突き出し、腕部に装着されたハンドガンを撃った。
ガァン、と音を立てて銃弾が放たれる。
しかし、今更、そんな攻撃がジークフリートに通る筈もない。
それは藤堂も承知していた。
だから、狙いはジークフリートではなく。
そこに重石となるべく取り付いている、無人の黒の騎士団のナイトメアだった。
爆発が起きる。
大口径の銃弾が、見事、ナイトメアの機関部を撃ち抜き、爆発を起こした。
その衝撃にジェレミアの身体が揺さぶられる。
ほんの少し。僅か、数秒。
しかし、その僅かこそが。
必殺の、――――瞬間。
「受けよ。我が必殺の――――」
月下が天井を蹴る。
重力を味方に付け、矢のような速度を纏った月下の右腕が霞む程の速度で穿たれた。
「―――三段突きぃッ!」
必殺が放たれる。
肉に染む込む程に繰り返し、磨き上げた技が、血の通わぬ鉄の身体を通して放たれた。
右腕が唸りを上げる。
上段、中段、下段の三点のどれかから初撃が始まり、頭から爪先までを攻撃範囲とする事で、防御をすり抜け、敵を仕留めるのが、本来の三段突きだが、これはジークフリートの装甲を貫く為に、一ヵ所、いや、一点のみに狙いを定めて繰り出されていた。
一瞬三突。
狙い違わず。寸分違わず。
藤堂の必殺の刃がジークフリートに吸い込まれるように命中した。
パキィィ、ン、と軽い音が残響と共にトンネル内に響いた。
音の発生源は、藤堂の持つ制動刀。
藤堂の技の威力と、それを阻まんとするジークフリートの装甲の硬さに耐えられず、その切っ先が折れてしまったのだ。
対するジークフリートの装甲は、――――無傷。
絶好のタイミング。最大の威力を以て、繰り出された三段突きも、ジークフリートという要塞の前に跳ね返された。
もはや、術はない。
切っ先が折れてしまった以上、もう、三段突きは使えない。
他の武装では、ジークフリートの装甲に傷を付けるどころか、埃を舞い上げる事しか出来ないだろう。
後は、部下を庇いながら、ここから逃げる事しか藤堂には出来る事はなかった。
「――――まだだッ!」
今までの、敗残の将に甘んじていた彼ならば、そうしていた事だろう。
だが、今の彼の頭に諦めの文字はなかった。
考えるよりも先に、身体が機体を動かしていた。
だから、それは意図して繰り出した訳ではない。
今まで鍛えてきた武道の技と、ブリタニアに抗うべく磨いたナイトメアの操縦技術。
そして、記録映像で見た弟子の戦い方が、藤堂の中で奇跡的に噛み合った結果だった。
月下が回転する。風を巻き起こすように、鋭く、速く。
目の前のジークフリートの高速回転が、全てを斬り砕くチェーンソーの刃なら。
こちらは荒ぶる風の威を示す、竜巻の如く。
―――陽昇流誠壱式旋風脚。
宙を舞う制動刀の切っ先を巻き込んで、技が放たれた。
遠心力で速さを増した蹴撃が鞭のようにしなり、爪先に乗った切っ先が楔のようにジークフリートに打ち込まれた。
そして。
「入った…………」
その光景を見ていた卜部が、思わず呟いた。
奇跡か、偶然か。それとも、必然か。
先に放たれた三段突きと、全く同じ場所に打ち込まれた切っ先が、ジークフリートの装甲に食い込んだ。
先の先。僅か、十センチ程度だろう。
それでも、遂にジークフリートという要塞の防御を食い破ったのだ。
『全機ッ、全速離脱ッ!』
一瞬の間すら置かず、張り上げられたゼロの声に、殆ど反射的に藤堂と四聖剣が、機体を動かし、トンネル内からの離脱を図る。
無傷に近い藤堂と千葉が、半壊し、動きの鈍った他の三人の機体を助け、全速力でその場から離れていく。
その突然の行動に、反応が遅れたのは、勿論、ジェレミアだ。
今の今まで、戦意を袞らせ、命のせめぎ合いをしていた相手の、小さくなっていく振り返らないその背中を、しばらく一人眺めていたジェレミアだったが、思考が驚きから立ち直ると、急いでその後を追い掛け始めた。
「失態! 追走を爆走!」
機体の出力を全開にし、今出せる最高速度で藤堂達を追走する。
長いトンネルの先、かなり先行している藤堂達の影を追う。
藤堂達も半壊した卜部達の機体を支えている為、速度は落ちているが、それでも、今のジェレミア程ではない。
ナイトメアをぶら下げ、殆どのバーニアを破壊されたジークフリートでは、その差は中々詰まる事はなかった。
ならば、とジェレミアがジークフリートを操作する。
ガコン、と鈍い音と共に四つの大型スラッシュハーケンの先端が前を行くナイトメアの背中に照準を合わせた。
追い付けなくとも、攻撃は届く。
そう判断し、追走から撃墜に行動を切り替えたジェレミアは正しい。
決して広いとは言えないトンネル内で、動きの鈍った機体を支えていては、いかに藤堂と言えど、巨大なスラッシュハーケンを四つも捌く事は出来ない。
少なくとも、部下を庇おうとする藤堂か、部下達のどちらかに被害が出るだろう。
よしんば、無事でも速度は落ちる。
なら、その間に追い付ける。
そう考えたのか、それとも本能によるものか。
ともあれ、ジェレミアは自分の前にいるナイトメアの集団を破壊しようとスラッシュハーケンの発射スイッチを押そうとして、――出来なかった。
光が見えた。
思わず、そちらを見て、それが出口の光だと気付いたジェレミアは、その瞬間に再び狂気に身を浸していた。
もう、藤堂の事も四聖剣の事も目に入っていなかった。
その濁った瞳は、ただ一人。
トンネルの出口で悠然と立つその機体に向けられていた。
「ゼロォォォォォォォォォッ!!!」
喉が潰れんばかりに声を絞り出し、ジェレミアがガウェインに向かって手を伸ばす。
届けとばかりに必死に、指先が震える程に力を込めて。
しかし、その手は、――――振り払われる。
ジェレミアの絶叫も、手も、狂気も、全てを押し流すように。
圧倒的な破壊の奔流が、ジークフリートを呑み込んだ。
ハドロン砲の禍々しい光が壁のように、トンネルの出口を塞ぐ。
ドルイドシステムによって、完璧なタイミングで放たれたハドロン砲は、藤堂達が飛び出した瞬間を狙い撃つようにして撃ち込まれ、追走し、ゼロに押し寄せようとしていたジークフリートを、再びトンネル内に押し戻した。
「ぐぎ……ッ」
目前に迫りつつあったゼロの姿が遠のいていく。
それを、良しとしないジェレミアは、当然、押し留まろうとジークフリートを操作し、ハドロン砲の圧力に抗おうとする。
だが、止まらない。
ジークフリートが藤堂や四聖剣を相手にしている間、チャージを行っていたハドロン砲の一撃。
フロートや機体に回すエナジーの殆どをつぎ込み、砲身の強度を無視して放たれたハドロン砲の威力は、今までの比ではない。
バーニアの殆どを壊されたジークフリートでは、どうする事も出来ず、流されるようにトンネル内に押し戻されていく。
そして、被害はそれだけに留まらない。
超重量のジークフリートを苦もなく押し流す程の威力のハドロン砲の直撃を受け続けて、この程度で済むはずがなかった。
ピキリ、と亀裂が走る。
崩壊の瞬間が訪れた。
ピキッ、パキッ、と卵の殻が割れるような、軽く、乾いた音が断続的に響く。
音を立てているのは、ジークフリートの装甲。
藤堂が突き立てた、制動刀の切っ先が刺さった箇所を起点に、細かな亀裂が入り始めている音だった。
音は止まらない。
徐々に、段々大きくなっていき、それと共に亀裂も深く長く、広がりつつあった。
もし、このまま、亀裂が広がり、ハドロン砲の熱と衝撃に装甲が耐えられなくなれば。
そうなれば、如何にジークフリートといえども無事では済まないだろう。
状況の危険性に気付き、ジェレミアがブレイズルミナスの出力を上げようとする。
しかし、それも焼け石に水。
僅かに輝きを増した碧の障壁は、瞬く間に赤い輝きに埋め尽くされ、掻き消える。
もはや、防御は完全に破られた。
加えて――
「ぐぅぅぅぅッ!」
間断なく襲い掛かってくる衝撃にジェレミアの身体が激しく振り回される。
重石となった貼り付いていたナイトメアが、一つ、また一つと誘爆し、その衝撃がジェレミアから身体の自由を奪っていった。
前へ、後ろへ、左へ、右へ。
そして、上へ、下へ。
濁流に呑み込まれた小石のように、ジェレミアも、そして、ジークフリートも、何も出来ずに、ただ転がり続けていく。
……限界である。
防御しようとも叶わず、回避しようにも逃げ場はない。
反対側の出口に出る頃には、良くて鉄の塊、悪ければ形も残っていないだろう。
勝負は、決した――――――。
「オォォォル、ハイルゥゥゥゥ――――」
この男、ジェレミア・ゴットバルトでなければ。
「ブリタァァァァァァニアッ!!!」
気合いの咆哮と共に、ジークフリートからスラッシュハーケンが放たれる。
射ち出された四つのスラッシュハーケンは、トンネルの壁を深く穿ち、ジークフリートを宙に固定した。
固定されたジークフリートが前面にブレイズルミナスを展開する。
展開された碧の盾を打ち砕かんと、ハドロン砲が押し寄せるも、今度は先程のように砕かれない。
ジークフリートを固定したジェレミアはフロートをカット。
必要最低限の駆動系のエナジー以外の全てを防御に回し、更に防御面を前面に限定することでシールドの密度を高めたのだ。
しかし、完全に、とはいかない。
それでも、先程までとは雲泥の差であり、このままなら、耐え凌げる可能性も見えてきた。
ならば、戦える。
ならば、倒してみせる。
今は朧気ながらも、心に刻み込んだ忠義と騎士道から決死の覚悟で踏みとどまるジェレミア。
だが、それも。
この決死の覚悟すらも。
魔王にとっては、想定されたものであり、勝利への布石の一つに過ぎなかった。
「―――――やれ」
冷酷な声が宣告する。
それを受けて、井上達が手に持った起爆装置のスイッチを押した。
押し込むと同時、爆発が起こる。
場所は、ジークフリートがいるトンネル内。
ゼロに言われて、先んじて、トンネルに来ていた井上達が仕掛けた、特区の戦いで使わなかった流体サクラダイトが爆発を起こしたのだ。
爆音が響く。
トンネルの至る所で爆発が起こり、発生した爆炎と爆風にジークフリートの機体が煽られ、揺さぶられる。
そして、最悪が訪れる。
ピシリ、と音が鳴った。
但し、今度はジークフリートからではない。
何の音か、と思うよりも早く、答えが先に出た。
天井が、いや、トンネルが崩れたのだ。
重いコンクリートの塊がジークフリートに降り注いでくる。
しかし、逃げられない。逃げ道なんて、とうに失われている。
取り入る選択肢は、全て奪われていた。
ジークフリートの装甲が砕ける。スラッシュハーケンが瓦礫に埋もれた。
ハドロン砲が、ブレイズを砕き、装甲を灼く。
サクラダイトの爆発で、機体が蹴鞠のように跳ねた。
三重の攻撃力が一点に集中された破壊の中心。
無数の瓦礫と、巻き起こる大量の粉塵の中にジークフリートは姿を消していった…………。
「…………やった、のか?」
トンネルの崩壊が完全に収まり、辺りが静寂を取り戻し始める。
嵐が過ぎ去ったように、戦闘の熱が余韻を残して引いていくのを感じた杉山が、ポツリと呟いた。
「……多分、そうだろ」
そう答える南の返事は、どこか上の空で鈍い。
それは、他の皆にしてもそうだった。
命懸けで、激しすぎる戦闘だった為に、集中し過ぎた思考と感情が、中々落ち着きを取り戻してくれず、誰もが勝利を実感出来ずにいる。
でも、勝ったのだろうという事は、巡りの鈍くなった頭でも理解する事が出来た。
全員の視線が、未だ、崩落によって発生した粉塵で煙るトンネルに集中する。
ガウェインによるハドロン砲の直撃を受けながら、サクラダイトの爆発に巻き込まれ、最後に無数の瓦礫に呑み込まれた。
攻撃に攻撃を重ね、火力を一点に集中させた飽和攻撃。
ナイトメア相手には、正直、過剰に過ぎる程の火力だったのだ。
いくら、あの機体が、最新鋭の防御に特化した機体であっても、耐えられるものではないだろう。
気が緩み始める。
戦闘の興奮が収まり、別の興奮が彼等の中を満たし始めた。
勝った。夜が終わった。
誰もが、そう思い始めた。
その間隙を縫うように。
「ゼロォォォォォォォォッ!!!」
狂気が、空に舞い上がった。
一瞬の事だった。
黒の騎士団の僅かな気の緩み。
本来なら、勝利確実な状況故に出来てしまったその隙を狙っていたかのように、ジークフリートが瓦礫から飛び出した。
スラッシュハーケンで機体を埋め尽くす瓦礫を打ち砕き、開いた空間に機体をねじ込み、ロケットのように一瞬にして、瓦礫の中から空に舞い戻った。
その機体はボロボロで、スラッシュハーケンは四本が既に碎け、最後の一本にも皹が入っている。
悉く銃弾を弾き、跳ね返してきた装甲は亀裂が入っていないところを探す方が難しく、時折、洩れたエナジーがパリッと火花を散らしていた。
だが、それでも耐えきった。
死に体になりながらも、彼は死地を抜け出した。
満身創痍ではある。
しかし、それは相手も同じ事。
空に上がられてしまえば、黒の騎士団には手の出しようがない。
遠距離攻撃において、彼等の火力は乏しく、それさえも先の攻防で使い切ってしまった。
唯一、同じ空にあるガウェインも、先程の砲撃で砲身は焼きつき、砲撃にエナジーフィラーの殆どを回した為、宙に浮いているのも、やっとの状態だった。
残された攻撃手段は、両指のスラッシュハーケンだけだが、いくら、亀裂が入っていても、あの装甲の厚みを突き破る事は出来ないだろう。
対するジークフリートも、同じようにフィラーは尽きかけているが、動きの鈍ったナイトメアにスラッシュハーケンを射ち出すだけの余力があり、全てを推進力に変えれば、その超重量の機体を相手に叩きつけてやる事も可能だった。
つまり、最後の詰め。
この瞬間、刃を手にしていたのは。
ジェレミアだった。
「ゼロォォォッ! ワタシです! ゼロォッ!!」
ジークフリートがガウェインに迫る。
熟成された狂気と執念は、相手を捉えて逃がさず、特攻でもしようとするかのように、真っ直ぐに怨敵に向かっていく。
ガウェインが動く。
両手が前に差し出され、その十指からスラッシュハーケンが勢い鋭く放たれた。
「無駄です!」
ガキキンッ、と金属同士がぶつかる音が響く。
狙いを外さず、ガウェインのスラッシュハーケンは全てジークフリートに命中した。
だが、命中しただけだった。
それぞれが装甲の亀裂に食い込み、機体に巻き付いたりしているが、そのどれもが致命傷を与えるには足りていなかった。
むしろ、自分と相手を繋げてしまった分、状況は更に悪くなったと言える。
これで、ゼロは攻撃手段を失った。
先程とは逆に、今度は自らの逃げ道が閉ざされてしまった。
届く。
今なら、確実に届く。
そう確信したジェレミアは、躊躇う事なく目の前の勝利に噛み付いた。
罪を断罪するかのように声高に、自らの勝利と死の宣告を叫ぶ。
「終わりです! ゼロ! 懺悔は、今ッ!!!」
もはや、これまで。
奇跡は、ここに尽き果てた。
残ったものは、妄念に塗れた狂気だけであり、それを遮るものは、もう、何もない。
敗北が間際に迫る。
復讐という欲を滴らせ、狂える忠義が死の気配を漂わせながら、その喉元に牙を突き立てんと襲い掛かった。
『――――――悪いが』
しかし、揺らがない。
答える声は、泰然自若。
動じる事なく、怯える事なく。
自らを縛る数多の運命を断ち切り、世界に君臨した絶対者の声が、突き出された死と敗北を否定した。
『私に、
奇跡は尽き果てた? ―――否。もとより、もう、奇跡は必要ない。
何故なら、もう、奇跡を振るわなくても――――
『――――――――捕まえた』
勝利は、既に舞い降りている。
――――……
ジークフリートが粉煙の中に消えたその瞬間。
カレンはスロットルを全力で押し込んだ。
―――最後の決め手は、君だ。カレン。
集中力が極限にまで研ぎ澄まされ、周りの音が意識から抜けていく。
無音の世界。
その中で、この戦いの最中、幾度となく思い返していた男の言葉だけが、頭の中に響いていた。
―――あの装甲の厚さを考えれば、ブレイズと電磁装甲を突破出来ても、決定打になる攻撃を与えるのは難しい。確実に決める為には、紅蓮の輻射波動が必要だ。
物質を異常加熱させ、膨張、崩壊を起こさせる紅蓮の輻射波動機構。
外からの攻撃には破格の防御力を発揮するジークフリートではあるが、機体や装甲に分子レベルで直接干渉する輻射波動ならば、致命的な一撃を与える事は出来るだろう。
しかし、だからといって、簡単という訳ではない。
ブレイズルミナスや電磁装甲が健在の内は、輻射波動は防がれてしまうだろうし、装甲も無事であれば、内部まで輻射波動が浸透せず、装甲の表面を破壊して終わる可能性が高い。
確実を期する必要があった。
最大の好機に、最強の一撃を叩き込めるように。
つまり、ここまでの戦いの全ては。
その為の、布石。
―――突破口は、我々で作る。カレン、君は、その時が来るまで、決して手を出すな。例え、我々の誰が、どうなろうとも、だ。
血の味が、口の中に広がる。
噛み切れた唇から、血が細い糸のように滴り落ちた。
この戦いにおけるカレンの役割は、最後の一撃を確実に決める事。
その為に、紅蓮を万全の状態に保ち続ける事。
それは即ち、カレンは最後の瞬間まで戦いに参加出来ない事を意味していた。
ジェレミアの操るジークフリートは、間違いなくランスロット級の強敵。
不用意に戦場に飛び込めば、紅蓮とて無事ではいられないだろう。
今まで以上に、生と死が紙一重で存在するこの戦い。
小さな損傷一つが、勝敗を分かつ事になるかもしれない以上、誰が死にそうになろうとカレンが戦いに参加する事は、絶対に許されなかった。
だから、カレンは動かなかった。
扇グループの皆が、四聖剣が、藤堂が、そして、ゼロが必死に戦っているのを、ひたすらに耐えて、見続けていた。
今にも操縦桿を繰り出しそうになる手を、もう片方の手で爪が食い込み、血が滲む程に抑え付け、感情のままに吠えて、全てを投げ出して仲間の元に駆け付けたいと叫ぶ胸を掻き毟り、でも、その光景から決して目を逸らさずに、ずっと、ずっと。
そして、遂に巡ってきた好機。
鎖から解き放たれた獣のように、カレンは飛び出した。
周りの空気が緩むのが分かる。
勝ったと思ってしまっているのだろう。
だが、カレンは迷わなかった。
集中された感覚が、未だ、戦場の気配を捉えて逃がさない。
戦士としての嗅覚も、衰えない強敵の戦意を感じ取っている。
何より。
ゼロが、勝利を宣言していない。
だから、カレンは迷わず、瓦礫の山に向かって紅蓮を走らせた。
埋もれているなら探し出し、這い出てくるならその瞬間に。
皆が作ってくれたこの好機を逃しはしないと紅蓮は駆けた。
しかし、敵もまた、勝利に飢えた獣。
その執念が、カレンが駆けつけるよりも早く、機体を空に舞い上げる。
敵が逃げる。勝利が遠のく。
空は、まだ、カレン達が立ち入れる事の許されない戦場。
其処に至られては、紅蓮であっても、攻撃する術を持たない。
「だから、何だ」
そんな現実をカレンは一蹴する。
空が飛べない? だから、何だ。
攻撃が届かない? だから、何だ。
届かないなら、届くところまで行けば良い。
空が飛べないなら。
「藤堂さんッ!」
飛べるようになれば良い。
「私を! 紅蓮をッ! ―――空へッ!!」
それを聞くと同時、藤堂の月下が紅蓮に向かって走り出す。
同様に紅蓮も。
カレンの意図を瞬時に読み取った藤堂の行動は早かった。
ランドスピナーをトップに入れ、機体を全速力で走らせる。
合わせて、制動刀のブースターも火を噴き始める。
ブースターの加速も含め、一気に機体の速度を最高速度まで持っていくと、藤堂はその勢いを殺さないまま、機体を回転させた。
一回転。二回転。
発生した加速力と勢いを注ぎ込み、遠心力を最大限に利用した制動刀の一撃が紅蓮に向かって振り抜かれた。
空気が唸りを上げる程の、全力の一振り。
当たれば、死が確実のそれを前にして、でも、カレンが慌てる事はなかった。
これは、いわば砲台。
紅蓮という砲弾を、敵に向かって打ち上げる為のカタパルト。
接触の瞬間、勢いを殺さないように手首を僅かに返し、腹を見せた制動刀の上に。
常の一撃でさえ、ナイトメアを斬り払える制動刀の一撃。
そこに遠心力を加えた制動刀に紅蓮が乗り、更にタイミングを合わせて最大出力で跳躍する事で、空に機体を打ち上げるという荒業。
それを以て、カレンは空にいるジークフリートの元まで行こうとしていた。
口で言うのは簡単だが、実際には針の穴を通すようなタイミングが要求される至難な離れ業である。
失敗すれば、只では済まないだろう。
少なくとも、常人がやろうとすれば、ただの自爆で終わる。
だが―――
『行けッ! 紅月君ッ!!』
「ハイッ!!」
この二人であれば、不可能ではない。
紅蓮が打ち上がる。
寸分のズレも許されないタイミングを見事に合わせ、力の全てを速度に変えて、紅蓮が空を駆け昇っていく。
光る地平の輝きに照らされて、燦然と輝き昇る紅蓮の姿は、空にいる鳥を撃ち抜かんとする紅の矢か。
それとも、再び宙に返らんとする紅い箒星か。
心が震える。
その力強い姿に。
見惚れるような輝きに。
その姿を目に焼き付けながら、黒の騎士団が空を駆る少女を後押しするように、勝利を願い、その名前を精一杯に叫ぶ。
迫る。迫る。
遠くにあった敵の姿がみるみる大きくなり、後少しのところまで紅蓮が迫る。
届く。絶対に届ける。
敵を見据え、カレンが操縦桿を握る手に力を込めた。
皆の想いを。皆の意志を。
ここに繋いでくれた全ての日本人の願いを。
――――絶対に。
「と、ど、けぇぇぇぇぇッ!!」
叫び、手を伸ばす。
白銀に光る銀の爪が、勝利と、その先の希望に向かって伸ばされた。
だが。
光のあるところに闇があるように。
希望の側にも、絶望がある。
「――――――――ッ!」
突如、失速した紅蓮にカレンが目を見開いた。
「な…………ッ」
驚きの声も出ない。
原因が分からなかった。
完璧に上手くいったのだ。届くと思ったのだ。
忍び寄る絶望を否定するように、カレンが髪を振り乱し、首を振る。
確かに完璧ではあった。
しかし、思った通りにいかないのが、現実である。
頭の中と違い、現実には様々な思惑、要因、要素がある。
それらが絡み合うから、現実は想像を凌駕していくのだ。
特に、今回のようなギリギリの状況であれば、僅かなズレが大きな歪みになる。
例えば、切っ先が折れてしまった為に、遠心力が僅かに足りなくなってしまったように。
例えば、強固な装甲に穴を開けられる程の蹴りの反動で右足が少しばかり歪み、軸足の踏ん張りが僅かに利かなかったように――――。
紅蓮の勢いが止まる。
機体が再び、重力に捕らわれ、地に押し返される。
迫りつつあった敵の姿が、また小さくなりつつあった。
その姿を、カレンは力の限りに睨み付けた。
諦めた訳じゃない。心は死んでない。
届けば、終わらせられる力だってある。
なのに。――――なのに。
現実が想いを踏みにじる。
いつものように。
これまでように。
気持ちだけでは何も変えられないと。
想いだけでは何も為せないと。
力なき者に願いは叶える資格はないとでも言うかのように。
絶望を押し付け、現実という名の世界がカレン達を嘲笑った。
でも。
そんなことは、百も承知。
だからこそ。
『カレェェェンッ!!』
だからこそ。
個を繋ぎ、全に束ね。
現実を打ち破り、勝利を引き寄せる。
『戦略』と呼ばれる力があるのだ。
―――玉城。お前は、今回、戦闘に参加しなくても良い。
それが、最後の布石。
―――お前の役割は、カレンのサポートだ。この戦い、何があるか分からない。だが、カレンだけは必ず『ある』ようにしなくてはならない。分かるな?
あくまで保険。
使うかも分からない、それでいて、必要な存在。
例えるなら、盤上の外に置かれた将棋の駒のよう。
―――必ず、カレンを
大それた事を期待する訳ではない。
保険の役目は、最後の一押し。
その為に置かれた。
「カレェェェンッ!!」
空に昇らんとする少女の名前を呼ぶ。
ルルーシュが考えていた通り、玉城には大した事は出来なかった。
理に適う戦術を編み出せる知識が有るわけでなく、戦場で道理を通す理性も足りない。
有り体に言ってしまえば、愚者であろう。
だが、愚者だからこそ、物事を深く考えないからこそ、咄嗟に動き、時として思いもよらない行動を取れる時がある。
それが、今、この時。
突然の呼び声と共にアラートがコックピットに響いた。
自分に向かって飛来してくるそれが、照準機能付きの大型弾頭だと認めた瞬間、カレンは全てを理解した。
撃ったのは、当然、玉城。
具体的な事は、何も考えていなかった。
ただ、頭の中にゼロの届けろと言う言葉が思い出され、その為には、もう一度、紅蓮が跳ぶ為の踏み台が必要だと考えた。
その結果が、味方に攻撃するという事だった。
本来であれば、それは正気を疑う程の悪手だろう。
しかし、今は。
最大の、――――好手。
「褒めて上げるわッ、玉城ッ!」
カレンの顔に笑顔が浮かぶ。
繋ぎ止められた希望が、少女の身体を活力で満たす。
操縦桿を力強く握り締める手を素早く動かし、身動きの取れない空中でありながら、カレンは紅蓮を鮮やかに舞わせる。
ひらり、と大型弾頭を躱わしながら、カレンは自分より高みにいる敵をキッ、と見据えた。
「
掲げられた紅蓮の右手が、赤い光を帯びる。
それをカレンは、擦れ違おうとしている大型弾頭に向けて。
「飛べると思うなッ!!」
躊躇う事なく、思いきり叩き付けた。
弾頭が爆発する。
爆発音が響き、発生した閃光と煙が空に広がる。
そこから、抜け出すように紅蓮が飛び出した。
下にではなく、上に向かって。
爆発の衝撃、輻射波動の反動。
それらを利用し、もう一度、紅蓮が空を跳ぶ。翔ぶ。飛ぶ――――――。
不様でも高く。
不器用でも遠く。
絶望を突っぱね、嘲笑った現実を踏み越えて。
そうして―――…。
「―――――――捕まえた」
至る。
激しい衝撃を立てて、ジークフリートの巨大な機体の上に、紅蓮が舞い降りる。
衝撃に機体を揺さぶられ、小さく呻き声を漏らしたジェレミアは、危険を知らせるアラートとセンサーが捉えた機体表面の質量、つまりは敵の存在に、否が応でも意識を奪われた。
「何という不覚死角折角ゼロ…………ッ!」
驚愕と怒りに満ちた声が溢れる。
自分とゼロしかいない戦場に割って入ってきたという驚き。
どこの馬の骨とも分からない奴が操るナイトメアに踏みつけられているという怒りと。
そんな輩に、雪辱を果たすのを邪魔されたという怒り。
ギラリ、と輝く眼が真上に向けられ、ジェレミアはそこにいるであろう敵を睨んだ。
「何処の誰がアナタ! ここはワタシとゼロ! お邪魔はバック!」
「アンタさぁ、さっきから、何言ってんのか、全然、分かんないんだけど」
ジェレミアの怒りの声に、カレンは取り合わない。
興味がない、とばかりに冷やかに切って捨てる。
事実、興味など欠片もない。
下らない言葉の羅列を聞くために、ここに辿り着いた訳ではない。
目的は、一つ。
勝利。
それのみ。
「アンタが誰かは知らないけど、アンタを倒せば、全部終わる」
嵐のような敵だった。
夜の終わりに、突如として吹き荒れ、敵も味方もなく全てを破壊せんと荒れ狂った暴風の体現者。
その姿は、未だに人類に大きな爪痕を残す自然の脅威と何も変わらなかった。
でも、それも終わる。ここで終わらせる。
長い夜に灯され続けた火は、もう、嵐であろうと消える事を知らない。
紅蓮が構える。
右手を振り上げ、輻射波動が荒々しい輝きを放つ。
それに脅威を覚えたのか。
それとも、単純に邪魔者を排除しようと思ったのか。
ジークフリートが、紅蓮を振り落とそうと機体を大きく揺さぶった。
輻射波動を全力で叩き付けようとしている紅蓮は、僅かでも動きを阻害する要素を排するために、飛燕爪牙で機体を固定していない。
広さはあれど、足場としては、決して良いとは言えないジークフリートの上では、少しバランスを崩してしまったら転落は免れないだろう。
「無駄よ」
しかし、動けない。
機体を傾けようとしても、激しく揺さぶろうとしても、ジェレミアの意に反して、ジークフリートはほんの少し機体が揺れる程度にしか動かない。
何故、と思うジェレミアだったが、直ぐに原因に気付く。
それは、先程のガウェインの攻撃。
攻撃としての意味を為さなかった両の指より放たれたスラッシュハーケン。
弾かれ、機体に絡み付くだけだったそれが、ここにきてジークフリートの動きを大きく阻害してるのだ。
そこで、漸く思い知る。
先程の攻撃の、本当の意味を。
だが、もう、遅い。
幕を引く為の舞台は、既に整えられた。
「これで――――」
赤い輝きが強さを増す。
エナジーゲージが限界まで満たされ、威力が最大に至る。
「――――――終わりッ!!」
それは、伝家の宝刀。
黒の騎士団の先頭に立ち、数多の強敵を葬ってきた最強の一撃。
本当の意味で、日本人が反逆を始めたことを知らしめた、始まりの狼煙。
それが、今。
「落ちろぉぉぉぉぉッ!!!」
最後の敵に、振り下ろされた。
ガォン、と音が響く。
空気が撓み、熱せられた空気が衝撃と共に弾けた。
赤い輝きが、ジークフリートの表面に叩き付けられ、弾ける。
遂に振り下ろされた、黒の騎士団の最後にして、最強の一撃。
輻射波動。
ブレイズルミナスも電磁装甲もなく、機体表面に無数の亀裂を走らせたジークフリートに、渾身の一撃が浸透していく。
衝撃が装甲を砕き、火が発生する。
熱し、膨張した装甲が爆発し、剥がれ落ちた。
効いている。
確信がカレンの胸に満ちる。
「お、お、おおおおおお―――――ッ」
癪に障るダメージアラートが、爆発の度にコックピットに鳴り響く。
それを聞きながら、ジェレミアは大きく仰け反り、目を見開いた。
「この感覚、ワタシはメモリー! アナタ、あの時のアナタ!」
身体に刻み込まれた輻射波動の感覚が叩き起こされ、ジェレミアの中で、敵の姿が重なる。
あの時、自分を焼いた敵だと。
そうしている間にも輻射波動がジークフリートを破壊していく。
装甲は真っ赤に染まり、亀裂から分厚い装甲に守られた内部機関にも輻射波動が侵入していく。
ジェレミアに逃れる術はない。
あの時と同じ。
ゼロを前にしながら、紅蓮の一撃によって、ジェレミアは沈む。
その光景が、ここで、また、再現されようとしていた。
「いいえ! 今のワタシはリニューアル! この程度、ワタシには無駄遣い!」
装甲が弾け飛ぶ。
しかし、内部は、致命には足りていない。
届いてはいる。
それでも、その多くが装甲に遮られ、必殺の威力を削いでいた。
つまり。
火力が足りていない。
紅蓮の、最大火力の輻射波動であっても。
「あ、そう」
だが、今更だ。
今更、止まれるか。
「なら―――――」
一発で足りないなら。
「これで、――――どうッ!?」
足りるまで。
再び、ゲージが最大まで振り切れる。
衝撃と熱に、同じく衝撃と熱が重なる。
輻射波動機構。
――――――連撃。
「止めなさいッ! カレンッ!」
この光景に声を荒げたのは、ラクシャータだった。
何時もの口調を忘れ、悲鳴に似た声が彼女の口から飛び出す。
その設計上、確かに輻射波動の連発は可能だ。
冷却期間を置かなくても、輻射波動は撃つことが
だが、あくまで撃てるだけだ。
それを安全に
右腕や機体の強度。関節部への負荷。
そして、パイロットへの反動。
武器として扱うには、連射はリスクが大き過ぎる諸刃の剣だった。
「もたないわ! 紅蓮も、―――アンタもッ!!」
「ごめんなさい、ラクシャータさん…………」
聞こえてきたラクシャータの声に、謝罪をしてカレンは通信を切る。
彼女の最高傑作をこんな風に扱ってしまうのは、ラクシャータにも、そして、紅蓮にも申し訳ないと思う。
でも、止まる事は出来ないのだ。
皆が、必死に、命を懸けて作ってくれた活路。
勝利への道。
それを、無駄には出来ない。
だから、止まれない。
止まって、なるものか。
鈍い音が、再度、空に響く。
三発目。
右腕から、爆発が起こる。
重ねられた衝撃を流し切れず、反動によって腕部の一部が壊れたのだ。
銀色に輝いていた爪は、赤く歪み、その内の一本が弾けた。
壊れていく紅蓮。
同じように、ジークフリートも。
一際、大きな爆発が発生する。
先程までとは違う。
それは、確かに紅蓮の攻撃が致命に届いた証だった。
共に崩壊していく二つの機体。
もう、ここまで来れば、後はどちらが先に限界を迎えるかだった。
紅蓮が耐えられなくなるのが、先か。
ジークフリートが破壊されるのが、先か。
それとも。
「あと、五発…………ッ」
輻射波動の弾切れが先か。
再び、カレンが輻射波動のスイッチを押す。
右腕の嫌な音が止まらない。
負荷に耐えられず、弾け飛んだ銀爪が紅蓮に刺さる。
右腕からの反動と、刺さった爪のダメージがコックピットに届き、計器の類が割れ、火花と破片がカレンの顔に襲い掛かった。
「ッ」
瞼が切れた。
血が目に入る。
駆動系にも異常が発生し、冷却が止まる。
輻射波動の熱を完全に処理出来なくなった紅蓮の機体からもジークフリートに負けず劣らず火が吹き荒れ、壊れていく。
「…………、あ」
カレンの呼吸が荒い。
完全に冷却が死んだせいで、コックピット内の空気が外と同じように輻射波動の熱で焦がされ、一呼吸毎にチリチリとした空気がカレンの肺を焼こうとしていた。
それでなくとも、輻射波動の反動は、鍛えていても年頃の少女の身体を持つカレンには大きすぎる。
このままでは、カレンが先に限界に達してしまうだろう。
でも。
それでも―――…。
衝撃に耐えられなくなった紅蓮の頭部の一部が壊れた。
カメラも死んだ。
もう、何も見えない。何も分からない。
それでも、カレンは止まらなかった。
「……………………永田さん」
不意に。
意識が朦朧とし始めたカレンの口から、一つの名前が零れた。
それは、もう、ここにはいない人の名前。
ここに辿り着けず、先に逝ってしまった人の名前だった。
――――――――――あと、四発。
「……扇さん、井上さん、………南さん、…杉山さん、吉田、さん……、玉城………………」
ポロポロと次々と名前が零れ落ちていく。
一緒に歩んできた人。支え合ってきた人。共に涙を流した人。励まし合ってきた人。
――――――三発。
「…………ゼロ」
導いてくれた人。
―――二発。
「………………お兄ちゃん」
守ってくれた人。
一発。
「…………………………………………おかあ、さん」
守り続けてくれた人。
今。
全ての想いを込めて、――――――懸けて!
「弾けろッ!! ブリタニアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
空を、見上げた。
夜明けの頃まで続く戦闘音に怯えていた日本人達は、ふと何かに導かれるように、その空を見上げた。
そして、この光景を刻み込む。
きっと、この日を生きた日本人は、その夜明けを生涯忘れる事はないだろう。
思わず、息を吸い込みたくなるくらいに、高く青い
陽の光に照らされて黄金色に輝く大地。
その狭間で。
空が紅の輝きに彩られる。
明けに輝く明星よりも目映いそれは、魂の色だ。
国を奪われても、国の名を奪われても、親を奪われても、子を奪われても、兄弟を奪われても、友を奪われても、恋人を奪われても、尊厳を奪われても、自由を奪われても、幸せを奪われても。
決して色褪せなかった、日本人の魂の色。
長い夜に、決して消えなかった篝火。
あの日から、ずっと受け継がれ、絶やす事をしなかったその輝きは。
どこまでも誇らしく。
何よりも輝かしく。
夜明けの空に、――――――――咲き誇った。
トウキョウ租界、その近郊。
山一つ越えたところに、コーネリアの一団がいた。
ゼロの策略に苦しめられたコーネリアは、更なる強行策を敢行。
罠を強引に突破し、突破出来ない者。遅れる者は置いていき、ひたすらに速度だけを重視し、トウキョウを目指す事にしたのだ。
結果、当初に比べれば部隊の数は減ったが、行軍速度は大幅に上がり、今、こうして山一つ向こうのところまで来ることに成功していた。
ここを越えれば、もう、トウキョウは目と鼻の先だ。
トウキョウに着けば、再び、ゼロとの戦いが待っている。
(今度は、遅れを取らない)
決意を固め、いよいよに迫った戦いに向けて、部下の士気を上げる為にコーネリアが檄を飛ばそうとした時だった。
『コーネリア総督!』
水を差すように、自らの騎士であるギルフォードの声が聞こえた。
「何だッ!?」
勢いを削がれた気分になり、コーネリアは荒い口調で返事を返す。
『その…………』
「何だ! 大した用ではないなら、後に――――」
戦いを前に、歯切れの悪い返事をするギルフォードに苛立ちを覚えるコーネリアだったが、続く言葉に一気に頭が冷える。
『本国から通信です!』
「――――何?」
『本国、………シュナイゼル殿下からコーネリア総督に通信が…………』
コーネリアのナイトメアが足を止める。
それに釣られて、他の者達の足を止まる。
突然、行軍が停止した事に、事情を知らない者達が、コックピットの中で困惑を露にしていた。
「…………兄上からだと?」
『はい。…………その、如何しますか?』
一応、コーネリアに伺いを立てるギルフォード。
だが、如何も何もないだろう。
同じ皇族という立場にあり、職務上であれば、軍部にも口を挟める宰相という立場にいるシュナイゼルからの通信だ。
加えて、今の状況を考えれば、何らかの命令である可能性が高い。
急ぐからと無視出来るものではなかった。
「………繋げ」
コーネリアの命に従い、ギルフォードがコーネリアのナイトメアに通信を繋ぐ。
長距離通信用の大型機材を積んだトレーラーは途中で置いてきたため、何度も中継を介した通信は、画像が粗い。
それでも、音声だけは何とか拾う事が出来た。
『―――やぁ、コゥ。無事で何より』
「兄上…………」
ザラ、と乱れる画像の中でシュナイゼルが微笑みを浮かべ、ゆるりとした口調で喜びの言葉を口にした。
『ゼロに手酷くやられたと聞いて、気を揉んでいたのだけど、……ああ、頭に怪我を負ったのかな? 大丈夫かい? 傷が残ったりでもしたら――――』
「兄上、我が身を案じて頂けるのは有り難いですが、今は一刻を争います。用件だけをお伝え願いたい」
状況が分かってないかのように、のんびりと話し続けるシュナイゼルに痺れを切らし、コーネリアが苛立ちを滲ませた口調で、シュナイゼルの言葉を遮る。
場合によっては、無礼に取られる態度だが、シュナイゼルは特に気にした様子も見せず、そうだね、と言って本題に移った。
『では、本題に入ろう。コゥ、少し前に君がくれた通信では、君は黒の騎士団を追って、トウキョウ租界を目指しているとの事だったが……』
「はい。途中、ゼロの手による妨害がありましたが、もう、トウキョウまで、すぐのところまで来ています」
『そう。では、本国の決定を伝えよう』
逸るコーネリアとは逆に、感情が僅かにも震えないシュナイゼルの穏やか過ぎる声が、非情の決定をコーネリアに伝えた。
『撤退だ。コーネリア総督』
ガン、と頭を殴られた気持ちだった。
冷たい感覚が胸を中心に広がり、舌が痺れたように動かず、コーネリアは言葉を発する事が出来ない。
「………………ま」
『君は、トウキョウから脱出してくるブリタニア軍がいれば、それを回収後、速やかに近隣の基地まで後退しなさい。以後の行動については、追って通達する』
「待ってください! それはユフィを、……トウキョウ租界のブリタニア人を見捨てるという事ですか!?」
衝撃から回復したコーネリアが声を荒げ、シュナイゼルに噛みつく。
シュナイゼルは、何も言わない。
表情を少しも変える事なく、コーネリアの激情を受け止めていく。
「私は、まだ戦えます! 私の部隊も……ッ、それに近隣の基地からも援軍が出ています! 我々に合わせて、中で戦っているブリタニア軍を動かせば、黒の騎士団を挟み撃ちにして、押し潰す事が――――」
そこまで語ったコーネリアの言葉が途切れる。
ゆっくりと首を振ったシュナイゼルに、言葉を失ってしまう。
『もう、遅いんだよ、コゥ。君は、間に合わなかった』
「そんな事は…………ッ」
ない、と反論しようとした時だった。
画面が、突如として大きく乱れる。
通信がジャックされ、世界中の通信回線に別の通信が割り込んできていた。
数秒後、映し出された映像は。
コーネリアが、間に合わなかったという証明だった。
場所は、トウキョウ租界の政庁、その屋上。
映っている人物は数名。
一際、目を引くのは他の人物よりも、数歩分、前に立った異国の意匠が施された絢爛な服を身に纏った幼さを残す少女だった。
その少し後ろに並ぶように、着物を着た、未だ経済界に影響力を持つ老人と、軍服を纏った鋭い刃物のような雰囲気の男が立っていた。
そして、更にその横に―――
「ユフィ…………!」
愛しき妹の姿を認め、絞り出すようにコーネリアはその名前を口にした。
『分かったかい? 勝敗は既に決してしまったんだ。今更、足掻いても何の意味も為さない。強者と自負するなら、時には退く覚悟も持たねばならない』
分かるね、とシュナイゼルが優しく諭すように声を掛ける。
それに、コーネリアは答える事は出来ない。
ただ、項垂れ、震える程に手を握り締める事しか出来なかった。
『もう一度、命令を伝えよう、コーネリア・リ・ブリタニア。君は、トウキョウからの脱出兵を回収後、近隣の基地まで退避。以後、本国が今後の方針を決めるまで待機。次の行動に備えよ。いいね?』
「………………イエス、―――――」
食い縛った歯から、震える声で、かろうじて返事が呟かれた。
最後の方は音になるかどうかというくらい、微かに唇が動いただけだったが、シュナイゼルにはきちんと届いたようだ。
一つ頷き、穏やかな顔付きで言葉を紡ぐ。
『今は辛いかもしれないけど、本国はユフィ達を見捨てたつもりはないよ、コゥ。勿論、私も。必ず取り戻す。だから、今は耐えてくれないかい?』
「…………………………はい」
『弱さを認める事も強さの証だ。だから、今は素直に認めて上げよう。今回は、我々の――――』
政庁の屋上。
その端に立ち、神楽耶は大きく息を吸い込んだ。
夜明けの空気は冷たい。
普段なら震える程の冷たさであるだろうが、興奮に火照った身体には心地好かった。
肺に冷たい空気が満ちる。
身体を冷気が駆け巡り、昂った気持ちが少しだけ落ち着きを取り戻した。
眼下に視線を下ろす。
高い政庁の建物の周りに、人だかりが出来ていた。
黒の騎士団の団員達。
ゲットーにいた日本人達。
そして、名誉になっていた日本人達。
何であれ、愛すべき民達だ。
そんな彼等に向かって。
そして。
中継を通して見ているだろう世界中の人々に向けて。
神楽耶は、その小さな口を開いた。
「八年前、私達は問いを投げ掛けられました」
しん、と人だかりが静まり返る。
誰もが期待を胸に、神楽耶の言葉に耳を傾けていた。
「強さとは、どういうものか。弱さとは、どういうものなのか」
それを聞いているのは、彼等だけじゃない。
胸の内はどうあれ、世界中の人々がその声に耳を傾け、その姿をじっと見ていた。
例えば、このトウキョウ租界の、とある学園の体育館で、この流れの中心にいる男を心配している生徒会の面々が。
「強者とは、誰か。弱者とは、誰か」
近隣の中華では、神楽耶と同じように王の位を持つ少女が、たった一人の忠臣と共に。
「ある国が、示しました。強きとは、こう言うものだと、他者を踏みつけ、奪い、自らの欲を貪る姿を」
遠くEUでは、兄の呪いに縛られた日本人が、彼を案じる上司の少女と共に。
「彼等は嗤いました。これが弱きだと、苦しみの中でそれでも懸命に生きていた人達の背中を撃ち、悲しむ人達を見ながら」
ブリタニアでは、偽りの記憶と罪を刻まれた少女が、仲間と親友たる主君と共に。
「本当に、そうなのでしょうか?」
ある場所では、王の力を植え付けられた少年が、失ってしまった愛しき人を想いながら、一人で。
「本当に、それが真実で、そう在るべきなのが、世界なのでしょうか?」
そして。
罪を暴かれた少年が、生気の欠けた虚ろな瞳から涙を流しながら。
皆が、神楽耶の言葉に耳を傾けていた。
そんな彼等に、世界に神楽耶は問い掛ける。
これが、こんなものが世界なのかと。
私達の在り方なのかと。
そう問い掛けて、神楽耶は首を横に振った。
いいえ、いいえ、と。
「それは、きっと違うでしょう」
答えは。
既に示されている。
「ある人が言いました。人とは、そんなちっぽけなものではないと」
世界が欲しい、と彼は言った。
人は人に優しくなれると、そう信じて。
「そして、示してくれました。たった一人でも、声高らかに間違っていると叫ぶ、その強さを」
目を閉じれば、何時だって思い出せる。
強き想いを胸に、世界を変えようと一人立ち上がった、あの人の姿が。
「そして、見せてくれました。誰かを想う事、諦めない事。それが強さになると、私達の手を取りながら、世界に」
約束をくれた。
ある光景を見せてくれると。
その言葉に、嘘はなかった。
「今、その強さを、私は謳いましょう」
空を見上げる。
鳥籠の外の空は。
怖いくらいに高く、遠く。
そして。
泣きそうなくらいに、――――広かった。
「ブリタニアよ、聞きなさい」
手を広げ、神楽耶が声を張る。
燐とした声が、青い空に溶けるように響いた。
「世界よ、見て下さい」
その言葉に合わせて、脇に控えていた藤堂が動いた。
手にした日本刀を抜き放ち、二つのロープを同時に断った。
旗が降りてくる。
この政庁に掲げられていたブリタニアの旗が、ゆっくりと地に落ちた。
そして、代わりに一つの旗が掲げられた。
それは、八年前に意味を失った旗。
戦火に燃えて消えた旗が、今、再び、意味を取り戻し。
この国の空に翻った。
「日の本は、――――――――ここに在りッ!!」
世界が、歓声に割れた。
喝采に包まれる政庁、――トウキョウ租界。
そこから、僅かに離れた海岸の港に、ルルーシュは一人佇んでいた。
喜びに満ちた歓声の中に、自身を求める声が含まれている事を知りながら、それに背を向けるように。
「いいのか? 救国の立役者様がこんな処にいて」
そんなルルーシュの背中に声を掛ける人物が一人。
海風に煽られる長い髪を乱雑に抑えながら、C.C.はルルーシュの傍へとゆっくりと歩を進めていく。
「……今、必要なのは神楽耶だ。俺ではない」
必要なのは、正当性。
日本の存在を主張する事を許された人物が、日本の、そして、日本政府の復権を宣言する事。
それが出来るのは、日本の王の血を引く神楽耶だけである。
傍らには、戦前は政界、経済界、戦後も経済界では強い影響力を持つ桐原と、軍人としてその名を馳せた藤堂がいる。
日本が健在だと証明するだけなら、それで十分である。
「だが、お前には必要だったんじゃないのか? お前の国が、合衆国日本が」
「もう、必要ない。合衆国制度は必要だが、それが俺の国である必要は、もうない」
「そうか。まあ、お前がそれで良いとしているなら、私は構わないがな」
振り向かず、そう語るルルーシュに、適当な相槌を打ちながら、その隣に並ぶ。
そのまま、二人して、静かな海の彼方を見つめる。
静かに波打つ海の先は、先程、ジェレミアが消えていった場所だった。
あの後。
カレンの最後の輻射波動がジークフリートを完全に破壊しようとしたその最後の瞬間。
落下しそうになる紅蓮を受け止める為に、両手が塞がったガウェインの横をすり抜け、フラフラとトウキョウ湾の彼方に消えていった。
かなりのダメージを負ったであろうが、おそらくは死んではいないだろう。
「……良かったな? 全部、お前の思惑通りにいったんだろう?」
問い掛けに、ルルーシュは答えない。
だが、その沈黙は肯定を意味していた。
この戦い、ルルーシュの勝利条件は厳しいものだった。
ただ倒すだけなら、手間は掛からない。
ジークフリートは確かに厄介だが、今のルルーシュであれば、手間取る事もなく、倒せただろう。
だが、それではルルーシュの勝利にはならない。
ジェレミアも、そして、カレン達もこれからの戦いには、共に必要な存在である。
命を奪う事は出来ない。
だが、ジェレミア相手に下手に手を抜けば、カレン達が命を落とす事になりかねない。
つまり、ルルーシュは、この戦い、全力でジェレミアを叩き伏せ、しかし、命を落とさせないようにしながら、勝利するという条件を満たせるように戦場をコントロールしなければならなかった。
それは、とても難しい事だった。
生と死の境を見極め、共に全力を尽くしても、僅かに相手の命には届かない。
そうなるように戦場を組み立てる為には、ただ戦略を構築して、戦術を駆使するだけでは足りない。
読み切る必要があった。
この戦場にいる全ての人間の思考を、心理を。
想いを、意志を、感情を、熱意を、執念を、執着を、思慕を、誇りを、願いを。
どう動くか、どう思うか、その全てを読み切り、僅かな誤差も生じないように勝利までの道筋を完璧に描く事が出来なければ、望む結果を得る事は出来ない。
それは、もう、予測を越え、予知の領域である。
だが、ルルーシュはそれを為した。
『前回』のマオやシュナイゼルの時のように、ジェレミアと黒の騎士団の心情を完全に読み切り、人の心という不確定要素すら確定要素として、戦略に組み込んでみせたのだ。
そして、見事、自らの望む勝利を引き寄せた。
「とは言うものの、随分と綱渡りだったな。一歩間違えれば、目も当てられない結果になっていたんじゃないのか?」
もし、幹部連中が尻込みしてしまっていたら。
藤堂が、最後の追い討ちを掛けなかったら。
カレンが、ジークフリートが空に昇った時点で諦めていたら。
玉城が、思い付かなかったら。
そして。
ジェレミアが、黒の騎士団の猛攻に途中で屈していたら。
そう動くだろうと読んでいたとはいえ、本当にそう動くとは限らない。
人の心の在り方に、絶対なんて言えない。
ある意味、一か八かと言っても良いような戦いだった。
「まあな。だが、渡り切れる綱だと確信していた」
「ほう? その根拠は?」
「別に。ただ、そうするだろうと信じた。それだけだ」
その言葉に少しだけ目を見開いた後、そうだったなとC.C.は小さく笑った。
信じる。
何だかんだ言いながら、ルルーシュの根底にはそれがあった。
人の醜さを認め、嫌悪しながら、人は人に優しくなれると信じている。
世界を疎みながらも、人が創る『明日』はより良いものになると信じている。
こんなものだと人を割り切らないのだ、ルルーシュは。
人の持つ、想いの力を信じている。
シャルルであれば、まやかしだと切って捨てるだろう。
シュナイゼルであっても、それは欲望にもなると否定するに違いない。
可能性という曖昧で、あやふやなものに懸ける。
それは甘さであり、弱さだろう。
でも、だからこそ、ルルーシュはこの二人を越えていく事が出来た。
人を信じる事を諦め、自分に優しい世界に引きこもろうしたシャルルを破り。
明日を否定し、今日という日の連なりで世界を閉じようとしたシュナイゼルを負かした。
そして、今も…………。
「際どくはあったが、その甲斐はあった。ジェレミアも黒の騎士団も、可能性を見せてくれた」
だから、大丈夫。
手にした答えに間違いはない。
信じた道に間違いはない。
なら、戦える。戦っていける。
例え、相手が誰であろうとも。
例え、自分が――――――
「おい」
不機嫌そうな声と、ぺちんと頬を叩く感触に思考が途切れる。
横を見ると、あからさまに不愉快だという顔をしたC.C.と目が合った。
「……何のつもりだ?」
「別に。ただ鬱陶しい顔をしていたからな」
しれっ、と悪びれもせず、そう告げるC.C.。
その態度に文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけて、―――やめる。
思考が行き過ぎそうになっていたのは、否めない。
気負っていたつもりはなかったが、自分で気付かないだけで、やはり、気負っているのかもしれないとルルーシュは思った。
とはいえ、それも仕方のない事。
これから先、そう遠くない未来で相手にしなくてはならない敵の強大さを考えれば、ブリタニアから首都を奪還する事など、盤上の埃を払う程度のものでしかない。
それほどの敵を相手にしなければならないのだ。
そして、それに敗ける事は許されない。
知らず、気負ってしまっていても不思議ではなかった。
だからこそ――――。
「………………おい、何のつもりだ?」
先程の魔王と同じ台詞が、魔女の口から突いて出る。
だが、そこに含まれる不機嫌の割合は、魔王の比ではなかった。
いきなり、じっ、と自分の顔を見つめてきたかと思えば、おもむろに渋面で首を振られては、無理からぬ事ではあるが。
「特に意味はない。気にするな」
「気にするに決まっている。何を考えていたのか、おい、吐け、ルルーシュ……………!」
ぶつくさ文句を言ってくるC.C.を置いて、ルルーシュは政庁に戻ろうとガウェインの方に足を向ける。
後ろから付いてくるC.C.が、延々と吐けだの、言えだのと言ってきているが、ルルーシュは徹底的に無視を決め込んだ。
確かに、敵は強大。
進む道は遠く、長く、『前回』よりも、更に険しい。
それでも。
以前より息苦しく感じないのは。
前よりも、肩が軽く感じられるのは。
隣に信頼出来る誰かさんがいるおかげだろう。
そんな事を考えてしまう自分に呆れ、苦笑しながら、ルルーシュは久方ぶりの朝日に目を細めた。
取り敢えず、第一目標、原作一期越え完了!
まさか、Re編と殆ど変わらない話数になるとは思いもよりませんでした。
さて、心配されていたオレンジさんですが、黒の騎士団の厳密な品質チェックの結果、出荷にはまだ早いとされ、海に放流する事になりました。
荒波に揉まれ、いつか、きっと立派なオレンジになって戻ってきてくれる事でしょう。
次回の投稿ですが、再度、間が空くと思います。
ちょっと夏は忙しいもんで……。
次回以降も大まかな話の流れしか決めていないので、落ち着いたら、また、投稿を再開しようと思います。
楽しみにしている方がいらっしゃれば、また、お待たせする事になりますが、どうかご容赦を。