今度こそ、本当に特区編ラストバトル開始です。
果たして、ルルーシュはオレンジの皮を上手に剥くことが出来るのか?
意識が澱む。
思考は濁り、記憶も解れてバラバラだ。
自分は、何をやっているのだろうとジェレミアは考える。
自分はどこにいるのか。何をしているのか、したいのか。
絵の具が混ざったようにぐにゃりと歪む思考を働かせ、自分の中に答えを探す。
すると、その脳裏を僅かに掠めるものがあった。
そう。
何か、そう。自分を突き動かす事が何かあったはず。
それを許せなくて、それを求めて、それを終わらせたくて自分は走ったのだ。
では、それとは何なのか。
そう思い、それを考えようとして、……失敗する。
思考が、意識が、ジェレミアという存在が引っ掻き回される。
吐き気を催すような気持ち悪さに耐え、今一度、答えを探そうとして。
果たして、自分は何をしようとしていたのだとジェレミアは首を傾げた。
何を考えようとしていたのか、思い出せない。
一瞬前の記憶すら、この後の一瞬で消えてしまいそうな程に朧気だ。
まるで、本のページを読んだ端から破り捨てているみたいに、自分という存在が繋がらない。
――苛々する。
とても、とても苛々する。
思い出せない事も。よく分からない身体の状態も。そして、思い出せないのに神経を逆撫でる何かも。
何もかもが、とても腹立たしく、不愉快だった。
纏わり付く不快感が酷く鬱陶しい。
どうやっても消えない感覚に苛立ち、何とかして振り払おうと、がむしゃらに、感情のままに暴れ狂おうとした時だった。
「――――ッ!?」
強い、骨まで響く衝撃に身体を大きく揺さぶられた。
それが切っ掛けだった。
人としての生存本能か。軍人として鍛え上げてきた条件反射か。
どちらかは分からないが、背後からの攻撃と思われる衝撃に反応して、千々に乱れていたジェレミアの意識が幾分、鮮明になった。
「卑怯ッ!? 後ろをバック!」
違法なる人体実験によって乱れた言語が口から飛び出る。
誰だ、と思い振り返るその耳に、歪であろうとも、今のジェレミア・ゴットバルトを形状し得る、彼の男の声が響いた。
『異なことを言う。逃げ惑う人々の背中に穴を開けるのは、
その瞬間。
ガチン、とブレーカーが落ちたみたいにジェレミア・ゴットバルトの全てが停止した。
真っ暗になる。真っ白になる。
限界を振り切る程の感情の波に思考が押し流された。
「お、おお、おおお、あな、あなた、ああああああ貴方様、はぁぁぁぁぁ!!」
ねっとりとした言葉がその口から漏れ出る。
同時に処理出来ない程に振り切れていた感情の波が徐々に引いていき、理解の範囲に収まりつつあった。
先程まで感じていた、身体に纏わり付くような不快感が彼方に消え去る程の荒々しい感情の嵐。
一番最初に、その胸を満たしたのは怒りでも憎しみでもなかった。
――感謝だった。
「何という、僥倖! 宿命! 数奇!」
感謝する。歓喜する。祝福する。
だって、そうだろう?
追い求めていた敵が目の前にいるのだ。
自分の全てが壊れても消し去りたい程の宿敵が目の前にいるのだ。
殺しても殺しても飽き足らない程の怨敵が目の前にいてくれるのだ。
この出会いに、巡り合わせに、どうして感謝せずにいられようか。
「ワタシですッ! ゼロォォォォォォォッ!!!」
叫ぶ。
猛々しく、高らかに。
恋い焦がれるように、狂おしく。
狂喜と狂気に満ちた絶叫がトウキョウの空に木霊する。
その倒錯に走った叫びに返すように、まるで正反対の静かな声が響いた。
『久しいな、……オレンジ君?』
「ショックッ!」
静かな、嘲るようなその台詞に刹那で反応し、ジェレミアはコックピットの中で、銃弾を胸に受けたかのように大仰に仰け反った。
「お、お、お、オレンジ……! いいえ! ワタシはおれんじではいいえ!」
プルプル、ピクピク、と生まれたての小鹿か陸に上がった魚のように小刻みに震えながら、自分の気持ちを必死に伝えようとするジェレミア。
しかし、その気持ちはゼロに伝わらなかった。――いや、わざと無視される。
『そうか、まあ、どうでもいい事だ。それで? 君はこんな所で何をやっている? ここは生鮮売場ではないぞ? オレンジ君』
「通じず! 理解が無理解! それは不幸せ!」
再度の暴言に、またも、大袈裟にジェレミアは反応する。
「わ、ワタシの理由はオンリーワン! それは素晴らしき、せ、雪辱! つまりは、貴方というゼロ!」
興奮が高まったのか。更に言語が乱れていく。
辛うじて意味が分かる程度の滅裂な言葉を駆使し、ジェレミアはゼロに訴えかけた。
「ゆ、ゆ、故に、お、おおお願いです! しん、ししし死んで頂けますか? ゼロ!」
高まった興奮に言葉が震える。
それでも丁寧な口調で、不躾を通り越した願いをゼロに叩き付けた。
『ふむ、成程な……。しかし、それは難しい』
一方のゼロであるが、死ね、と直接的に言われたのにも関わらず、やはり、その言葉は大人しい。
僅かにも怒りに震えず、強い言葉にも動じず、繰り出された言葉には、むしろ、困った様な響きが含まれていた。
『これまで数々の奇跡を成してきた私だが………、一体、どうすれば、柑橘類に殺されてやる事が出来るのか、皆目見当も付かない』
「ガ――――ッ」
脳天に雷が落ちた気分だった。
ジェレミアの言葉が刃なら、こちらは毒。
しかも、甘さなど一切ない。
苦々しさしか感じない猛毒の言葉に、ジェレミアは凍りついたように動かなくなった。
「な、な、なんという――――」
わなわな、と唇が震える。
零れ落ちるのでは、と思えるくらいに見開かれた瞳は血走り、ギロリ、とゼロを睨み付けた。
「なんという悪辣辛辣! ゼロ! 貴方の卑劣! ワタシの心にクリティカル! ワタシの願い、拒否は悲しみ!」
口の端から唾が飛び散る程に激しく、荒々しい感情に振り回されながら、ジェレミアが叫んだ。
それと同時に、ジークフリートも動き始めた。
主の昂りに呼応するように、巨大な機体が唸りを上げる。
「もはや、言葉は売り切れ! なれば、ワタシ! ジェレミア・ゴットバルトの全てを懸け――――」
機体が跳ね上がる。
空中にありながら、ジークフリートはバーニアを噴かし、ボールが跳ねるように更なる高みまで駆け上がった。
「いざ! お覚悟を、ゼロォォォォォォォ!!」
そして、落ちてくる。
雄叫びと共にジークフリートが落ちてくる。
バーニアを噴かし、重力に押されて、目の前にあるもの全てを押し潰さんとばかりに、巨大な隕石と化したジークフリートが黒き巨兵に迫った。
ナイトギガフォートレス、ジークフリート。
従来のナイトメアシリーズとは、系統を別とするブリタニアの最新鋭機。
ランスロットやガウェイン以上に乗り手を選ぶこの機体だが、それに見合うだけの機体性能も秘めていた。
防御力や、それを攻撃に転じての圧殺力。
それだけでも厄介なものだが、この機体はその大きさからは想像出来ない程の機動力と瞬発力を兼ね備えている。
それがこの機体の脅威を最大限に高めていると言えよう。
並の攻撃は歯が立たず、逃れようにも瞬間的な加速で一気に距離を詰めてくるのだ。
只でさえ、反応から行動の間に、操縦という行程が入るナイトメア戦で、あれから逃れるのは困難を極める。
対抗出来るのは、余程、反射神経に優れた者か。
ジークフリートの機体性能と同等以上の性能のナイトメアを扱える者か。
もしくは――――
「五秒後、三時方向、ビルの陰」
もしくは、未来予知さながらの精度で、情報を分析出来る者だけだろう。
カタカタ、とキーボードを叩く音がガウェインのコックピット内に絶えず響いていた。
「三秒後、二時方向、最大加速からの突貫」
ルルーシュの指摘に従い、C.C.が機体を動かす。
すると、直前までガウェインが浮いていた空中をジークフリートが物凄い速度で駆け抜けていった。
「次、八秒後、七時方向、スラッシュハーケン、――からの突撃」
転身、そちらに向けてハドロン砲を放つ。
放たれたハドロン砲がガウェインに向けて飛来していたスラッシュハーケンを弾き、ジークフリートに直撃した。
しかし、やはり、無傷。
「ちッ、相変わらず固いな」
現段階において、世界最高峰の攻撃力を持つハドロン砲の直撃を受けても、平然としているジークフリートにC.C.が舌打ちを打つ。
「今はこれで良い。あの防御は段階を踏まないと突破出来ない。――来るぞ、四秒後、正面、ビルを貫通してのスラッシュハーケン」
「まったく、忙しい、な!」
愚痴を溢しながら、それでも機敏に機体を動かすC.C.。
その状況を確認しながら、ルルーシュは手を休める事なくドルイドを操作し続けた。
そう。
『前回』においては、逼迫した事情があったにせよ、防戦すら儘ならなかったガウェインが、こうして、時折、攻勢に回れる程の立ち回りが出来ているのは、ルルーシュによる近未来予測があるのが大きい。
かつての戦いで鍛え上げ、そして、ドルイドの高度な情報処理能力と拡張性を利用した、ルルーシュの先読み。
とはいえ、それでも、ここまでの精度を叩き出せているのは相手がジェレミアによるところがある。
ドルイドに入力して、処理させている地形データと頭に入っていたジークフリートの機体データに加え、リアルタイムで入力している機動データから弾き出されるジークフリートの機動予測。
そこに、ルルーシュがデータには換算出来ないジェレミアの思考・心理、そして、かつての戦いで見たジェレミアの戦い方、その癖を掛け合わせる事で、初めて、この精度での予測が成り立っていた。
だが、それでも互角、――いや、時間が経つにつれて、徐々にだが詰められつつあった。
ルルーシュの予測にもC.C.の操縦にも問題はない。
これは、単純に立ち回り方の問題だった。
敵の攻撃に対して、回避しか選択の取れないガウェインと、攻撃を無視して行動出来るジークフリートでは、どちらが俊敏に立ち回れるか、考えずとも分かる問題だ。
回避行動の合間に攻撃に転ずるガウェインを、攻撃を無視した直線的な軌道を描いて、じわり、じわり、とジークフリートが追い詰めていく。
明らかな劣勢。
さしもの優秀な
だが、しかし―――…
「捉えました! さあ、ゼロ! 今こそ―――」
遂に回避が間に合わなくなったガウェインを、ジークフリートが捉える。
宙を舞う黒い機体の真ん中に、風穴を開けようとスラッシュハーケンを放とうとする。
だが、しかし。
「ぬぅッ!?」
本来、要塞とは孤軍で攻めるものではない――――。
「―――よし! 直撃を確認ッ! 次弾装填、急げ!」
ジークフリートに攻撃が当たったのを確認した、零番隊の副隊長が次の攻撃を命令する。
速度が求められ、広域に広がっての戦闘が強いられた先の特区での戦いでは陽の目を見る事のなかった他脚砲台、――雷光に。
「他も攻撃の手を止めるな! 通らなくても構うな! とにかく撃ってッ、撃ってッ、撃ちまくれッ!」
そう零番隊の他の面々に攻撃を命じながら、自分も攻撃に参加する副隊長。
その脳裏に、この戦いが始まる前のゼロの言葉が思い出された。
―――何物も通さない頑強な防御力、誰も逃がさない圧倒的な機動性。一見、無敵に思えるが、そうではない。……弱点がある。
どこから引っ張り出して来たのか。
いきなり現れた謎の機体のデータを入手したゼロが、確信を持って、そう告げた。
―――奴の防御はブレイズルミナスと電磁装甲という特殊な装甲による複合防御だ。これがある限り無敵に近い防御力を誇るが、共に展開にエナジーフィラーを消費する。……つまり、フィラーが尽きれば、奴の防御力は格段に下がる。
「次弾装填、完了しました!」
「よし! 超電磁式榴散弾重砲、――
副隊長の号令に従い、雷光の巨大な砲身から電磁加速された散弾が高速で撃ち出された。
―――囮役は私が引き受ける。零番隊は隙を突いて、奴に攻撃を与え続けろ。但し、絶対に近付くな。射程限界ギリギリから攻撃を与え続け、奴のシールドエナジーを少しでも削れ。
空気を裂いて、雷光の一撃が、再び、ジークフリートに直撃した。
再び発生した重い衝撃に、ジェレミアはコックピット内でバランスを崩した。
たたらを踏み、倒れそうになるのを堪えて、自分とゼロの間に割って入った者達を睨む。
「ぬぅッ、姑息小癪脆弱! 我が雪辱、阻むなれば、――ぐうぅッ!」
自分の素晴らしき雪辱を邪魔されたと思い込んだジェレミアが、遠くからコソコソと攻撃を仕掛けてくる零番隊に狙いを定めた。
だが、その瞬間、余所に意識が向いた隙を狙い、ガウェインのハドロン砲が至近距離から放たれた。
『気の多い奴だ。
「ゼロ! 貴方はまたもワンスモ、アああああッ」
再度、ゼロに意識が向いた瞬間、超電磁式榴散弾重砲がジークフリートを捉えた。
此方に意識を向ければ彼方から。
彼方に意識を向ければ此方から。
隙を突いての同時攻撃を、しかし、ジェレミアは捌けない。
実験により、荒々しい感情のコントロールが出来ず、意識が散漫になりやすい、今のジェレミアでは対処する事は出来なかった。
その防御力と機動力から攻めきれないガウェイン。
追い詰めようとしても、その隙を狙われ、後一歩を詰め切れないジークフリート。
戦局は、再び互角。
だが、互角では勝利為し得ない。なればこそ。
『ゼロ、遅くなりました。準備完了です!』
一進一退の攻防が続く中、その膠着状態を動かさんと、ゼロによって次なる一手が繰り出されようとしていた。
「戦術プランを次の段階に移行する! 気を抜くな、まだ、これからだ!」
ルルーシュが声を張り上げる。
戦場が変わる。
舞台を変えて、戦いは、まだまだ続く………。
低空を飛行するガウェインが、それを追って迫るジークフリートに向けて、ハドロン砲を放つ。
直撃。
何度も繰り返してきた、焼き直しのような場面だが、決定的に違うところもある。
始めの頃は、その威力の殆どをブレイズルミナスによって弾かれ、電磁装甲に遮られていたハドロンによる砲撃だったが、今は僅かではあるが、直撃の度に機体の表面が熱に煽られて赤くなり、一部には融解している場所も見られるようになった。
ルルーシュの目論見通り、ブレイズルミナスの出力が落ちて来ている証明だった。
それを知ってか、ジェレミアの戦い方にも変化が出てきた。
焦り、焦燥という感情を、今のジェレミアが正しく理解しているのかは分からないが、明らかに勝負を急ぐ動きを見せ始めた。
遠くから狙い撃ってくる零番隊の攻撃を気にも止めなくなり、ひたすらにゼロに追い縋る。
こうなってくると、先程までの様にはいかない。
出力が落ちて来ているとはいえ、やはり、零番隊の攻撃ではジークフリートの防御を破れない。
被弾を気にしなくなり、意識の全てがゼロに向けられれば、均衡は再び崩れてしまう。
だが、今のルルーシュには、それは都合が良かった。
ジェレミアの意識がゼロに向けば向くほど、誘導がしやすくなるからだ。
「ぬぅッ!?」
低空を飛行するガウェインを追尾していたジェレミアは、突然、黒い巨体が消えた事に、唸り声を上げた。
「驚愕! ゼロ! 貴方は今――――?」
驚き、見失ったゼロを探すジェレミア。
きょろきょろと辺りを見回すと、直ぐに気付いた。
ゼロは消えたのではない。――潜ったのだと。
「そこですか! ゼロ!」
そこにあったのはトンネルだった。
トウキョウ租界に張り巡らされている公道。
車線が多い為、幅が広く、ナイトメアを積んだトレーラーが行き交う為、高さもある大きなトンネルが、口を開けていた。
ジークフリートすらも入る事が出来る程のトンネル。
間違いなくここにゼロは逃げ込んだのだとジェレミアは察した。
「ゼロ! いけません! 貴方はワタシの手で!」
罠があるかもなどと露にも思う事なく、ジークフリートがトンネル内に突入していく。
その入口に、ガウェインとジークフリートの巨体を確認した扇グループの四人は、殆ど同時にゴクリ、と唾を飲み込んだ。
緊張から滴り落ちる汗を何度も拭いながら、四人はゼロの作戦を思い出す。
―――防御力を落としたら、次は機動力だ。特にあの高速回転力と加速力。あれを鈍らせる。
先行して入ってきたガウェインとの距離が近付き、暗いトンネル内の照明の中でも、姿がハッキリと見えてきた。
ガウェインが通過すれば、直ぐにでもジークフリートが来るだろう。
タイミングは外せない。
―――私が奴を、お前達がいる逃げ場のないトンネル内に誘導する。そこからはお前達の出番だ。
トンネル内にガウェインとジークフリートの駆動音が反響して響く。
耳が痛くなりそうな程のその音に耐えながら、彼等が動く。
幹部と小隊の数名が、飛燕爪牙を放ち、壁に、天井に張り付いた。
―――ガウェインが通過したら合図だ。
そして…………、その時が来た。
黒い機体が猛スピードで駆け抜けていった瞬間、幹部の誰かが吠えた。
「今だッ!!」
気合いの叫びと共に飛燕爪牙が放たれる。
但し、それはジークフリートにではない。
―――
交差するように、それぞれの味方機に向かって、彼等はそれを放った。
機体ごと、身体が持っていかれそうな衝撃に、何人かが悲鳴を上げた。
機体も悲鳴を上げ、関節部が嫌な音を上げている。
覚悟していたとはいえ、想像以上の衝撃に身体のあちこちが痛みを訴えかけてきた。
だが、その甲斐はあった。
それぞれに放った飛燕爪牙。
お互いの機体を傷付けないようにと速度を落として放ったそれをナイトメアの身体に、腕にきつく巻き付け、編み上げた即席の飛燕爪牙による網。
それに、ジークフリートは物の見事に引っ掛かっていた。
「まだだッ! やれ!」
その声に反応して、もう一つの飛燕爪牙を放つ。
ジークフリートの身体に巻き付くように、しっかりと絡ませ、しがみつく。
複数のナイトメアが群がるように、ジークフリートにぶら下がり、機体の動きを鈍らせる重石の代わりとなった。
「よし、全機、りだ―――」
離脱、と言おうとして、突然の衝撃に言葉が途切れた。
彼等の役割はここまでだった。
ジークフリートを止めて、機体をしがみつかせて機動力を鈍らせる。
ゼロからの指示はそこまでであり、成功したら、機体をそのままに、脱出装置を使って離脱しろと命じられていた。
だが、彼等が最後の行動に出るよりも、ジェレミアが動き出す方が早かった。
「またしても小癪! しかし、通じず! このジェレミア・ゴットバルトには!」
そう言って、バーニアを噴かし、機体を回転させて、群がったナイトメアを振り払おうとする。
しかし、取り付く前なら、ともかく、一度取り付いた、更には複数のナイトメアを振り払うのは困難だった。
機体の重さによって速度は出ず、重心がブレてしまう為、回転も維持できない。
それでも、しがみついている機体にはそれがもたらす負荷は強力だった。
身体を右に左に、と振り回され、とてもではないが機体の操作をしている余裕なんてない。
「ぐぅ、何という屈辱恥辱! しつこいは嫌われ!」
振りほどけないナイトメアの群れに、痺れを切らしたジェレミアが怒りの声を上げた。
そして、バーニアを噴射し、機体に取り付いたナイトメアを壁に叩き付けて破壊しようとする。
流石に、それは不味かった。
速度が鈍っているとはいえ、この質量、この重量で壁に押し付けられたら、圧壊は免れないだろう。
全員がその危険性に気付く。
壁に押し付けられようとしている者達は、急いで脱出しようと。
そうでない者達は逃げろ、と叫ぼうとする。
だが、振り回され頭にも身体にも大きく負荷を掛けられた彼等には、そのどちらの行動も取る事が許されなかった。
バーニアが息吹を上げる。
そうして、ジークフリートが急加速で黒の騎士団のナイトメアを押し潰そうとした時だった。
―――動きを鈍らせたら、チャンスだ。バーニアを潰し、加速力と敏捷性を奪え。
斬撃が閃いた。
薄暗いトンネル内を縦横無尽に影が駆け巡り、手にした近接武器が鋭さを伴って弧を描いた。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
―――この時点で、防御力と機動力が格段に落ちているとはいえ、攻撃力は健在だ。これを掻い潜り、敵の急所を狙えるのはお前達しかいない。
斬閃が二つずつ、今まさに火を噴かんとしていたバーニアに吸い込まれる。
刹那の間。バーニアから別の意味で火が吹き荒れた。
―――出来るな? 四聖剣。
これまで、あらゆる敵の、あらゆる攻撃を凌いできたジークフリート。
その堅牢な要塞が、初めて損傷らしい損傷を受けた瞬間だった。
「まずは、二つ……」
爆発し、煙を吹いているバーニアの数を数え、朝比奈が眼鏡を光らせた。
「おい、今の内だ! 早く脱出しろ!」
その卜部の声に、九死に一生の窮地を脱して茫然自失と化していた幹部と団員達が慌てて、脱出機構を作動し、その場から逃れていく。
その様子を視界の端に収め、四聖剣はそれぞれ注意深く警戒しながら、ジークフリートに視線を固定する。
ここまでの攻防で、防御を削られ、機動力を鈍らされた。
バーニアも二つ破壊され、瞬発力も幾分下がっただろう。
でも、誰一人気を緩める事はない。
確かに弱体はしているだろう。
しかし、言い換えれば、ここまでやってしても、まだ、決定打の一つも打ち込めていないのだ。
たからこそ、油断は出来ない。
何より、今まで数多の戦場を潜り抜けてきた軍人としての勘が全力で警鐘を鳴らしていた。
――この敵は不気味だと。
キチ、と音を立てて、四聖剣のナイトメアが攻撃態勢に入る。
全員が脱出し、無事にその場からの離脱が完了したからだ。
余念を抱く必要がなくなり、攻撃にのみ集中出来る状況になったのを確認すると、口火を切るように仙波が声を張った。
「行くぞ! 日本軍人の生き残りとして、我等の力、見せてやるぞ!」
『応! 我等ッ、四聖剣の! 誇りに懸けてッ!!』
裂帛の気勢と共に四聖剣のナイトメアが勢いよく飛び出した。
「ぬ……、ワタシはゼロ、しかし、帝国臣民の敵を排除せよ。なれば、オール・ハイル・ブリタァァァニアッ!」
軍人としての本能が、同じく軍人として研鑽を積んできた四聖剣の気迫を感じ取ったのか、ゼロ以外は邪魔物としてしか認識していなかったジェレミアが、四聖剣を敵と認め、排除しようと動く。
そのジェレミアに向かって、四聖剣が殺到する。
一矢乱れぬ動きで迫り、時に交差し、変幻自在に動きながら、ジークフリートの周りを囲むようにして動き回る。
「この程度! ワタシの瞳は曇りません!」
同型の機体が巧みにそれぞれ速度を変えて右に、左に、と回転する様は、並みであれば、標的を絞りきれず、困惑させられた事だろう。
しかし、ジェレミアは並ではない。
多少、精神に異常をきたしていたとしても、一流のブリタニア軍人。
ただ、周囲を旋回するだけの包囲陣形に遅れを取りはしない。
高速で旋回する敵の一人をしっかりと捉え、逃げられないタイミングを狙って、スラッシュハーケンを叩きこもうとした。
「むッ?」
その瞬間だった。
右回転で旋回していた標的の前に、左に旋回していた敵がやってくると、その敵は急停止し、ジェレミアの視界の真ん中に立ち塞がった。
まるで、自分を狙え、と挑発しているようなその様子にジェレミアの意識がそちらに向く。
その隙に狙われていた方は、視界から消えていってしまい、ジェレミアは標的をロストしてしまう。
ならば、目の前の敵を撃とうとするが、その僅かな逡巡の間に停止していた敵は動き出し、視界から消えようとしていた。
「何とも! 目がスリップ!?」
慌てて、その敵を捕捉しようと視線が追い掛けるが、この時点でジェレミアの意識はその敵に集中してしまい、他の三人への警戒が散漫になった。
そうなれば……
「ぐぐぅ!」
機体に起こった爆発の衝撃にジェレミアが呻いた。
ジェレミアに出来た隙を突いて、残りの四聖剣がバーニアを破壊したのだ。
「ぬぐ…ッ、難敵強敵大敵! しかして、ワタシは負けを置き去り!」
再び、敵を捉えようとするジェレミア。
しかし、先程のように四聖剣はそれを許さない。
ただ、敵の周りをクルクル回るだけが能ではない。
それしきしか出来ない者に四聖剣は名乗れない。
変幻に、多彩に動き、時に敵の目を逃れ、時に敵の目に止まり、時に敵の目を欺き、時に敵の目を奪う。
隙を消し、隙を作り。
意識から外れ、意識に潜り込む。
それぞれがバラバラに違う動きを取りながら、しかし、パズルのピースのようにそれぞれの動きはきっちりと嵌まり合い、一連の攻防の流れを作っていく。
止まらずに、臨機応変に、自由自在に、即応で戦術を重ね合わせ、敵の動きを殺しながら、味方の動きを活かし、味方を生かしながら、敵を討つ。
故に、旋回活殺自在陣。
一流なれども、心が壊れかけている今のジェレミアには、到底、破れる代物ではなかった。
卜部の剣が走る。
一瞬出来た隙を逃さず、的確にバーニアを貫き、破壊する。
次いで、千葉の攻撃が入り、更にもう一つ。
更に一つ。もう一つ。
「ぬ、ぐ、おぉ、のぉぉぉれぇぇぇぇぇッ!!」
何も出来ず、面白いようにバーニアを壊される事に怒り、ジェレミアは機体を操作し、生きているバーニアを全力で噴かした。
機体が高速回転し、纏わり付く四聖剣を弾き飛ばそうとする。
しかし、それも今のジークフリートには叶わない。
「遅いよ、と!」
朝比奈がジークフリートの底部に潜り込み、そこのバーニアを破壊する。
無数にナイトメアをぶら下げ、バーニアの半数を破壊された今のジークフリートの回転力では、敵を弾くどころか、急所を狙わせないようにする事も出来なかった。
残り数個。
それで全てのバーニアが破壊出来る。
そうすれば、敵はもう、ただ刺が付いただけの空飛ぶ鉄の固まりも同然となる。
そうなれば、勝利は目前だ。
迫る勝利を意識し、高速で旋回する四聖剣が、残りのバーニアに意識を集中する。
狙いを意識の片隅に置き、それぞれがジェレミアの意識を、視線を誘導し、隙を作り出そうと動き回る。
仙波が、卜部が、朝比奈が、千葉が。
いつ来るか分からない好機を見逃さないように、と全神経を集中させ、その時を待った。
そして、それは突然に訪れた。
旋回活殺自在陣の動きに付いていけなくなったのか。
細かく動いていたジークフリートの動きがピタリと止まったのだ。
遂に訪れた好機。大きな隙。
それを見逃す四聖剣ではない。
言葉も合図もいらなかった。
その瞬間、剥き出しになっている、まだ生きているバーニアに向かって、四人全員が一息に飛び掛かった。
「――――――見えた」
四聖剣の判断に間違いはない。
それは、確かに隙だった。
しかし、それは、
四聖剣がジェレミアの視界の真ん中に立って、意識を誘導したように。
ジェレミアは、彼等の狙いであるバーニアをわざと晒す事で、彼等の動きを誘導したのだ。
それは、不幸な事だった。
今のジェレミアは、狂気の実験によって普通ではない。
精神は変調し、意識は混沌とし、記憶は曖昧だ。
だが、今までのジェレミア・ゴットバルトがいなくなった訳ではない。
皇族への忠義を貫く為に、日々、己を鍛え上げ、超一流に届く程にまで至った軍人としての経験が、技術が消えた訳ではないのだ。
それが、この瞬間、この一瞬に甦った。
いや、呼び起こされたのだ。
向かい合う四聖剣の一流の軍人としての戦術と、磨き上げられた技と、機体越しにも分かる気迫に刺激され、彼等に追い込まれる事によって、幾多の戦場で何度も味わった死と窮地の感覚を思い出し、今この一時において、彼を軍人、ジェレミア・ゴットバルトに成さしめた。
その彼の卓越した技術が。鋭敏な感覚が。
迫る敵を正確に捉えた。
「見えた」
仙波を。
「見えたッ」
卜部を。
「見えた!」
朝比奈を。
「見えたッ!」
千葉を。
四方向同時スラッシュハーケン。
一撃でナイトメアを粉砕する脅威が、四聖剣に襲い掛かった。
四聖剣の背中に冷たいものが走った。
油断していた訳ではない。
攻撃に転じていたとはいえ、反撃には備えていたのだ。
しかし、突然、精度が格段に跳ね上がった攻撃は、彼等の虚を突く形となった。
「ちぃッ」
「くッ」
「ぬぅッ」
攻撃を取り止め、回避行動を取る卜部、朝比奈、仙波。
しかし、一人、千葉が遅れる。
いち早く、攻撃に転じた事が災いして、反応が間に合わなかった。
「千葉あッ!」
それに気付いた卜部が声を上げる。
他の二人も気付き、何とかしようとするが、三人共に回避行動の真っ最中で動く事が出来ない。
何より、もう、―――間に合わない。
なら、軍人として、千葉が取るべき行動は一つだった。
武器を投げ捨てる。
両手を広げ、迫り来るスラッシュハーケンを待ち構える。
回避は間に合わない。死は確実。
なら、後に続く者の為に、スラッシュハーケンにしがみつき、敵の攻撃手段を一つでも削ごうと千葉は考えたのだ。
それに気付いた三人が、何かを叫んだ。
制止の声か。自分の名前か。それとも、この判断を怒る声か。
しかし、それは、もう千葉の耳には届かない。
今の彼女の感覚の全ては、目の前の死に向けられていて、彼等の声が届く事はなかった。
もう、何も聞こえなかった………………。
「――――――させん」
なのに、その声だけは、ハッキリと耳に届いた。
ダンッ、と機械の足が地を踏み抜く。
腰元から、逆袈裟に斬り上げる様は、まさしく、居合い。
鞘がない代わりに、峰に付けられた
キリィ、…ン、と甲高い音を立てて、スラッシュハーケンの頑丈なワイヤーが断ち斬られる。
轟音がトンネル内に轟く。
コントロールを失ったハーケンが、千葉の機体を逸れ、トンネルの天井に衝突した。
「これ以上、貴様等に同胞の命を奪わせはせんッ!」
剣を突きつけ、高らかに藤堂が宣言する。
藤堂鏡志朗。そして、ジェレミア・ゴットバルト。
今に生き残った最後のサムライと、狂える忠義の騎士が遂に戦場で対峙した。
赤コーナー、日本の最後の奇跡、ラスト・ミラクル!
「恐れるものは何もない。飛天御剣流奥―――」
青コーナー、ブリタニアの壊れた忠義、ブロークン・オレンジ!
「ご覧の通り、貴様が挑むのは無限のオレンジ。栽培の極致」
この二人の対決って、原作であったかな?と思いつつ、次回へ。
次回分は、まだ書き終えてないですが、熱が逃げないうちに書き切って、なるべく早くに投稿したいと思います。