※若干、加筆しました。
――――きっと。
――――きっと、この日を生きた日本人は、その夜明けを生涯、忘れることはないだろう。
思わず、深く息を吸い込んでしまいたくなる、涼やかな青い空を。
昇る陽を浴びて、黄金色に輝く地平を。
その狭間に咲いた
燃えるような、あの輝きを……。
石を投じてきた。
八年間、幾度となく、絶えることなく、何度も何度も。
誰もがそれを乱そうと、必死になって
ブリタニアという巨大な水面に向かって、ひたすらに。懸命に。
だが、それが叶うことは無かった。
どれだけ投じても、何を投じても、水面はその度に小さな円を描くだけで、大きくさざめくことはなかった。
揺るがない、震えない。
その強大さの前に、己の小ささを感じずにはいられない。
無力だと、弱いと、そう思う度に、口にする悲願が、とても空しく聞こえた。
でも、それでも、途絶える事は無かった。
消えていった命は数多ある。失ってしまったものなんて数え切れない。
だが、その想いだけは絶やさなかった。顔も知らない人達の想いは、同じく顔も知らない人達に受け継がれていった。
そして、今。
それが、今。
形となって、実を結ぼうとしている。
ゼロという奇跡の下、投じられたそれは、遂にブリタニアという国を揺らす波紋となった。
「どけぇぇぇぇッ!!」
雄叫びを上げながら、カレンの乗る紅蓮が縦横無尽に夜明け前のトウキョウを駆け巡る。
真紅に染められたその機体は、暗闇にあってもよく映える。
紅蓮が駆け抜けたそこには、紅い残像が閃光のように軌跡を描いた。
絶好調である。
疲れなんて微塵も感じさせない、――事実、感じていない。
望んだ戦場にいるのだ。望みが叶う戦場にいるのだ。
なのに、どうして、疲れなんて感じようか。
トウキョウを所狭しとばかりに、紅蓮が暴れ回る。
それを止められる者は、誰もいない。
紅の侵攻を阻もうとするブリタニアのナイトメアは、立ちはだかる度に、鉄の塊に変えられていく。
まるで、話にならない。桁が違い過ぎる。
「返してもらうぞ、……お前達が奪った全て!!」
『おのれッ! イレブンが――』
「違うッ!!」
それは、まるで焔のように、紅く、熱く、鮮やかに。
「私はッ! 私達は―――!」
それが自身を焼く炎と知りながら、それでも、ブリタニア軍はその紅に魅入られた。
一方。
カレンが張り切っているのとは、また、別の場所で。
この男も静かに戦意を滾らせていた。
降下部隊の制圧目標となる施設に通じる道の一つ。
そこにブリタニア軍の一部隊が、遮るように立ちはだかり、道を塞いでいた。
即席のバリケードを構築し、そこから、銃を構える。
小賢しいイレブンなど返り討ちにしてくれる、と気勢を上げて敵を待ち受けていた彼等の前に現れたのは、たった一機の黒いナイトメアだった。
ランドスピナーも使わずに、ガシャ、ガシャ、と音を立ててゆっくりとブリタニア軍の方に歩いてくる。
ナイトメアでありながら、その動きからは長い年月を掛けて培われた練達の型が感じられ、その佇まいと機体の造形と相まって、古き武人を思わされる。
無数の銃器を前に、悠然と歩んで来る武人のナイトメアに、先程まで息巻いていたブリタニア軍人達は、しかし、笑う事は出来なかった。
威風堂々たるその姿に、知らず息を飲み込む。
今までの彼には、技はあった。体はあった。
しかし、心が欠けていた。
軍人でありながら国を護れず、国を取り返す事も出来ずにいた。
皆が自身に希望を寄せても、大きすぎるその光を背負う事は出来なかった。
挙げ句、忠を捧げた将を失い、ただ生き恥を晒し続けている。
苦悩、悔恨、葛藤。
そんな想いが彼の心を曇らせていた。
だが、今、その心が満ちている。何にも勝って満ちている。
ならば、今の彼に敵はいない―――。
「う、撃てぇぇぇぇッ!!」
分隊長の号令に従い、ブリタニア軍の部隊が攻撃を開始する。
舐めた態度を取るナイトメアを蜂の巣に変えようと銃撃を放つ。
無数の銃弾が、黒いナイトメアに迫る。――が、それでもその動きに乱れはない。
だというのに、当たらない。
心が乱れた攻撃では、どれだけ銃弾を放とうとも敵は捉えられない。
心の有り様の大切さを身を以て知るが故に、彼は避けることもしなかった。
「ふざけやがって……」
それに腹を立てた隊長機が、大型火器を取り出した。
ナイトメアの二~三機、まとめて吹き飛ばす威力を持つ火器が黒いナイトメアをロックする。
「死ね!!」
凶器が放たれる。これで終わりである。
ロックされた砲弾は、例え、敵が避けようとも追尾し、敵を葬る。
ブリタニア軍の隊長の顔に、勝利を確信した卑しい笑みが浮かんだ。
だが、この異国の地にあった技は、その死の凶器を上回る。
「――――ぬんッ!!!」
一閃。
上段から鋭く振り下ろされた、その一振りが迫る砲弾を見事に両断する。
ギィィン、と両断された砲弾が、彼に当たらず、その後ろで音を立てて爆発する。
吹き上がる炎。
それを背景に、彼は手にした制動刀を敵軍に向け、古式ゆかしく名乗りを上げた。
「藤堂鏡志朗、……いざ、参るッ!!」
心・技・体、全てを兼ね備えた本物の異国の騎士、――サムライ。
その本当の切れ味をブリタニア軍人達が味わう事になるのは、この僅か数瞬後の事だった。
紅が舞う。黒が閃く。
それに引き立てられて、多くの者達も。
強く、強く、心を焦がす程に叫びたかった想いを、彼等の戦いを目に焼き付ける全ての者に、無言で叩き付けていく。
――――我等は、此処にいる。
――――日本は、此処にある。
戦いの趨勢は、誰の目にも明らかだった。
コーネリアはいない。ギルフォードもいない。ダールトンもいない。
その他の有象無象の指揮官達では、この波濤は止められない。
ルルーシュが策を講じる必要もない。それほどに黒の騎士団の勢いは凄まじかった。
もし、今。ここで、ゼロが何らかの理由で戦線を離脱したとしても、彼等の勢いが収まる事はないだろう。
そう思える程だった。
とはいえ、そんな黒の騎士団にも不安要素が無いわけではない。
―――数だ。
いくら、気力に溢れていようと、長い戦いの傷が消える訳ではない。消耗が無くなるわけではない。
実際、その勢いに比例して、彼等は満身創痍の身だった。
当たり前といえば当たり前だ。
黒の騎士団が、ここに来るまでに戦ってきたのは、歴戦の猛者、コーネリア・リ・ブリタニアと、彼女に選び抜かれた精鋭なのだ。
それを相手にして、無事でいられる方がおかしい。
ならば、今は耐えれば良い。
今は勢いがあろうとも、やがて息切れを起こすに違いない。
その時を狙い、一気に殲滅すれば良いのだ。
この地に残された指揮官達はそう考えた、――そう、考えてしまうから、彼等はこの地に残されたのだ。
もし、ここにコーネリアや彼女の両腕足る軍人がいれば、こう思った事だろう。
あの抜け目のない男が、――ゼロがそんな単純な事を見落とすはずがない、と。
暫定指揮官の命令に従い、外縁部周辺にいたブリタニア軍は中央区画を目指していた。
戦闘を行った部隊から、黒の騎士団の継戦能力に難ありとの報告が入ったからだ。
その為、一時、トウキョウ租界の主要区画以外を切り捨て、政庁付近の守りを最大限に固め、嵐が過ぎるのを待つという作戦が打ち出された。
たかがナンバーズ如きに、そんな消極的な作戦を取らなくてはならない事に、忸怩たる思いがあるが仕方ない。
この借りは後で必ず返すと思いながら、中央に向かっていたブリタニア軍の部隊の前に、暗闇から複数のナイトメアが現れた。
直ぐ様、警戒し、銃を構える。
だが、現れたのがブリタニア製のナイトメア、サザーランドだと気付くと、彼等は銃を下ろした。
「驚かすな、……? おい、どこの部隊の奴等だ?」
部隊の隊長らしき男が、目の前の一団の識別を確認しようとしたが、認識コードが発せられていない事に眉を寄せ、問い掛けた。
『いえ、我々は軍所属の者ではありません。スペイサー公爵の私設部隊の者です』
「スペイサー公爵?」
聞き慣れない貴族の名前だったが、問い詰めるような事はしない。
このエリア11にいる貴族は多い。指折り数えられないくらいにいる以上、知らない貴族がいてもおかしくないからだ。
『はい。主からの命令で、軍に協力し、夜を騒がす賊を排除せよ、と』
貴族が、護身と保身の為、固有に武力を保持しているのは周知の事実だ。
中には、この様にナイトメアまで所持し、時折、何の罪もないナンバーズに濡れ衣を着せて、軍の真似事をして楽しんでいる貴族もいたりする。
その事を、勿論、このブリタニア軍の隊長も知っていた。
なので、それ以上、素性を詮索することはしなかった。
「そうか、協力に感謝する。では、我々に付いてきてくれ。中央区画で防御を固めて、敵を迎え撃つ」
そう言って、先駆け、前に進もうと彼等に背を向けた瞬間だった。
『了解、……悪ぃな、騙し討ちでよ』
「何だと?」
その言葉に反応し、振り返るブリタニア軍。
その目に飛び込んできたのは、味方だと思っていたナイトメアの持つ銃が火を噴いた光景だった。
時間は少し戻る。
トウキョウ租界に数多くある屋敷の一つに一人の男がいた。
「まったく、とんだ目に遭った……ッ!」
ズカズカと歩きながら、ある企業の社長である男は苛立たし気に服を脱ぎ捨てていく。
「おい! 誰か飲み物を持ってこいッ!」
夜も更けた時間だと理解もせず、男は屋敷中に響く大声を上げて、ドスンとソファに腰を下ろした。
落ち着きなく足を鳴らし、爪を噛み、今しがた命じたばかりの飲み物が来ないことに苛立たしさを募らせる。
「~~~~~ッ!」
溜まった鬱憤を吐き出すように、男の片腕がテーブルの上を無造作に払う。
ガチャ、ガシャリ、とテーブルの上にあった調度品が嫌な音を立てて、床に落ちた。
「お、お待たせしました……」
「遅いッ! 早く持ってこいッ!」
帰ってきた時点で、機嫌の悪かった主の怒りを買わないようにと、身体を縮こまらせて入ってきたメイドに怒鳴り付ける。
慌てて側に寄ってきたメイドからアルコールの入った飲み物をひったくるようにして奪うと、一息に煽った。
「クソッ! あのお飾り皇女とイレブンを使えば、更に一儲け出来ると思ったのに……、とんだ貧乏クジを引かされたッ!!」
外聞もなく、男は口汚い言葉を吐いて悪態をついた。
男は特区式典のブリタニア参加者だった。
特区が決定した時に、早い段階で協力を申し出たこの男だが、先の言葉が示すように、別に慈善事業家という訳ではない。
単純に、ユーフェミアは御しやすく、イレブンは扱いやすいと考え、ここで一儲け出来ると考えたからだ。
だから、ユーフェミアの覚えを良くするため、他よりも多くの融資をし、表向き善人として振る舞ってきた。
だが、その全てが、今日、水泡に帰した。
儲け話は始まる前に頓挫し、男の目論みは、ただ金と労力を消費するだけで終わった。
それで済めば、まだ、良かったが、彼はつい先程まで捕虜として、黒の騎士団に捕らわれていたのだ。
見下すべきナンバーズに。
ブリタニアでの成功者であるこの自分が。
「所詮はお飾りの思い付き! こんな話に乗るべきではなかった!」
ガブリ、ガブリ、と酒を煽っていく。
疲労と緊張から解き放たれた反動か、一層態度の悪い主に怯えながら、メイドは頭を下げて問い掛けた。
「こ、このあとは、ご就寝でよろしいでしょうか?」
本来の予定スケジュールが大幅に狂っているため、何か調整が必要な用があるかもしれないと思い、一応、伺いを立てたのだが、怒り一色に染まっている男の頭には、そんな考えは微塵もなかった。
「当たり前だろう! 今何時だと思っているッ! 明日も早いんだッ、下らない事を聞いていないで、早く――――」
「――――――?」
失態を犯し、ひたすらに頭を下げて謝罪していたメイドは、突然、途切れた怒声に内心で首を傾げた。
「――――おい」
「は、はい。何でしょうか?」
先程までとは違う。冷静、……というよりは感情が希薄な声に戸惑いながら、メイドが答える。
そんなメイドに、主は淡々とある地区の住所を口にした。
あくまでこの屋敷に勤めるだけのメイドには知る由もないが、その住所は男が所有するある倉庫を示すものだった。
「そこの警備担当者に連絡を入れろ。人払いをしなくてはならない」
「は? 人払い、ですか?」
その命令自体には特に疑問は感じない。
男は真っ当な事業家ではない。口に出しては言えない裏取引等も散々やっている。
そういうときは、こうやって人払いを命じるということはメイドも知っていた。
ただ、それをいきなり、しかも、一介のメイドでしかない自分を通して、命じようとする事には、大きな疑問を抱いた。
だが、そんなメイドの心情など構いもせず、男は急かすように再び命じる。
「急げ。早く人払いをしなくてはならない」
「は、はい! 直ちに!」
その態度の変わりように気味の悪さを感じ、加えて、また下手を打って、主の怒りを買うのはごめんだったメイドはそれ以上何かを言うことなく、命じられた事を為すために足早に部屋を出ていった。
「これで良い。これで、ゼロに命じられた通りに黒の騎士団にナイトメアを提供出来る」
自分以外、誰もいなくなった部屋で、男は紅く染まった瞳を細めながら、満足そうに呟いた。
それから、また、別の時間……。
アヴァロンが上空からトウキョウに迫り、そちらにブリタニア軍の目が向いた隙を突いて、地上からも黒の騎士団の別動隊が租界に侵入していた。
「おい、まだかよ?」
「急かすな、今開ける」
落ち着きのない玉城の声に答えながら、杉山はゼロから教えられたパスワードを間違えないように、慎重に入力していく。
一行が今いるのは、とある大企業が保有する倉庫が建ち並ぶ一画である。
特区での戦いで消耗したナイトメアを始めとする、武器の補給を命じられた彼等は、ゼロに言われるがまま、この場所に来ていた。
「にしても、本当に警備がいないわ」
周りを警戒していた井上が自分達以外に人影がないことに驚く。
人払いは命じてある、とゼロは確かに言っていたが、正直、皆、半信半疑だった。
何しろ、この倉庫の持ち主たる企業は、ブリタニアの企業なのだ。
そんなところから武器を補給出来ると言われて、素直に頷ける程、彼等は大物でもないし、ゼロを信じきれている訳でもない。
その仮面の中身と行動理由を知ってから、まだ、半日も経っていないのだ。元々の心証が良くなかった事を思えば、無理からぬ事ではある。
「よし! 開いた!」
嬉々と声を上げて、杉山がロックの外れたコンソールを操作すると、大きな扉が鈍い音と振動を生じながら開かれた。
「……入るぞ」
照明の落ちた倉庫に恐る恐る足を踏み入れる。
その足取りには、罠ではないか、という拭いきれない一抹の不安があった。
だが、照明が点き、中の様子が顕になるとそんな考えは何処かに飛んでいってしまった。
誰かのおおっ、という感嘆の声が聞こえた。
そこには、恐らくここや周辺のエリアの軍に卸される予定であったであろうブリタニアのナイトメアが、傷一つない新品の状態で黒の騎士団を待っていた。
「マジかよ……」
呆然と開かれた南の口から、そんな声が零れた。
周辺が騒がしくなるのを感じる。どうやら、ここ以外の倉庫も似たような状況らしい。
「信じらんねぇ……」
皆の気持ちを代表するかのように吉田が呟く。
今回、全軍の補給を行う為にゼロが用意した補給ルートはこのブリタニアの企業だけではない。
ゼロの言葉が真実なら、他にもキョウトクラスの組織やナイトメアを保有する貴族等からも武器の提供が約束されているのだ。
しかし、一体、どうやれば、こんな芸当が可能だったのだろうか?
どれだけの力をゼロは隠し持っているのだろうか?
目の前の光景に、彼等の疑問は尽きることはなかった。
「ねぇ……? ゼロって何者……?」
「皇族だろ? 本人が言うには、元、らしいが……」
だが、それもどこまで信じられるのか。
ただ皇族だったというだけでは、ここまでの事は出来ないだろう。
―――ひょっとしたら、今も皇族ではないのか?
今の肩書きとは、不釣り合いな程の人脈と力を示すゼロに、扇グループの面々の畏れが掻き立てられ、思考が良くない方へ流れる。
他の団員達が沸き立つ。戦える事に、悲願を叶える道を、まだ、進める事に。
しかし、その中で、彼等だけはその心に暗い影を落としていた。
それを払拭したのは、今まで一番ゼロに食って掛かっていた男の能天気な声だった。
「何ゴチャゴチャ言ってんだよ?」
「玉城……」
頭上から降ってきた声に、顔を上げれば、既に玉城はサザーランドの一つに乗り込もうとしていた。
「んなこと、どうでも良いから、とっとと行こうぜ」
早く出撃したいのか、ウズウズと身体を揺らしながら玉城が他のメンバーを急かす。
「どうでも良いって……、玉城、お前は気にならないのか? ゼロがどうして、こんな事出来るのか……」
「そんなの考えたって無駄じゃねぇか。アイツはゼロなんだぜ?」
単純明快。
答えになっていないが、玉城には他に答えようがないし、それに、今の彼にはそれだけで十分だった。
「すげぇよ、ゼロの奴……。あんな全滅手前のヤバい状況を、あっさりひっくり返して、それどころかトウキョウまで……、誰にも真似できねぇよ、こんな事……」
ここに至るまでに体験した、ゼロの起こした奇跡の数々を思い出したのか、玉城は鼻息荒く、滔々とゼロの凄さを語る。
「だから、ゼロだから、でいいだろうが。つーか、あんまり、アイツを悪く言うと親友の俺が黙ってねぇぞ?」
「親友って、お前……」
認めたら認めたで、調子の良いことを言い始めた玉城に呆れた様子の面々だったが、その考えなしの発言は、思いの外、彼等には効果があったようだ。
「ま、玉城の言う通りかもな……。アイツが怪しいのは今に始まった事じゃないか」
「ああ、疑い出したら切りがない。それでも扇は、俺達のリーダーはゼロに賭けるって言ったんだ。なら、それに従おう」
「そうね。それにゼロが怪しくても、ここまで来れたのも事実なんだし」
「だな。ここを乗り切れれば、それで終わりなんだ。確かに考えるだけ無駄かもな」
表情が晴れる。
疑問に答えが出たわけではない。
だが、もう、ゴールは見えているのだ。後、少しなのだ。
ならば、尽きない疑問に足を止めるよりは、このまま走り切ってしまった方が、きっと良い。
互いの顔を見合わせて、そこに同じ思いを見出だした扇グループのメンバーは、それぞれ笑みを浮かべて頷くとナイトメアに乗り込んでいく。
それを見た玉城が、意気揚々と片手を振り上げて、ぶんぶん振り回す。
その姿は、ゼロのような圧倒的なリーダーシップを誇る存在と比べれば、威厳も貫禄も、何もかもが足りていなかった。
どうみても、唯のお調子者、といった風だろう。
「よっしゃ! んじゃ、行こうぜ! ゼロやカレンにばっか良いカッコさせてられっかよッ!」
しかし、それが必要な時もある。
唯の勢いと、深みのない気楽な言葉が、時として、人の心を軽くさせる事だってあるのだ。
ナイトメアが唸りを上げる。補給の為の武器やナイトメアを積んだ大型トレーラーがアクセルを吹かし、走り出した。
また、少し。
夜が騒がしくなる……。
そして、時間は今に戻る。
「ゼロ、補給部隊が防衛部隊と合流しました」
ルルーシュの耳に、上がってきた報告をまとめ上げたディートハルトの声が届く。
現状、主戦場となるトウキョウ租界に脅威はなかった為、ルルーシュはそちらを扇とディートハルトに任せ、自身はそれ以外、――周辺の基地やコーネリア、ブリタニア本国の動きを監視していた。
「そうか」
「戦局は変わらず此方が有利です。此方の戦闘稼働率の低下の隙を狙おうとしていたブリタニア軍は、その目論見が外れ、早くも指揮系統に乱れが生じています」
「脆いな。コーネリアがいなければ、所詮は腐り果てた軍隊。程度が知れる」
視線を目の前の端末に向けたまま、特に感慨もなくそう言うルルーシュにディートハルトも肯定するように頷く。
補給を受けて万全の状態を取り戻した黒の騎士団の防衛部隊に阻まれて、戦力の一点集中は叶わず、狙っていた隙を補われ、当初の作戦を崩されたブリタニア軍は面白いように黒の騎士団に振り回されている。
戦術の競い合いも戦略の読み合いもない。ただ、不様、としか言い様のない有り様である。
これが、強さを履き違えた者の成れの果てだった。
ブリタニア軍という強者だった者の末路。
クロヴィスという政務にも軍務にも、決して長けているとは言い難い人物がトップだったのを良いことに、汚職を蔓延らせ、自身も堕落し、熟れすぎた果実の如く腐り落ちた軍隊の末の姿だった。
そんな名ばかりの軍隊では、もう、今の黒の騎士団は止められない。
もはや、強者と弱者は完全に入れ替わっていた。
「ディートハルト、ここはもう良い。制圧部隊に加わり、例の準備に入れ」
敵の動きに想定外の動きが見られない事を確認したルルーシュは端末を切ると、立ち上がり、ディートハルトに次の指示を出す。
「分かりました。では、後ほど」
一礼して、艦橋から出ていくディートハルト。
それと入れ替わるように、二人の人物が艦橋に現れた。
「ゼロ様!」
「神楽耶様、桐原公」
入ってきたのは、神楽耶と桐原だった。
駆け寄ってきた軽く小さな身体を受け止め、ルルーシュは二人の名前を呼ぶ。
「お二人とも、御足労感謝します」
「いいえ! ゼロ様からのお呼びだしでしたら、私は何時でも何処でも大歓迎です」
抱きついた身体を離し、朗らかに笑う神楽耶にルルーシュの顔に苦笑が浮かぶ。
「して、我等を呼び出した理由は何じゃ?」
駆けてきた神楽耶とは違い、ゆったりとした足取りでルルーシュの近くまでやってきた桐原が自分達を呼び出した理由を問い掛ける。
「はい。戦況が落ち着きましたので、当初の通り、我々はここを破棄し、新たな拠点に移動します。お二人にも、勿論、同行して頂きますので、その事をお伝えしたく」
「何じゃ、ようやっと腰を下ろせたかと思ったら、また直ぐに移動とは。忙しない夜は、老骨には堪えるんだがのう」
わざとらしい皮肉を口にする桐原に、神楽耶が呆れた様な表情を見せると、やれやれと言うように首を振った。
「何を言うかと思えば……。悪巧みをしている時は、どれだけ夜を徹しても平気な顔をしている奴が、この程度の散歩で堪える訳がなかろう?」
皇の者らしい威厳ある言葉使いで神楽耶がたしなめると、老人は長く狸を演じてきたその黒さを僅かに滲ませて嗤い、応えた。
「そう言うお主も、随分な性格になったのう? ワシ等に囲われていた時の楚々と振る舞っていた姫君はどこにいったのじゃ?」
「あら? 元より、これが本来の私ですわ。ご存知でしょう? 桐原のお爺様?」
コロッと再び言動を変えて、いつもの調子に戻った神楽耶は後ろにいたルルーシュを仰ぎ見る。
「やはり、夫となる方には有りのままの自分を好きになって貰いたいですからね。でも、ゼロ様が大人しく儚げな女子の方が好みだと仰るなら、そう振る舞うのも吝かではありませんが……」
「好きだぞ。世界を変えようとか思うくらいにそんな女が好きだぞ、ソイツは」
「C.C.ッ!」
横からいらない事を言う魔女にキツい視線を送るルルーシュ。
だが、当の魔女はそちらを見向きもせず、皇族や総督が座す椅子にだらしなく座りながら、ルルーシュから預かった仮面を退屈そうに弄んでいた。
「カカッ、ブリタニアすらはね除ける奇跡の担い手も、女には苦戦しておるようだの?」
「……そんな事はありません」
憮然とそう返したルルーシュは、億劫そうに一つ溜め息を吐いて、狂った調子を調節する。
一瞬後、再びゼロとなったルルーシュは膝を折り、神楽耶と目線を合わせると、神妙な雰囲気で口を開いた。
「神楽耶様、現在、作戦は想定以上の速度で進行しています。このまま行けば、貴女に出番が回ってくるのは、そう遠い事ではないでしょう」
「――はい。大丈夫です、ゼロ様。貴方様に頂いた大役、見事務めてみせましょう」
つい先程、その話をしたばかりだと言うのに、神楽耶には動じる気配もない。
凛、と軽やかでありながら、芯の通った佇まいは彼女がただ鳥籠の中の鳥としてではなく、王たる自覚を持って長く埋伏してきたのだと感じさせられ、ルルーシュは感嘆と共に礼を述べた。
「感謝します、神楽耶様。桐原公もよろしくお願いします」
それに両者が頷いたのを確認すると、ルルーシュは立ち上がり、全軍の統制と拠点移動の為の指示を出していた扇に声を掛けた。
「扇、準備の方はどうだ?」
「ああ、問題ない。何時でも移動出来る。……しかし、今更だが、ゼロ。移動する必要があるのか? 此処にいた方が安全に思えるんだが……」
扇の感覚としては、地上に降りるよりも、こうして空に浮かんでいた方が安全なように感じられるのだが、その疑問にルルーシュはしっかりと首を横に振る。
「いかにこのアヴァロンと言えども、これから航空戦力も出てくるだろう主戦場のど真ん中で浮いているのには不安が残る。それにエナジーの問題もある」
既にトウキョウと特区を往復するのに、エナジーフィラーを大分消耗している。
まだ、フロートシステムが試験運用中の今、ブレイズルミナスを展開しながら、この宙域に留まり続けるのは難しい。
ならば、下手に空にいるよりは地に足を下ろした方がずっと安全に違いなかった。
「……分かった。済まない、変な事を聞いた。それで、何処に向かえば良いんだ」
トウキョウ租界のほぼ全域が戦場になっている以上、完全なブリタニアの勢力圏という場所はないが、主だった軍事施設等はまだ制圧には至っていない。
ならば、何処に司令部を置くのか?
答えは決まっている。
ルルーシュにとっての城。
護るべき存在をひたすら悪意から遠ざけてきた箱庭。
かつてのこの時まで、たった一つの例外を除いて、何者も踏み込ませる事を許さなかったルルーシュの日常。その象徴。
「アッシュフォードだ」
小さく、また、建物が揺れた。
同時に、部屋の明かりが二、三度明滅する。
何度目かのその光景をやり過ごして、まだ、明かりが点いていることに皆が安堵の息を溢した。
だが、決して安心は出来ない。外から聞こえてくる心を乱す音の数々が、いつ明かりが消えても可笑しくないとそう語っている。
「くそ……、マジで何が起こってるんだよ………!」
カタカタと貧乏揺すりをしながら、リヴァルが生徒会室の窓から外を見やる。
何となく、身体を壁に付けて、こっそりと外を窺うがそれも数度目を経た今となっては、新しく何かが分かる訳でもなかった。
ただ、変わらず遠くで爆発が起こったり、何かの喧騒があるという事だけしか分からない。
「やっぱ、何処かに避難した方が良くないっすか?」
カーテンを閉めて、リヴァルはこの場の最高責任者である自分の想い人にそう訊ねる。
それが引き金になって、部屋にいた他の面々の視線も彼女に集まった。
「避難、とはいってもね……」
いつものような明るい笑顔ではなく、上に立つ者としての責任感を帯びた真剣な表情でミレイは考え込む。
――結局、あの後、彼等は生徒会室に留まり続けていた。
解散する機会を逸したという事もあって、ならば、今日は、このまま夜を明かそうとなったからだった。
その時は苦笑と、不謹慎ながら好きな人と夜を明かせるというシチュエーションにリヴァルはただ気持ちが高揚しただけだったが、今となっては本当に良かったと思っている。
数名足りないが、気心が知れた仲間の無事な姿は、リヴァルから心配と不安をかなり消し去ってくれた。それは、他の皆も同じだろう。
とはいえ、完全に消える訳ではない。
突然、災害の現場に放り込まれたような状況なのだ。
何が起こっているか分からないという事実は、時間と共に不安を掻き立てていく。
年齢を加味すれば、冷静にリーダーの意見を仰ごうとしているあたり、彼等はまだ落ち着きのある方だろう。
「ニーナ、ネットの方はどう? 何か分かる?」
ともかく、情報が何もないのは厳しい。
動きにしろ、留まるにしろ。正しい判断材料がないことには身動き一つ取れない。
だが、肝心の政庁や軍からは何も通達がない。
少し前、うつらうつらと感じていた眠気を彼方に吹き飛ばすような警報が租界内に鳴り響いた後は、音沙汰なしである。
マスコミも同様。
昼からこっち、情報規制に加えて、展開の早さと予想外の内容に、さしもの彼等もパンクしていた。
ならば、と僅かな可能性に賭けて情報を拾えるかとネットの方に期待してみるも、答えは予想通りで。
ふるふる、と小さく横に振られた友人の顔に、ミレイは思わず溢れそうになった溜め息を飲み込んだ。
「お爺様がいらっしゃれば、何か分かったんでしょうけど……」
アッシュフォード家の全盛期に敏腕を振るったルーベンであれば、昔のツテを使い、情報を得られたかもしれないが、生憎、今はトウキョウにはおらず、連絡もつかない。
さて、どうするかと悩みに悩んだミレイは、とりあえず、と探るように言葉を紡いだ。
「とりあえず、皆を何処か一ヵ所に集めておいた方が良いかもしれないわね」
今、学園にいるのは寮生と教職員が数名だろう。
避難した方が良いのかは、まだ分からないが、いざ、逃げなくては、となった時、一ヵ所に集まっていれば、迅速に行動に移しやすい。
そう考えたミレイが、なら、まずは放送室に、と思いたった時だった。
「――――ひっ」
「―――――ッ」
遠くからではなく、近く。正確にはこのクラブハウスの入り口。
そこから、ガァン、と大きな音が残響を響かせて、聞こえてきた。
その音に驚いて、気の弱いニーナと耳の良いナナリーが小さく悲鳴を上げる。
「何!?」
バタバタという足音と、怒鳴り声にも似た話し声にシャーリーも身体を強張らせる。
慌てて窓から外を見たリヴァルは、薄暗い闇の中で動く複数の人影を見つけて、慌てた声を上げる。
「な、何かヤバそうッスよ!」
尋常ならざる事態に、皆の顔に緊張と恐怖が走る。
どんどん大きくなる足音。
身を寄せあうように集まる一堂の元に、遂にその乱暴な足音を響かせた者達が、ドアを蹴破って姿を現した。
――咄嗟に身体が動いた。
侵入者達の揃いの黒い服の意味とか、彼等の人種とか、……手に持った知識の上ではよく知っている物の正体とか。
それを頭が理解するより早く、その侵入者達が自分達にとって、よろしくない来客だと一目見て分かった途端、リヴァルは両手を広げて、皆を庇うように前に立った。
「ちょっと、リヴァル……ッ!」
その行為をミレイが咎める。
勇気は買うが、この状況で率先して矢面に立とうとするのは危険な行いだ。
「いいから。……ちょっとくらい、カッコつけさせて下さいよ」
それはリヴァルとて分かっていた。
だが、彼は良い人だった。
男が一人しかいない状況で、我が身可愛さに隠れる事が出来ない性格で。
そして、好きな女に良いところを見せたいと思う、――思ってしまうくらいに男の子だった。
「………………」
すっ、と咲世子が音もなく動く。
侵入者達とナナリーの間に身体を入れながら、何かあった時には直ぐに動けるように。
緊張感が場を支配する。
それを破ったのは、侵入者だった。
「我々は、黒の騎士団!」
先頭にいた男が名乗りを上げる。
「黒の、……騎士団ッ!?」
この場でその名を知らない者はいない。
時の人となっているユーフェミアと共に世間を賑わせているゼロ、――その手足となる組織だ。知らない訳がない。
だが、とミレイ達は思う。
だが、どうして黒の騎士団がここに、トウキョウにいるのだろうか?
彼女達の持つ情報では黒の騎士団は特区にいるはずなのだ。そこで起こった暴動に関与していて、その後、鎮圧にコーネリアが向かっている。
なのに、どうして彼等がここにいるのか。
戸惑うミレイ達を無視して、黒の騎士団の一般団員らしき男は威圧するように声を張り上げた。
「この学園は我々が制圧した! 大人しく此方に従え! 抵抗しなければ、危害は加えないと約束しよう!」
信用など出来るはずもなかった。
危害は加えないと言いながらも、その言葉は高圧的で、誠意の欠片もない。
有無を言わせないその言動は、もはや脅迫である。
しかし、従うしかないだろう。
相手は大人の男。数も多く、銃まで持っている。
対して、此方は女子供だけ。安穏と生きてきて、銃を見ただけで身体が縮む。
例え、納得出来なくても、その口約束に保証などなくとも従うしかないだろう。
「ごめんなさい。受け入れかねるわ」
だが、それは出来なかった。
上に立つ者として。落ちぶれたとはいえ、貴族の端くれだった者として。
上辺だけの、突いて出たような口約束に、何百という命を預ける事はミレイには出来なかった。
「代表の方を呼んで頂けるかしら? その方から今の言葉をもう一度、聞かせて貰いたいのですが」
「ミレイ会長……ッ」
「平気。大丈夫よ」
リヴァルを押し退け、前に出ようとするミレイをリヴァルが押し止めようとするが、やんわりと笑顔と共に遮られてしまう。
「……何だ? 貴様は?」
「ミレイ・アッシュフォード。この学園の生徒会長です」
「唯の学生が、偉そうにしゃしゃり出てくるな!」
「確かに私は唯の学生です。ですが、この学園の理事長ルーベン・アッシュフォードの孫娘でもあります。祖父がいない現在、この学園にいる者達の安全を護る義務が私にはあります」
銃を持った大人の怒鳴り声にも怯まない。
努めて冷静に、静かにミレイは会話を続けていく。
「……安全なら、保証するとさっき言ったはずだ」
一歩も引かないミレイに、苛立ちと面倒を覚えながら、男が吐き捨てるように言う。
「はい。ですから、その言葉をきちんとした立場にいる者の口から聞きたいのです」
「ッ、我々の言葉が信用出来ないと言うのか!?」
「はい。出来ません」
顔は笑顔で、言葉は穏やかに。ミレイは男の言葉を切り捨てる。
「私は、貴方達、黒の騎士団の事を信用出来ません。貴方方はご存知ないかもしれませんが、私の友人の身内が貴方達のせいで、生死の境をさまよっているのです」
ちらり、と視線を僅かに後ろに向けてそう語った後、ミレイは再び男に向き直り、口を開いた。
「ですので、きちんとした確証を得ることが出来なければ、我々は貴方達に従う事は出来ません」
「この……ッ、黙って聞いていれば――――ッ!」
「ミレイ会長!」
「ミレイちゃん!」
苛立ちが頂点に来た男が銃口の狙いをミレイの胸元に定める。
「撃ちますか?」
悲鳴を上げて、自身を呼ぶ声を聞きながら、ミレイは、しかし、退かない。
きつく拳を握りしめて、震えそうになる指先に力を籠める。
「良いでしょう。ただし、覚悟しなさい。没落したとはいえ、我がアッシュフォードは貴族だった身。そして、私は伯爵、ロイド・アスプルンド侯の婚約者。いわれなき暴力で私の命を奪えば、その事実、決して隠し通せるものではないと」
憶さないミレイのその強気な姿勢が引き金となる。
興奮した男には、そのミレイが語った言葉の意味を理解出来る余裕がなかった。
仲間の団員の制止を振り切り、男が銃の引き金に指を掛ける。
リヴァルがそれを止めようと駆け出す。
ニーナが泣き叫ぶように声を上げ、シャーリーとナナリーが制止しようと叫び、咲世子が懐に忍ばせた暗器を取り出そうとする。
怒り、悲痛、恐怖、焦燥。
あらゆる感情が飽和した――――。
「何をしている?」
感情に色があるならば。
その声は、まさに黒だった。
一言である。
たった一言、それが場に存在したあらゆる感情を塗り潰した。
コツ、と音を立てて、声の主が現れる。
感情的になっていたその場の者達とは対照的な無機質な仮面はとても異質で、その場に存在するだけで全員、感情が鎮火していくのを感じた。
「何をしている?」
再び仮面、――ゼロが問い掛ける。その仮面の下の瞳が手にした銃に向かっている事を悟った団員の男は慌てて銃を後ろ手に隠す。
「……決して、危害は加えるな、と言ってあった筈だが?」
「いえ、これは、その―――」
「その?」
男の言葉尻をゼロが繰り返す。
すると、男はガタガタと震えて、何も喋れなくなってしまった。
「……もう良い。ここは私が引き継ぐ。お前達は、下に戻って副司令に指示を仰げ」
「――は、いや、ですが……!」
「二度も言わせる気か?」
ひたすらに冷たい声。
熱い言葉を使う革命家よりも、冷徹な指導者を彷彿させるゼロの声に、男を始め黒の騎士団の一般団員達はバタバタと逃げるように生徒会室から出ていった。
生徒会室から団員達が出ていった事で、中には生徒会のメンバーとゼロだけが取り残された。
「まずは彼等の非礼を謝罪しよう。すまなかった」
先程までとは違う、温かな、とは言えないが熱のある言葉にミレイは、まるでずっと息を止めていたかのように長く息を吐き出した。
「会長!?」
「へーき、ちょっと気が抜けちゃって……」
緊張が解けたのか、ミレイは崩れそうになる身体を机に片手を付いて支え、もう片方の手で額を押さえている。
その姿に仮面の下で苦笑していたゼロだったが、ふと刺さるような視線を感じて、そちらに目を向ける。
「……………」
視線の主はシャーリーだった。
ゼロが出てきた時から、落ち着きなく、ずっとそわそわと身体を揺らしている。
何度も口を開こうしては、閉じて。また開きかけて……、と傍目には少し可笑しな行動をしているシャーリーに少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、ミレイに視線を戻すとゼロは彼女に言葉を掛けた。
「随分と無茶をする。月並みだが、勇敢も過ぎれば蛮勇でしかないと言わせてもらおう」
「あはは、そうね。……でも、私は生徒会長ですから。それに元貴族として、ノブレス・オブリージュは果たさないと」
此方を心配する言葉を掛けられた為か。
先程の男達と変わらない侵入者なのに、ミレイは、ごく自然な調子でゼロと言葉を交わしている自分に驚く。
「成程。だが、だからと言って、無謀・無茶が誉められた事ではない事には違いない。違いないが――」
そこで、一度、ゼロは言葉を切る。
その仮面の下の素顔が柔らかい笑みを刻んだ。
「貴女の義務に対する責任と使命感に、敬意を表しよう、ミレイ・アッシュフォード」
その言葉にミレイが目を丸くする。
エリア11のナンバーズには正義の味方と持て囃されているが、ミレイ達にとっては、やはり敵対者としての意味合いの方が大きかったからだ。
そんな彼からの素直な称賛に、一瞬、返す言葉を見失った後、ミレイは小さく微笑んで、ありがとうと口にした。
「まさか、ブリタニアを敵としている組織のトップに、貴族としての在り方を称賛されるとは思わなかったけど……、て、あら? 私の名前、どうして……?」
自分が名乗った時、ゼロはこの場にいなかったことを思い出して、ミレイは首を傾げる。
疑問を込めた視線が、その黒い仮面に突き刺さるが、ゼロはそれを無視して、本題に移った。
「さて、先程の彼等も言っていたと思うが、このアッシュフォード学園は、現在、作戦進行の為、我々黒の騎士団が接収させて貰っている。だが、我々には貴女方を害する意思はない。今暫く不自由をさせるが、大人しくしていて貰えるなら、事が済んだ後、速やかに解放すると約束しよう」
「ごめんなさい、ゼロ。貴方の言葉からはきちんとした誠意を感じるわ。でも……」
「確かに、先程の彼等の行動を思えば、信用しろと言うのは無理がある。だから、私も君に倣い、誠意を示そう。それを以て、どうか、我が言葉を聞き入れて貰いたい」
そう言うと、ゼロは黒い手袋に包まれた手を仮面に宛がった。
小さな機械の音がする。それに合わせて、ゼロの仮面がスライドしていくのが見えた。
それを見て、ゼロの行動の真意を理解したミレイ達は、驚きに声が出そうになる。
だが、その驚きも仮面の下から現れた顔を見た衝撃で、何処かへ吹き飛んでいってしまった。
「え…………?」
ニーナが、自分が何を見ているのか理解出来ていないような、呆然とした声を漏らした。
「は? …………はあ!?」
リヴァルが、悪い冗談を聞いた時のような、信じれないと言った声を上げる。
「――――――そう」
ミレイは、その顔を見て、目を見開いたが、直ぐに何かを納得したように、ポツリ、とそう呟いた。
そして、シャーリーは――――
「――――――」
知っていた。
そうだと。あの時、遠目に見たからだ。
だから、大丈夫だと思っていた。
だが、いざ、それを目の前にすると身体が固まってしまった。
ゼロが彼なのだと、彼自身がそれを認めるようなその光景は、思っていた以上の衝撃となって、シャーリーの胸に突き刺さった。
でも。
でも、ここなのだ、とシャーリーは強く自分に言い聞かせる。ここで退いては駄目なのだと。
ここで退いたら、もう絶対に彼には届かない。
きちんと認めて、受け入れなくてはならない。
だから、シャーリーは彼の名前を呼んだ。
か細く、呼吸のように細く、震える声だったが、ドクン、ドクンと痛いくらいに高鳴る心臓の音を感じながら、目の前の光景を認めるために、確かにその名前を口にした。
「………………ルル」
それが誰の名前か、ナナリーは直ぐに分かった。
でも、どうして、その名前が、今、ここで出てくるのか、ナナリーには分からなかった。
目が見えないナナリーには、何が起こっているのか、正しく理解する術はない。
だから、周りの人達の言葉や、感情の移り変わりから状況を何となく理解するしかなかった。
そこから、察するに、今、自分達の前にいるのはゼロ、彼一人のはず。
なのに、どうして、その名前が出てくるのだろう?
何故、その名前がゼロに向けて、言われるのだろう?
それでは、まるで――――
まるで……。
驚愕に支配されながら、ナナリーは必死に目の前にいるだろう男の気配を探る。
固く、鋭い、それでいて、海を思わせるように大きな気配だった。
炎のように苛烈な印象を受けながら、氷のような冷たい印象を感じる。
まるで安定しない。陽炎のような存在感なのに、しっかりとした山のようにも感じられた。
例えるなら、何か。その幾つもの姿を見せるゼロの気配を表す言葉を、ナナリーは上手く見つけられなかった。
全然、違う。
いつも自分が感じている、穏やかで、日溜まりのように暖かい、優しく包んでくれるような、あの気配とは全然違う。
――――そう、違う。
なのに。
ああ、なのに――――。
分かってしまった。
どうしてかは分からない。
共通点などなかった。
でも、これも
優しい日常が、ゆっくりと
首都攻略の難易度が下がった為、前回よりも日本を取り戻せる実感が沸き、開店前の店先に並ぶがごとく、テンションメーターが振り切れた黒の騎士団無双の回。
トウキョウをぴょんぴょん跳ね回る赤バニーカレンちゃんに、首を出せぃ!と言わんばかりの貫禄でばっさばっさと敵を斬り倒していくパーフェクトミラクルさんと、やりたい放題です。
後半は生徒会組。
ここら辺はやりたい話でした。
前回苦い思いをしたため、石橋を叩きまくるゼロさんは、生徒会組が突拍子もない行動に出ないよう、仮面をオープン。
果たして、その正体は――――!?
しかし、一万五千字と結構書いたのに、あまり話が進まなかった……。予定では、特区編は後三話くらいなのですが、何かこのままだと終わらなさそうで不安……。