投稿する前に、何度か目を通しているのですが、言葉の使い方そのものを間違っていたりすると、もう、あれですね。
変な言い回しで誤解をさせてしまったりとかもありますが、とても助かっております。
これからもよろしくお願いします。
では、本編。いつもより少し短いですか、ご容赦を。
パチパチ、と暖炉の中で薪が小さく爆ぜる。
一人でいるには少し大きすぎる部屋。派手な装飾が少なく控え目に置かれた調度品は落ち着いていて、心が安らぐ。
お気に入りの部屋である。暖炉の前は特にそうで、何も仕事がない時は、そこで揺れる炎と優しく空気を暖める熱に、微睡みながら。
最近の忙しい時間の最中でも、――いや、忙しいからこそ、ここに来て、愛しい人と寄り添えば、それだけで元気が出た。
現金な奴め、と姉に笑われた。
ユフィらしいね、と彼は微笑んだ。
ここに、あの兄と妹を連れてきたら、何て言うだろうか。
また、昔みたいに時間を忘れるくらいにお喋りが出来るだろうか。
ううん、きっと、もっと素敵な時間になるだろう。
お気に入りの部屋のお気に入りの場所で。
憧れの姉と、優しい兄と、少しお転婆な妹と、そして、愛しい彼と。
きっと、夢の様な時間を過ごせるだろう。
そんな、大切な人達といられる時間。
それが、これから訪れるのだと。
最後にこの部屋に来た時、ユーフェミアはそう信じて疑わなかった。
パキリ、と一際高く薪が鳴る。
泡沫に消えた夢を見ていたユーフェミアは、その音に意識を浮上させた。
立てた膝に乗せた腕を枕に、物思いに耽っていたユーフェミアは疲れから自分がいつの間にか、浅い眠りに落ちていた事に気付く。
だから、今の幸せな時間が夢だったのだと、分かっていた。
分かっていて、それでも、意志の弱った瞳が夢の名残を探そうと部屋の中、あちこちに向けられる。
しかし、見つかったものは現実という冷たい事実だけだった。
夢の中でいたのと同じ部屋、同じ場所。
だというのに、現実のこの場所はとても寒々しい。
此処には自分一人だけ。姉も、彼も、――勿論、兄も妹もいない。
赤々と燃える炎の熱が肌を刺す。
いつもなら、優しく微睡みを与えるそれも、今は責めるかのようにチリチリと痛い。
炎の明かりに揺らめく影法師も、普段はちょっとした影絵のように楽しく思えるのに、今はまるで自分を嘲笑っているかのようだ。
優しく護られ、優しい想いで彩っていたユーフェミアの世界は、たった一つの悲劇により、その全ての色を変えてしまった。
「………………ッ」
瞳に映る現実の色に、再び悲しい気持ちが込み上げてきたユーフェミアは、力なく頭を膝の上に落とした。
―――何が悪かったのだろう。
もうずっと、何度目になるか分からない自問が頭を過る。
何が悪かったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
何が間違っていたのだろう。
正しいと思うことをした。
喜んで貰えると思うことをした。
幸せになれると思うことをした。
なのに………。
考えても考えても、答えに辿り着けない。
拒まれた自分か。拒んだ彼等か。
そこで思考が固まってしまっているユーフェミアには、どれだけ思考の海に身を沈めても答えを掬い上げることは出来ない。
ただ、悔恨だけが募っていく。
望みは決まっているのに。願いはあるのに。
どうすればいいのか、分からない。
正しいと信じて、突き進んだ結果がこれなら、自分はどうすれば良かったのだろうか?
こんな事になるなら、初めから―――
「何もしない方が良かったのかな…………?」
悲しみと後悔に苛まれ、ユーフェミアは何もかもが間違っていたのではないかという考えに陥っていく。
夢を見なければ。姉の言い付けを守っていれば。
誰も傷付かずに済んだ。誰も失わずに済んだ。
ルルーシュも、あんな目に遭わずに済んだはずなのだ。
なら―――…
「……ルルーシュ、……スザク」
じわり、と涙が滲んだ。
共にいたかった。ただ、愛する人達と。
でも、それを叶える為に誰かが傷付くなら。
それは、きっと間違った願いなのだろう。
だから……
「やっぱり、私が……、私の――――」
強く、決定的な否定を口にしかけた、その時だった。
「――――――!」
夜の静寂の只中にある政庁に、――いや、トウキョウ租界全体に警報が響き渡った。
心を急き立てるその音にビクリ、と身体を震わせてユーフェミアの思考が一瞬途切れる。
「何………?」
数秒の混乱の後、思考が戻ったユーフェミアは、この警報の意味を知ろうと窓際に駆け寄る。
窓から見えるその景色に大きな変化はない。
ただ、夜の闇を突き刺すように照らす警戒用の大型照明が忙しなく動き回っていることから、何かしら非常事態な事が起こっていることは察知出来た。
そうこうしているうちに、部屋の外が騒がしくなる。
複数の人の気配と落ち着きのない声が扉越しに伝わってきた。
「何事です!?」
勢いよく扉を開けて、廊下で騒いでいた政庁の関係者らしい男達に問い掛ける。
その声に反応した男の一人が、ユーフェミアの姿を認め、一瞬目を丸くした後、慌ただしく礼を取って、たどたどしく事態を説明し始めた。
「く、黒の騎士団です!」
「え―――?」
「黒の騎士団がッ、ぜ、ゼロが―――ッ!」
最大戦速で暗い空を駆けるアヴァロンの望遠カメラがトウキョウ租界の外縁部に配置されたブリタニアのナイトメアの存在を認める。
ようやく通信手段を確保したコーネリアからトウキョウの部隊に連絡が入ったのは、つい先頃の事。
それを受けて、黒の騎士団が到着する前に慌ただしくも動き出していたブリタニア軍が、迎撃せんと空に火器を向けて待ち構えていた。
だが、それを認めて、尚、アヴァロンは止まらない。
速度を落とす事なく、無遠慮に突っ込んでこようとする白い戦艦に、逆に怯みそうになるブリタニア軍が、それを誤魔化すかのように、掃射を開始する。
地から空に向けて降り注ぐ銃弾の雨。
しかし、それがアヴァロンに当たる事はなかった。
ギリギリのタイミングで通信は間に合ったとはいえ、防衛ラインの構築どころか、規定の戦時配置に着く時間すら儘ならなかったブリタニア軍の薄く穴のある対空砲火ではアヴァロンを捉えきれない。
キィィ……ン、と甲高い音を発しながら、黒の騎士団の乗ったアヴァロンが銃火を潜り抜けて、外縁部に迫る。
そして、そのまま、アヴァロンは、地上から必死になって迎撃を行っているブリタニア軍の頭の上を嘲笑うかのように一気に通り過ぎていった。
アヴァロンがトウキョウ上空に到着すると同時に、艦橋からルルーシュの指示が鋭く飛び始めた。
「作戦は、以前より構築していた首都奪還作戦をベースにして行う。作戦行程から、第1~第11までをカット。第15、21、23を繰り上げる」
現状に合わせ、修正を施し、作戦を最適なものに再構築したルルーシュの命令に従い、黒の騎士団が動き出す。
その一番手を担ったのは、カレンだった。
ヒュン、と風を切り裂きながら、紅の機体が空に踊る。
高々度からのダイブを降下用のパラシュートも無しに敢行する紅蓮に驚いたのは、味方ではなく下にいたブリタニア軍だった。
それは蛮勇か、勇猛か。
ゆっくりと降下してくるところだろうと考え、そこを狙い撃とうとしていたブリタニア軍は、猛スピードで落下してくる紅蓮に面食らい、慌てて銃を発砲する。
だが、銃弾とほぼ変わらない速度で降る紅蓮に鉛弾は、ただひたすらに空を切るばかりだ。
地上が迫る。
このまま、銃弾を追い抜く速度で、地上に落ちれば、いかに紅蓮と言えども無事では済まない。
しかし、カレンは慌てず、動じない。
地上との距離が僅かとなったところで、紅蓮が動く。
租界にそびえ立つ高層ビルの一つに飛燕爪牙を放ち、紅蓮をビルの壁面に移動させた。
ガガガガッ、と壁面と共に、紅蓮の落下速度が徐々に削られていく。
しかし、足りない。間に合わない。
やはり、蛮勇か、と下でその光景を見ていたブリタニア軍人達がそう思った、――次の瞬間だった。
ゴドンッ、という音ともに紅蓮の足下、――壁面に添えられた右手の輻射波動が発動する。
放熱ともに発せられる輻射波動の衝撃は並みではない。壁面に叩きつけられ、生じたそれは、一時的に紅蓮の落下エネルギーを上回った。
機体が跳ね上がる。
曲芸染みた機動で宙空を舞う紅の機体は、そのとんでもない動きに呆気に取られていたブリタニア軍の背後に見事着地する。
そして―――
「挨拶代わりだッ!」
鎧袖一触。紫電一閃。
紅蓮が降り立って、僅か数秒後。
その時、そこに立っていたのは紅いナイトメア、ただ一機だけであった。
『降下ポイント周辺の敵勢力の排除及び、ポイントの安全確保、完了です。ゼロ』
「よし、では、第一降下部隊、降下を開始しろ」
後続の部隊が降下を始める。
とはいえ、カレンと紅蓮のような無茶な降下ではない。
周辺の敵を殲滅したので、幾分、高度を下げたアヴァロンのハッチに撃ち込んだ飛燕爪牙をロープ代わりにして続々と黒の騎士団のナイトメアが地上に降りていく。
「第一降下部隊は、送信した部隊編成でそれぞれ、主要施設の制圧に向かえ。雑魚には構うな、有能な司令官がいない今、主要施設に攻め込めば勝手に乱れてくれる」
了解、という声が通信機の向こうから複数上がった。
「第二、第三、第四降下部隊は降下後、後続の補給部隊と合流。指定ポイントで防衛線を張り、中央区画と外縁部周辺の敵部隊を分断。合流を阻止しろ」
テキパキと残りの部隊に指示を出し終えたルルーシュは、最後に黒の騎士団の二枚看板の二人に声を掛ける。
「藤堂、それとカレン。お前達への指示は特に無い。好きに動け」
『好きに………?』
『あの、それはどういう………?』
緻密な計画と作戦進行で部隊をまとめ上げるゼロらしからぬ言葉に藤堂とカレンは戸惑いの滲んだ声を漏らす。
「正確には、派手に、だ。黒の騎士団のエース。そして、厳島の奇跡。お前達は共に日本の『力』の象徴だ。この戦いでそれを示し、日本は健在であると世界に知らしめろ」
『――――承知!』
『ハイ!!』
心が奮い立つ。
それはその言葉を聞いていた、他の団員達もだ。
改めて、皆の心に実感が湧いてくる。
―――日本に届く、と
日本を取り戻す。長く夢見た悲願に、もう少しで手が届くと。
それに気付き、沸き立たない日本人はここにはいない。
例え、どれだけの障害があろうと必ず越えてみせる。皆が強くそう思った。
この運命の日が始まって、もうすぐ丸一昼夜が過ぎようとしている。
長く、厳しい戦いを続けてきた黒の騎士団だったが、その士気はここにきて、遂に最高潮に達しようとしていた。
「ここが最後の正念場だ」
そして、この日、この夜。夜明け前の最後の戦い。
それに赴かんとする黒の騎士団に、ゼロが最後に掛けた言葉は、実にシンプルだった。
「辿り着いてみせろ、――――日本人よ」
その言葉を皮切りに、黒の騎士団が勢い良く飛び出していく。
かつて、東京と呼ばれた日本の首都。
今はもう、その面影がない程にブリタニアによって作り変えられ、トウキョウ租界と呼ばれるようになってしまった彼等の都。
その場所に、それを取り戻す戦場に、彼等は飛び出していった………。
――――……
地上で黒の騎士団が戦いを始めた、丁度その頃。
トウキョウ租界の地下階層のとある一画で、バタバタと騒いでいる者達がいた。
「おい、本当か!? 黒の騎士団がトウキョウに……ッ」
「信じられん! ならば、コーネリア殿下が敗けたということになるぞ!?」
「いいから、早くしろ! この研究所は破棄だ! データを纏めて――――」
白衣を纏った、いかにも研究者といった者達があれこれと口にしながら、室内を忙しなく駆けていく。
その中心にいたのは、他とは身なりの違う恰幅の良い男、――皇子付きの将軍という立場から、非公式な研究の責任者にまで身をやつしたバトレーだった。
「急げ! もし、地上が黒の騎士団に抑えられるような事態になれば、脱出は困難になる! 今のうちにトウキョウ租界を出るのだ!」
部下たる研究者達を急かしながら、バトレーは一人頭を抱えた。
ゼロ。黒の騎士団。
バトレーが彼等によって、研究を邪魔されるのは、これで三度目だった。
この頃の彼は、とことんなまでに運がない。
主君たるクロヴィスが鬼籍に入り、それに伴って自身は更迭された。
それをすり抜けても、こうして、行く先々で邪魔が入る。
いつから、こうなったのか?
いや、どこから、こうなってしまったのか?
そう考えた時、脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿だった。
「やはり、関わるべきではなかったのか……? 魔女なんてものに…………ッ」
バトレーが何もかも、上手くいかなくなったのは、不老不死と囁かれる魔女に関わってからだった。
こんな不幸な目に遭っているのは得体の知れない存在に手を出したせいではないのか?
自分の今の境遇は、魔女に呪いを掛けられたからではないのだろうか?
追い詰められ、理性が破綻しかけた精神が、次々とそんな有りもしない空想を掻き立てていく。
ボゾボソと独り言を呟きながら、胡乱な目付きで室内を見やるバトレー。
その彼の目に、一つの光景が飛び込んできた。
「おい! 何をしているッ!?」
思わず大きな声を上げて、駆け寄ろうとする。
叱責を受けた研究者は、自分が何をしたのか、よく分かっておらず戸惑いの声を漏らしている。
ビーッ、と耳に刺さるような警報が部屋の中に鳴り響いた。
規定の手順でシステムを停止させなかった為に、システムが誤作動を起こしたのだ。
「すぐに止めろ! システムを―――」
取り返しがつかなくなる前にシステムを緊急停止させようとするバトレーだったが、遅かった。
部屋の中心にある培養槽に電力を送っていたケーブルが過剰な供給に火花を散らし、バツン、と音を立てて千切れる。
培養槽自体も放電し、青白い火花が鈍い音と共に周りに飛び散らかる。
それに思わず、腕で顔を隠す面々にバリンッ、と硝子が割れるような音が聞こえた。
何の音か、バトレーには見なくとも分かった。培養槽が割れたのだろう。
ゴポゴポと中に満たされていた薬液が部屋の中に溢れていく。
それと共に中にいた男を包んでいた浮力も消えていく。
そして、消えた浮力の代わりに重力が男の身体に覆い被さると、男は数歩たたらを踏んだ。
培養槽から出て数歩。重い足取りで男は歩を刻もうとしたが、久方の重力に堪えられなくなったのか、ガクンと膝を折って動かなくなった。
シ…ン、と先程までの騒がしさが嘘のように部屋が静まり返る。
皆がどうするか、と顔を見合わせる中で、ゴクリ、と唾を飲んだバトレーが一歩男に向かって足を踏み出した。
「―――ひっ」
その瞬間、男がガバッと顔を上げた。
目が合ってしまったバトレーが、情けない声を上げて後ずさる。
しかし、男はそんなバトレーに構わずにぐるりと首を回す。
右を見て、左を見て、そして、正面を見た男の視線が改めてバトレーを捉えた。
「………………」
ゆらり、と幽鬼のように男が立ち上がる。
その様子に、今にも逃げ出したいと思う研究者達の怯えた視線を一身に浴びた男は、ゆらゆらと数度身体を揺らした後、今の今まで纏っていた倦怠感を感じさせる空気を払拭して、軍人然としたピシリとした態度を取ると、一言、こう告げた。
「おはようございました」
おはようございました。
さて、皆さん、お待ちかね。
特区編ラスボス。皆、大好き、オレンジジェレさんのご登場です。
これで、役者は出揃いました。クライマックスまで、あと少し……!