コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 けたたましく地面を削る走行音が重なり、地響きを起こす。

 鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音がそこかしこから上がり、銃火が絶え間なく暗闇に瞬く。

 命と命のせめぎ合い。始まりから、ものの数分もせずに、戦場に多くの血が流れた。

 

 始まりから、戦いは熾烈を極めた。

 そこに手の探り合いも、様子見もない。

 初めから、全てを絞り出すかのような戦いぶりは、長期戦を完全に捨てた戦い方だ。

 それもそのはず。

 数で劣る黒の騎士団は、もとより長期戦など考えられるはずもない。時間の浪費は、そのまま彼等の敗北に繋がる。

 一方、数に勝るブリタニア軍だが、この戦場においては常に一つの懸念が付き纏っている。

 そう、ゼロだ。

 寡兵でありながら、幾度となくブリタニア軍を破ってきた大胆不敵な戦略家がここにいるのだ。

 何を仕掛けてくるか分からないゼロを相手に、時間を掛けた戦い方や常套手段は、逆に自分達の首を絞めかねない。

 そう考えたコーネリアが取った戦術は、速攻。その一点。

 どんな罠があろうと、策を張り巡らしていようと、緩まずに圧倒的な物量で一気に押し潰す。

 それが、最も有効な手だと、コーネリアは踏んだ。

 故に、両軍共に短期決戦。

 耳を劈く破壊音が響き、爆炎が上がる。

 一つ。また、一つ。

 命を糧に咲いた炎が、夜の闇を押し退け、狂い咲いていく――――。

 

 

「思った以上に、進行が早くなりそうだな」

「ああ。それでいて、堅い。さすがはコーネリア、と言ったところか」

 C.C.の言葉に答えながら、そのまま、ルルーシュはC.C.に指示を出して指定したポイントにハドロン砲を撃たせる。

「だが、いいのか? こちら側も中々頑張っているが、ジリ貧は否めないぞ?」

「分かっている。だが、ここは耐えるときだ」

 圧倒的不利にありながら、黒の騎士団は押し寄せてくるブリタニアの軍勢を相手に中々善戦していた。

 特区周辺のなだらかな丘陵地帯は、どちらかというと小回りの利く黒の騎士団側に有利に働いたのも大きかった。

 次々と迫りくるブリタニア軍を、地の利を活かして何とか撃破していく黒の騎士団。

 状況だけみれば、黒の騎士団が優勢に事を進めているように思えた。

 だが、両軍では、戦いの規模が大きく異なっている。

 全軍がほぼ戦闘状態に入っている黒の騎士団に対し、ブリタニア軍はまだ半分にも届いていない。

 今ある戦力が全ての黒の騎士団に対し、ブリタニア軍はまだまだ余力があった。

 火力では一歩譲っても、それを補って余りある数で間断なく襲い掛かっていく。

 それは、少しずつ黒の騎士団から、余裕を奪っていっていた。

 何しろ、倒しても倒しても、爆炎と砂塵の向こうから止めどなく敵影が現れるのだ。

 必死に敵を倒しても、それを無かったかのようにするかのように新たな敵が現れる。

 まるで津波に小石を投じているかのようだった。

 初めから分かっていた事とはいえ、視界全てを覆い尽くさんとするその数は、普通であれば心を折るには十分な程の迫力を持ち合わせていた。

 しかし、屈しない。

 震えそうになる手を強く操縦桿を握ることで誤魔化し、黒の騎士団の団員達はひたすらに敵に立ち向かっていく。

 それが出来るのも、ひとえに――――

 

「第二、第三部隊はポイントD12まで後退、第五、第八、第九はB07、A10、D08にそれぞれ前進、進軍してくる敵の出鼻を挫け。藤堂、小隊を二つ率いて、突出してくる左翼を抑えろ。カレン、これから指定する敵を順次叩け。それらは小隊指揮官だ。倒して、敵の足並みを乱せ」

『承知した』

『了解しました!』

 

 ひとえに、敵軍の僅かな変化から、相手の動きを読み、即座に対応するルルーシュの戦略と。

 陣頭に立ち、次々と部隊を撃破していく藤堂の確かな戦術と。

 孤軍で敵に突撃し、首級を挙げていくカレンの一騎当千の活躍があるからこそだった。

 

 

「存外、手間取っているな」

『はい。どうやら、こちらの想定以上に敵の練度は高かったようです』

 次々と投入されていく自軍を相手に戦線を維持し続けている黒の騎士団にコーネリアがぽつりと感想を溢した。

 ゼロを始め、一部の相手は一筋縄ではいかないことは承知していたが、それでも純粋な戦闘でここまでやるとは思ってもいなかった。

「雑魚でも、命が懸かれば少しは牙を研ぐということか……」

『いかが致しますか?』

『このままでも、今暫くすれば、敵も崩れてくると思いますが……』

 そう進言してくる部下二人に、しかし、コーネリアはいや、と首を横に振る。

「恐らく、ゼロはまだ、手の内を明かしていない。その状態でこれ以上の損害は避けたい。………、全軍の進軍速度を上げろ! 両翼は多少広がっても構わん! 敵部隊を囲み、一気に押し潰せ!」

 コーネリアのその命令に、ブリタニア軍は素早く反応し、命令通りに部隊を展開していく。

「それと、ギルフォード、ダールトン。私に付いてこい。ちょろちょろと動き回る邪魔者共を叩きに行くぞ」

『イエス、ユアハイネス!』

 その返事を聞いたコーネリアは、アクセルを思いっきり踏み込み、自機を加速させる。

 自軍を一気に追い抜いたコーネリアは、そのまま、敵軍に迫ると、コーネリアの接近に気付き、それを止めようとしていた敵ナイトメアをランスで貫き、一撃の下に沈める。

 その光景に一瞬固まっていた黒の騎士団のナイトメアだったが、すぐに思い立ったようにコーネリアに攻撃を仕掛けようとする。

 だが―――

「無礼者め」

「姫様には、指一本触れさせん」

 追い付いたギルフォードとダールトンが、それらを瞬く間に撃退していく。

 そうして、忠臣二人と共に最前線に躍り出たコーネリアは、そこで縦横無尽に暴れ回る黒と紅の二機のナイトメアを見定めると、ニタリと口の端を持ち上げた。

「前菜には丁度良い。まずは貴様らから血祭りに上げてやろう」

 白いマントをたなびかせ、紫の機体が黒の騎士団に襲い掛かった。

 

 

「動いたか。よし、これより、作戦を次の段階へ移行する。全軍、敵を引き付けつつ、指定ポイントまで後退しろ」

 コーネリアが動いたのと、敵軍全体が前掛かりになったのを確認したルルーシュが自軍にそう指示を飛ばす。

 横合いから攻撃しようとするブリタニア軍の囲みを抜けながら、それらを引き付けるように銃撃を繰り出しながら、後退する。

 すると、それに釣られたようにブリタニア軍が前進。

 後退する黒の騎士団を追撃するように、そのまま戦線を押し上げてきた。

「よし、そのまま、第二作戦ポイントまで敵を誘導しろ。但し、敵の勢いが予想以上に激しい。油断だけはするな」

 コーネリアが前に出たためか、敵の勢いが目に見えて増している。下手を打てば、一気に食い破られかねない程に。

 だが、ルルーシュの顔に焦りはない。

 静かな瞳で、眼下で荒ぶる腹違いの姉の機体を見つめている。

「大したものだ、コーネリア。認めよう、貴女は紛れもなく、生まれついての強者だと」

 先頭に立ち、破竹の勢いで黒の騎士団に襲いかかろうとするコーネリアは、自信と強さに満ち溢れていた。 

 強きに生まれ、多くに恵まれ、勝利を糧に育ったその姿は、正に絵に描いたような強者だった。

「ならば、教えてもらおうか」

 くっ、とルルーシュの口の端が面白そうに釣り上がった。

「勝利しか知らない事が、果たして、本当に強いことなのかを、な」

 

 

 コーネリアが打って出るのと同時に、後退を始めた黒の騎士団を、ブリタニア軍は勢いを殺さないまま、追撃に移った。

 そのまま、後退する敵軍を一気に仕留めようと襲い掛かるが決定打を与えられず、黒の騎士団はこちらを誘う動きを見せながら、後方に広がる森林の中にその姿を消していった。

『奴等、明らかに我々を誘っていますね』

「ああ。十中八九、罠が待ち構えているだろうな」

 あからさまにこちらを誘っていたのだから、間違いないだろうとコーネリアは確信する。

 同時に、その隠す気のない誘いが、あの仮面の男の挑発のような気がして腹立たしかった。

「とはいえ、ここで勢いを殺す訳にはいかん。このまま、追撃するぞ」

『よろしいのですか? 危険では?』

「奴が相手である以上、どう対応しても危険なことには変わらん。なら、こちらが打てる最大手で立ち向かうのみだ」

 そもそも、ゼロの罠を警戒したが故の速攻なのだ。ここで立ち止まっては意味がない。

 戦力を小出しにしても、先の戦闘を見る限り、こちらが優勢に転ぶとは言えない。

 悪戯に戦力を消耗したところを、ゼロの罠に嵌められるのだけは避けたかった。

「部隊の編成を変更する! 全軍を最少人数での部隊に再編成。各隊、連携を密に。一気に乱戦に持ち込んで仕留めるぞ!」

 サイタマやナリタでの戦いを見るに、ゼロが敵に甚大な被害をもたらす罠を使う場合、自然とその規模も大きなものになる。

 ならば、部隊を固めずに広範囲に展開しながら、一気に乱戦に持ち込めば、被害は最小限に抑えられる可能性が高い。

 そう考えたコーネリアは、部隊を再編成すると、先陣を切って森の中に飛び込んだ。

 

 

 そして、戦場を森に変えて、再び戦闘が繰り広げられる。

 勢いよく、飛び込んできたブリタニア軍を黒の騎士団が攻撃する。

 待ち伏せ、死角からの奇襲。

 正攻法とは言えない方法で、群がるように襲い掛かる。

 元々、人数も武器にも乏しいレジスタンスが集まったのが、黒の騎士団だ。

 そのため、こういったゲリラ戦法は彼等の得意とするところである。

 巧みに相手の意表を突き、次々と黒の騎士団はブリタニア軍のナイトメアを仕留めていく。

 

 だが、――足りない。

 それで、倒せる程。

 それで、崩れる程、ブリタニアは、コーネリアは脆くはなかった。

 

「よっしゃあ! 楽勝!」

 敵を撃破した玉城が、コックピットの中でガッツポーズを取る。

「さ~て、お次はどいつだぁ?」

 今にも口笛を吹きそうな軽い雰囲気を漂わせながら、揚々と玉城は次の敵を探し始める。

『ちょっと、玉城! アンタ、油断しすぎ! もっと気を引き締めなさい!』

 堪らず、近くにいたカレンが玉城を窘めるも、当の玉城は気にも止めない。

「へーきだって。ここまで、ずっと、俺達の楽勝ペースじゃねぇか。ブリタニア軍なんて、所詮、黒の騎士団にかかれば、ただ、数が多いだけの――――」

『玉城! 後ろだ!』

「へ? うおおおおっ!!」

 鋭く飛んできた扇の忠告に、玉城が機体を後ろに向ければ、そこには今にも武器を降り下ろそうとするブリタニアのナイトメアの姿があり。

 余りに咄嗟だったため、玉城はまともに頭が働かず、反射的にコックピットの中で自分の頭を抱え込んでしまう。

『この馬鹿!』

 破壊されそうになりながらも動かない玉城の代わりに動いたのがカレンだった。

 扇と同時に敵影に気付いたカレンは、持ち前の反射神経で紅蓮を操作すると瞬時に敵との距離を詰め、その右手の銀爪で敵ナイトメアの頭を掴む。

『じゃあね』

 そして、敵を捕らえたカレンは、短い別れの言葉を口にした後、止めを刺すべく輻射波動のスイッチを押した。

 

「はあ……」

 敵の機体が、輻射波動で爆散したのを確認すると、カレンはホッ、としたように小さく息を吐いた。

 しかし、すぐにその顔に怒りを滲ませると、カメラに映る玉城の機体に怒鳴りつけた。

「馬鹿! だから、言ったでしょうがッ! ああ~、もう! 輻射波動だって、タダじゃないんだからね!?」

 まだ、先は長く、敵も多い中で、虎の子の輻射波動を無駄撃ちさせられた事にカレンは怒りを見せる。

『わ、悪かったって……』

「大体アンタはすぐ、調子に乗って! 少しは――」

『紅月!』

「ッ!」

 警告の声が上がり、カレンは即座に紅蓮を木の影に隠す。間を置かず、紅蓮のいた場所を銃弾が降り注いだ。

 少しの間、それは続いていたが、少し離れたところで爆音が響くと、銃撃はピタリ、と収まった。

「助かりました。ありがとうございます。千葉さん」

『ああ。だが、思っていた以上に敵の攻勢が激しいな。ああもあからさまに誘えば、少しは躊躇すると思ったんだが……』

「ですね。もう少し削れれば良かったんですけど……。やはり、ゼロの言う通り、コーネリアは甘くないみたいですね」

『だな。気を引き締めていかないと、作戦前に我々ですら、―――ッ』

 アラートに反応して、千葉とカレンの機体が死角を潰すように背中合わせになる。

 そこに扇と玉城の機体も加わり、四方を警戒する。

『不味いな、囲まれているぞ』

 ファクトスフィアを起動し、レーダーマップに表示された敵の反応に千葉が舌打ちをした。

「突破します! 私に続いて下さい!」

 右手の銀爪を掲げ、紅蓮が敵に突撃した。

 

 

 戦術の質で言えば、この場に置いては確かに黒の騎士団側に軍配が上がる。

 だが、ブリタニア軍とて、ゲリラ戦の訓練をしていない訳ではない。決して、侮れる相手ではないのだ。

 さらに、ブリタニア軍はコーネリアの指示により、部隊を広範囲に展開しながら、連携をしっかり取ることで死角を極力潰し、索敵範囲を広げている。

 つまり、奇襲の機会がどちらにあるかと言えば、それはブリタニア軍側にあった。

 

 樹木の合間をすり抜け、コーネリアの機体が滑るように疾走する。

 左へ、右へ、そして、上へ。

 まるで、平地を往くのと変わらないスピードで森中を駆け巡り、敵を屠っていく。

「ふん、脆弱者め」

 今も木の影からこちらを狙っていた敵を、逆にハーケンで仕留め、その脆さにコーネリアは鼻を鳴らす。

 ―――流れが変わりつつある。

 幾度となく戦場を越えてきた経験から、コーネリアは場の空気の変化を敏感に感じ取っていた。

 敵が保ってきた優勢は、今や均衡を保ち、それも少しずつ傾き始めていた。

 一気に戦場を拡げ、乱戦に持ち込んだのが、功を奏したのか。

 懸念しているゼロの策略は、まだその気配を感じない。

 使わないのか、それとも、使えないのか。

 それは分からないが、チャンスであった。このまま、敵を崩してしまえば、ゼロが何をしようがもう勝利は揺るがないだろう。

 勝利の気配を感じたブリタニア軍が、それを引き寄せようとその勢いを、更に増した。

 その攻勢に、黒の騎士団は遂に後退を余儀なくされる。

 天秤が傾いた。流れが変わった。

 その確かな手応えにコーネリアは勝利の光を見た。

 

 

 それが、この戦いで初めてコーネリアが見せた隙だった。

 

 

 いや、本人はそれを隙だとは思っていないだろう。

 勝利に、勝つことに慣れてしまったコーネリアやブリタニア軍にとっては、それは当たり前の感覚だった。

 流れが変わる瞬間。有利と不利が入れ替わり、天秤が自分達に傾く瞬間。勝利の手応え。

 ()()に、ルルーシュは、――毒を仕込んだ。

 

 ほんの少しだった。

 ほんの少しだけ、その一瞬。

 自軍が確実に不利になる状況を、ルルーシュは少しだけ派手に演出してみせた。

 苦戦から、後退するタイミングを僅かに早く。

 押し込まれ、逃げようとするその速度を少しだけ、速く。

 先程、森に誘い込む時のあからさまで杜撰な陽動とは真逆に、緻密に、かつ慎重に毒を仕込んだ。

 味方が不利になった状況、その中に仕込まれた毒にブリタニア軍は気付かない。

 何時ものように、自分達の力の前に敵が不様に退いていくものとしか思っていなかった。

 だから、嵌まる。

 誘いながら、一点に集まろうとする黒の騎士団。

 知らず、それに釣られて、深追いする形になったブリタニア軍の広く展開していた陣形が狭まり、―――固まった。

 

 

 カツン、と。

 

 黒のキングが、一つ、白のクイーンに差し迫った。

 

 

 日本――今はエリア11だが――が世界に誇るものの一つにサクラダイトがある。

 希少なこの金属は、世界を見ても採掘できる場所は限られており、特区会場があるこのフジ周辺は有数な採掘場所として知られていた。

 もし――。

 もし、特区が無事に開催された場合、挙げられる事業は何だろうかと考えた場合、この周辺でのサクラダイトの採掘業務が真っ先に思い浮かぶ。

 そう考えたルルーシュが、桐原から提出させた特区で行われる予定だった事業案を確認したところ、やはり、それが含まれていた。

 ならば、あるはずだった。

 採掘を行うならば、爆発物が必要になる。

 そう思い、避難する特区参加者達に紛れ、周辺の採掘場所や採掘予定地区を回った所、予想通りにそれはあった。

 無造作に積まれた大量の流体サクラダイトが。

 

 

 轟いた轟音にブリタニア軍の足が止まる。

「ッ、何が……!」

 ナイトメア越しですら脳にまで響きそうな、その爆音にコーネリアも足を止めて、周囲の警戒に神経を尖らせる。

 一つ、二つ、三つ。

 絶え間なく何度も轟く爆音の振動が細かくコーネリアの身体を揺さぶる。

「くっ! …状況を報告しろ!」

 身体を震わす振動が続く中、轟音に負けないくらいの大声でコーネリアがそう命じた。

『被害、ありません! どうやら、地面に仕掛けられていた流体サクラダイトが爆発しているようですが、巻き込まれた味方はおりませんッ』

「何?」

 その予想とは違う報告に、コーネリアの顔が難しいものになる。

 まず、間違いなくこれはゼロの仕掛けた罠だろう。

 だが、それにしてはお粗末に過ぎる。

 状況の移り変わりの速さに、慌てて罠を作動させたのだとしても、被害が全く無いというのはおかしい。

 その事実がコーネリアの警戒心を煽る。

 まだ、何かある。

 そう思ったコーネリアが、部下達に警戒をするように促そうと口を開きかけた時だった。

 コツン、と何かがコーネリアの機体を叩いた。

「―――――?」

 雨か? と思い、上を見上げたコーネリアは、数秒後、その音の正体を知り、戦慄するのだった。

 

 コツン、コツンという軽い音から始まり、少しずつ大きく、激しく。

 上空より降るそれの正体は、石だった。

 地面に埋め込まれた流体サクラダイトの爆発によって、空高く巻き上げられた砂が、石が、岩が、巨木が、夜の闇に紛れ、落ちてきているのだ。

 あっという間に、激しい音の坩堝に呑み込まれたブリタニア軍の機体に無数の傷が出来ていく。

 ドン、という音にそちらを見れば、巨木に潰されたナイトメアの姿があった。

 激しさが増す。

 

 ()()降りが、ブリタニア軍に降り注いだ。

 

 掘削音にも似た音が痛いくらいに耳を打ちつける。

 降り注ぐ礫がカメラを割り、巨岩が穿ち、大木に打ち倒される。

 夜の空より来たる自然の凶器は、確かな刃を持ってブリタニア軍に襲いかかった。

 爆発音が幾つか上がった。

 確認しなくても分かる。当たりどころの悪かった誰かの機体が破壊されたのだろう。

「ちぃ―――ッ!」

 その場に留まるのは危険と判断したブリタニア軍が慌てたように四方へ散り始めた。

 コーネリアも、激しく舌打ちを打つと機体を駆り、その場からの離脱を図る。

 時間差での爆発で巻き上げられた土砂は、未だ止まずに、コーネリア達の頭上に降り注いでいる。

 砲弾のような大岩が機体を押し潰し、巨木が槍のように突き刺さる。

 時間にして、一分にも満たない一瞬の土砂の通り雨。

 しかし、それにブリタニア軍は完全に掻き乱されていた。

「くそ―――ッ」

 直上から迫る落下物を回避しながら、苛立たしげにコーネリアは吐き捨てた。

 それもそのはず。自軍に傾き始めていた戦況を、罠の一つであっさりと滅茶苦茶にされてしまったのだ。怒りの一つも覚えよう。

(だが、まだだ………ッ)

 確かに、胆が冷えた。危険と感じたし、自軍を乱されたのは認めよう。

 だが、決定打は与えられていない。

 無差別に降り注ぐだけの攻撃では確実性に欠ける。

 少なくとも、この罠ではナリタの時のような被害をもたらすことは出来ないだろう。

 なら、まだ、やれる―――――。

 心は折れない。

 コーネリアの瞳に陰りは見えず、その身体から溢れる戦意に揺らぎはない。

 そして、コーネリアが折れていないのであれば、ブリタニア軍も死んだりはしない。

 この場を凌がれれば、そこまで。

 多少の損害を被ったとしても、たちまち黒の騎士団は追い詰められてしまうだろう。

 

 

 もっとも、それは。

 

 今までのゼロだったならば、の話だが………。

 

 

 ブリタニア軍の誘導に成功し、流体サクラダイトを使った自然物の絨毯爆撃が発動可能な状況に達するのと同時に、ルルーシュはドルイドを起動した。

 予想した通りに流体サクラダイトがあるにはあったが、その量はやはり想定通りの量でしかなく、直接的に用いても、ブリタニア軍に風穴を開けるには火力が圧倒的に足りない。

 しかし、ルルーシュが行おうとしていた策を実行するには十分な量だった。

 この攻撃はあくまで布石。一時、ブリタニア軍を混乱させるためのもの。

 一瞬の乱れ。僅かな隙を生み出す子供騙しの罠。

 だが、それだけあればいい。それだけあれば、十二分に勝機を見出だせる。

 そして、今。

 

 かつての戦いで、女神の名を冠する破壊の光を消した力の一端が、再び、垣間見えようとしていた。

 

 

 その細い指先が鍵盤を弾くように、キーボードの上を軽やかに滑る。

 

 ―――地形データ入力。温度、湿度、風向、風量、地質、地熱、入力。流体サクラダイト熱量、爆発深度、爆発規模、それに伴う噴出物の高度、落下速度を算出――――……

 

 世界を構成するあらゆる要素が数値化され、瞬く間に入力されていく。

 超高度な演算能力を有し、ファクトスフィアよりも数段上の機能性を誇る電子兵装システム・ドルイド。

 先の時間軸においても、絶対守護領域やフレイヤ・エリミネーターの計算などに用いられる等、圧倒的なまでの情報処理を可能とするこのシステムだが、その能力を最大限引き出すには、使用者に高いシステム適性が要求され、実質的に使いこなせたのは、ルルーシュ一人だけである。

 

 ―――精査完了。全ナイトメアフレームの現在位置及び機種把握。機種毎の機動性、最大速度、平均速度、敏捷性、基本回避プログラムを判別、算出、入力――――……

 

 淀みなく、僅か数秒の間に数々の演算が行われ、多くの情報が処理されていく。

 刹那を争う戦場において、過度の思考は『遅れ』である。行き過ぎれば、命を危険に晒す。

 ましてや、計算は完全なる思考の領域、――自己に埋没する行為だ。命をやり取りする場で、外ではなく内に意識を傾けるなど、本来であれば自殺行為と言ってもいいだろう。

 だが、ドルイドを繰るルルーシュの手に乱れはない。

 その圧倒的な集中力に、迷いもブレも見られなかった。

 それは、数々の困難を越えてきたが故の強さか。

 それとも、傍らにいる全てを預けられる魔女への信頼故か。

 刹那を争う戦場の速さを追い抜き、魔王の手は、その先へ伸びていく。

 

 そして――――。

「入力完了」

 最後まで、一度も止まることなくデータを入力し終えたルルーシュがタンッ、と一際強くキーを叩いた。

 準備は整った。条件は、全てクリアされた。

 

 これより、ここに。

 

「近未来予測。流体サクラダイトの爆破から、60秒以内の全ナイトメアフレームの回避行動を予測。全行動パターンを展開」

 

 魔王の手によって、奇跡が示されようとしていた。

 

 

 カツン。

 

 また、一つ。

 黒のキングが、白のクイーンに迫った。

 

 

 ようやく、土砂の雨が収まり、ゼロの罠が過ぎ去ったと認識したコーネリアは、ふぅ、と安堵の息を吐いた。

 コンソールを動かし、素早く機体のチェックをする。

 あの障害物の雨の中、かなり無茶をさせたためか、駆動系を始め、機体のそこかしこにダメージカラーが点滅していた。

 だが、戦闘機動に大きく影響を与える程ではない。つまり、まだ、戦えた。

「皆は、どうしたか………」

 周囲に味方の姿はない。先程の攻撃のせいで、散り散りにさせられてしまったようだ。

 まずは、部隊の立て直しを図らなければならない。

 そう考え、味方の位置と状況を知ろうとレーダーマップに視線を落としたコーネリアは、驚愕に目を見開いた。

「な………」

 僅かな時間だった。

 ゼロの罠が発動して、そして、ここまで待避してくるまで、ほんの僅かな時間しか経っていない。

 なのに。

 その僅かな間に、多くの味方の反応が消失していた。

「何が起こっている!?」

 驚愕がそのまま、口を突いて出た。

 あり得ない、信じられないという気持ちがコーネリアの胸中に渦巻く。

 仕方のないことだった。コーネリアの意識が部隊から外れていたのは、数分にも満たない時間であり、更に言えば、その時点では、自軍が優勢を保っていたのだ。

 それが、少し目を離していた間に、何故か、逆にこちらが劣勢に追い込まれようとしているのだ。

 信じられず、困惑するのも無理からぬ事だった。

 だが、現実は覆らない。

 こうしている間にも、味方の数はどんどん減っていっていた。

『コーネリア様!』

 すぐさま、状況を把握し部隊をまとめなければ、とそう考えていたコーネリアの元に、焦りと苦悶に満ちた部下達の声が幾つか届く。

「皆、無事か!? 何があった!?」

『わ、分かりませんッ! いきなり、攻撃が………ッ』

『こちらもです! 待ち伏せを食らって、……ぐあッ』

 通信の向こうで叫び声が上がる。

 ブツリ、と音を立てて通信が途切れ、レーダーマップから、また、味方の反応が消失した。

「待ち伏せ、だと?」

 つまりはそういうことだった。

 先程の攻撃から、何とか逃げる事に成功したブリタニア軍だったが、その矢先、まるでそこに来るのが分かっていたかのように現れた黒の騎士団の奇襲に遭ったのだ。

 まさか、逃げた先に敵が待ち構えているとは思わなかったのだろう。

 上空に意識を完全に持っていかれていたブリタニア軍は、その黒の騎士団の奇襲にまともに対応することも出来ず、次々に撃破されていってしまった。

 だが、とコーネリアは思う。

 どうやって、先程まで、後退を余儀なくされていた黒の騎士団が自分達を待ち伏せすることが出来たのか。

 何故、自分達の逃げる先を予想出来たのか、と。

 あの時、あまりに突然の事態だったため、部隊に指示を出す余裕がなかった。

 他のブリタニア軍人にしても、明確な意思や意図があって、動いていた訳ではないだろう。

 だというのに、黒の騎士団は、――いや、ゼロはまるで、こちらがどう動くかわかっていたかのように、部隊を先んじて動かしていた。

 それが意味するところは、つまり―――…

「まさか――――」

 ぞわり、とコーネリアの全身が冷水を浴びたように震えた。

 自身の思考の行き着いた答えに、思わず身震いしてしまう。

 不可能だ、と否定したかった。

 出来るわけがない、と言いたかった。

 けれど、今、この瞬間の現実が何よりもコーネリアに、それが正解だと訴えかけてきていた。

「読み切ったと言うのか………ッ!」

 我等の動きを。

 無秩序に逃げ回っていた全てのナイトメアの動きを。

 ゼロは、全て読み切って見せたというのか――――?

「馬鹿な……」

 呆然と震える唇でコーネリアがそう呟いた。

 理解出来なかった。

 ここに、どれだけの数のナイトメアフレームがいたと思っている。

 それらが、どれくらい無軌道な動きをして見せたと思っている。

 例え、僅かな時間とはいえ、その全ての動きを読み取る事など、不可能に近い。

 少なくともコーネリアには、どうすればそんな芸当が出来るのか想像も出来なかった。

「化物め………ッ」

 抑えきれない感情が沸き上がる。

 震えを止めるために食い縛った唇が切れ、血が滲み出た。

 おそらく、この状況はゼロが狙って作り出したものなのだろう。

 なら。

 一体、いつからゼロの手の内だったのか、とコーネリアは考える。

 この森に踏み入れた時からか。

 自分が最前線に飛び込んだ時からか。

 それとも。

 

『交渉をしよう、コーネリア』

 

 あの時からか。

 

「――――ッ」

 ドンッ、と操縦席に拳を振り下ろす。

 油断していたつもりはなかった。

 最大限警戒して行動し、部隊を動かしていた。

 だが、それでも、まんまと良いように踊らされてしまった。

 その屈辱と怒りから、コーネリアの頭が真っ白になった。

 そんな時だった。

 忠臣達の声がコーネリアの耳に入ったのは。

「ギルフォード! ダールトン!?」

 

 通信機から聞こえてきた声にギルフォードは安堵の息を吐いた。

 いつになく、余裕のなさそうな声だったが、どこか怪我を負っている風には感じられなかった。

『お前達、無事か!?』

 必死にこちらの身を案じるその声に思わず、苦笑が漏れた。

「ご安心を、私は無事です。姫様」

 安心させるために、極力、穏やかな声でそう告げる。

「ですが、申し訳ありません。合流には今暫く時間が掛かりそうです」

 その穏やかな声とは裏腹に、鋭い目付きでカメラ越しに見える敵のナイトメアを睨み付けた。

『悪いけど、逃がすわけにはいかないよ』

『貴様の相手は、私達がしよう』

 左腕を破壊されたギルフォードのナイトメアを挟むようにして朝比奈と千葉のナイトメアが油断なく、ギルフォードを牽制していた。

「ダールトン将軍、姫様を頼んでも?」

 

「そうしたいのは、山々なのだがな」

 同僚の声にそう言葉を返しながら、ダールトンも苦笑を漏らした。

 言葉だけ聞けば、大事に感じられないが、先程の攻撃から逃れる際の無茶な機動によりダールトンの傷口は開かれ、身体中の至るところから血が滲んでいた。

「こちらも中々、一筋縄とはいかないようだ」

 額に脂汗を滲ませながら、そう返答するダールトンの目はしっかりと自分と相対している長い飾り髪を付けた黒い侍のナイトメアフレームに注がれ、逸らされずにいた。

『先の戦いの雪辱、晴らさせてもらう』

 厳とした声でそう宣言してくる藤堂に、ダールトンもにやり、と挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 通信から、忠臣達の危機的状況を察したコーネリアだったが、そのどちらかに援軍に駆けつけようともせず、未だその場に留まり続けていた。

 ―――正確には留まらざるを得ずにいた。

 こちらの主力に敵の主力が当てられるように配置されている事をコーネリアが見抜くと同時に、それが現れたからだ。

『安心したよ』

 暗闇において、それでも輝きを忘れない銀爪を携えた紅の機体が夜の森からゆっくりと姿を現した。

『まだまだ元気そうで』

 溌剌とした若い女の声が、挑発的な口調でそう言ってくる。

『弱ったアンタを倒しても、気持ちが収まらないからね。私も、皆も』

「ふん」

 強気なその台詞を、コーネリアは鼻で笑い飛ばす。

「見くびるなよ、小娘」

 ゼロに踊らされて部隊をバラバラにされ、自身も敵の最大戦力と孤軍で対峙という状況に晒されながらも、コーネリアの強者としての佇まいに衰えは見えない。

 事実、コーネリアはまだ勝利を捨てていなかった。

 自身も忠臣二人もまだ健在。他の部下達も、数を減らしたものの壊滅的と言える程に減ってはいない。

 なら、ここから状況を挽回をする機会は十分にあるとコーネリアは考えていたからだ。

 

 

 もっとも――――。

 

 

「そう。それでいい、コーネリア」

 

 そう考える事すらも、魔王の手の内であったが。

 

「そうそう、屈してくれるなよ? お前にはまだ、役目があるからな」

 

 盤面が動く。

 カツン、カツンと。

 愉しげに音を立てながら、黒のキングは順調に盤上を進んでいく…………。




 難産でした……。
 まだ、納得いかないところですが、これ以上こねくり回すと余計おかしくなりそうなのでやめます。
 執筆レベルが上がれば、その内手直しするかもしれません。
 そして、サクラダイト。流体じゃないと爆発しないと書いてから気づく。
 うろ覚えの知識を使うのはダメ、と実感しました。

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