少しくらい反応あればいいな、と思っていたら、予想を超えるオール・ハイル・ルルーシュに狂喜しました。
本当にありがとうございました。
そして、お待たせしました。
ちょっと書ききろうと思っていたら、気付けば二万字超え……、うん、二度はやらない。
そんな無駄に長い文章ですが、それでもよろしければ、どうぞ。
「コーネリア様、黒の騎士団から通信が入っております」
G-1ベース、その司令部。
通信オペレーターから告げられた報告に、コーネリアは顔を向けた。
「通信だと?」
今まで、何の動きも見せなかった黒の騎士団からの唐突な通信要請にコーネリアは訝しげな表情を見せる。
「降伏、でしょうか?」
側に控えていたギルフォードがコーネリアに、そう問いを投げ掛けた。
その可能性は十分にあった。
戦力が整っているコーネリアの部隊に対して、黒の騎士団はガタガタだ。まともに戦闘を行えるかも怪しい。
今の彼等にはゼロがいない。
会場から消え去る際のゼロの様子はコーネリアも聞いている。瀕死だったゼロがそこから助かる見込みは無いに等しいと言えた。例え、助かったとしても、およそ戦場に立てる身体ではないだろう。
ゼロによって保たれていた黒の騎士団が、そのカリスマを欠いたことで臆病風に吹かれたと考えても可笑しくはなかった。
「……いいだろう、繋げ」
「ハッ!」
コーネリアの了解を得たオペレーターが通信を繋ぎ、その映像をメインスクリーンに回す。
通信は音声のみだったため、画面は変わらず暗いままだった。
SoundOnlyと表示された画面から、ザザッ、と音が鳴る。
「さて、降伏か。それとも――」
どこか余裕の面持ちでそう言うコーネリア。
しかし、彼女のその余裕は画面から聞こえてきた第一声によって、一瞬にして消え去るのだった。
『お久しぶりです。コーネリア皇女殿下』
聞こえてきた声に驚いたのはコーネリアだけではなかった。隣にいたギルフォードも細い目を丸くしており、司令部にもどよめきが生まれた。
「ゼロ……、貴様生きていたのか」
『ええ、生憎と。安易に死ねない運命にあるので』
ふん、とコーネリアが忌々しげに鼻を鳴らす。内心は驚きを禁じ得なかったが、そのような様子をおくびも見せずに暗い画面の向こうにいる仮面の男に挑発的に語りかけた。
「それで、態々通信を寄越してきた理由は何だ? 我が妹の盾になった労を労ってでも欲しいのか?」
『まさか』
通信越しに軽い笑いを含んだ男の声が届く。
『こうして、連絡したのは他でもない』
だが、それも一瞬。
『交渉をしよう、コーネリア』
明らかに空気の変わった声に、幾人かが息を呑んだ。
「交渉? 降伏の間違いではないか?」
しかし、それに臆するコーネリアではない。怯むことなくゼロに向かって口を開いた。
「いくら、強気に出たところで戦力差は明らかだ。虫の息の貴様らに止めを刺すことなど造作もない。この期に及んで貴様と交渉する必要など――」
『分かりきっている事を一々説明させる気か? コーネリアよ』
強気な態度を崩さず、彼我の戦力差を示すコーネリアの台詞を遮り、ゼロが口を挟んだ。
『圧倒的有利にあって、それでもお前が攻めあぐねている理由は分かっている。しかし、このまま睨み合いをしていてもつまらんだろう? だから、舞台を整えようと言っているのだ』
これはその為の交渉だ、と言うゼロにコーネリアは舌打ちを漏らす。だが、同時に確信した。音声通信だということで、あるいはあちらが負傷したゼロの代わりを演じることで少しでも有利に立とうと考えているのかもしれないとコーネリアは疑っていた。
だが、この頭のキレと通信越しにも分かる威圧感は真似できるものではない。
間違いなく、このゼロは本物だ。
だからこそ、油断できない。僅かな隙も作れない、と気を引き締めるコーネリアにゼロは続けた。
『此方の要望は一つ。特区への参加を希望していた一般人をここから離脱させたい。それを為すための時間が欲しい』
「話にならんな。何故暴動を起こしたナンバーズの避難が済むのを我々が待たねばならない。私にとっては、もはや粛清対象も同然の存在だ。逃がしてやる理由はない」
『しかし、ユーフェミアにとっては違うのでは? 自分の言葉を信じ、集ってくれた日本人達が姉の手で皆殺しにされたとあっては、彼女がどれだけ心を痛めるか、想像出来ないわけではあるまい?』
「構わん。今回のアレの振舞いは少々目に余る。たかだか数百人のイレブンの命で、今後自粛してくれるというのなら安いものだ」
それは嘘だった。確かにコーネリアにとってはどうでも良い命ではある。だが、ゼロの言う通りユーフェミアには違う。もし、ここでコーネリアが彼等を殺してしまえば、今後は、今まで同じように仲の良い姉妹として接していくことは出来ないかもしれない。
それに、日本人の心情もある。
日本人の暴発が切っ掛けで始まった今回の騒動。
どんな形であれ、ブリタニアからの歩み寄りを拒んだ今、ここで少しの温情も見せない対応をすれば、彼等はもう情状酌量の余地はないと取るだろう。
そうなれば最後。
明日がないと思った日本人は、ブリタニアに決して従おうとは考えなくなり、それこそ最後の一人になるまで戦い続けるだろう。
最悪、それはエリア11の無法地帯化を引き起こしかねなかった。
しかし、だからといって弱腰になる訳にはいかない。少なくともゼロに付け入る隙を見せれば、この男に全てを持っていかれかねない。
毅然とした態度を崩さず、コーネリアはゼロに対応する。
そのコーネリアの返答に、ゼロはふむ、と思案げな声を一つ上げて、数秒黙り込んだ後、なら、と更なる条件を提示してきた。
『承知していると思うが、現在、我々は特区式典に参加していたブリタニア側の列席者を保護している』
「保護? ふん、捕虜の間違いだろう」
忌々しげな声を出しながら、コーネリアは画面を睨み付けた。
コーネリアが圧倒的戦力差にあって、この時点まで特区に踏み込めないでいた最大の理由がこれだった。
ユーフェミアの行政特区日本は、ブリタニア人にとっては決して良いものではない。
だが、そこにビジネスチャンスがないかと言えば、答えはノーだ。
新規開拓される事業というのは、多角的な面から利益を生む機会を多く孕んでいる。
目端が多少なりとも利くものであれば、一枚噛みたいと思うのが普通だ。
そうでなくとも、皇女自らが陣頭に立った政策なのだ。顔を売っておけば、今後の有利に繋がる。
そう考えた経済界、政界の重鎮、そして、有力貴族などが特区の式典に参加していたのだ。
そして、その後の暴動に巻き込まれ、警備に当たっていた軍の混乱から、逃げることもままならず、結果その多くが特区に取り残された。
流石のコーネリアも、これは無視できなかった。
エリア11を中心に各エリアと、幅広く事業を展開している企業の大物や、本国にいる大貴族と縁のある貴族達もいるのだ。
彼等を失えば、いらぬ混乱や軋轢が生まれかねない。
だから、コーネリアも部隊を展開しつつも、慎重に事を運ばざるを得なかったのだ。
『もし、こちらの条件を呑むと言うのなら、彼等はそちらにお返ししよう』
「何だと?」
思いもよらないゼロの言葉にコーネリアの眉がピクリ、と動いた。
「どういうつもりだ。折角の人質をみすみす手放すと言うのか?」
『人質も何も。私は彼等に特に価値を見出だせない。故に、少しでも有効に使おうと思ったまでだ』
彼等の身柄を上手く使えば、黒の騎士団としては元より日本としても、ブリタニアからかなりの譲歩を引き出せるかもしれない。
しかし、ゼロはそれが分かっていて尚、無価値と断言した。
『こちらからは以上だ。返答を聞こう』
コーネリアは答えない。
まるで画面の向こう側にいる仮面の男の真意を探るかのように鋭い目付きで画面を見据えている。
(危険すぎる………)
隣で共に話を聞いていたギルフォードが内心でそう呟いた。
こちらに有利過ぎるのだ。
ゼロの提示した案を受け入れれば、ブリタニア側に攻撃を躊躇う理由は無くなる。そうなれば、全面対決は避けられないだろう。
この状況で真っ向から双方がぶつかった場合、その結果は火を見るより明らかだ。
ゼロとて、それは分かっているはずだ。なのに、彼は敢えてその選択を選ぼうとしているのだ。
「――――――ッ」
ふと、ギルフォードの脳裏に苦い記憶が甦った。
追い詰めているのに、まるで揺るがない存在感。
巧みにこちらを切り崩そうとしてくる、その舌峰。
そして、何よりこの何を考えているか分からない、得体の知れない不気味な雰囲気。
あの時のゼロと同じだった。
あの時。サイタマで自分達を相手に、たった一人で絶望的な状況をひっくり返したあの時のゼロと。
『どうした? 共に足枷となっている存在を除いたうえで、改めて雌雄を決しようと言っているのだ。何も迷うことはあるまい?』
押し黙ってしまったコーネリアに答えを促すようにゼロがそう言ってくる。
受け入れるべきではない。ギルフォードはそう判断する。
コーネリアの言う通りだ。このゼロは、まるで別人だ。
普段のゼロには見られる付け入る隙が、このゼロからはまったく見られない。
画面越しにも分かる威圧感と、見透すことの出来ない底知れなさは、認めたくはないが風格すら感じさせられた。
このゼロの思惑に乗って、奴に時間を与えるくらいなら、このまま攻め入り、そこから来る混乱や被害を被った方がまだ安いと思えた。
(姫様……)
不安や戸惑いを帯びた視線が、司令部内の至るところからコーネリアに集まった。
その視線を受けてコーネリアが口を開く。しかし、口にした答えは彼等の望むものではなかった。
「いいだろう。貴様の口車に乗ってやろう」
「姫様!?」
「黙れ」
驚愕を露にするギルフォードだったが、コーネリアのその一言に何も言えなくなってしまう。
「それで? イレブン共の避難にどれくらいの時間が必要だと言うんだ?」
『そうだな、……ざっと十二時間というところか』
「ダメだ。長過ぎる。三時間だ」
『八時間。こちらには老人や怪我人も多い。それに今のように威圧するように部隊を展開されては、昼の恐怖から動けない者も出てくる』
「………なら、六時間だ。代わりに部隊を百メートル後退させよう」
コーネリアのその発言に、ゼロは暫く考え込むように黙った。
『――時間は五時間で良い。但し、部隊は現時点から四百メートル後退して貰いたい』
「……いいだろう。その程度なら譲歩してやる」
『決まりだ』
お互いの姿が見えない中で、しかし、その二人の視線が交わったように感じられた。
『では、五時間後に』
「覚悟しておけ。我等を侮った事、必ずその命で支払わせてやる」
『肝に銘じておこう』
それを最後に、ゼロとの通信は途切れた。
「姫様、何故……ッ!」
堪らず、ギルフォードがコーネリアに詰め寄った。
「アレは危険です! 今の奴は普通ではありません! 時間を与えてしまえば何をしてくるか……!」
「だろうな。だが、だからといって退くわけにはいくまい?」
更に言い募ろうとするギルフォードの口を、獰猛な笑みを作ることでコーネリアは封じた。
「ゼロの提案は、もはや果たし合いを望んでいるのと同義だ。決戦の場を望み、我等に挑戦状を叩きつけてきたのだ。ならば、私に退くことは許されない。敵に臆して、戦うことから逃げることなど出来ようはずがない」
くくっ、とコーネリアの喉が鳴る。
恐らく、こちらの性格も織り込み済みだったのだろう。
本当にゼロがこちらと矛を交えるつもりでいるか分からないが、戦うことを望まれれば、コーネリアは応じずにはいられない。だから、あの男は今回の交渉を、あくまで『決戦』のための交渉とすることで、コーネリアから最大限の猶予を引き出したのだ。
まったく、よく理解していると感心せざるを得なかった。
腹立たしいが、どうやら弁舌では相手の方が一枚上手らしい。
(だが、戦いに関しては別だぞ)
気持ちを切り替え、コーネリアは声を張り上げた。
「これより五時間以内に部隊を増強し、黒の騎士団との決戦に備える! 待機中のグラストンナイツを呼び寄せろ! シズオカ、ナゴヤにも増援を出すように通達せよ!」
矢継ぎ早に出される命令に、司令部内が慌ただしく動き始める。
「確かに奴に油断は出来ぬ。だが、私は、…我等は敗けん。そうだな? 我が騎士ギルフォードよ」
その確信と信頼に満ちた言葉に、ギルフォードの中にあった迷いも消える。
「イエス、ユアハイネス」
それに満足げに頷くと、コーネリアもまた決戦に向けて動き出した。
次々に命令を出しながら、きびきびと動き回る中で、コーネリアは脳裏に忌々しい仮面を思い浮かべた。
(油断も慢心もない。ゼロよ、貴様が何を企もうが、我等の全力を持って必ず叩き潰してくれる……!)
(そう思っているのなら、こちらの思惑通りだ。コーネリア)
通信を終えた機器に、これから敵対する姉の姿を見ながらルルーシュは口の端を釣り上げた。
現状、ルルーシュにとって一番困ることは動きがないことだ。
どんな優秀な打ち手だろうと、ゲーム自体が進行しなくなれば手の打ちようがない。
だが、どのような苦境でも、物事が動き、流れが出来れば幾らでもやりようはある。そのための時間も確保した。
(しかし、コーネリア、か……)
最後には世界すら敵に回し戦ったルルーシュが、一番多く戦火を交えたのは、おそらくこのコーネリアだ。
最終的に勝敗が着かずに終わった事と、『前回』辛酸を舐めさせられた事から、サイタマではつい、
そして、今回。まるであつらえたかのように、そんなコーネリアとの雌雄を決する場が設けられた。
(因縁か? まあ、いい。肩慣らしには丁度良い相手だ)
問題は、と思いながらルルーシュは振り返った。
その視界に沢山の顔が入った。
今、この部屋にいるのは黒の騎士団の幹部及びキョウト六家の面々。――そして、入口の側にいるC.C.だけだ。
懐かしいと思える顔はほとんど無かった。
恐怖、猜疑、困惑。およそ、友好的とは言えない表情をその顔に浮かべて、皆一様にルルーシュを見ていた。
とはいえ、そんなのは今に始まったことではないのでルルーシュは特に気にする素振りも見せず、涼しい顔で立っている。
「さて………」
通信機が置いてあった机にもたれ掛かるように身体を預け、腕を組みながらルルーシュが口を開いた。
普段は仮面に隠されていた強い意思を携えた瞳に見つめられ、何人かが居心地悪そうに居住まいを正した。
「五分だ」
「――は?」
誰かが間の抜けた声を上げた。
一体これからどんな話が飛び出してくるのかと身構えていた一同は、その予想外の一言にどう反応していいか分からない表情をする。
「時間を確保したはいいが、余裕があるとは言えない。だから、五分だけ質問する時間をやる。その間に自分達を納得させてみろ」
納得させてみる、ではなく納得させてみろ。
不遜とも言える物言いに、やはり食って掛かる人物がいた。
「い、いきなり出てきたと思えば、何様だ!? このガキ! 大体、お前、ホントにゼロかよ!? 死んだって聞いたぞ、俺は!」
大きな声を上げて、玉城ががなり立てた。
撒き散らすかのように、玉城はルルーシュに詰め寄るが、当のルルーシュはどこ吹く風と言わんばかりに涼しい態度を崩さない。
「無意味な質問だな」
「あ? どういう意味だよ」
「誰もゼロの素顔を知らなかった以上、幾らでも言い訳は効くということだ。別人、影武者、あるいは後継者。何とでも言える」
だから、とルルーシュが続ける。
「今、ここでお前達が確認すべきは、私がゼロだったのか、ではなく、今ここにいる私がゼロ足りうるか、ではないのか?」
鋭い眼光が玉城を射抜いた。
責め立てていたはずが、逆に言い負かされた玉城は、その視線にたじろぎ後ろに下がった。
「なら――」
そんな玉城に代わり、今度は扇が一歩前に進み出た。
「なら、君がゼロだったとして……、教えてくれ、君は一体何者なんだ?」
組織のナンバー2としての責任からか、扇が皆の気持ちを代弁するかのようにその疑問を口にした。
「――――――」
それにルルーシュはすぐには答えなかった。
戸惑いや不安を隠せずにいながら、しかし、ルルーシュから顔を背けない扇の顔を見て、そして、部屋にいる全員の顔をゆっくりと見回した後、目を閉じて―――
「―――ルルーシュ」
かつてにおいて、自らの口から言えなかったその名を口にした。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「ルルーシュ、ヴィ……、ブリタニア!?」
「ブリタニアって、……つまり、皇族ってことかよ!?」
「どういう事だよ!? ゼロが皇族って、……いや、なら、俺達はブリタニアの皇族に言いように使われていたってことか!?」
動揺が部屋の中に広がり、直ぐにそれは悪意に変わろうとし始める。
それを押し止めるように、扇が驚きの声を上げた。
「ま、待ってくれ! つまり、ゼロ、君はブリタニアの皇族だと言うのか?」
「正確には、元、皇族だ」
熱を帯び始めた部屋の空気とは裏腹に、ルルーシュの声は水のように冷たかった。
「かつての私の肩書きは、神聖ブリタニア帝国第11皇子第17皇位継承者。八年前、父帝と祖国に捨てられた元皇子だ」
「捨てられ、た……?」
その言葉の意味を確かめるかのように、たどたどしくカレンがルルーシュの言葉を繰り返した。
「そうか。あの時の……」
その理由を答えようとルルーシュはしたが、それより早く呟かれるように漏れた声に皆の視線がそちらに集まった。
「知っているんですか? 藤堂さん。ゼロの事……」
朝比奈の問いに藤堂が頷く。
「知っている者もいるだろう。八年前、戦争が始まる少し前に、ブリタニアから幼い皇族の兄妹が留学してきたことを。その兄が彼だ」
それに思い当たる者もいたのか、何人かがそう言えば、という顔をした。大して大きなニュースとして放送された訳ではなかったし、その後の壮絶な出来事から、ほとんどの人間の記憶には残ってはいなかった。
だが、当時顔見せ程度だが、直接会っていた藤堂は合点がいったという風に桐原の方へ顔を向けた。
「キョウトが何故、簡単にゼロを信じたのか疑問に思っていたが、…成程、桐原公であれば、彼の正体を知っていても不思議ではない」
魔女以外で、ただ一人その仮面の下の素顔を知っていた老人がニタリ、と悪どい笑みを作った。その老人から再びルルーシュに視線を戻すと、藤堂は問いかけた。
「ならば、ゼロ。君が戦う理由はやはり、復讐か……?」
その問いかけに、ルルーシュは表情を少しも変えることなく、ゆっくりと首を横に振る。
「確かに、それも理由の一つだったが、今となってはどうでもいいことだ」
「どうでもいい? それは復讐を果たしたということか? それとも―――」
諦めたのか、と視線で問いかけてくる藤堂に、ルルーシュは億劫そうに深い息を吐いた。
「どちらでもない。単純に復讐するに値しないと分かっただけだ。虫に刺されたからといって、虫に復讐しようなんて考える奴は、ただの馬鹿だろう?」
許すことはない。怒りもある。だが、だからと言って態々相手にしようとも思わない。
ルルーシュにとって、父母の存在は、もう、その程度のものでしかなかった。
「じゃあ――」
そのやり取りを黙って聞いていたカレンの固い声が部屋に響いた。
「答えて、ゼロ。貴方は一体何の為に戦っているの? ……何を望んで、貴方はゼロとして立ち上がったの?」
少しの嘘も見逃さないと言わんばかりの視線がルルーシュに突き刺る。
他の皆も、それを知りたいのか。
小言の一つも口にすることなく、黙ってルルーシュの言葉を待っている。
再び、しん、と部屋が静まり返る。
張り詰めた緊張に、誰かが生唾を飲む音が聞こえた。
その静寂の中、僅かにも逸らさないカレンの目を見つめ返して、ルルーシュは答えた。
「――――世界が欲しい」
誰もが目を丸くし、驚きに声も出なかった。
まさかゼロの口から、そんな発言が飛び出すとは誰も思わなかったからだ。
当たり前だ。無知な子供でもあるまいし、世界というものを少しでも理解していれば、それがどれだけ荒唐無稽な発言か分かろうものだ。それこそ、大国の王でもなければ、嘲笑と侮蔑の的になることだろう。
だが、皆、驚きこそすれ、誰もその発言を笑うことはしなかった。
それは、きっと、ルルーシュの口から出たその言葉が、とても透明だったからだろう。
欲に塗れた言葉ではない。
理想という熱に浮かれた言葉でもない。
その凡百な言葉の裏にある隠し切れない
「カレン、君は今のこの世界をどう思う?」
「え? あ……」
他と同様に、ルルーシュの言葉に気圧されて固まっていたカレンは、咄嗟に答えることが出来ず、口ごもってしまう。
「壊したいと思ったことはないか?」
「壊す……?」
「私は、――――ある」
ぞわり、と肌が粟立つのを感じた。怒りにも似たその言葉と、一層研ぎ澄まされたルルーシュの気配に金縛りにあったように身体が動かなくなる。
「人は平等ではない。強き者こそ正しい、と誰かが言った」
弱肉強食。強き者が生き残り、弱き者は淘汰されていく。
生命の始まりより連綿と続く、原初のルール。
ルルーシュも、それを否定することは出来ない。
どれだけ言い繕うとも、物事には必ず優劣が生まれる。
より優れた者が、より強き者が勝つ。
それは確かに、この世界の理の一つだろう。
だが―――
「それが全てなのは、獣の世界だけだ」
原初のルールと言うことは、最も古いということ。
人が人たりえる前から存在したもの。
即ち、理性の光が宿らない、純粋な本能によるものだということだ。
「いつから、人は猿に戻った? いつから、この世界は豚の飼育場になったというんだ?」
その理を都合良く解釈した一部の人間が、あらゆるものを貪り食い、肥えたぎった豚になる。
弱き者は、ただ俯き、他者を僻みながら、自分が巻き込まれないようにと卑屈に生きる。
「お前達は満足か? 自分が、愛する者が、これから生まれてくる生命の生きる世界が、そんな世界で」
そう問いかけた自身の言葉に、ルルーシュはかぶりを振る。
「私はごめんだ」
人はそんなものではない、とルルーシュは続けた。
人の本質は、人の想いは、決してそんなちっぽけなものではないと。
簡単なことのようで、とても難しい。でも、それでも必ず、そんな『明日』が来ることをルルーシュは信じた。
命を費やす程に……
「人が人に優しく在れる世界。そんな世界が欲しい。それが私の、戦う理由だ」
言葉もなかった。
初めて語られたゼロの、ありのままの想いに誰しもが言葉を失っていた。
気高い想いだった。
この世界に不満を抱く者は多いだろう。理不尽だと呪う者もいるだろう。
だが、大抵の者はそれを口にするだけで終わる。本気で世界に抗おうなどと誰も考えない。
だが、ゼロは違った。
本気で世界に憤りを感じ、変えようと立ち上がったのだ。
それは素晴らしく、そして、尊い想いだろう。
だが、それに理解を示せるかは話が別だ。
ざわめきが少しずつ部屋を満たしていく。
その口を突いて出るのは、やはり困惑だ。
仕方がないことだった。何しろ、スケールが違いすぎるのだ。
自分達の現状に不満を持ち、何とかそれを変えようとしている黒の騎士団と、世界を憂い、その在り方を変えようとしているゼロとでは、見ているものの視点が違いすぎた。
ここにいるほとんどの人間が、その壮大な思想に感銘は受けても、共感することは出来なかった。
ルルーシュとて、それは分かっていた。元より理解されたくて話した訳ではない。これより先、進むべき道を選ばせるために質問に答えたまでだった。
「時間だ。答えを聞こう」
約束の時間になったのを見てとったルルーシュが幹部達の戸惑いを無視して、そう告げた。
「選べ。私をゼロとし、もう一度私と共に戦うか、それとも、否かを―――――」
部屋が三度、静まった。
答えを求めるゼロに、誰も口を開かない。
ゼロの正体は分かった。その戦う理由も知った。
だが、逆にゼロという人物が分からなくなってしまった。
信じられるのか、どうか。ゼロという人間を計りきるには彼等には多くのものが不足していた。
「ゼロ、…その、俺達は、君を信じてもいいのだろうか?」
それ故に扇がルルーシュに答えを求めるが、返ってきた言葉は無情だった。
「誰かに答えを求めるな。自分の命の使い方を、その生き死にくらい自らの意思で選べ。その目で、その耳で、何に命を懸けるのか、自分で選ばなければ、いずれ後悔することになる」
その突き放した物言いに、部屋の空気が否定的な方へ流れ始めた。
「ゼロ様」
その流れを変えるかのように、鈴が鳴るような声が部屋に響いた。
「何でしょう? 皇神楽耶様」
名前を呼ばれ、神楽耶が前に進み出てくる。先程、ルルーシュの想いを聞いた後も戸惑いを見せなかった数少ない人物であり、その時からずっとその頬が朱に染まっている。
しずしずと、神楽耶はルルーシュの目の前まで歩み出てくると、とてもにこやかな笑顔を浮かべた。
「ゼロ様。先程のご高説、私、とても感動いたしました。ですが、力なき理想など百害あって一利なし。ですので、どうかお答え下さい、ゼロ様。貴方はこの窮地をどう脱するというのですか? この強大な嵐を前にした我等に勝利を授けることが出来ると仰ることが出来ますか?」
「窮地? いいえ、間違っておりますよ、神楽耶様」
神楽耶の笑顔に応えるように、ルルーシュもその顔に愉しげな笑みを浮かべる。
「これは窮地ではありません。またとないチャンスです」
「チャンス?」
「ええ、いくら強大な嵐でも風が止むところはありましょう。………では、そうですね。一つ宣言しましょう」
ふっ、と微笑を湛えた自信溢れる表情に至近距離で見つめられ、神楽耶はふるり、と身体を震わせた。
「もし、黒の騎士団が、貴女方が今一度、私と共に戦うことを選べば―――」
言い切る前にルルーシュは腰掛けていた机から離れると、ぐるりと周り、その後ろの壁に掲げられていた二つの旗のうちの一つを強引に剥ぎ取った。
白地に赤い丸の旗が、バサリと翻った。
「――夜明けの頃、この旗がこの国の首都にはためく光景をご覧に入れて差し上げましょう」
ああ――、と神楽耶は熱いため息を吐いた。
何て甘美な囁きなのだろう。
何て甘い誘惑なのだろう。
力ある言葉とは、こんなにも人の心を惹き付けてしまうのか、と神楽耶は思った。
ぽー、と熱に浮かされたように神楽耶はルルーシュを見つめたまま動かない。
ルルーシュも神楽耶を見たまま、目を逸らさずにいる。
その姿が、その瞳が、先程の言が偽りではないと神楽耶に訴えかけてきていた。
(これが、王、というものなのでしょうか?)
そんな自身の感想に一つ、笑い声を上げると神楽耶は深く頷いた。
「分かりました。キョウト六家を代表して、私、皇神楽耶がゼロ様への協力を約束致しましょう」
「神楽耶!?」
「何を勝手に! 家柄だけの女子が!」
「では、何とする!!」
勝手に話を進めた神楽耶を糾弾しようと、桐原以外の六家の代表が声を荒げるが、それらを切り裂く鋭い声が神楽耶の口を突いて出た。
「ここで抗わねば、もはや日本に明日はない! これから先をブリタニアの奴隷として生きていくことになるのだぞ! それすらも分からんと言うのか!?」
「それは……っ、だが、しかし……」
「むぅ………!」
小さな女子と侮っていた六家の面々は、その姿からは想像できないほどの覇気に当てられ、押し黙ってしまう。
「…うむ、ここは神楽耶が正しかろう」
「桐原……」
「お主まで……」
「神楽耶の言う通り、ブリタニアはもう我々に容赦はせんだろう。どれだけ擦り寄ろうと骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうだけじゃ。ならば、少しでも出目の良い方に賭けるのが賢い選択じゃろうて」
にやり、と笑う桐原にルルーシュも同じような笑みを返す。
そのやり取りを見ていた他の六家達も不承不承といった感じではあるが、一人、また一人とルルーシュへの協力を承諾していくのだった。
「さて、お前達はどうする?」
この期に及んで、まだ答えを出せず悩み続ける黒の騎士団のメンバーにルルーシュが答えを促す。
だが、それでも誰も答えない。しかし、口を開く者はあった。
「ゼロ、……ううん、ルルーシュ。もう一つだけ答えて」
「質問の時間は終わっただろう、まったく――」
若干渋る素振りを見せるも、そこに拒絶の意がないことを感じ取ったカレンは強気な口調でルルーシュに問いを投げた。
「教えて、ルルーシュ。貴方は、この国を、――日本をどう思っているの?」
それにルルーシュは僅かに目を見開いたが、直ぐに冷ややかな表情に戻る。
「――別に何も。目も足も不自由な年端もいかない少女を土蔵に押し込めるような人間がトップの国だぞ。どう考えても好意的な印象など持つことは出来はしない」
「それは――…、そうね。その通りだわ」
「だが――」
ルルーシュの言葉に沈んだ表情を見せ始めたカレンから顔を少し背けて、ルルーシュは言葉を重ねた。
「―――いいと思った」
「え?」
「それでも、この国で死んでもいいと思った」
例え、二度と祖国の土が踏めなくても。
この異国の地に葬られることになろうとも。
悔いはない。――そう思った。
この国に思い入れなんてない。でも、そう思わせる出会いはあった。
そう、思わせてくれた友がいた――――。
「そう………」
それに驚いた表情を見せていたカレンは、暫し居心地悪そうに顔を背けたルルーシュの横顔をじっと見つめていたが、不意に表情を和らげた。
「少しだけだけど、何となく貴方の事が分かった気がするわ」
「ふん」
不機嫌そうに鼻を鳴らすルルーシュに、声を出してひとしきり笑うと、晴れやかな表情でカレンは告げた。
「決めました。零番隊隊長紅月カレンは貴方と共に戦います、ゼロ」
「おい、カレン!?」
「いいのかよ!?」
「うん、もう決めたから。それにお兄ちゃんも、きっと同じ選択をしたと思うし」
そう答える少女の顔に迷いはなく、いつもの溌剌とした表情がその顔に戻っていた。
「なら、私も一緒ねぇ」
「ラクシャータさん?」
「アンタがいないと紅蓮は動かせないしぃ? それにちょっと驚いたけど、やっぱりゼロは面白そうな奴みたいだし。付き合ってあげるわよぉ?」
「ありがとうございます!」
バッ、と勢いよく頭を下げたカレンにラクシャータは苦笑する。
「それで? アンタはどうする気? ディートハルト」
「愚問ですね」
煙管を振りながら訊ねてきたラクシャータに、ディートハルトは即答する。
「私はやはり正しかった。ゼロこそ、時代の先駆け。新たなる世界の体現者。先程の話を聞いて実感しました。時代は必ずここから変わる――――ッ!」
興奮冷めやらぬ、といった表情でディートハルトはルルーシュを見つめ続けている。
この男もまた、神楽耶同様、ルルーシュの言葉に魅入られていた。
「――私も共に戦おう」
そんな彼等に続くように、藤堂が声を上げる。
「藤堂さん!?」
「いいんですか!? こんな訳の分からない奴と――」
「確かに全面的に信頼するのは少しばかり難しい。だが、私は何としても日本を取り戻したい。それが出来なければ、国を想い散っていった片瀬少将や他の皆に合わせる顔がない………ッ」
重苦しく思いを吐き出しながら、藤堂はルルーシュに強い視線を向けた。
「ゼロ………、君が何者であっても構わない。日本を取り戻せるというのなら、悪魔であってもその手を取ろう」
そう決意を示した藤堂に卜部と仙波が追随する。
「まあ、確かに怪しいと言えば怪しいが……」
「うむ。その力量は本物だ」
卜部と仙波が藤堂に同調するが、未だ納得のいかない朝比奈と千葉は答えを出すことを渋っていた。
「朝比奈、千葉。納得がいかないならお前達は―――」
「いいえ、お供します! 藤堂さん!」
見かねた藤堂が声を掛けるが言い切る前に、千葉が慌てたようにそう口にする。
「僕も。……正直ゼロのことは、正体を知った今でも信用出来ませんが、藤堂さんのいる場所が僕の居場所ですからね。一緒に戦いますよ」
「……感謝する」
頭を下げた藤堂に、千葉が慌てた様子を見せ、そんな彼女を朝比奈がフォローしている。
そんな光景を黙って見ていたルルーシュは、静かに視線を動かすと、まだ答えを出していない者達に視線を戻した。
即ち、扇グループのメンバーに。
「扇……」
他の面々が決意を示したために、肩身が狭くなったのか、玉城が扇に声を掛けた。
カレン以外の扇グループのメンバーは、扇に選択を託したのか、口を開かず心配そうに扇を見ている。
それらの視線を受け、ゼロや他の皆の視線を一身に浴びて、険しい表情を見せていた扇だったが、ついに意を決したように口を開いた。
「ゼロ、俺は君を信じきることは出来ない」
「扇さん!?」
「信じたいとは思う! でも、君の考えや想いは、俺なんかじゃ及びもつかないくらいに大きくて、だから、君が何を考えているのか分からなくて不安を感じてしまう」
「――そうか」
「でも!」
ゼロの考えや想いは、確かに分からない。
でも、と扇は思う。
でも、その口にした言葉が本当か、その想いに込められた熱が本物かどうか。
それまで、分からない訳じゃない―――。
「君の覚悟や、それに懸ける想いは紛れもなく確かなものだと俺は感じた。だから、ゼロ。俺は君に賭ける」
世界を変える、と彼は言った。
今のこの世界の在り方は間違っていると。
強き者が蹂躙し、弱き者がただ虐げられることを否、と彼は言った。
なら、見ているものの高さは違うかもしれない。
でも、見ている方向は、きっと同じなはずだから。
だから――――。
「頼む、ゼロ。俺達を、日本を終わらせないでくれ…………!」
頭を下げて扇がルルーシュにそう懇願した。
願いが届けられる。
ここにいる者達だけの願いではない。
この地に根付いていた全ての人達の願いが。
か細く、すぐに溶けて消えてしまう小さな声が届けられる。
本来なら、それは誰の耳にも届かず、ただ消えていく雪のようなものだ。
しかし、かつて魔王はそんな声を拾い上げた。
『明日』を求める世界中の声なき声に応えた。
故に―――。
「―――いいだろう。聞き届けよう、その願い」
国と、その名を奪われた者達の願いもまた、確かに拾い上げられた。
「――以上が、作戦の概要になる。質問は?」
全員が今一度、ゼロと共に戦うことを宣言すると、ルルーシュは時間がないと言わんばかりに慌ただしく作戦内容の説明に入った。
事実、時間に余裕があるわけというわけではない。ルルーシュがコーネリアからもぎ取った五時間という時間は、ルルーシュが作戦を展開するにあたって計算したギリギリのラインなのだ。
それ以上時間を費やせば、策を看破される可能性があるし、その後の作戦行動にも支障をきたす。
だから、限りある時間をルルーシュは出来るだけ有効に使いたいのだが、やはり人というのは儘ならなかった。
「あの、その、……ルル、じゃなかったゼロ」
「何だ?」
おずおずと手を挙げて質問しようとするカレンにルルーシュの鋭い視線が突き刺さる。
「いえ! その、何というか今回の作戦って――」
「子供騙しだな」
言い淀むカレンに先んじて、ルルーシュがそう答えた。
「だが、子供騙しとはいえ騙しは騙しだ。その一瞬の乱れを見逃さなければ、勝機は十二分にある。――いや、例え僅かしかなくても、必ず私が勝機に変えてみせる」
それに納得したのか、カレンが頷き、手を下ろした。
真剣な顔をしているが、内心で出来れば仮面を被って言って欲しかったとか思っていることに、勿論ルルーシュは気づかない。
「他に質問は?」
一同を見渡しながら、ルルーシュがそう聞くが誰の口も開かれなかった。
「よし、では準備にかかる。藤堂は具体的な戦術を詰めておいてくれ。ラクシャータはナイトメアの修理を。カレンはそれに付き合った後、作戦開始時間まで出来る限り身体を休めておけ。桐原公、必要なデータの提出をお願いする。扇は先程リストアップした組織に連絡を取り協力を取り付けろ。ディートハルトは全体の調整を頼む」
次々と幹部達に指示を出すと、最後にルルーシュはもう一度、全員を見てから鋭い声で注意を促す。
「ここから先は、もう足を止めていられる時間はない。一分一秒の遅れが敗北に繋がると思え」
ピリ、とする緊張感を漂わせてそう言うルルーシュに、皆が息を呑みながら神妙に頷いた。
それを確認した後、ルルーシュも頷き、作戦開始の号令を下した。
「一気に駆け抜けるぞ、―――この国の夜明けまで」
「ディートハルト、私は一度下がる。何かあれば連絡しろ」
「分かりました」
一同が忙しくなく動き出したのを確認すると、ルルーシュはそう言って、部屋を後にした。
固い廊下を踏みつけるブーツの音がコツコツと聞こえる。―――二人分。
コーネリア、黒の騎士団、とクリアした今、残る最大の問題がルルーシュのすぐ後ろに付いてきていた。
……正直、少し気が重い。
こちらにも理由があるとはいえ、C.C.が自分を想い、色々と頑張ってくれていたのを知ったうえで、ルルーシュは自己の意識を深く沈めていたのだ。
彼女の性格からして、面倒な事になるのは避けられない。
しかし、だからといって、避けられる問題でもない。
素直に認めるのは癪だが、彼女を想うが故にルルーシュは現実世界に戻ってきたようなものなのだから。
適当な空き部屋に入り、C.C.も後から入ってきたのを確認すると念の為、鍵をかける。
そのまま、どう切り出すか、と考えながら振り返ったルルーシュの身体を衝撃が襲った。
柔らかい身体の感触と、懐かしい少女の香りがルルーシュの身体に勢いよく抱き付いてきた。
咄嗟だったことと、かなりの勢いで飛び付いてきた少女の身体をルルーシュは受け止めきれず、強かに扉に身体をぶつけてしまう。
ぐっ、という苦しげな声がルルーシュの口から漏れた。
「ッ、おい! 何を―――」
「本当に――」
思わず文句を言おうとするルルーシュだったが、それを遮るようにC.C.の震える声が耳朶を打った。
「本当に、ルルーシュなのか? 私の―――」
声も身体も震わせ、ルルーシュにしがみつくように抱き付きながらC.C.がそう言う。
それにどう答えるか。
少し考えたルルーシュは少女の髪を掻き分けると、あらわになった耳元で優しく囁いた。
「―――――」
「ぁ―――…」
ピクン、とC.C.の肩が跳ねる。
相変わらずだった。相変わらず、発音は怪しいし、素直さと労りも足りない。
でも、優しさと温かさは何よりも増していた。
それは、名前だった。
世界でただ一人、共犯者たる魔王のみが知る魔女が魔女になる前の名前。
C.C.の本当の名。
それをルルーシュは告げてみせた。
「納得したか?」
答えはない。代わりに身体に回されたC.C.の腕の力が増した。
何度も肩を震わせ、時折嗚咽を漏らすC.C.。
てっきり罵詈雑言が飛び出してくると思っていたルルーシュは、その予想していたのとは違うC.C.の行動にどう反応していいか分からず、とりあえず彼女の背中に手を回すと、あやすようにポン、ポン、と彼女の背を叩き始めるのだった。
「落ち着いたか?」
「ああ……」
長らく、まるで全身でルルーシュを感じようとしているかのようにぴったりと密着して離れなかったC.C.だったが、ひとしきり泣き、温もりを堪能したからか、落ち着きを取り戻すとルルーシュから身体を離した。
そうして、落ち着きを取り戻し思考が回り始めると様々な疑問が浮かび上がってきた。
とりわけ一番疑問に思うことが……
「お前、どうして生きている?」
それだった。
薄々ではあるが、C.C.はルルーシュが自分と同じように時間を遡っているのではと勘づいていた。
だが、それを確かめて違っていた際、また絶望に打ちのめされることを嫌い、淡い希望に留めておくにしておいたのだ。
でも、その希望も数時間前にルルーシュの命と共に消えてしまったと思っていた。
しかし、ルルーシュは生きている。
こうして、ここにいる。
「何となく分かってはいるんだろう?」
そう言いながら、ルルーシュは自分の胸元のボタンを外し、その下に隠れていた肌をさらけ出した。
「…………」
無言のまま、C.C.はルルーシュの胸元に刻まれたそれを撫でた。
それはC.C.の額にあるのと同じ。
刻まれた人間を、人の世の理の外に置く時の異邦人たる証。――コード。
それがルルーシュの胸元にしっかりと刻まれていた。
「そんな、どうして……、いや、そもそも、これは誰のコードだ?」
この時代のC.C.のコードはC.C.がしっかりと保有している。V.V.のコードはここにはないが、遠い場所に僅かにその気配を感じる。
可能性があるのは、あの時代のV.V.からシャルルに移ったコードだが―――、
「これはアイツらのコードではないな?」
ルルーシュの胸元にあるコードからは、よく知っているコードの気配はしなかった。
ルルーシュが頷く。
「これは俺のコードだ」
「お前、の?」
ああ、とルルーシュはC.C.の手ごと自身に刻まれたコードに触れる。
「俺のギアスから、――俺自身から生み出された新しいコード、らしい」
ルルーシュから告げられた事実に、C.C.は驚き、その事実を確認するかのようにルルーシュのコードを何度も撫でる。
「……あり得るのか? そんなこと。初めて聞くぞ、新しいコードの発生なんて」
「さあな。だが、事実としてあるんだ。受け入れるしかないだろう」
しょうがない、と言う風にルルーシュが肩をすくめる。
だが、そうなると新たな疑問が浮かんでくる。
「あ、ま、待て。コードについては分かった。だが、おかしい。私とお前の契約は途切れていない。何より、お前、ギアスが………」
先程、一度は切れたと思っていたルルーシュとの契約だったが、いつの間にか、しっかりと結び直されていた。
じっ、と覗き込むようにルルーシュの瞳を見つめるC.C.。それに答えるようにルルーシュは、一度、左手で両目を覆い隠した後、ゆっくりとその手を離した。
再び現れた両目は色を変えていた。
紫紺色の瞳は消え去り、代わりに緋が宿っていた。
それは印だった。彼女がルルーシュに与えた王の力の印。
ギアス。
それがルルーシュの瞳に未だ宿っていることを認めたC.C.は呆然と呟いた。
「何故だ? 何故、コードが刻まれているのに、ギアスが…………」
「詳しくは俺にも分からん。だが、どうやら、これが敵の狙いらしい」
「敵――」
その言葉に、思い出す光景があった。
この時間に飛ばされる前、あの礼拝堂で自分のコードに干渉した謎の人物のことをC.C.は思い出した。
「いるんだな? 敵が……」
「ああ、いる。お前を使うことで、Cの世界に溶けて消えようとしていた俺の意識を繋ぎ止め、俺達をこの時間に放り込んだ
そこまで言うと、ルルーシュは顔を僅かばかり下に向けて、何かを考えているのか思案げな顔をしているC.C.に、伏せ目がちに口を開いた。
「――すまない」
「え?」
「少し、迷っていた。俺が完全に現実世界に戻ってくれば、敵は動き始める。そうなると、多くの者を巻き込み、傷付けてしまう。だから――」
「だから、――逃げるつもりだったのか?」
固く、厳しいC.C.の声に顔を上げれば、苛烈な意思を宿らせた魔女の顔がそこにあった。
「今さら、自分のせいで誰かが傷付くのが恐くなったのか? また、誰かを傷付けるくらいなら、と言い訳して、全てから目を背けて逃げ出すことが正しいとでも思ったのか?」
「それは、……いや、そうだな。その通りだ。俺はもう全てを終えた人間だ。そんな人間が、今を生きる人達の世界を乱すわけにはいかないと。死者は死者らしく大人しくしているのが正しいんじゃないかと、考えて―――」
「ふざけるな」
「C.C.?」
「ふざけるなッ! 全てを終えた? 何も終わってないじゃないかッ! 私との約束はどうした!? 笑顔をくれると、お前は私に約束した! それすらも忘れたと言うのか!?」
「それは……」
堰を切らしたように、まるで小さな子供のように、C.C.はルルーシュに喚き散らす。
「最悪だ! こんな酷い嘘は初めてだ! こんな酷い契約者はお前だけだ! 私が―――ッ! ……私、が、どんな想いで………ッ」
長い付き合いとは言えないが、それでも多くの出来事を共有しC.C.と絆を深めてきたルルーシュだったが、こんなにも感情をあらわにした少女を見るのは初めてで、思わずたじろいてしまう。
「その、……すまない」
「誰が許すか! ああっ、もう、本当に最悪だ! お前は本当に最低最悪の大嘘つきだッ!」
でも。
一番、最悪なのは。
本当の本当は、そんなことを少しも思っていない自分自身だ――――――。
ぐい、と目尻を力一杯擦り、泣きそうになるのを堪える。
これ以上、この男の前で泣くことは魔女の矜持と少女の意地が許さなかった。
「……ルルーシュ」
「ッ、――何だ?」
キッ、と睨みつけるようにルルーシュを見れば、しどろもどろになりながら、ルルーシュが答えた。
その、とても一度は世界をその手に収めた男とは思えない狼狽ぶりにC.C.の溜飲が少し下がる。
……正直なところ、とても不本意だ。
まだまだ、怒りは収まらない。言いたいことは山ほどある。
でも。悔しいが仕方がなかった。
だって。
だって、この魔王が側にいるだけで、こんなにも―――……
「許して欲しいか?」
「何?」
今の今まで、怒りを撒き散らしていたC.C.の突然の心変わりにルルーシュが怪訝そうな顔をする。
「何だ? 許して欲しくないのか?」
「……………そんなことはない。お前がいないのは、その、……………………困る」
ぶっきらぼうに顔を背けながら、ボソボソとそう呟くルルーシュに、フン、とC.C.は魔女らしく鼻を鳴らした。
「なら、誓え」
「誓え、だと?」
「そうだ。お前は契約しようが、約束しようが破る、とんでもない大嘘つきだからな。だから、誓え。お前の矜持とお前が愛する全てに懸けて」
「…………何を誓えと言うんだ?」
そこで一度、C.C.は目を伏せた。
明らかに雰囲気が変わったC.C.に釣られて、ルルーシュの表情も真剣なものになる。
数秒。閉ざされていた瞳を開いたC.C.の表情を、ルルーシュは何度か見たことがあった。
ブラックリベリオンの最期。
そして、ダモクレスに乗り込む前。アヴァロンの格納庫で言葉を交わした時。
憑き物が落ちた、あどけない少女の顔をルルーシュは、――ルルーシュだけは見たことがあった。
「私と生きろ」
その言葉に、ルルーシュは目を見張った。
「私と生きて、私を笑顔にして、そして、私と一緒に死ね。それを誓うと言うなら、私は何があろうとお前の側を離れず、お前と共に歩み、お前が創る『明日』を、お前の隣で見よう」
「C.C.…………」
驚きに暫し固まるルルーシュ。
C.C.は、そんなルルーシュから目を逸らさず、真剣な表情のまま、じっと答えを待っている。
「つまり、それは、これから先、ずっとお前に付き合わなければならないと言うことか?」
「何を言っている。逆だ。私がお前に付き合ってやるんだ」
「どちらにしろ、最悪だ……」
はあ、とため息を吐きながら、ルルーシュはそう言う。
「だが、――――悪くない」
くしゃり、と髪を掻き上げたルルーシュの顔に笑みが浮かんだ。魔女と並び立つ魔王の不敵な笑みが。
「いいだろう、誓おう。我が矜持と、愛する者、全てに懸けて」
そう言って、ルルーシュは手をC.C.に差し出す。
一瞬、それが何を示すか分からなかったC.C.だったが、すぐに思い至る。
かつての時と同じ。ルルーシュからC.C.に契約を持ちかけた時と同じことをしようと言っているのだろう。
「―――――」
その手を見て、ルルーシュの顔を見て、もう一度、手に視線を戻して………。
にやり、と悪ふざけを思い付いた顔をしたC.C.は手を差し出すとルルーシュの手を取ろうとして、――――するり、とそれを通り抜けてルルーシュの首筋に抱き付いた。
「お、――――ッ」
「ん………………」
二つの影が完全に重なった。
一秒、二秒、――――――十秒。
少し長めの口づけを交わし、影が再び二つに分かれる。
「お前な―――」
「誓い、と言ったら、キスが相場だろう?」
文句を言おうとするルルーシュだったが、その楽しそうな笑みに口を閉ざした。
「……何処へでも付いていってやる。だから、もう置いていくなよ………?」
答えはない。
代わりに、目を伏せた男の首が縦に動いた。
一度だけ。
だが、深く。はっきりと。
それに溢れんばかりの笑顔を浮かべて。
魔女はもう一度、魔王に口づけを贈った。
そして、
始まる。
これは鎮魂歌の先。
魔女だけが知る魔王の旅路の物語。
いや――――
「………………」
自らの唇を指先で、そっ、と撫でながらC.C.は視線をルルーシュの背中に向けた。
そんな少女の視線に気付いているのか、いないのか。
ルルーシュは、先程連絡を寄越してきた部下に、あれこれと指示を出している。
分かってはいたが、腹立たしい。
どうやら、本当にルルーシュは、先程のキスを誓いの為のキス、つまり儀式みたいなものと思っているらしい。
勿論、朴念仁で鈍感なルルーシュが、そういう反応をするであろうことは察しがついていたし、C.C.としても、こう、確かな想いを込めて、口づけをしたというわけではない。
ない、が………
(やはり、腹が立つな)
こう、あからさまに何も感じていないという態度を取られると、それはそれで面白くなかった。
「ああ、それでいい。では、頼む。―――何だ? その顔は?」
指示を出し終えたルルーシュが通話を終え、振り返ると、じと、とした目で自分を見る魔女の姿が目に入った。
「別に…………」
むっつりとした表情でそっぽを向いたC.C.にルルーシュは眉を寄せる。
やはり、よく分かっていなかった。
(まあ、いいか)
呆れたように、というか呆れてため息を吐くC.C.。
その態度が気に入らなかったのか、ルルーシュが不機嫌そうな表情を見せた。
「何なんだ? 一体」
「別に何でもない。だが、まあ、覚悟はしておけ」
「? 何をだ?」
「決まっている」
いつも以上に魔女らしい笑顔で、C.C.は宣言する。
「魔女を本気にさせたことを、だ」
『明日』を望み、魔王と共に歩み出した魔女は、もう、語り部にはならない。
だから、これは二人の物語。
永遠を生きる、魔王と魔女の――――――
というわけで、序章『Re:』編は前回で終わり、今回から本編『PLAY:』編になります。
ここから、タグやあらすじにあるように、ルルCだったり、ルル無双だったり、あの人やあの人やこの人に厳しい展開もあったりしてくるので、苦手な方はご注意を。
次回の投稿ですが、色々あって少し空きます。
楽しみにしている方がいらっしゃれば、申し訳ないですが、暫しお待ちを。
とりあえず、毎日ちまちま書いているのでまだ、失踪はしませんとだけ。