コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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(どうやら、正しかったみたいだな)

 鋭く目付きでマオを見据えながら、C.C.は内心で安堵の息を吐いた。

 

 過去に戻る。もう一度やり直す。

 それは、大抵において喜ばしいことに思えるだろう。

 C.C.もそれに否、と答えるつもりはない。事実、彼女は今与えられた機会を最大限に活かそうと動いているのだから。

 しかし、実際に過去に戻った身の上として言わせてもらうなら、何もかもが素晴らしいと言うわけではない。

 越えてきたもの。越えなくてはならないもの。

 それらにもう一度向かい合わなくてはならないのだから。

 そして、C.C.にとってのそれは、今、正に目の前にいる人物に他ならなかった。

 

 色々と齟齬の出始めている過去の時間であるが、マオが自分を求めてやって来ることをC.C.は疑ってなかった。

 だからこそ、『前回』のようにマオがルルーシュに接触し、色々と事を起こす前に捉えようとC.C.はシャーリーの動向を監視していたのだ。

 以前のように、またシャーリーを言葉巧みに誘導してルルーシュを排除するのに利用しようとするのか、少々不安なC.C.であったが、ふと、かつてのルルーシュの言葉を思い出した。

 曰くマオは心が読めるが故に単純で読みやすいと。

 ならば、ルルーシュの周りで心が弱り、利用しやすいシャーリーに接触してくる可能性は十分に高いと踏み、彼女の周りに目を光らせていた。

 結果、マオは予想通りにシャーリーに近づき、前は中々捕まえられなかったマオに早々に接触することにC.C.は成功したのだった。

 

「C.C.? …C.C.! 会いたかったよ! 僕のC.C.!」

 いきなり現れたC.C.に最初こそ呆けた顔をしていたマオだが、すぐにその顔は喜色に染まった。

 今の今までその心を弄ぼうとしていた少女のことなど、まるで最初からいないかのように忘れて、C.C.の名前を嬉しそうに呼ぶ。

 完全に他者に甘え、依存した声。

 まるで大好きなご馳走を前にしたかのようにはしゃぐその姿にC.C.は己が罪を感じずにはいられない。

 目の前の人物をここまで壊してしまったのは、他ならない自分だと自らに言い聞かせる。

 だけど、逃げてはならない。目を背けてはならない。

 例え、その結末がどのようなものであっても。

 今度こそ最後まで向き合い続けねばならないと、C.C.は自分自身を戒めた。

 

「久しぶりだな、マオ」

「うん、うんうん! ああっ、会いたかったよ、C.C.! 僕ね、C.C.がいなくなってから頑張ったんだよ! ルルーシュのことからC.C.がいるって分かったから、山から下りてきてね! もう、どいつもこいつもぐちゃぐちゃで気持ち悪かったけれどC.C.に会うために頑張ったんだ!」

 一方的な愛が振り翳される。それは誰に対しての愛なのか。

 誉めてほしい、自分を見て欲しいと望み続けるそこに他者への情愛を見ることは出来ない。

 そんなマオをC.C.は一切の感情を排した表情で見ている。

 情も非情も、そこにはない。先程までの鋭い目付きすら消えていた。

 完璧に魔女のヴェールを纏いC.C.はマオに対峙していた。

 そして、そんなC.C.の様子にマオは気付かない。いや、そもそも、見ているのだろうか。

「あのね! 僕ね、家を買ったんだ! 真っ白い――」

「それ以上、近付くな」

 興奮した口調でC.C.に歩み寄ろうとするマオを冷たい一言が阻む。

「C.C.? どうしたの? ねえ、はやく僕と――」

 阻まれて、なおもC.C.に近づこうとしたマオの足が再度止まる。

 地面に穿たれた弾痕によって。

 そして、それを為した銃を持ったC.C.によって。

「C.C.?」

「マオ…、お前の目的は分かっている。だから、結論だけ述べよう」

 ようやく少しだけ困惑を表したマオにC.C.は静かな口調で告げる。

「私はお前と共に行かない。お前と共に生きることは出来ない。お前と結んだ契約はもはや叶わず、故に共にいる理由もない」

「C.C.? 何を怒ってるの? どうしてそんな酷いこと言うのさ?」

「恨んでも憎んでも構わない。それだけの事をしたのだから、甘んじて受けよう。だが、慈悲は乞うな。それに応えることは、…ない」

 その表情に僅かな揺らぎも見せず、C.C.は傲慢にマオを切り捨てる。

「大人しく一人で山に戻れ。そして、もう、私に関わるな。そうすれば、最低限、お前が人として生きていけるように努めよう」

 可能性の一つとして。

 かつて、ルルーシュが皇帝のギアスにより、記憶ごと暴走状態にあった自身のギアスを封じられたことがあった。

 ならば、ルルーシュの絶対遵守のギアスにも同じことが出来るのではないか、とC.C.は考える。

 『達成人』に至り、神をも御した彼のギアスならば。

 もちろん、それだけでここまで歪んでしまったマオが、人間社会にすぐに溶け込めるとは思っていない。

 だが、取っ掛かりにはなるはずだ。

 読心により、心を病むことがなくなり、ギアスの汚染が消えれば。

 元来は優しく思いやりのある子だということを、誰よりもC.C.は知っているのだから。

「他の人なんて知らないよ! 欲しくもない! 僕はC.C.さえいればいいんだ!」

「マオ」

 C.C.が静かにマオの名を呼ぶ。しかし、今度は冷たい響きではない。

 かつてのような優しさを僅かに滲ませて、言い聞かせるように。

「頼む。もはや、私と共にいてもお前のためにはならない。許してくれとは言わない。だが、少しでも私を思うなら、そして、自分自身のことを思うなら、このまま――」

 帰ってくれ。

 その言葉を飲み込んだのは、優しさか、それとも弱さか。

「――――」

 マオは何も言わない。

 言われた意味を分かっているのだろうか。キョトンとした顔をしているだけだ。

 C.C.も、何も言わない。後はもう願うばかりだ。

 出来ることなら、これで終わって欲しいと。

 だが。

「ああ、そっか!」

 それが叶わない願いだと、きっと分かってもいた。

「僕が怒ってると思ったんだね! だから、僕の気を惹くために心にもないことを言ってるんだ! それとも、いきなり僕が現れたから照れてるのかな? C.C.は奥ゆかしいからね!」

 

 失望はしない。落胆もしない。

 

 こうなるだろうとは思っていた。それでも、微かな希望に賭けて、願った。

 そう。最初から分かりきっていた。

 

 マオの中でC.C.という存在は既に完成して固定されている。

 自分に都合良く、自分に甘く、自分にとって心地よい存在がC.C.なのだ。

 そのぬるま湯に浸かり続け、甘やかされた幼い精神はそれ故にそれ以外の在り方を決して認めようとしない。

 だから、C.C.の言葉は届かない。どれだけ厳しい言葉を投げかけようとも、マオの中のC.C.が現実のC.C.を都合良く歪めてしまうからだ。

(自業自得か。分かってはいたが本当に罪深いな、私は…)

 苦々しい思いがC.C.の胸の内に渦巻く。

 願いを叶えるために、自分に都合の良い人間にするために甘い言葉を囁き続けた結果がコレだ。

 

 あるいは。

 ラグナレクの先にあるのは、ひょっとしたらこんな世界なのかも知れないな、とC.C.は不意にそう思った。

 自分に優しい世界だと。あの時、ルルーシュはシャルル達の望む世界をそう言い切った。

 ならば、行き着く先は然程変わらないだろう。

 なるほど、願い下げだ。

 己の罪を前にして、C.C.は彼らの目指した理想に、世界にそう思わずにいられなかった。

 

 一方、そんなC.C.の内心など露と知らないマオは次々と自分本意なことを捲し立てていく。

 大丈夫、僕は怒ってないよ。僕は他の奴らと違って汚くないからね。あいつ等ホントくだらない。こんなところC.C.には似つかわしくない。はやく僕と二人で静かなところに行こう。

 文脈もなく、ただ愉しげに言葉を綴っていたマオだったが、何かに気付いたという顔をして笑みを深くする。

「そうか! ルルーシュだね! あいつに弱味を握られて僕に酷いこと言うように言われたんだ!」

 その言葉に、視界の端で少女の肩がビクリと震えたことにC.C.は気付いた。

「酷い奴だよね。でも大丈夫! 僕が来たからにはルルーシュなんてすぐに殺してあげるから。ね? だから、C.C.は心配しなくていいよ!」

 静かにC.C.の目蓋が伏せられる。何かを決意するように数秒。

 同時にC.C.の手にある銃がカチリと鳴った。

「待っててね、今すぐ……、ああ、もう!」

 ニコニコと無邪気にはしゃいでいたマオの顔が、突然歪む。

 まるで顔の周りを飛んでいる虫を払うように、がむしゃらに顔を振り乱す。

「せっかくC.C.に会えたのに……、ああっ、煩い!」

 そんなマオの反応に覚えがあったC.C.は周囲に意識を巡らせて納得する。

 まだ遠いが人の声と気配がした。

 先程のC.C.の発砲音とマオの声に人が集まってきたのだろう。

 どうやら、結構な人数が此方に向かって来ているようだった。

 その声が無造作にマオの中に入ってきて、彼を苦しませ始めた。

 頭を抱え、獣のように唸り声を上げる。

 何とか耐えようとするも、それが叶わないと分かるとマオは悲しげな顔をC.C.に向けた。

「ごめんね、C.C.。ホントは今すぐに一緒に行きたいんだけど……。少しだけ待っててね? すぐに迎えに来るから!」

 最後までC.C.の言葉を聞こうとせず、自分勝手に納得するとマオはふらふらとした足取りで、その場を離れていく。

 何も知らない人なら痛ましげに思えるかもしれない程、苦悶の表情を浮かべて。

 しかし、そんなマオを見てもC.C.は顔色一つ浮かべることはなかった。

 

 マオの姿が完全に見えなくなったのを確認すると、それまでその背中に狙いを定めていた銃をC.C.は下ろした。

 ふぅ、とゆっくりと長い息を吐いて身体から余分な力を抜いていく。

 本当はここで決着をつけてしまうつもりだった。

 説得が叶わないなら、躊躇わず。

 しかし、出来なかった。

 ここは、このアッシュフォード学園はルルーシュのホームで、ナナリーの為の箱庭。

 故に火消しも満足に出来ない状況下で騒ぎを起こせば、後に響くと判断したのだ。

(いや、違うな……)

 躊躇ったのだ。僅かだが、引き金を引くことを躊躇した。

 可能性は潰えたのに、それでも叶うなら、と思う心が判断を狂わせた。

(ルルーシュ程には上手く出来ないな)

 世界を騙し通し、最愛の妹にも嘘を貫き通したように、躊躇わず、迷わずという風にはいかないな、とC.C.は苦笑する。

 騒がしさが増してきた。

 そろそろ離れないとマズいと思ったC.C.は、そこでようやく状況から置き去りにされて、ぽつりと佇む少女のことに思い至った。

「あ……」

 視線が合ったシャーリーが小さく声を漏らす。

 どうするか。一瞬悩んだC.C.だったが、はあ、とこれ見よがしに大きく溜め息を吐くとツカツカとシャーリーの方へ歩み寄っていった。

「え、あ……」

 身を竦ませ、本能的にジリジリと後ろに下がっていくシャーリー。

 そんなシャーリーに構うことなくC.C.は彼女との距離を詰めると、その手にあったモノを強引に奪い去った。

「いつまで持っているつもりだ」

 そう言われて、シャーリーは自分がずっと銃を握りしめていたことに気付いた。

 先程の男から手渡された凶器を。人殺しの()()を。

 何のために受け取った? ――――殺すために。

 誰を? ――――それは。

「――――っ」

 引き締められた咽喉が可笑しな音を立てた。

 病に罹ったかのように震えが止まらない身体を強く抱き締める。

「わ、わたし、……わたし」

 その時、思ったことを思い出してシャーリーは愕然とし、そして、そんなことを考えた自分に恐怖する。

 だって、そうだろう?

 一瞬だったとはいえ、そう思ってしまった。

 そうすることが正しいと本気で考えてしまった。

 ルルーシュを、好きな人を――――

「余計なことを考えるな」

 何故か自然とそんな声がすんなりと入ってきて。

 その声に、シャーリーは最悪に堕ちそうになる思考を止められた。

「それはお前の内から生み出された想いじゃない」

 琥珀色の綺麗な瞳が真っ直ぐにシャーリーを見る。

「思考を濁らせ、感情を麻痺させ、そうするのが正しいという考えを植えつけられただけだ」

 不思議だ、とシャーリーは思う。服装も口調も、雰囲気すらもまるで違うのに。

「悪い夢でも見たと思っておけ」

 シスターみたいだ、とシャーリーは感じた。

 懺悔を聞き、神に代わり罪を許すその存在に。

 何故か似ていると、そう感じた。

 

 胸中にそんな感想を抱き、ぽけーとC.C.を見ていたシャーリーだったが、用件の済んだC.C.がどこぞに去ろうとするのに気付くと、慌ててその背中に声をかけた。

「あ…っ、ま、待って、下さい!」

 その声に足を止めたC.C.が振り返る。

「何だ?」

「え? あ、その……」

 思わず呼び止めて、その後に続く言葉が思い浮かばなくてシャーリーはしどろもどろになる。

 何を言いたいんだろう、と思う。

 あの日あの夜。

 自分の知らないルルーシュと、自分が知らない間に一緒にいた彼女に。

 私は……、

「用が無いなら――」

「ルルが好きなの!!」

 気づいたら、大声でそう叫んでいた。

 さすがに驚いたのか、C.C.の金色の瞳が見開かれる。

 しかし、それも一瞬で、すぐに元に、…いや、先程までより幾分不機嫌そうに目を細めた。

「だから?」

「だから……」

 だから、何なんだろう?

 譲りたくない? 近づいてほしくない? 渡したくない? それとも、それとも――。

 頭の中で沢山の想いが次々と浮かぶ。

 何を言いたいのか、定まらないままシャーリーは口を開いて。

「それだけ、……です」

 結局何も言えなかった自分に内心で涙した。

 二人の間に沈黙が流れる。しかし、流れる空気はあの時のような重苦しいものではなかった。

「ふん」

 沈黙を破ったのはやはりC.C.で。

 いかにも不機嫌だ、というように鼻を鳴らすと今度こそシャーリーの前から立ち去っていった。

 

 C.C.が消えて、一人になると緊張が解けたのか、シャーリーはペタリ、とその場に座り込んでしまった。

「あー、もう。なんであんなこと言っちゃたんだろう……、うぅ、私の馬鹿……」

 くしゃり、と前髪を掻き上げながら、シャーリーはうーうーと呻き声を漏らす。

 でも、言わずにはいられなかった。

 あの人だから、言わずにはいられなかったとシャーリーは思った。

 どうしてそう思ったのか、ここに至ってシャーリーはその理由に気付く。

 色々あり過ぎて、おかしくなりそうだった。

 近くにいたと思ってたのに、実は手が届かない程遠い存在だと気付いて悔しくて、悲しかった。

 でも、この気持ちは変わらなかった。

 

 シャーリー・フェネットは。

 ルルーシュ・ランペルージが好きなのだ。

 

 ならば、悔しいが自分より好きな人に近いあの女の子は。

(恋のライバル、ってことだよね……!)

 だったら、きっとあれで良かったのだ。

 みっともないのだろう。不様なのだろう。的外れなのだろう。

 でも、これがシャーリー・フェネットなのだ。

 恋する乙女なのだ。

  

 




 恋する乙女は伊達じゃない。
 さすが、恋はパワーのシャーリー。この程度ではめげませんでした。そして、勝手にC.C.を恋のライバル認定。いや、正しいのだろうが、いいのか?シリアスは。

 そんな訳でシャーリーへの忘れろギアスは無しです。
 ルルーシュはシャーリーがいたこと知らんし、C.C.も『前回』のシャーリーの死に際を知っているから、まあ、大丈夫だろうとスルー。あれ?ここにもイベントが潰れる呪いが?で、でも、良い方向に変わったし、ツッコミはない、……はず。

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