◇
ボタンさんが作ってくれたサンドイッチを平らげるとすることが無くなってしまった。それでいつ花神を顕現するのか気になった俺はボタンさんがいる部屋に近づく。
「ボタンさん」
俺はボタンさんに呼びかけながら戸を数回ノックした。
「はい、どうぞお入りください」
「ああ、そこまで長く話すってわけじゃないから。花神を顕現するのはいつ頃になるかなって思ってさ」
「本日の0時、日付が変わったと同時に行います。哲也様も花神顕現の儀式にお立会いください」
「あ、俺もなんだ。了解」
「時間になれば声をおかけいたします。それまでゆっくりとお休みください」
「分かった。それじゃあよろしくね」
「はい」
そうか、今日の0時か。俺に花神が付くのか。なんだか実感わかないんだよな。
まあいろいろ考えてたってしょうがない。部屋で待っていようか。
◇
「哲也様、哲也様。起きてください」
何かに体を揺すぶられている。誰だ?
「ん、ボタンか……あれ、俺寝ちゃってた!?」
一気に目が覚めた。あたりを見渡せばもうすっかり日が落ちているようだ。あわてて時計を見てみると短針は11の数字を指している。
「うわー、寝過ごしたと思った。ごめんボタンさん」
「いえ、お気になさらずに。ただ儀式を行うには体を清めなければなりません。これから哲也様にはお風呂に入っていただきたいのですが」
「ん、了解。目も覚めるだろうしちょうどいいや」
まだ寝起きなため目もショボショボしているし、本当に丁度いい。俺は変えの着替えを取り出そうとしたら―
「着替えは洗面台に置いております。なのでそれに着替えていただけますか」
「あ、そうなの?分かった」
まあよく考えればそうだよな。儀式を行うっていうのに普段着では締まらないな。
俺は何も持たずに風呂場へと直行した。
◇
風呂から出た後、ボタンさんが用意していた白い装束を身にまとった。
ただどうやって着ればいいのか分からずアタフタしているとボタンさんが声をかけてくれて、着付けを手伝ってくれた。
そして俺はボタンさんに言われるまま庭へと移動した。
そこには儀式のためか色々な木材の神具が置かれていた。これから儀式が行われるのだという緊張感が張り詰めていく。
そしてボタンさんは俺に器を手渡した。中には何かの液体が入っている。
「
「はい」
俺はそのままボタンさんの言うとおりにその神酒を一気に飲んだ。口に含んだ瞬間、喉が焼けるような感覚になる。すごい度数が高いとかそういうわけじゃなさそうだ。
「どうですか、先ほどまでとは違うものが目に入ると思うのですが」
ボタンさんの言うとおり、神酒とやらを飲んだ瞬間から辺りにヒラヒラと舞う桜色の発光体が飛んでいる。それも一つではない。無数に、それこそ桜吹雪のようにあちこちに舞い上がっている。とても幻想的な景色だった。
「何だこれ、桜吹雪?」
「いえ、目に映っている桜色の発光体、それが【
「神気…ですか」
「神がこの世に顕現するのに必要なものです。それではこれより、【花神顕現の儀】を執り行います」
ボタンさんは神具に置いてあった扇を持ち、踊りだした。日本舞踊のようなものだった。俺はその踊りに対して何故か既知感を覚えた。いつどこかは知らないが俺はこの踊りを見たような気がする。気が付けば俺は涙を流していた。
悲しくもないし、心を打たれたとかそういうわけでもない。なぜ俺が泣いているのか分からなかった。
ただ言えることはボタンさんの踊りにすごく目を奪われたということ。ボタンさんの踊りと神気が相まってとても神秘的な光景だった。
そしてその神気が集まって形をとる。それは四つ、先ほどボタンさんが言っていた依り代となる四種類の木だ。
左端から
菫からはボタンさんと瓜二つな女性が現れる。ただ一つ違うとするならば髪の色。こちらは艶のある綺麗な黒色だった。
そして桔梗からはこれもボタンさんと同じ容姿の女性が現れる。ただこちらは清楚な白い着物を着ている。
そして柊からは少し身長が低い女の子が現れる。少し幼さを残した顔立ちで中学生ぐらいの年齢に見える。
そして梅からは柊から現れた女の子よりも背が低い。髪型もおかっぱで見た目は小学生ぐらいに見える。
その四人が姿を現したと同時にボタンさんの踊りも終わった。ただ俺はその光景がいまだに現実ではないような、夢を見ているようだった。
「これにて【花神顕現の儀】を終了といたします。それぞれ哲也様にご挨拶を」
そして菫から現れた女性が一歩前に出て俺に深く頭を下げた。そしてゆっくりと頭を上げ柔和な笑顔を浮かべる。
「こうしてお目にかかるのは初めてですね哲也様。私は貴方様に仕える花神四姉妹の長女、【菫】と申します。以後宜しくお願いいたします」
そしてスミレはスッと一歩下がり、今度は桔梗から現れた女性が同じように一歩前に出る。
「あぁ、どんなにこの日を待ち望んだことか。私は花神四姉妹の次女、【桔梗】と申します。御主人様のお役に立つよう尽力を尽くします」
次に柊から現れた女の子が一歩前に出る。
「私は【柊】、三女です。今後とも宜しくね、ご主人」
そして最後に梅から現れた女の子が一歩前に出る。
「ワシは四女の【梅】じゃ。よろしくな、哲也」
これで四人の自己紹介は終わった。流れとしては最後に俺が挨拶した方がいいよな。
「あー、みんな分かってると思うけど俺の名前は九堂哲也。一応九堂家の24代目の当主です。これから宜しくね」
そして俺が挨拶を終えると同時にスミレとキキョウが俺に抱きついてきた。何も身構えていなかったもんだから、バランスを崩しそのまま倒れてしまった。
「ああ、哲也様哲也様哲也様!!」
「御主人様御主人様御主人様!!」
「ちょ、ちょっと!」
二人とも感極まりすぎて泣きながら抱きついてくるし、当たるところはしっかり当ててるし、これ以上はまずいぞ。
「二人とも」
そこでボタンさんが冷え切った声でスミレとキキョウを制した。
「まだ挨拶は完全に済んでいないでしょう?」
「も、申し訳ございません」
「し、失礼いたしました」
二人はボタンさんの声でようやく我に返った。というか今ので完全に萎縮しきっている。なんというか今ので力関係が分かった気がする。
「先ほどは失礼いたしました、哲也様。哲也様は花神一人ひとりに固有の力が備わることを聞いていると思いますが」
「ああ、じいちゃんからざっくりと聞いたよ。それじゃあスミレたちも持っているっていうこと?」
「はい、私の力は【顕現】です」
「顕現の力?」
「私の神気を用いて哲也様でも視れない存在を視れるように顕現させる力です」
俺に見えないものか。確かにさっきの神気という存在は見れなかったしな。しかもいつの間にか神気が見えなくなっているし。
「それにこの力を応用して私や妹たちを、霊視の力を持たぬ人間にも視れるようにすることも可能です」
「おお。そうなの?じゃあ俺が忙しいときにも買出しができるわけだ」
そう、今家の中には食材が尽きてしまっっている。これから俺を含めて六人の食材を一人で買おうとすると、とてもじゃないが人手が足りない。
「それでキキョウはどんな力を持っているんだい?」
「はい、私は【結界生成】です。哲也様に害をなす霊を完全に排除する空間を作る力となります」
まあ今後は悪霊とも出会うことになるだろうし、キキョウの力が必要になってくるだろうな。
対悪霊には必要不可欠の力だろうな。
「たぶんキキョウはお役目を行っていく上で絶対必要になってくる力だ。宜しく頼むね」
「はい、尽力を尽くします」
「ヒイラギはどんな力を持っているの?」
「私は【思念共有】だよ」
(ほら、こうやって念だけで会話できるんだ)
おお、直接頭にヒイラギの声が響いてる。テレパシーみたいなもんか。
(そうそう、簡単に言うとテレパシーだね。それにね、私以外の姉妹、しかも人間や霊にだってこのテレパシーが通じるんだ。相手側の思念を一方的に聞くことだってできるし、結構便利だと思うんだよね。まあ有効に使ってみてよ、ご主人)
一方的にか。思いつく限りだと霊が未練を話さないときに使えばいいのかな。
「最後にウメはどんな力なの?」
「ワシは【
ウメの隣にもう一人ウメが現れた。これが幻か。精度が尋常じゃないな。そこに本当にいるかのようだぞ、これ。
「霊の望むものを見せることによって未練を晴らす、というのが主な使い方じゃろうな」
「なるほどね」
スミレ、キキョウ、ヒイラギ、ウメ。
俺が最期の時まで連れ添う家族との出会いだった。
今回登場した哲也の花神たちは、哲也に対して好感度の限界値を余裕でぶち抜いています。
MAX100に対して5000ぐらいです。もし哲也に危害を加えるような奴がいたらヤバイです。
そんな話をいずれ書こうと思っているのでご期待ください。