りんかね! ~Reincarnation~   作:ワイバーン

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ちょっとおふざけ回


第4話 「鉄次郎 その2」

 

俺は今じいちゃん家の風呂に入っている。

じいちゃん家はあれだけ威厳のある屋敷だっていうのに風呂は洋式のものだった。

なんだか風呂場だけ時代を飛び越しているような感じだった。

 

体も洗い俺は湯に浸かっている。

ああ、寝ながら湯に浸かれるなんてこれ以上の幸福はあるのだろうか。

東京に上京しいてた頃なんて、俺の住むアパートに風呂場は無いかった。

近くの銭湯に行くしかなかった。

 

「あぁ~、風呂はやっぱり一人で入るのが一番だよなぁ」

 

至福のリラックスタイムだった。

だけどそれを切り替えることに努める。

先ほどじいちゃんに教えられた【お役目】のことについてだ。

 

今でも俺は幽霊と関わるのはごめんだった。

でもじいちゃんたっての頼みなんだよな。

俺を救ってくれて、俺を育ててくれた親なんだよな、じいちゃんは。

 

それを俺が幽霊と関わるのが嫌だからと断っていいのか。

………最低だな。

何だ俺は、育ての親に対して恩を仇で返すのか。

筋が通っていない!じいちゃんたっての頼みだろうが!!

なんであの場で二つ返事で了承しなかった。なんとも情けない。

 

パンッ

 

俺は思いっきり両頬をはたいた。

うじうじ悩むのはもう止めだ。すぐにじいちゃんに謝ろう。

そして何が何でも【お役目】をやり通すんだ。

 

覚悟を決めた今でも幽霊は怖い。

でもそれ以上に俺は俺のことが許さない。

今こそ恩義に報いるときだろう!

 

「テッちゃん、湯加減はどうですか?」

 

俺が覚悟を決めた時、不意に洗面台からサクラさんの声が聞こえてきた。

 

「あ、サクラさんですか?最高です!」

「ふふ、そんなにお風呂が嬉しかったの?」

 

からからから

 

「はい!だって今まで銭湯だったもんで一人で湯に浸かるってことが無かったもんで」

「あらそうなの?それじゃあお邪魔しちゃって悪かったわねぇ」

「いえ、もう大丈夫です。俺、もう上がる…つもり……だったんで……」

 

はて、この人は何をやっているんだ。

バスタオルも巻いていない、隠すところが隠されていない生まれたままの状態。

人二人分ほどの大きさのマットに風呂桶、その風呂桶にはローションが入っています、と。

あれここはソープなランドだっけ?

 

「うひゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あら、そんなに慌てちゃってどうしたの?」

「ど、どど、どどどうしたもこうも、こっちが聞きたいですよ!!アンタ一体何しようと―」

「何って、そんな野暮なことは言わないの」

 

ああああ、ああああああ。

なんだこれなんだこれなんだこれ。

いかん、考えてはいかん。男としてはすごい嬉しいけど、ここは逃げろと俺の本能が叫んでいる。

 

迅速にプランを立てろ。

洗面台へと続く道はあの人が塞いでいる。

まさに死角なし。完璧な配置だと思う。

だが策士、策に溺れたな。

俺は男で、あっちは女だ。

つまり単純な腕力では俺に軍配が上がる。

 

よって狙うは一点突破。

捕まろうが振りほどくしかない。

サクラさんに暴力的な行動を行ってしまうが仕方ない。

背に腹は変えられない。

行くぞ!!

 

ザパァッ

 

俺は勢いよく浴槽から立ち上がり、そのまま風呂場を駆け抜ける。

 

「あら、どこいくの?」

 

くそ、なんて気迫だ。

腹を空かせた猛獣。いや、手負いの虎か。

そうそう簡単には通せてはくれないらしいな。

おもしろい。

しかし、俺とて負けるわけにはいかんのだ!!

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

ガシッ

 

くっ、腰を掴まれた。しかし想定の範囲内だ。

このまま、振り切りドアを、開ければ―

 

 

それは一秒にも満たないごく僅かな時間。

しかし哲也は走馬灯のように、圧縮された時というものを体験していた。

 

一連の技は正に神の領域。その道に通ずる才のある者、一握りの天才が惜しみない努力を続けても到達することは不可能の領域。

人の身で、神であるこの私に近づくことがそもそもの間違いである。

まるでそう言っているかのように人を見下した傲慢な笑みを浮かべる女。

今まさに哲也の腰に巻き付いているしなやかな両の腕の持ち主、花神・山桜が浮かべているのだ。

 

まるで女神の腕。細く、白く、美しい腕からでは考えられない力強さ。

この時、哲也がイメージしたのはゴツゴツしい万力。大蛇のようなジワジワと体力を削るようなものでは断じてない。

一瞬のうちにしてへし折る破壊のギロチン。女神の断頭の一撃だった。

壊される。

哲也がイメージしたのは己の腰から離れていく下半身だった。

 

そして次の瞬間、哲也は無重力を体験した。

ここは地球。重力に引かれる存在だというのに、この時だけは重力という法則を完全に無視していた。

これは哲也の意思では断じてない。ましてや地球に天変地異が起こったというわけでもない。

正に神の技が哲也を重力という鎖から解き放ったのだ。

理屈は簡単だ。有体に言ってしまえば力に任せた投げ技。

 

しかしこれは神の技である。

そこに含まれる技の難度と熟練した練度。計算し尽くされた対象のダメージ分散。

どれをとっても人が到達しうることは出来ないものだった。

故に神の技。

 

そして哲也は覚醒する。

己が下した判断のミス、それの代償がこの後支払われることになるとは知らずに。

 

 

――ッ!

一体何が起きた!?

気が付けば俺はマットの上に仰向けで寝かされ、その上にはサクラさんが体を密着している。

何だこれは!俺はさっきまで洗面台のドアを掴もうとしていたはずだ。

それなのに何だこの状況は!?

 

最悪だ。俺が想定しうる最悪の状況だ。

逃げられない。

チェスや将棋でいう、詰みの状態だ。

天と地がひっくり返ってもこの状況を覆せない。

そう、それは盤内の勝負(・・・・・)に限った話だ。

 

「うふふ、捕まえたわよテッちゃん」

「サクラさん――」

 

確かに想定していた最悪の結果だ。

だが俺はこれも想定していた。

そしてここから勝つ方法をも俺は考えていた。

切らせてもらうぞ、俺の切り札(ジョーカー)!!

 

「こんなことをして、じいちゃんが喜びますか?」

「―ッ!!」

 

それは所謂、盤外攻撃というもの。

土台崩し(ちゃぶ台返し)、もしくは対戦者に対して直接攻撃を行うということ。

まさしく意識外からの攻撃。

そう、いくら相手が盤内の勝負に対して策を練ろうが関係ない。

 

勝負とは、相手に負けを認めさせる(・・・・・・・・・・・)、ということ。

ゆえに盤内での勝負に負けたとしても、己が負けを認めなければ、その勝負には負けていないのだ。

もはや暴論でしかないと思うかもしれない。

しかし負けを認めず、何度も相手に挑戦を挑み、相手が負けを認めさえすれば己の勝利に何ら変わりない。

 

サクラさんの攻撃。確かに神がかり的な技であった。

一瞬で形勢が逆転され、勝負の定石というものが引っ繰り返されるものだった。

その技を編み出すまでの発想、血の滲むような努力。素晴らしいと思う。

俺は惜しみない賞賛を送ろう。

しかし、だから何だというのだ。

 

神の技?勝負の定石を引っ繰り返す?

だから何だ?俺は負けていない。

勝負はまだ続いているんだ。俺の心を折ってみろ。

それが出来なければ、この勝負俺が貰った。

 

フニュッ

 

「ハゥァッ!!」

 

な、何だとぉ!!

ま、まさか!まさか!!

こいつ、俺の盤外攻撃を受けきったとでもいうのか!?

いや、それはありえん!確かに俺の攻撃は確実に入ったはずだ。

何が、――ッ!!

 

「それでも、それでも私はこうしなきゃならないの!!」

 

その瞬間、俺は悟った。

俺の盤外攻撃、それは悪手中の悪手であった。

俺はサクラさんに対して、一番してはいけない攻撃を行ってしまったのだ。

 

ゆえに今度こそ決着が着いた。

俺の完敗。

 

「だって、だってぇ!!」

 

……あ、あれ?

サクラさんマジ泣きしてる?

 

「こうでもしなきゃ、鉄次郎様は地獄に落ちてしまうのよ!!」

「地獄だって!?」

 

聞き捨てならなかった。

アホみたいなことは忘れきって今はサクラさんに事情を聞くしかなかった。

じいちゃんが地獄に落ちる?そんなの嘘だ!

 

 

 

 

サクラさんに事情を聞き、俺はすっ飛んでじいちゃんの部屋に行った。

 

「じいちゃん、俺サクラさんから聞いたよ」

 

扉越しにそう伝えても中からは返事が無い。

 

「入るよ」

「少し、待ってくれんか?」

 

扉に手をかけようとした瞬間にじいちゃんが中からそれを制した。

 

「ワシに色々と言いたいことがあるのは承知しておる。だから夕飯を食べた後に縁側で待っていてくれんかのう?」

「…分かった」

 

縁側で、か。

昔からじいちゃん家に泊まった日の晩に、縁側で色々と俺の話とかじいちゃんの昔話とかをよく聞いていた。

どちらが決めたわけでもないが、自然と話したいことがある時は縁側で話していた。

だから、今回の事も以前のように、思い出が詰まった縁側で話をしたいのだろう。

俺が断る理由なんてない。

 

「酒でも飲んで待っててくれ。ワシも一杯やりたいしな」

「はいはい、分かりました」

 

そして俺はじいちゃんの部屋を離れ、居間へと戻ろうとした時だ。

廊下の先にはヒマワリさんが立っていた。

何だかバツが悪そうに笑っている。

 

「あぁー、テツ坊。風呂はどうだった?」

「サクラさんが乱入してきてエライ目に遭いましたよ」

 

苦笑いしながら、先ほどまでの風呂場での出来事を思い出す。

 

「あのバカ、暴走しすぎだ。悪いなテツ坊、あいつも悪気があってやってるわけじゃないんだ」

「あはは、大丈夫です。分かっていますよ」

 

サクラさんは昔から暴走癖があった。

大体、というか100%じいちゃん絡みが原因だ。

だから何だか昔に戻ったような気がしていた。

 

「それにサクラさんから聞きました。じいちゃんのこと」

「……」

 

そしてヒマワリさんもじいちゃんの事が何よりも大切なことを良く知っていた。

いつもはジジイ、ジジイだなんて言っているけど、それが照れ隠しであることくらい分かっていた。

 

「大丈夫です。いつもの縁側でじいちゃんと話すって決めましたから」

「……そうか、ありがとうな、タカ坊」

 

それだけ言ってヒマワリさんは庭の方に出て行った。

大丈夫。俺はもう逃げない。

じいちゃんにはっきりと伝えよう。

【お役目】のことも、そして今までの事を。

 

 


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