とりあえず先に言っておきます
やりたい放題になりかけ、と
カタパルトから射出され、飛び出して見えたのは雲一つ無い青々とした空。
突き抜けんばかりに澄んだそれは、数年間見ることの無かったもの。改めて見てただ一言思う。
『
と。
だが何時までも感傷に浸るわけにはいかない。簪に教えて貰ったPICの操作方法を思い出し、イメージする。
(確か…宙に浮くイメージで…!)
想像力によって慣性を無視して浮かぶISのテクノロジーというのは、ロンにとって常軌を逸したものだ。だがそれが事実として確立しているだけに、簪に教わったままに浮遊をイメージし、その座標に留まるように思い描く。
しかし、
『浮かないんですけど…』
いくらイメージしようが、落下スピードを落とすどころか、重力に従ってどんどん下降していく。
その軌跡は、カタパルトから見事な放物線を描く。そして…
大規模な振動、そして衝撃波を穿ち、アリーナ中央付近に着地するに至った。
『…床にヒビが入ってしまったな。これは後で反省文かも知れない。』
着地の衝撃からか、特殊合金で作られているはずのアリーナの床に、小さな蜘蛛の巣の如くヒビが入っている。訓練する上でISが操作ミスにより、落下、そして墜落する事はままあるが、それによって壊れる度合いが高いのはどちらかと言えばISであり、床には掠り傷程度しか付かない。それでもただ着地しただけでヒビが入るなど前代未聞だ。
『あら?逃げずに来ましたのね?』
見上げれば、先程見た青空よりも更に鮮明な蒼を纏ったセシリアが浮いていた。右手に持った長身の銃。背後に浮かんだ一対のアンロックユニット。
成る程、簪から見せて貰った公開映像にあったその姿と瓜二つだ。
イギリスが開発した第三世代IS。
『見ましたところ、訓練機ではなく専用機のようですが…フフフッ!PICを作動できずに地を這うしか出来ない欠陥品のISを扱う事になるなどと、Vault出身の貴方にはうってつけの機体ですわね。』
『どうだろうな?余り初見の相手を甘く見ない方が身のためだ。』
『そうかしら?見るからに古臭い物を纏っている地点で、結果は見えていますわ。』
『やってみなければわからない。…と、御託はそろそろお終いにしよう。…あんまり相手を下に見ていては、後が悲惨なのはそちらだからな。』
『……どういうことですの?』
明らかに挑発的な口調のロンに、セシリアは苛立ちを隠そうともせず、問いただす。
普段から男を下に見ているだけに、男からの挑発が顕著に鼻につくらしい。
『お前が負けたとき、あれ程蔑んでいた奴に負けたともなれば、世間の評価は地に落ちるだろうからな。』
『そう…ですか…!』
ハイパーセンサーによってセシリアの顔が鮮明に見えるが、その口元はピクピクと引き攣っている。
どうやら…余程お気に召さないらしい。
そうしている間に、試合開始のカウントダウンが迫る。
3!
2!
1!
『では、モグラさんには無様に地に這いつくばって頂きますわ!!』
カウントが0になると同時に、蒼き長身の銃『スターライトMk-Ⅱ』から穿たれた閃光。
ブルー・ティアーズの兵装は、特殊兵装を含め、メインアーム共にレーザー兵器だ。その弾速は実弾と比べるべくもなく速く、見てからの回避という物は難しい。それだけに、放たれたレーザーの奔流は、ロンのISの頭部に吸い込まれた。
シールドエネルギーへのダメージによる衝撃で、グラリとよろめいたロンは、後方へ大きな物音と共に倒れ伏してしまった。
『あらあら?一撃で終わってしまいましたか?まぁ、所詮この程度ですわね?そもそも男、ましてや地下で暮らすモグラさんなどが、この私に適う道理もあるはずありませんもの。さて…、お次は織斑さんですわね?連戦で構いませんわ。早く…』
『…案外、シールドエネルギーが発動しても、衝撃は来るんだな…。』
ボソリと、オープンチャンネルで響いた声は、セシリアにとって信じられない物だった。
確かにヘッドショットを決めた。その衝撃で倒れ伏したことで、気絶したはずなのだ。にもかかわらず、平然と、ゆっくりと立ち上がってくる。
『な…な…なんで…確かに頭を撃ち抜きましたのに…?』
『どうやら致命傷を与えたと思ってるみたいだが…、生憎だったな。確認してみたらどうだ?』
『え……?』
セシリアが必要ないと思っていたISによる相手のバイタルデータの表示機能。それの表示をオンにする。こうすることによって相手のデータをある程度把握することが出来る。そしてそれは、敵ISのシールドエネルギー残量も表示させることが出来るものだ。
そして…
そこに表示されたものは…
【
『な…ぁ…!?』
ベッドショットをキメたにもかかわらず、その減少量が極々僅かと言うものだった。
シールドエネルギーと言う物は、急所を重点的に防衛するように張られているため、逆に言えばそこを責めることでシールドエネルギーを大幅に削り取ることが出来るはず。にもかかわらず、ヘッドスナイプの効果という物がそこまで無い現状に、セシリアは言葉を失ってしまう。
『唖然としている暇は、あるのか?』
ハッとして上昇した矢先、先程まで駐留していた空域に赤い一筋の閃光が走った。ハイパーセンサーが感じた熱量。それはセシリアがよく知る兵器であり、そして使用する種類の物。
『れ、レーザー兵器…?』
『…外したか。』
正面から見れば、四角柱のような形。そしてそれにトリガーや露出したエネルギーケーブル。そして中央部にカートリッジ式のエナジーセル…。
スターライトMk-Ⅱと同じくするレーザーによる光学兵器だ。
『な、生意気ですわ!モグラが私とおなじレーザー兵器を使用するなど…!』
『実際、使用権限がそちらに有るわけでは無いだろう?』
『お黙りなさい!』
再び放たれたセシリアのレーザー。しかしそれは、特殊合金の床を焦がすに至るにとどまった。
狙った場所に、ロンが居ないのだ。放たれた閃光が届くよりも先に、セシリアの視界から消え去った彼を、ハイパーセンサーを駆使して探し出す。
『どこ…どこですの…!?』
『何処を見ている?』
オープンチャンネルによる音声なので、どちらから放たれた声かもわからない。しかし、ブルーティアーズのセンサーが告げる警告が、セシリアの身体を突き動かす。
『真下…!?』
後方に下がると、眼前に赤いレーザーが通過する。間一髪、コンマ一秒も遅れていたら直撃は免れなかった。
『まだだ!』
『くっ!』
姿を探す内に、2発目、3発目と、赤いレーザーの応酬がセシリアを襲う。しかし、不意を突かれた攻撃に対して対処できる辺り、流石は代表候補生と言ったところだろう。
『見つけましたわ!』
ハイパーセンサーが捉えた先、ロンの姿が目に入る。
しかしそこに映っていたのは、あの鈍重な見た目のアーマー、その動きとは思え無い物だった。
アリーナの床を、まるで滑るかのように軽やかに、そして滑らかに駆ける金属の鎧。それはまさしく異型と呼ぶに相応しい。
アリーナの床に黒い跡を残しながら走るそれは、脚部にローラーでも仕込んでいるのだろう。
『な、ぁ!?』
『気を逸らしすぎだぞ。』
弾ける音と共に、セシリアの肩にレーザーがとうとう直撃した。
『この…っ!』
よもや当てられるとも思いもせず、むしろノーダメージで終わらせるつもりだったセシリアにとって、それを覆された屈辱は計り知れぬ物。その顔に怒りを浮かべて、地を滑走するロン、そのパワーアーマーを見やる。
『一撃まぐれ当たりを入れた程度で、図に乗らないことですわね!』
怒りの中にも未だ冷静さを残すのは、やはり国家代表候補生に選ばれる所以でもあるだろうし、スナイパーとしての本能が冷静で居させるのか。次々と撃ち出される朱の閃光を躱していく。
『やはり一筋縄ではいかないな。』
『貴方如きに特殊兵装を使うは憚られましたが、これ以上は私のプライドが許しません!』
左手を並行に振るうと同時に、バックパックから蒼の遠隔操作兵器が分離する。
(なるほど…これが…)
機体名を冠する特殊兵装、この機体が蒼き雫であるが所以のその兵装。イメージインターフェイスを使用した第三世代兵器。
『さあ!無様に踊りなさい!私とブルーティアーズが奏でる
『生憎と、ダンスは不得手でな!お断りさせて貰う!』
カチリと、レーザーライフルの銃身に設けられた切り替えのスイッチを操作する。無論、セシリアがそれを見逃すはずもないが、完全にロンを舐めてかかっている彼女がそれを特に気に留める事もなく、ブルーティアーズの操作に集中する。
(今さら何をしようとも、私がブルーティアーズを使い始めたからにはお終いですわ!)
しかし、この判断が後に…彼女にとっては誤算でしかないことに気付かされることとなる。
空気を焼く音が聞こえた。
それは今までロンが撃ってきたレーザーライフルの発射音には違いない。セシリアはブルーティアーズの操作に集中しており、それをハイパーセンサー越しに見ていたのだ。無論、射出した四機のブルーティアーズは、彼を取り囲むと、レーザーによる雨を降らせてはいた。それは確実にパワーアーマーに当たっては居たし、少しずつながらもシールドエネルギーを削ってもいた。初見で、しかも初心者ならば、ブルーティアーズの動きに翻弄され、戸惑っている内にレーザーで蜂の巣にされて、そのままエネルギーを削りきれるだろう。そして、レーザーライフルを撃たれる瞬間に回避へと移すことは容易。ハイパーセンサーで捉えた、向けられる銃口の先から、身体一つ分躱せば良いだけ。これはISの操縦に慣れているセシリアだからこそできる芸当。
しかし…
『な…なんで…?』
セシリアは眼を丸くする。
躱したはずの赤い閃光、それが自身に命中していた。
しかもそれが2発も。
その証拠に、左脚部と左腕部共に、レーザーライフルによって焼かれた証として、直径3㎝ほどの溶解跡が煙を上げていたのだから。
『…なにも直射だけが芸当じゃなかったらしいな。』
再びトリガーを引き込む。それに反応し、セシリアも今度は身体一つと言わずにバーニアを噴かせて、全力で回避する。そして、先程まで彼女が居た空域には、三条のレーザーが貫いた。
『単射から…三発同時に!?』
『そうらしいな、さしずめ散弾銃とも言える。』
しかも連射性は、単射の時とそう変わらずに連発してくるものだから厄介。セシリアも思わず冷や汗が流れる。
どうする…?
スターライトによる射撃による効果は薄い。更にビットから撃ち出されるレーザーは、スターライトよりも出力は低いから、それよりも効果が薄い。
残されたセシリアの手札は二枚。
だが一つは緊急用、もう一つは意表を突く為に今は出すべきではない。
どうする…?
レーザーが余り効かず、強引に先程のレーザーライフルを撃ちまくられるならば、ゴリ押しで負けてしまう。
しかし、回避に専念していたら、ビットは棒立ちならぬ、棒浮き状態。それを撃破されては手数の低下によってより不利な状況に陥るだろう。
ならば…
『戻りなさいティアーズ!』
自律操作に切り替えると、ビット達は一斉に親鳥の元へと飛んでいく。撃破されるくらいなら、手元に置いておく方が良い。
これで回避に専念できる。
ビットが無事に戻って安堵の息を漏らした、その瞬間。
ハイパーセンサーからの警報で、再びバーニアを噴かせて回避に移る。
飛んできたのは…、
『…コーラの…空き瓶…!?』
三度鳴る警報で軌道変更、その眼前には…深緑の肌をした、デフォルメされてはいるが、厳つい顔をした人形が宙を舞っていた。
『!?』
『因みにこれは、君の部屋にあったものらしい。』
『な…ぁ!?わ、私のフォークス!?あ、あ、貴方!?いつの間に!?というか、何ですのそれは!?』
『なに?って言われてもな。量子化格納されていたから、使い方を見て撃っただけだが。』
とまぁ、次から次へと飛び出すのは。
ゴミ
ゴミ
ゴミのオンパレード。
ゴミを弾丸にし撃ち出す、と言う行為が斬新なのか、それとも奇抜すぎるのか、しかしセシリアの意表を突くには十分すぎるほどだ。そしてそれは、観戦する生徒にも同様らしく、ロンがセシリア相手に善戦して、湧いていたアリーナも、唖然とした空気に包まれていた。
なぜかそのゴミともいえる弾丸が格納されていたのか、そしてなぜその中にセシリア愛用の?フォークス人形があったのかは謎だが、ありとあらゆるゴミがセシリアめがけて撃ち出される。
『も、もう許しませんわ!フォークスのかたあぶっっ!?』
足を止めたのが運の尽き、セシリアの顔面に、機械で出来た犬の玩具の足の部品が直撃し、変な悲鳴が上がる。
大きく仰け反った頭を戻した先に飛んできた次のゴミは…
ゴンッ!!!
という、鈍い音と共にセシリアの顔面へボーリング玉が直撃した。
勿論、シールドエネルギーがあるので、本来の顔面崩壊な血塗れにはならないが、衝撃までは殺せずに頭を大きく振られ、そのまま錐揉みながら落下していく。
『おっと…!』
前述の通り、落下の衝撃で鞭打ちになられても夢見が悪いのか、パワーアーマーのローラーを駆動させてキャッチ。間一髪、地面との熱い抱擁は躱された。
【セシリア・オルコット 戦闘不能
勝者 ロン・ラーワンダー】
思えば、シールドエネルギーが半分以上残した状態での勝利。だが、それを賞賛する者は誰もおらず…
『ラーワンダー。』
冷たく、そして低い声が管制室から飛んできた。
言わずもがな、千冬である。
『まずは勝利おめでとう、か?…だが、それと同時に言っておこう。』
ハァ…、と大きな溜息と共に、声だけの千冬が、管制室で頭を抱えているのがなぜかわかった。
『アリーナ、片付けておけよ。』
撃ち出されたゴミが散乱したアリーナの惨状が、千冬の溜息の理由を物語っていた。
今回の武装
トライビーム・レーザーライフル
ジャンク・ジェット
パワーアーマー(プリズム加工)