恙無く終えた1日目の授業。
慣れない環境、そして密の高い授業。
西日差し込む放課後の教室にも関わらず、未だ沢山の女生徒が廊下や教室内で一夏とロンから距離を置いて、まるで観察日記をつけてでもいるかのように好奇の視線を向けている。ぐてっと机に伏す一夏と、椅子にもたれて半ばグロッキーなロン。周囲からの視線による緊張から来る精神的疲労で、もはや虫の息だった。
「もう…だめだ…。一日でこれじゃあ、俺三年間も耐えられそうにないよロン…。」
「耐えろ一夏。もう放課後だ。俺はホテルに、君は自宅に帰れるじゃあないか。そうすれば、少なくとも周囲からの集中視線に晒されずに自分の空間を構築できるぞ。」
「それも1週間だけだけどな。」
入学当時、男子操縦者という特例である2人の部屋を用意するため、その日から1週間は自宅、若しくは近場のホテルからの通学と説明を受けた。
1週間という短い期間に一夏は嘆くが、少なくともその間に少しずつこの環境に慣れる事が出来る。流石に四六時中、女の園で過ごすというのは苦行に近い。だからせめて自身の時間が持てる、というのは精神的に休まることが出来ることを意味する。
しかし、
「あ、よかった!お二人ともまだ教室にいたんですね!」
それは儚くも無惨に崩されると、誰が予想しようか。
「実は、お二人の入寮する部屋の鍵を渡そうと思っていたんです。」
「「なん…だと……」」
人間だけが神を持つ。そう思っていた時期が、一夏にもありました。
だが神は居なかった、そう心中嘆いた。
「お、俺、1週間は自宅通学だって聞いてたのに…!?」
「それだがな、お前達の立場を考慮して即入寮するために調整したんだ。今やお前達二人は、世界的に有名な二人だからな。良くも悪くも狙われているだろうし、自宅など特に押さえられるだろう。」
「それは確かにそうですが…。」
無論、二人の身体を調べんとするマッドなサイエンティストや、不穏分子として排除しようとする過激な女性主義者もいるのだ。警備が厳重である学園はともかく、外では何が起きてもおかしくはない。
「それは決定事項…ですかね?」
「無論だ。」
「じゃ、とりあえず一度は家に戻って荷物を取ってこないと…。」
「俺もホテルに戻っても構いませんか?ホテルに必要品を置いてきているので…」
「それについては問題ない。ラーワンダーについては、荷物をホテルから輸送して貰ったし、織斑においては、私が纏めておいた。着替えと…そうだな、携帯の充電器があれば今の所大丈夫だろう。必要な物があれば、休日に外出届を出して取りに行って貰うことになるが。」
「ま、まぁ確かに問題ないっちゃないけどさ。千冬姉、服はちゃんと畳んで入れてくれたか?」
「………………………………………………………………織斑先生と呼べ。」
「オィイイイイ!?何だよ今の間!?アレだな!?とりあえずクローゼットやタンスの中身を手当たり次第引っ掴んで、バッグや袋に詰め込んだんだな!?バーゲンセールで詰め放題やってるオバチャンの類みたいに!」
「…………………………………いや、そんなことないぞ。うん。大丈夫だ、問題ない。それと私は一応二十代だ。オバチャンの概念を押し付けてもらっては困る。」
「じゃあなんで目を逸らすのか、その理由を聞かせてくれよ!?」
「西日が…まぶしくてな。」
「なに女々しいこと言ってんだよ!?」
「失礼な!私はれっきとした女だぞ!?」
「そう言うのは、せめて洗濯を真面に出来るようになってから言えよ!?」
なぜか始まった姉弟喧嘩。
それを近くで見ていたロンと真耶は、その剣幕に唖然としていた。特に、真耶に関しては、普段厳格な先輩であり同僚の千冬が大人げもなく弟と口喧嘩しているのだから、ギャップが凄まじいのだろう。
「と、とりあえずラーワンダー君、寮の鍵、渡しておきますね。」
「あ、はい。ありがとうございます山田先生。」
「お二人に関しては、ほっといても構わないと思います。ほとぼりが冷めたら鍵も渡しておきます。…一応、織斑君とは別部屋なので、それだけは言っておきますね。」
「「は??」」
今まさに千冬と勝ち目のないもみ合いになりかけていた一夏もそれを止め、ロンも含めて真耶を凝視する。
「いやいやいやいやいや、山田先生。明らかにあからさまに男2人がいて、それを別室にするってどういう了見ですか!?」
「確かに…十代半ばにもなる男女が同室というのは頂けないな。俺も来年には二十歳だ。どちらかと言えば、女子と組むよりも一夏との同室を所望するし、普通に考えればそちらが妥当だと思います。」
2人の言うことは正論だ。
二人はいわば十代の括りの中に居る。ただでさえこの環境に疲弊している二人が、部屋での時間まで女子と同じ空間で過ごさねばならないともなれば、その精神的なストレスたるや推して知るべしだろう。
「ごめんなさい。その…なにぶん急拵えでお二人をねじ込んでしまったので…」
「ね、ねじ込む…?」
「ああああ綾です綾!言葉の!」
真耶も疲れているのだろう。何せ男子の操縦者の登場など、1年前まで考えられなかったのだから。それを、実質的に女子校であるIS学園に住まわせるともなれば、その調整も推して知るべきだ。…見れば、千冬と同じくして真耶も若干隈が出来ている。
「…まぁ暫くすれば部屋も、そして大浴場の調整も出来る。だからそれまでは辛抱してくれれば、こちらとしても有難いのだがな。」
「…わかったよ千冬姉。山田先生も頑張って俺達が出来る限り過ごしやすいようにしてくれたんだ。それに答えないと男が廃るぜ。」
「…そうか。それはそうと織斑、男としての矜持を語るのは良いがな。」
今日一日で何度聞いたか。強烈な破裂音にも似たそれは、放課後といえど容赦なく響き渡る。
「どさくさに紛れて言うのを見逃すと思うか?織斑先生だ。」
「一夏。少しは学習した方が身のためだぞ。」
「ロン…お前もか…。」
最早味方はいない。その事実に一夏はガックリと肩を落とす。
「そう言えば山田先生、さっき大浴場の調整って?故障でもしているんですか?」
「…少しは考えればわかるだろう?ここは元々女子校だ。それ故に入浴時間は決まっていない。そんな中で男子であるお前達が入ってもみろ。」
「………嬉し恥ずかしのハプニング発生…。」
「それだけならばまだ良い。下手をすれば、警備組織に御用だぞ。」
「わ、わかりました。…暫くはシャワーでも生きていけますので。」
「…わかれば宜しい。」
「…残念だな。ニホンのフロ、と言う物を楽しみにしていたんだが。」
「それもしばらくの辛抱ですよ。ここのお風呂は本当に広いので、楽しみにしていて下さい。」
「あとは…そうだな。食道の各利用時間や消灯、就寝時間については、生徒手帳に記載されているから、後で確認しておくように。」
「それじゃあ、お二人とも寄り道しないように帰って下さいね?」
教師の二人が退室すると、残されたのは2人の男、そして遠巻きに見る未だ飽きていない女子生徒。一夏からすれば、いい加減そのメモを取るのを止めてくれと懇願したい。
(夕方の教室に男子生徒2人…そして他には誰も居ない。)
(『一夏、俺は今日会ったばかりのお前に…』)
(『待ってくれよロン。その先は俺から言わせてくれ!』)
(『一夏…!』)
(『ロン…!』)
(『一夏…!!』)
(『ロン…!!』)
(『『アッー!!』』)
(これよ!これなら今年の夏は確実に完売しました、を出来るわ!それも開始1時間で!)
(じゃあ私は早速、ラフを描いてくる!!)
(待って下さい先輩!私、今から漫研に入ります!)
(良いわよ!入部届は後で受領するから、今は即戦力として加わりなさい!)
(YES!Ma'am!!)
小声で言っているつもりが、2人には丸聞こえで、青ざめる一夏と、やはり首を傾げるロンを残して、女子達は怒濤の勢いで立ち去っていった。
「…ニホンのヤマトナデシコ、というのは、中々面白いな。」
「いや、あれをヤマトナデシコなどと言えば、箒にかなり失礼だから。」
「…えっと、ホウキというのは…確か昼間に一夏を呼びに来ていた子か?」
「あぁ。何せ実家が神社だからな。文字通り折り紙付きだぜ。」
「そうか。確かにニホン特有の綺麗な黒髪だった。…本で読んだとおりだな。…しかも、あぁ言うのを『モノノフ』と呼ぶのか?刃物のような鋭さすら感じられる。」
「それも確かにな。神社の経営と平行して、父親が剣道の道場もしていたし。しかもアイツ、全国大会優勝者だぞ?」
「なるほど…!ヤマトナデシコとモノノフ、ニホンの男と女の矜持を兼ね備えた、まさに
「…それ、本人の前で言わない方が良いと思うぞ。小さい頃、それが原因で虐められていたからな。」
「そう、なのか。褒めたつもりなのだがな、気をつけておこう。」
「あぁ、そうしてくれると、幼馴染みの俺からしても助かるよ。」
そんな幼馴染みの話をしながら、二人は寮への通路を歩いて行った。
しかし、寮の敷地に入ると一変…
「一夏君とロン君!?」
「わっ!?私格好変じゃない!?」
「ムッハー!女の巣に男が!据え膳食わねば女が廃る!」
「今は駄目よ、今は、ね。」
するかと言えばそうでもなかった。寧ろ変わったと言えば、周囲の服装だ。女子ばかりの空間だったからか、かなり砕けた服装ばかりなのだ。かなり短いスカートだったり、キャミソールだったり、大きめのTシャツ1枚だったり、更になんだ?特定の人を狙っているのか、Yシャツなどと…。男2人にとっては、かなり目の毒。オープンなスケベならばガン見するだろうが、生憎とシャイなこの二人にそれは無理な話だ。なるべく直視しないようにして、鍵に記された部屋番号と扉の番号を照らし合わせていく。
「1025…ここだな。」
「俺は1029…もう少し先だ。」
「じゃあロン。後で一緒に晩飯食いに行こうぜ。」
「了解。じゃあ通路的に俺から迎えに行こう。その方が一夏が折り返さなくて良いからな。」
「おう。……それじゃ……イチカ・オリムラ…行きます!」
意を決し、手持ちの鍵を差し込んで解錠。まるでロボットアニメの主人公みたく、名乗りと掛け声を残して、彼は自室へと姿を消した。
さて、次は自分の番だな。
あ…、そう言えば一夏はノックをしていなかったけど大丈夫だろうか?まさか入った瞬間にルームメイトの着替え中とか、そんなライトノベルのようなことはないだろうな、と一人自分を納得させながら、一応ノックしてみる。…ちなみに2回がトイレ、普通のノックは4回がマナーらしい。
「…どうぞ。鍵は開いてるから…」
静かながらも、通った声が中からする。一応許可は貰ったのだ。
(よし、ロン、行きまーす!)
自身も一夏と同じような喝入れをして意を決し、ガチャリと扉を開け放つ。
ぶっちゃけ、暗かった。
夕方から夜へと変わりゆく時間帯ではあるものの、それを差し引いても暗い。
ぼんやりと光っているのは、恐らく端末を操作しているのだろう。…明らかに目が悪くなる行為だ。
「…その…暗くないのか?」
「……?パソコンの画面の明かりがあるから問題ない…。…それよりも…」
パソコンの画面を眼鏡に映しながら、横目でロンを一瞥する。暗がりの中なのでわかりづらいが、水色の内巻き髪に見える。そして自身を見る目は、まるで観察していた。それはそうだろう。本来いるはずのない男がIS学園にいる。それに対して思うところがある人間ばかりなのだから。
「貴方は…織斑一夏と違う方の男子操縦者?」
「あぁ。ロン・ラーワンダーだ。その…君と同室と言うことになる。よろしく、お願いします。」
なぜが自身が年上なのだが、最後は敬語になってしまった。そりゃまあ、現在進行形で『眼を細めてジト目』で見られたら、そうもなろう。
「…そう。私は更識簪。よろしく。」
「よ、よろしく頼む、ミス更識。」
ジロリ。
あれ?名前を呼んだだけで睨まれた?
「簪。」
「え?」
「簪って、呼んで。この学園にはお姉ちゃんもいるの。だから簪って呼んで欲しい。あとミスも要らない。」
普通なら初対面の相手に名前で呼ばれるのは嫌がるだろうに、そうまでフランクに接して良いものか?だが…
「わかったよ、簪。俺のこともロンと呼んでくれ。…これで良いかな?」
「ん…。」
納得いったのか、少し、ほんの少しだが頬笑んだ気がする。
本人たっての希望だ。それなら遠慮は要らないか。
「とりあえず…中に入ったら?荷物、届いてるし、入口に立ってると目立つよ?」
「それもそうだ。…一応電気をつけても良いか?流石に荷解きするのにディスプレイの明かりでは暗い。」
「いいよ。」
パチリと入口の壁に備えられたスイッチを入れると、暗い部屋になれた目にLEDの眩い光が刺激し、思わず眼を細めてしまう。
「ん、眩し…。」
「俺ですらここまで眩しいと感じるんだから…簪はもっと眩しいだろうな。」
「…少し、集中しすぎたかも。」
「暗い中での作業は目によくないぞ?昔から言うだろう?画面を見るときは部屋を明るくして離れてみろって。」
「確かに、そうだけど…。」
と、ここに来てパソコン、そのディスプレイに映されている物にようやく目が入る。
起動実験の時と座学で、ある程度その造形を目にはしているため、それが何なのかを理解するには余り時間はかからなかった。
「これって…IS?」
「えっ?わわっ!」
見られたと知るや否や、そのディスプレイを小さな身体で必死に隠す。
見た所、日本製第二世代型ISの『打鉄』に似ているが、纏っていると想定した画像を見るに、装甲面積がかなり小さくなっているように感じた。特に上半身はほぼISスーツのみで、両手の腕部装甲は無い。防御に重きを置いた打鉄と打って変わり、高機動タイプに見えなくもない。
「新しい…IS?」
「み、見た…?」
見てはいけなかったのか、顔を赤らめてじっと見てくる簪氏。
さて、どうしたものか。
×,いや、見てない。
○,少し、見えた。
□,青と白のストライブ(橙色)
△,ロマンス(赤字)
→○
「ごめん、少し見えたんだ。…その、秘密だったりした?」
「…別に…いい。見た所で…どうなるわけでも無いし。」
簪がディスプレイを明け渡すことで、その全容をハッキリと見ることが出来た。
『打鉄弐式』
そう書かれている。
が、
「ウチガネ…何と…呼べば良いんだ…?」
「打鉄ニシキ。」
「打鉄錦?」
「それ、グルンガストネタ。弐式というのは、英語で言い換えると、MarkⅡみたいなモノ。」
「なるほど…打鉄の改良タイプというわけか。でもこれは設計段階みたいだけど…?」
「私が…作ってる。」
「ISを…君が?」
「信じられない?」
「いや、信じるも何も…凄いことだと素直に思える。」
「…そう、ありがとう。」
ISと傍目に見るには簡単だが、そのコアと言い、かなりのテクノロジーの塊だ。コアはともかくとして、その外装を作るにしても、それ相応の技術と知識、そして資材が必要不可欠。実機を見て十分それを理解できてしまったロンは、ISを作り上げようと意気込む簪を素直に賞賛できた。
「…と、そうこうしているうちに夕食の時間だな。俺は食堂に行くが、簪はどうする?」
「…もうそんな時間なんだ。…そうだね。気分転換もかねて…」
「じゃ、行くとしようか。」
そうして部屋を出た二人だったが、よもやこのあとにあんな展開が起こるなどと、露とも知らなかったとロンは言う。
グルンガストネタに関しては、第一次αのコミックネタです。
かんちゃんの口調が掴みにくい…