赤崎君のダークヒーローアカデミア   作:もちもチーズ

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4時間目!

「それが出来ないなら、お前らはもう片方の犯人を追ってくれ。ただし、絶対に交戦はするな」

 

 今まで聞いてきた葵の声色の中でも一番冷たくどす黒い声だったとこの時、全員が思った。有無を問わぬ口調、同じ年の人間とは思えない、凄みがあった。

 

「いいのー? そんな体調の悪そうなお兄ちゃん一人で?」

 

「アホか。お前みたいな社会のクズ5秒だ」

 

 早く行け、と急かす葵に緑谷は問い掛けたかった。君はさっき、殺す覚悟があるか、と僕に言った。だったら君は・・・犯人の前に立つ君はその覚悟が───。

 

「だったらここは二人組で二手に分かれましょう」

 

 緑谷、麗日ペアと蛙吹、葵ペア。人が相手なら無力化するだけなら麗日と葵は分ける必要がある。麗日は個性により、葵は戦闘力により敵を無力化することができる。

 

 麗日と蛙吹が固まると、火力不足により万が一の場合の対処が効かなくなる。故の名軍師梅雨ちゃんの判断である。

 

「あ? 俺はいいから三人で───」

 

「そんな青白い顔して、動悸も荒くていつも通りじゃない赤崎ちゃんを置いていくなんて出来ないわよ」

 

「いーい友達を持ったねえお兄ちゃん。羨ましいよ僕は」

 

 犯人がバサッとフードを取る。

 

「もしかしてお兄ちゃんって兄弟かしら?」

 

「初めまして皆さん、葵の弟の紅です。以後宜しく」

 

 葵に似た顔立ちで真っ赤な髪に真っ赤な瞳を持つ少年は恭しく礼と挨拶をのべた。

 

「で、いいの?このままだと雅逃げちゃうよ?」

 

「ちっ! わかった、それでいいから向こうを頼む。これを付けるだけでいい!発信器だ! 絶対に戦うなよ!」

 

 バッと緑谷に小さな黒い箱を渡す葵。緑谷と麗日は力強く頷くと、葵達に背を向けて走り出した。

 

「さーて、手早く終わらせてもらう」

 

 葵がいつものごとく髪の手を二本作り出す。

 

「好きだねえそれ」

 

 紅も葵と同じく髪の手を二本作り出した。

 

「同じ個性!?」

 

「梅雨。言っとくがするならサポートだぞ。する暇があるなら、だけど」

 

 え、赤さ───。ゴッ!と蛙吹の呟きを遮り、両者は激突する。大質量を持つ髪の手同士がぶつかり合い、押し出された空気が両者と蛙吹を巻き込んで叩く。その隙間を縫うように紅の拳が突き出てくる。中々に鋭い突きを葵はそれを冷静に払い、蹴りを放つ。

 

 カウンターの要領で放たれた蹴り。決まる、蛙吹がそう思ったとき、紅の肩から刃が生えた。その刃はそのまま葵の足めがけてひとりでに落ちる。蛙吹が次のシーンを想像して目を閉じる。直後にガキィン!と金属同士が接触したような音が響く。葵の蹴りの勢いは止まらず、紅の肩に精製された刃ごと紅の頬を蹴り飛ばした。

 

 蛙吹が目を開けると、五体満足な葵と蹴り飛ばされ宙に浮く紅。だが紅は小さな髪の手を二本作り出し、駐車場の支柱を掴む。まるでゴムの反動を利用するかのように跳ねて再び葵へと向かう紅。

 

「アッハハハ!! 効いたねえお兄ちゃん!」

 

「はやっ!?」

 

 慌てて回避する葵の脇腹に鮮血が舞う。紅の身体中から飛び出るのは、昆虫の足のような細い糸のようなものの先端に小さな鎌がついている。

 

「赤崎ちゃん!」

 

「蛙吹、大丈夫だ」

 

 蛙吹に待ての合図を送り、支柱に鎌を食い込ませ、先程と同じように反動でこちらへ高速移動してこようとする紅を睨む。

 

「つっぎはー、避けれるかな!?」

 

 ヒュン、という風を切るような音と共に葵の片腕に深々と鎌が突き刺さる。焼けるような痛みを葵が襲うが、そこで葵が動きを止めることはない。鎌を取り付けている糸のような棒状の何かを一気に手繰り寄せる。

 

「おぉっと!?」

 

 体勢を崩した紅が、葵の元へやってくる。紅は無数に出ていた残りの鎌を持ってして葵の迎撃に当たる。それらを葵は髪の手で殴り飛ばす。だが紅には二本の髪の手がある。加えて葵の現状で動かせる髪の手は一本。

 

「赤崎ちゃん!」

 

「梅雨!」

 

 まだ待つの、と蛙吹は直ぐにでも飛び出したくなった己を堪える。

 

 葵の髪の手と紅の髪の手が再びぶつかり合う。これで葵に手は無くなった。紅の残った髪の手が、葵を捉える。大質量のそれは食らえば葵などまるで踏み潰される蟻のように無惨に死体へと変えるだろう。

 

 だが、葵はいつになく落ち着いていた。ゆっくりと向かってくる死の一撃に対して、葵は静かに右手を構えた。ゆらりと葵の拳に忍び寄るのは赤い蒸気。

 

 それを見た瞬間、紅の表情が豹変する。

 

「それは僕のものだろぉぉぉぉがぁぁぁぁ!!!」

 

 紅の背中からあの鎌が生えてくる。目前に迫る髪の手に葵は自らの拳をパシン、と当てる。蛙吹から見れば葵の拳は小さな小さなものだった。次の瞬間には葵は髪の手に押し潰されるか吹き飛ばされ、敵の背中から生えている鎌により致命傷を受ける。───赤崎ちゃん、これ以上何を待て、と。

 

 そして次の瞬間が訪れる。葵の拳が数百倍はあるであろう質量差をひっくり返し、髪の手を破壊するのを蛙吹が見た。髪はバラけて、元へと戻る。葵の反撃が始まる。

 

「とでも思ってたぁ!?」

 

 背中から生えた鎌が真っ直ぐに葵へと突き刺さろうとする。蛙吹と葵の間に最早言葉は要らなかった。そして紅は気付いた。葵は迫り来る凶刃など見ていなかった。葵が見ていたのはただ、目の前の敵。

 

 こいつ死ぬ気か!? 凶刃は最早避けれぬ位置まで来ている。後はこの凶刃が葵の脳天を突き刺して終わり、のはずだった。

 

「最後の最後まで気付かなかったな」

 

 がくん、と空中の紅が何かに引っ張られ姿勢が崩れる。紅の視線の先には、鎌と背中の間、糸のような部分を蛙吹の舌が巻き付いているところだった。

 

「ヒーローを、甘くみんなよ」

 

 紅の眼前には、既に拳を引いている葵がいた。

 

 数百倍もの質量差をひっくり返した拳が今、紅へ突き刺さる。

 

 バキィッ!!と駐車場全体へ響き渡る程の殴打音。葵の拳が振り抜かれた瞬間、ものすごいスピードでいくつもの車を巻き込み破砕しながら吹き飛ぶ紅。糸を引っ張っていた蛙吹も思わず引っ張られそうになったために慌てて糸を離す。

 

「赤崎ちゃん、やりすぎじゃない?」

 

「これは俺からあいつらへの宣戦布告。やり足りないぐらいだ」

 

 葵の腕から、赤い蒸気は既に姿を消していた。ともあれ紅との戦闘に勝利した二人は急いで緑谷達の元へと向かおうとしたその時、凶刃再び。

 

「あぶねぇ!!」

 

 狙いは蛙吹だった。それに気付いた葵は咄嗟に蛙吹を抱き寄せる。蛙吹からすれば一瞬だったが、気付けば自分がいた位置にあの鎌があったのだ。葵がいなければどうなっていたか、想像には難くなかった。

 

「あ、ありがと。赤崎ちゃ───!?」

 

 蛙吹は無事だった。葵の右腕と引き換えに。ぼとり、と葵の右腕が駐車場へ落ちる。

 

「ちっ。持ってかれたか」

 

「アッハハハハハハハハ!!!!!」

 

「なんで生きてられるの!?」

 

 蛙吹は我が目を疑った。紅の状態は最早人間ではあり得ない域に到達していた。全身にくまなくガラス片が突き刺さり、右腕には車のパーツとおぼしき棒が貫通しており、頭の左側は、車の扉が突き刺さっている。真っ赤に染まった眼球にも多量のガラス片が散っているのがわかる。

 

「う、でも流石に僕も限界だ。血を流しすぎたね」

 

 血、という言葉に蛙吹はハッとする。葵の腕の止血をしないと、と葵の方へ振り向くと葵の右腕はそこにあった。

 

「え?」

 

 確かに切り飛ばされ、地面に落ちたはずの葵の右腕。それがいつのまにか再び葵の元へと戻っていた。

 

「腕を切り飛ばすくらいじゃあ無理かぁ」

 

  そういいながら、ドロドロと紅は溶けていく。

 

「向こうも邪魔があったみたいだけど最低限の目的は果たした。じゃあお兄ちゃん、また会おうね」

 

 そういって紅は完全に地面に溶け、その姿を消した。

 

「な、なんだったの・・・」

 

 脅威が今度こそ確実に去った安堵感。衝撃なまでの現実の数々に、蛙吹はぺたりとその場に座り込んでしまう。だが一刻も早く緑谷と麗日の様子を確認しにいきたい葵は、蛙吹に早く立てと急かす。

 

「い、色々ありすぎて腰が・・・」

 

 そんな蛙吹に葵は背中を向ける。

 

「赤崎ちゃん?」

 

「おぶる。だから早く行くぞ」

 

 蛙吹はそっと葵の背におぶさる。葵はスッと立ち上がり、一度蛙吹の位置を調整してから走り出す。

 

「にしてもあれだな梅雨」

 

「何?」

 

「麗日よりは軽い」

 

「・・・・・・許してないわよ」

 

 葵の背に顔を埋め、ぼそりと呟く蛙吹。

 

「やっぱ胸の差かな」

 

「さいってい!」

 

 バチコン!と小気味いい殴打音が駐車場に響いた。

 

「あ、赤崎君!」

 

 葵が駐車場内を回っていると、少し先に麗日と緑谷、そして緑谷の腕の中にはあの歌音がいた。

 

 ───助け出したのか。あいつらボロボロだ・・・ってやっぱり交戦してんじゃねえか。

 

「そっちはどうだったんだ?」

 

「な、なんとか撃退出来たよ。人質の女の人は助けたんだけど発信器はつけれなかったんだ」

 

 身体中をドロドロに溶かし、コンクリートと同化して逃げる相手にどこに発信器を付けるんだ、という話である。それに関して葵が言うことはない。ただ葵が言いたいのは、

 

「無茶しやがって! 交戦するなって言っただろ!」

 

 緑谷の外傷は右腕に裂傷と腫れ。間違いなく個性を行使した代償だろう。麗日は全身に小さな擦過傷と、腕に少し深めの傷があった。

 

「で、でも私たちが助けなかったらこの人は───」

 

「確かに。ヒーローを目指すためにはそういった自己犠牲も大事だけど、お前ら自身だって守る対象だってことを忘れんな」

 

 ヒーローは自己犠牲を省みない。だがそれで自らの命を失ってしまっては本末転倒。葵が緑谷と麗日に伝えたかったのはそれである。

 

「体調悪いのに一人で敵を倒そうとした赤崎ちゃんが言っても説得力ないわね」

 

 言われてみれば、と怒られていた二人が一転攻勢。じーっと葵を見つめてると、葵は背中の蛙吹を地面に落とした。

 

「ふぎゃ! い、痛いわ赤崎ちゃん」

 

「お前が悪い」

 

 葵は無理矢理この話を打ちきり、歌音に外傷が無いかを確認する。

 

「これは」

 

 歌音の首筋。既に傷口は塞がっているが、何かを首筋に刺したような後があった。

 

「大丈夫か、君達!」

 

 その時バタバタ、と数名の大人の男性が駆け付ける。

 

「歌音さん!? 歌音さんの容態は!?」

 

「やかましい。大丈夫だよ、この二人が助けた」

 

 緑谷と麗日を指差し、葵はスタスタとその場を去ろうとする。

 

「え、ちょ、赤崎君!?」

 

「待ってよ赤崎くん!」

 

「ケロ」

 

 緑谷と麗日は歌音を男性に預け、葵の方へ走っていく。蛙吹は舌を最大限伸ばし、葵の首筋に巻き付け、葵を支えにして葵の方へと飛んでいく。

 

「アホかお前。殺すぞ!」

 

 首に蛙吹の全体重がのし掛かり呼吸が不可能になった葵は、再び背中におぶさった蛙吹に不満の声を漏らした。

 

「赤崎君、かっちゃんみたい」

 

「重くないんでしょ?ならいいじゃない」

 

「普通に重いわ!」

 

「「あ」」

 

 バチコン!と小気味いい殴打音が再び駐車場内に響いた。

 

「また今度きちんと話すことにする」

 

 今回の一件、緑谷も麗日も蛙吹も、色々と聞きたいことがあった。だが、葵がこういうなら今日のところはこれでいい、と三人は思った。

 

「さて、とりあえず治療だお前ら」

 

 無傷な蛙吹はいいとして、腕に深めの傷を負っている麗日と右腕すべてがやばい緑谷。応急処置しか出来ないが、と葵が近付くとザザッ!と麗日が後ずさった。

 

「・・・出久は相性の都合でホントに応急処置しか出来ないけどお前は相性いいから完治できるぞ?」

 

 葵が一歩近寄ると、麗日は一歩下がる。

 

「痕が残るぞ」

 

 その言葉に麗日の足がピタリと止まる。

 

「お願い、します」

 

「あれね。赤崎ちゃん詐欺師になれるわね」

 

「口悪いなお前」

 

「赤崎君も大概だと思うけど・・・」

 

 麗日の願いで、治療中蛙吹と緑谷には離れていてほしいといわれ、二人は扉一枚隔てることになった。

 

「なんで麗日ちゃんあんなこと言ったのかしら? 確かに人の唾液で治療してるとこを見られたくないのは分かるんだけど」

 

「あー赤崎君の唾液での治療ってなんかものすごくくすぐったいんだ。僕なんか相性悪いから対して効果がないはずなのにすごくくすぐったかったから」

 

「なるほど。じゃあ見てみましょうか」

 

「えぇ!? 絶対見ないで聞かないでってなんども念を押されてたのに」

 

「探偵というのは知的好奇心には勝てないのよ緑谷ちゃん」

 

「蛙吹さん軍師じゃなかったけ?」

 

「名探偵梅雨ちゃん、と呼んで」

 

 がちゃり、と出来るだけ静かに扉を開け、隙間から麗日と葵を覗く蛙吹。と緑谷。

 

「緑谷ちゃんも気になるんじゃない」

 

「いやー。ははは」

 

 辺りを見回していた蛙吹と緑谷だが、やがて視線は一点に固定される。二人の視線の先には葵と麗日がいた。

 

「ふっ・・あ・・・くぅ」

 

「お前聞かれるのが嫌なら声抑えろよ」

 

「「!?!?!?」」

 

 蛙吹と緑谷がピシリと固まる。

 

「いや、待って。落ち着いて。落ち着くのよ緑谷ちゃん」

 

「落ち着いてないのは蛙吹さんだよ」

 

 これは一体どうしたのだろうか。治療行為をしていたはずのクラスメイトが喘いでいた。その事に顔には出ないまでの脳内お祭り騒ぎの蛙吹と、一度それを見ている緑谷は比較的落ち着いていた。顔は赤くなっているが。

 

 葵の背中と麗日の顔が見えている位置にいる蛙吹と緑谷。二人から見える麗日の顔はとろんとしており、目の焦点があっていないように思えた。

 

「ふぁ!?・・・んっ、はぁ・・」

 

 麗日の中で、怪我による痛みは最早なかった。葵の唾液が腕を這う度に甘美な痺れが麗日を襲う。ジンジン、とした優しい痛みは麗日の中では寧ろ良い感覚として享受される。

 

 それとは別に身体の中で、何かが込み上がってくるような気分になる麗日はその気分を我慢しようと嫌々、と首を振りながら出そうになる声を押し殺す。

 

「お前、その顔なんとかなんないの?」

 

 自分が一体どんな顔をしているのか。頭の中に薄くもやのかかった麗日は、想像が出来なかった。ただ身体が熱く、火照るように身体が熱かった。

 

 携帯を鏡代わりにして麗日は自分の顔を見てみると、なんともふにゃりとしたしまりのない顔だった。熱さゆえか顔も赤くなり、息も荒い。知らない人が見たら間違いなく誤解される一面だった。

 

 こんな顔、クラスの人には見せれないなぁと不意に葵の後ろを見た。麗日の思考回路が瞬く間に吹き飛んだ。声が出ない。ぱくぱく、と金魚のように口を動かす。

 

 気まずそうにごめんね、と謝る蛙吹と最早林檎より真っ赤な純情少年緑谷がいた。ボシュウ!と麗日の顔が羞恥で真っ赤に染まる。

 

「ちょ、ちょっと待って!赤崎く───ひゃあ!」

 

 先程まで我慢できていた感覚に麗日は何故か我慢できなくなっており、ビクビクと体を震わせる。

 

「どうしたの緑谷ちゃん?そんな前屈みになって」

 

「いやぁちょっと僕のワン・フォー・オールが」

 

 見られたぁぁぁぁ!!!と脳内で暴れまわる麗日の腕からようやく待ち望んだ瞬間が、葵の指が離れた。葵が治療終了を告げる前に麗日は葵に触り葵を無重力にした後、葵を掴みながら蛙吹達の方へと向かう。

 

「まずい・・・!麗日ちゃんがこっちに来る! 緑谷ちゃん、逃げるわよ」

 

「え、ちょっと待って。今僕動けないんだけど!」

 

「じゃあ諦めて」

 

「あんまりだぁぁぁぁ!!」

 

「でぇぇぇぇくぅぅぅぅくぅぅぅぅんんん?」

 

「ひ、ひぃぃぃ!?」

 

 がちゃりと扉を開ける麗日。麗かどころか般若として覚醒していた麗日を見て脱兎、いや脱蛙のごとく逃げる蛙吹の元に葵が投げ込まれ、無重力を解除された葵は弾として蛙吹に発射された。

 

 ガチン!と頭同士がぶつかりあい、ぐらりと二人が倒れる。

 

「あ、あぁ・・・蛙吹さん、赤崎君!」

 

「デクくん」

 

 絶望し、手を二人に伸ばそうとした緑谷の肩をぽん、と麗日が叩く。緑谷が麗日の方を向くと、麗かとした笑顔を浮かべる麗日がいた。助かった?そりゃそうだ。僕は蛙吹さんに巻き込まれただけで悪いことなんて何も───

 

「忘れろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 豹変し、顔を真っ赤に染めた麗日がガン!と緑谷に制裁を加えた。偉い人は言いました、最後に立っていた奴が勝者だと。麗日 お茶子は勝者となった。

 

 ▼

 

 あの酷いオチから一夜明けた登校日。どうやらあの日は皆が皆、あのデパートで色んな事件に巻き込まれていたらしい。皆が皆、帰る頃には疲れ果てていた。

 

 次の日が学校とは憂鬱だなぁ、と思っていたなか、葵の携帯に知らない番号から着信が入った。

 

「はい、もしもし」

 

『おう、俺だ。今日学校に来たらとりあえず職員室に───』

 

 ブツッ、と葵は電話を切った。電話の相手は担任の相澤だった。電話の内容は見当がついていた。

 

 ───オールマイトのやろう・・・。

 

 再び携帯に着信が入る。

 

「はい」

 

『次に切れば除籍させるぞ』

 

「職権濫用じゃねえか」

 

『切らなきゃいいんだろうが。全く手間かけさせやがって。とにかく、来いよ職員室』

 

「わかった」

 

 ブツッ、と寡黙な人間と合理的な人間との会話は5秒で終了した。

 

 そうして休もうかとも考えた葵は現在、職員室前にいる。

 

「来たか」

 

 スーっと引き戸を開け、葵が職員室に入ってくる。色んな教師の目が葵へ向くが、葵はそれらを気にせず担任である相澤の元へと向かった。

 

「大体見当はついてると思うが、来い。校長がお呼びだ」

 

 有無を言わさず校長室に連行される葵。校長室の中には校長とリカバリーガールがいた。

 

「オールマイトは居ないのか?」

 

「人助けで遅刻だ」

 

「それヒーローとしてはいいけど教師としてはどうなんだ?」

 

「さて、赤崎君。率直に聞こう。ドクターとは何者だ?」

 

「あんたらに話す気はない」

 

 葵の拒絶に迷いはなかった。

 

「おい赤崎!」

 

 厳しい声を飛ばす相澤。だが葵が態度を変えることはない。葵の根幹を成す問題は、あのオールマイトですら容易に踏み込むことはできない。

 

「除籍か? するならしろよ。これに関して俺が言うことは何もない」

 

 来客用のソファーにドカッと座り、葵は瞑目する。

 

「ふむ。オールマイトに聞いてた通りじゃな。何故そこまで話したくないかは教えてくれないかね?」

 

「知ったところでどうするつもりだ? 何も出来ないだろうが」

 

 ───ドクターが生きているとすれば、あのオールマイトにフルボッコにされ、俺に止めを刺されてもなお生きているとすれば、こんな生ぬるい連中じゃあ被害を増やすばかりだ。

 

「プロのヒーローを数多く有するこの雄英が相手になっても?」

 

「じゃあそのご自慢のプロのヒーローかき集めてオールマイトに勝てるか?」

 

「・・・・・・・相手はオールマイト級だと?」

 

「ドクターの研究が完成してるならオールマイト級もしくはオールマイトすら越えるやつらが複数だな」

 

「一体どんな研究したら、そんなやつが・・・」

 

 葵の言葉に戦慄を隠せない三人。オールマイトの強さを身に染みて分かっている三人だからこそ恐れた。オールマイトが複数敵として存在する、その戦力差を。

 

 葵が葵の身に起きたあの凄惨な事件を話さないのは、それを聞いたものが巻き込まれるのを防ぐためなのである。ドクターと呼ばれる人物の狡猾さ、残忍さを葵は誰よりも知っている。彼が秘密主義なのを知っている葵は、一時期ドクターの研究成果を嗅ぎ回るやつらを翳した。自らの研究を決して外部に漏らさない。その徹底的なまでの秘密主義に葵は恐怖していた。

 

 ───俺のツケを別のやつに払わせるわけにはいかない。

 

 それでも、己を省みず葵を助けてくれるようなやつが現れた時───。

 

 ───そいつはきっと、何よりも、誰よりも、格好いいんだろうな。

 

 葵がチラリと時計に目をやると二時間目が始まっている時間だった。

 


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