月日は流れて、雄英高校の入学日となる。当然とばかりに葵は合格を勝ち取り、その基準となるポイントも稀に見る三桁へと到達していた。
「さて、と。んじゃ行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」
送り出してくれるのは、赤崎妻と明。そんな二人に背中越しに手を振りながら葵は家を出る。
前に通ったコンビニを大きく迂回するように雄英を目指す。結果前より10分ほど遅れて葵は雄英へと到着する。
───いかん、あの日から警察に少し苦手意識が。
そんな風に思いながらも、葵は自らの教室である1-Aの教室を開ける。途端にクラス中が葵へと向く。
───お茶子とあいつはまだか。
葵は黒板を見て、自分の席を探す。黒板によると葵の席は窓際の一番奥だった。これは寝るのにも好都合だと少し上機嫌になりながら席へ向かおうとすると、オイ、と声をかけられた。
葵が声をかけられた方を向くと、目付きの悪い特徴的な髪型をした少年が机に足をかけながら不機嫌そうに葵を見る。
「てめえだろ。入試を一位で通過したっつうクソ野郎はよお!」
「だったらなんだよ」
ギラギラとした目付きと、無表情の絶対零度の瞳。一触即発の空気に流石にマズイ、と思ったのかメガネをかけた高身長の七三分けをした少年が止めにはいる。
「やめないか君たち! こんな初日に喧嘩みたいな野蛮なことは!」
その時、ガラガラ!と扉が開く音がする。葵がそちらの方をチラッと見るとそこにはあのオールマイト擬きの個性を持った少年がいた。
「そもそもそっちの君! 机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!」
「思わねーよてめえどこ中だよ端役が!」
「あー俺はもう行くぞ」
二人の口論により、弾かれた葵はスタスタと自分の席につく。ふー、と席につくと前の席に座っていた少女がくるりと振り返ってきた。
「ああいう野蛮な方は何処にでもいますわね」
葵は黒板により、目の前の少女の名字だけは知っていた。少女にしては背が高く、葵の頭一つ分は高い身長、端正な顔立ちに出ることは出て引き締まるとこは引き締まっているスタイル。
「敵だな」
「え?」
思わずの高身長に呟いてしまい、すぐになんでもないと言葉を訂正する葵。少女も小首を傾げていたが、特に気にしなかったのか、話題を変えてくる。それは葵が入試をダントツ一位で通過したというものだった。が、葵はそれを知らなかった。
葵がそれを知らないのも当然だった。葵に宛てられたプロヒーローによる合格通知のビデオを葵は見ていない。合格なのはわかりきっているのだから見る価値はない、と入学の書類だけ抜くと後は全てゴミ箱にポイしてしまっていた。
私もかなり自信はあったのですが、と葵の目の前の少女は自身の不甲斐なさに少ししょげる。
「じゃあお前は二番だったのか」
「乙女が傷付いてるところに塩塗りたくるような真似するんですのね」
少女は戦慄したように葵を見る。まぁ最早言うまでもないが赤崎 葵という男は空気を読むという言葉を知らない。思ったことを言うし、思ってもないことは言わない。良くいえば素直で悪くいえばKYなのが赤崎 葵という男である。
「あのような痴態を見せた上で一位なんて───」
「おいまて痴態ってのはどういうことだ?」
痴態。愚かな振る舞いや馬鹿げた態度のこと。だったと葵は記憶している。だが良く良く思い返したとて自分があの試験の日にそのようなことをしただろうか。いくら考えてもその答えはNOであり、少女が下した評価の意図がわからない。
「ほら、あれです。救助した少女の足を───」
「ちょっと、待ったぁー!」
ゼーハーゼーハーと海賊王に一番近い男よろしく息を切らして顔を赤らめながら少女の発言を切ったのは、ちょうど話題の渦中だった麗日である。
おはよ、と気軽に声をかける葵を麗日はキッと睨んだ後、少女の肩を掴み、頼むからそれだけは止めてくれ、とあまりの必死さに少女が引くぐらい懇願すると少女は、わかりましたわ、と引き下がってくれた。
「あいつ何キレてんだ?」
「それを本気でいってるなら尊敬しますわ」
ぷりぷりと怒りながら席へ戻る麗日に小首を傾げる葵。そんな葵を見てやれやれと頭を振る少女。そうしていると、ガラガラ!と扉が開き、寝袋が入ってきた。
クラス一同が何故寝袋?と心を一つにするなか寝袋が独りでに開き、中からひょいっと男の首が現れた。やがて男は寝袋から全身を外気に触れさせ、教卓にある机の角に手を添えて、1-Aの面々を見渡す。
「ハイ。静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」
髪は葵と同じく肩ほどまで伸びており、目は少し腫れぼったく、多少は整えられているが剃り残しが目立つ髭。街中で見かければ間違いなく不審者発見!と通報しそうな見た目だが、ここは雄英高校である。
普通学校には先生と生徒しかいない。どう見たって生徒には見えない、となれば必然的に目の前のこの不審者紛いの男は、
「担任の相澤 消太だ。よろしくね」
簡単に自己紹介だけ済ますと、相澤は自身が入っていた寝袋をゴソゴソと触りだす。そこから取り出されたのは、雄英高校の体操着だった。
「早速だが体操服着てグラウンドに出ろ。そこでお前らにはしてもらうことがある」
相澤の有無を言わせない発言に麗日が立ち上がる。
「あの・・・! 入学式やガイダンスは!」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ」
ここは雄英高校。ヒーローになるための高校。雄英には自由な校風というのが存在するが、それは生徒にだけ当てはまるというわけではない。つまり、この雄英高校。先生によるパワハラを耐えれたものこそがプロヒーローとしての道を切り開ける高校なのだ。
「ようこそ、雄英高校へ。ヒーローの卵達」
個性把握テスト。ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、およそ中学までで誰しもやったであろう体力測定。それをここ雄英高校では個性を使って行う。超常の力を使って行われる体力測定。当然普通の結果が出るわけもなく、
「爆豪、ソフトボール投げ705.2m!」
といった規格外な値が出る。おぉー! と皆が感嘆の声を漏らす中、葵は一人そわそわしていた。それに気付いたのは、赤い逆立った髪の少年だ。
「おめー何そわそわしてんだ? 体力測定初めてじゃねえだろ?」
小学、中学、と上がっていれば当然行っているはずの体力測定。少年が葵のことを緊張してるのか、と肩を叩いて緊張を解そうとすると思いもよらぬ答えが返ってくる。
「初めてだよ。なんだよ長座体前屈って字面だけじゃまじわかんねえ」
「へっ!?」
そう。この赤崎 葵は小学、中学、ともに学校へは通っておらず、オールマイトの推薦というのと一応中学卒業レベルの学力はある、ということでの異例の高校入学というわけである。
「じゃあ次、赤崎投げろ」
相澤から呼び出しがかかり、どういうルールなのか分からずにサークル内に入る葵。先程の少年が葵に近付きルールを説明してくれる。
「つまり、足が円の外に出ないようにしてこのボールをどれだけ前に飛ばせるかってことか」
「そうだけど、まじで知らなかったのか」
今の二人の会話で大体の者が、葵が体力測定を知らないことが分かり、ざわめきが起きる。それを気にも止めず、葵はぶんとボールを投げた。
『赤崎 葵 ソフトボール投げ 71m』
「こんなもんか」
「おいおい! 個性使わないでどうすんだよ!」
「こいつ馬鹿か」
記録にうんうん、と納得していた葵に赤髪の少年がツッコミを入れ、担任の相澤がはぁ、と溜め息を吐く。そんな二人の反応を見て、あ、と呆気に取られる葵。
「もう一回ある。真面目にしろよ赤崎」
相澤から投げ渡されたボールをしっかり握り混み、葵は相澤に確認をとる。
「足が、出なければいいんだよな?」
「? あぁそうだが」
その言葉に葵はよし、と呟きボールを少し上に放った。周りが何を? と疑問を持った瞬間に葵の髪を全て纏めあげた髪の手が出来上がる。あまりの規格外の大きさに皆が声を失っていると、髪の手は動きだし、対比で豆粒程度のソフトボールを遥か前方に向かって吹き飛ばした。
一瞬で見えなくなるソフトボール。葵は髪の手を解除し、記録を待つ。そんな時、バシッと肩を叩かれた。
「おめーすげえ個性持ってんなぁ!」
「あーさっきはありがとな。切島だっけか?」
切島 鋭児郎。それがこの赤髪の少年の名前である。硬化という個性を持ち、人当たりのいい、元気な少年である。
「俺も見てたぜー! いやーすげーよお前の個性!」
「ほんとほんと! 髪を操る個性なの? あ、でも入試の時は翼生やしてたよね」
続いて現れたのは褐色の肌をした少女と、金髪のチャラチャラした風体の少年だ。
「えっと芦戸と上鳴だっけか?」
「すげえ。席順の紙見ただけだろ。よく覚えてんな」
「ソフトボール投げは知らなかったのにねー」
「うるせえ。知らねえもんは知らねえんだよ」
「おいお前ら。くっちゃべってると除籍するぞ」
相澤から釘を刺されて、口をつぐむ四人。相澤のいったその言葉に嘘偽りはなく、今回のこの体力測定。順位が最下位だったものは除籍という、極めて不条理な罰ゲームが待っている。
ピピっという音とともに葵のソフトボール投げの計測が終了する。
『赤崎 葵 ソフトボール投げ 1,018m』
「次は立ち幅跳びか」
葵は飛んだ瞬間に翼を生やし、相澤の方へ向く。
「どこまでも飛べるけど?」
「飛ぶんじゃなくて跳ぶんだけどな」
『赤崎 葵 立ち幅跳び ∞m』
「おぉ!立ち幅跳びで∞が出たぞ!」
「ソフトボール投げでも出てんぞ!」
『赤崎 葵 持久走 1分07秒』
『赤崎 葵 50m走 3秒21』
『赤崎 葵 握力 測定不能』
『赤崎 葵 長座体前屈 14m』
『赤崎 葵 上体起こし 97回』
イカれているとしか思えない個性を打ち立てていく葵に皆の視線が一様に集まる。ちなみに上体起こしは髪を操り倒れたら髪で地面を叩きすぐさま起き上がるという技をやってのけた。そんな葵の最後の種目が反復横跳びだった。
「最後か。これは確か白線を跨ぐのは繰り返すんだったよな」
「そうだよ。流石にこれには葵の個性も使えないんじゃね?」
「無理だな確かに」
『赤崎 葵 反復横跳び 91回』
「いや十分すぎるわ化け物か」
「そんなことねえよ。それより───」
葵がチラッと見ると、そこにはあの緑髪の少年がソフトボール投げで46mを出していたところだった。
「あーあいつか。今のところすげえ記録は一つも出てないはずだぜ」
個性が発現しなかったことに慌てる少年。だが真実は担任である相澤の『消失』という個性による不発だ。少年の個性は自身に莫大なブーストをかける代わりに身体を負傷する。
個性を使う度にそういったことが起こり、また誰かに助けてもらう。そんなヒーローにお前はなるのか、と相澤に告げられ、少年は何かを考えるようにうつむき、ボールを持ってぶつぶつと呟いている。
そんな少年を心配そうに見つめる麗日の隣に葵が立つ。
「あいつが心配か?」
「赤崎くん。うん、やっぱり助けてもらったのもあるし」
葵は少年を見る。何かを決意したかのように顔をあげる少年を見て、葵は麗日の頭に手を置く。
「あいつは大丈夫だろ。こんなとこで諦めるようなやつがあの時お前を助けたり出来ない」
「むっ! 君は確か赤崎くんだったか」
麗日の隣にいた眼鏡をかけた高身長の少年が葵へ声をかけてくる。
「敵だな」
「え?」
あの少女と同じ反応を示した葵に少年は少女と同じ反応を示す。その後三人が自己紹介を交わした瞬間、緑髪の少年が705.3mという数値を叩き出した。
「まだ───動けます!」
「すごい・・・」
「大丈夫だったろ?」
その時麗日は初めて葵が笑ったようなそんな気がした。そしてそんな葵に自分が見惚れていることに気がつき、頭に乗せられている手を払いどけた。
「女って難しいな天哉」
「ぼ、俺に振らないでくれるか!」
「リア充爆発しろぉ!」
こうして様々な決意を新たに、体力測定は終わりを迎えた。葵も新たに飯田、切島、芦戸、上鳴との会話を経てクラスの輪に溶け込む。葵の雄英での生活は順調なように見えた。
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そんな個性把握テストから一夜明けての次の日。どこの高校でも変わらないような淡々とした授業を受けての、午後の科目。ヒーロー基礎学。
ヒーローになるための基礎を学ぶ科目であり、そのジャンルは多岐に渡る。そして何より、この科目を担当するのが、平和の象徴、オールマイトである。
「今日君達に行う訓練はこれだ!」
オールマイトが快活な声をあげ、『BATTLE』と書かれたプレートを取り出す。その為だけに作ってきたとすれば、いかにも新任教師らしい力の入れ具合だった。
「戦闘訓練!! それに伴って用意したのが───こいつだ!!」
ヒーローに欠かせないもの。その問いを投げ掛ければ様々な答えが返ってくるだろう。その中の一つとして外せないのがこの戦闘服である。自らがヒーローであることを端的に示し、敵には畏怖を、味方には安心を与える。それが戦闘服の役目である。
「戦闘服、ねぇ」
葵は自らに配られた戦闘服を見つめ、ぼそりと呟く。
「どーしたんだよ、赤崎。着替えて早くいこうぜ!」
戦闘服を持ったまま固まる葵を不審に思ったのか、上鳴が葵に声をかける。
「あー先にいっといてくれ。すぐ行く」
「お、おう。そうか」
いつも通りの無表情に上鳴は何か事情があるのか、と引き下がり、更衣室から姿を消す。先ほど緑髪の少年も部屋を既に出ており、部屋には葵しか存在しない。
「戦闘服、ねぇ」
もう一度同じ言葉を呟き、葵も更衣室を出ていった。
「さぁ始めようか!!有精卵共!!」
葵が入試にも使われた演習場へ出ると、オールマイトがそう宣言した直後だった。
「ん!? 赤崎少年、戦闘服はどうしたんだい!?」
葵の姿に一番に気付いたのは、葵の対面にいるオールマイトだった。オールマイトの声によってクラスの皆は、葵が雄英の体操着を着ているのに気付く。
「あーそれだけど、この科目って戦闘服必須ですか?」
「んー必須というわけではないけど、作られた戦闘服の着心地とか要望通りに再現されてるか、とかも兼ねてるから着てほしいのは着てほしいんだけどな!!」
「あ、じゃあ大丈夫です。確認はしたんで今日は体操着着てやります」
「そ、そう」
有無を言わせない葵の発言にオールマイトは強く出れなかった。そこに飯田が現れる。
「赤崎くん! そうやって一人勝手な行動を取ってクラスの輪を乱すのはどうかと俺は思うぞ!」
葵の態度に物申した飯田に葵はその無表情を向ける。
「今この場において決定権を持つのは天哉、お前じゃない。オールマイトだ。そのオールマイトが認めてんだ、天哉の出る幕じゃねえ」
「ぐぬぬ・・・!!」
「わぁ。あの飯田君を言いくるめてる」
「着たくない理由でもあんのかな赤崎」
「さぁ。始めようぜオールマイト」
「あ、あぁ」
オールマイトはしどろもどろになりながらも、自身作成のカンペを確認する。
「今回君達に行ってもらうのは、屋内での対人戦闘訓練さ!! このヒーロー飽和社会、真に賢しい敵は屋内に潜む!」
オールマイトの話を要約すれば、これから葵達1-Aは『ヒーロー組』と『敵組』の2チームに分かれ、二対二のチーム戦を行う。『ヒーロー組』の勝利条件は制限時間内に『敵組』に確保テープと呼ばれるテープを巻き付けるか、人質扱いの『核兵器』に触ること。逆に『敵組』の勝利条件は、制限時間内に『核兵器』を守り抜くか、『ヒーロー組』に確保テープを巻くこと。なお、チームは籤で決める。
「先生!ですが我がクラスは21名です! 一人余りが出ますがどうされるのでしょうか!?」
「そこは大丈夫!! 最後の一人はどこかのチームに入ってもらうからね!! 三人という変則チームでどう戦うかもヒーローとして重要な課題だ!!」
「お前とか」
「文句ある?」
葵のペアとなる相手は、特徴的な耳と目下に逆三角のペイントを施した少女だった。そして第一試合は、緑髪の少年───緑谷出久と麗日が『ヒーロー組』。『敵組』が爆豪と飯田だ。
「一応初めてだし自己紹介しとくよ。私は耳郎 響香」
「俺は赤崎 葵。まぁなんとでも呼んでくれ」
「じゃあ赤崎で。赤崎ってさどんな個性なの?」
「あ? あー言いたくねえ」
葵はめんどくさそうに拒否を示す。だがそれに納得いかないのは耳郎である。なんで?と疑問を葵へと投げ掛けるが、葵は言いたくないの一点張りで通す。
「チームでしょ! お互いの個性が分かってないと作戦立てられないじゃん!」
「あー正直いうと一人でやれる。ヒーロー側だろうが敵側だろうがな。そういう個性なんだよ」
なにそれ意味わかんない!と耳郎は葵の発言にご立腹である。ここにきて葵のありえないまでのコミュ力が発揮された瞬間だった。
その刹那、建物全体が大きく揺れる。どうやら爆豪が屋内において最も悪手である広範囲爆撃を行ったことによる衝撃らしい。
「授業だぞこれ!」
切島が叫び声のような声をあげる。葵が訓練の内容を映すモニターへ目を向けると、最早敵を体現したかのように凄惨にぶちギれて笑っている爆豪の姿があった。
「最早敵そのものだなあいつ」
「私もそう思うわ」
葵のぽっと出た感想に便乗するように、隣にいた少女が声を出した。葵がそちらに目を向けると少女も葵の方を向いていた。
「私は蛙吹 梅雨。赤崎 葵ちゃんよね?」
「ちゃんはやめろ。ちゃんは」
「分かったわ赤崎ちゃん」
「お前絶対わかってないだろ」
ケロケロと笑う蛙吹にはぁ、と溜め息を吐く葵。同じやり取りを繰り返すのもめんどくさいと蛙吹の呼び方の訂正を諦めた葵は、モニターに顔を向ける。
モニターの中では、いよいよ大詰めを迎えていた。葵の元へ声は聞こえないが、何か思いの丈をぶちまける緑谷。それを受けて今までで一番凄惨に表情を歪める爆豪。有利であるはずの爆豪の方が不利なように錯覚する中、オールマイトの待ったより数瞬早く、二人の拳が交錯しあう。
結果、勝った方はボロボロで負けた方がほぼ無傷というなんとも珍しい結果に終着した。勝ったとはいえ、身体がボロボロだった緑谷を保健室へ送り、残った面子で今回の訓練の講評が行われる。
「常に下学上達! 一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」
本来であるならば麗日、飯田、爆豪の評価をオールマイトが下すところをこの少女、八百万 百が全て話しきる。オールマイトは八百万の状況把握能力にただただ舌を巻くばかりだ。
───へえ、状況把握能力に長けたやつもいるんだな。敵だけど。
続いて二回戦。葵の手番が回ってくる。相手は状況把握能力に優れた八百万とそんな八百万と同じく推薦での入学を果たした轟 焦凍である。『敵組』となった葵と耳郎は先に屋内へと入る。
「赤崎、アンタほんとに協力しあわないつもり?」
核兵器の部屋で再び話し合いになる葵と耳郎。やはり話し合いの論点は葵の個性についてだった。
「確かにアンタの個性は横から見てても万能で一人でなんでも出来るかもしれないけど、これはチーム戦なんだよ?」
「協力する気がないとはいってない。ただ俺は自分の個性について話さない、といっただけだ」
「だからそれが協力する気がないっていってんでしょうが!」
ヒーローにおける個性というものは確かに、あまりベラベラと話していいものではない。情報が広まれば、敵側に対策され、仲間の足を引っ張ったり、戦闘を長引かせ周りへの被害が大きくなる。
だが耳郎も言った通りこれはチーム戦である。仲間の個性も把握せずに戦っていたのでは連携も何もあったものではない。こと防衛戦においてはそれが如実に現れる。それを危惧しているからこその耳郎の発言である。
「確かにアンタみたいな才能マンからしたらウチは足手まといかもしれないけどさ。それでもチームなんだから個性ぐらい教えてもらえないと連携の取りようが!」
耳郎の不満たっぷりの声に、瞑目し耳郎の話を聞いていた葵がパチリと目を開け、耳郎の方を向く。「何よ?」と耳郎がジロリと葵へ訝しげな目を向けると、葵は耳郎の肩を掴む。
「へ、ちょっと何!」
「俺の作戦だ」
そういって葵は耳郎の肩に置いていた手を下に下げ、耳郎の腰あたりに手を寄せ、耳郎を片手で持ち上げる。
「え?」
「はぁぁぁぁぁ!?!?」
その様子をモニターで確認していた葡萄頭の少年、峰田 実が吠えた。その声はまさに魂の叫びであり、爆豪と同じぐらいブチギレていた。
「あいつなんなんだよ美味しいとこばっかり持っていきやがってえええ!! 入試の時だって麗日にあんな───」
激昂する峰田の肩にポンと手を置かれる。なんだよ!耳郎のラブコメ反応見てんだよ!と峰田が勢いよく振り返ると、麗日してない麗日がそこにはいた。
「うん! 峰田少年、時に言葉は人を傷つけるということを覚えておくんだぞ!」
「麗日ー!正気に戻れ!」
「マッサツ。マッサツ」
顔を真っ赤にしながら峰田の葡萄を引きちぎろうとする麗日。
「オイラまだ死にたくねえ!」
「うるっせえぞクソモブ共がぁ!! モニターに集中出来ねえだろうが!」
そんなワイワイ盛り上がってるのをオールマイトがこれが青春だよな!!と嬉しそうに見ていると、うおぉ!!という上鳴と切島の声が上がった。
皆がそちらに目をやると、視線の先、モニター内では屋内戦用に建てられたはずのビル一棟が丸々凍り付けにされていた。
「こんなんありか!!」
「でも見ろ!赤崎と耳郎の姿がない!」
ビル内の至るところへ仕掛けられている監視カメラ。だがそのどれにも赤崎と耳郎の姿はない。ビルの入り口に防寒着を着た轟と八百万のみがモニターから視認できる人影である。
「あいつらまさかビルからトンズラこいて二人でイチャイチャと!」
「そんなわけないでしょ!」
バチーン!と峰田に強烈な張り手を食らわせる麗日。凶暴化した麗日に、皆が戦々恐々としているうちに轟と八百万は核兵器のある部屋に到着していた。
「いませんわね。あの二人」
「ここにいないってんなら俺達を迎撃するために何処かの通路で待ち伏せしてるうちに凍っちまって身動きが取れないか。それともこの状況を読んでの罠か。どちらにせよ、八百万は後ろで何かあった際の援護を頼めるか」
「分かりましたわ。耳郎さんはあまり罠を仕掛けたりする方には見えませんが、はっきりいって赤崎さんは未知数です。気をつけて」
あぁ、と轟は短く返して核兵器に向かって歩く。後5歩で核兵器。八百万は、轟に何があっても対応できるように構える。だから、気づかなかった。自らの首に確保テープがかかっていることに。
「えっ!?」
「ごめんね、ヤオモモ」
「耳郎さん!?」
「何!?」
大声をあげた八百万につられてバッと振り向く轟。その轟の首にはあと少しで巻かれる確保テープが───。
「ちっ!」
自らの背後。何もないはずの空間に特大の氷塊を形成する轟。だがその氷塊は見えない何かにより叩き潰される。
「それがお前の個性か、赤崎!」
「妙なところで勘がいいな」
何もないはずのところから葵が姿を現す。その現象を八百万は目をぱちくりさせながら見る。耳郎は訳がわからない、といった風にしている八百万に息を吐く。
「アレ光の屈折を利用してるんだって。轟の技を避けたのはあいつの翼で二人して浮いてたの。それでもって油断してるはずの轟とヤオモモどちらか片方にテープを巻くのが作戦。ウチも最初は半信半疑だったんだけどさ」
「私が、油断・・・?」
「油断とは違うぞ百」
自らの怠慢が招いた結果なのか、とショックを隠しきれない八百万に葵が待ったをかける。
「お前は最善を期していた。お前の個性は全てに通じる万能の個性だ。それに対してペアである焦凍は戦闘向け。ならお前は遊撃に回るしかない。となればお前の役割は焦凍の援護だ。意識の大多数を援護相手に向けるのは当然だろう。俺はそこをついた」
「ならあなたは、最初から全てを読んでいた、と?」
「助かったよ百。お前が焦凍の命令通りにしてくれて」
「ちょっと赤崎! 言い過ぎじゃ───」
耳郎の言葉をかきけすように細かな氷塊が葵に殺到する。葵は翼を畳み広げることで起きる風により、轟が発生させた氷の礫を回避する。
「厄介な個性だ」
「お前に言われたくないな」
轟は勝機を見出だしていた。確かに八百万は確保され二対一の状況は普通に考えればあまり良いとは言えない。だが、轟にはあらゆるものを凍らせる個性がある。今地面にいる耳郎は今すぐにでも凍らせて無力化することが出来る。ならば目の前でうっとうしく飛んでいるあの野郎を地面に叩き落として凍らせれば勝ちだ、と轟は葵に接近戦を仕掛ける。
「いや既に"詰み"だよ焦凍。耳郎」
「ほ、ホントにやるの?」
「?」
轟は足を止め、葵への警戒を切らさないように耳郎の方を見る。
「ご、ごめんねヤオモモ。少し立てる?あ、ありがとう。え、えーと・・・ごほん。あー。あー。う、う"ん! よし、人質を返して欲しくばその場から動くなー!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
『・・・・・・・』
「・・・・・・・下手くそ」
葵の辛辣な言葉に耳郎は自棄になりながら叫ぶ。
「うるっさいわね! なんで私がこんなことしないといけないのよ!」
「いや俺達『敵側』なんだから捕虜捕まえたなら有効に活用しないと、なぁオールマイト」
『あ、あぁまぁヒーローなんだし演技の上手い下手はいいんじゃないかな。演技なんだし』
「だってよ。下手だったらしいぞ」
『ちょっ!? 赤崎少年!? 私はそんなこと一言も───』
「はぁ。仕方ないな」
観念したように轟が両手をあげる。後は葵が確保テープを巻き付けこれで訓練は無事終了、とはならなかった。近付いた葵が確保テープを轟の手首に巻こうとした時、轟が葵の手を掴む。
ビキビキと葵の顔以外が凍りつく。
「響香!」
葵の叫びにハッとなる耳郎だったが、遅い。轟の氷により、無理矢理八百万との距離を離される。
「これで、形勢逆転だな」
轟は救出した八百万の確保テープを破る。その行為に耳郎が驚き、オールマイトが待ったをかける。
『轟少年! 確保テープを一度巻かれた人間が再復帰することは───』
「『敵側』は八百万を人質として用いました。ということは今回の設定に当て嵌めるなら、仲間が捕虜となりそれを俺が救出した形です。それなら仲間が戦線復帰してもおかしくないでしょう」
本来確保テープを巻かれた人間は戦線を離脱し、決着がつくまで待機するという言わばモニターを見ている麗日達と同じく傍観者になるべき人間である。
それを葵達は再び人質として舞台に上げた。ならば救出出来れば戦線へと復帰するのはおかしな話ではない。轟は、言外にこう言っていた。「仕掛けてきたのは向こうだ」と。
その言葉にオールマイトがううむ、と唸っていると、葵を包んでいた氷塊が砕け散る。どうやら耳郎の心音爆撃で氷を叩き割ったらしい。耳郎の攻撃をダイレクトに受けている葵は頭がぐわんぐわんするのを一度振り意識を切り替えて轟を見る。訓練終了まで残り7分───。