赤崎君のダークヒーローアカデミア   作:もちもチーズ

1 / 4
1時間目!

 ───全く今日は、厄日だ。

 

 リュックを肩に担ぎながら、赤崎 葵(あかさき あおい)は目の前の状況をそう断じた。朝の占いを普段見ない葵だったが、もし今日たまたま確認していたりしたら間違いなくワースト1位だったんだろうなぁ、と現実逃避気味に考える。

 

 今の状況を簡潔に述べるならば、葵の視界には二人の男と、人質となっている一人の女性。女性は首に刃物を突き付けられ、恐怖で震えている。男二人は俗にいうコンビニ強盗というやつだった。

 

「てめぇはさっさと、金だけだしゃあいいんだよぉ!!」

 

 片割れの金髪の男が乱暴な口調でコンビニ店員に詰め寄っている。コンビニ店員も、こういった際のマニュアルはもらっていないのかワタワタと慌てている。

 

 そんな中、葵は籠に朝ご飯用のサンドウィッチ2つとブラックコーヒーを入れて、レジに詰め寄るコンビニ強盗の後ろで悠長に順番待ちをしていた。

 

 普段であれば葵という人間はどちらかというと極めて時間にルーズな人間である。本人曰く、人とは自由でなくてはならないという言い訳のもと行動しているらしい。

 

 だが今日ばかりは違う。葵はとある高校の入学試験を受けにいかなければいけない。行かなければ親もいない自分を家族同然に育ててくれた方に申し訳が立たない。というのは冗談でサボったのがバレた場合、葵の命はその日の内に潰えるためである。

 

 ────店員も、金出すなら出すで早くしろよ。

 

 何故か謂れのない中傷を受けるコンビニ店員。そんな彼の葛藤が終わり、ようやくレジからお金を出す決意を固めた彼の手がレジへ伸びた時、女性にナイフを突きつけていた黒髪の男が、ようやく後ろに並んでいた葵に気付く。

 

「てめぇ、何してんだ?」

 

 流石の男も呆気にとられた顔で葵を見下ろす。葵の身長は低く、ガタイのいい男達からすれば頭1個分は軽く低い。葵は見下ろされていることに多少不快感を抱きながらも並んでます、と男の問いに律儀に答えた。

 

 そのやり取りに金髪の男も葵の存在にようやく気が付いた。顔面神経痛のような面を更に歪ませ、葵を眼力で怯ませようとしてくる金髪の男に、やるなら早く済ませてくださいよ、と葵は表情を変えずに告げた。

 

 その言葉にレジの男性と人質となっている女性はぎょっとした。助けるでもなく、助けを呼びに行くでもなく、犯罪を見過ごした。世間一般で見れば、こんな子供に何を期待しているのかとも思えるが、それでもこれほどあっさり見捨てられるとは。コンビニ店員が失望していると、金髪の男が早くしろ!とがなりたてる。

 

「お前、頭ちょっとおかしいんじゃねえか?」

 

 黒髪の男が葵に怪訝な表情を向ける。テレビの中でも、おとぎ話の中でもない、現実に自分の目の前で起きている犯罪に対して、葵の状態は極めて普通だった。まるでこんなことは飽きるほど見てきた、というように。

 

 男達から見て、葵は極めて普通ではあったが、葵の内心は焦りが見え始めていた。人様の邪魔は出来るだけしないほうがいいのは当たり前だったが、このまま待っていれば時間だけが過ぎ、入試に遅刻する可能性は高い。

 

 ───いっそ朝飯を諦めるか?

 ───いや、朝飯を抜けば能力の行使に影響が出る。

 

 降って沸いた考えを即座に否定したその時、葵に妙案が思い付いた。

 

 ───そうか。事情を話して先に買わせてもらおう。

 

 そう考えると、葵は黒髪の男に話しかけた。

 

「あのーすみませんけど俺これから雄英の入試行かないといけなくて、先にレジ打たせてもらっていいですか?」

 

「あぁ? 雄英の入試? やめとけやめとけ。お前みてえなチビじゃ受からねえよ」

 

 ぴくりと葵の指が痙攣した。男は葵から既に視線を切り、金髪の男と同じようにレジに詰め寄りお金を催促している。

 

 黒髪の男はそんなこと気にも止めておらず、金髪の男は黒髪の男と葵のやりとりすら知らない、コンビニ店員は、どうやってこの窮地を凌ごうと孤軍奮闘中。そんな中、人質の女性だけが、葵の変化に気付けた。

 

 男にしては長い、肩にかかるほどまでの艶のある黒髪をゆらゆらと立ち上げる葵。 黒髪が形を成し始める。二人は気づかない。

 

「"変異"」

 

 ぼそりと葵が口走ると、髪は一気に大きな手へと変貌を遂げた。それを二つ出来上がると、髪の手は意思を持つように強盗二人の頭をがしりと掴んだ。

 

「「ん?」」

 

 強盗二人が何が起きたか把握しようとした刹那、それは振るわれた。

 

「だぁーれが、顕微鏡で見ないと確認できないぐらいのチビだとぉ!?」

 

 ゴシャア!という何かが砕けた音。葵は髪の手で強盗二人の頭を掴んだ後、それを机に叩きつけた。強盗二人の頭から夥しい量の血液が流れ出す。でもこれだけは言わないと、と意識を繋いだ黒髪の男が最後に言葉を発した。

 

「そ、こまで、いってな───」

 

 言い切ること叶わず、男の意識は闇の中に消える。私情のついでに助けられたような感じになったコンビニ店員と女性だったが、お礼を言う前に葵は姿を消す。

 

 本来個性と言うのはそう大っぴらに使用して良いものではない。しかも、バレないように使用したわけではなく完全に戦闘行為として葵は使用していた。これでは警察が駆けつけた時、犯人と同じく葵も御用となる。そうならないための脱走だったが、葵は忘れていた。こういう公共の場においては必ずあるものを。

 

  ▼

 

「あー間に合ったか」

 

 急いでいた葵が足を止めた先は、目的地である雄英高校。続々と葵と同じくこの高校の入試を受ける者達が集まってきていた。

 

 ───俺も行こう。

 

 そう思って葵が1歩を踏み出した時、葵の前を歩いていた少年が突如姿勢を崩す。葵はコンビニでも見せた髪の手を作り出し、がしりと少年を掴む。

 

「うぇぇ!?」

 

 急に身体が宙に浮いたことに少年は戸惑いを隠せず、暴れる。その時、葵の横にふわふわした、麗らかとした感じの少女が駆けてきた。

 

「先に助けられちゃった」

 

 どうやらこの少女も少年を助けようとしていたらしい。葵はパッと少年を離し、髪を元に戻す。地面にびたん、と落ちた少年のぐぇ、という声が聞こえた。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 

 赤くなった鼻をこすりながらも、少年は大丈夫大丈夫と少女に言い、葵は二人に注目された。

 

「何?」

 

 

 こてん、と首をかしげる葵に少年はいや、なんでもない!と焦った風に声をだし、助けてくれて有り難うと葵に礼を述べた。

 

 対して麗らかな少女はもうちょっと優しく降ろしてあげても良かったんじゃない?と不服気味だった。

 

「俺、先に行くから」

 

 葵はそんな少女の気持ちを知ってか知らずか、ふいっと少女から視線を逸らして校内へと入っていく。

 

「なんだか無表情な人だね」

 

「あの個性は髪を操るのかだとすれば操れる髪の量によって威力が上がったりそもそもあんな大きな腕を僕が転けるのを見てから作り出して僕を助けてくれるなんて自分の個性をよほど把握してないと無理なんじゃないかならあの人は」

 

 麗らかな少女は突如豹変した少年に多少引いていた。

 

 ▼

 

 ───アホみたいにデカい試験会場だな。

 

 誰もが思ってるようなそんな感想を葵も思っていると、葵は人混みの中に見知った顔を見つける。それは相手も同じだったらしく、小走りでこちらに駆けてくる。

 

「さっきの人だよね!同じ会場だったんだね」

 

 葵に話しかけてきたのは、先程校門で出会った麗らかな少女だった。葵がじっと少女を見てると少女は何かに気付いたように手を叩いた。

 

「あ、自己紹介まだだったね。私は麗日 お茶子。君は?」

 

「赤崎 葵。いいのか?俺なんかと喋ってて。さっき落ち着くために深呼吸してたみたいだが」

 

 葵の指摘に麗日は見られてたかー、と麗らかな笑みをこぼした。どうやら知らない人の中で、緊張を解そうとしても中々に解れず。ならば知ってる人間と会話して緊張を解す作戦らしかった。

 

「俺、お前と会話した覚えがないんだけど」

 

「ひどいね・・・。ま、まぁいいや。それより赤崎くんの個性って」

 

 《ハイ、スタート!》

 

「「え?」」

 

 その声が響いてから数十秒後、受験生達は呆気に取られる葵と麗日をおいて我先に試験会場に雪崩れ込んでいった。後先程校門で葵が助けた少年も出遅れていた。

 

「ちっ! 後でな!」

 

「う、うん!」

 

 すぐに意識を切り替えた二人。葵は翼を生やして空から策敵を行い、獲物めがけて急降下した後髪の手でロボを粉砕していく。

 

 ───へぇ。あいつは触ったものを浮かす個性か。

 

 葵は策敵の最中に麗日に目をやると、彼女は彼女で触ったロボを次々に浮かしていた。

 

 ───あれも撃破扱いになるのか。基準がわからないな。

 

 そんなこんなで時間は経過していき葵はふと、空気が痛くなったのを感じた。次の瞬間、地面を突き破って超巨大なロボが姿を現す。プレゼント・マイクの話していた0pointのお邪魔虫。あまりのスケールのでかさに葵は呆気に取られるが、これは試験だと思い直す。

 

 ───死人が出ないように調整ぐらいはされてんだろ。

 

 本来ならば倒しても意味のない相手。だが、赤崎 葵という男のスタンスは今も昔も変わらない。『邪魔するやつはぶっ潰す!』

 

 どうやら敵も葵を倒すべき敵として認識したらしく、その超巨大な腕を葵めがけて薙いでくる。それを葵は滑空することで回避し、そのまま急上昇して、ロボの顎を髪の手でぶん殴る。強盗達を鷲掴みにする手の数倍の大きさで、殴ったはずがロボは少々よろめくだけですぐさま再び腕を薙いでくる。

 

 葵が避けた腕がビルに直撃し、数多のコンクリート塊を雨のように降らせる。葵はそれを翼を肥大化させて、傘の代わりにし、コンクリート塊を防ぐが、ロボが横から薙いでくる腕に意識が向かなかった。

 

 その攻撃に気付けた葵は、片翼で防御の体勢に入るが、質量差というのは変わらない。人間が蟻にデコピンをすると、面白いほど吹き飛ぶように。葵もまた吹き飛んだ。

 

 地面を抉りながら吹き飛ぶ葵は、爪を獣のごとく変化させ、それを地面に食い込ませて衝撃を止めた。

 

「やりやがって!」

 

 こちらに向かって歩いてくるロボ。それを迎え撃とうと再び両翼を展開した時、葵には聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あいつ・・・!」

 

 突如として現れたロボ。そして少女も逃げたはずだ。実際ロボの歩く速度は遅く、逃げようと思えばいくらでも逃げれるだろう。そう、空から降り注ぐコンクリート塊の雨がなければ。

 

 麗日は序盤の遅れを取り戻そうと、会場の中心近くまで歩みを進めていた。故にロボ出現時に逃げるのが遅れ、コンクリート塊の雨により、足に怪我をしてしまっていた。

 

 ロボが麗日を踏み潰すまで後四歩。葵はロボの気をそらそうと立ち上がった時、ハッとした。見たくないものが見えた。

 

 ───火の雨が降った。厄災が降り注ぐ。絶望が感染する。そこにはただ、地獄があった。

 

 一瞬だけ見えたビジョンだった。葵が麗日を見ると、麗日は足を引きずりながらも必死に逃げようとしていた。だから葵は───

 

「もう、大丈夫だ」

 

「───え?」

 

 ───あぁ。なんで今なんだ。あの時ではなく何故今なんだ。その答えはホントにここで見つかるのか。なぁオールマイト。

 

「俺が、いる!」

 

 爪も翼もいつの間にか葵から消失していた。しかし、代わりに葵からは赤い蒸気がうっすらと上がっていた。

 

「目え瞑ってろ」

 

 麗日の返事を聞かず、倒れている麗日の一歩前に出る。ロボは一番近い葵を敵と認識し、その腕で葵を潰そうとしてくる。

 

「赤崎くん!危ない!」

 

「邪魔だ」

 

 ロボの手が触れる瞬間、ロボの手のひらに葵の振るった拳が当たった。接触音であるパシンという音とほぼ同時にロボの片腕が崩壊する音とともにロボの体勢が崩れる。ロボが最後に認識したのは、十メートル近くあるはずの自分の顔付近まで跳躍してきた、緑の髪をした少年の、泣きそうになりながら放つ光る右手だった。

 

 その光景に、麗日と葵は絶句した。右手一本でロボの片腕を破壊した葵だったが、あの少年は右手一本でロボを全壊へと追い込んだ。その光景に声が出なかった。

 

 ───アレは、オールマイトの・・・?

 

 だがロボを殴り倒した少年はまるで力を制御出来ていないように思えた。今だって着地するのにすら、まるで命をかけているような。

 

「お茶子。もうちょい待て」

 

「う、うん」

 

 葵は翼を生やして、軽く地面を蹴る。ぎゅん!と上昇する葵は、落下してくる少年を受け止める。

 

「大丈夫か、ってあまり大丈夫には見えないな」

 

「ご、ごめんね。何度も君に助けてもらって」

 

 葵は変色している少年の右腕を見た。一目見ただけでわかる重症っぷり。これが少年の個性なのか。

 

 ───オールマイトとはまた別の個性か?あれはこんな反動なんか出ないだろうし。そもそも同じ個性が二人の人間に発現することなんてあるのか?

 

 思考もほどほどに葵は地面に着地し、少年を降ろす。良く見れば腕だけではなく、足にも損傷があった。強大な力を得る代わりに自身の身体に多大なフィードバックが発生する個性。そういうものだと葵は少年の個性に関する考察を打ち切った。

 

「わ、私も助けてくれたらなって」

 

「あ、忘れてたわ」

 

「ひ、ひどい・・・」

 

 麗日の足を下敷きにしているコンクリート塊を翼でどける葵。潰された両足が見えると踏んでいたが、そこには立派な2本の足があった。

 

「え、なんで?」

 

「私の個性で浮かせてたの。でも疲れてて気を抜いたら個性が解けそうだったからそんなに動けなかったんだ」

 

 葵の身体からドッと疲れが吹き出た。葵は溜め息を吐きながらも麗日を起こした。

 

「ありがとね赤崎くん」

 

 もう麗日は自分で立てる。だと言うのに葵が麗日の手を離すことはなかった。むしろより強く握りしめられている。

 

「あ、あの赤崎くん? そんなに握られたらい、痛い」

 

 苦悶の顔を浮かべる麗日に葵はハッとなり手を離す。そしてすぐ、すまねえ、と頭を下げて麗日に謝罪した。

 

「い、いいよいいよ!元々避けられなかった私が悪いんだし」

 

 麗日から見て、赤崎 葵という少年はとてもクールな人だという印象だった。表情を変えずに、淡々と生きている。こういう人は、身体に芯が通っているのを麗日は知っていた。

 

 麗日の父親がそれだった。普段の父親は麗日のことを甘やかしてはいたが、こと仕事になるととても真剣な表情になる。葵のことも、麗日は同じような目で見ていた。

 

 だが今の葵はどうだろうか。通っていたはずの芯はどこか彼方へと消え、そこにいるのは不安定な何か。放っておけば消えてしまいそうになるほどの危なっかしい何かだ。

 

「せめてこれぐらいは」

 

 葵はその場に座ると、麗日の両足に触れた。ズキン!とした痛みが麗日を襲う。疲労もあり、立っているのがやっとのところの傷を刺激された。

 

 彼は何がしたいのか。麗日が葵の方へ目を向ける。葵は麗日のジャージをまくり、傷口を露出させていた。なんだ治療か、と麗日はホッとした。

 

 それにしても髪の手を作ったり、翼を生やしたり、ものすごいパンチを繰り出したり、と彼の個性は一体、と麗日が思考を巡らせていると、ヌルリ、と生暖かい何かが麗日の足を這った。傷口に何かが侵入してくる感触は、痛みを断続的に麗日に与えるだけではなく、それ以外のゾクリとした何かをも麗日に与えてくる。

 

「ひゃあ!?」

 

 驚いた麗日が下を見ると、葵がちょうど指を舐め、付着した唾液を麗日の傷口に塗り込んでいるところだった。感触は、傷口に消毒液を掛けられるものより優しくジクリとした痛みで、それが擦過傷の分だけ麗日に痛覚として発信する。と同時に痛みに以外にも何かが足を伝って麗日へと感覚として発信される。

 

「・・・・・・」

 

 一瞬の空白。思春期ど真ん中の麗日は現在進行形で体験しているアブノーマルなアレに、麗日は自分の顔色がどんな事になっているか想像がつかなかった。更にはそれを眺めていた少年とばっちり目が合い、少年はその光景に口をぱくぱくさせていた。

 

「な、ななななななにをしちょりやがってんですますかぁ!」

 

「え、な──がふぉ!」

 

 羞恥心で爆発してしまいそうだった麗日はセクハラを働いた知り合いの顎に蹴りをかます。今後二度と使わないであろう言語と共に。そして気付いた。怪我をしていたはずの足で人の顎を蹴ったというのに足が全く痛くないことに。

 

「ふー! ふー! あ、あれ?足が痛くない」

 

「当たり前だ。治療してんだから」

 

 むくりと無表情に起き上がる葵に、麗日は先程のことを思い出しながら赤面し後ずさる。やれ変態だのエッチだのと葵は散々に言われる始末。

 

 葵が近付くと顔を赤らめ後退りながら罵詈雑言が飛んで来るので葵は麗日の治療を一旦諦めた。そして葵は少年に向き直る。

 

「まぁ正直あいつよりお前のが重症だな。相性によるんだけど───痛みは引いたか?」

 

 葵は少年にも麗日と同じように傷口に唾液を塗り込む。

 

「い、いやあんまり」

 

 

 少年は痛みに必死に耐えながら言葉を吐く。

 

「そうか。じゃあ相性が悪いのかもしれない。とりあえず戻ろう。試験が終わってそれなりに時間も経ってる」

 

 葵は少年を担ぎ、歩き始める。その後ろを何とも言えない表情で麗日がついてくる。こうして多難に満ちた赤崎 葵のヒーローアカデミアは幕を開ける。彼がこれから先、どういった未来を歩くのか。それでは──"plus ultra"!!

 

 

 余談だが、この三人の様子は中継で今回の受験生、及び先生方には筒抜けだ。それが意味することは何も言うまい。

 

 

 ▼

 

 その日の晩、葵はとある場所に来ていた。葵は何かがあるとここに来る。全ての始まりと終わりの場所。いや葵の中でまだそれは燻っている。その答えを見つけるために葵は雄英を受けたのだ。ヒーローになるなどどうでもいい。

 

「赤崎少年」

 

「来ると思ってた」

 

 葵は背後から自分を呼ぶ声に振り向かず、返事をする。

 

「なぁオールマイト。俺はどうするべきなんだ。今日、見てたかもしれないけど麗日がやられそうになった時、俺はあの地獄を思い出したよ」

 

 相手の返事を聞かずに独白のように話し続ける葵。彼が饒舌になる時、それは彼の心が弱っていることをオールマイトは知っている。

 

「ホントに雄英に入学すれば俺のこれは消えるのか」

 

「雄英は数多のヒーローとのコネクションがある。君が雄英の中で結果を残し続ければ、いずれ君の苦悩を消し去ってくれる君だけのヒーローが現れる」

 

 オールマイトは自らの舌を噛みきりたい気持ちに苛まれていた。今回のオールマイトによる赤崎 葵の雄英への推薦入学。少しでも彼が楽しく生きていけるようにとのつもりがまさかの最悪の事態を引き起こしてしまった。

 

 "平和の象徴"として自惚れでもなんでもなく、多くの子供達のヒーロー像が私だろう。だがいくら強くても、いくら子供達の人気を一身に受けようとも、『オールマイトは赤崎 葵のヒーローにはなれない』。

 

 オールマイトは遅すぎた。そこにオールマイトによる落ち度はない。何故なら人の身では、広大な海全てを掬い上げることが出来ないように、全ての人命を救い上げることなど人の身では無理なのだ。

 

「そういえばオールマイト。今日面白いやつにあったんだ」

 

 気分を変えるかのように、葵の声が少し明るいものになる。恐らくは緑谷少年のことだろうな、とオールマイトも意識して声色を明るくする。

 

「オールマイトと同じようなやつだったよ」

 

「そ、そうか・・・」

 

 明るくした瞬間に、暗くなった。流石赤崎少年は勘が鋭いなぁ!とオールマイトは心の中で焦りを隠す。まぁ彼の場合は私の個性を力をブーストする類いの個性と考えているからだろう。

 

「ん、勘違いしてないかオールマイト」

 

 ようやく葵はくるりとオールマイトの方を向いた。艶のある黒髪に影が射し、髪の一部が隠れる。

 

「個性じゃなくて在り方が、だよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、オールマイトはあの泣き虫な少年を後継者に選んでよかったと心底思った。オールマイトが蒔いた種は確実に芽吹き始めている。

 

「でも今日は、君だって格好良かったぜ!」

 

 オールマイトはグッと親指を立てて葵へとサムズアップする。無表情だった葵の表情が少し、ほんの少しだが柔らかくなったような、オールマイトはそんな気がした。

 

「そういえば今日お昼ぐらいにね、警察から連絡があってね」

 

 ぐるん、と葵はオールマイトに背を向けた。心なしかその小さな背は更に縮み、小刻みに震えているようにすら感じる。

 

「雄英の受験生がコンビニで個性の無断使用をして───あ、赤崎少年!」

 

 逃げる。葵はたまらず逃げる。が、逃げれる訳がない。相手はあの平和の象徴。オールマイトなのだから。

 

「あーくそ。まじチートだろそれ」

 

 葵は普通に捕まり、借りてきた猫状態でオールマイトへ悪態をつく。

 

「HAHAHA! それはそうと赤崎少年。私は別に君を怒ってるわけじゃない。警察だって話を聞きたいだけらしく君を捕まえようとはしていない、と言っていた」

 

「忘れたのかオールマイト。俺はあんた以外のヒーローを信じてない。警察も同じだ」

 

 並みの人間なら卒倒してしまうほどの威圧感を放つ葵。オールマイトは何かを言いかけその口を閉じる。葵が身体をねじりオールマイトの拘束から抜け出す。

 

「じゃ、今日はもう帰るわ」

 

 スタスタと歩く葵に、オールマイトは何か声をかけようと口を開くが出てきたのは声ではなく、血だった。くそう、活動限界か・・・!とオールマイトはゴホゴホと気道の血を全て吐き出し、マッスルフォームを解除する。

 

「だが今日の少年は、どこか柔らかかったな」

 

 葵の人生がプラスへと向かっている。オールマイトはそう信じるしかなく、歩いていく葵の背中を見送った。

 

「ただいまー」

 

 葵の家は小さな孤児院だ。30半ばの夫婦が経営しており、葵の他に中学一年生の少女と、小学三年生の少年がいる。孤児院自体は夫の父親からの引き継いでいる。葵はその父親の代からお世話になっている。

 

「遅かったねー」

 

 ひょこっと玄関に顔を出したのは、桃色の髪をサイドテールで纏めている、赤崎 明。血は繋がっていないが、葵の妹である。明は4歳の時に捨てられているところを赤崎夫婦に拾われた。親に捨てられた悲しみから口が全く聞けなかったが、皆の世話の甲斐あって何とか克服した過去がある。

 

「あー。オールマイトと話してた」

 

「えぇっ!オールマイト来てたの!?」

 

 ドタドタと玄関に現れたのは、葵よりまだ更に背が小さい黒髪の少年。ちなみに葵と明の背比べは明に軍配が上がる。ちなみに明がこれを弄ればもれなく、数多の髪の手によるくすぐりプレイが待っている。

 

「あー。今回の試験の話な」

 

 嘘をついた。だが話すわけにも悟られるわけにもいかなかった。葵がそう話すと少年──赤崎 翔はキラキラした目を葵に向けながらいいなーと言っていた。

 

「とりあえず風呂いってくる」

 

 葵はそのまま風呂場を目指す。翔と明は二人目を見合わせて、何か変、と呟いた。

 

 風呂から上がり、居間へ顔を出すとテレビの前には翔と明。それを見つめる夫婦がいた。

 

「ただいま」

 

「「おかえりー」」

 

 居間の扉をパタンと閉め、葵は自分が母と呼ぶ女性の隣へと腰かける。夫婦の視線が明と翔から葵へ向く。

 

「どうだったの試験は?」

 

「まぁ葵の個性なら心配はないと思うけど」

 

「子供の口から聞きたいのよそういうのは」

 

「大丈夫だよ母さん。あれで落ちたら今回は化け物揃いだ」

 

 ───一人いたけどな。あの爆発させる個性のやつ。

 

 葵は疲れたようにぐでーっと椅子にもたれかかり、麦茶を飲む。

 

「ようやくなんだ。ようやく救われる」

 

 手のひらを上に向け、何かを握るような仕草を見せる葵。そんな葵を赤崎夫婦と明は何も言えない表情で見ていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。