「はあ」
エランテルの冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックは組合に設けられた自室に入るなり溜め息をつく。
なぜなら先程、ロビーの受付前を通った時に貴族風の男が冒険者志望だと受付に言っていたからだ。別にそれ自体はいいのだ、もしかしたら彼にはとてつもない才能が有るかもしれない。まあ、そんな確率はそれこそ、『アンデッドの王を戴く国にこのエランテルが平和的に乗っ取られる』確率と同率くらいなものだろう。
(つまり、そんな確率無いに等しい。有るわけ無いだろ。ははは、アンデッドって…無い無い!ぷっくくく、我ながら良い例えだ。)
とはいえ、貴重な冒険者志望だ、受け入れてやりたい気持ちも有る。だが、その後、このエランテルの最高位、ミスリルのイグヴァルジが立ち上がった事でその気持ちは無くなった。イグヴァルジの気持ちは良く分かる。アインザックも元冒険者なのだ。イグヴァルジ寄りの考えを持つのは当然だった。
「…だが今は私は組合長、管理者側というのは厄介なものだな…そろそろか?あの男がイグヴァルジに詰め寄られて、組合から大人しく立ち去るか、それとも…」
と一人ごちたところで バキバキメキィっという音と外から悲鳴が聞こえてきた。
「…やれやれ、イグヴァルジ、流石に扉は壊さないでくれよ。修理代は次の報酬からさっ引くからなぁ…ふふ。」
このぐらいやってもあの貴族の家からはむしろ、家の馬鹿息子を止めてくれてありがとう!と言われて終わりだ。
そう言われても冒険者組合長としてはとても複雑なんだがな、などと考えていると自室の扉がノックされる。
「どうぞ。空いているよ。」
そう答えると、失礼します、と一人の受付が入ってくる。
(先程の男の対応をしていた受付だな…もしかして、大ケガして動けないとかか?)
「す、すみません、さ、先程、冒険者志望の方が来られたのですが…」
「ああ、どの位の怪我をさせたんだ?イグヴァルジの奴?」
「え?」
「え?」
「いえ、あの、先程の男性、ルドウイーク様と言うのですが、推薦状を持って来たんです。」
「…え?いや、あの男まだ組合にいるのか?」
「はい、今はテーブルにご案内して、待って頂いております。」
(……これはどういう事だ?外に叩き出しても戻って来たのか?いや…それよりも…)
「その推薦状、一体誰から?」
「リエスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ様からです。」
……。
「はぁ?」
(…ガゼフ・ストロノーフだと?あの?貴族から金を払って書かされた?有り得ない!彼がそんな器用ならもっと出世している!そういうのを一番嫌う男だろう!え?じゃあ、ホントに?)
そんな思考を受付が良いタイミングで中断してくれる。
「組合長?」
「あ、ああ。済まなかった。み、見せてくれるか?これか?封印は確かに彼の物か。ん?この開封は誰がやったんだ?」
「私です。一応名前を確認させて貰ったんです。」
「…中身は読んだか?」
と聞くと、受付はすっと目を逸らしながら
「す、少し目に入ってしまっただけです。はい。」
との答えだった。
「…まあ、いいか。機密情報でも無いし。」
と、アインザックは答えたが、中身を読んで見たところ普通にかなりの機密情報だった。
掻い摘まむと、まず冒険者組合が政治から切り離されているのを承知で頼むから始まり、彼は私より強く、もし彼が帝国に渡り冒険者ならまだしも帝国騎士にでもなられたら、リエスティーゼ王国は滅ぶ。本来は王都の冒険者組合がいいのだが、彼の性格からして、腐りきった貴族に嫌気がさすと困るのでエランテルに頼みたい。との事だった。
ちなみに手紙の最初は既にパナソレイ都市長殿から聞いていると思うが、から始まっている。
「…なんだ…これは!?私の所には何も話が来ていないぞ!!!というか丸投げじゃないか!!!一都市の冒険者組合長に国の存亡をかけるとはどういう事だ!!!!」
とアインザックには珍しく怒鳴り散らす。そのタイミングでガラガラと馬車が組合の裏手に止まった音がする。
誰が来たかは大体分かった。
「やぁ、ぷるとん。こんにちは。今日は相談が有って来たんだ。ぷひー」
「その内容、当ててみましょうか?」
「ん?」
「これでしょう?」
アインザックはピラッと何枚かの羊皮紙をパナソレイに渡す。それの何枚かに目を通す内に段々とプルプルと震えてくるパナソレイ。
「まさか…!もう!もう来ているのか!!!」
「…私の所には話が来ていませんよ?パナソレイ都市長。」
そう若干だが怒りのこもったアインザックの言葉にさらに焦ったように答える都市長。
「馬鹿な!だって戦士長が来たのは今日だぞ!2日遅れで同じ場所を出立する筈の男が何故もうここに着く!」
そう、確かにガゼフも都市長も悪くなかった。誰が悪いかと言えば、ルドウイークの為に強行軍でスレイン法国とカルネ村を往復し、1日到着を早めたニグン達と、カルネ村を出てから余りの平和な道中に感動し、疲れ難い体も有ってほぼノンストップで、人外の速さで走り抜け、しかも道中、カルネ村とエランテル間の街道沿いに灯りを2つ程発見し、狩人の工房で仮眠を取り予定を縮めてエランテルに到着したルドウイークが悪いのだが、そんな事は誰も知る由も無いだろう。
「…それで、彼に粗相などしていないんだろうね?」
スッと目を逸らすアインザックと受付。
「…まさか!?」
「……いや、クラルグラのリーダー、イグヴァルジという男に絡まれていたんです。」
「なんと!?…イグヴァルジ?その男は何のプレートなんだね?」
「…ミスリルです。」
「……ミスリルとはエランテル最高位だったな、つまりエランテルの冒険者の代表とも言える。その代表が…まずいな。それで彼に怪我は?」
「いや、私も知らないんです、先程はどうなったんだ?」
「あの、ルドウイーク様がイグヴァルジ様を吹き飛ばして、冒険者組合の出入り口が壊れてしまいました。」
ミスリルがやられる、それは彼が『本物』だと言うことの証明だった。
「…これは、どうしましょう?」
「矢張り誠心誠意謝るしかないな。彼に昼食でもご馳走しながら謝ろう。付き合ってくれるか?組合長?」
とパナソレイは何時もと違い、真面目な鋭い顔つきでそう言った。
「勿論です。済まないが彼を呼んで来てくれるか?」
「分かりました!」
そう答え、出て行く受付。それを見送ると気合いを入れ直す都市長と組合長。これから戦いがはじまるのだ。
ルドウイークは受付からここで待っていてくれと言われたテーブルで大人しく待っていた。
(……ヒマだ…というか誰も話しかけてきてくれないな。遠巻きからチラチラ見ているが…まあ原因は…)
チラッと出入り口を見る、とは言え壊されたドアは外され、既に外が丸見えだが。
(アレだよなぁ…なんだか凄い怯えられてるよ。参ったな。)
流石のルドウイークも彼等の同僚をぶっ飛ばしておいて『ルドウイークと言います!気軽に話しかけてくださいね!』等と言えるほど、剛の者では無かった。
そんな事を考えていると奥からドアを開閉する音が聞こえた。さっきは馬車らしき音と中に入っていく音が聞こえたので、そっちかと思ったがどうやら足音は此方に向かっているらしい。
見ると
(…ナニアレ?怖いんだけど…)
さっき色々世話をしてくれた受付が、こっちに向かって来た。来たのだが…右手と右足、左手と左足が同時に出て歩いて来るのが見えて少し怖かった。
「る、ルドウイーク様!失礼します!」
「はい。」
「申し訳有りません!私は知らなかったんです!」
「え?」
「本当に申し訳有りません!わ、私は知らなかったんですぅ!うわーん!」
といきなり泣きはじめた。
(ええーー!!!ナニが!?ナニが知らなかったの!?俺も知らなかったのだが!!??…はっ!?)
ふと視線を感じ後ろを恐る恐る見ると白い視線が幾つも、今後同僚となる冒険者達から送られていた。
(ぎゃー!!何この状況?え?…というか、先ずはこの娘をなんとかしないと。)
「受付さん?」
「う、ヒック、はい?」
「君が何を謝っているのかは分からない。でも人が人に謝る時は、何か迷惑を掛けたとき、後は怒らせてしまった時、後はそうだな、悲しませてしまった時などじゃないか?」
「はい。ウッヒック、そうだと思います。」
「なら君は俺に謝る必要なんて無いな。だって、俺は色々親切に教えてくれた君に感謝しているから。だから涙を拭いてくれないか?」
とハンカチを差し出した。それで顔を拭くと
「有り難うございます!もう大丈夫です!…本当に有り難うございます。あの、組合長と都市長がお呼びなので此方に来て貰えますか?」
「え?」
(…組合長は分かるけど、都市長!?え?冒険者になるのに都市で一番偉い人とも面談が有るのか!?そんなに大事なの!?)
「わ、分かりました。行きます。」
そう言い、付いて行ったのだが更なる衝撃がルドウイークを襲う。
部屋に入った途端、おっさん2人が頭を下げて来たのだ。
それから事情を話し合い、食事をご馳走になり、ようやく2人ともまともな話が出来た。
「では、本当にカッパーからで良いのかね?」
「ええ、上のプレートは実力で掴みとってみせますよ。それでは今後も、宜しくお願いします、都市長、組合長。」
「ああ、こちらこ「ああっ!!」
「ど、どうしたんだね!?ルドウイーク君!?」
「いえ、何でも無いです。ホントにすみません…」
最後の最後で冒険者組合の出入り口のすぐそばに灯りを発見し喜びの大声を上げてしまうルドウイークだった。
(くっそ!!プレイヤーは灯りを見つけるとどんだけ嬉しかったんだよ!!まるっきり変人じゃないか!!)
丁度そのころバレアレ商店では、クラルグラのメンバーが買い物にきた所だった。
「いらっしゃいませ、あれ?あなたは確かクラルグラの?この前買いに来たばかりですよね?」
「ええ、今日使い切っちゃいまして。」
「ええ!?5本全部ですか!?」
「お恥ずかしながらリーダーがやられちゃいまして。」
そのバレアレ商店の店番、ンフィーレア少年は内心焦る、
(…クラルグラってミスリルじゃないか!?エランテル最高位のミスリルがやられる程のモンスターって一体…この辺も危険なんじゃないか!?)
「一体何のモンスターですか?」
「ああ、いやいや、ルーキーですよ。」
「るーきー?そんなモンスターがいるんですか?」
「…違うんですよ。冒険者志望の新人に喧嘩を売って返り討ちにあったんです。」
「…相手が沢山いたとか?」
「一人です。もう強い強い!うちのリーダーの胸当てのプレートに張り手したんですけど鉄のプレートに手形がハッキリ残ってるんですわ。あんなの初めて見た。あれが無きゃリーダー死んでましたよ。ワザと胸を狙ったんですね。今日はプレートは胸にしかして無かったから。」
「…凄い。」
「しかも、あれだけ強いのに性格も素晴らしいんですよ。俺たちにも、リーダーにもキチンと謝ってきたし、ドアの修理代も持ってくれたし。ありゃあいつか英雄って呼ばれる男かも知れませんね。」
「へぇ、ミスリルの人達に言われるなんて本当に凄い人なんですね。」
「ンフィーレアさんも、パイプ持っとくなら今の内ですよ。今ならカッパーだろうし。」
「はい!有り難うございます!早速明日行ってみます!」
翌日の正午前、ルドウイークは歩いていた。初めての依頼、しかも名指しでの依頼だ。依頼主のンフィーレア君もとてもいい子だ。漆黒の剣という、他の冒険者まで一緒。彼らも気さくでいい人達だ。素晴らしいじゃないか。行き先がカルネ村じゃなければ。
(カルネ村から出てきて、あれだけ盛大に送って貰ったのに、エランテルでは一泊だけ…そして、今カルネ村に戻っている…まるで強行スケジュールの旅行のようだ…そして、カルネ村の皆に会うのが恥ずかしい!!)
「あっれーw!殿、もう寂しくなったでござるかwww」
「やwはwりwこの村に住んだ方がいいのでは無いですかwww」
と爆笑する賢王と村長を何故か幻視しつつ、ルドウイークは初めての依頼をちゃんとこなそうと、やる気のスイッチを入れたのだった。
次回は冒険者としての初仕事です。獣肉断ちをブンブンさせる予定です。