マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第九話 マミさん、マスケットにチャレンジする

 連休前の最後の授業を終えたふたりは、私服に着替えてから繁華街から少し外れたところにある小さな公園で待ち合わせた。

 

「ようやくゴールデンウィークね」

 

 薄手のセーターの胸元を、赤い花のアクセサリーで飾ったマミが笑う。

 下は動きやすさを優先してジーンズスタイルだ。醍醐と行動をともにするようになってからを境にジーンズスタイルに変わっているので、本人は意識していなくても警戒――言葉が悪ければ緊張、があるのだろう。

 

「そうだね、これで朝寝坊できるよ」

「あら。休みだからってお寝坊はだめよ。ゴールデンウィーク中は早朝パトロールでもしましょうか?」

 

 それなら頑張って起きるよ、と真面目な顔で宣言する醍醐に、控えめな笑いを漏らすとマミが言葉を続けた。

 

「冗談よ。そもそも朝早くなんて人も少ないし、魔女も活発には活動しないと思うわ」

「そっか、魔女も朝は寝てるんだね」

「そういう意味じゃないけど……」

 

 冗談か天然か判断に苦しむ醍醐の言葉に、マミの笑いが少し大きくなった。

 

「とりあえず、パトロール始めましょう」

 

 首肯した醍醐を伴って、マミは繁華街へ足を向けた。

 

 

 

 

 

「ま、なんにせよ休みは助かるね。一度家に帰ってから着替えてって手順いらなくて楽だし」

「そうね」

 

 卵形のソウルジェムを掌に浮かべ、反応を伺いながら繁華街を歩く。

 連休前の週末とあって、街には普段よりも人が多い。

 

「面倒かもしれないけど、学校からだとみんなに見られちゃうし……。魔法少女のことは秘密にしないとだから」

 

 マミの手から伸びたリボンを掴んだ醍醐が、マミの後を歩く。

 その姿だけ見ると、散歩されているペットのようだ。

 勿論そういうわけではなく、マミの使っている≪存在の希薄化≫の魔法の影響を受けないためには、マミと接触している必要があるからだ。このリボンを離せば、醍醐はマミを認識できなくなる。

 

「あ、そうか、同級生に一緒にいるのを見られると巴さん迷惑だよね」

「そうだけど、そういう意味じゃなくって……。魔法少女は、いつ命を落としてもおかしくないの。ある日私が命を落としたとき、あなたが一緒にいたってなったら、あなたが疑われちゃう」

 

 淡々と、だが不吉なことを告げるマミに、醍醐が言葉を荒げた。

 

「そんな縁起でもないこと、言わないでよ」

 

 周りの人々からは醍醐も認識されていないので反応はないが、そうでなければ皆が視線を醍醐に向けていたことだろう。

 それくらいに感情を露わにした大きな声だった。

 

「ごめんね。でも、戦うってそういうことなの。幸い、私は両親も亡くして、悲しむ人もいないし……」

「嫌だよ。そんな風に言わないでよ。巴さんがいなくなったら悲しむ奴いるだろ。俺はすごい悲しいし、みんなだって悲しむよ」

 

 俺、という一人称を醍醐が使うのは初めてだな、とマミは思った。それはつまり、それだけ思いのままに喋っているのだろう。

 

「ごめん、言葉きつくなった」

 

 だから、醍醐の語気が荒くなったことをマミは悪くは捉えてなどおらず、謝罪の言葉など必要なかった。それよりも、無遠慮に死を仄めかした自分が悪かった、と反省する。

 

「ううん。そんな風にいってくれるのは嬉しい。ありがとう」

 

 その笑顔を、優しげと表現するのか寂しげと表現するのか、醍醐には判断がつかなかった。ただ、なんでもいいから力になりたい、と強く思った。

 

 ――巴さんが命を落とすようなことがあったら、僕もそこで死ぬよ。

 

 そう思ったが、言えば確実にマミを困らせることになるので口には出さない。そんな事情を知らないマミは、押し黙ってしまった醍醐が意気消沈したのかと思い、明るい声で告げた。

 

「大丈夫。そうそう負けるもんですか。私はみんなを守る魔法少女なんだから」

 

 その明るさが無理をしているように感じられて、醍醐は胸に痛みをおぼえた。

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

「美味しくない……」

 

 お昼用の肉じゃがを口にしたマミが、難しい顔をして呟く。

 

「残念だけど、まだまだ人に食べてもらえるレベルじゃないわね」

 

 捨てて作り直したい衝動に駆られるが、食べ物を粗末にしてはならないという父母の教えに従い、眉間に皺を寄せながら食べる。

 母がいれば灰汁の取り方や調味料の分量、味の馴染ませ方などを教えてくれたのだろうが――。

 

「面倒がらずに、教えてもらっておけば良かったわ……あ、キュゥべえ、食べる?」

『頂くよ。ただボクには美味しいと感じる感情はないから、評価寸評は期待しないでほしい』

「そっか。じゃぁ不味いとも感じない?」

『そうだね』

 

 それはそれで便利だなぁと思いながら、キュゥべえ用に平皿に肉じゃがをよそって差し出す。

 

「召し上がれ」

 

 と、偉そうに言える味じゃないけど……と思うが、言われたキュゥべえは勢いよく肉と野菜を食べ進める。

 味を感じないと自称しているとはいえ、勢いよく食する様を見ていると料理した者としては満足感をおぼえる。

 いや、今の出来からすると味を感じないでいてくれるのは非常にありがたい。

 芯の残るじゃがいもを噛み砕きながら、マミはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 バロック様式の荘厳な建物を誇る見滝原の大学附属図書館は、蔵書数三〇〇万を超える。

 勿論それだけの蔵書が展示されているわけではなく、殆どは端末で検索しリクエストしたうえで窓口で受け取ることになる。

 幾つかの戦術書を受け取ったマミは、パーティションごとに区切られた閲覧テーブルに向かう。

 隣のパーティションには、これも幾つかの本を受け取った醍醐が腰を下ろしている。

 

「巴さんのリボンって、けっこう色々自由にできるんだよね?」

「ええ、長さやサイズは調整できるし、剣にしているみたいに硬度を持たせたりもできるわ。ワイヤー状にして使うこともできるけど、武器にするには私の魔力だとちょっと辛かったかな」

 

 漢語で書かれた戦術書に視線を落としたままマミが応える。そして、どうかした? という視線を醍醐に向ける。

 

「やっぱりさ、飛び道具の方が巴さん安全だと思うんだ。弓とかスリングとかをリボンで作って戦えないかな」

「なるほど、さすが男の子ね。いいかも。簡単な構造のものじゃないと難しいと思うけど……」

「じゃぁ、資料になりそうな本探してくるね」

 

 提案が受け入れられた醍醐が欣喜雀躍といった様子で立ち上がると、検索端末に向けて歩き出す。その背に向けて、マミが言葉を投げた。

 

「あ……でも、弓以外でお願いね。弓は私にはちょっと厳しいと思うから」

「わかった、弓は狙うのが厳しいってよく聞くもんね」

 

 厳しいの意味が通じていなかったが、まぁその方がいいかな、とマミは思い、訂正をすることはせずに手元の本に視線を戻した。

 

 

 

 

 スリング、スタッフスリング、スリングショット、スローイングナイフ、ブーメラン、投槍といったものを候補に絞ったふたりは、参考になる部分をコピーすると図書館を出て河川敷へ足を運んだ。

 

「かっこいいのは、断然スタッフスリングよね」

 

 独自の美的感覚を披露するマミに、困ったような笑顔で醍醐は同意する。それが一番ダサい気がする、という本音は、マミの笑顔を曇らせる危険を冒してまで主張する必要はないと判断した。

 

「さっそく作ってみちゃいました」

 

 リボンで作り上げたスタッフスリング。それを抱き締めるように構えてポーズを取るマミ。

 肩口程度までの長さのスタッフには、白銀色で花の模様がレリーフされている。その先端部分に黄と赤の縞模様のリボンがUの字に結われ、投石機構となっていた。

 武器本来の姿が木の杖に布を張っただけのシンプルな形状とあって、リボンでの生成も一瞬のようだった。

 

「うん、似合うね」

 

 醍醐も今度は気持ちを偽らずに感想を述べれた。きっと聖女が羊飼いをしたらこんな感じなのだろうと思うほどの、美しさと淑やかさに心の中で溜め息を漏らす。

 

「ありがとう。でも、問題は命中精度と撃つスピードよね」

 

 その言葉の通り、試し撃ちを行った結果は両方とも芳しくなかった。

 射程距離自体は考えていたよりも長いのだが、狙ったところに投げるのは非常に難しい。また、次の弾を装填して、振り回して、狙いを定めて放つという一連の動作には一〇秒近い時間を要し、とても実戦的とは言えなかった。

 続けて試した他の武器にしても、命中精度、連射性が充分でなく、魔女との戦いで有効に活用できるとは考えにくいものだった。

 

「そうすると銃なんか良さそうだけど、難しいのかな」

「構造が簡単なら、出来るかもだけど……」

「そっか。とりあえず今日選んだのはダメそうだね。時間を無駄にさせてごめん」

「そんな。まじめに考えてくれてありがとう。嬉しいです」

 

 そして、再びスタッフスリングを掌中に生み出すと、構えてみせて言った。

 

「今日、魔女がいたらこれ試しちゃうね」

 

 

 

 パトロール中、マミの姿が突然醍醐の前から消えた。

 いや、実際には醍醐の少し前にマミはいる。醍醐がうっかりとリボンを落としてしまったため、醍醐までマミの存在を希薄化する魔法の影響を受け、認識できなくなったのだ。

 

「巴さん?」

 

 いつもの調子でマミの名を呼ぶが、いつもと異なり醍醐の存在は希薄化されていない。そのため、突然声をあげた醍醐に周囲の人々が怪訝そうな顔を向ける。

 マミは周囲の注目を受けてあたふたしている醍醐を見て、笑うように短い息を吐き出すと、地に落ちたリボンを拾い上げ醍醐の手にあてがう。そしてその上から両手でぎゅっと押さえた。

 その柔らかな感触に驚きの声をあげる醍醐だが、今度はマミに触れているため、周囲の人々に聞きとがめられることはなかった。

 

「リボンを離すと、醍醐くんからも私が見えなくなっちゃうから、気をつけてね」

「うん、ごめん。うっかりしていた」

「次から気をつけてくれれば、それでいいの」

「それにしても、すごいね。全然見えなくなるんだ」

「正確には、見えてるんだけど意識が向かなくなるらしいわ。失認っていうんだっけ……? だから歩いてる人も、何かある、って思って避けてくれるのよ」

「便利だね……あ」

「悪用のお手伝いはしませんからね?」

 

 先回りして言うマミに、違うよと苦笑して応える醍醐だったが、「遅刻してもこっそり入れるね」というのは悪用になるんだろうなと思って心の中にしまっておいた。

 

「そうだ、醍醐くん、パトロール終わったらクレープおごってくれない?」

「いいけど、どうしたの?」

「ふふ、醍醐くんのせいで友達にクレープおごらされちゃったから、そのお返し」

「僕のせいで?」

 

 話が見えず、首を傾げる醍醐に、マミはくすくすと笑みを浮かべて宣言した。

 

「詳しい話は、おごってもらった後でね」

 

 そして、奢った後に話――ラブレターを見とがめた友人への口止め料として、クレープ一枚をおごらされたこと――を聞いた醍醐は、それは僕のせいじゃないんじゃないかなぁ……と苦笑してみせた。

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 飛発、火縄(マッチロック)、ホイールロック、フリントロック、パーカッションロック、その他諸々の資料を抱えた醍醐が姿を現したのは翌日のことだった。

 昨日の今日でよくもこれだけ集めたものだと感心するほどに膨大な数のコピー。

 付箋が針鼠のように飛び出していることから、彼が頑張って熟読したのだろうと伺える。

 

「ちょっと、ここで目を通せる量じゃないわね……」

 

 待ち合わせに利用している小さな公園で、ショルダーバッグに収まりきらない程の資料を前に、マミは小首を傾げた。

 

「パトロールは遅めにすることにして、先に私の部屋にいってこれ読みましょうか」

「いいの?」

「おもてなしの準備はないから、期待しないでね」

 

 と、釘を刺しておいたマミだったが、マミの部屋で紅茶を口にした醍醐は絶賛した。もちろん醍醐にとってマミの淹れた飲み物ならそれだけで価値あるものだが、それを抜きにしても今まで飲んだことのない豊かな味だった。

 

「ふふ、紅茶だけね。お料理はまだ全然なの」

 

 謙遜に聞こえるような口調で掛け値なしの事実を告げながら、資料に目を通していく。

 そのうち、とある頁でマミの資料を繰る手が止まった。

 

「あ、これ……」

「フリントロックのマスケットだね」

「子供の頃に読んだ絵本に出ていて、好きだったの」

「そうなんだ。詳しい構造はポストイットのところにあると思うよ」

 

 

 

 

 

「さ、さすが銃ね……。頭痛くなりそう……」

 

 用意された資料は、図面も多く客観的に見て分かりやすいものだったが、それでも馴染みのないマミには呪文が並んでいるように感じられた。

 醍醐にしても一夜漬けなので上手い解説はできない。

 

「マスケットのページだけ持って、河川敷でも行ってチャレンジしてみる?」

「そうね。案ずるより産むが易しっていうものね」

 

 そのままパトロールに回れるように、最低限の資料だけを手持ちにして、いつも魔法の練習を行っている河川敷に向かう。

 そこでマミは、写真やイラストを参考にして、リボンからマスケットを作り出す。

 この機構はどう動くのか、などと相談をしながらであったため、最初の一挺は小一時間ほどを要した。

 そして、水面へ向けて行われた試射は、残念ながら不発だった。

 

「リボンで作った火打石だから、火花が出ないのかな?」

「んー、そもそも魔法だから、そこはスタイルさえ整っていればいいと思うのよね。要はイマジネーションの問題かしら?」

 

 明るい灰色の銃身に茨を模した銀のレリーフを刻んだマスケットは、見た目こそ完璧であったが、動作を充分に把握できていないためか、実際の射撃は行えなかった。

 

「このフリズンっていう部分の挙動がピンとこないのよね……」

 

 難しい顔でマスケットを見つめた後に、でも、見た目はかっこいいよね、と顔を綻ばせて慈しむように銃身を撫でさする。

 幼いころに憧れたマスケットを、自分の魔法で外見だけとはいえ再現出来てご満悦のようだった。

 

「そうだね、芸術品みたいだよ」

「似合う?」

 

 銃を片手に、くるりと回ってポーズをつけて見せる。そのバレエのような軽快な動きの最中でも、一瞬たりとも銃口を人に向けないのは、いかにも彼女らしい。いくら不能不発のマスケットとはいえ、万一のことは起こりうるのだから。

 

「あ、そうだ」

 

 マミはマスケットに魔力を込めて変形を促す。銃床を細くして柄に、引き金部分を護拳に、さらには銃身を細く鋭角的な刃に。

 その姿は、マスケットをベースにした瀟洒な剣に見えた。

 

「今日はこれで戦っちゃおうかしら」

「それ、パトロールの間ずっと持ち歩くの?」

「まさかぁ」

 

 他人からは認識されないので持ち歩くことに問題があるわけではないが、片手にソウルジェム、片手にマスケット剣では動きが不自由にすぎる。

 マミはベレー帽を外すと、そこに刺し込むようにマスケット剣を押しつける。

 すると、手品のように底の浅い帽子の中に、マミの背丈ほどもある銃剣が飲み込まれていく。

 

「リボンで作ったものなら、こうやって持ち歩けるの」

 

 完全にマスケット剣を飲み込んだ帽子を、マジシャンが手品の前に行うように表を裏をと振って見せた後、ちょこんと頭の上に乗せる。

 

「魔法みたいだね」

「そうよ?」

 

 醍醐のいまさらな感想に、マミは口元を押さえて笑いを漏らした。

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 ゴールデンウィークの間、マミのお気に入りのマスケット剣は、魔女一体、はぐれの使い魔二体を屠った。

 また、試射しては不発で剣に作り替えられたマスケットは、計五振りに達していた。

 そして、数日が経過した水曜日。

 待ち合わせ場所に現れた醍醐は、ちょっとしたキャビネットほどの木箱を背負っていた。

 

「なに、それ?」

「巴さんの参考になるんじゃないかなと思って」

 

 重量はそれほどでもないらしく、さほど苦労せず背中から降ろしてみせた醍醐は、その木箱の中から一挺のマスケットを取り出した。

 それは、ⅩⅢ年型シャルルヴィルと呼ばれるマスケットの名銃を模したレプリカだった。

 

「本物?」

「いや、そうじゃないけど、構造自体は本物と変わらないらしいよ。だから銃身は埋め潰されてるんだけどね」

 

 クルミ材の銃床に、要所要所で真鍮の補強が施された銃身、その直下には込め矢が収められている。コックやフリズンの射撃機構は白銀色に輝き、総体としてそれは武骨な武器というより繊細な芸術品に見えた。

 

「かっこいい……」

 

 陶然とした表情を浮かべるマミ。そのマミに見惚れていた醍醐だったが、ふと我に返りマミを促す。眺めるために持ってきたわけではなく、マミの魔法の役に立てばと思ってのことなのだから。

 

「試しに動かしてみてよ」

 

 首肯したマミがコックを半ばまで引き上げる。フリズンを動かして火皿を露出させる。本来ならここで火皿に点火薬を注ぐが、今回はその手真似だけをしてみせて、再び閉じる。

 

「銃身埋められてるし、弾と装薬の充填はパスするね」

 

 そのため、込め矢を使う工程も略する形になるが、一応銃身下部から込め矢を引き抜き、銃身の脇をかすめるように前後させる。

 

「すごいね、手順おぼえてるんだ」

「だって、この一週間で何度読んだことか……嫌でもおぼえちゃうわよ。それに、おぼえてないと魔法で使うなんて無理よ」

 

 苦笑を漏らすと、芝居がかった所作で込め矢を筒に戻す。そしてコックを最大まで引き上げ――

 

「準備完了、です」

 

 所要時間にして一分弱。確認を兼ねて丁寧に行ったせいもあるが、個人レベルでの戦闘における充填は現実的ではないと考えていいだろう。

 

「いよいよだね」

「ええ、うまく仕組みを把握できるといいのだけれど……」

 

 呟きながら膝撃ちの姿勢を取る。肩に銃床を押しつけ、照星を五〇メートルほど先にあるドラム缶に合わせる。そして照星を照門へ導き……。

 

「いきます!」

 

 透き通った叫びとともに、トリガーが引かれる。

 ツーフィンガーほどもある乳白色の硝石。それを抱いたコックが打ち下ろされ、フリズンに勢いよく激突して火花を生み出す。

 衝撃は大きく、マスケットを構えていたマミの腕が下方向に揺らぎ、銃口が地面を叩くほどだ。

 それほどの激突の勢いによってフリズンは押し退けられ、その下に隠されていた火皿が瞬間姿を現す。

 火花が火皿に飲み込まれるや、フリズンはバネの力により元の位置に戻り、火皿は再び蓋をされて姿を隠す。

 本来は、火皿に盛られている点火薬に着火し、その炎によって銃身に詰められた装薬が炸裂、弾丸を射出するという流れになる。

 

「へぇ……思ったより、乱暴なのね」

「大丈夫? 腕痛くなかった?」

「女の子としては『いたぁーい』って言いたいところだけど、魔法少女だもん、大丈夫」

 

 安心させるように微笑むと、マスケットを抱え上げ、コックとフリズンの部分を手で動かして挙動を確かめる。

 コックの挙動、勢い、フリズンの挙動、固さ、バネ……念入りにひとつひとつ手と指で確認する。

 

「分解してみる?」

「いいの? 壊れちゃうかも」

「いいよ、そのために買ったんだし」

「ありがとう。外で分解すると部品なくしちゃいそうだし、うちに行きましょうか?」

 

 

 

 

 たぶん、撃てそうな気がする。

 部屋なので試射はできないが、マスケットを作った際の手応えからマミはそう感じていた。

 分解して内部構造まで熟知できたおかげか、一挺の生成に一分とかからなく、調子に乗ったマミは二〇挺ほどを作り出して部屋に並べた。

 

「作り出すのにそれなりに時間がかかるし、事前に作っておいて取り出して使うといいかも」

 

 たくさん作ってしまったことを正当化するために考えた理由だったが、醍醐がその案に食いついた。

 

「いいね。足利義輝みたいでかっこいいよ」

「足利義輝? って室町幕府の?」

「そうそう。剣聖って言われるほどの将軍なんだけど、その最期が、畳に刺した沢山の刀を次々と使って戦ったんだって」

「かっこいいけど……最期って、縁起でもなくない?」

 

 誤魔化すような笑みを浮かべる醍醐に、マミは大袈裟な溜め息をついてみせる。だが、頭の中に描いた想像図――無数のマスケットを林のように立たせ、その中に立つ自分――が予想以上に好みにはまっていて、思わず頬を緩めた。

 ふと視線を上に向けると、壁時計が六時を示しているのが見えた。今からパトロールに出ると夕飯が遅くなりそうなので、先に食事をした方がいいかな、と考える。

 

「醍醐くんのおかげでマスケットもうまく作れるようになったし、お礼に夕飯でもご馳走しましょうか? 味は保証できないけど……」

「味なんて気にしないよ! って、これじゃかえって失礼かな……」

「ううん、助かるわ」

 

 苦笑すると、マミは醍醐にテレビのリモコンを押し付けてキッチンへ立った。あんまり上手下手が出ない料理って何があったかなぁ、と内心で考えながら。

 

 

 

 

「うん、おいしいよ」

 

 クリームシチューと野菜ライスコロッケは、マミにしては上手に出来たと言ってよかった。

 味見をしたマミは、これならそんなに不味くないかも……と微妙な自信を持って食卓に並べたが、醍醐の食べっぷりはマミを充分に安堵させるものだった。

 

「無理しないで。私まだお料理初めて一月ちょっとしか経ってないから、へたっぴで……」

「無理なんかしてないよ。何杯でも食べれそうだよ」

 

 実際に、醍醐は掛け値なしに美味しいと感じていた。マミが作ったという事実が評価を甘くしていることもさることながら、彼の実母がシチューなら固形の素を充分に溶かしきらない程の料理下手であることが大きな要因だった。

 

「ふふ、やっぱり食べてくれる人がいるっていいわね。ひとりで作って食べてると、味気なくて」

 

 ひとりで、という言葉から、醍醐は巴マミの両親が亡くなっていることを改めて意識したが、それを言葉にすることはしなかった。彼女が水を向けたのかも知れないが、無遠慮に立ち入っていい話題とは思えなかったからだ。

 巴マミのほうも、両親につながる発言を「あっ」と内心で思っていた。彼が敢えてそこに触れずに流してくれたことに心の中で感謝する。

 今、両親の話をしたら泣き顔を見せてしまうかもしれない、それは避けたかった。彼の前では、強い魔法少女でいないと、不安を与えてしまうから。

 

 最近こそ、夜中にベッドの中で泣く回数も減りつつあるが、元来にして彼女は涙もろい。両親がいたころは些細なことで大粒の涙をこぼし、母から泣き虫マミと呼ばれたものだった。

 

「い、いつでも食べるから! ……って、それは厚かましいか」

「そう? じゃぁ時々味見役お願いしようかしら」

 

 学校での印象より幾分明るく活発な様子を見せる醍醐に、マミは気持ちが安らぐのを感じていた。一緒にいると落ち着く、という心境には届いていないが、少なくとも警戒の対象ではなくなっていた。

 

 

 

 

 ゆったりとした気持ちで食事を終え、日課のパトロールに出る。

 部屋を出る際に、遅いから帰ってもいいわよ、と言うマミに、遅いからこそ一緒に行かないと、と醍醐は譲らなかった。

 

「ありがとう」

 

 目を伏せて謝意を伝えたマミは、玄関でもう一度目を伏せて、その手を伸ばした。

 

「リボンだと、前みたいに落とすと困るでしょ……?」

 

 以前、醍醐がリボンを落として、マミを認識できなくなったことを指している。とはいえ、その場合もマミからは醍醐は見えるわけで、さして問題ではないのだが……。

 

「て、手と手なら、うっかり離れることもないから」

 

 言ったマミより醍醐の方が顔を赤くしたのだが、お互い顔を直視することはできず、それを互いに確認することはできなかった。

 なお、その夜のパトロールでマスケットは充分に威力を発揮し、魔女を一匹仕留めたことを蛇足ながら記しておく。


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