マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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少し、過去の話になります。マミさんが中学二年生の春の話です。
五話程度の予定です。


マミさん、魔法少女の使命にめざめる
第八話 マミさん、パッとしない少年を助ける


 ガソリンの臭い。ゴムの焼ける臭い。傷口から溢れる血の臭い。

 口腔を埋め尽くす血液の鉄の味。視界を染める血液の赤。

 息ができないのは気道を満たす血液のせいか、充満する黒煙のせいか。恐らくはその両方。

 車の前部座席は原型を留めていない。ひしゃげた鉄塊がトリガーを押し込み、クラクションがけたたましい音をいつまでも鳴り響かせる。

 

 地獄というものが本当にあるのなら、今の状況こそがそれに相応しいだろう。

 その地獄は、乗用車同士の正面唐突という一瞬の事故で現出した。

 

 朦朧とする意識の中、一筋の蜘蛛の糸が垂らされた。それを手繰り操るのは、少女の視界の端に映った猫に似た白い生き物。

 それは口を開くこともせず、直接言葉を脳に届けてきた。

 

『ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 

 少女はすがるように手を伸ばし、かすれた声で告げた。

 

「助けて」

 

 

 

 

 このひと月ほどで何度も何度も繰り返し見た悪夢。

 これも何度も何度ものことであるが、その夢のため少女は夜半に覚醒した。

 深海から力ずくで海面へ引き上げられるような、穏やかさの欠片もない目覚め。

 額に鉛でも注入されたかのような鈍い痛みと裏腹に、意識だけははっきりしている。

 寝相は悪くないと少女は思っていたが、布団や寝間着の有様を見るに、それは思い上がりだったのかもしれない。

 薄闇の中、瞳を開き見慣れた天井の模様を眺める。

 

 ――どうしてなんだろう。

 

 悪夢の内容を、反芻するかのように思う。

 ひと月ほど前に、少女の家族を襲った交通事故。そこで少女は、猫に似た生物と契約して命をながらえた。

 

 ――どうして私は「助けて」なんて自分勝手なことを願ったんだろう。

 

 瞳から溢れた悔恨の涙が、目尻から頬を伝い落ちて寝具を濡らす。

 

 ――私たちみんなを助けて、といえばパパとママも助かったのに。

 ――事故をなかったことにして、といえばパパとママどころか相手の人も助かったのに。

 

「ごめんなさい」

 

 力ない声が、少女の唇から漏れる。

 一度漏れた言葉は、何度も繰り返されるが、やがて涙で声にならなくなる。

 利己的な願いの罰として、こうして不安で寄る辺ない夜を過ごさないといけないのだとしたら「許して」と口にする資格すらない、と彼女は自分を縛る。

 

「あの時、死ぬべき……だったのかな」

 

 気分が沈むと、いつも考えてしまうことだった。いや、正確には、気分が沈んでいない時などなかった、あの事故以降は。

 奇跡によって生命をつないだといっても、今の自分に何が残っているというのだろうか。

 押し殺した声で泣く彼女。それを赤い目で見つめる白い生き物は、暗闇の中いかなる感情もその面に見せなかった。

 

 

 

 

 カーテン越しに届く朝日が、まだ湿り気の残る少女の頬を乾かす。

 目尻に涙が固まって違和感があるが、少女は意志の力で瞳を開けると、布団の中で大きく伸びをする。

 目覚ましが軽快な曲を奏で始めた。一音節も終わらないうちに、少女の伸ばした手がアラームを止める。目覚ましの鳴る時間より僅かに早く起きるのは彼女の習慣のようなものだ。

 

「おはよう」

 

 鈴を転がすような声で独りごちる。日によっては猫に似た生物が挨拶を返すが、今日はないようだった。

 時刻は朝六時。家を出る時間が八時なので、時間はあるように思えるが意外とそうでもない。

 お弁当作りとそのついでの朝食の準備に四〇十分程度(ゴミ出しのある日は品数が減り三〇分に短縮される)、髪のお手入れに二〇分程度、洗顔と歯磨きに二〇分程度、朝食と片付けに二〇分程度、出かける支度に一五分程度、朝の星占いの確認に五分程度。

 よどみなく朝の雑事を済ませても、猶予は一〇分あるかどうかというのが毎日の常だった。だが、その忙しさを嫌うのではなく、何かをしている方が気が楽でいい、と少女は思っていた。

 ちなみに、今日は順調に進んだので新聞の文化面にまで目を通す余裕があった。

 

 

 

 時間通りに家を出ると、少女は通学路を歩く。

 少女の名前は巴マミ。

 美しさと愛らしさが同居しているが、まだ中学二年生になって間がないという年齢もあって、天秤にかければ愛らしさに傾く。

 もっとも、美しさも平均的な女子と天秤にかければ大きく傾くだけのものがあるので、彼女の美しさと愛らしさを秤にかけるには、かなりに頑丈な天秤が必要になることだろう。

 特に愛らしさが表れているのは瞳だろうか。大きく丸い瞳は、内面を現すように目尻が下がり穏やかな印象を見る者に与える。夜半目が覚めたこともあり寝不足気味なはずなのだが、腫れぼったさは欠片もなく、瑞々しいまでの若さをたたえている。

 その瞳が、通学路の少し先を歩く一人の男性を捉えた。

 

「おはようございます、田浪先生」

 

 静かだがよく通る声で、マミが男の背後から挨拶をする。呼ばれた男は足を止めて振り返ると、マミの姿を認め挨拶を返した。

 肩まで伸ばした長髪と、長身痩躯と表現してもなお痩せ過ぎている身体が特徴的なその男、田浪先生とマミに呼ばれた彼は担任教師だった。前世紀のミュージックシーンをリスペクトしているらしく、生活指導の教諭の再三再四の指摘にも関わらず髪を切ることを拒んでいた。といっても頑固という性質からは対極に位置し、常に生徒目線で接することから生徒たちからは好かれている。

 マミも彼に良い印象を持っているが、それ以上に先月の事故の際にさまざまに骨を折ってもらった恩があった。彼が後見人、保証人になってくれなければ、マミがどんなに希望しても見滝原にひとりで残ることは叶わなかっただろう。

 少し小走りに先生のところまで駆けると、マミは足を緩めて並んで歩く。

 

「うまくやってるか? なんかあったら何でも言ってこいよ」

 

 威厳というものを投げ捨てたその態度は、マミに親しみをおぼえさせる。

 

「大丈夫です。ご飯は美味しく炊けるようになりました」

「まだそこか」

「はい、なにぶん初めてのことばかりですから」

「料理が教えられそうな先生は、うちの学校にはいないしなぁ……」

 

 女性教諭が聞けば目を剥いて怒りそうなことをこぼしながら、あごの剃り残しを指の腹で撫でる。

 

「そんなことはないと思いますけど……でも、けっこうレシピが充実しているので楽しんでやれてます」

 

 半分は嘘である。

 独学で楽しんでいるのは事実だが、料理をしながら母の遺したレシピ集へ不平不満をこぼしていることを、彼女の同居人である白い猫――のような生き物はよく知っていた。

 もっともその不平不満も「適量っていくらなのよ?」とか「充分に火が通るまでって何分なのよ~」といった、不満に感じる方に問題があると思われるものなのだが。

 

「そのうちに、会心の一品ができたら食わせてくれ」

「はい、そのときは毒見をお願いしますね」

 

 花のように顔を綻ばせると、前を向いたまま話題を変えた。

 

「先生、その髪って願掛けかなにかなんですか?」

「ん、そんな大層なわけじゃないんだが。そもそも巴の方がそのロールとかせば長いだろう」

 

 指摘された通り、左右におさげにして縦巻きにカールさせているマミの髪をほどけば、腰上まど届くのだが。

 

「ナチュラルに女子と髪の長さを比べる時点でおかしいですよ」

「そうか? まぁ就職が決まったら切るくらいかなぁ」

 

 昔に流行ったフォークソングにかけた台詞で、その程度の軽いファッションと伝えたかったのだが、当然マミには通じない。それどころか何故教師が就職と言い出すのか、と軽く混乱していた。

 

 

 

 

 校門をくぐる頃には、五名程度の生徒が会話の輪に加わっていた。

 田浪は職員用の玄関に向かい、マミをはじめとする生徒たちは連れ立って昇降口に回った。

 一限目の教科について、たわいもない会話をしながらそれぞれの下駄箱から上履きを取り出していると、巴マミは上履きの履き口に白い封筒が添えられていることに気付いた。

 過去に何度か経験していることもあり、すぐにその正体に思い至ったマミは短い驚きの声を漏らす。

 

「どうかしたの、巴さん?」

 

 きゃ、と発した後に硬直したように靴箱を眺めるマミの姿を見て、同級生が尋ねる。

 

「な、なんでもない。中にバッタがいたから、驚いちゃって」

 

 手をバタバタとあおがせて空想上のバッタを追い出すと「もう入って来ちゃだめだよ」と優しく諭す。

 うん、完璧に誤魔化せた、と自画自賛したマミだったが、手で起こした風のせいで、白い封筒が靴箱を飛び出した。

 手紙はそのまま、マミの足元にはらりと落ちる。

 

「あ」

 

 マミと同級生の声が重なる。

 僅かに硬直したマミだったが、すぐにしゃがみこみ、流れるような動作で手紙をカバンの中にしまう。急いでいても折り曲げたり乱雑に扱ったりしないのは性格的なものだろうか。

 

「おっきいバッタね、巴さん?」

「ね、そうよね……?」

 

 ふたりは目を合わせ、片やいたずらっぽい笑みを、片や泣きそうな笑みを浮かべた。

 

「もちろんみんなには黙ってるわよ、巴さん」

 

 幸いにして、目撃者はその女子生徒一人だったので、週末のクレープ一枚を約束することで口止めには事足りた。

 

 

 

 

 手紙の主は、一年生の時に飼育委員を一緒に勤めた醍醐という同級生だった。

 委員の活動を見る限り、おっとり気味だが真面目で面倒見がよく、好感を持てる性格。容姿、運動、学力はいずれも平均的なものであったが、性格が良いことを考えると長所がないというより欠点がないと観るべきだろう。

 二年生になってクラスが別れたが、接する機会がなくなって自分の気持ちに気付いた、とのありきたりな手紙だった。

 魔法少女になっていなければ、返事はどうなっただろうか、とマミは思う。だが魔法少女となった今では、返事は決まっている。

 

「お手紙読みました。ありがとうございます」

 

 放課後、昨年お世話をしていた鳥小屋での待ち合わせを指定されたマミは、到着するや頭を下げた。

 

「本当にごめんなさい。私、誰ともお付き合いする気はないんです」

 

 一日中、なんと返答しようか思索した甲斐もなく平凡な言葉を伝えると、相手の反応を待つ。昨年、委員を通じて得た印象では、これで充分納得してくれる「物分りのいい」人だったはず、と内心思うが――

 

「あはは……そうか。残念だけど分かったよ。巴さん、直接伝えてくれてありがとう」

 

 果たして、彼は頭を掻きながらあっさりと引き下がる。スムーズな返答はマミの返事を半ば予想していたことをうかがわせるが、それでもショックの色は隠しきれていなかった。

 かける言葉が思いつかなかったマミは、ぺこりと会釈すると踵を返した。

 

 

 

 

 

 三日が過ぎた。

 クラスが違うこともあって醍醐と学校で顔を合わせることもなく、マミは安堵していた。

 無理にでも避けたいというほどではないが、やはりどのような顔をすればいいのか分からなくもあり、会わないで済むならそれに越したことはないと思う。

 そんな彼との再会は、魔女の結界の中であった。

 パトロール中に魔女の結界を訪れた巴マミは、使い魔に手を引かれ夢遊病患者のように歩く醍醐の姿を認めた。

 彼の手を引き歩いているのは、幼稚園児ほどの背丈のブリキの兵隊。

 黒の長帽子に赤い上着を着た姿は、ロンドンの近衛兵を思わせる。

 前傾姿勢で駆け寄ると、右手に握ったリボンを硬質化させた擬似ソードを振り下ろし、使い魔を幹竹割りに両断する。 

 

「大丈夫?」

 

 引かれていた手を失い尻餅をついた醍醐に、マミが手を伸ばし声をかける。その際に首筋に視線を巡らせ、魔女の接吻を確認した。

 魔法少女としての経験が少ないマミには、今の使い魔も、この接吻の模様も初見のものだ。

 焦点の合わない目でマミの手を見つめていた醍醐だが、マミの手がさらに伸びて彼の額を指先で押し、軽い癒しの魔力を流し込むとようやく正気を取り戻した。

 

「……巴さん?」

「はい」

 

 マミの優しい笑顔には、相手を落ち着かせる効果があった。特に醍醐相手には効果もひとしおだ。今の今まで正気を失っていた彼も、恐慌を来たすことなく言葉を交わすことができた。

 

「まずいところ見られちゃった。事情は後で話すけど、とりあえずひとつだけ。クラスのみんなには、内緒にしてね」

 

 唇の前に立てた人差し指を運び、「話さないでね」のジェスチャーを示してウィンクする。

 そして、醍醐の返事を待たずに振り返り、いつの間にか前方にたたずんでいる魔女に厳しい視線をぶつける。

 下部が半円に欠けた大理石のブロック、いわゆるメガネ橋と形容されるもの。それが五つ、縦に積み上がり連なっている。そんな魔女の外形だった。

 ひとつのブロックは小さなコンビニエンスストア程度の大きさ。

 それが五段重ねともなると、見上げると首が痛むほどの高さ。だが巨大な魔女の体躯には、移動器官、攻撃器官といったものは見受けられない。

 

 ――……強そう。

 

 巨大さに気圧され、背中を冷たい汗が流れる。

 魔法少女は魔女を狩る存在。白い猫――キュゥべえがそう伝える通り、戦闘能力は魔法少女に分がある。あるのだが、なにぶん彼女は魔法少女になりたての見習いであり、また生来の性格も争いには向いていない。

 前回の魔女には肩口に痛撃を受けた。少しでも位置が逸れていれば、首か心臓に致命傷を受けていた可能性もある。そう想像して自らの死を身近に感じ、嗚咽を漏らしたこともあった。

 今日の無事を担保するものなど、少女にはなにもない。

 

 ――それでも、私は戦わなきゃ。

 

「ナストロ・スパーダ!」

 

 自らを鼓舞するように、透明感のある声で武器の名である《リボンの剣》を叫ぶ。彼女の意志と声に呼応するかのように、彼女の背丈に倍する

 

長さのリボンが掌中から屹立した。

 紙の薄さをもって硬質化したリボンには、刃物に等しい切れ味がある。また幅広の面で叩くことで、鈍器に似た使い方も可能ではある。もっとも後者の場合は、軽量なのが災いして充分な威力は望めないが……。

 

 ――人心を弄び蝕む魔女よ、この魔法少女マミが、永久の安息の旅をあなたに捧げます!

 

 けっこう頑張って考えた口上だったが、知り合いが背後にいると思うと口にするのは憚られた。結果、心の中でのみ凛とした声で叫ぶ。

 彼女は決してふざけているわけではない。

 戦いとは恐怖を伴うものだ。

 恐怖を糊塗するため、未開の地の部族は踊りにより、異教の信徒は歌により、そして近代の兵士は薬物により精神の高揚をなす。

 たったひとりで戦う年端もいかない少女が、声も身振りもなく恐怖を克服するなど不可能事なのだ。

 故に彼女は幼い頃に憧れたテレビ番組の中の『魔法少女』に倣って自らを励まし、恐怖を糊塗している。

 

 小手調べというわけではないだろうが、魔女自らは動かず、ブリキの兵隊数体を行進させてよこした。ブリキの姿に相応しく、鈍重な行進だった。

 

「巴さん」

「大丈夫。負けるもんですか」

 

 背後から届いた震えた声に、落ち着いた声で応える。それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。

 その言葉も終わらぬうちに、マミが駆けた。いや、駆けるというよりは跳ぶ、だろうか。一歩で五メートルを超える距離を跳ねる、しかも速く、低く。

 瞬く間にマミと使い魔の集団が交錯し、大鎌を振るうかの如きマミの横薙ぎ一閃。抗うすべもなく使い魔集団が倒れ伏す。

 

「やった、巴さん!」

 

 快哉をあげる醍醐の視界から、マミが消えた。

 上だ。一回の跳躍で民家の屋根の高さほどまで上昇している。

 そして上昇した先で魔法の花を大輪に咲かせ、それを足場にして続けて跳ぶ。

 数度跳躍を繰り返すと、彼女は魔女の頭頂に届いた。決然たる視線を魔女に叩き付け、リボンの剣を構える――

 

「ペンタグランマ・タイアーレ!」

 

 彼女の声が《五芒の斬撃》と響き渡った。そして、空中に浮かべた花冠を足場に、魔女の頂点から左下方へ一気に斬り下ろしながら跳ぶ。

 次いで右上へ、左上へ、右下へ、最後に再び頂点へと。

 彼女の動きに合わせて一辺一〇メートルはあろうかという五芒の星を剣跡が描く。それだけの距離を一息に薙ぎながら舞う身体能力は特筆に価するだろう。

 だが、あまり――いや、今回に関しては全く五芒星状の軌跡に意味はない。

 一応巴マミの考えでは、頭部・両腕・両脚の五部位を同時に破壊する必殺の一撃なのだが、この魔女がそうであるように、ヒト型以外の形態をとる魔女が圧倒的に多く、実際は急所狙いでも何でもない単なる五連撃になっている(それはそれで強力ではあるのだが)。

 

 軌跡にこそ意味はないが、切れ味鋭いリボンの刃での連撃は確実にダメージを与えている。

 魔女は斬られた箇所から白煙をあげ、苦悶の呻きを漏らした。

 五芒の頂点に浮かぶ花冠に降り立ったマミは、魔女を見下ろすと両手に剣を堅く握り、さらに上へと跳んだ。

 

「フィナーレ!」

 

 頂点から一直線に下へ、五芒星を縦に真っ二つにする軌跡でリボンの剣が魔女を斬り裂く。

 中央を両断された魔女は、武道の有段者に手刀で割られた平積み瓦よろしく、内側へ沈み落ちるようにその体躯を崩していく。

 その様を見やりながらマミは大きく息を吐く。

 

 ――良かった……、弱い魔女で。

 

 胸を撫で下ろしながら、魔女の最期を見届ける――とどめを確信していても、魔女から視線を外す勇気は彼女にはなかった。

 今にも魔女が立ち上がってその牙を向けてくる、そんな怯えからくる想像を振り払うことが出来ずに、彼女は結界が解けるまで魔女のあったところを見つめ続けた。

 

 

 

 

 

「怪我とか痛いところはない? あれば遠慮なく言ってね」

 

 魔法少女の装束――近世の竜騎兵を連想させるクラシカルなもの――を解除し、薄桃色のジャケットに、萌黄色のストールを胸の前で花の形に結んだ私服に替えたマミが微笑む。

 

「う、うん。大丈夫。それより今のは……」

「それは……ちょっと長くなるから、座れるところ行きましょうか」

 

 醍醐が大きく首肯するのを確認すると、マミはほど近い自然公園に向けて歩を進める。が、結局は公園に着くまでに、歩きながら醍醐の質問攻めにあった。

 魔法少女のこと、魔女のこと、要点はぼかしつつではあるが、マミは丁寧に説明を続けた。

 

「突拍子もない話で、信じられないとは思うけど……」

 

 ようやく辿り着いた自然公園のベンチに腰を下ろしながら、苦笑気味にマミが漏らす。

 

「いや、信じるよ。何よりこの目で見たんだし」

「それで、こうやって毎日放課後はパトロールをしているの」

「危なくはないの?」

「危険だけど、それが魔法少女になった私の役目だから」

 

 ベンチに浅く腰を下ろした醍醐は、遠くを真剣な眼差しで見つめると、しばし考え込むように沈黙する。

 夕方の肌寒い風が何度もロールした髪を揺さぶった後、長い静寂を嫌ってマミが続けた。

 

「それに、大切なことだし。街のみんなのために」

「僕にも手伝わせてもらえないかな」

「危険だから、それはだめ」

 

 沈思熟考と形容できるだけの時間をかけてなした醍醐の決断を、マミは言下に否定した。

 

「気持ちは嬉しいけど、こんな危険なことに、ひとを巻き込めない」

「僕を巻き込めないほど危険ってことなら、なおさらひとりでなんてダメだよ。それに、戦いとは別に女の子のひとり歩きは危ないし、僕、裏道とかもある程度分かるから!」

 

 ――ひとり歩きは、魔法で私の姿をで見咎められなくするから問題ないんだけど……。

 

 と心の中で苦笑するマミをよそに、醍醐は次々と言葉を連ねる。その熱意に気圧されるように、マミは小さく頷いた。

 

「分かったわ。ホントは私も、ひとりだと心細かったの」

 

 巴マミは、魔法少女としても人間としてもまだ幼く、心では支えになるものを欲し続けていた。

 そのため、それが危険な判断であるという事実から目を逸らして応えた。目を逸らしたところで、やがて直面することが明らかなのにも気づかない振りをして。


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