マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~ 作:XXPLUS
数日の間、彼女は過去を――この世界で彼女だけが知っている過去を、何度も回想した。
懐かしさから。その理由も確かにあるが、それよりも、想い出していないと、忘れてしまいそうで怖かったから。
斧の魔女を追って見滝原を訪れ、マミに助けてもらったことを。
マミに師事し、魔法少女としての基礎から教えてもらったことを。
家族を失い、マミとも袂を分かち、孤独な時間を過ごしたことを。
幻惑魔法も治癒魔法も使えず、傷だらけで身動きすらままならず、そのまま朽ち果てるしかないと思ったことを。
マミに命を助けてもらったことを。
それから、マミとともに歩んだ大切な日々のことを。
回想の中で、ひとつひっかかったことがあった。
命を助けてもらった時、ソウルジェム同士を接触させることで、お互いの心が結びつき、心象世界での意思の疎通がなった。
それが今一度なされれば、杏子の記憶をひきがねに、マミの記憶も回復する可能性があるのではないだろうか。
地獄の中で、蜘蛛の糸を見つけた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
インターホンが鳴った。
部屋着に着替えたばかりのマミは、誰かしら、とつぶやいてインターホンに歩み寄る。
先ほどまで一緒にパトロールをしていた後輩ふたりが何かの用で来たのかな、とも思ったが、美樹さやかは学習塾に向かうと言っていたし、鹿目まどかも今日は家族で夕飯を食べに行くからとお茶会をパスしたので、その可能性は低いはずだ。ご近所の方が用事で来たのかもと考えて、少し他所向きの声音で応える。
「はい、巴です」
「マミさん、少し話をしたいんだけど、いいかな」
「あら、佐倉さん。大歓迎よ。いま開けるからあがって。ふふ、あなたから来てくれるなんて雪でも降りそうね」
インターホン越しの声で佐倉杏子と聞き分けてくれた。そんなささやかな事実を嬉しく思い、少し杏子の声がはずむ。
「ありがとう。あと、突然ごめん」
「気にしないで」
スリッパをぱたぱたとさせて玄関まで行くと、マミはドアを開けて彼女を出迎えた。
マミはレモンイエローの少し大きめのトレーナーを着ていた。それは杏子にとっては見慣れた部屋着であり、自分の知っているマミだと彼女は受け取った。
「ご機嫌そうね。さぁ、あがって」
杏子の口元の変化を見逃さず、マミが同じように口元をほころばせる。
現金なもので、そういったマミの反応に、「やっぱり、マミさんはマミさんだ」と杏子は胸中でひとりごちた。歩んできた過去に多少の相違があっても、人間性はそうそう変わるものではない――そのように思うのは、浮かれているからなのだろう。そしてこのようなささやかなことで浮かれるのは、情緒不安定だからなのだろう。
見慣れたリビングで、見慣れたテーブルを囲んで座る。
杏子の仕草は自分の部屋にいるかのように自然なものだったが、それを図々しいと思うことはマミにはなかった。むしろ、彼女が部屋にいること、こうやって一緒にテーブルを囲むことこそが自然なことのように思われた。
だが、あまりに杏子が遠慮なく部屋をキョロキョロと見回すと、
「やだ、あんまり見ないでね。恥ずかしいし……」
と、頬を染めて控えめに抗議する。
杏子は遠慮するように視線を巡らせる速度を落とし、ある一点に視線を向ける。
「あっちは?」
「あの部屋? あの部屋は使ってないの……。ほら、私ひとりでしょ。ここと寝室があれば充分だから」
そこが、マミの両親の寝室であることを杏子は知っていた。以前の世界では、いつからかマミが自室として使うようになっていたのだが、この世界ではいまだに封印状態にあるらしい。
「そうなんだ。マミさんの部屋は?」
「かわったことを気にするのね。あっちがそうよ。お勉強と寝るときにしか、使わないけどね」
マミが指と視線で部屋を指し示す。そこは、以前の世界では杏子が自室としていた部屋だった。
「見てみる?」
「いいの?」
「殺風景な部屋よ。だけど、そのおかげで見られて困ることもないわ」
先に杏子が立ちあがった。見る気まんまんなその様子にくすりと笑うと、マミも立ち上がり案内するように歩く。
佐倉さんのご期待に沿えるようだといいのだけれど、とはにかみ、ドアノブを静かに回した。
ドアが開くと自己主張しすぎないフレグランスがふわっと広がるが、杏子はそれを堪能する素振りもなく、足早に部屋に入って視線を巡らせる。
杏子の視線がベッドで止まった。以前の世界で、杏子が毎日眠っていたベッド。
カーテンこそ知っているものと異なるが、朝起きると毎日開けた小さな出窓。
天井のかすかな起伏も、少し明るすぎる照明も、見覚えがあった。
「変わらないね……」
感じ入ったように漏らす声には、懐かしさが強く含まれていた。
「あら? 佐倉さんがうちに来ていた頃って、この部屋は使ってなかったような気がするんだけど……」
マミの指摘に、杏子は失敗した、という表情を見せた。
人差し指を下唇に添え、思索する雰囲気のマミは「佐倉さん、もしかして……」と続ける。
「ストーカー?」
ヘタな冗談に、杏子は苦笑を漏らす。そして彼女が否定するより早く、照れ隠しのようにマミが自ら否定する。
「そんなわけないわよね。もしかして、佐倉さんのお部屋と似てたりするのかしら?」
「そうだね……、あたしが使ってた部屋にそっくりだよ」
「そっか、好みが似ていたりするのかしら、なんだか嬉しいわね」
杏子の視線が特にベッドで止まりがちにあることを見てとったマミは、ベッドに腰を下ろし、横に座るように杏子の手を引く。
「佐倉さんとゆっくりお話するの、久しぶりね。二年ぶりくらいかしら……」
「そう、なるのかな」
「昔はいろいろあったわよね。懐かしく思えるわ……」
「ごめん、昔のことは」
「そうよね。ごめんなさい。思い出したくないことも多いわよね」
そうではなかったが、どう伝えて良いものか分からず、杏子は押し黙った。
「ところで、佐倉さん」
「うん」
「お風呂ちゃんと入ってる? 髪がずいぶん荒れてるけれど」
「えっと、あぁ、たぶん」
「たぶん?」
問い詰めるような視線。それを懐かしく思った杏子は顔をほころばせた。
最初、なぜ笑うのか意味が分からないといった感じできょとんとしていたマミも、すぐにつられるように微笑んだ。
「準備するから、お風呂はいっていきなさい。お風呂の間に、お菓子作っておくから」
「うん、そうする」
「うん、そうしなさい」
顔を見合わせてふたりは笑った。
杏子が目尻を指で拭ったが、それは笑い過ぎた故のものだと、マミは思った。
◇ ◇ ◇ ◇
浴槽一杯にためられたお湯に肩までつかると、じんわりとした心地良さが全身にひろがってきた。
彼女はお湯につかることを快いと感じるような年齢ではなかったが、ここ数日の精神的な孤独と寝起きする地下室の冷たさで、彼女の心はかじかんでいた。それを融かしてくれるように思えた。見覚えのある浴室であることも大きかったのだろう。
両手を桶のようにしてお湯をすくうと、ばしゃばしゃっと何度も顔に浴びせる。
その音を脱衣所で聞いていたマミは、杏子がはしゃいでいるものと受け取り、声には出さずに笑った。
「タオル、ここに掛けておくわね。お菓子作り、けっこうかかると思うから、ゆっくりはいってね」
「うん、ありがと」
リビングの三角テーブルには、チョコレートの焼き菓子、チーズのムース、それとワインとブランデーをメインにしたフルーツゼリーが並べられていた。マミは深い赤色に輝くゼリーを指し、口元をほころばせて言った。懐かしむ想いと出来栄えへの自信が伺える、良い笑顔だった。
「おぼえてる? 佐倉さん、以前うちに来た時、これが美味しいって。あの頃よりも、私もお菓子作りの腕をあげてるから、もっと美味しく作れてるって思うの」
「う、うん……」
「忘れちゃった? そうよね、もう二年も経つんだものね」
杏子にとっては、食べた覚えのないお菓子だった。
もしかするとこの世界のマミは、ずっと前に杏子が美味しいと言ったこのお菓子を、いつかまた食べてもらおうと練習していたのかもしれない。そうだとすれば、覚えていないととれる返事に、マミはかなり落胆したのではないだろうか。
そんな風に想い、杏子の顔がわずかにかげる。
「あの時はアルコールの飛ばし方が足りなくて、少し酔っちゃったんだっけ」
昔を想い、くすくすと笑うマミ。しかしマミの昔話に、あいまいに頷くことしか杏子にはできなかった。
彼女の記憶には、この世界の過去数年に渡る出来事はないのだから、彼女はこの世界の誰の過去にも共感することはできない。
そして、彼女が過ごした時間を共有する者はこの世界にはなく、また、この世界の誰ひとりとして、彼女が持つ過去に共感をおぼえることはできない。
「美味しくなかった?」
スプーンを持つ手が止まっていることからそう思ったのか、マミが心配そうな声で聞いた。
杏子が慌てて否定すると、マミはほっとしたように微笑み、そしてゼリーをひとさじ口に含み、うんうんと頷いてみせた。
いま目の前にいるマミは、杏子の知っているマミとさして変わりはしない。優しいし、穏やかだ。杏子が望めば、過去はともかくとして、今から仲良くしていくことはできるだろう。
しかし、それは友人であり、仲間として。杏子の望むものとは少し異なる。
「マミさん、ソウルジェム貸して」
「え?」
「いいから、お願い」
「う、うん。いいけれど……」
卵形のソウルジェムを、おずおずといった様子で差しだすマミと、意志を込めた力強い動きで受け取る杏子。
杏子は自らのソウルジェムをもう片方の手に持ち、すぅっと息を吸い込む。
そして、心の中で静かに祈る。
――神様、せめて、マミさんがあたしの心の中を見れるように。
杏子の真剣な様子に、マミは口をはさむこともはばかられ、ただ見守る。
やおら、杏子がふたつのソウルジェムを強くぶつけようとした。
「きゃっ」
ソウルジェムが傷付くことを想像してか、マミが両の手で瞳を覆い、顔をそむける。
そして、その想像を肯定するような激しい音が鳴った。
高く、鋭い音だった。
それが鳴りやむと、マミは指と指の間から視線を通し、ふたつのソウルジェムを確認する。
「だめよ、佐倉さん。ソウルジェムは私たち魔法少女にとって大切なもの。もしも壊れたりしたら、もう二度と魔法少女にはなれないのよ」
少しだけ、とがめるような口調だった。
杏子は力なく笑うと、沈んだ声で、
「そうだね、ごめん」
とだけ応えた。それは、マミが強く言い過ぎてしまったかと省みるほどに、意気消沈した声だった。
「そうだ。佐倉さん、なにかお話があって来たのよね。なにかしら? 相談ならなんでも聞いちゃうわよ」
「あ――、うん」
ソウルジェムを接触させて心象世界での邂逅、ひいては記憶の共有をできないかという訪問の目的は潰えた。
だから、今あらためて問われると、杏子には応える言葉がなかった。
場を持たせるようにお菓子を口に運び、噛み、飲み込む。
「マミさん、お願いがあるんだけど」
ふと、思いついたことがあった。いや、思いつきなどと言えるレベルでさえない、願望のたぐい。
「いつもの河川敷で、戦ってもらえないかな。昔の訓練みたいに」
「いつもの……佐倉さんと訓練していた頃の?」
「うん」
「構わないけれど、急にどうしちゃったの? それに、もうそろそろ暗くなるわよ?」
戦えば、想い出すかもしれない。それは正しく願望でしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
堤防を登った先の街灯が、もっとも近い明かりだった。
街灯はくたびれており、数十秒程度の間隔で不規則に明滅している。そもそも点いているときも、本来の明るさには程遠いであろう、ほの暗い明かりがせいぜいであり、河川敷を照らすには力不足だった。
普通の少女なら、足元の小石を見ることもおぼつかない光量だが、彼女たちにとってはそうではない。肩を並べて歩く魔法少女の、ささいな表情の変化さえ見逃すことはない。
「ソウルジェム、外して置いておこうよ。危ないし」
「え、いいけど……どうして?」
しかしこの場合はささいな変化などではなく、目に見えて「きょとん」とした表情をマミがした。
「どうしてって……」
一方の杏子は、デキの悪い冗談を聞かされたような表情を見せ、そして少しの間をおいて、真剣な眼差しでソウルジェムを見つめた。
――マミさんは、ソウルジェムが魔法少女の本体だって知らないんだ。ってことは、魔法少女と魔女の関係だって知らない……。
それはつまり、マミの周りに絶望に落ちる魔法少女、魔力を枯渇させて苦しむ魔法少女などいなかったことを意味する。
おそらくは平和に、幸せに、魔法少女としての日々を送ってきたのだろう。
胸が温かくなるような、しかしどこか苦しいような気持ち。いずれの気持ちも表情には出さず、杏子はひょうひょうとした態度で言った。
「ほら、ソウルジェムは大切なものだから。万一にも攻撃が当たると危ないよ」
「大切なものだから肌身離さず持っていたい、とも思うけど……でも、佐倉さんがそうしたいならいいわよ」
右側に頭を傾け、両手でソウルジェムを取り外したマミは、隣に立つ杏子にそれを渡して微笑んだ。
杏子は自分のソウルジェムと重ねるようにして、ふたつのソウルジェムをそっと地面に置いた。
「日が暮れていて良かったわ」
「どうして?」
「だって明るいと、ソウルジェムをカラスさんが取っていきそうじゃない? 宝石みたいだもの」
夕闇の中、ポニーテールの少女の影が肩をすくめた。
「あ、馬鹿にした。カラスさんって、ガラス玉とか集めるのよ。子供の頃おはじき取られたこともあるし」
「食べ物も取るよ。むかしリンゴ取られた」
「あら、そうなのね。なんでも取るんだ……」
「取り返したけどね」
「……すごいわね、佐倉さん」
話を打ち切るように、槍を構えた。呼応してマミはマスケットを掌中に生み出す。
「始めようか」
「分かったわ。久しぶりで少し緊張するわね」
「あの街灯が、次に瞬いたら開始で」
こくりと頷き、距離を取る方向に歩く。五メートルほど離れたところで振り返り、正対した――ところで、街灯が明滅した。
瞬間、ふたりの魔法少女の間の距離が零になる。
マミが後ろに跳ね、それを遥かに上回るスピードで杏子が駆けたからだ。
槍の後端、石突きで打撃を繰り出す。
マスケットでそれを受ける。
槍を旋回させるように、先端で、後端でと打撃を繰り返す。
受け切れずにマスケットが弾き飛ばされ、無手となったマミは体捌きで回避を試みる。
数度は避けた、が、何度もは避けきれずに痛撃を喰らい、河川敷の赤土で膝と手のひらを汚す。
杏子が追撃せずにいると、マミは立ち上がり、次のマスケットを右手に生み出す。
対峙し、そのまま見つめあう――次に街灯が明滅したタイミングで、マミが距離を詰めた。
足元をすくうようにマスケットを横に薙ぐ。
ぴょんと跳ねてかわす。槍でも蹴りでもカウンターで繰り出すことはできるが行わない。
返す刀のように、マスケットで斬り上げる。
鋭い攻撃ではあったが、杏子の体術はそれ以上だった。マスケットの先端につま先で乗り、斬り上げの勢いを利して跳躍。マミの背後に降り立った。
マミが振り返るよりも先に、杏子は量子分身を作り出す。
「ファンタズマ? そう、また使えるようになったのね、良かったわ」
記憶の呼び水にでもならないかとの想いだったが、マミの反応はその思惑を肯定するものではなかった。
苦めの笑みを一瞬漏らし、すぐにその表情を消して、ふたりの杏子が槍を繰り出す。
マスケットで受ける――結果的に、そちらは偽物となった。本物の杏子が槍で払い、マミを横転させる。
弱い、と杏子は思った。
杏子の知るマミより、数段劣る動きだ。遅く、正確さに欠ける動き。先を読む能力も以前のマミに比べるとひどく拙い。
そして、こんなに弱くても生きていける、それは、きっと幸せなことなのだろう。
甘い、とも杏子は思った。
マミはいまだに一発の魔弾も放ってはいない。殴打に不向きなマスケットでの打撃のみを行い、有効打を与えられない今も魔弾を撃とうともしない。
そして、こんな甘さ、換言すれば優しさをもって生きている。それは、きっと幸せなことなのだろう。
だったら、それでいい。それがいちばんだ。
そういった想いが杏子の身体を満たした。
満たしきった想いは、口元から溢れ、笑みのかたちを取る。笑みとともに肺にこもっていた空気が吐き出された。
それは、この世界に来てはじめての呼気――のような気がした。今まで、息をすることすらできず、ただ張りつめていた。
マミが立ち上がるのを待って、杏子が語りかけた。
「最後にするよ」
「あ、甘く見ないで欲しいわ」
「……マミさんを甘く見るわけないよ」
突いた。マミが受けようとした矢先、錯視を利する形で穂先は下方へ滑る。
ふとももを裂く軌道、マミは脚をわずかに後ろに逃がし、皮一枚を斬らせるようにするが、槍はVの字を描いて跳ね上がり上腕を襲う。
さらに幾度かのフェイントが繰り返される。マミが目で追えたのは、四度目のフェイントまでだった。それ以上は追いきれず、視界から穂先を失った。
時おり、ぎらんとした穂先のきらめきが断片的に視界に入る。しかしすぐに消える。
そして、マミも気付かないうちに、マミの首元のリボンが斬り落とされた。
斬り落とした刹那に槍はぴたりと動きを止め、マミの首元に突きつけられるかたちとなった。
「……まいった。強いわね、佐倉さん。昔は私の弟子だったなんて、嘘みたい」
「嘘じゃないよ。それに……あたしの強さはマミさんに教えてもらったもんだよ」
「え……?」
大身槍を引き戻し、そして大身槍をきらきらした粒子のかたちへ変え、霧散させていく。マミも倣って、マスケットをリボンへと還した。
「まどかやさやかは、強くなったの?」
「そうね。もうずいぶん。すぐに私にも追いつくと思うわ」
「そう、良かったね」
たとえ弱くても、甘くても、鹿目まどか、美樹さやかのふたりがいれば、そうそう魔女に後れを取ることもないだろう、と杏子は思う。
この弱さと甘さを肯定されて生きていける環境こそ、幸せなのだろう。
もちろん、いちばん幸せなのは魔法少女になどなることなく、普通の少女として生活することだ。
だけど、マミの契約時の状況から考えると、それはありえない。
だとしたら、こうやって、弱いまま、何も知らずに、魔法少女として生きていける。
それがいちばんの幸せなのだろう。
――だったら、いいや。
あたしのわがままで、いまあるマミさんの幸せを壊しちゃだめだ。
もちろん、寂しい。泣きたくなるくらい寂しい。でも、それと引き替えにマミさんが幸せに生きていけるなら、我慢できる。
「マミさん、いま幸せ?」
「と、突然ね? そうね、美樹さんや鹿目さんもいてくれるし……それになにより、こうして佐倉さんと昔みたいに仲良くお話できるし……幸せじゃないかしら」
「良かった、それが一番だよ」
色々な感情が杏子の中にあったが、いちばん大きなものは清々しさだった。
それをそのまま表した顔を見せ、そのままに表した笑みを浮かべる。
「もし、もしもまた、あたしの力が必要になることがあったら、すぐに来るから。遠慮せずに呼んでよ」
「ありがとう。なんだか、佐倉さん雰囲気かわったわね。まるで、一緒に戦っていた頃の佐倉さんみたい」
「あたしはいつでも、マミさんのい……一番弟子だからさ!」
「ふふ。私より強いのに弟子だなんて。でも、頼りにさせてもらうわね」
「うん、そうしてもらえると、あたしも嬉しいよ」
変身を解いて、マミが右手を差し出す。
その手を迷いなく握り返して、杏子は微笑んだ。迷いのない、晴れ晴れとした笑顔だった。