マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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毬屋しおん、魔法少女の契約をする・後編

 夕飯のオムライスの最後の一口をしおんが飲み下すのを確認すると、対面に腰を下ろしていた看護師が口を開いた。

 

「しおんちゃん」

 

 真面目な顔で、まゆみが話しかける。本人は厳しい表情のつもりなのだが、泣きぼくろに飾られた垂れ気味の大きい瞳は、どうしても迫力に欠けた。

 

「最近、このあたりに通り魔がでるそうなの。だから、外に出ちゃ駄目ですよ」

「通り魔~?」

「はい。なんだかね、針みたいなので刺したり、刃物で切ったり、いろいろ被害が出ているそうなの」

 

 しおんの口元に付いたケチャップをウェットティッシュで拭き取り、頬についたご飯粒を指先で拭ってしおんの口に押し込む。指をすぐ引き戻すと、甘噛みしようとしたしおんは歯をかちんと鳴らした。

 

「ていうか、わたし外出禁止だし~」

「そうですね。それを素直に守ってくれると嬉しいんですけど……」

 

 嘆息。そして、デザートのショートケーキの包みを剥がすと、フォークと揃えてテーブルに並べる。

 

「とにかく、犯人が捕まるまで外出禁止。約束できますよね?」

「大丈夫だよ~」

 

 まゆみの真剣さとは対極にあるような暢気な表情でしおんはフォークを掴む。そして、笑顔のまま突然に左の手首を刺した。

 刺された傷から、血が溢れる。

 フォークを抜くと何事もなかったかのように、血に濡れたフォークでショートケーキの先端を切り落とした。

 

「ね。わたし、痛くないんだから平気~」

「ばかっ」

 

 呆気にとられて反応ができなかったまゆみが、しおんの言葉で金縛りが解けたように素早くしおんの腕を取った。彼女は手持ちのガーゼで止血しながら傷の具合を看る。幸い動脈にも静脈にも傷は至っておらず、大事になることはなさそうだと判断して胸を撫で下ろした。

 

「痛くなくても、身体は傷つくんです。お願いですから、こんなことは二度としないで」

 

 彼女は泣きそうな声で言った。本当は叱るような声で言いたかったのだが、どうしても自分を御しきれなかった。

 しおんは自由な右手でショートケーキを口腔に放り込むと、彼女にしては神妙な面持ちで応えた。

 

「大げさだとは思うけど……。心配かけたことは謝るよ~」

「心配かけたことじゃありません。自分を傷付けたことがダメなんです」

 

 もちろん、心配もあまりかけないで下さいね、と付け加える。

 数分で出血は止まった。まゆみは傷口を洗浄するとビニール製のシートをあてがい、柔軟性の高い包帯でしおんの手首をぐるぐるに巻く。大げさと不平を言うしおんを視線で黙らせて、ようやく彼女は笑った。

 

「指切り。もう自分を傷付けないって」

「わかったよ~」

 

 差し出された小指に自分の小指を絡めると、しおんも釣られて笑うが、次のまゆみの言葉で笑みは霧散した。

 

「怪我治るまで、お風呂はなし。いいわよね?」

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「どれくらい痛いのかな~」

 

 消灯した部屋でひとりベッドに横になった彼女は、虚空に向けて語りかけた。果たして、音としての波を伴わない声が返ってくる。

 

『なにがだい』

「これ~」

 

 その怪異な現象に慣れ切った様子のしおんは、言葉とともに左腕を突き上げてみせた。手首に巻かれた包帯が、薄闇の中でも白く存在を主張する。

 

『ふむ、それか。キミも変わったことをするものだね』

「えへへ~」

『なにか嬉しそうだね』

 

 その言葉には応えず、しおんは左の手首を何度も撫でさすりながら笑みを浮かべる。放っておくといつまでもそうしそうだったので、キュゥべえは話を進めた。

 

『その傷を試すのはいつにするかい?』

「ん~。明日まゆみ夜勤だから、明日のお昼にしよっか~?」

『承知した。では明日』

「キュゥべえはさ、どうしてわたしにこんなに構うの?」

 

 用件を済まして消えようとするキュゥべえの声を、しおんの質問が引き戻した。キュゥべえは、面白くもなさそうな調子でテレパシーを返す。

 

『ボクの目的は常に一つだよ、しおん。キミとの契約だ』

「魔法少女の~?」

『そうだ。キミが痛みについて理解を深めて、受け入れる気になれば、その疾患を治すという奇跡で契約するのではないかと思ってね』

「なるほど~。熱心だね~」

 

 聞きようによっては揶揄するような声でしおんが感想を述べていると、病室のドアがノックされ、年配の看護師が顔を覗かせた。

 

「毬屋さん、話し声がしてましたけど、どうかしましたか?」

「なんでもないです、寝言で~す」

「あらそう? 睡眠しっかりとらないと、病気も治りませんよ」

 

 看護師はたしなめる口調で告げると、静かにドアを閉じる。あまり長時間ドアを開けると部屋の温湿度に悪影響があるからだが、その所作はそういった理由以上に酷薄な印象をしおんに与えた。

 

「は~い」

 

 明るい声で返事をしたしおんは、次の瞬間に顔を醜く歪ませた。遺伝子異常による疾患に、睡眠がなんの効果があるというのか。子供相手と思ってお為ごかしを言う大人がひどくしおんの癇に障った。まゆみは一度もそんなことは言わないのに、とお気に入りの看護師を引き合いに出して先の看護師を批判し、溜飲を下げる。

 しおんが次にキュゥべえに呼びかけた時には、もはや彼の声は返ってこなかった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 次の日の夜。

 包帯をほどこうとするまゆみは、微かに血の臭いを感じたが、手首の傷口からだろうと思い気にはしなかった。それよりも、包帯をほどくことを嫌がるしおんの説得の方に意識を取られる。

 

「どうしてそんなに嫌がるんですか? 傷の具合をみて消毒するだけよ」

「だって~」

 

 怪我した左手を背中側に隠して、むずがるように頭を振る。

 

「傷口見たくないの? もしそうなら、目を瞑ってていいんですよ」

「そうじゃないけど~」

「もう、どうしたんですか。いつもみたいに言いたいことハッキリ言っちゃいましょう?」

「え~、いつも遠慮して気を遣ってるよ~」

「はいはい、ありがとうございます。じゃぁ、気を遣って左手見せてくださいね」

「そう言われると~」

 

 不承不承といった様子で左手を差し出し、力を抜いて看護師に預ける。まゆみは誉めるように少女の頭をひと撫ですると、緩く留められた包帯をほどいて少女の傷口を露わにした。フォークで刺した痕は、肉が盛り上がり傷口はふさがろうとしている。

 

「もう塞がりかけてる。若いってすごいね」

 

 汗をかかない彼女だけに、シート交換も傷口洗浄も不要ではないかと思えるほどに汚れていなかったが、やっておいて良いことはあっても悪いことはないのだから、と彼女は考えて、ビニールのシートを剥がし、傷口を洗浄する。

 

「また巻いてくれる~?」

「変なことを言いますね、しおんちゃんが嫌がっても巻くに決まってるじゃないですか。……そんなことで嫌がってたんですか?」

 

 まゆみがくすりと笑みを漏らすと、しおんは頬を紅くして否定する。その態度が何よりの返事になることも理解せずに、否定の言葉を連ねるしおんに、まゆみは新しいシートを傷口に添えながら言う。

 

「包帯なんて、巻かずに済む方がいいんですから……。巻かなくて良くなったら喜んでくださいね」

 

 諭すような、あやすような看護師の言葉に返事をするしおんの声は、いつもより元気がなかった。

 だが、次の言葉で元気を取り戻した。

 

「お風呂入ってないですよね。身体、蒸しタオルで拭きましょうか?」

 

 

 

 

 

 

 部屋着を脱がせていると、再び血の臭いを感じた。それを勘違いしたまゆみは、しおんに率直に聞いた。

 

「しおんちゃん、女の子になりました?」

「え~。わたしはずっと女の子だよ~?」

「そういう意味じゃなくってね」

 

 しおんのキュロットスカートを下ろすと、白く細い腿に顔を寄せる。そして下着が汚れていないことと、血の臭いがしないことをを確認すると、しゃがんだままの姿勢でしおんの顔を見上げた。幸い、しおんの胸部には下からの視線を遮蔽する効果は全くない。

 

「……うん、私の勘違いでした」

「あ。まだだよ~」

 

 まゆみの言わんとするところを諒解したしおんが、手振りを交えて慌てて否定する。

 

「しおんちゃん小柄だし、もう少し先になるかもですね」

 

 他意のない言葉だったが、そう告げるまゆみの視線が自分の胸を見ているという被害妄想にとらわれた少女は、足の甲でまゆみの乳房を、リフティングするかのように軽く蹴り上げる。

 

「おっきいからって自慢して~」

「もう。自慢なんてしてないです。蹴っちゃダメですよ」

 

 毅然とした表情のつもりで抗議するまゆみだが、泣きぼくろのある大きな垂れ目の上に、上目遣いで見上げるような形では、涙を堪えているようにしか見えなかった。

 それを見たしおんが素直に感想を言うと、彼女は頬をふくらませて「泣いてません」と告げる。それは少女にはますます泣き顔のように見えたのだが、当人は怒りを露わにしたつもりなのだった。

 

 

 

 

 

「私、汗っかきなんですよね。しおんちゃんと足して半分にできたら、ちょうどいいのにね」

 

 しおんの腿をマッサージもかねて蒸したタオルで拭きながら、美容師や整体師がそうするように戯れ言を漏らして聞かせる。マッサージを受けたしおんの柔肌が淡い桜色に染まっていき、それが心地良いのか目を細めたしおんが応える。

 

「まゆみ、汗そんなかいてたっけ~?」

「このお部屋は過ごしやすいですからそんなには。でもお風呂だとけっこう汗だくですよ」

「へぇ~。怪我なおってお風呂入ったら、味見させて~」

「汗をですか?」

 

 こくこく、と首を縦に振るしおんを呆れたように見つめると、まゆみは深く溜め息をついて応えた。

 

「それはばっちいので、代わりに生理食塩水を差し上げますね」

「え~」

「え~、じゃありません……。しおんちゃんは私をなんだと思ってるんですか。あっ、いいです言わなくて。どうせろくでもないこと言うんだから」

「じゃ~、ご想像にお任せしま~す」

「はいはい。……もうすぐ零時ですね。ちゃちゃっと終わらせて寝ちゃいましょう。しっかり寝ないと、大きくなれないですよ」

 

 意趣返しというわけでもないのだろうが、彼女の視線は僅かばかりの膨らみも見せないしおんの胸に注がれていた。そして、自慢するなと非難する少女の声に、彼女は否定せずに少し意地の悪い微笑みで返した。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 一週間ほどが経ち、しおんの手首の傷はすっかりふさがり、痕もほとんどなくなっていた。

 包帯をほどいたまゆみは、それを確認すると我が事のように喜び、ベッドに腰掛けたしおんにおめでとうと告げたが、もともと不機嫌だったしおんは機嫌を直すどころか頬を膨らませた。

 不機嫌だった理由は単純で、しおんの次の言葉に集約される。

 

「まゆみ、今日遅番だよね~? ずいぶんこっち来るの遅くない~?」

 

 時計は午後七時を示している。遅番は午後三時からであり、しおんの指摘の通り遅いと言える。

 まゆみを含む数名の看護師はしおんの世話を主業務としているので、通常はシフト開始直後からしおんの病室に顔を出す。とはいえ、それは多額の寄付金への返礼のようなもので、しおん自身にそれほど手がかかるわけではない。

 実際のところ、しおんに気に入られているまゆみは病室で過ごす時間が長いが、他のしおん専属の看護師は一般の入院患者の世話や、手術の手伝いをしている時間が長いし、しおん自身がそれに不満を漏らしたこともない。

 

「あ、ごめんね。今日はオペのお手伝いに入ってたの」

「ダメだよ~。まゆみはわたし専属なんだから~」

「まぁ、確かにそうなんですけど、たまには普通のナースのお仕事もしないと、忘れちゃいますから……。私がダメなナースになっちゃうと、しおんちゃんも困るでしょ? 点滴とか、変なところ刺しちゃうかもですよ」

「むむ、じゃぁ、たまになら許す~」

「はい、ありがとうね」

 

 ほどいた包帯を丸めると、ベッド脇のテーブルの上にぽんと無造作に置く。取り上げられた玩具を見つめるような瞳で、名残惜しそうにしているしおんの手を取り、痕がうっすらと見えるだけの絹のような手首を確かめてから、まゆみは視線をあげた。

 

「完全に治ったし、もう包帯はいらないですね」

「え~。まだ痛い~」

「もう、そんなわけないじゃないですか……」

 

 二重の意味でありえない事象を主張するしおんの額を指で小突いてたしなめると、看護師は呆れ声を漏らす。

 

「……けが、治っちゃうと寂しいね~」

「えっ、そこは喜んでくださいよ」

「まだ包帯巻いてていい~?」

 

 返事を待たずに、しおんは腰を浮かせ、手を伸ばして丸められた包帯を掴もうとする。が、しおんの手が届く前に看護師が包帯をひょいと持ち上げた。意地悪や悪戯心ではなく、しおんの悪戯に見える行動を止めようとしたのだが、止められた少女はむずかるような声をあげる。

 

「手首が寂しいですか? じゃぁ今度、かわりにミサンガでも作ってあげましょうか?」

「ほんと~?」

「ふふ、得意なんですよ。模様のリクエストがあれば言ってくださいね」

 

 学生時代に取った杵柄を頼りに請け合うまゆみに、しおんは真剣な表情で考え込む。模様を考えているのだろうが、そもそもミサンガについて知識があるわけでもないので、どういった模様があるのか想像さえつかない。

 

「急かさないので、ゆっくり考えてください。とりあえず、晩ご飯の準備してきますね」

「明日にでもネットで調べてみる~」

 

 包帯をテーブルに戻して、しおん専用の夕飯を準備するために病室を出ていく。彼女は、病室に戻った時に包帯を置いて出たことを軽く後悔することになる。毛糸玉でじゃれる仔猫のように、じゃれたしおんが全身に包帯を絡めていたのだから……。

 

 

 

 

 まゆみの怒りを鎮めるために、ご飯一粒さえ残さずに食べたしおんが小さくげっぷをすると、看護師がハンカチで彼女の口元を拭った。目論見通り包帯をワヤにしたことへの怒りは霧散したようで、先ほどまで寄せられていた看護師の眉間の皺は綺麗に消えていた。

 ただ、完全にご機嫌快復とまでは至らないようで、しおんの完食を誉めた後にわざとらしく付け加えた。

 

「まだ手首痛いんでしたっけ? じゃぁお風呂はやめておきましょうか」

「え~、痛くないよ~。ていうか、わたしが痛いって分かるわけないじゃん~」

「さっきこの口がいいました~」

 

 しおんの口腔に左右の人差し指を侵入させると、それぞれを横に引っ張る。痛みを感じないだけに力加減に気を遣うが、看護師にしてみれば慣れたものだ。菱形に歪んだ口から、しおんが声をあげる。

 

「いっへないよ~」

「いいました~」

 

 そのやり取りを数度繰り返すと、看護師はやれやれといった体で折れる。我がままにかけては、しおんの方が一枚も二枚も上手なのだから最初から張り合う気もなかったのだが、しおんの奇矯な声が面白くてつい粘ってしまった。

 

「まゆみも意地っ張りなんだから~」

「はいはい、すみませんでした。じゃ、お風呂はいりますか?」

 

 その問いに、満面の笑みで少女は応えた。邪気も雑味もない、天使のような笑顔だった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 消灯した部屋でひとりベッドに横になったしおんは、薄闇の中で左腕を天上へ向けた。少し腕を捻り、手首が見えるようにする。昨日までは純の包帯が手首を飾っていたが、今はもうない。傷痕も認められず、怪我の痕跡を示すものはなにひとつなかった。

 寂しいと、彼女は感じた。

 自分が他人につけた傷も、こうやって跡形もなくなってしまうのか、と嘆息する。

 

「あ~」

 

 そうだ、と小さく呟くと、彼女は心の声でキュゥべえを呼ぶ。すると、元からそこにいたかのように彼はベッドの上に居た。猫が丸くなるような姿勢で、布団の上に眠り居た。

 瞳も開けず、口も動かさず、彼は心の声を返した。

 

『やぁ、しおん。呼んだかい』

「呼んだよ~。喜べキュゥべえ、願い事決まったよ~」

『それは朗報だ。ずいぶん待たされたが、決心してくれて嬉しいよ』

 

 キュゥべえの尻尾が揺れるように動き、赤い色の目が開いた。そして重さを感じさせない動きでしおんの枕元に歩み寄る。いや、綿飴のように柔らかい寝具が形を僅かに変えることさえしない以上、本当に重さがないのだろう。

 

『さぁ、毬屋しおん――その魂を代価にして、キミは何を願う?』

「わたしが他人につけた傷は、未来永劫治らないようにして~」

『……その願いはキミにとってなにか意味があるのかい』

 

 問い質すのは善意からでも親切心からでもなく、彼女にとって充分な満足感を得る望みであるかを確かめるためだ。願いによって幸福感を得れば得るほど、後に絶望した際の落差は大きくなる。そのため、あまりにも無意味な祈りならば、彼女に再考を促そうとキュゥべえは考えていた。

 

「だってさ~、ず~っと治らない、ず~っと痛いんでしょ~。ず~っとわたしのこと憎んでいてくれるなんて、最高じゃない~?」

『その願いはキミの魂を懸けるに値するのかい?』

 

 しおんは、キュゥべえに視線を向けると口の端を歪ませた――いや、口そのものも、瞳も、頬も、全てを醜く歪ませた。その表情を見て、キュゥべえは翻意を促す価値も意味もないことを理解し、契約を進める。

 

『おめでとう、しおん。キミの祈りはエントロピーを凌駕した』

 

 契約の成就と同時、風見野界隈で複数の人間の傷口が開いた。小は猫に引っ掛かれた程度の傷から、大は血管を切り裂くほどの傷まで、数多の閉じていた傷口が開き、苦痛と出血と、人によっては生命の危機までをももたらしていた。

 

 ――ふむ、これはうまく運べば連鎖できそうだね。

 

 キュゥべえは他の事象に意識を飛ばしながらも、慣れた手つきで契約の手続きを進めていく。

 少女の上体を起こさせると、パジャマの裾をめくり上げ、触腕をしおんの腹部に突き刺す。

 そして、内臓をまさぐる様に、こねる様に触腕を動かす。

 白い肌と白い触腕には境目は見えず、傍目にはしおんとキュゥべえが一体化しているように見えた。

 

『痛くないのかい』

 

 平静そのものといった態度のしおんに違和感を覚え、キュゥべえが問う。

 彼の今までの経験では殆どの少女は悲鳴をあげ、どんなに気丈な娘でも、身体に直接侵入される不快感と魂を鷲掴みにされる嫌悪感で唇を噛み締め、声を押し殺していたものだが――

 

「あはは。わたしが≪痛い≫なんて言うわけないじゃない~」

『そういうものか。キミの無痛症は身体だけではないんだったね』

「そうだよ~。前も言ったじゃん~」

 

 腹部にキュゥべえの触腕を招き入れたままの状態で、しおんは楽しげに足をばたつかせた。純粋に会話に興じている、そんな態度だ。

 

『話半分に聞いていたよ。……さて、出来た。受け取るといい。それがキミの運命だ』

 

 告げると、突き刺した時のビデオを逆回転させたような動きでキュゥべえの触腕がしおんの腹部から抜け出てくる。やがて、触腕の先端部までが抜け出てくると、ちゅぷん、と腹部の肉が液体にでもなったかのように波紋が広がった。

 突き刺した時と異なり、抜け出てきたキュゥべえの触腕は先端に拳ほどの大きさの乳白色に輝く宝玉を握っていた。これがキュゥべえの言う、しおんの運命なのだろう。

 受け取るといいという言葉の通り、キュゥべえの手から離れた宝玉は持ち主であるしおんを目指してゆっくりと浮かび上がる。

 

「……」

 

 迎え入れるようにしおんが左手を伸ばすと、宝玉はそちらに向けて進み、掌に納まった。

 生まれたばかりの宝玉は火傷しそうな熱を持っていたが、しおんにとってはそれは無いに等しく、涼しげな表情で宝玉を握りしめる。と、キュゥべえの触腕がしたのと同様、宝玉がしおんの掌に沈むように入り込んでいった。

 

「お~」

 

 他人事のような感嘆の声をしおんが漏らしている間に、宝玉はしおんの身体の中を泳ぎ、左手首の内側、ちょうど傷があったところへ辿り着いた。そして、そこを終の住まいと定めたかのように根を張った。

 

『キミは今から、魔法少女しおんだ』


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