マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~ 作:XXPLUS
第一三話 マミさん、後進を育成する
伸ばした手から放たれた魔力の波動が、魔女の結界に一筋の孔を穿つ。
掌中に生まれたオレンジイエローの燐光。その一つ一つが意志を持つかのように、魔方陣を成す結界の中央に生じた亀裂に取りつき、そして裂孔を広げるために魔方陣の外周へ羽ばたく。
充分に亀裂が広がり、結界の不可侵性を破壊したことを確認すると、マミは左右に並ぶふたりの魔法少女とひとりの少女に声をかけた。
「さぁ、行くわよ、杏子ちゃん、美樹さん、鹿目さん」
美樹と呼ばれた少女が、青髪に青いコスチュームをまとった魔法少女。
ビスチェドレスにアームガード、レッグガードに外套をなびかせ剣を構えるその姿は、彼女のボーイッシュな凛々しい容姿と相まって中世の騎士を彷彿とさせる。
鹿目と呼ばれた少女が、ピンクの髪に見滝原中学校の制服を着た少女。
クリーム色のブレザーから浮かび上がるように存在を主張する胸元の赤いリボン、そして短めのツインテールを飾るやはり赤色のリボン、ふたつのリボンが目立った。目尻の下がった瞳からは強い意志の光が見え、彼女の優しさと強さと表している。
この二名が、先日キュゥべえによって見出された魔法少女の素質を持つ少女であり、美樹は既に魔法少女としての契約を済ませていた。
鹿目は契約は行っておらず、魔法少女の活動がどういうものか理解するために、見学としてついてきている。
中に入ると、結界のあった場所――今にも崩れそうな廃屋からは想像できないような抜けるような青空が広がっていた。
校庭を模した地上部から、わた雲の浮かぶ空へ無数のロープが伸びる。
ロープの一本一本には、万国旗の旗のようにセーラーの上着が並び飾られ、賑やかな印象を見るものに与えた。
「セーラー服の魔女の結界ね」
委員長の魔女、という呼称を知る由もない彼女たちは、この魔女を外観からそう名付けていた。
伸び行くロープは上空の一点に収束し、蜘蛛の巣よろしく放射状のテリトリーを形成しているのが見てとれる。そのテリトリーの中心に、魔女
は鎮座していた。
紺のセーラー服を着て仰向けに倒れた首なしの巨大死体、それがセーラー服の魔女の大雑把な外観だ。
蜘蛛の巣に似た住まいに違わず、二対の腕と一対の脚を昆虫のように広げて巨躯を維持している。脚が蜘蛛の前脚、複腕が後脚に相当する姿勢。
結界の構造そのものが厄介な魔女だが、本体の戦闘能力は低い。接近さえ出来れば巴マミ、佐倉杏子はもちろん、経験の浅い美樹さやかでも容易に単独撃破が可能な相手だ。
「こ、こんな細いロープを伝って行くんですか?」
ロープの径はペットボトルのキャップ程度しかない。
ほんの数日前まで普通の少女だった美樹さやかには、その上を伝って行くなど曲芸の類いとしか思えなかった。ましてやそれを足場に戦うなど考えただけで眩暈がする。
見学だけの鹿目まどかも、自分が登るわけでもないのに足を震わせている。
「大丈夫。落ちそうになったらリボンでサポートするわ」
「なんだよ、この程度で恐がってちゃ魔女となんて戦えねーぞ?」
ふたりの先輩魔法少女から方向性の異なる叱咤激励を受けて、美樹さやかは口をへの字に結ぶと「何てことないですよ、こんなの!」と虚勢を張ってみせた。
いつの間にかリボンが織りなす防御壁――絶対防御――の内側にいた鹿目まどかからの応援を受け、三人はそれぞれロープに飛び移ると、地上と変わらない様子で駆け始める。
意外と見た目より楽だな、と思ったさやかが足元を見やると、ロープの幅を拡張するかのように、ロープの左右に黄色のリボンが沿って走っているのが見えた。
こちらを見守るかのように後方を走るマミに視線を向けると、マミは親指を立ててウィンクを返す。安心して、という先輩の声が聞こえた気がして、さやかは笑みを浮かべる。
地上で応援する鹿目まどかの声。それが微かにしか聞き取れなくなる距離まで駆け上がった頃、遅まきながら侵入者に気付いた魔女が、排除のための行動を開始した。
スカートから伸びた両脚を、昆虫が前脚を持ち上げて威嚇するかのように動かす。
ひるがえったスカートの内部から無数の使い魔が現れ出でた。それらは、下方を走る魔法少女に向けて落ちていく。
あるものは下半身のみの女生徒、あるものは上半身のみの教師。
魔女の狂気性を体現したかのような奇怪な形状の使い魔が、篠突く雨よろしく魔法少女に降りかかる。
ロープという限定された足場で、頭上からの攻撃に抗する方法は限られるが――。
「使い魔は任せて、気にせずに走って!」
その言葉で赤い魔法少女は躊躇いなく、青い魔法少女は一瞬の逡巡を見せた後に、前だけを見て駆ける。
声の主である遅れて駆けていた黄の魔法少女は、魔法の力で周囲に小さな花冠を幾つか浮かばせると、それを足場に二段、三段と跳ぶ。
そして、そこからさらに背面跳びの姿勢で宙に舞った――優雅に、可憐に。
「ダンツァ・デル・マジックブレッド!」
コルセットからマスケットが全方位に溢れ出るように次々と生まれ、射撃をしては消える。
≪魔弾の舞踏≫をもってしても全ての使い魔を撃ち落すことはできないが、少なくとも佐倉杏子と美樹さやかの行く手を阻むものはことごとく撃ち落した。
援護射撃を終えたマミは、軽やかな動作で宙に浮く花へと舞い降りようとする。
そこに『下から見てると、蜘蛛がちっちゃい子供たくさん生み出してるみたいです』という鹿目まどかのどうでもいいテレパシーが届いた。それによって、自身の苦手なカマキリの卵の孵化を連想したマミは、危うく足を踏み外しかけ、たたらを踏む。
幸い、先を行く二名にも、地上の一名にも、失態は見咎められていなかった。
マミは胸を撫で下ろすと澄んだ声で先を行く二名に号令する。その行動には多分に照れ隠しの要素が含まれていた。
「さぁ、とどめをお願い!」
「さやか、どっちが倒すか勝負な!」
「う、うっさい! 気が散るから余計なこと言うな!」
片や余裕綽々で、片やちらちらと足元を確認しつつロープの上を駆けながら、魔女を指呼の間に捉えた。
ここまでは足並みを揃え、有事にはさやかのフォローに回れるようにしていた杏子だが、ここに至り速力を上げる。
「新人に花を持たせてやるほど、人間出来てないんでね!」
杏子が槍を構え、魔女のスカートの中に突入した。
青空から一転、光を遮る天幕の中に入った杏子は、しかし一瞬で瞳を闇に慣らさせる。
杏子の目は、スカートの裏地にびっしりと張り付いている使い魔の姿を認めた。数は――数えることが難しいほどだ。
それらの使い魔が、侵入者である杏子に向けて、一斉に襲いかかった。
「上等!」
パキン、と板チョコが割れるような軽い音をたてて、大身槍がその柄を幾つかのパーツへと分割されていく。
パーツ同士は伸縮可能な鎖によって連結され、多節棍を思わせる構造をなしていた。
「たあぁッ!」
気合の声とともに杏子が多節棍と化した槍を振り回すと、それは鞭のようにしなり、大きな渦を作った。
マミとの模擬戦で、懐に入られると弱いという欠点を指摘された杏子が、それを克服するために施した改良。近接時には槍を短いパーツ単位に分割し、多節棍のように運用できるようにとしたものだ。
だがそれは懐に入られた場合の克服のみならず、連結している鎖を伸ばして突くことで遠距離への対応、同様に鎖を伸ばして風車にように扱うことで広範囲制圧の適用も可能にしていた。
杏子はひとしきり伸ばした槍を回転させて使い魔を蹴散らすと、スカートの奥に潜む魔女の頭部に向けて、槍を投擲する態勢に入る。
その杏子をかすめて、二本の剣が風切り音を立てて飛翔した。
闇なお煌めく純白の刃と黄金の護拳。
それは、美樹さやかの操るサーベルだった。
反った片刃に片側に突き出た護拳と、およそ投擲には向かない形状。しかし操者の技量故か、サーベルは見事に直線軌道を描き、魔女の眉間に吸い込まれていった。
断末魔――なのだろう、一際大きい湿った笑い声をあげると、魔女はその痕跡の全てを、空に溶かし消え去ってゆく。
唯一、グリーフシードのみを残して。
魔女が消えたことで、足場となっていたロープも消えた。
遥か高空でその身を投げ出された魔法少女たちは、あるものは地面と垂直に魔方陣を次々と生み出し、それを蹴ることで速度を殺しながら落下し、あるものは大輪の花を足場にゆっくりと舞い降り、あるものは他者のリボンに支えられて地に降りた。
「さやかちゃん、やったね!」
とどめを刺した魔法少女に駆け寄ったまどかは、試合終了後のマネージャーのように甲斐甲斐しくハンドタオルで彼女の汗を拭う。
その様を眩しげに見つめていたマミは、髪飾りのソウルジェムに手をかざし変身を解除した。
「お見事だったわ、美樹さん。本番に強いタイプなのね、頼もしいわ」
「いやー、それほどでも。これでマミさんの一番弟子は、今日からあたしですかねー」
その言葉に苦笑したマミが「そうかもね」と返すと、少し離れた場所にいた杏子が露骨に不機嫌そうな表情を浮かべた。
杏子としては、遅れて突入する美樹さやかの為にわざわざ使い魔を殲滅したのであって、本来なら最低限の相手だけして魔女を攻撃し倒していた。
もちろん自分で勝手にやったことではあるし、感謝など求めていないが、マミの一番弟子とまで言われると面白くはない。――ただ、花を持たせるつもりまではなく、その程度のフォローはしても魔女の首は自分が取れる、とさやかを甘く見ていた部分は否めない。
『一番弟子は杏子ちゃんだから』
囁くようなテレパシーを受けて途端に機嫌をなおした杏子は、「まぁ、新人にしては良く頑張ったじゃん」と上からの目線で戦いぶりを評した。
「あっ、もうこんな時間だ、マミさん、杏子、今日はここで失礼しますね!」
腕時計で時間を確認すると、さやかは一方的に宣言した。幼馴染の入院している病院の面会時間が迫っていたからだ。
マミは、魔法少女は私生活を全て犠牲にして戦わなければならない、という強迫観念に囚われている。
そんな彼女から見ると、美樹さやかは、私生活と魔法少女をうまく折り合いをつけてこなしている、非常に平衡感覚に優れた存在に見えた。
なお、実際にはマミは学業は犠牲にするどころか、注力して行っている。
つまり彼女の強迫観念は、正確には彼女の思う「正しいこと」以外を切り捨てなければならない、となる。――おそらく両親を救えず、自分だけが生命を繋げたことで、自分には「余計なことを謳歌する」資格はない、と心のどこかで思っているのだろう。
「まどか、また明日!」
またね、と応えるまどかの声を背中で聞いて、さやかはその姿を雑踏に消した。
「騒々しい奴だなぁ」
「昔からそうなんです。元気なのがさやかちゃんの良いところだから」
杏子の半ば毒突くような言葉を中和するように、まどかが笑みを浮かべる。
「鹿目さんも、ここでパトロール抜けて行ってもいいのよ」
「いえ、わたしはもうすこしお供します。あっちは、わたしがいるとお邪魔だと思いますし」
えへへ、と悪戯っぽく笑うまどかに応じて、マミも「そうね」と忍び笑いを漏らした。
◇ ◇ ◇ ◇
「一日で二体も魔女を倒せるなんて、今日は大当たりですね!」
リボンの防護壁に守られて発言する内容としては、いささか無責任なものだったが、聞くものにそう思わせないのは彼女の人柄によるものだろうか。
勝利を疑うことなく信じているまどかの言葉に、あとで危ないことをしているという自覚だけは促しておこうと思いつつ、マミは大砲規模のマスケットを支え、巴里の凱旋門を思わせる魔女に照準した。
「杏子ちゃん、今回は私が頂くわよ!」
前線で沸いて出る使い魔を逐一倒していた杏子は不平の声をあげるが、「いいじゃない、たまには」と言われると不承不承ながら魔女の正面から退く。実際ここしばらくマミはフォローに徹していたので、この技の発声を聞くのも久しぶりだった。
「ティロ・フィナーレ!」
轟!
まどかを包むドームをさらに一回り大きくした規模の大砲型マスケットが巨大な魔弾を撃ち出す。
そして魔弾が着弾した地点から、まばゆい光が広がっていく。
魔女はその光に飲み込まれるようにして消滅していった。
杏子の魔法で眠りに落ちている婦人の首筋から、魔女の接吻が消えていることを確かめると、彼女たちはその場をあとにした。
「やっぱり魔法少女っていいなぁ……わたしも魔法少女になれば、みんなの役に立てるかな」
人助けによほど感銘を受けたのか、鹿目まどかはうっとりとした表情でそんなことを言う。
だが、そんなまどかの言葉に、杏子は鋭い声で返した。
「よくよく考えなよ。奇跡っていや聞こえはいいけど、要は世の中に対して無理を通すってことだ。どんなに巧くやったって、歪みは出ちまうもんだ。特にその奇跡に関わる人が多ければ多いほどね」
「鹿目さんの魔法少女としての素質はすごいわ。私や杏子ちゃんよりもずっと強い魔法少女になれるくらい。だからこそ、よく考えないとね。素質がすごいってことは、願いもすごいことを頼めるってことだし、すごい願いなら、それだけ歪みも大きい……からね」
こちらは優しい口調で教え諭す様に伝えるが、言い方が異なるだけで内容自体は大差ない。
「そういうものなんですか……?」
彼女の認識としては、奇跡は(利己的なものでさえなければ)素晴らしいもので、歪みを生むといわれても要領を得ない。また、魔法少女としての生き方も、他人の生命を守る立派なものと理解していた。
「そうね……。たとえば鹿目さんが『カッコイイ彼氏が欲しい』と祈ったとして、鹿目さんにとっては幸せかもしれないけど、その男性を好きな人やその男性と付き合ってる人がいたら? それに、その人自身の本来の気持ちが別にあったとしたら?」
「いや、それは祈らないですけど……たぶん」
的を外したマミのたとえを笑顔で躱しながら、フォローのつもりなのか最後に一言たぶん、と付け足すまどか。
「あたしの勝手な言い分だけど、ならなくて済むならならないで欲しい。のっぴきならない事情があってやむをえずってことならしょうがないけど、魔法少女になんて、ならずにいるのが一番幸せだよ」
そこで一度言葉を切ると、「さやかの奴、さんざん言って聞かせたのに!」と吠える。
「なってしまったものはしょうがないわ。美樹さんを責めては駄目よ、杏子ちゃん」
たしなめるマミに同調するように微笑むと、まどかはマミの目を覗き込むようにして問う。
「……マミさんも、わたしは魔法少女にならない方がいいと思いますか?」
「私は、鹿目さんがどう思うかが全てと思うけど……魔法少女としての生き方は辛い部分が多いわ。杏子ちゃんのいう通り、ならずに済むならそれが一番とは思うわね。すぐ決めないといけないわけじゃないんだし、しばらく悩めばいいじゃない。それで、そのままなる機会がなければ、それでいいんだし」
マミはこれまで、契約には慎重になる必要がある旨の発言を幾度となく繰り返してきたが、直接的に「なるな」と言ったことはなかった。
それだけに、魔法少女になることを後押ししてくれるのではないか、と期待して水を向けたのだが、意に沿う回答ではなく鹿目まどかは肩を落とす。
「ほむらちゃんにも止められたし、みんなわたしが魔法少女になるのは反対なんですね……」
「まどかだから、じゃねーよ。誰にだって、勧めたりはしない。そうだよね、マミさん?」
力強く頷くマミを見ると、まどかは自分の中で何かがまた少し萎縮するのを感じた。
もともと、キュゥべえに勧誘を受け、マミや杏子の活動を見て、魔法少女への憧れを抱いたのだが、願い事が決まらずに足踏みをしているうちに親友の美樹さやかが魔法少女へなってしまった。
そして新人である美樹さやかをマミと杏子が指導をしているのを見て、自分まで魔法少女になると、マミと杏子が大変だろうという遠慮が生まれ、魔法少女になる機会を逸してしまっていた。
――みんな止めるし、わたしなんかが魔法少女にならない方がいいのかな。さやかちゃんみたいに、正義感が強くて運動神経もいい子じゃないとダメなのかな。
「今朝になって先生が退院の許可をお出しになったので、午後にはお帰りになりましたよ」
まどか評するところの正義感が強くて運動神経のいい美樹さやかは、お見舞いに来た相手が既に退院している旨を告げられていた。
「そう……ですか。……無事退院できて良かったです、本当にお世話になりました」
幾度となく面会に訪れることで、既に顔見知りの関係になっていた看護師に深々と頭を下げると、さやかは時計を見る。
――もうパトロールに合流するには遅いし、今日は退院のお祝いでも見繕って帰ろうかな。
退院と入れ違いになったことは残念だが、今朝決まったことならしょうがない、とさやかは自分に言い聞かせた。
「マミさんは、事故にあった時に、その、契約したんですよね?」
既に日は沈んだものの、まだ明るさの残る黄昏時、パトロールを終えた少女たちは帰途にあった。
桃色の髪の少女は、言葉を選ぶように一言ずつ区切りながら、横を歩く黄金の髪の少女に問いかけた。
「えぇ。選択の余地がなかったわ……。もし鹿目さんみたいに、ゆっくり考えることができる状況なら、契約していたかしらね……」
問われた少女の表情ははっきりと見えなかったが、まどかには、寂しげな笑顔に思えた。
聞くべきではなかったかな、と反省しつつ、マミを挟んで逆側を歩く赤毛の少女に同様の問いを投げかける。
「杏子ちゃんは、どうして契約したの?」
「前も言ったじゃん。絶世の美女にしてくださいってお願いしたの」
こちらは声の調子は明るかった――が、まどかには、それが空元気のように感じられた。
「あら、願い叶ってないじゃない。キュゥべえに文句言わないと……」
マミの軽口は、下腹部へ杏子の拳が捻じ込まれたことで最後まで正常に発声することはできなかった。
最後に言おうとした「ね」の部分が、いわゆる腹パンの影響で、濁音や半濁音がついた不自然な音で発せられる。
「いったぁい……。本気で殴らなくてもいいじゃない……今晩にんじん料理にするわよ」
「いや、それは困るけど……」
ささいな反撃にあたふたと慌て始める杏子の姿に、マミとまどかは声を揃えて笑った。
『マミさんマミさん、杏子ちゃんの願い事って嘘ですよね』
しばらく歩いていると、まどかがマミだけにテレパシーを届けた。
『そうね……でも、出来れば騙されておいてもらえないかしら』
『はい、それはもちろん』
『ところで、どうして嘘って思ったの? やっぱり本当だともっと美人になってるはずだって?』
「ち、違いますよっ!」
マミの言葉に、まどかはテレパシーを忘れて声に出して叫んでしまう。
突然まどかが大声をあげた、としか受け取れない杏子は「どうしたー、まどか?」と何気なく聞くのだが、杏子の内緒話をしていただけに当の本人の質問に慌ててまどかは声を裏返した。
「なな、なんでもないよ? 本当だよ?」
あまりにも不自然な態度にマミは笑いを堪えられず、口元を押さえてクスクスと笑いを漏らす。
「まどか、いちいち『本当だよ』とか言うとかえって嘘くせーぞ」
追い打ちに言葉を返せず口をぱくぱくとさせるまどかを見て、マミは助け舟を入れた。
「それはそうと、杏子ちゃん言葉遣いどうしてそうなのかしら。家ではもう少しおとなしい言葉遣いなのに」
もとより疑念を持って質問していたわけではない杏子は、その程度の横槍でまどかへの追及をやめてマミの言葉に反応した。
マミのフォローに『ありがとう、マミさん』とテレパシーを飛ばすまどか。
一方、言葉遣いを咎められた杏子は「んー」と考え込む素振りを見せた後、
「どっちかというと、マミさんには丁寧に話してるだけで、こっちが素かなぁ」
「まぁ、私には心を開いてくれてないのね……」
話を逸らすために、ことさらにショックを受けたように振舞うマミは、涙を拭うように指を目尻にあててから顔をそむける。
「そういう意味じゃないよ! なんというか、マミさんのことを尊敬してるというか……。ホントに」
「杏子ちゃん、いちいちホントにとかいうと嘘っぽいよ?」
その言葉に、マミは『あっ』と思うが、幸いにして杏子は同様のやり取りをしていた先の話を蒸す返すことはなかった。
自分が言った言葉の相似形の揶揄に、「うるせーよ、まどか!」と杏子は噛みつかんばかりに言うが、言われたまどかは「きゃー助けてマミさんー」と半ばふざけながらマミの背中に隠れる。
「またそういう言葉遣いを……」
嘆息し責める視線を向けるマミに、杏子は子供のように「えー。でも今のはまどかが……」と唇を尖らせた。
「お黙りなさい、鹿目さん、くらいでいいじゃない」
テレビに出てくる嫌味なお嬢様を思わせる口調で例を演じてみせるマミに、「うわ、そっちの方が心にクルかもです」とまどかが感想を述べる
。その正直な感想に、マミは軽くショックを受けて口を閉ざした。
「でもまどかって、あたしには遠慮ないよな」
「そう? なんか、昔からの友達みたいで話しやすくって。嫌なら変えるけど」
「いや、いいよ。あたしも遠慮しないし」
悄然とするマミをよそに、遠慮のない――ある意味で心を許しあった会話をするふたりに、マミは「いいなぁ……」と小声で漏らした。
それを聞きとがめたまどかが意識を向けると、マミが疎外感を訴える瞳でふたりの会話を見ていることに気付く。
最近やったスマートフォンのゲームに例えると、巴マミが仲間になりたそうにこちらを見ている、かな? と失礼なことを一瞬考えた後、元気な声でフォローを入れる。
「マミさんは、友達っていうんじゃなくて、憧れの先輩ですから!」
まどかの言葉に今度は杏子が、自分もまどかくらい思ったことを言えれば、マミさんと行き違いも少なかったんだろうなと、苦い感情をおぼえて笑みをこぼした。ふとマミを見ると、同様に苦笑している、そんなマミと目が合った。
――同じことを考えてたんだ、と確認すると、ふたりはさらに苦笑いを浮かべた。
「なんか、マミさんと杏子ちゃん、目と目で通じ合ってるみたいで、いいですね。そういうの」
「まぁ、一緒に暮らして結構経つし」
「そうね、家族みたいなものだから」
一歩踏み込んだマミの言葉に、お、おぅと応える杏子の頬に朱が差す。杏子にとって幸いなことに、日没後時間を経たことでようやくながら周りも暗くなっており、それを見咎められることはなかった。
マミとまどか、どちらに見咎められても、からかわれることは必至だっただろうから。