マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~ 作:XXPLUS
巴マミは不機嫌だった。
理不尽な理由だと、自分でも分かっている。それでも、態度が少し棘っぽくなるのを止められなかった。
「待ってよ、巴さん」
「だめ。魔女の反応なのよ。ついてこれないなら置いていきます」
小走りに駆けるマミが振り返らずに告げる。
当然ながら魔法少女の全力疾走には遥かに及ばない速力に加減しているのだが、魔力による身体強化のない醍醐にはかなりのスピードだ。
つないだ手が危うく離れそうになる。
「頑張るよ」
今日の巴さん、いつもより少し機嫌悪いのかな、と思う醍醐だったが、心当たりはなかった。
「ええ、頑張って」
それにしても、走りにくそうな服装なのによくこれだけ速く走れるな、とマミの後ろ姿を見ながら考える。
ラッセルレースとチュールレースを重ね合わせたミント色のドレスは膝下まであり、一歩ごとに繰り出せる距離は僅か。
また、肩には花柄のホワイトボレロを羽織っており、腕の振りも充分には行えない。胸元にはオレンジイエローのコサージュ……は走るのには影響はないだろうか。
この服装が不機嫌の原因なのだが――
端的に原因を示すと、次のマミの心の声になる。
――褒めてとまではいわないけど、一言くらいなにか言ってくれてもいいのに!
今日、身を飾っているのは、いつも普段着に着ているものより、二段ほど上等なものだ。両親にレストランやコンサートなどに連れて行かれるときに着ていたよそ行きもので、自分から望んで袖を通すのは初めてのことになる。
加えて、薄い色ではあるが、唇に紅もつけたのだが。
――見え透いたお世辞でもいいのに、気が利かないんだから!
マミも自覚している通り、なんとも理不尽な理由だ。
しかし醍醐の方も朴念仁で気付いていない――というわけではなく、息を飲むほどに驚いたのだが、なんと言っていいか分からなかった、というのが真相なので、どちらが悪いとはなかなか言い切れない。いや、そもそも悪いという問題ではない。
「あったわ」
居酒屋と居酒屋の間にある狭い路地。その行き止まり。
ゴミを入れたポリ袋が散乱する一角に魔女の結界を認めると、マミはようやく立ち止まった。
足を止めたことで一気に疲れが出たのか、醍醐は身をかがめて短く浅い息をつく。
その様子に、自分の態度が身勝手に過ぎたと省みたマミは、軽い癒しの波動をつないだ手を通じて送り込んだ。
「少しは楽になるかしら?」
「ありがとう。気を遣わせてごめん」
自分に落ち度があると思っているマミは、醍醐の言葉になんと返してよいか分からず、曖昧に頷くに留めた。そして静寂を嫌うかのように魔法少女へと変身し、結界の入り口をこじあける。
マミは魔法のマスケットを手に、醍醐はマミから預けられたマスケット剣を手に、結界を進む。
マスケット剣にはマミの魔力が充填されており、斬ったりしなくても近付けるだけで使い魔程度にならダメージを与えて追い払うことが出来る。そのため、護身用に醍醐に預けるのが常になっていた。
もちろんあくまで護身用で、積極的に攻撃に用いることはマミから固く禁じられている。
「見たことのない結界だね」
凍った水、としか表現できない床を踏みしめて歩く醍醐が口を開いた。
凍結した湖のように平坦な氷ではなく、激しく波打つ海が瞬間的に固められたかのような起伏のある氷だった。
そのような荒れた自然を思わせる床とは不釣り合いに、左右の壁はコンクリート。大きな窓が並ぶ様は学校の廊下を思わせる。右側には大きな窓、左側には小さな窓が並んでいるが、どちらもその向こうには何も見えず、星のない夜空のような様相を呈している。
「そうね。どんな相手か分からないわね」
怖い、という言葉は飲み込む。魔法少女であるマミが怯えをみせては、醍醐はどれほど不安に思うだろうか。
そう思うと醍醐の前では、マミは強い魔法少女でいなければならない、巴マミはそう信じていた。
機嫌の悪さは消えつつあったが、身勝手な自分への嫌悪から道中のマミは極端に口数が少なかった。
醍醐はというと自分が何か悪いことをしたかと萎縮し、こちらも言葉が出ない。
居心地の悪い時間だった。
だから、結界の深部に達し魔女と対峙した時、マミには安堵する気持ちがあった。
「醍醐くん、そこで見ててね」
そう告げて、醍醐の周りをリボンのドームで覆う。同行する醍醐の安全のために新しく会得した魔法技で、高速回転を行うリボンで対象を幾重にも囲うことで強靭な防御壁を形成する。
「頑張って、巴さん!」
大きなスケートリンク程もある結界最深部、その一隅に現出したリボンのドームの中から醍醐が声をかける。
床は相変わらず凍結した波で、空中には人の頭程もある雪の結晶が幾つも浮かんでいる。
そしてその空間の中央には魔女がいた。
魔女の身の丈は四メートルほど。体躯は二個の氷の玉で構成されており、大きめの下の氷玉には、モップのようなものが二本。あたかも手のように刺されている。
小さめの上の氷玉には、バケツが頂点に逆さに置かれ、ボールのようなものが二つ、目の位置に。そして黒い棒が横一文字に、口の位置にあった。
魔女の強さと見た目に相関性はない、そのことを知っているマミは雪だるまを思わせる滑稽な魔女の姿にも表情を緩めず、先手を取るべくマスケットを構える。
パン、と軽い音を立てて魔弾が放たれた。
標的としてはあまりに大きく鈍重な魔女、その胸に吸い込まれるように魔弾は着弾し、魔女の氷の身体に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。
それを開戦の合図としたかのように、魔女がモップの手を回転させて、雪玉をマミに向かって投擲する。
ソフトボールサイズの雪玉が十を超える数、高速で飛来するが――
「季節外れの雪合戦に、つきあう気分じゃないわ」
手にしたマスケットの銃身で、銃床で、迫り来る雪玉を次々と叩き落とすと、マミは不敵に口の端を歪めた。
そして、帽子を片手で持ち上げると、くるりと身体の周りを一周させる。
帽子から産み落とされるかのように、軌跡に沿って二〇のマスケットが等間隔で出現した。
現れたマスケットは、まるで氷に刺さったかのように直立し、持ち主の手に握られることを待ちわびる。
「それに、今日はなんとなく虫の居所が悪いの」
マミの右腕と左腕は独立した器官のように動き、次々とマスケットを拾い上げ、撃っては捨てる。
その早業は、二〇のマスケットを撃ち尽くすまでに一〇秒も必要とはしなかった。
そして放たれた全ての魔弾は魔女の胴体に集弾され、次々と亀裂を生じさせる。
亀裂がある程度育ったところで、自重に耐え切れなくなったのか、魔女の身体は無数の氷片に分かたれて崩れ落ちた。小気味良い崩壊音が響き、節煙が舞い上がる。
――やった? ……いえ、結界が解けない。まだね。
マミの推察の通りだった。
雪煙の中で魔女の頭部を構成するパーツ――バケツ、ボール、棒が浮かび上がり、そこを起点に新たな氷の身体が結晶化されていく様を、マミは見た。
――そこが本体ね。じゃぁ次はそこを撃ち抜かせてもらうわ。
再度帽子を手に取り、残り三〇ほどのマスケットを周囲に展開する。
白銀のマスケットの林の中に立ち、再び魔弾を魔女に浴びせかけようとするマミ。
そのマミの姿を、一瞬にして影が覆った。
影の主は、マミの頭上に突如として現れた巨大な氷の塊だ。
小さなトラックを思わせるサイズのそれは、現れるやその自重を活かして急激に落下する。
影が差したことに反応したマミは、上を視認することもなく横っ飛びに跳ねる。
その反応は賞賛に値するものであったが、頭上の至近距離に出現し、猛然と落下する氷塊を完全に避けることはかなわなかった。
「――ッ!」
左脚は太腿部より下、そして右脚は足首より下が、避けきれずに氷の塊に押し潰される。
骨が粉々に砕ける音。肉が押し潰される音。それらが振動としてマミの全身を伝った。
痛覚は二割程度に抑えているが、それでも悲鳴を飲み込むのにすさまじい精神力を必要とする。
「巴さん!」
醍醐の声に応える余裕もなく、マミはありったけのリボンをマニュピレータハンドのように操って氷塊を持ち上げ、下敷きになった身体をひきずり出す。
――判断ミスだわ。避けるんじゃなくて耐えるべきだった。
両足ともに使いものになりそうもない。治癒を全力でしても五分以上かかるだろう。
魔女がそれだけの間、待ってくれるはずもない。
マミの頭脳は、それらの要素から死をはじきだした。
「ごめん、醍醐くん、逃げて!」
醍醐が逃げれるようリボンのドームを解き、叫ぶ。
「来た道を戻れば大丈夫、入り口はまだ開いているはずよ!」
見たところ魔女は鈍重だ。加えて使い魔も見当たらない。走って逃げれば、きっと醍醐は逃げ切れるだろう。
醍醐まで犠牲にすることなく済む、そう思いマミは胸を撫で下ろした。
そして、改めて死を覚悟する。
――ここまで……ね。私、ここで死ぬのね、やっと。
――やっと?
自らの心境に、マミは違和感をおぼえた。あんなに戦うことが怖くて辛いと思っていたのは、死ぬのが嫌だからではなかったのか――
――あぁ、そっか。これで怖がることも、悲しむことも終わるんだ。もう泣かなくていいんだ。だから。
マミの中で、死を恐れる心を、死を受容する心が凌駕した。
四肢の力が抜け、表情も穏やかなものになる。
死という解放を待ち望むように、微笑さえ浮かべて魔女の次の一撃を待つ。また雪玉を投げてくるか、それとも氷塊を落としてくるか、いずれにせよ回避も防御も放棄したマミの命を刈り取っていくだろう。
投擲されたマスケット剣は、不恰好に回転しながら弧を描き、魔女のバケツに当たった。マスケット剣に充填されていた魔力がスパークし、瞬間、魔女が苦痛の声をあげる。
「こら、雪だるま! こっちだ!」
投擲を行った醍醐は、ことさらに大きな身振りで自らの存在を誇示し、大声をあげた。
「巴さん、落ち着いて治癒を! 僕が時間を稼ぐから!」
その醍醐の行動に、マミは絶望に近い感情をおぼえた。このままでは間違いなく、醍醐が死んでしまう。
自分が死ぬのは魔法少女としての義務と納得もできるが、醍醐には死ぬ理由は何もない――自分のせいで殺してしまうに等しいではないか。
「だめよ!」
バケツへの一撃で怒りをおぼえたか、それとも単純に新鮮な獲物に興味を持ったか、魔女は醍醐に向けて雪玉を投げ始める。
二発、三発と避けた醍醐だが、次の一発を右肩に受けて吹き飛ばされた。
氷上を滑るように転がり、波の形の氷に背中をぶつけて止まった醍醐は、右肩が異常に熱を持っていることを自覚した。痛みもひどいが、熱さが勝る。おそらくは骨が折れているのだろう、と判断する。
「でもさ……足が動けば囮にはなれるよ」
立ち上がり、動く方の腕で雪玉を拾い投げ返そうとするが、数メートルと飛ばずに落ちる。当然だ、意志力で補うには彼の身体は傷付きすぎている。
「お願い、だめ! 逃げて! お願いだから!」
自らの死がイコールで醍醐の死とつながってしまった以上、このまま死を受け入れることは許されない。マミは全力で足を癒そうとしているが――
――だめ、このままじゃ五分はかかる。間に合わない……!
未使用のマスケットは全て氷塊に押し潰されてしまった。新たに作る手もあるが、それも一挺に一分近くかかるため、やはり間に合わないだろう。
――……今一瞬だけでも動ければ。
動いた結果身体が潰れようが、今が凌げればそれでいい。
マミは機能を失った大腿部にマスケットを添え、リボンで幾重にもテーピングする。
そして骨は諦めて、筋肉だけを治癒させると痛覚を完全遮断した。
走るというよりは、そこかしこに屹立する氷の柱にリボンを巻き付け、遠心力を利用して、ロープアクションの要領で動く。
そうやって魔女との距離を詰めたマミは、魔女の頭部と胴体をつなぐ窪みにリボンを絡ませ、リボンを収縮させると魔女の肩口に取りついた。
そして、帽子の中に残っていたかつての失敗作――マスケット剣を取り出し、バケツを幾度となく斬り付ける。
斬りつけるたびに、魔力の衝突がまばゆい光と鈍い音をあげる。
魔女は両手のモップを回転させて唸り声をあげるが、直線的なモップでは肩口に取りついているマミに打撃を加えることはできない。
――絶対に、倒し切る……!
マミの覚悟に応えるように、魔力を帯びたマスケット剣がオレンジイエローの眩い輝きを放った。
だが、その輝きは、一瞬にして巨大な影に飲み込まれる。
「巴さん、上に!」
マミの上空に、先ほどに数倍する大きさの氷塊が現れ、影を落としていた。既にそれは落下を開始し、マミの華奢な身体を捕らえようとしている。
マミは、先ほどと同じく、上方へ視線を向けることなく、己のなすべきことに集中する。
瞬間、氷塊が魔女とマミを飲み込んだ。
氷塊の周囲に雪煙があがり、全てを包み込む。雪煙は晴れることなく、いつまでもマミと魔女を醍醐の視界から隠した。
「巴さん……」
緊張の糸が切れた醍醐が、膝から崩れ落ちる。
と、氷の床がゼリーのように蠢動し、やがて消えていくのを感じた。
氷塊の衝撃で自滅した魔女――主を失った結界が、その姿を崩壊させているのだ。
同じ様を、圧力にひしゃげたリボンのドームの中で、巴マミも見ていた。
もともとテントほどの空間を維持していたドームは、氷塊に押し潰されて今や寝袋のようなサイズにまで変形していた。
あと少し押し潰されていれば、マミの生命もなかっただろう。
――今の攻撃は避けずに耐える、あとでノートに書かないと……。
状況に不釣り合いなほど日常的なことを考えているのは、おそらくは思考が麻痺状態にあるためか。あるいは痛覚を完全に遮断しているために、現実感が喪失してしまっているのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
醍醐が意識を取り戻した時、肩の熱さは治まっていた。その代わりに、治癒魔法の温もりが肩を中心に全身を包んでいた。
「良かった、気が付いた」
一時間ばかり治癒をし続けて、ようやくだった。
マミ自身の骨折なら数分で癒せることから考えると、普通の人間への治癒は効果がずいぶんと制限されるようだ。
醍醐への治癒だけで、先ほどの魔女が落としたグリーフシードを使い切ってしまうほどの魔力消費があった。
――でも、良かった。普通の人には効かないんじゃなかった……。
醍醐が瞳を開けると、目の前にマミの顔があった。
マミの双眸から溢れた安堵の涙が醍醐の頬を叩く。その涙はまるで醍醐本人の涙であるかのように醍醐の頬を伝って落ちる。
それは治癒魔法の温かさとはまた異なる、心地良い温かさを彼に伝えた。
「天使かと思ったよ……今日の巴さん、すごく綺麗だよね」
意識が朦朧としているために、気恥ずかしさを感じることなく素直に口にすることができた。
「ばか、こんな時になに言ってるのよ」
「だって、今日ずっと言いたかったから」
「……だったら、さっさと言いなさいよ、ばか」
「ごめん、恥ずかしくて」
「ばか」
なんだか何を言っても馬鹿と返される気がして、醍醐は苦笑した。そして、少し余裕が出来たのか、マミの姿を見て両足の有様に気付いた。
「僕はいいから、先に巴さんのケガを」
「大丈夫、私は魔法で痛みを弱くできるから。それに、私のために頑張ってくれた怪我だもの、何より先に治さないと」
「僕は男だから我慢できるよ。いや、そもそももう痛くないし。それにほら、レディファーストっていうし」
「ばか」
傷を癒した後、公園に移動したふたりはベンチに腰を下ろした。
既に日は沈み、街灯には羽虫が体当たりを繰り返し、周期的な音をたてている。そんなかすかな音がはっきり聞こえるほど、他の音がなかった。
「……もう、やめよう?」
手をつないで黙ったままにいたふたりだったが、ようやくマミが口を開いた。
「ごめん、無茶だったのは分かってる。でも」
「ううん、助けてくれたのは感謝してる。でも、もうやめましょう。私は魔法少女だから、危険は承知のうえだけど、醍醐くんが命を危険にさらすことはないもの」
「それだって嫌だよ」
「え?」
「巴さんが命を危険にさらすのだって嫌だよ」
醍醐が手を強く握る。マミはしばらく逡巡した後、握り返した。
「私ね、本当は事故で死んでたの。それを、魔法少女として戦うって使命と引き換えに、助けてもらったの。だから、どんなに危険でも戦わなきゃならないの」
街灯に頭から激突し続けていた羽虫が、ついに力を失ってマミの足元に落ちてきた。
しばらくは足掻く様に羽を動かしていたが、やがて息絶えたか動かなくなる。
静かに眺めていたマミは片手で土を掬って羽虫を埋めてあげると、醍醐に向きなおって言った。
「今日はもう遅いわ。明日、ゆっくりお話しましょう」
「明日、ちゃんと来てくれるよね」
「もう、どうしてそんな心配するの? 来なくなるなら、こんな危ない目にあった醍醐くんの方だと思うわよ」
そういって笑うマミの笑顔は、いつも通りに見えた。それが逆に不安に感じられた醍醐は、表情を強張らせる。
「じゃぁ、指きりしましょう?」
マミが差し出した小指は、公園の安っぽい灯りのせいか、醍醐にはとても白く脆そうに見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
やはりというか、マミと醍醐の話は平行線だった。ベンチに腰掛け正面を見つめるふたりの視線が、平行を保っているのと同じように。
パトロールは同行しても、魔女の結界へは入って欲しくないというマミと、結界まで入ると譲らない醍醐。
醍醐を危険な目にあわせたくない、というマミの主張は理解できたが、醍醐にはひとつ分からないことがあった、それは――
「巴さん自身、どうしたいと思ってるの。どうすべき、じゃなくてさ」
「…………軽蔑されるかもしれないけど」
まだ灯りがともっていない街灯を見上げて、マミは口を開いた。
「私は、ほんとは両親と一緒に事故で死ぬはずだったのに、自分だけを助けてって身勝手なお願いをして、魔法少女として戦う運命と引き換えに助けてもらったの。こんなこと、誰にも言えないし言っても分かってくれるはずもない。本当の意味でひとりぼっちだったの。すごく寂しくて心細くて辛かったわ。偶然に巻き込む形だけど、醍醐くんが事情を理解してくれて、傍にいてくれて、とても救われたの」
そこで言葉を区切ると、醍醐の方に身体を向かせると、詫びるように視線を落とした。
「だから、このまま醍醐くんに一緒にいて欲しい。危険なのは間違いないのに、ひどいよね」
「危険なのは覚悟の上だから、構わないよ。一緒に行こう」
「うん……」
しかし、マミは考えていた。もし醍醐にもしものことがあったら、どうすればいいのだろうと。
どうすればいいのか。答なんてあるわけがなかった。
だから、魔女の波動を感知した時、マミは醍醐に告げた。
「醍醐くん、いつもの公園で待ってて」
そして、握っていた手を離し、醍醐の世界からかき消えた。自分の名を呼ぶ声に耳をふさぎ、マミはひとりで結界へ急いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くそ、僕にはどうして一緒に戦える力がないんだ!」
公園の木に拳を打ち付けるのは、これで何度目だろうか。拳の皮はめくれ、血が溢れていた。それでも醍醐は、拳を繰り返し叩き付けた。
己の無力さを呪い、そして自らを傷付けることでそんな己を罰するかのように。
「やめて」
醍醐の拳を、白く柔らかい手が包んだ。その瞬間、醍醐の世界に巴マミが現れる。巴マミは醍醐の拳を包んだ手に癒しの魔力を込めると、頭をぺこりと下げた。
「さっきは……約束を破ってごめんなさい」
「それは……済んだことだけど、いいよ、とは言えないよ。どうしてなんだい、巴さん」
マミの指から流れ込んだ癒しの力で、醍醐の拳から傷が消えていく。身体の傷は、こんなにも簡単に癒えるのに、とマミは下を向いたまま唇を噛んだ。
「怖かったから」
「だったらなおさら、一緒にいた方が怖くないじゃないか」
「私が死ぬのは……怖いけど、でも、本当は事故で死んでいた命だから、しょうがないと思うの。でも、醍醐くんは違う。本当はね、一緒に死ぬのは怖いけど、そんなに嫌じゃないの。ただ、醍醐くんだけが死んで、私だけ生き残ったらと思うと、本当に怖い……」
家族を失った時と同じような悲しみを、また味わうことに耐えれるのか、と問われると否だろう。
だからといって、失う前に関係を断てばいいのか、というとそれも否だ。巴マミは袋小路の中で震えることしかできなかった。
「どうすればいいのか、わからない。ごめんね。醍醐くんと約束したとおり、あのまま一緒に行きたかったんだけど、醍醐くんが危険な目にあうと思うと、どうしても怖くて」
醍醐は口を挟まず、促すように頷いてみせる。
「ごめんなさい、自分勝手なことばかりで。どうしたらいいかわからないの、このまま消えてしまいたい」
魔法少女として戦い果てるまで、存在を薄くして誰とも関わらず生きる。そうすれば誰も巻き込まず、また自分も傷付かないのではないかとマミは思う。だが、それは果たして生きているといえるのだろうか。
「巴さんは僕を危険にさらすっていうけど、それは違うよ。僕が自分からそうしてるんだ。巻き込まれてるんじゃない。僕が一緒にいたいからそうするんだ」
醍醐がマミの肩に腕を回すと、マミは醍醐の胸に身体を預けた。
「約束して。この間みたいな無茶はしないこと。私が逃げてといったら逃げること」
「……うん、それは約束する」
「うん、私も約束する。これからは一人で行ったりしない。一緒にいてください」