軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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今回はいつもより、ほんの少しだけ早めの更新となります(*^^*)

境野達がいなくなった事もあり、全体的な雰囲気が明るくなったからでしょうか…。ここ最近の話の中で一番スラスラと書けました(笑)




九十三話『ただいま』

 

 

 

 

胡桃「………」

 

美紀「………」

 

未奈の屋敷…その中にある二階の広間にて、胡桃と美紀は彼や由紀達の帰りを待っていた…。二人は大きなテーブル前にある席に並んで座っていたが何か会話を交わす訳でもなく、互いに無言のまま…。

 

彼女達の他、弦次もその部屋にいたが彼女達とは離れた席に腰かけており、こちらも無言のままだった。

 

 

美紀「…遅い、ですね…」

 

少し気まずい雰囲気をどうにかしようと思い、美紀は隣にいる胡桃へと語りかける。彼女の言う『遅い』とは彼達の帰りを指していた。由紀達を助ける為にここから彼が出ていってから既に2時間近く経過…。いくら彼を信じているとはいえ、時が経てば経つほど嫌でも心配になってくる…。

 

 

胡桃「ああ…そうだな……」

 

両手で頭を抱えながらテーブルに顔を伏せ、力なく呟いて返事する胡桃…。美紀はそんな胡桃の肩にそっと手をあて、彼女を慰めるようにしながら弦次へと目線を向ける。

 

美紀「__さんが向かったその人達の住み家っていうのは…わりと近場なんですよね?」

 

弦次「…歩きでも、20分とかからない距離です」

 

美紀と目を合わさず、俯いたままで弦次は答えた。

その答えを聞いた美紀は目線を再び胡桃に戻し、頭を悩ませた。

 

 

美紀「じゃあ…もう戻ってもいい頃ですよね…。途中で"かれら"に襲われたりして、怪我とかしてなければいいですけど」

 

胡桃「それは大丈夫だろ…。あいつは、そんな簡単にやられたりしない…」

 

美紀「…そうですね」

 

俯いていた顔を少しだけ上げて言った胡桃を見て、美紀は安心したように微笑む。ほんの少しだけ、胡桃に元気が戻った気がしたからだ。直後に胡桃は顔を完全に上げ、辺りを見回す。

 

 

胡桃「…そういや、白雪は?」

 

弦次「自分の部屋に戻って、大人しくしてるように伝えました」

 

いつの間にかいなくなっていた白雪の居場所を尋ねると、すぐそれに弦次が答えた。それを聞いた胡桃は席からそっと立ち上がり、その場で体を伸ばした。

 

 

胡桃「…じゃ、少しだけ白雪と遊んでくるかな…。そうやって待ってりゃ、きっとすぐに――」

 

美紀「…あれ?」

 

胡桃「ん、どうした?」

 

美紀は何かを感じたのか、突如席から立ち上がる。

胡桃はそんな彼女を横目に見て、不思議そうな顔をした。

 

 

美紀「音…しませんでした?」

 

胡桃「音?なんの?」

 

テーブルに両手をつき、美紀が言う。

胡桃は彼女の言う『音』には全く気づけず、首を傾げた。

 

 

美紀「いや…気のせいかも知れませんが、入り口の扉を開けるような音が…」

 

弦次「……」

 

胡桃「…少し見てくる」

 

二階にあるこの広間から一階にある入り口はそう離れていない為、周りの静けさや、扉の開け方によっては微かに音が聞こえる。今回その微かな音に気づいたのは美紀だけ、しかしそれも気のせいかも知れない。だがもし本当に誰かが扉を開けたのなら、それは……。

 

 

バタン… 

 

胡桃は広間の扉を開け、廊下へと出る。

そしてすぐ先にある階段へと向かおうとした瞬間、誰かがそこを上がってくる足音が聞こえた…。

 

 

胡桃(やっぱり…誰か来た!)

 

聞こえる足音は一人だけの物ではなく、複数人の物…。

もしかしたら彼が失敗し、敵が来たのかも知れない…。

しかし胡桃はそういった考えを捨て、自らそこへと歩み寄った。

この足音は絶対に仲間達の物だと、そう信じたから。

 

 

…ドッ!

 

胡桃「うわっ!」

 

そこへと向かった瞬間、ちょうど曲がり角から現れた誰かとぶつかる。

胡桃がぶつかったその人物もまた、フラフラとよろめきながらこちらを見ていた。

 

 

由紀「いたた……。あれ?くっ…くるみちゃ~んっ!!」

 

胡桃「由紀っ!?」

 

由紀は最初こそ胡桃とぶつかった際の痛みに顔をゆがめていたものの、その相手が彼女だと気づいた途端嬉しそうに笑い、そして抱きついてきた。胡桃はそんな彼女の背に手をまわし、その感触を確かめる…。

 

 

由紀「胡桃…ちゃん…胡桃ちゃんっ!!」

 

由紀は笑っていたかと思えば、急に泣き出して胡桃の胸に顔を埋める。胡桃は彼女の背を撫でて本物の由紀だと実感しながら、彼女をより強く抱きしめた。

 

 

胡桃「由紀…よかった…怪我とかしてないか!?」

 

由紀「大丈夫…元気だよ」

 

胡桃がその返答を聞いて一安心すると、由紀以外の人物もぞろぞろと姿を現す。その人物らに顔を向ける胡桃を見て、由紀はにっこりと微笑んだ。

 

 

胡桃「…!」

 

由紀「みんな…無事だよ」

 

由紀が小さく呟くと、その人物達の内の一人が由紀もろとも胡桃に抱きついた。抱きついたその人は胡桃の首もとに顔を埋め、泣きそうな声で呟く…。

 

 

悠里「…ただいま」

 

胡桃「…おかえり。りーさん…」

 

由紀と共に自らに抱きつくその少女…悠里にそう言って、胡桃は彼女の背にも手をまわす。そうして抱き合う彼女達のそば、ある人物が呟いた。

 

 

誠「あぁ…良い光景だな…。天国ってのはこんなんなのかも知れない」

 

未奈「はい…ほんとに良い光景です…」

 

胡桃「ミナっ!…それと、マコトさん?なんでいんの…?」

 

連中に捕らえられた未奈はともかく、何故誠までいるのか…それがまるで理解できず、胡桃は首を傾げる。誠はそんな彼女を見るとおかしそうに笑い、彼女の横を通りすぎた。

 

 

誠「まぁ、説明すると長いんでな。後でのんびりと話してやる。とりあえず休みたい」

 

未奈「あ、ちょっと待って下さいね。後で部屋用意しますから、今はとりあえず広間にでも…」

 

誠と未奈という見慣れない組み合わせに戸惑っていると、更に二人の人物が胡桃の横を通る…。一人は見知らぬ女性だったが、もう一人はよく知る少年だった。

 

 

胡桃「…おかえりっ」

 

「……ただいま」

 

抱きしめていた由紀と悠里からそっと離れ、胡桃は彼に声をかける。

彼はその声を聞くとピタッと立ち止まって返事をしたが、何故か胡桃と目を合わせなかった。

 

 

胡桃「ありがと…みんな、助けてくれて」

 

「……部屋で少し休む。何かあれば呼んで…」

 

それだけ言って、彼は一人廊下の奥へと歩いていく。

胡桃はそんな彼に違和感を感じ、悠里達を見つめた。

 

 

悠里「その……色々あってね…」

 

誠「それもまた説明すると長いんだな。まぁ、とりあえずその広間に行こう」

 

胡桃「あ…そうだな」

 

未奈「じゃあ…こっちです」

 

屋敷の中を知らない誠や宮野の為に、未奈が先導してそこへと連れていく。未奈は少し歩いた所にあった扉を開け、その中へと全員を招き入れた。

 

 

…ガチャッ

 

未奈「どうぞ、適当に休んで下さい」

 

一人自室へと戻った彼を除く全員を広間へと招き入れ、未奈はその扉を閉める。当然、元より中にいた美紀、そして弦次はそれに驚いていた。

 

 

美紀「りーさん…由紀先輩っ!!」

 

由紀「みーくんっ、ただいま!」

 

すぐさま美紀に抱きつく由紀と、それを微笑みながら見つめる悠里と胡桃。そんな微笑ましい彼女達とは対称的に、未奈と弦次はどこかギスギスとしていた。

 

 

弦次「お嬢…その……無事みたいでよかった」

 

未奈「…__さんが助けに来てくれたからね。それより、ヒメちゃんは?」

 

辺りを見回して広間にいない白雪を探し、彼女がいない事に気づく。

未奈は少しだけ冷たい口調で弦次に尋ね、白雪がどこにいるかを知った。

 

 

弦次「部屋で…大人しくしてる」

 

未奈「…そう。じゃ、少し会ってくる」

 

弦次「あっ…白雪には、お嬢がいなくなってた事隠してたから…」

 

未奈「……わかった」

 

目を合わせる事もせずにそう言って、未奈は広間を出ていく。

弦次は一人ため息をつき、再会を喜ぶ由紀達の嬉しそうな顔を見ていた…。しかしよく見ると、彼の姿が見当たらない…。

 

 

弦次「あの…アイツは……?」

 

悠里「少し色々あって…疲れちゃったから部屋で休んでるみたい」

 

弦次「…じゃあ、奴等から全員を取り戻して帰ってきたのか…。すげぇ…俺なんて…ずっと何も出来なかったのに…」

 

誠「まぁ、まだ完璧に終わったとは言えないがな…」

 

そばでそう呟く誠を見て、弦次は不思議そうな顔をする。

 

 

弦次「……誰?」

 

美紀「あっ…マコトさん?どうしてここにいるんですか!?それに…そっちの人は…?」

 

宮野「えっと…私は……」

 

以前出会った誠と、見知らぬ女性…。ようやくその存在に気づいた美紀は驚き、目を丸くする。宮野はどう説明すべきか戸惑っていたが…誠はというと、先程の胡桃と同じような顔をしている美紀を見てまたおかしそうに笑った。

 

 

誠「まぁ、当然のリアクションだよな。簡単に説明するから聞いてくれ」

 

悠里「そうね…私からも説明するから、聞いてちょうだい」

 

悠里と誠はそう告げて、美紀と胡桃…弦次に全ての出来事を話す。

あの場所で何があったか…。何故誠がいるのか…。

そうして大体の事情を聞いた胡桃は、何故か彼の元気が無かった理由を理解する…。彼は境野という人間に追い込まれ、悠里か由紀を殺さねばならない状況に立たされていたのだ。

 

 

 

 

美紀「…そんなことが……」

 

胡桃「最低の人間だな…そいつ……」

 

誠「ああ、最低だ」

 

美紀「そこにいるゲンジさんも…その人達に脅されて物資を分け続けていたんです」

 

誠「らしいな…。ここに来る途中、宮野からそっちの事情は聞いた」

 

誠はこの屋敷に来る途中、車内で弦次達の話を宮野から聞いていた。

宮野は隅の席に座る弦次の元に歩み寄り、深々と頭を下げる。

 

 

宮野「本当に…ごめんなさい…。あなたがどれだけ追い詰められていたかは知っていたけど、私だけじゃどうにもできなくて…」

 

心底申し訳なさそうに告げる宮野に対し、弦次も頭を下げる。

彼女が仕方なく境野に従っていたというならば、責める事など出来ない。それに最終的に、彼女は未奈達を救おうとしてくれたのだから。

 

 

弦次「何も出来なかったのは…俺も同じです。むしろありがとうございました…。最高のタイミングで、奴等を裏切ってくれて…」

 

そう言ってくれた弦次に対して宮野は微かに微笑み、今度は胡桃達へと頭を下げる。

 

 

宮野「……あなた達もごめんなさい。由紀ちゃんと悠里ちゃんの二人を…危ない目に遭わせてしまって…。由紀ちゃん、悠里ちゃん、ごめんね…怖かったよね…」

 

胡桃「そんな…わざわざ謝んなくてもいいって…」

 

由紀「そ、そうだよ!確かにあの人達は怖かったけど……宮野さんは優しかったから…」

 

悠里「ええ、気にしないで下さい…。あの状況で自らの危険を(かえり)みずに立ち向かってくれたんですから、それだけで十分です」

 

美紀「とりあえずは…信じてもいいんですよね?」

 

頭を下げる宮野を見つめ、美紀が誠に尋ねる。

誠は宮野の横に立ち、その顔を上げるように言ってから答えた。

 

 

誠「ああ、こいつは信じても大丈夫だ。俺が保証するよ」

 

美紀「…そうですか、わかりました」

 

美紀は念の為に宮野を警戒しているようだったが、誠にそう言われて安心したように彼女を見つめた。

 

 

美紀「では信じます。宮野さん、先輩達を守ってくれて…ありがとうございました」

 

宮野「いや、そんな…私は何も……。彼とマコトさんがいなければ、きっと何も出来なかった…」

 

美紀「そんな__さんとマコトさんも、あなたがいなければ自由に動けませんでした」

 

誠「だろうな。ほら、もっと胸を張ってイバれって。『私がコイツらを助けてやった!』くらいに思っててもバチは当たらねぇぞ?」

 

宮野「!!?いやっ!それは絶対に無理っ!そんなポジティブな考え方は出来ませんっ!!」

 

両手を顔の前でバタバタ振りながらあたふたとする宮野を見て、誠と美紀はにっこりと微笑む。美紀は改めて、彼女なら信じても大丈夫だと思った…。

 

 

誠「その謙虚なとこを見て、益々お前を信じられるようになったよ」

 

美紀「ふふっ、私もです」

 

宮野「は、はぁ…そんなものですかね…」

 

宮野は照れたような顔を俯け、皆に見られないようにして微笑む。最近まで境野達のような人間と過ごしていた彼女にとって、こんな温かい空間は久しぶりだった。

 

 

胡桃「…でも、問題はまだ解決してないんだよな」

 

緊張したような声で胡桃が呟く。

境野達こそ倒しはしたが、まだその仲間が大勢いて、ここに攻めてくる可能性があるからだ。

 

 

誠「ああ、早ければ今夜…遅くても明日の早朝には来るらしい」

 

答えながら誠は広間の窓際に近付き、外を眺める。

いつの間にか辺りは夕焼けに染まり始めており、夜が迫る事を知らせていた…。

 

 

美紀「じゃあ…そろそろ警戒しなきゃですね…。」

 

由紀「た、戦うの…?」

 

そばにいる胡桃の袖をギュッと握り、由紀は不安そうに皆を見つめる…。すると誠はニヤリと笑い、広間の中をゆっくりと歩き回った。

 

 

誠「逃げるのもありだが、子供がいるとなるとそれは厳しいな。それに中に入って実感したが、ここは良い家だ。奴等なんぞに渡すのは惜しい…。家主であるミナの為に、どうにか守りきってやるさ」

 

胡桃「…だな」

 

言いながら胡桃が立ち上がるが、誠はそんな彼女の肩に手を置いて告げる。

 

 

誠「戦うのは俺とあの少年…それとゲンジだけだ。女性陣はどっかに隠れてろ」

 

胡桃「なっ!?ふざけるな!三人だけじゃ無理だろうが!!相手は二十人以上いるかも知れないんだぞ!」

 

肩に置かれた手を振り払い、胡桃は怒りを露にする。

誠はそんな彼女に気圧されつつ、どうにか彼女を落ち着かせようとした。

 

 

誠「じゃあ聞くが、三人のメンバーにお前が入って四人になったとして…それでどうなる?大して変わらんだろ。ならお前は由紀達と一緒に隠れて、無理そうな時はどうにか逃げればいい。それが一番まともな作戦だ。無駄な犠牲者が出なくて済む」

 

あくまで冷静に告げる誠だが、それは胡桃の神経を逆なでしただけだった。

 

 

胡桃「あんたら全員殺られたら…あたし達だけで逃げろって言ってんのか?そんな事…出来るわけねぇだろ!!」

 

怒声をあげる胡桃に誠が困ったような表情をすると、彼女の横に由紀が並んで切なそうに告げた。

 

 

由紀「わたしも…胡桃ちゃんと同じだよ。マコトさん達が戦ってるのに自分だけ隠れてるなんて…絶対にイヤだよ」

 

胡桃「由紀はダメだ!隠れてろ!!女で戦うのはあたしだけでいいっ!」

 

そんな主張を胡桃がすると、由紀は顔を真っ赤にして声を張り上げる。

誠は二人の言い争いに巻き込まれ、両手で耳を塞いでいた。

 

 

 

由紀「それ意味わかんないよ!!なんで胡桃ちゃんだけ戦うのっ!?」

 

胡桃「あたしは戦えるからだよ!由紀は戦えねぇだろ!?」

 

由紀「うっ……た、戦うもんっ!!」

 

胡桃「無理だって!絶対無理っ!!」

 

由紀「~~っ!!」

 

美紀「せっ、先輩っ!落ち着いて下さいっ!」

 

胡桃・由紀「どっちの先輩のことっ!?」

 

美紀「二人ともですっ!!」

 

美紀は言い争う二人の間に入り、その手で二人を引き離す。

悠里はその様子を見ながらため息をつき、頭を抱えていた。色々考える事がありすぎて、少し頭痛がするらしい…。

 

 

宮野「えっ…と…。胡桃ちゃん…だっけ?」

 

胡桃「…なに?」

 

突然宮野に名を呼ばれ、胡桃は不機嫌そうに返事を返す。

不機嫌そうに返事を返したのは彼女が嫌いだからとかではなく、単純にタイミングが悪かったからだ。

 

 

宮野「あの、三瀬に……金槌持った男に殴られたんでしょ?私、怪我とか手当てしてあげられるから、見てあげるよ。ほら、別の部屋行こ?」

 

胡桃「…平気。」

 

宮野「一応だから…ね?」

 

胡桃「………」

 

宮野の説得に負け、胡桃はその首を縦に振る。

彼女を由紀から引き離した方が良さそうだから提案したのだが、怪我が気になっているのも事実だった。

 

 

弦次「なら、隣の部屋使って下さい。ほとんど空き部屋みたいなもんなんで」

 

宮野「うん、ありがとう」

 

弦次に礼を言い、宮野は広間を出ようとする。

胡桃は渋々彼女についていき、隣の部屋へと向かった。

 

 

…バタン

 

誠「おっかねぇ娘だな…。もう戦闘メンバーに加えた方が楽な気がしてきたぜ」

 

胡桃が広間から出たのを見計らい、誠はボソッと呟いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

隣の部屋へと移った直後、宮野は胡桃に質問をする。

 

宮野「えっと…どこを殴られたの?」

 

胡桃「…頭」

 

宮野「頭っ!?だ、大丈夫?」

 

胡桃「かすっただけだし…たぶん平気。少しだけ血が出ちゃったけど…」

 

宮野は部屋の中から椅子を見つけると、それに胡桃を座らせて彼女の前髪を上げる。自分に手を伸ばす宮野に対して胡桃は一瞬身をかわしそうになったが、観念して受け入れる事にした…。

 

 

胡桃「………」

 

宮野「…ここかな、少し切れちゃってるね。でも、問題は無さそうかな…。まだ痛んだりする?」

 

胡桃の髪をかき上げて傷口を覗き、宮野は尋ねる。

実際は殴られた当初も痛みは感じなかったのだが、それには触れずに答えることにした。

 

 

胡桃「…今はもう平気」

 

宮野「…そっか。じゃ、軽い手当てだけしておくね。あっ…今は使えるものが無いや…。ごめん、また後でミナちゃんに医療品借りてみるから、それまで待てる?」

 

胡桃「あ…うん。大丈夫…」

 

宮野「あっ…!あと…その…少し気になった事があるんだけど、聞いてもいい?」

 

胡桃(…やっぱり……バレるよな…)

 

恐る恐る尋ねる宮野に対し、胡桃は首を縦に振る。

隠してばかりいるのにも疲れてきたから…。

 

 

宮野「ちょっとだけ…いや、かなりかな…。胡桃ちゃん、体温が低いみたい。心当たりある?」

 

胡桃「………うん」

 

宮野「あまりに冷たいから、"かれら"に噛まれたりしたのかなとも思ったんだ。でも…私が見てきた限りでは"かれら"に噛まれた人ってすっごく苦しむから、ちょっと違うのかな?まぁ…その辺りにも個人差が色々あるけど……」

 

胡桃「……薬」

 

宮野「えっ?」

 

胡桃「前に噛まれたけど、薬を打ったんだ。それのおかげで…あたしは今もこうして生きてる」

 

宮野「薬って…なんの?」

 

胡桃「奴等のウイルスに対してのワクチン…みたいな物だと思う。あたしらが前に住んでた学校にあったんだ」

 

それを聞いた途端、宮野は目を丸くして驚く。

噛まれたら終わりだと思っていた"かれら"に対してのワクチンがあるなんて、全く知らなかったからだ。

 

 

宮野「それって…他にあったりする?」

 

胡桃「えっ?えっと…あたしらの車の中にまだいくつか…」

 

宮野「車って…あのキャンピングカー?」

 

胡桃「うん…」

 

ワクチンがキャンピングカーの中だと聞き、宮野は顔をしかめる。

あの車にあった物資は一つ残らず、如月が持っていってしまったからだ。

 

 

宮野「じゃあダメか…。ごめん、あの車の中身、全部境野の仲間の人に持っていかれちゃった…」

 

胡桃「っ……そうか…」

 

少しだけショックを受けたような顔をして、胡桃は顔を俯ける。

宮野はそんな彼女の手を握り、改めてその体温の低さを実感した。

 

 

宮野「その薬っていうのは…ちゃんと効いてるの?」

 

胡桃「…わかんない。でも…少し怪しいかも……。最近…急に意識が薄れる事があるんだ…。ほんと…勘弁してほしいよ」

 

表情をドンヨリとさせ、俯けていた顔を益々下げる胡桃…。

宮野はそんな彼女の顔をクイッと上げ、優しく微笑みながら告げた。

 

 

宮野「……気持ちだけでも前向きにね?暗い顔、あまり似合わないよ。せっかく可愛いんだから…」

 

胡桃「なっ!?かっ、かわ…いぃ…///」

 

突然の台詞に驚き、胡桃の顔が徐々に赤く染まっていく。

宮野はそれを見てニヤリと笑い、先程までかき上げていた彼女の前髪を整えた。

 

 

宮野「髪、ちゃんとなおしておくね…」

 

胡桃「…あんた、本当にあの金槌男達の仲間だったのか?」

 

胡桃の前髪をなおす宮野は優しくて、どう考えてもあの男達のそばにいたとは思えない。胡桃はそう思った…。

 

 

宮野「うん…。裏切ったからもう違うけどね」

 

胡桃「ああ…そうだったな…」

 

彼女は弱くて、一人では生きていけなかった。だから本当に仕方なく、あの連中と共に行動していたのだろう…。奴等と共にいれば"かれら"に襲われる恐怖に怯える事も、食料などの心配もいらなかった。だがそれと引き換えに、宮野は地獄のような日々を過ごしてきた。命乞いする生存者を殺す三瀬や…無理矢理に物資を奪う境野…そんな光景を何度も見てきて、心が限界にきていた。

 

 

宮野「これからどうなるかは分からないけど、あの人達を裏切った事は…絶対後悔しないよ」

 

胡桃「…大丈夫、どうにかなるって」

 

奴等の仲間が攻めてくる事を不安に思わなくはないが、それでも宮野は後悔しない。とりあえず、あの場で死ぬはずだった由紀か悠里を救えたのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

悠里「…由紀ちゃん、__君の様子見てきてくれる?」

 

広間の中、隣に座る由紀へと悠里は頼む。

しかし由紀は立ち上がらず、顔を俯けながら呟いた。

 

 

由紀「…ちょっと…やだ」

 

悠里「どうして?」

 

由紀「だって…__くんはりーさんを……」

 

そう呟く由紀を見て、悠里は確信する…。

彼女は…彼に対して悪い感情を抱き始めていた。

 

 

悠里「…あれは仕方なかったの。由紀ちゃんだって、あの場にいたんだから分かるでしょ?」

 

由紀「わかってるよ…わかってるけど…ならわたしを殺してほしかった…。なんで、りーさんを殺そうとしたんだろ…。りーさんと引き換えにわたしなんか助けたって…なんの役にもたたないのに…」

 

悠里「そんなことっ…」

 

由紀「わたしも…少し休むね…」

 

ガタッと音を鳴らしながら椅子を引き、由紀は立ち上がる。

そしてそのまま悠里達の顔を見ずに真っ直ぐ扉へと向かい、廊下へと出ていってしまった…。

 

 

美紀「先輩っ!!」

 

悠里「美紀さん…大丈夫よ」

 

美紀が立ち上がり彼女を追おうとするが、悠里がそれを引き止める。

美紀は少ししてから渋々席につき、悩ましげな表情をした…。

 

 

美紀「あんな由紀先輩…初めて見ました…」

 

悠里「…ええ、そうね。私も初めて見た…。それだけ、あの出来事がショックだったのよ…」

 

暗い顔をしながら二人が言葉を交わしていると、誠がそのそばへと歩み寄り、深いため息をつきながら壁に背を預けた。

 

 

誠「由紀のやつは…自分が全くの役立たずだと思ってるんだろう。さっき胡桃を相手に退かなかったのも、皆の役に立ちたい一心だったのかもな」

 

美紀「…ですかね」

 

誠「さぁ?女心ってのは複雑だから…あくまで仮説だ」

 

 

悠里「…………」

 

美紀「…………」

 

ニヤリと笑いながら答える誠を相手に、美紀は冷やかな視線を送る…。

しかしながら、誠の言っていることはわりと当たっているのかも知れないとも思った。

 

 

美紀「どうにか仲直りしてほしいです…。せっかく無事に帰ってこれたのに…こんなのは嫌ですよ」

 

誠「…だな。下手すりゃ、もうじき境野の仲間が来る。それまでに形くらいは整えておくか…」

 

そう言って誠は壁から背を離し、美紀に尋ねた。

 

 

誠「由紀と一番仲が良いのは?」

 

美紀「えっ?だ、誰でしょう…。由紀先輩って…誰とも分け隔てなく接する人ですから、誰が一番とかっていうのは…特にないと思います」

 

悠里「ええ…そうね」

 

誠「ん~、そんじゃアイツが一番仲良いのは?」

 

美紀「アイツ?」

 

誠「ほら…今ここにいない、あの少年だよ」

 

美紀は少し頭を悩ませたが、『ここにいない』という言葉のおかげでそれは弦次ではなく、"彼"の事を指しているのだと気づく。その彼が一番親しい人間といえば……

 

 

美紀「ああ……あの人ですか…。あの人が一番親しいのは……」

 

バタンッ…

 

 

胡桃「ただいま」

 

扉を開き、胡桃が宮野とともに広間へと戻る…。

そのままトコトコと歩いて席につく彼女を、美紀と悠里はじっと見つめていた。

 

 

胡桃「……なに?」

 

美紀「…胡桃先輩ですかね」

 

悠里「ふふっ…そうね」

 

胡桃「は?な、なにが…?」

 

微かに微笑みながら呟く二人を見て、胡桃はどこか不安になる。

そんな彼女の気持ちなどちっとも知らず、誠はニヤリと笑った。

 

 

誠「よし、じゃあアイツの事は胡桃に任せるとして…俺はミナの機嫌でも直しに行くかね…。おいゲンジ、お前も来い」

 

弦次「え?いや…俺は…」

 

誠「早くしろっての…時間ねぇんだから。ギスギスした空気のまま連中との戦いに入りたくねぇだろ?」

 

無理矢理に弦次を連れ出し、誠は広間を後にした。

去り際、意味ありげに胡桃へと手を振って…。

 

 

バタン…

 

 

胡桃「えっと…あたしはいったい…何を任されたの?」

 

宮野「さ、さぁ…?」

 

何一つ理解する事が出来ず、宮野の隣でオロオロとする胡桃を見て、悠里と美紀はおかしそうに笑った。

 

 

 

 




いつ来るか分からない敵に備えなければならないのに、気持ちがバラバラになりかけている彼女達…。

誠さんは敵が攻めてくるよりも先に、この問題を片付けようと奮闘します!
そんな事をしている場合ではない気もしますが、ギスギスとした彼女達を見ているのは落ち着かないようですね…(汗)


果たして誠さんは未奈ちゃんと弦次君の仲を元通りに出来るのか?
そして胡桃ちゃんは彼を立ち直らせ、由紀ちゃんと仲直りさせる事が出来るのか?

もちろん、りーさん&みーくん、そして宮野さんも頑張るので、どうにか上手くいってほしいですね…(^_^;)

では、また次回…m(__)m

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