「僕が行きます」
彼は髪の長い少女にそう言って"かれら"の元に向かっていく。
"かれら"はそのほとんどが囲まれている一人の少女の方に意識を向けている、つまりほとんどが少年に背を向けていて、奴らは少年の存在にまだ気付いてすらいなかった。
(こっちに気付いてない内に何匹か仕留められれば…!)
少年は右手に持ったナイフを勢いよく、群れの内の一体の頭へと突き刺した。ズシャッ!という音を発しながら頭を突かれたそれは動かなくなり、少年は突き刺したナイフを抜く…。その直後その左右にいた二体が少年の方を向く。
少年は左手を懐に伸ばし…小型ナイフを取り出すと、左のゾンビの頭に突き刺し…右手のナイフで右のゾンビの首を切り裂いた。左のゾンビはナイフを抜くと倒れて動かなくなったが、右のゾンビは倒れはしたがまだ動いていた。
(一発じゃ切り落としきれない…けどさすがに首を狙えばダメージがあるみたいだ…あれで十分でしょ)
(……それより)
辺りを見ると群れの約3割が少年に気付き…標的としていた。
(かなり多い。10……いや…15はいるか)
(3体倒せたのは良いけど不意討ちだったからだ、奴らが僕に気が付いた以上さっきみたくはいかない……少しでも動き方を間違えればすぐに殺される)
そう考えている間に群れの一体が少年に襲いかかる。
「…っ!」
掴みかかろうとしたその腕を何とか避け…そのまま右手のナイフをそのゾンビの顔面に降り下ろしその顔面を切り裂くと更に腹部に蹴りを入れる…よろめいたゾンビは群れに突っ込み、それにぶつかられた数体のゾンビがその勢いにより倒れた。
(距離を開けようと思って蹴ったんだけど…いい感じに巻き込めた!…だけど早くしないとあの娘が…!)
少女を見るともうあと4m程の所まで奴らが迫っていた。
残された時間はそう多くはない。
(……!!このままじゃ!)
直後更に二体のゾンビが少年に襲いかかる。
ザシュッ!
少年は素早くその内の一体の頭にナイフを降り下ろし、もう一体に対応しようとする…しかし。
ガッ!
「なっ!!?」
対応が間に合わず左手をその一体に掴まれてしまう。
それは両手で彼を左手を口に運ぼうとするが、彼は右手でそれの頭を押し…左手から口を遠ざけさせる。
(くそっ……頭を押している暇があったならナイフで突き刺すべきだったな)
少年は必死に抵抗するが…それの力が強く、左手は振りほどけず…持っていたナイフも振りほどこうとする内に地面に落としてしまっていた。右手で抑えているその頭も徐々にその口を彼の左手に近付けていく…。更には先ほど頭を切りつけた一体も、体勢を整えると少年の方へと向かってきていた。
(浅かったか…。まだ生きてるた。いつもなら頭を狙えば一発で倒せるのに…動きのキレが悪い。やっぱり数が多すぎて軽くパニックになってる…)
(やばいな……本当にミスった…。せっかく助けに出てきたのに、大した役にも立てず終わるかも知れない…)
掴まれた手も振りほどけず、辺りを囲まれ始めている…。
この状況を一人で打破するのはかなり厳しく、彼は心のどこかで諦めかけてしまうが、その時だった……。
グサッ!
後ろで様子を見ていた髪の長い少女が彼の足元に落ちていたナイフを拾いあげ、彼の左手を掴んでいるそれの側頭部に突き刺した。頭を突かれたそれは彼の左手を離し、床に崩れ落ちる。
女子学生「大丈夫!?」
「…ありがとうございます。助かりました!」
彼は少女に礼を言うと、自らに向かってきていたもう一体の頭に右手のナイフをもう一度降り下ろした。
ザシュッ!
二撃目の攻撃はしっかりとダメージを与える事ができ、それはもう動かなくなった。更に一体仕留めた彼は先程囲まれていたあの少女が心配になり、今一度状況を確認する…。
「あの娘は!?」
少女の方を見ると今まさに一体が彼女に襲いかかろうとしていた。
(こうなったら……!)
彼は懐からナイフを取り出すと、右手のナイフと持ち変えた……。
まだまだ命中させる保証はないが、この距離では走っても間に合わない…。となれば、一か八かナイフを投げてみるしかない。
(……頼むから当たれ!)
シュッ!
彼は少女に襲いかかっている一体目掛けてそのナイフを投げ飛ばす。勢い良く投げられたナイフは狙っていた一体の首に突き刺さり、それはよろけた。倒すまではいかなかったものの、十分に時間は稼げそうだ。
(よしっ、ヤツがよろめいている内にっ!)
彼は覚悟を決めると目の前に立ち塞がる数体の間を縫うようにして駆け抜ける。そばを駆ける彼目掛けて無数の手が掴みかかってきたが、彼はそれをギリギリの所でかわしながら少女の元にたどり着いた。
そこにたどり着いた彼は少女の目の前に立っている一体の後頭部へナイフを突き刺し、確実に倒してから彼女を背中に隠すようにして前に立つ。
「さて、大丈夫?」
少女「う…うん!大丈夫!」
どうにかして少女の元にはたどり着いたが、辺りにはまだまだ"かれら"がいる…。彼だけで彼女を逃がすのはまだ厳しい…。
(さて…ここからどうするか…)
???「由紀!!」
???「由紀先輩っ!!」
彼がここからの脱出法を考えていると、入り口から二人の少女がここへとやって来た。一人は短髪の少女…。もう一人はシャベルを持ったツインテールの少女だった。
女子学生「胡桃っ!美紀さん!」
シャベル女子「なんだよ、こりゃ!?」
短髪の学生「すごい数…!」
今、この場にいる人間は彼を含めて五人…。
もしかしたら全員で力を合わせればどうにかなるかもと彼は考え、現れた少女達目掛けて声をかけた。
「すいません!!少し手伝って頂けますか!」
シャベル女子「ああっ!任せろっ!!」
シャベルを持った少女はそう言って返事を返すとシャベルを大きく振りかぶり、"かれら"の群れへと突っ込んでいく。一見するとかなり危険な行為だったが少女は戦いなれているらしく、瞬く間に三体の頭を砕いていた。
「おお…凄いな…!」
その少女が一体ずつ確実に仕留めていく様を見て思わず彼が呟く。一人でこの状況を打破するのは厳しいが、あの少女と一緒ならどうにかなるかも知れない。彼は背後にいるピンク色の髪の少女に声をかけ、自分も戦うことにした。
「少し下がっていてくださいね」
少女「う、うんっ!気を付けてね!?」
今度はミスをしないよう慎重に、そして冷静に…彼はゆっくりと"かれら"に近付き、掴みかかられる前に素早くナイフを頭に突き刺していく。倉庫内の人数が増えて"かれら"の目線がそれぞれに向いて隙が出来ているのもあり、今度は比較的楽に"かれら"を仕留めていく事が出来た…。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
シャベル女子「ラストぉ!!!!」
ガシュッ!!
シャベルを持つ少女が一体目掛けてシャベルを振り下ろす…。振り下ろされたシャベルはそれの頭を砕き、見事に仕留めた。そして、それが最後の一体…。この場にいた全ての"かれら"を打ち倒した事で皆は安堵のため息をつく。
シャベル女子「ふぃ~~…疲れたぁ……」
短髪の学生「由紀先輩!!大丈夫ですか!?」
少女「うん!なんとか大丈夫…!」
女子学生「もう……本当に心配したわ……もうダメかと…」
髪の長い少女が目を潤ませながらそう言い、少女を抱きしめる。
その光景を見るだけで、彼女にとってこのピンク髪の少女がいかに大切な存在なのかが分かった。
女子学生「本当に…無事で良かった……!」
少女「りーさん……心配かけてごめん…。」
シャベル女子「何があったんだ?由紀、りーさん。」
女子学生「私が悪かったわ……一緒に部屋を確認していれば…。」
少女「あのね……」
少女は皆にどうしてこうなったかを話した、子供の泣き声のことやそれが人形だったこと…その直後急に奴らが現れたこと。
シャベル女子「人形?」
少女「うん…あれ。」
少女は床に転がった人形を指さした。
女子学生「誰が置いたのかしら?」
「それ……多分罠です。」
女子学生「罠?」
「はい、その人形には糸が繋がっていて…誰かが引っ張るとそこにあった奴ら入りの囲いが開く仕掛けになっているみたいです。」
そう言いながら彼は倒れたフェンスを観察する。
「…やっぱり、この部分に小さなかんぬきのような物がついています…多分引っ張るとこの部分の留め具が外れ、フェンスが倒れて奴らが外に出されるみたいですね。」
女子学生「誰がこんな罠を?!」
「僕はあなたかと……」
女子学生「何言ってるの?」
髪の長い少女が彼を睨む…。
ほんの冗談のつもりだったが、伝わらなかったらしい。
「冗談です…すいません。」
短髪の学生「…ところで、あなたは?」
短髪の少女に尋ねられた彼は自らの名を名乗り、それから彼女達の事を尋ねる。すると彼女達は一人ずつ、彼に向けて自己紹介を始めた。
美紀「直樹美紀です」
胡桃「えっと、恵飛須沢胡桃」
悠里「若狭悠里です」
由紀「丈槍由紀。さっきはありがとね…」
「あなた達も物資を?」
悠里「ええ…そうよ。」
「やっぱそうでしたか…ここ…どうやら危ない人が住んでいるみたいです、帰ってくる前に離れた方が良いですよ。」
悠里「…そうね、__さんは?」
「僕はもうここから出ます。少し疲れましたし…」
悠里「その…由紀ちゃんを助けてくれてありがとうね?」
「いえ…全然役にたてませんでしたから。」
由紀「そんな事ないよ!__さんがいなかったら…私きっと…。」
悠里「ええ…あなたは由紀ちゃんの恩人なんだから、出来ればお礼がしたいのだけど…」
「お礼って…いいですよ!…というか僕も若狭さんに命助けてもらってますし!」
悠里「確かにそうだけど、でも由紀ちゃんを助けたのはあなたよ?」
「でもそれも恵飛須沢さんがいなきゃ無理だったような…」
悠里「ああもう!…それじゃあなたの命の恩人としてお願いするわ、軽く食事だけ付き合ってもらえる?」
胡桃「面倒な人だな…そのくらい付き合えよ、せっかくのお礼なんだから。」
由紀「…ダメかな?」
「……わかりました、じゃあご馳走になります。」
悠里「ふふっ…じゃあついてきて?駐車場に車止めてあるから。」
「車持ってるんですか…。」
胡桃「おう!しかも凄いのをな!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
3階・駐車場
「おお!キャンピングカーですか!?」
悠里「ええ。この間見付けて、貸してもらっているの」
由紀「入って入って!」
由紀に背中を押され車内に入る彼。
「凄いですね。」
中のテーブルや椅子、奥にあるベッドを見て彼はそう言った。
「キャンピングカーって初めて乗りました。」
美紀「ですよね、私達もそうでした。」
由紀「ほらほら!トイレもあるんだよ!しかも水洗!」
「マジですか。」
悠里「由紀ちゃん…相手は男の人なんだからもう少し恥じらいを…」
胡桃「無駄だよ、コイツに言っても…。」
美紀「見てるこっちが恥ずかしいです…」
「荷物どっかに置いて良いですか?」
悠里「ええ、適当に置いておいて良いわよ。」
「じゃあ失礼します。」
ドサッ
彼は近くの床に物資を詰めたバッグを置いた。
由紀「何入ってるの~?」
「医療品がほとんどです、足ケガしちゃって…」
彼は足を彼女達にみせた。
胡桃「うわ…本当だ、どうしたのこれ?」
「………へ?」
胡桃「いやだから…なんでケガしたの?」
「いや……それは……。」
美紀「…!まさか奴らに!?」
「いや!……違います、これは…。」
悠里「……もし奴らにやられたケガだとしても、私達は何もしないから…正直に話して?」
悠里が優しく…しかし焦ったような表情で彼に言う。
(恥ずかしいけど……黙っていたらあらぬ誤解を生む…正直に言おう。)
「…実は………。」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
胡桃「あははははははっ!!」
「くぅ!……」
美紀「胡桃先輩…わ…悪いですよ…そんな笑ったら……ぷふっ!」
悠里「美紀さんまで…失礼でしょ……ふふふっ!」
「…………」
「……………降ります。」
胡桃「おっとっと…冗談だよ、怒るなって!」
「怒っていません、恥ずかしいのです。」
由紀「でも__さん私を助ける時、遠くから投げて当ててたよね!カッコ良かったよあれ!」
由紀が彼に近付き笑顔でそう言った。
(天使のような笑顔だ………皆に辱しめられた心が救われた気がする。)
由紀「忍者みたいだった!」
胡桃「…由紀、忍者は自分の投げた手裏剣でケガはしないぞ?」
「……さよなら。」
由紀「くるみちゃん!」
胡桃「悪い悪い、__さんからかうの楽しくて。」
悠里「それじゃ、とりあえず安全そうな場所まで移動するわね。」
そう言って悠里は運転席に座り、車は動き始めた。
______
悠里「この辺りで良いわね…それじゃあ、夕飯にしましょ!」
悠里がそう言うと美紀や胡桃が棚から何かを取り出し、準備を進める。
悠里「さぁ遠慮しないで食べてね!」
テーブルの上には色々な料理に加え、白米まで用意されていた。
「これ…お米ですよね?ライスですよね?」
胡桃「凄いだろ?白米の缶詰から出したんだぜ?」
「そんなのがあるんですか…知らなかった。」
悠里「他のもお皿に開けただけで、ほとんど缶詰なの…こんなので悪いわね。」
「いえ!十分です!頂きます!」
彼は用意された箸を手に取り並べられた料理を食べた。
「…うん、美味しいです!」
悠里「そう!…良かった!それじゃあ私達も頂きましょう。」
そうしてこの日、彼は久しぶりに大勢で食事をした。
「ご馳走様でした!」
悠里「はい、どういたしまして。」
胡桃「旨かった~缶詰の進化を感じたよ。」
美紀「本当に缶詰とかレトルトの保存食とかって、意外と侮れませんよね。」
由紀「食後のデザートにお菓子たべよ~、みーくん取ってきてくれた?」
美紀「はい、いくつか見つけましたよ。」
由紀「やった~!みーくん大好き~!」
胡桃「あたしにも感謝しろよ~。」
由紀「ふんふんふ~ん♪」
胡桃「聞いてねぇし…」
「………」
(さて……)
彼は席を立ち、荷物に手をかける。
悠里「?……どうしたの?」
「食事ご馳走になったので、そろそろ失礼します。」
悠里「え?」
胡桃「さすがに外も暗くなるし…泊まれば?」
美紀「私もその方が良いと思います。__さん一人で暮らしてるんですよね?」
「まぁ……はい。」
美紀「誰か待たしているなら別ですが、一人でこの時間に出歩くのは少し危ないと思いますよ」
悠里「そうね…泊まっていく?」
「いや…僕は…」
以前の事を思い出した……親しくなれたと思った人達に裏切られたあの時の事を。
もしかしたら彼女達も僕を騙しているのかも…そう考えると怖かった。
「帰ります……食事、ありがとうございました。美味しかったです。」
美紀「そんな……、」
悠里「………。」
胡桃「っ………。」
彼が席を立ちドアに手をかけようとしたその時。
ガシッ…
「?…丈槍さん?」
由紀が彼の服を掴んでいた。
由紀「いやだよ……」
由紀「…私…__さんに助けてもらって、本当に良かったと思ってるんだ。」
由紀「そのおかげで私またこうして皆で一緒にごはん食べる事ができたし…__さんと皆が話すの見てるのも凄い楽しかった。……出会ってまだ間もないけど、大切な友達になれたって私は思ってるんだ…だから……」
由紀「行かないで欲しい……もしよければ、私達と一緒にいて欲しい!………ダメ?」
「いや……でも、悠里さん達は迷惑なんじゃ…。」
彼はゆっくりと悠里達の方に目を向ける。
悠里「…いえ。私も出来ればそうしたいと思っていたわ、男手があると助かるしね。」
にっこりと笑いながら悠里が言う。
美紀「先輩達が良いなら、私もそれで良いと思います。__さん、悪い人じゃなさそうですし。」
胡桃「そうだな!まぁ一人でナイフ投げてケガするくらいだから少し頭はあれだけどな。」
胡桃がそう言い美紀が笑う。
由紀「ね?…どう?」
由紀がじっとこちらを見つめる。
『久しぶりだった。この人達と過ごして、短い間だけど本当に久しぶりに心から楽しい時間を過ごせた。もしこの人達にまで裏切られたらもう完璧に立ち直れない。けど本当に楽しかったから……僕はまだこの人達といたい…。最後に……最後にもう一度、誰かを信じてみよう……この人達なら、きっと大丈夫。そんな気がする…』
「それじゃあ……お世話になりますね」
彼がそう言うと彼女達は笑顔で答えてくれた。この時から彼は一人ではなくなり、彼女達と共に同じ時を過ごしていく事になった…。
ようやく読者様命名システムの出番です。
皆さんは__の部分にどんな名前を入れたのでしょうか?
彼は少し性格にクセがありますが、それが気にならないなら…ご自身の名前を当てはめて、自分が彼女達と話しているのを想像すると楽しいかも知れません(^^)