バタン!
「りーさんっ!」
ドアを開け、外に出て早々…彼は少し離れたところで由紀と話していた悠里を見つけ、駆け寄った。
悠里「あら…どうしたの?そんな真っ青な顔して。」
「いや、その……ちょっと…マズイ事に」
悠里「マズイ事?」
由紀「なになに~?」
そう言って彼はその真っ青な顔を悠里に見せる。
二人が話しているとすぐに由紀が不思議そうに割り込むが、彼女がそばにいるのは彼にとっては不都合だった。
(ああ、そうだ…りーさんのそばには由紀ちゃんがいたか。まだこの人には復讐を遂げていないのに、目の前でさっきの話をするわけにはいかないなぁ…)
(まぁ、もうそれどころではない気もするけど…思うにこのゲームの主催者(主犯)は由紀ちゃんだ。ならば、何を差し置いても絶対に復讐せねばならない…)
(とりあえず今はごまかして…車に戻っていてもらおうか。)
「由紀ちゃんすいません。りーさんと話があるので車に戻っていてもらえますかね?」
由紀「え?私はいちゃダメなの?」
「はい…大事な話なので。」
由紀「だっ、大事な話っ!?」
彼と悠里を交互に見て、由紀は頬を赤くする。
彼女は確実になにか勘違いをしているが、今の彼にとっては好都合だった。
「はい…大事な大事な話です。なにせ僕のこれからの人生を大きく左右するような話ですから。」
由紀「人生をっ!?」
「人生を…」
由紀「……えっと…えっと…」
由紀「わっ…私、車に戻ってるね!!__くんは頑張って!りーさんは落ち着いてね!?」
二人にそう告げて、由紀は慌ただしく車内に戻っていった。
バタンッ!
「まず、あなたが落ち着いてくださいよ…」
車内の由紀に向け、彼はそっと呟く。
そんな彼の肩をトントン…と悠里は叩き、頬を染めて言った。
悠里「そ、それで…大事な話っていうのは?いいわよ…覚悟は出来てるから//」
「………」
悠里「………」
「告白とか、そういう話じゃないって分かっててわざとやってません?」
悠里「あはは…バレちゃった?」
「もうりーさんの演技には騙されません。」
悠里「それは残念ね。で…、話っていうのは?」
「告白でこそありませんが…本当に大事な、僕のこれからの人生を大きく左右する話です…」
悠里「そんな大げさな…」
「大げさですかね?胡桃ちゃんに殺すって言われたんですが…。」
悠里「え?」
胡桃が…誰を殺すって?
どんな理由があってそんな事を…
悠里には彼の言葉が理解できず、聞き返した。
悠里「えっと~…胡桃が…殺すって言ったの?」
「はい、言いました。」
悠里「…誰を?」
「僕です。」
悠里「…どうして?」
「僕は少しやり過ぎたようです…復讐の際に胡桃ちゃんに少しだけ恥ずかしい思いをさせてしまいまして…、もし…彼女に恥をかかせたアレが冗談だったならば、殺すと言われました。」
悠里「聞いていい?」
「ええ。」
悠里「アレっていうのは…何をしたの?」
「……思いきり抱きしめました」
彼は少しだけ
悠里「抱きしめた…思いきり…」
「ええ…思いきり。あまりに思いきり過ぎて胸があたっていたらしく、胡桃ちゃんは少しだけ泣いてしまいました。」
悠里「あなた…思っていたよりも遥かにバカね。」
そう言って悠里は頭を抱え、大きくため息をつく。
「言い訳はしません。自分でもバカなヤツだなぁ…と思っていますから。」
悠里「自覚があれば結構……で、さっきの話を聞いた限りだと、胡桃は今はまだ、あなたに抱きしめられたのは冗談じゃなく…本気でだと思っているのね?」
「ええ、僕が胡桃ちゃんに冗談なんかではないと伝えたので…」
悠里「…なんで本当の事を正直に言わなかったの?」
「だって…『もし冗談だったって言ったら殺す』って笑顔で言うんですよ!?あんなの前にしたら…怖くて言えませんて!」
悠里「胡桃がそんな事を言うなんて…よほど恥ずかしい思いをしたのね。」
「本気で胡桃ちゃんを抱きしめられたら良かったんですが…、昨日自分の気持ちを弄んだこの人をドキドキさせてやろうっていう復讐心で抱きしめていたんですよね。このバカは…」
自傷的な笑みを浮かべ、彼は地面に膝をつけた。
悠里「………」
「どうしましょう?」
悠里「あのね…思ったんだけど……」
「なんです?」
悠里は一つの答えを見いだし…彼にそれを伝える。
悠里「いっそ…本気で抱きしめてた事にしちゃえば良いんじゃないかしら」
「本気で…ですか?」
彼はそれを聞いて立ち上がり、膝についた砂を払うのも忘れて悠里を見つめた。
悠里「ええ、そうすれば胡桃はあなたを殺さなくて済むでしょう?」
「む~…それもそうなんですけどねぇ」
悠里「なんか不満なとこがあるの?」
「その…胡桃ちゃん、僕が冗談とかでああいう事をした訳じゃないって言ったら…少しだけ嬉しそうに笑ったんです。」
「あの曇りのない笑顔を頭に思い浮かべると…罪悪感がひどくて、これ以上あの人には嘘をつけそうにありません」
悠里「…そう。」
「って言いつつ、また嘘をつける人間なんですけどね。僕は…」
悠里「…反省してる?」
「ええ、してますよ。」
「まぁ、思えば僕は途中からわりと本気で胡桃ちゃんのことを抱きしめていたかもしれませんが…冗談だという気持ちが『ほんの少しでも』あればダメだと言っていましたし…」
悠里「ほんの少しでも殺されちゃうの?」
「そうみたいです。」
悠里「あらあら…それは困ったわね。」
「困りましたね……」
二人はその場に佇み、無言で考える。
どうすれば胡桃を怒らせずに済むか…
どうすれば彼は生き延びられるのか…
少しすると彼は大きく息を吐き、諦めたような悲しい笑顔を浮かべて言った。
「全部終わったら…正直に言って謝る事にします。胡桃ちゃんなんだかんだで優しいから、正直に言えば許してくれますよね?」
悠里「…ふふっ、そうね。許してくれると思うわよ。」
「仮に許してもらえなかったとしても、それは仕方ない…。それだけの事をしましたからね…僕は」
悠里(ん?抱きしめただけなのよね?なんか、あっさりと死を受け入れちゃってるけど…それに)
悠里「__君、『全部終わったら』っていうのは…」
その発言が気になり、彼に尋ねる悠里。
彼はゆっくりと車に向けて歩き出すと、静かにそれに答えた。
「もちろん…復讐ですよ!残るは由紀ちゃんだけなんです…いまさら退けません!」
悠里「あの…懲りてないの?」
「懲りてはいますが…、ここで立ち止まっても仕方ありません。ならいっそ…冥土の土産に由紀ちゃんと良い思い出を作って死にます。」
悠里「言っておくけど、もし由紀ちゃんに変な事したら私怒るから…そこは理解してね。」
鋭い目で彼をギリッと睨み、悠里は告げる。
彼はその目に怯えつつ…しっかりと答えた。
「もちろん分かっています。ちょっとからかうだけです…変な事はしませんよ」
悠里「ちょっとよ?本当にちょっとだからね?」
「はい!」
バタン…
元気よく返事を返し、彼は車内へと戻る。
そんな彼の後を追って悠里も車内へと戻り、席に座って由紀を見つめた。
彼が戻って早々に由紀は既に彼へのアピールをスタートしていたようで…
由紀「…ねぇ__くん。少しだけ…少しだけでいいから外で話せる?」
などという台詞をモジモジしながら彼に言っていた。
もちろん、彼はそれに了承する。
由紀に対する迎撃準備はもう整っているのだ。
「いいですよ。じゃ…行きますか」
由紀「うん!」
バタン!
車内に戻ってまだ一分と経っていないのに、彼はまた外へと降りる。
ただ一言の文句も言わずに…
悠里(こんなに入れ替わりでみんなに誘われて…__君が本当はもうゲームの事を知っているからいいけど、もし知っていなかったらさすがに怪しむわよね…)
笑顔でドアを閉める彼を見て悠里はそんな事を考え、それから思い出したかのように車内を見回す。
そこで彼女が見たのは、ベッドに横たわりながらたまに何かをぶつぶつと呟く美紀と…何かを考えながらシャベルを磨く胡桃だった。
悠里(胡桃がシャベルを磨くのはわりと見慣れた光景なのだけど…、今は少しだけ怖く見えるわね。)
悠里(__君がちゃんと謝れば許してくれるとは思うけど、不安だわ…)
深くため息をつき、悠里は彼が明日も無事でいるようにと…そっと祈りを捧げた。
そして、その祈りを受けていた張本人は…
由紀「ねぇねぇ、りーさんに告白した!?」
「いや…してませんけど」
車を出てほんの数メートルの地点で、由紀に質問責めにされていた。
由紀「ほんと?だってさっきりーさんに大事な話があるからって…」
「世の中には…告白以外にも大事な話ってのはあるんですよ。覚えておいて下さい。」
由紀「なんだ…告白じゃなかったのかぁ、じゃあ…なに話してたの?」
「由紀ちゃんはまだ知らないで良いことです。」
由紀「えぇ~、仲間はずれはヤだよ~!」
そう言って由紀は頬をふくらませ、不満そうな顔をする。
彼はここで好機とばかりに由紀を見つめ、そして放つ…
悠里との本当の会話の内容をごまかす事ができ、なおかつ由紀をときめかせられるであろう言葉を。
「実は…最近由紀ちゃんが可愛いく見えて仕方ないって話してたんですよ。」
由紀「え?…私?」
「はい」
(開幕早々にこんな恥ずかしい台詞を吐いてしまった…。まぁ、これで由紀ちゃんがドキドキしてくるなら我慢するけどね)
自身の発言に少しだけ恥ずかしさを感じた彼だったが、それも復讐の為だと堪えた。
だが…由紀の反応は彼の予想とは違い…
由紀「そんな風に言われたの…初めてだなぁ。えへへ、ありがと♪」
「…どういたしまして」
彼にドキドキしているような様子などまるで見せず、彼女はただ純粋に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
(喜んではいるけど…ドキドキはしていないみたいだな。由紀ちゃんは純粋で子供っぽいから…ドキドキさせるのも一苦労だよ)
由紀「でも、欲をいうなら可愛いじゃなくて…綺麗とか美しいとかの方が嬉しいかな。」
(綺麗はともかく、美しいとか言わないでしょ…普通の人は)
由紀「で…、どうかな?__君から見て、私って綺麗とか…大人っぽい印象ってある?」
目をキラキラと輝かせ、期待のまなざしを彼へと向ける由紀。
それを向けられた彼は考える…
彼女に大人っぽい要素などあるのか?と…
(小さな体に…この性格。良く言えば元気な性格だけど、言い方を変えれば子どもっぽい性格でもある。)
(胸が大きいわけでもないし…大人びた服を着るイメージもない。)
(…ダメだ。由紀ちゃんのどこを見ても10対0で子供っぽいイメージが勝ってしまう、どうしても大人っぽさなど微塵も感じられない…)
由紀「その顔…なんかどうしても子供にしか見えないって言いたげだね……」
「そ、そんな顔してましたか?」
由紀「してた!私の事見て、残念そうな顔してたもん!」
(しまった…表情に出てたか…)
「……勘違いですよ。」
由紀「…ほんと?」
「本当に」
由紀「私…子どもっぽくない?」
「はい、由紀ちゃんは十分に大人びてますよ。」
由紀「そう?えへへ~、やった~♪」
(このチョロさ、まさに子供…いや、それ以上か。)
大人びているなど微塵も思っていない彼の嘘に由紀はまんまとハマり、ニッコリと微笑んだ。
彼は由紀が大人っぽさに執着しているように感じ、気になって尋ねる。
「由紀ちゃんは大人っぽい女性になりたいんですか?」
由紀「う~ん…どうだろ?ただあんまり子どもっぽいって言われるのは嫌かも…」
「どうしてです?」
由紀「子どもっぽいって言われてよろこぶ女の子はいないんだよ?__くん、もっとレディーの事を勉強した方が良いよ!」
「でも…男の人は由紀ちゃんみたいな子どもっぽい女の子が好きな人多いと思いますよ。」
由紀「ほら!やっぱ私の事子どもっぽいって思ってた!!」
ビシッと彼を指さし、由紀は不機嫌そうな顔をした。
彼は一瞬なんの事かと思ったが…すぐに自分が口を滑らせた事を理解する。
(…しまった。つい子どもっぽいって言ってしまった…)
由紀「あ~あ!やっぱり…私って子どもっぽいよね。りーさんが羨ましいな、あのキレイな髪…キレイな目…そしてなんていっても…」
由紀「あの胸!!」
(言うと思った)
由紀「わ、私ももう少しすれば…急にバインっ!と…なる…ハズ」
「……」
由紀「……あ!?」
突如、由紀は何かを思い出したかのような声をあげ、彼をじっと見つめる。
彼はその視線に戸惑いつつ、恐る恐る尋ねた。
「な、なんでしょ?」
由紀「さっき…私みたいな子どもっぽい女の子が好きな人は多いと思うって言ったよね?」
「言いましたね…それが?」
由紀「__くんは…好き?」
「…え?」
由紀「私みたいな…女の子」
由紀は少し恥ずかしそうに尋ねたが、すぐにブンブンと首を振り、その言葉を言い直した。
由紀「ううん、私みたいな女の子じゃなくて……私の事。好き…かな?」
そう尋ねる彼女を見て、彼はなんだか彼女を見つめるのが照れくさくなり…危うく目を逸らしそうになる。
彼女が自分をときめかせる為にこんな台詞を言っていると分かっていても、ときめかずにはいられない…
それほどまでに今の由紀は可愛らしく、そして彼のツボを突いていた。
(さ、さすがに照れるな…でも、ここでドキドキしたら由紀ちゃんの思惑通りになってしまう…)
(僕の今の目的は自分がドキドキする事では無く、由紀ちゃんをドキドキさせる事だ。例えどんな手を使ってでも…僕はこの人を…必ずドキドキ地獄に突き落とす!)
彼は心の中で自分にそう言い聞かせると由紀の肩をガシッ!と掴み、まっすぐにその目を見つめ返し…そして答えた。
「僕は…好き。由紀ちゃんの事…凄く、凄く好きだよ。」
由紀「………」
由紀は目を大きく開き、驚いたような表情を見せる。
彼は彼女のそんな表情を見て…勝利を確信した。
(この顔は…僕の思いもよらぬ発言に驚いている顔だな。いくら由紀ちゃんでも、これだけストレートに言われればドキドキせずには…)
そう思った時…由紀は表情を変えて優しく微笑み、嬉しそうに彼へ告げる。
彼が全く予想していなかった、その言葉を…
由紀「…私も」
「…へ?」
由紀「私もキミの事、好きだよ」
「………」
思いもよらぬその言葉を突然受け、彼は目の前が真っ白になる。
だがすぐに一つの結論を見いだし、正気に戻った。
(そうか…たぶんこの人は理解してないな。僕の言った好きという言葉を、友情的な意味でとらえているんだ…)
「由紀ちゃん…僕はあなたの事を『好き』だと言ったんです。」
由紀「うん、さっき聞いたよ?だから『私も好きだよ』って返したんだもん」
「…『好き』ですよ?」
由紀「うん、『好き』」
「僕の言った『好き』は『ライク』じゃなくて『ラヴ』ですよ。ちゃんと意味分かってますか?」
由紀「また私の事バカにして~。そのくらい、ちゃんとわかってるよ」
ふざけたように笑い、由紀は答える。
『本当に理解してるのか?』彼は彼女を見てそんな気持ちを抑えきれなくなり、更に分かりやすく説明した。
「手を繋いだりとか、デートとかする関係になりたいなぁ~…って意味での『好き』ですよ!?」
由紀「うんうん、わかる、わかるよ~。」
(本当に分かってるのか?ちゃんと分かってるとしたなら、どうしてこんなに反応が薄い?)
「もっと分かりやすく説明します…僕は由紀ちゃんに告白し、由紀ちゃんはそれに対して私も好きだと返事をしたんですよ?」
由紀「うん、したね。」
「したね…って…それだけですか?」
由紀「ん?」
「もっと驚いたり…照れたりとかしないんですか?」
あまりに由紀の反応が薄いので、遂に彼は直接聞き出す。
由紀はそれに対して少しだけ間を空けると彼から少しだけ離れ、ニッコリと笑いながら答えた。
由紀「ん~…あんまりしないかなぁ?」
「…そう…ですか」
(何か変だ…もしかしてこの人は僕の告白が本気の物ではないと思い、それを利用して楽しんでいるだけじゃないのか?)
彼はそう考える。
実際…その告白は本気の物ではなく、ただ由紀をドキドキさせようと口走った物だったのだが、由紀がそれに気付き、利用している可能性が無いわけではなかった。
(でも由紀ちゃんがりーさんのように僕の作戦に気づいたとは思えない。この人はそこまで鋭い人じゃないハズ…。だとしたら考えられるのは…告白を冗談ととらえられてるって事くらいか…)
(もし本気の告白だと思っているなら、あんなにあっさりと『私も好き』なんて返せる訳がない。やっぱり…僕の告白を利用しているな)
「あの…今の告白、冗談だと思ってます?」
由紀「え?…違うの!?」
(やっぱり…冗談だと思っていたか…)
驚く由紀を見て彼は深いため息をつくと、由紀をドキドキさせようと嘘の告白を続けた。
「冗談だと思われていたなんて、ショックです。けっこう勇気を振り絞って言った台詞なんですよ?」
由紀「え、えっと…そう…だったんだ…」
由紀はだんだんと頬が赤くなり、目をキョロキョロとさせて落ちつきがなくなっていく。
(やっと理解してくれた…面倒な人だな…)
などと思いつつも、彼は無意識の内にニヤリと笑ってしまう。
あの由紀が…目の前でオドオドとし始めたからだ。
(このゲームの発案者であろう由紀ちゃんを遂に…遂に追いつめた。あと少し…あと少しで、僕の復讐も終わりだ!)
彼は由紀の手をギュッと握り、ラストスパートをかける。
由紀「ちょ、ちょっと!?ど、どうしたの?手なんか…握って…」
「言ったでしょう…由紀ちゃんの事が好きなんです。本当に…本当に好きなんです」
由紀「……ぅ///」
「由紀ちゃんは…僕の事、どう思ってますか?」
由紀「………」
由紀「……好き…だよ」
(…えっ?)
真面目な告白だと分かった上で、由紀は先程と同じように答える。
彼は一瞬その言葉に戸惑うが、直後に放った由紀の言葉でその意味を理解した。
由紀「好き…だけど、それは友達としてで……男の子としてとかは…よくわかんないよ…」
(だ、だよね…一瞬本当に告白が成功してしまったと思って、かなりドキドキしたよ…)
由紀「よくわかんない…よくわかんないけど…。__くんは…私を女の子として好きになってくれたんだよね…」
「…はい」
由紀「じ、じゃあ……」
由紀「キスしても……怒らない?」
またしても…彼の頭が真っ白になる。
由紀は…彼女は今、真っ赤な顔を彼に向け、その台詞を言ったのだ。
ほかの誰でもない、目の前の彼に向けて…
「ど、どういう意味ですか…?」
由紀「あ、あのっ…もしかしたらね、私も__くんの事…心のどこかで大好きなのかも知れない…。だから…それを確かめる為に……」
由紀「一回だけ……__くんにキスしたいの…」
「え、っと……その…」
由紀「…ダメ…だよね」
俯く由紀を見て、彼は大量の汗を垂らして焦る…
(なんてこった……なんてこった!!)
(こんな展開は全く予想していなかった…!どうすれば…どうすればっ!?)
由紀「目だけ…__くんは目だけ閉じてくれたら…そしたら、私からするよ…」
由紀「だから…もし嫌なら、私を突き飛ばしてね」
焦る彼に、由紀が追い打ちをかけるように呟く。
(突き飛ばしてって…そんな事、出来る訳が…)
由紀は彼の言葉を待たずに身を寄せ、顔を近付ける。
「ゆ、由紀ちゃん!?」
由紀「目だけ、ちゃんと閉じてて…。お願い…だから」
「…っ///」
由紀を突き飛ばして抗う事など彼には出来る訳もなく、目の前に迫る由紀を止めることが出来なかった。
その後、彼は至近距離で目が合った途端に顔を俯ける由紀を見て…遂にその目を自然と閉じてしまう。
由紀「そ、そのまま…そのままでいてね?あ、開けたらダメだよ!?絶対に閉じててね!?」
由紀の言葉が目を閉じた彼の耳に入る。
声の感じから由紀は今、再び顔を上げたのだと彼は気づく。
そして静かな外の空気の中で、彼女のその息づかいがだんだんと自分に近寄る事も…彼は感じていた。
その息づかいはある一定の位置まで彼に近寄ると突然止まり…
そして……
ス…ッ…
静かに…柔らかく、あたたかい何かが…彼の唇に触れた。
彼は見ずともそれが何かを理解する。
今の状況で唇に触れる物など、一つしかないのだから…
(なんて事だ…なんて事だ……復讐などという下らない冗談がきっかけで、こんな事になるなんて…!!)
(ドキドキし過ぎて心臓が…心臓が痛いっ!!)
(由紀ちゃんは…僕とキスをしていて、平気なのかな…)チラッ
悪いことだと思いつつ、彼はそっと目を開け…由紀の顔を覗き見る。
自分のすぐ目の前にあるであろう…その顔を…
「………ん?」
由紀「…あっ!?」
目を開けた彼が見たのは、目の前には目の前だが…思ったよりも少しだけ遠くにいる由紀…
彼女は手を伸ばし、人差し指と中指をくっつけて、その二本の指の背を彼の唇に押し当てていた。
「な…なにしてんですか?」
彼は由紀の指から唇を離し、呆れ顔をして尋ねる。
由紀「え、えっとね…指でキスを……」
「………」
由紀「…目、開けたらダメじゃん!!」
少し遅い反応で由紀は彼に怒りを向けるとその胸を軽く手で押し、突き飛ばす。
彼は少しよろめいてからすぐに体制を立て直すと、再び尋ねた。
「…なにをしてたんですか?」
由紀「え、えへへ…あの~、その~…」
由紀「……はぁ」
由紀は軽くため息をつくと、謎の行動をしていた理由…その全てを白状した。
それは…出だしから彼を驚かせる。
由紀「私ね…__くんがゲームの事に気づいてるって事…知ってるんだ」
「なっ!?由紀ちゃんもですか!?」
由紀「も…ってどゆこと?他にも誰か気づいてたの?」
「…りーさんです。」
由紀「へぇ~!そうなんだ~」
「りーさんには、最後の最後でバレました…。由紀ちゃんは…いつから?」
彼が恐る恐る尋ねる。
由紀にはいつからバレていたのか…
悠里相手に失態を犯したばかりだったのに、また不自然な行動をしてしまったのか?
そんな考えを浮かべる彼に由紀が放った言葉は…またしても彼を驚かせた。
由紀「えっとね、昨日の夜!__くんが外に出てた時からだよ」
「んなっ!?それって…つまり!」
由紀「うん、__くんが私達の会話を聞いていた事…知ってたよ」
「ど、どうして…」
由紀「昨日の夜、話終わった後で着替えようとした時にね…見ちゃったんだ~」
「…何をです?」
由紀「窓の外に、__くんがいるのをだよ」
「…つまり、由紀ちゃんは盗み聞きを終えて元の位置に戻ろうとしていた僕を…たまたま見かけたって訳ですか。」
由紀「たぶんそうかな…見たのは後ろ姿だったし、ちょうど戻る瞬間だったんだね!」
「じゃあ……最初からバレてたのか。…ん?」
由紀「どうかした?」
「いや…昨日の夜に僕の後ろ姿を見たとして、そこからどうしたらさっきの由紀ちゃんの行動につながるんですか?」
由紀「ああ。その時なんだけど…一瞬、ほんの少しだけ__くんの横顔が見えてね。暗かったからハッキリとは分からなかったんだけど…笑ってた気がしたんだ。」
由紀「でね…思ったの。あれはよからぬ事を考えてる顔だなって!」
「………うぅ」
由紀「まぁ詳しく何を考えてるのかまではわからなかったんだけど、__くんの事だから…『自分をドキドキさせにくる皆に告白して、帝国をつくろ~!』みたいな、そんなとこ…だよね?」
「そんな事は考えてない!って言いたいですが…あながち間違いでもないです」
「正確には、昨日僕の気持ちを弄んだ彼女達を返り討ちにして…逆にドキドキさせてやろうって考えてました。」
由紀「だからさっき私に告白したんだね?あれ…ほんとにドキドキしたんだよ?たぶん冗談だって思ってたからまだ良かったけどね…。キスしてあげるフリをする余裕はギリギリありました~♪」
由紀はにっこりと笑い、先程キスするふりをして彼の唇に当てていた二本の指を嬉しそうに動かす。
「りーさんに続き、由紀ちゃんにまでバレていたなんて……最悪だ」
彼は表情を暗くして俯き、深くため息をついた。
由紀はそんな彼の肩をポンと叩き、明るい声で言う。
由紀「まぁまぁ、そんな落ち込まないで?少なくともみーくんと胡桃ちゃんは騙しきれたわけだし…楽しかったでしょ?」
「……それなりには」
由紀「なら良いじゃん!また一つ、私達の思い出が増えたね?」
「…はい」
由紀にまでバレた事にショックを受けていた彼だったが、目の前でニコニコと、かわいらしい笑顔を浮かべる彼女を見ていたら、これもこれで良い終わり方だなと思った。
復讐はほぼ失敗に終わったが…それでも由紀の言うとおり、思い出が増えたのだから。
由紀「さて、そんな__くんにお知らせ!」
彼が自らの復讐劇を振り返っていると、由紀が元気に話しかけてきた。
彼女のいう『お知らせ』とは…いったい何なのか?
そう考える彼だったが…何故か既に、とても嫌な予感がしていた。
由紀「さっき私が目を閉じててって言ったのに、あなたは目を開けましたね!?」
「…えっ?は、はい…」
由紀「だから…罰ゲームだよ♪」
「罰…ゲーム?」
首をかしげる彼の横を由紀はピョンっとスキップしながら横切り、車の方に向けて進む。
由紀「ふんふんふ~ん♪」
スキップで車の前まで進み、由紀はそのドアに手を伸ばす…
何故だろうか…彼はどうしても、由紀の行動を阻止しなくてはいけない気がして、慌てて彼女の元へと駆ける。
「…ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
駆け出す彼の叫びもむなしく、由紀は既に車の中に入っていた。
彼女は中で誰かと何か話をしているようだが…
その内容は焦る彼の耳には入らない。
彼はそのまま滑り込むように車内に戻るとドアを閉め、目の前にいた由紀の肩をガシッと掴むと、額に汗を浮かべて尋ねる。
「ゆっ、由紀ちゃん!罰ゲームって…罰ゲームってなんですか!?」
由紀「えへへ…それはね~…」
焦る彼を見て、由紀は微笑む。
彼は由紀の口からその罰ゲームがなんなのか明かされるのを待ったが、それよりも先に…
ガシッ! ガシッ!!
彼の両肩が…何者かに背後から掴まれた。
彼は由紀の肩からそっと手を離し、恐る恐る後ろを振り向く。
「………」
そこには、彼の右肩を掴みながら鋭い目を向ける胡桃と…
彼の左肩を掴みながら極限にまで冷めた目を向ける美紀…
そしてその二人の後ろには、『かわいそうに…』というような哀れみの表情を彼へと向ける悠里がいた。
「え、えっと…どうしました?」
美紀「どうしたと…思いますか?」
ニヤリと笑いながら美紀が尋ねる。
しかし、彼女が笑っているのは口元だけで…目は全然笑っていなかった。
「わ、わかりません…」
美紀「由紀先輩…教えてあげて下さい?」
由紀「罰ゲームはね、__くんがしたことを…みんなにバラす事でした~♪」
美紀に話をふられると、由紀は笑顔でそう言った。
「僕が…したこと?」
美紀「そうです…心当たり…ありますよね?」
「由紀ちゃん…この人達にあの一瞬で何を…何を言ったんですか!?」
由紀「昨日の夜から__くんはゲームの事を知ってたって事と…今日はそれを利用して私達に復讐してたって事…それだけだよ?」
由紀のいう『それだけ』の情報は…胡桃達を激怒させるには十分だった。
「………」
冷や汗を流し、黙る彼の頬をペシッと軽く誰かが叩く。
胡桃だった…
胡桃はそのまま彼の頬を優しく撫で、笑顔で言った。
胡桃「えへへ…あたし言ったよな?もし、あれが冗談だったなら…お前を殺すってさ、ちゃんと…言ったよな?」
「は、はい…言ってましたぁ…」
胡桃「だよな?じゃあ…もういっかいだけ聞くぞ、あたしにしたあの行動の中に…冗談って気持ちは、少しもなかったか?」
「………」
胡桃「はやくしろ…」
最善の答えを考える彼だったが、胡桃に急かされてその時間は奪われる。
仕方がなく、彼は答えた…
彼女を怒らせぬよう、なるべくやんわりと…
「す、すいません…少しだけ…少しだけ冗談混じりでした…」
胡桃「…………」
胡桃「……そっかぁ♪」
そう言って胡桃はにっこりと笑うとシャベルを手に持ち、鼻唄を歌い始める。
彼はその光景に凄く恐ろしい物を感じ、そっと彼女に尋ねた。
「ぼ、僕は…殺されますかね?」
胡桃「あはっ♪…どうだと思う?」
彼の前でシャベルを片手に…胡桃はにっこりと笑う。
彼女のその笑顔を見た彼は、こんな事を思っていた…
(さーっと血の気が引く気分ってのは…今のこの瞬間の事をいうんだろうね)
一人の男の復讐劇…
それは今、その男にとって最悪の終わりを迎えようとしていた…
彼がゲームの事に気づいている事を知っているのにそれを他の誰にも伝えずあえて泳がせたり、キスするふりをしたりと…今回の由紀ちゃんはかなり小悪魔キャラになってました(--;)
このゲームの中で色々な人の作戦を見たり、聞いたりしたからこそ…今回のような小悪魔キャラを演じられたのかも知れませんね(笑)
そして次回、長きに渡ったこのゲームの話が遂に終わりを迎えます。
果たして…彼は生き延びられるのでしょうか?