軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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五十五話『ふくしゅう-その3-』

 

 

 

 

 

 

バタン…

 

彼は車内に戻り、ドアを閉めてから席に座ると、頭を抱えてうなだれた。

 

 

 

(完全にやられたなぁ…りーさんはやっぱ手強かった…)

 

 

(全てを知ってる上でも、僕じゃあどうにも出来なかったか…。しかもあげくの果てに、こっちの復讐計画も見透かされたしなぁ…)

 

(ほんと…完敗ですわ)

 

 

 

由紀「ねぇねぇ__君!」

 

彼が頭を抱えながら悠里との出来事を振り返っていると、突如由紀が彼の肩を叩いて声をかけてきた。

そんな由紀に対し、悠里にしてやられた事にショックを受けていた彼は少しだけ気だるそうに声を出す。

 

 

「…なんです?」

 

 

由紀「あのね、みーくんが調子悪いんだって…ちょっと見てきてあげて?」

 

 

「………」チラッ

 

由紀に言われ、彼は座ったまま体をひねり、ベッドに横たわる美紀の方を向く。

彼が視線を向けると、こっそりとこちらを見ていた美紀と目が合ったが…その直後に美紀は恥ずかしそうにして掛け布団でその顔を隠した。

 

 

 

(あれは…たぶん調子が悪いんじゃなくて、僕にあんな事をされた事による後遺症みたいなもんだな。)

 

(ほっといても大丈夫だけど…こっちはりーさんにやられてショックを受けた直後だし、少し美紀さんをからかって憂さ晴らしするか…)

 

彼はそっと立ち上がり、美紀の方へと歩み寄る…

するとそんな彼の手を…いままで無言で車内に立ちつくしていた胡桃が掴んで止めた。

 

 

 

胡桃「あのさ、美紀のやつ…どうしたのか分かる?お前と散歩から帰ってきてから、ずっとこうなんだよ…」

 

 

「あ~…ごめん、分かんないや。…ちょっと聞いてみるよ」

 

 

胡桃「…うん。…頼むわ」

 

彼の手を離し、胡桃は少し離れたとこから見守る

由紀はそんな胡桃の隣に立ち、何故か少しだけニヤニヤしていた…

 

 

 

 

 

「美紀さん…大丈夫ですか?」

 

彼は美紀のベッドの横で膝をつき、小声で尋ねる

直後に美紀は掛け布団を少しだけ上げてその隙間から目だけを出し、彼と同じように小声で答えた

 

 

 

美紀「…大丈夫です。だから……ほっといて下さい…」

 

 

「大丈夫なら…なんでそんな風に布団にくるまってるんです?」

 

 

美紀「こ、これは…」

 

美紀は隙間から覗かせていた目をも掛け布団で隠し、震えた声で言う。

 

 

 

美紀「は、はず…かしい……からです。」

 

彼はそんな彼女の頭に布団越しに顔を寄せると、胡桃達には聞こえないよう…そっと美紀に囁いた。

 

 

 

 

「美紀…そんな風に露骨な態度してちゃダメ。…胡桃ちゃん達、怪しんでるよ?」

 

 

美紀「うぐっ…!?」

 

 

「美紀がそんな態度でいると、僕と君の事……みんなにバレちゃうよ?」

 

 

美紀「ば、バレるも何も…私達、まだ何もしてないじゃないですかぁ…」

 

 

「うん。『まだ』…ね?」

 

 

美紀「い、いえ!間違えました…『これからも』です!」

 

 

 

「そっか……残念だな。美紀は僕の事…嫌いだったか…」

 

落ち込むような彼の声を聞き、美紀は慌てて言葉を足す。

 

 

 

美紀「あっ…そ、その…待って下さい…。私…まだよく分からなくて……だから…」

 

 

美紀「今週中には…あなたに返事をしますから…。だから今は…そっとしておいて下さい。」

 

 

 

「うん…分かった。」

 

そう告げると彼は立ち上がり、元いた席に戻る。

 

 

 

(美紀さんは良い反応してくれるから楽しい。やっぱり、りーさんは鋭すぎだよな…)

 

そんな事を思いながら席に座った直後、胡桃と由紀が彼の正面の席に座って尋ねてきた。

 

 

 

由紀「どうだった?」

 

 

胡桃「なんか分かったか?」

 

 

「いや…調子悪いとしか言いませんでした。」

 

 

胡桃「やっぱそうか…」

 

 

「少し寝れば良くなると言ってたので、静かにしてあげましょう。」

 

 

由紀「うん、わかった」

 

 

胡桃「本当にわかってんのか?お前が一番やかましくしそうだけどな…」

 

 

由紀「大丈夫!私はちょっとの間、外にいるから!」

 

 

 

胡桃「外?一人でか?」

 

 

由紀「ううん。…ねぇ、りーさん。一緒に外でお喋りしない?」

 

そばで大人しく地図を眺めていた悠里に由紀が言う

悠里はその言葉を聞いた後、不思議そうな顔をした。

 

 

 

悠里「外で?ここじゃダメなの?」

 

 

由紀「うん。外で!」

 

 

悠里「えっと…どうして?」

 

由紀は悠里に顔を寄せ、彼に聞こえぬよう小さな声でそっと耳うちする

 

 

 

由紀「胡桃ちゃんと__君の邪魔になっちゃうから…私達は外にいよ~」

 

 

悠里(あぁ、なるほど…)

 

 

悠里「うん、わかったわ。」

 

悠里は地図をしまい、外へ向かう由紀の後に続いた。

 

 

 

胡桃「気をつけてな。まぁりーさんが一緒なら大丈夫だとは思うけど」

 

 

由紀「大丈夫だよ~。外っていっても、すぐ近くにいるから」

 

それだけを告げ、由紀は悠里を連れて外に出ていく。

 

 

 

バタン…

 

 

 

 

 

胡桃「………」 

 

 

「………」

 

 

 

胡桃(美紀は寝てるし、由紀達は外…。実質、こいつと二人きりか…)

 

席に座る彼を見て、胡桃は考える…

 

 

胡桃(あ!もしかして…由紀はこれを狙って外に出たのか?…まだろくに作戦もたててないのに急かしやがって…。)

 

 

 

胡桃(…まぁいいか、二人きりなら、勝ったも同然だし…)

 

 

胡桃(作戦も…基本的には昨日と同じようなもんでいっか。)

 

 

胡桃(そばで美紀が寝ていて、声を出せない状況……)

 

 

胡桃(これは使える…。この状況…)

 

 

 

 

 

__・胡桃(利用しない手は無い!!)

 

胡桃と同時に…席に座る彼もまた、同じような事を思っていた。

 

 

 

 

胡桃(とっとと終わらすか…)

 

胡桃は昨日と同じく、彼の隣に座る。

違う事といえば、今日は毛布で手元を隠していない事…

 

それと、彼がゲームの全てを知っている事だった。

 

 

 

 

じわじわと…少しずつ胡桃は自分の右手を、席の上に置かれた彼の左手へと近寄せる…

昨日のようにその手の甲の上へ…自分の手を重ねようと…

 

 

胡桃(うっ…やっぱ少し緊張する。…でも、何も知らない分こいつの方がドキドキしてるだろうな。)

 

胡桃(昨日も思ったより効いてたし。やっぱ、いきなり女の子に手を握られるのはドキドキするのか…)

 

 

 

 

胡桃(あたしの事…ちゃんと女の子として見てくれてるんだな…)

 

そっと彼の手の甲に指先で触れ、胡桃はそんな事を考える。

 

そして彼の手を握ろうとしたその瞬間…

彼が照れたような表情をしながら胡桃に話しかけてきた。

 

 

 

「く、胡桃ちゃん……その…手が」

 

 

胡桃「あ…、ごめん…イヤだ?」

 

 

「う、ううん…別に良いけど…」

 

胡桃は彼の反応を見て少しだけニヤつきながら、その手の上に自分の手を重ねる。

大人しい彼を相手に胡桃はだんだん調子づき始めた。

 

 

 

胡桃「あたしに手を握られると…ドキドキする?」

 

 

「く、胡桃ちゃん!」

 

少し怒ったような表情をする彼の前に手を出し、静かな声で胡桃は言う。

 

 

 

 

胡桃「大声だすなよ…美紀が起きちゃうからな?」

 

 

「っ…うぅ…」

 

 

胡桃「お前…普段はあんななのに、いざって時は大人しいのな…」

 

 

「っ…」

 

いつになく大人しい彼を見て、胡桃は勝利を確信した。

 

 

 

 

胡桃(ドキドキし過ぎだろ…もしかしてあたし、結構こういう才能あんのかな…。そんな才能あっても…なんか計算高い嫌な女みたいで、あんま嬉しくないけど…)

 

 

胡桃(でも…ドキドキして大人しくしてるコイツを見てるのは楽しいな。ちょうどいい機会だし、コイツに女の怖さを教えてやるか…)

 

普段は男勝りな彼女が、演技次第ではこんなにも化けるのだと彼に伝えるため…

胡桃は彼に囁いた。

 

 

 

 

胡桃「あたしって…可愛いかな?」

 

 

「えっ?」

 

 

胡桃「普段はあんなだけど…あたしだって、ちゃんと可愛いって…女の子らしいって…言ってもらいたいんだよ。」

 

 

胡桃「お前にはそういうところ…見せた事ないから…あたし、不安で…」

 

 

胡桃「女の子らしくないって思われてたり…してないよね?」

 

涙ぐんだ瞳をして、胡桃は彼に尋ねた。

この台詞を言い切った後、照れる彼を見て…胡桃は思う

 

『アドリブでやったわりには完璧な作戦…完璧な演技だった!』と…

 

 

 

 

 

胡桃(照れてる照れてる…)

 

 

「う…うぅ///」

 

 

胡桃(なんて答えるかな?まぁこの様子じゃ…照れながら『思ってない』って言ってくれそうだな…)

 

彼女がそう考えていた直後、彼はそっと口を開いた。

 

 

 

 

「思ってない…。胡桃ちゃんは…ちゃんと女の子らしいとこあるし…」

 

 

胡桃「えへへっ…ありがと」

 

思った通りの彼の言葉に、にっこりと…満足そうに胡桃は笑う。

 

 

 

 

 

胡桃「急にごめんな、迷惑だったろ?」

 

 

「ううん…だ、大丈夫だよ…」

 

答える彼に…胡桃は止めの一言を放つ。

 

 

 

 

胡桃「ねぇ…ドキドキしてる?」

 

 

「えっ…!?」

 

 

胡桃「あたしに手を握られて、ドキドキ…してくれてる?嫌じゃない?」

 

 

「そ、その…えっと…」

 

 

 

胡桃(一応…してるって言ってくれるだろうな。コイツって、そういうやつだし…)

 

そう思う胡桃だったが、直後に放たれた彼の言葉は…意外なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ドキドキなんて…してないし…、急にこんな事されても、迷惑だよ…」

 

 

 

 

 

胡桃「…えっ?」

 

さっきまでは戸惑っていたような様子をしていた彼が、突如落ち着いたような声を出し、はっきりと胡桃に言った。

 

 

 

 

 

「なんか…昨日から様子変だよ?もしかして…僕の事、からかってるの?」

 

眉間にしわを寄せ、彼はじっと胡桃の顔を見つめる…

 

 

 

 

胡桃「あ…ご、ごめんっ!」

 

調子にのりすぎて、このままでは彼にバレると思った胡桃はその手から自分の手を離し、下を向いて黙りこんだ。

 

 

 

胡桃「………」

 

 

 

 

 

胡桃(やば…ちょっと調子にのりすぎたな…)

 

 

 

胡桃(いくらコイツでも、さすがに違和感を感じ始めたか…)

 

 

 

 

 

胡桃(あたしのせいでゲームの事がバレたとなっちゃ、絶対由紀にバカにされる…それは避けたい)

 

 

胡桃(…どうする?どうする!?)

 

胡桃は顔を伏せ、手にグッと力を入れて考える…

この後、どうやって彼をごまかそうか…

どうすれば怪しまれないか…

 

そうして思考を凝らしている中で彼に声をかけられ、胡桃は冷や汗をかく…

 

 

 

「あの…胡桃ちゃん…」

 

 

 

胡桃「な、なに…?」

 

胡桃(ヤ、ヤバい…!バレるかも…バレるかもっ!!)

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね。嘘ついちゃった…」

 

 

胡桃「は?…嘘?」

 

それが何の事なのか…

何が嘘なのか…

彼の言葉の意味が理解出来ず、胡桃は聞き返した。

 

 

 

胡桃「えっと…何の事?」

 

そう尋ねる胡桃に、彼はにっこりと笑いながら告げる。

 

 

 

「胡桃ちゃんに手を握られて『ドキドキしてくれてるか?嫌じゃないか?』って質問に…してないし、迷惑だって答えた事だよ」

 

 

 

胡桃「あ、あぁ…それね…」

 

 

「その答えは嘘で…本当は……」

 

 

 

 

 

 

「凄くドキドキしてたし…迷惑なんかじゃない…むしろ」

 

彼は胡桃の手をガッ!と勢いよく掴み、手のひらと手のひらを重ね…胡桃の手に自身の指を絡ませると、顔を寄せて囁いた。

 

 

 

「胡桃ちゃんなら、いつでもウェルカムだよ。」

 

唐突に放たれたその少し妙な発言に胡桃は頬を染め、自身の握られた手を見つめる…

その手は彼に力強く握られ、多少力を入れても離せなかった。

 

 

 

胡桃「ウ、ウェルカム?な、なんかお前…キャラが変じゃないか?」

 

 

 

「そうかな?…まぁそんな事はどうでもいいよ。」

 

 

「それより、胡桃ちゃんはどうかな?僕と手を握って…ドキドキしてる?」

 

 

 

胡桃「なっ…!?」

 

手を握ったままでの突然のカウンター…

胡桃は中々その問い答えられず、必死に答えを探す。

 

 

 

胡桃(なんて答えよう…!?い、いや…これはゲームなんだから、この場は恥ずかしがらずに『してるよ』って答えれば高評価に…!!)

 

あくまでこれはゲームだと自分に言い聞かせると、胡桃は彼を見つめて口を開く。

 

 

 

胡桃「ドキドキ…し、して……して…」

 

 

「………」

 

 

 

 

胡桃(口が動かない、恥ずかしい…恥ずかしいっ!!なんであたしがコイツにこんな事聞かれなきゃならないんだよ!?逆だろっ!!)

 

 

「もしかして…照れてるのかな?」

 

中々言葉を言いきれない胡桃…

そんな彼女を見て彼はニヤニヤしながら呟く。

 

追い込まれた胡桃はその表情と台詞に苛立ち、完全に開きなおって答えた。

 

 

 

胡桃「あ~!わかったわかった!!してるしてる!ドキドキしてるよ!!」

 

 

「ちょっ…!」

 

胡桃「んぐっ!?」

 

彼は慌てて大声で答える胡桃の口を手で(ふさ)ぐと、ベッドに横たわる美紀を指さし…

 

 

「静かにね?美紀さんが起きちゃうから…」

 

そう言い聞かせてから、その手を胡桃の口からそっと離した。

 

 

 

胡桃「ご、ごめん…」

 

 

「気をつけてね。」

 

(こんな会話を今の美紀さんに聞かれたら、僕は彼女達を相手に口説き回ってる危ない男だと思われる。それはさすがに心外だ…)

 

 

「でも…ドキドキしてくれてるんだね。嬉しいよ」

 

手を握ったまま胡桃の顔を見つめ…彼は本当に嬉しそうな笑顔を見せる。

隣り合った席に座ったままで手を握られ、作戦を練り直そうにも逃げる事が出来ない。

胡桃は彼がこんな風に自分から手を握ってくる可能性など、微塵も考えていなかった…

自らの作戦の甘さを呪い、彼女は握られた手を震わせた。

 

 

 

「手…震えてるよ?大丈夫かな?」

 

 

胡桃「だ、大丈夫…少し、寒いだけだから…」

 

彼から目を逸らし、胡桃は小声で答える。

すると直後に彼はもう一方の手で胡桃の肩を引き寄せ、軽く抱きしめた。

 

 

 

胡桃「お、おいっ!?」

 

 

「静かに…。」

 

 

胡桃「っぐ…」

 

胡桃は突然抱きしめられた事に驚き声をあげるが…美紀を起こさぬようにと再び注意され、大人しくそれに従う。

 

 

「こうすれば…少しは暖かいでしょ。」

 

胡桃の肩を抱き、彼は囁く。

もういっそのこと美紀を起こしてでもその場から逃げようかと思う胡桃だったが…どうにか堪える事に成功し、彼の問いにそっと頷いた。

 

 

胡桃「……うん」

 

 

「よかった…」

 

 

胡桃「………」

 

 

「………」

 

 

 

 

 

(さてと……)

 

彼は抱き寄せた胡桃の表情を覗き見る…

胡桃の頬は真っ赤に染まり、気のせいかその瞳は潤んでいるようにも見えた。

 

そんな彼女の表情を見た彼はそっと目を閉じ、軽く息を吐くと…

 

 

 

 

(これからどうしよう!?)

 

 

大いに慌てた…。

 

もちろん表情には出さないが、彼は心の内では大慌て。

胡桃をドキドキさせようと抱き寄せたは良いが、その後の展開を全くと言っていいほど考えていなかったからだ…

 

 

(どうする!?抱き寄せてばかりでもう離すのもアレだし…。かといってこのまま抱いてたら…僕の頭がおかしくなりそうだ…)

 

胡桃が思いの外抵抗しなかった事…それもまた計算外だった。

 

 

 

(いくら僕をドキドキさせようとしてるとはいえ、僕の方から抱き寄せたら絶対にもっと抵抗すると思ったのに…まぁあっさりと…)

 

 

胡桃「………」

 

 

(いや、抵抗はしてたな。してたのに…どっかのバカが美紀さんが起きるからって無理やりに抱いたんだった。)

 

 

「………」

 

 

(つまり…そのバカは僕なわけだけど…)

 

彼はもう一度、胡桃の顔を見つめる。

彼女の顔は耳まで真っ赤に染まり、瞳はうるうる…

今にも涙がこぼれそうだったが、彼女は必死にそれを堪えているのだろう。

握った手も…少しだけ震えていた。

 

 

 

(ヤバい、可愛いって感情を飛び越えて…可愛そうに見えてきた。)

 

(そんな泣きそうになってまで我慢する事ないのに…そこまでしてゲームに勝ちたいのか?)

 

 

「胡桃ちゃん…嫌なら我慢しないで、離れていいよ?」

 

彼は彼女の事が可愛そうになり(でも追い込んだのは彼)握っていた胡桃の肩と手を離す。

 

しかし…

 

 

 

胡桃「っ…嫌じゃない」

 

そう言って胡桃は離されたそばから彼の手を握りなおし、その体にポスッと寄りかかると、そっと身を預けた。

 

 

 

「ほ、ほんとに…我慢しないで?」

 

相変わらず泣きそうな表情の胡桃を心配して、彼は声をかける。

だが胡桃は彼の言葉にブンブンと横に首を振り、うつむきながら呟いた。

 

 

胡桃「が、我慢なんか…してない。ドキドキ…するし。こうしてると…暖かいから…」

 

 

(う、嘘でしょ…?)

 

 

胡桃(はずかしい…はずかしい…はずかしいっ!!でも…もう退けないっ!ここまできたら、徹底的にやってやる!!)

 

恥ずかしさのあまりに目に涙を浮かべる胡桃…

彼女はもう…自棄(やけ)になっていた。

 

自棄になる程に追い込まれた彼女は何よりも手強く、確実に彼を追い込んでいった。 

 

 

 

胡桃「お前の方こそ…我慢してないか?ほんとは…あたしなんて抱きしめたくないとか思ってたり…」

 

 

「そ、それはないっ!」

 

 

胡桃「しっ!美紀が起きるだろ…」

 

立場がまた逆転し、今度は胡桃が彼を注意する。

 

 

「ごめん…」

 

 

胡桃「ほんとに我慢してないなら…もっと…」

 

 

「…ん?」

 

 

 

 

胡桃「もっと強く……抱いて…いいよ…」

 

 

「なっ!?」

 

赤く染まった色っぽい表情で…胡桃は彼の目を見て呟いた。

その言葉を受けた彼は石像の如く固まり、顔を真っ赤にする。

 

 

「…………」

 

 

胡桃「ほら…。ほんとはイヤなんじゃん…」

 

少し待っても返事を返さない彼に胡桃が不満そうに言う。

彼は直後に正気を取り戻し、胡桃に張り合った。

 

 

 

「イヤじゃない…イヤじゃないっ!」

 

胡桃の発言、行動を振り返り…ゲームの事を知っている彼は思った。

 

こう言っておけばドキドキするだけして、結局は抱きしめにないような腰抜け男だと思われているのでは…?

自分は胡桃に…見くびられているのでは?

 

 

甘い…見くびるな!!

 

そう言わんばかりに、彼は胡桃の事をガシッ!と強く…強く抱きしめた。

 

 

 

胡桃「う…わ///ふぁ…あぁ///」

 

座ったまま強く抱きしめられ、胡桃は変な声をあげる。

顔は限界なまでに赤く染まり…手はパタパタとしていた。

 

 

 

「ほ、ほらね…!全然抱けるから…///」

 

彼もまた胡桃のように顔を真っ赤に染め、恥ずかしい気持ちを抑えて胡桃に囁く。

彼の言葉のニュアンスが少しいかがわしい物になっている事など、緊張しまくっている二人には気付ける訳もなかった。

 

 

胡桃「そ、そうみたい…だな///」

 

 

胡桃(普通にっ…!普通に抱きしめてきたんだけど!!?)

 

胡桃(今日のコイツおかしいっ!!なんでこんなに…積極的なんだよ!?)

 

彼に宛てた先程の言葉…

胡桃は彼が抱きしめにはこないだろうと思っていた。

だからこそ放った捨て身の一撃だったのだが…そんな考えは外れ、胡桃は今…彼に抱きしめられている。

 

強く…強く抱きしめられている。

そのせいでみるみると胡桃の思考は鈍っていくが、それは彼も同じ…そう、これは我慢比べ…。彼をドキドキさせるくらいわけないと思っている彼女、恵飛須沢胡桃と全てを知り、昨日皆に恥をかかされた事への復讐を心に誓う少年…。

 

その二人の…壮絶なまでの我慢比べなのだ。

 

 

 

 

胡桃(とりあえず…はずかしいから離してほしいっ!でも…あたしから『離して』なんて言えない…。あくまでコイツの方からあたしを離すように仕向けないと…)

 

因みにこの時の正しい対処法は…

 

『や、やっぱりはずかしいから…離して?』と…甘えた声、かつ上目遣いで彼に頼む事だ。

そうすれば彼は普段見せない胡桃の仕草にときめき、そして離してくれる…最強の手だったのだが、胡桃は違う方法をとる。

 

 

 

胡桃「むっ、胸…あたっちゃってるから…」

 

そっと彼に囁く。

こう言えば彼はドキドキし、照れて離す…

本当は胸などあたってないが、きっと彼は分からないだろう…

 

胡桃はそう思っていた…

 

 

 

「胸…?」

 

彼はチラッと彼女の胸を見る…

 

 

 

胡桃「へ?」

 

慌てる彼の顔を見て始めて胡桃は自身の胸に視線を移す。

その目に映るのは…彼の胸板にぶつかり、密着している自身の胸だった…

 

彼女は緊張のせいで気づいていなかったが、彼に抱きしめられた時から…それは本当に彼にあたっていたのだ。

 

 

 

胡桃「うわっ…!?」

 

 

「ごめんっ!」

 

慌てて胡桃を離し、彼は謝る。

彼は厚めの服を着ていたので胡桃の胸の感触などは感じていなかったが、当たっていたという事実…それに対して必死に謝った。

 

 

「ごめん…気づかなくて…本当にごめん!」

 

 

 

 

胡桃(ほんとにあたってたなんて……)

 

 

胡桃(最悪…最悪…最悪っ!由紀のせいだ…あいつがこんなゲームやろうなんて言うから…)

 

彼は当たっていた事にすら気づいていなかったのだが、パニック状態の胡桃はそんな事お構い無しにどんどんと悪い方向へと思い込んでいく…

 

 

 

胡桃(胸…あたっちゃってた。コイツ…あたしを抱きしめてる間ずっと、あの胸板で…あたしの胸の感触を確かめてたんだ…)

 

 

胡桃(最悪っ…最悪っ!!)

 

 

 

 

胡桃「ぐすっ…うぅ……」

 

 

「えっ?」

 

遂に胡桃は少しだけ涙を流し、席から立ち上がって彼を睨む。

 

 

 

「ご、ごめんね?僕着てるの厚手の服だから…あたってたの分からなかった…」

 

 

胡桃「う…うぅ~…ほ、ほんとだな?」

 

 

「本当です!でも…一応謝る、ごめんなさい。」

 

彼はとりあえず胡桃に謝る。

申し訳なさそうな彼の顔を見て胡桃は自分にも少なからず非があると思い、涙を拭いて呟いた。

 

 

 

胡桃「いいよ…。あたしにも悪いとこあったし…」

 

 

「…すいません。ほんとに…」

 

 

胡桃「一つだけ…聞きたいんだけど…」

 

 

「はい…なんでございましょうか…」

 

彼は胡桃に対して未だに低姿勢を貫き、丁寧に聞き返す。

それに対し胡桃は少し間をあけると、じっと彼の目を見つめて呟いた。

 

 

 

胡桃「さっきまでの行動って…冗談だったりとか…面白半分でやったりした訳じゃないよな?」

 

 

「え?あ、あぁ………うん」

 

本当は復讐の為にやっていた行動なので、冗談と言えば冗談なのだが…彼は胡桃が怖くて言えなかった。

 

 

 

胡桃「そ…っか。」

 

そんな彼の言葉を聞くと胡桃は頬を染め、どこか嬉しそうに微笑む。

 

 

胡桃のその表情を見て彼は一安心するが…その直後に彼女が放った台詞は、彼を心の底からドキドキ…いや…

 

 

心の底から…震え上がらせた。

 

 

 

 

 

胡桃「よかった…。もし冗談だったとか言ったら…」

 

 

 

 

 

 

胡桃「本気で殺そうと思ったから。」

 

 

 

 

 

 

「………へ?」

 

 

胡桃「いや、お前今日は様子がおかしかったからさ…ひょっとしたら、あたしをからかってるのかなって…そう思ってたんだ…。」

 

 

「………」ドクン…

 

 

胡桃「ほんと言うと…あたしは昨日からお前をからかってたんだ…ごめんな。色々訳ありでさ…」

 

 

胡桃「でも、お前は冗談なんかじゃなく…本気であたしにああいう事をしてくれた。それに気づいたら、自分の行いが最低な物に思えてきて…」

 

 

「………」ドクンッ!ドクン!

 

 

 

胡桃「だから…もう騙すのはやめた」

 

 

胡桃「あたしはお前の事…そこまで嫌いじゃないからな。抱きしめられた時も、少しだけドキドキしちゃったし…」

 

 

胡桃「あ~…でも勘違いはするなよ?『嫌いじゃない』だからな?決して『大好き』なわけではないぞ?」

 

頬を染めて恥ずかしそうに胡桃は呟く、本来なら喜ぶべき台詞なのだが…彼は先程の言葉が気になって仕方がなかった。

 

 

 

「あ、あのさ…」

 

 

胡桃「うん?」

 

 

「もしさっきまでの僕の行いに…少しでも…ほんの少しでも冗談の気持ちがあったとしたら……本当に殺す?」

 

震え声で尋ねる。

 

 

 

 

胡桃「うん…殺す。だってあたしはあんな恥ずかしい思いをしたのに、それを冗談だった…なんて言われたら…」

 

 

「ほ、本気で?」

 

 

胡桃「ん~、さすがに本気で。でも大丈夫!冗談なんかじゃないんだろ?」

 

にっこりと可愛らしい笑顔を見せる彼女を見て、彼はタラタラと汗をかき始めた。

 

 

 

「も、もちろん!女の子の気持ちを弄ぶような最低の行動…するわけないでしょ?」

 

 

胡桃「だよな?へへっ…よかった。」

 

 

「あはは……はは……」

 

 

 

 

 

 

「気分悪くなってきた…。僕…ちょっとりーさんとお話してくるよ。」

 

真っ青な顔に大量の汗をかき、彼は外へと出た。

 

 

 

 

ひょっとしたら…彼の命はそう長くないのかも知れない。

 

 




彼に死相が…死相が見えます…

胡桃ちゃんの発言が脳裏をよぎり、もう由紀ちゃんへの復讐には集中出来ないかも知れませんね(笑)


しかし集中こそ出来ないかも知れませんが…彼は懲りずに由紀ちゃんも相手にします!

そう…冥土の土産に思い出作りをするのです_(._.)_
せめて、悔いの残らぬように…

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