三十九話『くさり』
悠里「少し早いけど、今日はここで休みましょう。」
悠里はそう言って街外れのショピングモールに隣接した広い駐車場に車を停める。この駐車場は出入り口以外はフェンスに囲まれているし、周囲に奴らの姿も見えないから安全だろうと判断したようだ。
胡桃「あれ…本当に早いね、まだ昼をちょい過ぎたくらいでしょ?」
悠里「ええ、安全そうな場所を見つけたから早い内に入っとこうと思って。…特に予定や必要な物資も今のところ無いから、無駄に移動する意味も無いしね。」
運転席を離れ、車内を歩きながら悠里は言った。
胡桃「まぁそれもそうか…」
美紀「じゃあ…ちょっと外に出て来ますね。」
由紀「私も~。」
席を立ち、外へ出る美紀に由紀がついてゆく。
「んじゃ、僕も」
彼もそう言って外へ出る、その後に胡桃と悠里も続いた。
美紀「結局全員出て来たんですね。」
一足先に車外に降りていた美紀が、後から降りてきた悠里達を見て言った。
胡桃「とりあえず一度、辺りを見回しておかなきゃな。」
胡桃は駐車場内に停められていた車の中や、その陰に奴らが潜んでいないかを確認して回った。
悠里「…大丈夫そう?」
胡桃「あぁ、とりあえずこの中にはいないよ。」
悠里「じゃあ安全確認もした事だし、皆休んで良いわよ。」
胡桃「りょ~か~い。」
そう言ってから胡桃は一足先に車内へと戻る。一方、悠里はまだ外をうろつく由紀・美紀・彼へと声をかけた。
悠里「…あなた達は戻らないの?」
美紀「あ、戻ります。」
由紀「__くんも戻ろ?」
彼の背を叩きながら由紀は告げたが、彼は目の前にあるショッピングモールが気になるらしく、そこを指さしながら悠里へ尋ねる。
「すいません…ちょっとあそこ見てきても良いですか?」
悠里「え?今から?」
「はい、退屈しのぎにちょっと見てこようかと…」
悠里「近いから別に構わないけど…行くなら誰かと一緒にね。」
「分かりました…由紀ちゃん、美紀さん。一緒に行きます?」
由紀「うん!行く行く!!みーくんも行くでしょ?」
美紀「じゃあ…はい、行きます。」
彼に誘われ、由紀はノリノリで…。美紀は由紀が行くならといった感じで彼に同行する事を決めた。
悠里「私は胡桃と待ってるわ、あまり長くならないようにね?」
「了解です。」
悠里「ふふっ、じゃあ気を付けて行ってきてね」
美紀「はい。」
由紀「は~い!」
見送る悠里に手をふりながら、三人はそのショピングモールへと向かう。
バタン
胡桃「ん?…あいつらは?」
車内に戻ったのが悠里一人なのを見て、胡桃が尋ねた。
悠里「目の前のショピングモール見てくるって。胡桃も行ってくる?」
胡桃「ん~…いや、とりあえずはいいかな。」
胡桃はそう言って椅子に座った。
悠里「そう、まぁたまにはのんびりと休んでね。胡桃はいつも働いてて疲れてるだろうから…」
胡桃「ううん…そんな事ないって。りーさんの方が大変だろ。」
悠里「私は大丈夫よ。胡桃達は戦ったり…って言って良いのか分からないけど、いつも彼らを倒してくれてるからね。」
胡桃「でも実際…あいつが仲間になってくれたおかげでだいぶ楽になったんだ。それこそ、あたしがサボってても問題ないくらいにね。」
胡桃はそう言って笑う、悠里もそれを見て笑いながら言った。
悠里「ふふっ…そうね、でも胡桃はサボったりしないでしょ?」
胡桃「まぁそりゃあ…任せっぱなしはさすがに悪いからな……ってかあいつらは何をしにショピングモールにいったの?」
悠里「何をするとかじゃなく、ただの暇潰しみたいよ?」
胡桃「へぇ…そっか。」
一方、三人は…
美紀「で…どこが見たいんですか?」
ショピングモールに入ってすぐに見付けた案内図を眺めながら、美紀は彼に尋ねた。
「そうですね…胡桃ちゃんに手袋でも、と思ったんですけど。」
由紀「手袋?」
「胡桃ちゃん、手足が冷えやすいんだってさ。」
由紀「あ!…そう言えば前に触った時冷たかったっけ。」
思い出したように由紀が言う。
美紀(それって…もしかして……)
「てな訳で…サプライズでプレゼントでもしてやろうと思った訳ですわ。」
彼がニコッと微笑んで言った。
由紀「良いね~!胡桃ちゃん、絶対に喜ぶよ!みーくんもそう思うでしょ?」
由紀が目を輝かせながら騒ぐ。
美紀「え?…あぁ、そうですね。喜ぶと思いますよ。」
美紀は一瞬だけ遅れて答えた。
「ええっと…手袋とかってどこにあるんですかね?」
案内図を眺めながら彼が言う。
美紀「ファッション用品店ならあるんじゃないでしょうか?ありそうなお店を見て回りましょう。」
彼等は一階のファッション用品店を見て回り、そしてそれが置かれている店を見付ける事が出来た。
しかし…
「見付けたは良いんですけど…沢山あって選べない。」
彼はそういった物を的確に選ぶ事が出来ず、悩んでいた。
美紀「…何をそんなに悩んでいるんですか?」
みかねた美紀が声をかけると、彼は商品を眺めながらブツブツと呟く。眉間にシワを寄せながら冷や汗を流すその表情を見れば、彼がいかに悩んでいるかが分かる。
「……色はどれが良いかとか、指先は出るタイプか指先まで覆ってるタイプのどちらが良いかとか…色々考えてしまう。……でもたしか指先が出るタイプのは似たようなのを胡桃ちゃんよく着けてるから違うタイプの方が良いのか?それとも……」
由紀「でも胡桃ちゃんの着けてるやつよりこっちの方が暖かいと思うよ。」
目の前の指無し手袋を一つ取って由紀が言った。
「本当ですか?」
由紀「うん、これ中がモコモコしてて暖かい。」
美紀「そうですね…胡桃先輩が普段してるあれは寒さ対策と言うよりはどちらかと言うとおしゃれ重視のタイプですから、暖かさでいえばこちらの方が上だと思いますよ。」
美紀が由紀の持つ手袋に触れながら言う。軽く触れただけでもその暖かさを体感出来た。
「そうですか…じゃあそれにしましょう。」
結局彼が選んだのは、肘辺りまで覆える指無しタイプの黒い手袋だった。
由紀「なんならあるだけ持っていっちゃえば?」
並べられた他の手袋を眺めながら、少しだけ悪い表情で由紀が呟く。
「一つだけの方がプレゼントとしてなんか良くないですか?沢山持っていくとありがたみが無くなる気がして…」
美紀「そうですね…私も一つだけの方が喜ばれると思いますよ。」
そう言って美紀が微笑むと彼も嬉しそうに微笑んだ。しかし由紀はまだ少しだけ納得してないようで、並ぶ商品を見つめながら目を細めていた。
由紀「ん~…私は沢山貰えた方が嬉しいけどなぁ~」
美紀「先輩、欲張りはダメですよ」
由紀「うっ…。は、はーい…」
「じゃあ美紀さんすいません、これしまっておいてもらえますか?」
美紀「分かりました。」
美紀は彼から手袋を受け取ると、背負っていたリュックを下ろしてその中へとしまう。彼は彼女がそれをしまっている間にその店のレジに近寄り、財布を取り出して手袋の代金をそっとそこに置いた。
「…僕の用事はこれで終わりですが…二人は何か見たいものあります?」
美紀「私は特に…由紀先輩は?」
由紀「ええ?どうしようかな~。」
「…とりあえず適当にぶらぶらしますか?」
悩む由紀に彼が言う。
由紀「あ!そうだね、そうしよ!」
そう言ってはしゃぐ由紀についていきながら、彼等はモール内を探索した。
美紀「ここ…チラッと見た感じ食料とかは残っていないようですね。まぁ食料目当てで来た訳ではないので構いませんが…」
店内を歩いていると美紀がそう呟いた。
「でも、せっかくなら多少持って帰りたかったですけどね。食料はいくらあっても困りませんし。」
美紀「それもそうですね。」
由紀「!……ねぇあれって。」
彼と美紀が話していると突如、由紀が声をあげて何かを指さした。
美紀「あれは…」
由紀が指さす方向には、一人の男が倒れていた。
由紀「人…だよね?」
美紀「人には人ですが…でももう…」
「…二人は下がっていて下さい。起きてくる前に処理してきますので。」
そう言って彼はナイフを手にそれへと近付いた。
「……」
彼はその倒れている人間の目の前に立ち、少しだけ観察する。
(…年は30ちょいくらいかな。肩に巻いてるのは…鎖?なんで鎖なんか持ってるんだろう?…見た目がきれいだから死んで間もない……いや、もしかしたらそもそも死んでないんじゃ…)
トッ…トッ!
彼は念の為足元に転がるその男を軽く蹴った。
(…反応無し、まぁそうだよね…とりあえずは止めだけさしておきますか。奴らになって襲いかかられても困るし。)
彼はしゃがんでからその男の頭上でナイフを構え、それを振り下ろした。
だが……
パシッ!!
彼のその手を…倒れている男の手が掴んで止める。
「!?」
驚いた彼はその男の顔を見る、さっきまで閉じていた男の目はいつの間にか開いて彼を睨んでいた。
男は彼の手を掴んだまま、体制を変えて彼の腹に蹴りをいれる。
ドッ!!
「っ!!」
不意に蹴りを受けた彼は少し転がってから体を起こし、体制を立て直す。
彼が体制を立て直しナイフを構えた頃にはさっきまで倒れていた男も起き上がり、彼に向き合っていた。
由紀「__くん!!」
美紀「大丈夫ですか!?」
由紀と美紀が彼の元に駆け寄る。
「…大丈夫です。危ないので少しの間だけ下がっていて下さい。」
彼はそう返事を返す、その間も目の前の男から目を離さなかった。
ジャラジャラジャラ…
「!!」
男は肩に巻いていた鎖をゆっくりと外し、それを手に持って構えた。
「その鎖…まさか武器なんですか?………変わってるな」
彼がそれを見て呟く。
由紀「__くん……」
美紀「………」
由紀と美紀は彼の少し後ろからその様子を見守った。
男「………うっ…」
ドサッ!!
「え?」
男は鎖を構えたかと思うと、突如倒れた。
美紀「……生きてます?」
美紀が小声で尋ねる。
「えっと………」
「……はい、気絶しているだけだと思います。」
彼がその男に近付き、慎重に様子を見て言った。
由紀「その人…どうする?」
美紀「どうしましょう……一応、連れていきますか?」
美紀が彼に尋ねる。
「うーん……」
由紀「放っておいたらかわいそうだよ!」
悩む彼に由紀は言った。
「そうですかね…僕はこの男に蹴りをくらわされた訳ですが…」
由紀「そうだけど…何か理由があったのかも、話も聞かないで放っておくのはやっぱダメだよ!」
「……分かりました。僕がこの人担いで行くので、由紀ちゃんは鎖を持ってて下さい。」
由紀「わかった!」
由紀はそう返事をして男の持っていた鎖を拾いあげる。
ジャラジャラ…
由紀「ぬ~!!地味に重いよ!」
苦しそうな声をあげる由紀。
鎖は約3~4m程の長さ…少し太めだったので由紀には重すぎたようだった。
美紀「…代わります、貸して下さい。」
由紀に代わり、美紀がその鎖を持つ。
美紀「…うっ!重い!」
美紀も重そうに声をあげる。
美紀「その人、これを武器として使ってるんですよね?なんでこんな使いづらそうな物使ってるんでしょうか。もっと普通の武器にすれば良いのに…」
男を見ながら文句を言う美紀。
「あ…普通にナイフも持っていますね。これは由紀ちゃんが持っていて下さい。」
彼は男のポケットに折りたたみ式の小型ナイフを見付けると、それを奪って由紀に預けた。
由紀「小さいナイフだね、これなら軽いから持てるよ!」
「…ほっ!」
由紀にナイフを渡した後、彼はその男の手を肩に回して持ち上げ…ゆっくりと歩き出した。
「重っ!!」
彼は美紀同様苦しそうな声をあげながら、一歩ずつ歩いていく。
男は彼よりも僅かに背が高い事もあって、その足を地面にズルズルと引きずられながら運ばれていった。
のんびりと時間をかけ、彼等は悠里達の待つ車内にたどり着いた。
美紀「由紀先輩、ドア開けて下さい。」
由紀「りょうかい!」
バタン!
胡桃「お帰り~…っておい!誰だよそりゃ!?」
悠里「どうしたの!?」
彼が見知らぬ男を引きずっているのを見て胡桃と悠里が驚く。
「まずは…ちょっと手伝って下さい。」
胡桃と悠里の手を借りてその男を椅子に座らせる。
胡桃「んで…この人誰?」
男を椅子につかせた後に胡桃が尋ねる。
「さぁ?…目が覚めた時に暴れられないように動きを止めておきたいんですが、何か縛れる物とかありますか?」
胡桃「さぁ?って……まぁいいよ、ほら。」
胡桃は呆れた顔をしながら、二つの手錠を彼に渡す。
「手錠?凄いね、こんなの持ってたんだ。」
胡桃「本物じゃないよ、玩具みたいなもんだから。」
男の両手両足に手錠を掛ける彼に胡桃はそう言った。
悠里「美紀さん…説明できる?」
美紀「はい、この人は……」
美紀は悠里と胡桃にこの男の事を説明した。
胡桃「お前…よく自分を蹴り飛ばした相手を運んできたな。」
事情を聞いた胡桃が彼に向かって言う。
「由紀ちゃんが放っておいたらかわいそうだって言うから。」
由紀「だって…もしかしたらその人、目が覚めた時目の前にナイフを構えた__くんがいたから驚いて暴れただけだったかも知れないんだよ?」
胡桃「なるほどな、てかお前…生きてるか確認しなかったの?」
「軽く二、三回蹴ったけど反応無かったから…もう死んでるかなって…まさか生存者とは思いもよらず……」
少しだけ気まずそうに彼が答える。
胡桃「うわぁ…なんて雑な生存確認」
呆れ顔になる胡桃。
「……返す言葉も無い」
悠里「正直…分からなくもないけどね。こんな世の中で倒れている人っていったら、殆どがもう生きてはいない人だから……あまり近付いて確認して噛まれても大変だし…」
胡桃「…それもそうだけどね。」
悠里「…この人、噛まれたりしてないわよね?」
美紀「どうでしょうか、分からないですね。」
悠里「………」
悠里が無言で彼を見つめる。
「なんですか…その目は…」
胡桃「女が男の体を詳しく調べる訳にいかないだろ!あたし達は外に出てるからさ、お前に任すわ。」
「はぁ!?」
悠里「ごめんね、任せて良いかしら?」
両手を合わせながら悠里が彼に頼む。
「嫌ですよ!何が悲しくて自分を蹴り飛ばしたオッサンの体を調べなくちゃならんのですか!?」
美紀「もしこの人が噛まれていたとしたら大変でしょう?」
「目が覚めた時に直接聞けば…」
美紀「嘘をつかれるかも知れません。」
「ぐっ…!!」
胡桃「大丈夫だよ、ほら…このオッサンわりとガッチリした体つきしてるし、顔もワイルド系でカッコ良さげだから…まだダメージが少ないだろ?」
「相手がカッコ良いオッサンだろうと汚ないオッサンだろうと…自ら進んで裸を見たいなんて思わないよ……」
胡桃「だろうな。」
そう言ってニヤニヤする胡桃、確実に彼をバカにしている。
悠里「胡桃…バカにしないの!ごめんね__君、頼んでも良い?」
そう言って悠里は彼を真っ直ぐに見つめる、こういった視線に彼は弱かった。
「う~ん…う~ん…」
だが…彼はそれでも悩んだ。
由紀「__くんがどうしても嫌なら私がやるよ。そもそもこの人を放っておけないって言ったの私だし…。」
悩む彼を見て由紀が言う。
「いや!大丈夫です!僕がやります!!」
今まで散々悩んでいた彼が急にそう答えた。
由紀「いいの?」
「はい、大丈夫です!」
美紀「じゃあここは__さんに任せて、私達は外に出てましょう。」
美紀の言葉をきっかけに、続々と外に出ていく女性陣。
悠里「ごめんね、引き受けてくれてありがとう。」
「気にしないで下さい、大丈夫ですよ。」
胡桃「なんかあったら呼べよ?近くにいるからさ…」
「ん、わかった。」
バタン…
(…由紀ちゃんにこんなオッサンの体を見せる訳にはいかないからね。)
彼女達が車外に出た後、彼は深呼吸してから男の体を調べる。
(……上半身は噛まれたりしてなさそうだな。…にしても本当に中々鍛えられた体だな、重い鎖を武器にしてる程だから当たり前と言えば当たり前だけど…)
男の上着を軽く脱がし、シャツを捲って上半身の確認を終えた彼は…手を止めて頭を抱える。
(うわぁ~!!下半身は調べたくない~!!)
彼はしばらく考えて、一つのアイデアを生み出す。
(…何も全部脱がす必要はないよな?ズボンだけ脱がして足を見て終わりで良いでしょ。……さすがに尻とかあそこを噛まれてるなんてないだろうし…そんな場所をピンポイントで噛む器用なゾンビもいないだろ。)
「…………」
(良し!足だけ見て終わりにしよう!!)
そう考えた彼はその場に屈んで男のズボンを脱がせようとベルトに手を伸ばす。
ガチャガチャ…
(…オッサンのベルトを外すのとか……拷問みたいなんですが。)
ガチャガチャ…
(しかも中々外れないし!)
ガチャガチャ…
「…やっと外れた。」
苦労の末に男のベルトを外した彼がそう呟いたその時…
男「なんて事だ………」
不意に彼の耳に聞きなれない声が届く。
「………」
彼はそっと声のした方に顔を向ける。
男「………」
男は目を覚まし、彼を見つめていた。
男である自分を手錠で縛った上で、ベルトを一生懸命外そうとしているその少年を…
男「君のような少年が、俺のようなオヤジの体を求めて拉致するとは………この世界もくるところまできてしまったようだな。」
男はそう言って彼を哀れみの目で見つめる。
「…………」
男「…………」
「…最悪のタイミングだ」
彼は涙目でそう呟いた。
見ず知らずのおじさんのズボンを脱がす…安全確認の為とはいえ、男性からしたら中々の苦痛ではないでしょうか?
…まぁそんな事はさておき、皆さんも体調にはお気をつけ下さいね(>_<)